双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 さっき見たら、お気に入りが3000超えてました。
 びっくりして腰抜かしそうになりました(小並
 記念に小話かなんか書こうかなと思ってますが、予定は未定です。

 そして皿、降臨


#12 対決と暗躍

 

 ――――何処の国にも属していない、とある海域に浮かぶ小さな無人島。

 衛星による監視網のギリギリ及ばない、それでいて何処の国からも干渉を受けない半径二キロ程の小さな島。赤道に近いのか寒さよりも暑さを感じる緑豊かな島の一角に、ソレはあった。

 半円状のドームのような白い建造物。屋根と思しきものの上には、二本のウサ耳のようなものがピョコンと突き出している。大きさはそこまで巨大なものではなく、五人も人が入ればぎゅうぎゅう詰めになってしまうほどの建造物の内部にはぎっしりと何らかの機械が詰め込まれていた。

 半分以上が機械に埋め尽くされた建造物の内部、人一人がかろうじて生活できる程のスペースを残したその場所に彼女は居た。

 

「ふんふふんふーん」

 

 桃色の髪の上でうさ耳がぴょこぴょこと揺れる。

 不思議の国のアリスが着ていたような水色のドレス型ワンピースを着た女性は、鼻唄を唄っていることからも分かるようにかなり上機嫌だった。

 カタカタと鳴らされるコンソールと相まって一つの音楽として成立してしまいそうなほどである。

 

「楽しみだなー楽しみだなー。ひっさしぶりにかーくんたちに会えるー。あ、でも直接ってわけじゃないか」

 

 言いつつも手は休めない。おっとりとした口調からは考えられない程に素早く操作されるコンソールと共に、目の前に展開されている幾つものウィンドウが開かれては閉じられていく。常人では決して不可能な処理速度でそれを行っているのはISの生みの親、篠ノ之束である。

 彼女が現在いじっているのは主に二つ。IS学園にハッキングして入手したアリーナのカメラ映像と、今まさに調整を終えようとしている真っ黒なISだ。

 

「へー、あれがY・Cが開発した四人目の専用機か。ま、束さんには適わないけど流石はあの男ってとこかな。第三世代型にしては随分とまあ過剰なオプション付けてるね」

 

 IS学園での映像を横目に見ながら、束はニヤリと口元を吊り上げた。

 まず前提としてIS学園には様々なハッキング対策が施されているのだが、この天災にとってはそんなもの自宅の鍵を開けるのとなんら大差はないらしい。

 一夏に相対する山吹色の機体を暫し見つめていたが、束はそこで始めてコンソールを操作していた手を止める。

 

「――――でも、折角の機体も操縦者がコレじゃあ、Y・Cも報われないなあ」

 

 皿式鞘無。

 確かそんな名前だったと記憶していた。

 基本的に一部の人間以外にはてんで興味を示さない束だが、とある種類の人間に対しては別だ。それは研究対象。被検体と言ってもいいかもしれないその研究対象に、皿式鞘無という少年はばっちりとカテゴリされていた。

 何せ、世界に四人しか存在しないとされる男性ながらにISに適性を持つ人間なのだ。

 一人目の楯無と三人目の一夏、そして二人目の織村は研究対象にすることはない。となれば必然、残された彼が対象になる。

 

「アレなら私には何の関係もないし、攫って隅々まで解剖して漬けて調べて、ってしても大丈夫なんじゃないかなぁ」

 

 楯無がこの場に居れば間違いなく止めろとツッコむところだろうが、生憎この場には束しかいない。彼女の思考を止める者が不在故に、恐ろしい思考は止まらない。

 

「そうだよ。きっとかーくんも許してくれるよ。だって皆の為なんだし、うんうん。かーくんやいっくんが実験動物にされないように、束さんが一肌脱いであげちゃう」

 

 いよいよ以て皿式の安否が怪しくなってきたところで、普段は絶対に鳴らない束が所有する小型端末が着信を知らせる音楽を鳴らした。

 この小型端末のアドレスを知っているのは世界中で僅か数人。彼女の大切な人間のみである。直ぐ様端末を通話状態にして耳に押し当てると、聞き慣れた声が鼓膜を刺激した。

 

『よう』

「どしたの? そっちから掛けてくるなんて珍しいねかーくん」

 

 連絡を寄越してきたのは現在IS学園で教師を務める世界初の男性IS操縦者、更識楯無。

 普段であれば彼も滅多なことがない限り束に連絡を寄越すことなどしないのだが、一体何の要件があるのだろうか。そこまで考えていた束は、直ぐに思い至った。

 

「ああ。もしかしてアレのこと?」

 

 アレの事とは当然、今の今までどうやってミンチにするか考えていた四人目のことである。

 

『どうせお前また学園のカメラハッキングしてるだろ? だから言うが、余計な横槍は入れるんじゃねぇぞ』

 

 ギクリ。

 通信のみであるにも関わらず、まるで全て見透かされているかのような物言いに思わず表情が強ばる。

 

「や、やだなぁかーくん。束さんは忙しいんだよ、そんなちょっかい掛けてる暇なんてないない」

『ほーう』

 

 やけに間延びした声。これは明らかに疑っている。

 

『じゃあもしもの話だ。もしも束がこれからの一夏の試合に不躾なものを寄越すとする。その場合、俺は全力で阻止するぞ』

 

 ギクギクッ。

 

「へ、へー。そんなこと考えてたんだかーくん。心配性だなぁ」

 

 だらだらと、嫌な汗が止まらない。

 

『ま、俺の杞憂ならそれでいいんだが。……一夏の今の実力を測るにはいい機会なんだ。邪魔すんなよ』

 

 そう言って、楯無はプツリと通話を切った。

 小型端末を手にしたまま、わなわなと束は身を震わせる。

 これからしようとすることを読まれて先手を打たれたことに対する驚愕と焦り――――ではない。

 内から溢れてくるのは、愛しい人に自らの考えを予測されたことに対する歓喜。

 

「そっかそっかー! やっぱかーくんには全部お見通しかー!! さっすが束さんが認めた男!! そろそろ夜も恋しいぜ!!」

 

 最後の発言は聞かなかったことにしておこう。色々と面倒なことを掘り返してしまいそうな気がする。

 端末を適当に放り投げ、再びウィンドウへと視線を落とす。

 その先にあるのはIS学園のカメラ映像ではなく、格納庫のような暗い一室だった。薄暗いので分かりづらいが、そこにはISのような真っ黒な機体が鎮座している。

 

「……いっくんがどのくらい成長してるのか、もっと手っ取り早く測ろうよ。……コレを使ってね」

 

 つい最近完成したばかりの真っ黒な機体を見つめながら、束は楽しそうに呟く。

 格納庫に収納されていた真っ黒な機体を機動させるための操作を終えた束は満足げに一つ頷き、そしてこう溢した。

 

「このゴーレム。いっくんは何体まで相手にできるかな……?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 さて、と。

 携帯端末をポケットに収納しながら、俺はアリーナの方へと視線を向ける。一応の釘は刺しておいたがこれであの天災が止まるとは思っていない。

 恐らく、いや間違いなく束はこのクラス対抗戦中にあの黒い無人機を投入してくることだろう。

 目的は一夏の成長具合の確認と皿式の様子見といったところだろうか。アイツのことだから、下手したら皿式のほうは攫って解剖とか考えているのかもしれないが。

 

「あれ、どうしたんですか更識先生」

 

 アリーナの外で考えていると、不意に声が掛けられた。

 視線をそちらへと向けてみれば、黒髪を靡かせながら見知った女性がやって来るところだった。

 

「榊原先生」

 

 榊原菜月。

 部活棟の管理を任されているIS学園の教員だ。生徒に優しく品行方正で容姿も悪くなく、男など引く手数多だろうという言い方は悪いが優良物件な女性である。

 が、しかし。この先生、男運が全くと言って良いほどにない。同じ女性の目から見てもこれはあんまりという相手を毎回好きになり、その度に痛い目に合って自棄酒を煽るはめになっている。

 俺も一度その自棄酒に付き合わされたが、なんともまぁ酷い有様だった。ぐでぐでになった挙句に俺に付き合えだの言い出したときは流石にこれはと思ったが、それもその後すすり泣く彼女を見たら何も言えなくなってしまったのを覚えている。

 あれ以来、俺は彼女と二人きりで呑んだことは無い。

 

「一年生の試合は見なくていいんですか?」

「見たいのは山々なんですが、如何せん学年主任の仕事に追われてまして」

「その割には何か考え事をしてたみたいですけど。私何度も声を掛けたのに、全然気づいてきれませんでしたし」

 

 ぷうっ、と頬を軽く膨らませて言う榊原先生。この人はたまにこういった年齢に合わない可愛らしい行為をするが、どういう訳か全く不快にならない。

 これで男運さえ悪くなければきっと完璧だろうに。

 

「ああすみません。少しだけ思うところがあって」

「いえ、深くは聞きませんから」

 

 引き際も心得ているとは何て出来る女性なのだろうか。ズバズバと切り込んでくる千冬にもこれくらいの対応をお願いしたいんだけどな。いや、無理か。

 

「榊原先生は観戦に?」

「はい。丁度仕事も一段落ついたので、注目の男子同士の戦いを拝見しようかなと」

 

 あ、でも。と榊原先生は付け加えるようにして。

 

「私的には、更識先生が戦ってるところの方が見たいですけど」

 

 ちらりと上目遣いで告げる彼女に、俺は苦笑しつつ返す。

 

「俺は教員ですから、有事の際以外は基本的に戦闘行為なんてしませんよ」

「えー、私まだ黒執事生で見たことないんですよ」

「学園の教員は基本見たことないと思うので問題ありません」

 

 今はもう少なくなったが学園に赴任したばかりの頃はこうして黒執事を見せてくれと言ってくる生徒や教員は少なくなかった。別に隠す必要も無かったが、どうも見世物にされているようで気分もよくなかったので何かにつけて断ってきたのだが、この榊原先生は中々諦めてくれないようだ。いっそ見せてしまえば済む話だろうが、なにやら憚られる。

 

 どう言いくるめようか考えていると、一年生が集めるアリーナから大きなブザーが聞こえてきた。

 試合開始を告げるものだ。

 

「始まったみたいですね」

「そうみたいですね。じゃあ、私はこれで失礼します」

 

 挨拶もそこそこに、榊原先生はくるりと背を向けてアリーナの中へと入っていった。

 

「……さて」

 

 首を鳴らし、ゆっくりと歩き出す。

 原作通り行けば凡そ今から七分後、無人機の襲撃があるだろう。今から生徒全員を避難させるのは時間的に難しいのでやはりアリーナの遮断防壁に頼るほかない。ロックされるであろう入口は俺なら突破できるので問題はないが、遮断シールドがレベル4に設定されれば学園の生徒だけで突破するのは困難だ。

 一夏のことだからある程度の対抗はできるだろうが、それでも一人であの無人機に対処できるかと問われれば恐らく五分。皿式が戦力としてカウントできない以上、どうしても一夏が一人で戦わなくてはならなくなる。

 

 ならばアリーナ内部に居て一夏の援護を、とも考えたが即座に却下した。

 本心を言えば援護に回ってやりたいところだが、そう思う反面これくらいの危機は自力で乗り越えて見せろとも思うのだ。

 

 そんな訳もあって、俺は真耶や千冬がいるであろう管制塔へと向かう。

 試合が始まって盛り上がってきたのか大きな歓声が聞こえてきているが、それも今のうちだけだろう。

 出来ることなら最後まで試合をさせてやりたかったが、どうやらそれは無理そうなのだから。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 ガギンッ!! と白と山吹色の機体がアリーナの中心でぶつかり合う。

 白式を纏う一夏とサンライト・トゥオーノを纏う皿式。両者の戦いの形勢は、試合開始から三分経った今も不変だった。

 離れようとする皿式との距離を一夏が詰めて、更識流を叩き込む。遠距離攻撃を仕掛けようとする暇を与えず、攻撃の手を緩めない。攻戦一方の一夏に対して、防戦一方の皿式。機体性能の差があるにしても、些か一方的すぎる展開になっていた。

 

 ガンッ!! と一際強い接触の後、何とか一夏との距離を取る皿式。その心中は穏やかではなかった。

 

(くそ! くそくそ!! どうなってる!? なんでこんな強いんだよ!!)

 

 与えられた専用機を必死に操作しながら皿式は内心で悪態をつく。

 

(簪の場合は代表候補生なんだからしょうがないと割り切ってたが、これ簪よりも強くないか!? なんでISに触れて一ヶ月かそこらの素人がこんな強いんだよ!!)

 

 そう考えている今この時も、一夏の攻撃は止まない。

 

「更識流、木蓮!!」

「うおッ!?」

 

 瞬時加速によって一気に距離を縮めた一夏はそのスピードを殺すことなく、そのまま更識流の木蓮を仕掛ける。

 近距離に対応したこの技は、簡潔に言ってしまえば飛び膝蹴りだ。通常の木蓮でも受ければ大きなダメージを受けるが、そこに更に瞬時加速によって威力を高めている。直撃を喰らえばシールドエネルギーは大きく削られるだろう。

 その木蓮を間一髪で躱し、カウンターとばかりに電撃を撃ち込む。

 が、電撃が届く前にそれを一夏は紙一重で躱す。もう何度も行われた攻防だった。

 

(電撃を避けるって有り得んのか!? 何でそんな平然としてんだよ!! 喰らったら最悪死ぬかもしれないんだぞ!?)

 

 劣勢。

 流石に認めざるを得ない。

 

(クソッタレが……、超電磁砲を使ってもいいが、躱されたんじゃ意味がないしカウンターで攻撃を喰らうだけだ……。どうすりゃいいってんだよ……!!)

 

 ギリリ、と奥歯を噛み締める。

 

 そしてそんな皿式を前に、一夏は奇しくも代表決定戦の時の簪と同じ感想を彼に抱いていた。

 

(……これが、四人目の男子? 弱いな……)

 

 自身もまだまだ未熟ではあるが、それでも感じずにはいられない。

 目の前に浮遊する四人目の男性IS操縦者、皿式鞘無は、弱い。

 入学して一ヶ月。操作技術などがおざなりなのは仕方がないとしても、操作以前にISの事を知らなさすぎるように思えてならない。

 スラスターは噴かせすぎで効率が悪いし、移動の軌道も大きくロスが多い。それに攻撃も単調なものばかりで戦略も何も感じられない。

 

 本人とまともに会話したことはないが、彼はこれまでどう学園生活を過ごしてきたのだろうか。

 少なくとも、自身のように訓練等まともに行っていないのではないか。

 

「……嫌だな」

 

 ぽつりと、一夏の口が動く。

 

「一緒にされるのは、何か嫌だ」

 

 ガシャリ、と一夏は右手に展開した純白の近接型ブレードを構える。

 エネルギー効率がとことん悪い雪片弐型だが、使いどころさえ間違えなければエネルギーをそこまで多く持っていかれることはない。この一ヶ月、基礎鍛錬に加えてこの武装を使いこなせるように訓練してきたのだ。まだ完全とは言えないが、実戦で使えるレベルまでは仕上げてあるつもりである。

 

 雪片弐型を一夏が構えたことで試合を終わらせるつもりだと、皿式も気がついた。

 

(やらせるかよ……! こんなシナリオ、誰も望んでねぇんだ!)

 

 バチ、っと紫電を走らせ、皿式の身体が仄かに嘶く。

 帯電させているのか、彼の周囲は視界にもはっきりと捉えられる程の紫電で覆われている。

 

「見せてやるよ……」

 

 山吹色の機体の一部を切り離し、高々と放り投げる。

 皿式はそのまま右拳を引いて、投げた機体が落下してくるのを待って。

 そして、勢いよく拳を落下してきた機体へと叩き込む。

 

「これが俺の、全力だぁぁああああッ!!」

 

 ボッ!! と勢いよく振り抜かれた拳が弾き飛ばした機体の一部が、音速の三倍の速度で一直線に一夏へと迫る。

 簪との対戦の時に使用した大きめのコインの比ではない大きさだ。直径一メートルはあろうかというそれを切伏せるのは、一夏でも難しいだろう。

 しかし、一夏はそれに真っ向から突っ込んだ。

 

 雪型弐型を振り上げ、そして――――。

 

 

 

 

 皿式の全力として放たれた攻撃は、突如として飛来した真っ黒な機体の装甲に直撃し、敢え無く弾け飛んだ。

 

 

 

「――――は?」

「え――――」

 

 呆ける皿式と眉を顰める一夏。そんな二人に、漆黒の機体が襲いかかる。

 

 

 

 


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