箸休め回ということで。
「そんな訳で、クラス代表は一夏に決まった」
『いやそっちはいいんだけどよ。お前の妹が戦った四人目の方……』
「ああ、ハッキリ言っていいのか?」
『やめてくれ……、言わんでも分かってる』
「まんま昔のお前だ」
『言うなっつってんだろうがぁッ!!』
クラス代表決定戦が行われた日の夜。
俺は自室で電話機片手に今日の試合の映像データに目を通していた。電話機越しでも分かるほどに声を荒げている俺の友人は、恐らくは昔の自分と己を重ねてさぞ悶えているだろう。
「映像もそっちに送ってやろうか」
『お前俺を殺す気か』
ニヤニヤと笑いながら俺はそう告げる。
いや、送る気は更々ないけど。もし送れば恐らく海の向こうに居るコイツはこの学園まですっ飛んで来るだろう。
まぁコイツが何事もなく帰って来れるとは思わないが。
「それはともかくとしてだ。どうだそっちは」
話題転換として俺が切り出したのは向こうの近況。
こうしてたまに連絡を取ることはしているが、もう何年も顔を合わせてはいない。テレビ電話なんてものもあるから顔を見ようと思えば出来ないこともないのだが、そこまでする必要も感じていないのだ。というか男同士がテレビ電話を使うってのに何か抵抗を感じるからなんだが。
『ああ、もうじきナタルの新しい専用機が完成するぜ。専用機っつうか、テストパイロットに選ばれただけなんだけどな』
「そりゃ良かったじゃないか。さぞ喜んでただろう? ナタルの奴」
『一晩中騒いでたよ……。おかげでこっちは睡眠不足もいいとこだ』
「オイオイ。……避妊はしっかりしろよ?」
『そういうのじゃねぇよッ!!』
「話を戻すが」
『お前が逸らしたんだけどな』
相も変わらず騒がしい奴だ。こういう所は昔から変わらないな。
「それで? いつくらいになりそうだ」
俺の質問に、電話の相手、織村一華は暫し考えてから。
『早ければ臨海学校、遅けりゃ夏休み前まで押すかもしれねぇ』
「そうか」
その返答に、俺は小さく息を吐いた。
出来れば臨海学校までに間に合ってほしいが、こればっかりはどうしようもない。向こうの技術者たちに頑張ってもらうしかないのだ。
『俺は別にいつでもいいんだけどな。ナタルの方が時間を食ってる』
「前の専用機はどうしたんだ?」
『ソイツのコアが使われてる。新機体にな』
「アレ解体しちまったのか? モンド・グロッソじゃ大活躍だったのにな」
織村の話を聞いたところ、ナタルがこれまで使用していた専用機は解体されてコアを新機体に使われるらしい。乗り手は変わらないので初期化する必要があるのかどうか俺には分からないが、機体に馴染ませる期間も考えると成程臨海学校に間に合うかどうかというところだろう。
『ナタルも最初は渋ってたんだけどな、上層部からの命令じゃ流石にどうしようもない』
「アメリカの国家代表も政府には逆らえないか」
『いやめっちゃ食ってかかってたけどな』
そう言われ、ナタルが政府へ乗り込んで反発する姿が簡単に想像できて思わず笑ってしまった。
今やナタルはアメリカだけでなく世界中に知られる一流のIS操縦者。その専用機を解体すると決断した政府もかなり苦汁の決断だったのだろうが、ナタルもそれが分からないほど無知でもないだろうに。
余程その機体に思い入れがあったんだろうな。
『今はテストパイロットに選ばれたから落ち着いているけどな』
「そりゃ政府も気の毒だな」
『まぁそれはいいんだけどよ……そっちの四人目、ちょっと気になるな』
声のトーンを幾分か落として織村は話す。
そこにこれまでのふざけた様子は感じられず、あるのは疑うような声色だけだ。
そんな織村が言うように、確かに四人目の存在には俺も前から気にはなっていた。原作ではたった一人しか存在しなかった男性IS操縦者。それがこの世界では四人もいるのだ。俺や織村みたいなイレギュラーを除けば一夏だけなんだろうが、そこに割って入るかのように現れたのが今日簪と戦った四人目、皿式鞘無である。
「一応ウチの連中に探りを入れさせたが、おかしな点は見当たらなかった」
『おかしな点が無い……ってのは逆に怪しくないか?』
「俺も不信には思ってるけどな、何も証拠や根拠がないんじゃ手の出し用がない」
少なくとも、今はまだ。
試合映像の中の少年に視線を落としながら、俺は内心でそう呟いた。
◆◆
翌日の放課後。
昨日の興奮冷めやらぬといった一年四組の少女たちは、一年生用の食堂でクラス代表就任パーティなるものを開催していた。その参加率は驚異の百パーセント、担任の安形まで参加しているという。仕事はどうしたとか言ってはいけない。彼女の性格を考えれば投げ出してきたことなど容易に想像できるのだから。
「という訳で、皿式くん、クラス代表おめでとー!」
パンパンッ! とクラッカーが勢いよく鳴らされる。食堂の一角で色とりどりの紙テープが宙を舞った。
三十人が大きめの円形テーブルを五つほど使って行われているこの就任パーティ。その主役と言っても過言ではない少年、皿式鞘無は中心のテーブルに付いてオレンジジュースが注がれたグラスを片手に居心地悪そうにしていた。
居心地が悪いと感じているのは鞘無一人で、残りの生徒はこのパーティを楽しんでいるように見える。
が、鞘無としてはこの就任祝いが自身を遠まわしに否定しているように感じてならなかったのだ。
あれほどの事を宣っておきながら、いざ試合が始まってみればものの数分で撃沈。あの時の観覧席の生徒たちの表情が、今でもハッキリと脳裏にやきついている。
(クソがッ……、想定外にも程があるだろ……! 何であんな簪が強くなってんだ!? 原作じゃこの時点ではまだ大したことなかっただろう!! 隠し玉の超電磁砲も通用しなかったし、いやアレはきっと無意識のうちに力をセーブしちまってただけだ。人に向けて撃つなんてしたことなかったからな。そうに違いない、そうに決まってる)
呪詛のようにブツブツと口から出てしまっているということに鞘無は気がつかなかった。
周囲にいた数人の女子生徒がそのあまりの暗さにギョッとしているが、そのことにもやっぱり鞘無は気づかない。
「さ、皿式君?」
「どうしたの?」
流石におかしいと感じたのか、彼の隣に座っていた生徒二人が鞘無の顔色を伺いながら話しかけた。彼女たちからしてみればただ気遣っただけだったのだが、鞘無にはそれさえも勘繰ってしまった。
――――どうせ心の中じゃあ俺の醜態を嘲笑ってんだろう?
「……いや、何でもない」
必死に内心を押し殺し、努めて冷静にそう答える。
「大丈夫? 元気ないみたいだけど」
「このパーティは皿式くんが主役なんだから! もっと盛り上がらないと!!」
そう言って女子生徒の一人が鞘無の前へとお菓子を持ってきた。よく見るポテトスナックだ。
それを一つ取り、口へと放る。
(……そうだな。こんなことでいつまでもウジウジしてても始まらない。まだ四月、物語はここから始まるんだ。これまで十五年も待った、この程度のミス、どうってことねぇ。幾らでも取り返してやるさ、俺のあのチカラできっと)
単純というか素直というか。
この時点で鞘無の頭から昨日の敗戦のことなど八割方頭から抜け落ちていた。
「…………、」
そんな鞘無を二つ隣のテーブルから見つめるのは、昨日の対戦者である更識簪。彼女はジトッとした視線を彼に向けていた。相も変わらず、皿式鞘無という少年のことが気に入らないらしい。というか、昨日の対戦のせいでそれはより顕著になったように思われる。
簪にしてみればクラス代表になどなりたくなかったし、あの対戦も向こうが無理矢理組んだものであったので勝利したあと、クラス代表は鞘無に任せるということは伝えておいた。
元より人前に立つということを苦手としている簪にとって、クラス代表というのは荷が重すぎた。
(……早く、終わらないかなぁ)
簪としてはこの就任パーティに参加するつもりはなかったのだ。
しかし、放課後になった際に担任である安形に捕まり、周囲の女子生徒たちに連行されるようにしてこうしてこの場所にやってきてしまった。ノーと言えない自分の情けなさに内心で泣きつつ、簪は目の前のコップを傾ける。
すると。
「更識さん」
「更識さんって更識先生の妹さんなんだよね?」
丁度簪を挟むようにして座っていた二人の女子生徒が話し掛けてきた。
「うん……、そうだけど」
「ねぇねぇ、更識先生っていっつもあんな感じなの?」
「あんな感じ……?」
質問の意味が理解できなかった簪は、コテンと首を傾げる。
「ほら、なんていうのかなぁ。こうクールな感じっていうか」
「凛々しいっていうか」
そう言って二人はきゃいきゃいと盛り上がっていく。
――――クール? 凛々しい? 兄さんが?
言われてみれば確かに学園での兄はそういった風に見られるかもしれない。いや、あの兄のことだから生徒たちからはそう見られるように印象操作しているのかもしれないが。
簪の知っている兄、更識楯無は妹思いの良き兄であり、同時にこの世界で最も強く、頼りがいのある人間だ。しかし必ずしもクールや凛々しいといった印象ばかりではない。友人たちとは笑いながら会話をするし、たまにドジをして怒られることもある。
「……皆、兄さんのことそういう風に見えるんだ」
「って言うと、更識さんからはどう見えるの?」
「……可愛い」
「「は?」」
突拍子のない簪の発言に、二人は呆けた声を出してしまった。
「可愛い? 更識先生が? カッコイイじゃなくて?」
「うん、可愛い……」
「ぐ、具体的に、どの辺が?」
「……見た目?」
「「いや、それはないでしょ」」
簪とて可愛いと言ったことにハッキリとした根拠があるわけではないのだ。ただ、なんとなく。理解しているというよりは本能の部分でそう感じているのだろう。
そんな訳で、今正に詰め寄らんとしてくる二人の同級生に対しても明確な答えが出せる筈がなかった。
「……更識さんてさ、もしかしてブラコン?」
「…………え?」
ふと思ったように問いかけた少女は次の瞬間、一瞬前の自分の愚かさを呪った。
そこに居たのは今の今まで可愛らしくジュースを飲んでいた更識簪ではなく、背後に何かドス黒いものを纏わせた修羅だった。
「え、えーと、更識さん……?」
「今何て言ったのかな。よく聞こえなかったからもう一度はっきり言って欲しいな」
いつものオドオドしたような口調ではなくハキハキとした物言いで今度は簪がぐいっと詰め寄る。
この瞬間、二人は悟る。
――――あ、これ地雷踏んだわ。
しかし、気付いた時にはもう遅い。
本人に自覚が全くないために余計に質の悪いブラコン少女が、二人の女子生徒を死地へと誘っていった。
後日、その様子を遠目で目撃していた四組の少女たちは口々に言った。
――――アレはもう、見てられなくて。
――――ええ、まるであれは甲羅の割られた亀のような……。
――――あの一帯だけ、何故か真っ赤なペンキがブチ撒けられていて。
――――目の錯覚でしょうか、更識さんの背後に、邪悪な何かが……。
巻き込まれた二人の少女は、翌日保健室で一日を過ごした。
◆◆◆
四組のクラス代表就任パーティより数時間後、夕食を摂り終わった一組の生徒たちも四組と同様クラス代表就任パーティを開催しようと食堂を借り、適当にお菓子やジュースを持ち寄っていた。
夕食後ということもあってそのまま食堂に残っている生徒が大半であり、今この場にいない生徒も部屋に食料を取りに行っている生徒たちばかりだ。
さて、そんな和気あいあいとした空気の中、どういう訳か俺はこの場に呼び出されていた。
「ったく……、こちとらまだ仕事残ってんだぞ」
「まぁまぁ、こういうのも良いじゃないですか」
俺と同様に呼び出されていたらしい真耶が机を運びながら笑う。
いやさ、真耶はこのクラスの副担任だから別にこの場にいたって不思議じゃないが、俺直接的には関係ないからな。
「そういえば先輩も呼ばれてたと思うんですけど」
「千冬か? 仕事は片付けてたと思うけど」
まぁ千冬はあまりこういった事には積極的な方ではないし無理もないが。
そうこうしているうちに準備が完了したらしく、一組の生徒たちは各自配られた紙コップを手に持って一夏へと視線を向ける。
これはアレだろう、何か一言言ってから乾杯する流れだ。
というか、アレ? 何か一夏とセシリアの距離が近くないか? 一夏の隣に座るセシリアとの距離はほぼ無い。二人の肩はもろに触れている。
これはもしかしたら落ちたのだろうか。セシリア・チョロコットさんになってしまったんだろうか。心なしかセシリアの頬が紅潮しているようにも見えるが。
などと考えているうちに一夏が無難な目標を言って乾杯となった。
俺も参加している立場上真耶と乾杯し、そのままこの就任パーティの動向を見守ることにして周囲を見回す。
一夏はなにやらセシリアとの距離が近いことに違和感を感じているようだが、これといった反応を示すことなく彼女と会話している。そんな一夏の逆隣では、箒がもくもくと饅頭を頬張っていた。
「あれ、更識先生じゃないですか」
不意に聞こえた声に俺がそちらへと向けば、そこには見知った生徒がメモ帳片手に立っていた。
「黛か、どうしたんだ?」
「どうしたって、そりゃあ取材に決まってるじゃないですか。何せ世界で四人しかいない男性のIS操縦者ですからね」
黛薫子。
IS学園の二年生で新聞部の副部長の少女だ。因みに姫無と同じクラスで仲が良い。
主に情報を売買する取引相手として。以前姫無とコイツが俺の写真を売り買いしていたのを目撃したことがある。当然没収したが。
「ん? てことは四組にも取材に行ったのか?」
「あー……、あっちのクラス代表は何か癪に触るんで行ってないです。こっちのほうがいい記事書けそうなんで」
そう言ってシャーペンの先で額をかく黛の顔には、はっきりと『行きたくない』と書かれているように見えた。
「まぁ取材熱心なのは関心だが、あんまし根掘り葉掘り聞くなよ?」
「それは先生と織斑君が師弟関係にあることとかですか?」
「オイ待てどっからの情報だ」
「姫ちんですけど」
思わず頭を抱えたくなった。
いや、別に隠しているわけではないから何時かは知られる時がくるとは思っていたが、よりにもよって黛に知られてしまうとは。
「おい黛。間違ってもその事記事にするなよ?」
「それはコレ次第ですねー」
そう言いながら手親指と人差し指で丸を作って手の甲を下にする黛。その動作をそのままに受け取れば『カネ』になるが、この少女の場合は相応の情報である。
「……よし、一夏を売ろう」
「買った!!」
「ちょ、師匠ぉッ!?」
俺の言葉に、会話が聞こえていたらしい一夏がガバッと立ち上がる。すまんな一夏、背に腹は代えられんのだ。
「よし、そんな訳で織斑君に取材だー!!」
瞳を輝かせた黛は俺に一度頭を下げ、それから一夏の方へと向かった。一夏よ、変なこと口走るんじゃないぞ、一瞬で誇張されて記事にされるから。
売った身ながらそんなことを思っていた俺は、自身の紙コップ片手にぼんやりと天井を見上げるのだった。
あー、そういえばアイツから連絡来てるんだった。
◆◆◆◆
「はーい、そんな訳で織斑に突撃インタビューでーす!」
「すいません黛先輩突拍子無さすぎです」
メモ帳片手に一夏のテーブルまでやって来た黛は箒の隣に腰を下ろし、シャーペンをくるくると回しながら一夏への口擊を開始しようとしていた。
「あ、オルコットちゃんにも取材一緒にするからよろしくねー」
「分かりました」
「セシリア順応早いな……」
黛と元々面識がある一夏でさえこのノリについていくのに苦労しているというのに、初見で対応してくるとは英国貴婦人の余裕というやつなのだろうか。
「さてと、先ず織斑君ね。クラス代表になったわけだけど、どう今の気持ちは」
案外まともな質問が来たことに驚きと安堵を覚えつつ、一夏は暫し考えてから口を開いた。
「正直何で負けた俺が代表になってんのか分からないですけど、任命された以上は頑張りますよ」
「何か面白みに欠けるなー」
「いや面白さとか求めないでくださいよ」
「まぁいいや盛るし」
「ちょっと!?」
「大丈夫だーいじょーぶ。…………ちょっとだけだから」
「その間はなんだ」
先輩であるということも忘れ、一夏は黛へと詰め寄る。
しかし、詰め寄られたところで新聞部副部長は止まらない。
「まぁこういった質問はこれくらいにして、次は読者が知りたがってることを聞いていこー」
何やらメモ帳に書いていた黛がそう言って新たな質問を次々に投げていく。一夏も段々と慣れてきたのか、最初程狼狽えることなく受け答えしていった。精神的にはガリガリと削られていっているが。その間ずっとセシリアとの距離が近かったことには、誰も突っ込まなかった。
「んー、じゃあ最後の質問かな」
聞きたいことは一通り聞けたのか満足げな笑みを浮かべる黛に対し、根掘り葉掘り聞かれた一夏は若干やつれている。
「ずばり、今彼女はいますか?」
「いませんよ」
「えー? ほんとに? はっきり言うけど、この学園にいるってハーレムじゃない?」
一夏の答えがお気に召さなかったのか、黛は眉を顰めてそう零す。
確かに彼女の言うことも間違いではないし、実際一夏の親友である五反田弾は一夏の状況を酷く羨ましがっていた。
が、しかし。一夏にとっては周囲が女子で溢れていようが関係ないのだ。
「傍から見ればそうかもしれませんけど、俺にとっては関係ないですね」
「そりゃまたどうして?」
そんな黛の質問に、一夏は平然と言ってのけた。
「だって俺、好きな人いますから」
ピッシィッ!! と一夏の横で何かが割る音が聞こえた。
いつから一夏がハーレムエンドだと錯覚していた?