双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 はい、分割です。
 簪ちゃん、やっと君の出番がくるよ……!


#5 決着と第二試合

 

「一夏の奴、やっと気づいたか」

 

 管制塔から試合の様子を見ていた俺は、一夏が更識流の構えを取ったことでようやくその事に気づいたのだと確信した。

 更識流とは更識の初代当主が編み出したとされる柔術だ。当然その頃にはISなんてものは存在しなかったから当初は完全に対人戦闘に用いられる流派だった。だがしかし、更識流の特徴はその変幻自在さにある。各当主が己の全てをつぎ込んで一つの技を追加していくこととなっているこの更識流は俺が当主を引き継ぐ時点で十六の型が存在した。その中でも特に完成度の高い七つにはその技の頭に奥義の名を冠し、更識流は現代までその流派を存続させてきたのだ。

 因みに、俺はまだオリジナルの技は考えていない。

 

 更識流は年月を経るごとに研鑽され、時代の波に合わせるようにして組み上げられた流派だ。それは一つの枠に因われない、故に変幻自在。

 そしてこの更識流は、対人戦闘にのみ使用されるのではない。

 これまでの先代当主の中には対戦艦、対戦闘機なんてものを考慮して編み出されたものが存在する。それは時代背景を考えれば別段不思議なことではないが、現代となっては使う機会などないだろう。俺もそう思っていた。ISというものが現れるまでは。

 

 ISも戦艦も戦闘機も、無機物として一括りにしてしまえば根本的には同じだ。

 つまり、更識流はIS相手にも使用することができる。更に、ISを操縦している人間を対象にしてしまえば、対人用の技を使用することも可能だ。恐らくは絶対防御やシールドエネルギーといったものに防がれるだろうが、直接的な攻撃であれば通じる可能性は非常に高い。

 実際、俺がこれまでに対ISで使用した更識流のいくつかはしっかり通用した。

 

 話を戻すが、一夏が気づいたのはISにも更識流が通用するのではないかという考えだ。

 とは言っても一夏はまだ完全に更識の型を修得したわけではないので使える型は少なく、行うまでのラグも存在する。

 一夏が現時点で修得しているのは十六のうちの七つ。五年という年月でこれだけの数を修得できたのだから大したものだが、その七つの中に奥義とされるものはたった二つしかない。しかもその一つは完全に近接技。今の現状を打破するまでには至らない。

 そこで一夏が使ったのが四の型、雛罌粟だ。

 

「あれは……、遠距離系の型か?」

「まぁな。元は四代目が戦艦とかに対して使うことを想定して編み出したもんなんだが、ISにもどうやら効果はあったらしいな」

 

 アリーナの様子を見てそう零した千冬にも分かるようにそう噛み砕いて話す。

 千冬も更識流の型は幾つか目の当たりにしているが、どうやら雛罌粟を見るのはこれが初めてだったらしい。真耶に至ってはポカンと口を開けて固まってしまっていた。

 

「……さて、一次移行も済んだし、こっからが本番だな」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 眼下で構えを取る一夏が動きを見せたのは、その数秒後のことだった。

 その様子を興味深そうに眺めていたセシリアに謎の衝撃が襲いかかった。

 

(な……、一体何が……!?)

 

 無防備な腹部に拳を食らったような感覚に、思わずセシリアの体勢が崩れる。空中で崩れた体勢を立て直したのと、背後に殺気を感じたのとはほぼ同時。そしてセシリアは理解はせずとも確信した。一夏が今この瞬間、方法は分からないが自分の背後を取っているということを。

 ほぼ無意識のうちに取っていた防御姿勢。そこに一夏の攻撃が打ち込まれた。

 

「ぐっ……!?」

 

 あの雪片弐型による斬撃ではない。そうであるならば、今頃視界の端に映るシールドエネルギーの残量は尽きている。

 

「打撃……? それも、更識流とかいうものですか……」

「ああ。更識流、五の奥義。飛花落葉( ひからくよう)だ」

 

 七つある奥義のうちの一つ、飛花落葉。

 一夏が使える奥義のうちの一つであり、相手の表面に衝撃を伝える鎧崩しの技である。合掌した手を開きながらぶつける掌底で、IS相手に使える更識流奥義の最たるものと言える代物だ。

 この飛花落葉と先程使用した雛罌粟。この二つが、現時点での一夏の攻撃手段だと言っていい。十六ある更識流の中にはIS相手に使える技もまだ幾つかあるのだろうが、如何せん一夏はまだ修行中の身。七つの技しか身につけていない一夏には、これが精一杯だった。

 

 しかし、そんな事実はセシリアには分からない。

 

(先程の遠距離攻撃に加えて今の打撃……。更識流は生身でISに対抗するための武術ということでしょうか……)

 

 そうセシリアが考えてしまうのも無理のないことだった。今見せられた二つの技に関して言えばIS相手にもダメージを与えられる。なら他の技にも同様の効果が、と思ってしまうのも仕方がない。

 一夏にとっては結果オーライだが、この時点でセシリアは一夏の戦力を過剰に見積もっていた。

 一定の距離を取りつつ、セシリアはスターライトmkⅢを構える。相手が想定以上の実力者であるというのなら、それ相応の実力で以てして対処すればいいだけのこと。

 

 慢心など間違ってもしない。それが戦場で最も愚かなことであると知っているから。

 

 再びその銃口から熱線が一夏に向かって放たれる。

 幾重もの光線を躱し、一夏はセシリアに近づく隙を伺っていた。

 

(くっそ、流石は代表候補生ってことか。微塵も隙が見当たらねぇ)

 

 さっき背後に回り込めたのはハッキリ言って運が良かっただけだ。

 出会い頭の一発みたいなもので、相手がこの更識流を初見であったために出来たに過ぎない。ああして背後に回り込める何らかの移動手段がある、と相手に知られてしまった以上、常に背後にも警戒されるようになる。相手が単細胞みたいな人間であればそれでも良かったのだろうが、今回の相手、セシリア・オルコットは非常に冷静で優秀な操縦者だ。多分さっきのような不意打ちじみた攻撃は二度と通用しないだろう。

 

 となれば。

 

(やるしかねぇってことか……!)

 

 このままではいずれ白式のエネルギーは尽きる。いくら一次移行を終えて大幅にステータスが向上したとしても、エネルギーが尽きればその時点で敗北だ。それに相手も第三世代の新型。機体の性能差も乗り手の実力差で埋められ、こちらの不利な状況は変わらない。

 こういった不利な状況を打開するには、二つの方法しかないとまだ小学生だった一夏は師匠に教わっていた。

 

『一夏。自分が不利な状況に追い込まれたとき、お前ならどうそれを打破する?』

『頑張る!』

『いやそれは当然だけどな。どうやって相手の策略から抜け出すかってことだよ』

『…………』

『おい耳から煙出てんぞ』

『むー。俺そんな難しいこと考えられねぇよ師匠ぉ』

『別に難しいことなんてないぞ一夏。こういう時はな、やれることってのはたった二つしかないんだ。ま、これは俺の持論だけどな』

『二つだけ?』

『ああ、それはな――――』

 

「!? 正面から!?」

 

 セシリアは驚愕した。それは試合開始直後にも行なった特攻にも似た愚策。それは一夏自身も重々承知していた筈だ。

 しかし、一夏は未だ攻撃の手を緩めないセシリアへと、最短距離で突っ込んでいった。

 

『――――正面突破だ』

『は? いや、追い込まれてるんでしょ?』

『追い込まれるってのはつまり後がない状況ってことだ、退路を絶たれて目の前には敵、左右に逃げ場は無し。分かるか?』

『それは分かるけど……』

『ほらよく考えても見ろ。左右後ろには道は無いが、前にはちゃんとあるだろうが』

『敵がいるだろ敵が!』

『そんなもん薙ぎ払え』

『無茶苦茶だな師匠!!』

『その無茶を通さなきゃ勝てないくらいに追い込まれてんだろ? そこで二つ目だ』

『二つ目ねぇ、』

 

『――――思考を止めるな』

 

「その直線攻撃は効かないと分かっているでしょう!」

 

 セシリアの攻撃が、突っ込んでいく一夏へと降り注ぐ。如何に一次移行を終えた機体であったとしてもその全てを防ぐことは出来ない。だが、止まらない。身体のあちこちに熱線を掠めようと、決してその直進を止めることはしない。そして同時に、一夏の脳内では同じ言葉が反芻されていた。

 

(思考を止めるな、考えることを放棄するな。何かある、何かあるはずだ……! セシリアの弱点、付け入る隙が……!!)

 

 一夏の頬をレーザーの熱が焦がす。それさえ厭わずに、尚も一夏は愚直なまでに一直線にセシリアの元へと突っ込んでいく。

 その様子に、セシリアは背筋にゾッとしないものを感じていた。

 

(何ですか……、何ですかその瞳は……! まるで、まるで……!!)

 

 ここで初めてセシリアは気付く。

 自分が一夏の放つナニカにあてられてしまっていることに。ギリッ、と彼女は奥歯を噛んだ。自身の想像を超えてくる男性。それは彼女にとって大歓迎であり望むところだった。

 しかし、自分が一夏相手に引いてしまっている。その事実が、何事にも変え難いほどに屈辱的だった。

 

(わたくしは代表候補生。何を恐ることがあるのでしょうか……! 叩くべき相手は今、目の前にいるというのに!!)

 

 セシリアの瞳に一夏同様、猛獣のようなギラついた輝きが灯る。

 それを一夏も感じたのだろう。僅かに口角を吊り上げた。

 

 一夏はセシリアへと近づきつつも決してその思考を止めることはなかった。限界まで脳を使い、出来うる限りの情報を集めて、最善と呼べる攻略法を必死に模索していた。

 そして思い至る。

 彼女の、セシリア・オルコットの弱点とも呼ぶべき部分に。

 

「――――っは、」

 

 一夏は笑う。

 

「ふふっ」

 

 セシリアも、笑った。

 

 二人の距離が二十メートルを切った。

 ここで初めて一夏は近接型武装、雪片弐型を展開。セシリアもスターライトmkⅢを構え直した。

 

 そして一夏の姿がセシリアの視界から消える。

 

「また先程の……! 同じ手は二度食いません!!」

「そうかよ!」

 

 背後を取られた先程のようにはいくまいと、セシリアすかさず背後に銃口を向ける。案の定、そこには雪片弐型を上段に構えた一夏の姿があった。

 

「獲りましたわ」

「そりゃ早計だぜ」

 

 銃口を向けられていた場所から、再び一夏の姿が消える。

 セシリアは内心でこれも更識流とかいう技の一つか、と考えつつ再び背後へと銃口を向けた。

 

 だが、そこに一夏の姿はない。

 

「その武装。ぐるぐると振り回すには重すぎるみたいだな」

 

 その声は、セシリアの上空から聞こえてきた。

 彼女が上へと視線を移せば、そこには既に振り下ろす動作に入った一夏の姿。スターライトmkⅢは遠距離でこそその威力を発揮する武装。距離を詰めてしまえば、その長い砲身もあって振り回したり細かな動きをするには適さない。それが一夏の見つけた突破口だった。

 それに必要だったのは先程セシリアの背後に回り込んだ技。更識流二の型、速歩だ。これは独特の足の運びをすることで移動速度を上げるもので更識の人間にとっては出来て当然の部類に入る基本的な型の一つである。

 

 この型を使用することでセシリアの周囲を移動し、スターライトmkⅢの照準から外れると共に決定的な隙を突くことに成功した。

 雪型弐型を振り下ろし、一夏は己の勝利を内心で確信した。

 が、振り下ろした雪型弐型がセシリアのブルー・ティアーズに当たる直前、セシリアは好戦的な笑みを消してはいなかった。

 

「――――お忘れかしら?」

 

 彼女は続けて。

 

「わたくしの武装は一つじゃありませんのよ!」

 

 直後、セシリアの周囲に漂う四つのビットから光線が一夏へと放たれた。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

「馬鹿が……。セシリアの隙を突くことに必死になりすぎてあのビットのことすっかり頭から抜け落ちてたな」

「何だかんだで専用機に浮かれていたからな。どこかでやらかすだろうとは思っていたが、まさかこんな局面でやってくれるとは」

「ふ、二人とも厳しいですね……」

 

 一夏の奴、前もってあれだけセシリアの機体、ブルー・ティアーズについて調べておいたのに肝心な所でヘマしやがって。セシリアの隙を突くところまではいい感じでこなせていたが、本来なら先にセシリアのビットを潰してから仕掛けなくてはならなかった。

 とは言え、セシリアもどういう訳かビットを途中まで展開させていただけで攻撃に使用していなかったし、一夏がそのことを忘れてしまうのも無理はない……訳がない。

 大体機体名にまで使われる武装の存在は普通は忘れない。

 完全に一夏のミスだ。

 

「それにしてもオルコットさん。どうしてブルー・ティアーズを使っていなかったんでしょうか」

「さあな。大方一夏の出方でも伺って必要ないと判断したのか、最後まで取っておくつもりだったのか。どちらにせよセシリアの方が一枚上手だったな」

 

 先の一撃で恐らく一夏のシールドエネルギーは殆ど削り取られてしまっただろう。

 戦闘を続けるには苦しい量、雪型弐型の攻撃が一度できるかどうか。

 

 一夏にこの後の展開を左右できるような策があれば話は別だが、現状ほぼ勝敗は決したと言っていい。セシリアのビットは六基とも空中に漂い、更に彼女に近づくのは苦しくなるだろう。更識の技もそう何度も頻発できるものではない。

 

「さて、どうする?」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

(ああ、くそっ……。俺は馬鹿か、ブルー・ティアーズの存在を一時とは言え忘れちまってたなんて……!!)

 

 その結果かこの様だ。シールドエネルギーは残り二割を切り、このまま戦闘を続ければあと数分でエネルギーが切れる。雪型弐型での攻撃を行おうと考えれば、実質あと一分あるかないかという具合だ。

 四基のレーザービットと二基のミサイルビット。操縦者のイメージを反映、具現化することで、本来複雑な独立可動ユニットを操ることを目的とした兵器。これがセシリアの主武装にしてブルー・ティアーズがその名を冠する所以の新技術。

 一夏はこの事をはじめから忘れていたわけではない。寧ろこの武装あってのブルー・ティアーズであると重々承知していた。

 しかし、セシリアがスターライトmkⅢしか使用していなかったことと一夏自身が彼女の隙を突くことに全神経を集中させていたこともあり一時的にその事を見落としてしまっていたのだ。

 

 結果、ビットの攻撃の餌食となった。

 

「どうしましたか? わたくしのこのブルー・ティアーズのことは当然知っているでしょう?」

「ああ。今ので嫌ってほど思い出させてくれたよ」

「あら、忘れていましたか?」

「セシリアがスターライトmkⅢばっかり使ってたからな」

「全力でかかるとは言え、そう簡単に我が国の新技術を見せたりしませんよ」

 

 そう言うセシリアの表情にはまだ余裕があった。恐らくシールドエネルギーもまだ半分近く残っていることだろう。対し、一夏のエネルギー残量は僅か。

 

「さて、そろそろ幕引きといきましょうか」

 

 セシリアはガシャン、とスターライトmkⅢを構え、周囲のビットの照準も一夏へと定める。

 彼女の中では一夏の評価は上々、これなら問題はないという結論を下そうとしていた。流石はあの人の弟子、自身を相手にここまで持ちこたえ、あまつさえダメージを多分に与えたのだから。IS搭乗がこれで二回目だというのだから、今後の成長を考えれば一夏の今日の出来は充分にクラス代表足り得るものだった。

 

 が、しかし。

 

 セシリアはこの下そうとしていた結論を、書き換えなくてはならなくなる。

 

「……ふぅ、」

 

 一夏は一度深呼吸し、上空でこちらに銃口を向けるセシリアを見据える。

 

(まだだ、まだ、終わっちゃいない。この現状、セシリアが圧倒的有利だってのは認める。それは俺の失態が招いた結果だ。だったら、その失敗は取り返さなくちゃならない……!)

 

 見たところ、セシリアは六基のビットと他の武装を同時に使用することが出来る。それだけで厄介だが、二基のミサイルビットがそれを更に面倒なことにしている。ミサイルとレーザーとスターライト。この三種類の攻撃を何とかしなくては一夏の勝利はない。

 やるしかない、一夏は単純にそう思った。

 こうなってしまってはセシリアの懐に潜り込むのは困難だ。少なくともあの周囲のビットを破壊しなくては碌に突撃も出来ない。

 

「……やってやる」

「? 何かおっしゃいましたか?」

 

 ポツリと漏れた一夏の呟きに、セシリアが眉を潜める。

 

(俺がまだ代表候補生のセシリアに色んな面で劣ってるってのは充分に分かった。だが……)

 

 雪型弐型を正面に構え、一夏は重心を落として。

 

「勝ちまではそう易々とやらねぇ!」

 

 残るエネルギー残量をほぼ無視する形で、一夏はビットを破壊すべくセシリアの立つ空中へと飛び上がった。

 そしてそれから一分と十二秒後、試合終了のブザーが鳴った。勝者は――――。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

「終わったか……」

 

 アリーナを出て行く一夏とセシリアの姿を視界の端に捉えながら、俺は管制塔内で小さく息を吐いた。

 よくやった、と一言で言ってしまえばそれまでだが、もう少しやりようもあったのではないかと思う。ISの搭乗時間がたった二十分ということも加味すれば大したものだが。

 

「惜しかったですね、織斑君」

 

 横でコーヒーを飲みながら様子を見ていた真耶がそう零す。

 

「オルコットさんのビットを四つ破壊したまではよかったんですけど、」

「そこでエネルギー切れ。最後はオルコットも少し焦ってたようだったが、これが今のアイツの限界だろう」

「でもとてもISに乗るのが二回目とは思えないですよ」

「ま、そこはあの姉の才能が遺伝してるんだろう。……ってあれ、その姉は?」

 

 ふと周囲を見回せば千冬がいないことに気付いた。おかしいな、試合が終わるまでは確かに俺の隣にいたんだが。

 

「あ、織斑先輩なら試合が終わったのと同時に出て行きましたよ」

 

 ということらしかった。

 大方一夏の戻ったピットへと足を運んだのだろう。頑張った弟を労いに行ったのか試合内容を貶しに行ったのかは分からないが。まぁあんな態度を取っていても内心、心配していただろうし試合内容にはある程度満足しているだろうからそこまで一夏も精神的ダメージを受けることなないだろう。……と思う。

 さて、じゃあそろそろ俺も行くとするか。

 

「真耶、少し外すな」

「はい、もうハンガーに居るみたいですよ」

「サンキュー」

 

 設置されたカメラの映像を確認した真耶がそう言うのを背で聞きつつ、俺は管制塔を後にしてハンガーへと向かった。

 

 ハンガーに来てみれば、そこには既にISを展開した俺の妹、更識簪の姿があった。

 簪が纏っているのは日本の第二世代型IS、『打鉄弐式』。打鉄の後継機にあたり、機体データには姫無の専用機であるミステリアス・レイディ、荷電粒子砲などの一部の武器データには白式のデータが流用されている。防御重視の打鉄とは異なり、徹底的に機動性に特化させた仕様となっており近遠距離の両方をこなせるようになっているのが特徴だ。

 

「よう簪。どうだ調子は」

「あ、お兄ちゃ……更識先生」

「もう放課後だからな、そのままでいいぞ」

 

 一夏には更識先生と呼べって言ったけどな。

 そこはあれだ、兄妹だからだな。千冬が一夏に接する時と同じだ。

 

「調子は、悪くない……。でも相手が、ちょっと嫌……」

「ほんとなら俺が代わって叩き潰してやりた……いや何でもない」

「ほとんど言っちゃってるよ、お兄ちゃん……」

 

 おっと、無意識のうちに本心が漏れ出してしまっていたみたいだ。いかんな、これでもこの学園の教師なわけだから、どんな生徒にも平等に接さなくてはいけないというのに。

 簪は機体のデータに目を通しつつも、今から対戦することになる皿式鞘無のことを思って少しげんなりしているようだった。簪が男嫌いということは俺や姫無、それと身近な人物なら知っていることなので(但し俺と一夏は例外。親父は例に漏れない)今更だが、やはり若干気後れしているのかもしれない。

 

 そもそもこの試合は簪が望んだ訳ではなく、安形のバカと皿式が半ば無理矢理組んだ対戦だ。簪にしてみれば巻き込まれたも同然なのである。それに乗り気なの方がおかしいだろう。

 

「確かに男の人は苦手だけど……勝負するからには、負けたくない……」

 

 それでも持ち前の負けず嫌いが発揮されているのか、簪はそう言って最終確認に入る。

 この負けず嫌いさが無ければ、原作の簪のように引っ込み思案で姫無に引け目を感じていたかもしれないが、うちの簪は姫無同様勝気だ。だからこそ打鉄弐式を三人で完成させたし、日本の代表候補生の中でもトップクラスと言われるほどの実力も身につけることが出来た。そんな彼女だ、どんな相手であれ、対戦するからには負けたくないのは当然と言える。クラス代表になるかどうか置いておくとしてだ。

 

「うん……、行ける」

 

 確認を終えた簪は、そのままゲートへと進む。

 アリーナのほうはまだ先程の戦いの余韻が残っているのか、観客席に座る生徒たちのざわざわとした声がここまで届いている。しかしそんな周囲の声は既に聞こえないほどに集中しているのか、簪はそれに特に反応を示さず、ゲートでふわりと浮き上がった。

 そしてアリーナへと出る直前、簪は俺のほうへと振り向いて。

 

「行ってきます」

 

 そう言って微笑む妹に対して俺は。

 

「行ってこい」

 

 その言葉を聞いて、簪の纏った打鉄弐式は勢いよくアリーナへと飛び出していった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 簪たちの反対側のピットでは、準備を終えた皿式鞘無がその時を今か今かと待ち構えていた。

 彼がその身に纏っているのはフランスが開発した第二世代型IS、ラファール・リヴァイヴ。最後期の機体であり、そのスペックは第三世代型初期ににも劣らない。現在配備されている量産機の中では最後に開発されたものだが世界第三位のシェアを誇り、操縦しやすく汎用性が高いのが特徴だ。

 

 本来であれば、彼には専用の機体が用意される筈だった。

 

 しかし、急だったことと専用機の製作を認可してくれたのが倉持技研しかなかったこと、その倉持技研も白式の製作にかかりっきりであったこともあって完成を今日に間に合わせることができなかったのだ。

 だがそうであるからといって、彼にはこれといった心配はなかった。所詮専用機も訓練機も自分には大した差はない、何せ自分には――――。

 

「この能力があるんだからな」

 

 最初は転生だのなんだのと絵空事だと思っていたが、こうして実際にこの世界に来てみて初めてあの神とやらに感謝した。

 転生の理由が双六だと聞かされた時は顔面を蹴り飛ばしてやったが、この能力をくれたのだから水に流してやらないこともない。

 

 ラファールを纏った皿式は、そのままゲートへと向かう。

 

「よし。……まずは、今このアリーナに居る生徒たちに俺の実力を知らしめるところから始めよう」

 

 先程まで行われていた織斑一夏とセシリア・オルコットの対戦は、その内容に大きな違いがあったものの原作と同じ結果となった。故にそこまで俺の存在はこの世界に影響を与えてはいないのだろうと推測する。イレギュラーな他のキャラたちは、きっと何かの誤差が組み合わさって生まれてしまっただけなのだ。

 皿式はそう考え、僅かに口元を綻ばせる。

 

「さぁ始めるぜ。ここから、俺の物語を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回嘘予告

皿「受けてみろ俺の必殺技! ファイナルベントッ!!」
簪「!?」

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