双六で人生を変えられた男   作:晃甫

61 / 114
 鞘無君、皆疑ってるぜ……?
 お前、かませだろって……、


#2 三人目と四人目

 今年の一年生、つまりは第九期の入学生にあたる生徒たちには個性的な人間が多い。

 先ず真っ先に上がるのが世界で三番目となる男性IS操縦者となった織斑一夏。何を隠そう彼はあのブリュンヒルデ、織斑千冬の実の弟であり、更に篠ノ之束とも親交が深い。まぁ、俺との関係もあるんだがここではその部分を掘り下げることはしないでおく。

 そしてその篠ノ之博士の妹であり一夏の幼馴染である篠ノ之箒。彼女もまた姉と同様に優秀な技術者である。あの天災と比べればまだまだな部分は多いが、それでも現学園二年の整備科の生徒よりは知識技術共に優れていることは間違いない。

 更にそんな二人とクラスを同じくしているのは、イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコット。彼女との直接の面識は無いが、そのメイドとならば幾度か話したことがある。というか、そこそこの親交がある。いつだったかリリィの紹介でイギリスに渡った時に出会ったのがそのメイドの少女だった。名前は確かチェルシーと言ったか。うん、俺の記憶が間違っていなければ、あのチェルシー・ブランケットで違いない。学園に居た頃にリリィが初めて後輩ができたと言って喜んでいたが、まさかそれがチェルシーの事だったとは思いもしなかった。というか彼女代表候補生だったんだな、当時の話だが。

 更に更に、このクラスには簪の専属従者である布仏三姉妹の三女、本音も席を置いている。

 学年全体を見てみてもこれだけのメンツが固まっているクラスは一組だけだ。が、俺が一番気になっているのはこの一組ではなく、ましてや凰鈴音が在籍する二組でもなく、簪が所属する四組だ。

 

 このクラスには、注目せざるを得ない人物が一人居る。

 彼の名は皿式鞘無。世界で四番目となる、男性のIS操縦者だ。

 

「四人目、ねぇ……」

 

 四人目の適性を持つ男性が現れた、と聞いても別段驚きはしない。何せ自分自身が世界初などという嬉しくない肩書きを承っているのだから。付け加えれば、織村のような事例もある。ISコアに対する適性を持つ男子生徒が出てきたとしても、なんら不思議ではない。

 こういった男子を発掘するために、数年前からIS学園の受験資格を男子にも与えるようにしたのだ。

 結果的に言えば、この案は見事に的中したということになる。だが、まさか一夏以外の男性IS操縦者が現れることになるとは思ってもみなかった。

 

 いや、確かに俺や織村といった存在もあって原作とはかなりかけ離れたものになっている、ということは理解していたが、四人目の出現は全く想定していなかった。

 机上に置かれた件の彼の書類に視線を落とす。出身は日本。身長、体重共に平均値。容姿は茶髪で肩口ほどまで伸ばされた髪に、男の俺から見ても分かる整った顔立ち。データ上の彼だけを見れば、男性でISを起動できるという点以外は至って普通の生徒のように見受けられる。

 ――――が。

 

「そんな訳、ないよなぁ……」

 

 ハッキリ言ってしまえば、この男は怪しさ満点だった。入学式の時に教師側の席から遠目でちらっと彼を見たが、通常女生徒ばかりに囲まれて一夏のようにテンパるといった様子は全く見られなかった。女慣れしている、と言われてしまえばそれまでだが、どうも腑に落ちない。学園入学当時の織村程のきな臭さは感じないものの、全くの白、という訳でもなさそうだ。

 だがただ怪しい、などという証拠も何もない状態ではどうすることも出来ない。結局、俺はこの四人目の男性IS操縦者がどう出るのか見ていることしかできないのだ。

 

「とりあえずは様子見、ってことか」

 

 はぁ、とまた溜息を一つ。

 俺は職員室の天井を仰ぎ、どうしようもないもどかしさを感じながら脱力した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 三時間目の授業が始まって暫くして、教壇に立つ千冬姉が思い出したようにとある話題を切り出した。

 因みにこの授業ではあの分厚い教科書片手に実践で使用するISの各種装備の確認と特性についての説明を受けている最中で、教壇に立つ千冬姉が基本的に話を進めているが、時折山田先生が解説を加えたりして授業を進めている。そんな最中、持ち上がった話題というのは。

 

「そうだった。再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないんだったな」

 

 クラス対抗戦、という単語は確かIS学園の年中行事が記載されたパンフレットで見た覚えがある。確かISを使っての試合だった筈だ。詳しく読み込んだ訳ではないのでそれ以上のことは分からないが。

 

「クラス代表者、というのはそのままの意味だ。クラス対抗戦だけでなく生徒会が開く学生会議や各委員会主催の会議への出席、まぁ所謂クラス長と考えてもらえばいい。因みに再来週のクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測る目的で行われる。今の時点では大した差はないだろうが、競争は向上心を生む。一度決まればそれ以降の変更は一切認められないから、そのつもりでな」

 

 千冬姉の言葉に、俄かに教室内が騒がしくなる。

 クラス代表、つまりはこの一組を代表するということだ。実力推移を測るというのなら、恐らくこういうのは実力ある生徒がやるべきなんだろう。幸いこのクラスにはセシリアというイギリスの代表候補生がいることだし、こう言うのもなんだがここは彼女に任せてしまえばいいのではないかと思う。

 俺にはクラス代表足り得るだけの実力も知識も無い。自分のことで手一杯だというのに、クラスのことにまで手を回すことなど出来る筈もないのだ。

 

 と、考えていた俺に信じられない言葉が耳に突き刺さった。

 

「はいっ、私は織斑君を推薦します!」

「私もそれがいいと思います!」

 

 教室の後方に座っていた女子生徒二名が手を挙げて織斑という名前を出した。いや、ちょっと待ってくれよ、このクラスに織斑なんていう名字のやつは俺以外にはいなかった。それはつまり、この俺が現在進行形で推薦されているという事実に他ならない。

 

「では候補者は織斑、他にはいないか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 

 推薦されている張本人である俺を蚊帳の外にしてトントン拍子に進んでいく話を一旦止めるべく、俺はガタッと立ち上がった。

 その際の背後から感じる視線が痛かったが、そんなことも言っていられない。

 

「なんで俺なのさ!?」

「授業中だぞ、席に付け。それと自薦他薦は問わない、推薦されたならそれなりの覚悟をしろ」

 

 何だその理不尽。

 大体どうして俺が推薦されるのかが分からない。俺なんてつい数ヶ月前に初めてISに触れたど素人だ。知識や技術だってこのクラスの女子たちに遠く及ばない。それなのに俺なんかを推す理由がないだろう。このクラスにはセシリアっていう代表候補生が居るんだから。それに、彼女だってきっと黙っていないだろう。

 何か反論があるんじゃないかと、俺は首を回してセシリアの座る場所へと視線を向けた。

 

「……………」

 

 彼女は何も言わず、ただ瞼を伏せて何かを考えいるようだった。あの様子では今すぐの反論は期待できそうにない。いよいよ本格的に俺がクラス代表になりそうな雰囲気が教室全体に漂い出してきた。このままじゃ色々とやばい。何か手はないか、と俺が必死に考えていた時。何か考えていた風だったセシリアが、静かに右手を上げた。

 

「織斑先生」

「どうしたオルコット」

 

 静かながらもはっきりとした声に千冬姉が返す。返されたセシリアはゆっくりと立ち上がって。

 

「一夏さんがクラス代表をする、ということに関しては別段否定はしません。ですがやはり、クラス代表を務めるというのであればある程度の実力は必要ではないかと思うのです。クラス対抗戦が現時点での実力を測るというのなら、当然ではないかと」

「ほう。ではお前が立候補するのか?」

「いえ」

 

 千冬姉の質問に、彼女ははっきりと否定の意を示した。

 

「わたくしがクラス代表になる、というのも一つの案だとは思いますが、ここは推薦されている一夏さんを優先させるべきだと思います。しかし、」

 

 一旦置いて、セシリアは続けた。

 

「今の一夏さんでは、恐らくクラス代表は務まらないでしょう」

 

 きっぱりと、セシリアは俺の実力不足を指摘した。

 それは自分でも分かっていたことだが、改めて他人から言われるとなんとも言えない気持ちにさせられる。俺の周りには凄い人たちがたくさん居るのに、俺にはそんな人たちの背中すら見えない。それがどうしようもなく悔しくて、少しでも近づこうと師匠に弟子入りしたのが今から五年前のこと。

 セシリアの言い分は最もだ、反論の仕様がない。

 

 すると。

 

「ですから、わたくしと戦いませんか?」

「…………は?」

 

 彼女の言い分が一瞬理解出来なかった俺は、素っ頓狂な声を上げてしまった。そんな俺を見て彼女は優しく微笑んで。

 

「貴方がわたくしと戦って勝つことが出来れば、何の迷いもなくクラス代表になることができるでしょう? わたくしが勝ったら、その時はクラス代表はわたくしが務めますわ」

 

 つまり彼女はこう言いたいらしい。

 俺が代表候補生を倒すほどの実力があればクラス代表として申し分ない。出来なければ、セシリアが代表になる、と。

 どうやらセシリアには俺の内心の葛藤が読まれてしまっていたらしい。そしてこんな提案をクラス内でされてしまえば、断れる筈なんてない。

 

「……いいぜ、分かった。戦おう」

「決まりですわね」

 

 俺の返答に口元を緩めるセシリア。その双眸からは一体何を考えているのか読み取ることは出来ないが、俺を試そうとしていることだけは十二分に理解できた。そんな俺たちのやり取りを暫し静観していた千冬姉が、会話の終了を察して口を開いた。

 

「話は纏まったようだな。では来週月曜日の放課後、第三アリーナで織斑とオルコットの模擬戦を行う。この試合での勝者がクラス代表になるということで異存はないな?」

「ああ」

「はい」

「ではこの話はここまでにして授業に戻る。テキストの八ページを開け」

 

 こうして俺とセシリアのクラス代表を掛けた試合は、来週の月曜日に決定された。今から約一週間、猶予は少ないが、それまでに出来ることはしておこう。そう思いつつ、俺は我が姉の授業に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 一夏とセシリアの試合が取り決められている頃、一年四組でも同じようにクラス代表を誰にするかという話題が上っていた。このクラスの多くの女子たちの視線は窓側三列目前方に座る少年、皿式鞘無へと向けられている。肩口で切り揃えられた茶髪に整った目鼻立ち。十人中九人がイケメンと評するであろう容姿を持つこの少年は、一夏に次いで世界で四人目となる男性のIS適性を持つ操縦者である。

 この少年も現在一組の一夏のように物珍しいという理由でクラス代表に推薦されている訳だが、一夏とは違い、彼はそこまで狼狽していなかった。自分が男性でISを動かせるという時点で周囲の注目を浴びるというのは解りきっていたことであったし、女子生徒たちの注目を浴びる、というのに悪い気はしていなかったからである。

 

「えー、現在候補者は皿式君だけですが、他にはいませんかー?」

 

 四組の担任である長髪の女教師がクラス全体を見渡しながら確認を取る。このままの流れならば、まず皿式という少年がクラス代表として再来週のクラス対抗戦に出場することになるだろう。そのことについて反論するクラスの生徒はいない。ただ一人、件の少年の真後ろに座る少女を除いて。

 

(……なんか、納得いかない)

 

 少女、更識簪は目の前に座る少年の後ろ姿を訝しげに眺めていた。

 男性のIS操縦者という事に驚きはない。何せ彼女の兄は世界初の男性IS操縦者なのだから。そこはいい、問題なのは、どういう訳かこの少年のことが気に食わないということなのだ。簪は基本的に見た目や第一印象だけで相手の事を決めつけたりはしない。しっかりとその人の内面を見ることのできる少女だ。

 にも関わらず、簪はどうにもこの皿式鞘無という少年のことを許容することが出来ないでいた。

 

(なんだろう、なんか、イラッとする)

 

 などと、自身の胸中に渦巻く不可解な感情を持て余していると。

 

「更識さん」

「え……、」

 

 思わず顔を上げれば、前の席に座る少年がこちらに振り向いていた。思わず引いてしまいそうになりながらも、初対面の人間にいきなりそれはまずいと簪の良心がギリギリの所で歯止めをかけ、なんとか平静を装うことには成功した。

 

「更識さんは、立候補しないのかな」

「どうして、私が……?」

「だって、更識さんは代表候補生じゃないか」

 

 目の前の少年は、然も当たり前のように言った。

 簪としてはどうして代表候補生であるというだけで立候補しなくてはいけないのだ、と不可解に感じたのだが。

 

「確かにね」

「更識さんてあの黒執事様の妹なんでしょう?」

「それに代表候補生だし」

「実力も折り紙つきじゃない」

 

 ああ、これはまずい流れだ。と簪は本能的に理解する。どうしてこの少年がいきなりこんなことを言い出したの理解不能だが、このままでは自分までもが立候補させられてしまいそうな雰囲気になりつつある。これはまずい、非常にまずい。彼女からしてみれば彼の行動は完全に迷惑だった。

 簪はどちらかといえば内気でインドア派の少女である。兄や姉のおかげで幾分か軽減され、今でこそ初対面の人間であっても多少は人見知りせずに会話することもできるが、根っこの部分では未だにその内向的な性格は変わっていない。まぁ、どういうことかと言うと。

 

(クラス代表なんて……、絶対やりたくない……)

 

 こういうことだ。

 クラス代表に興味なんて無かった簪としては、多少の不快感はあってもこの少年がクラス代表になるものだと思っていた。それがまさか、こんな形で自身に飛び火することになろうとは夢にも思わなかった。そんな彼女に、更なる悪夢は続く。

 数秒考える仕草を見せた目の前の少年は、あろうことかこう言い放ったのだ。

 

「そうだ、僕と更識さんが試合をして、勝った方がクラス代表になるというのはどうだろう。これなら実力もハッキリするし、皆も納得するだろう?」

「は?」

 

 開いた口が塞がらない、とは正に今の簪の状態だった。

 何度も言うように、簪にクラス代表になる気は更々ない。こんな勝負、するだけ無駄なのだ。

 

 が。

 

「そうですね、ではそういうことにしましょう。アリーナの方は私が取っておきます」

 

 担任教師の無慈悲な裁決が下される。周囲の女子もその決定に異論などないらしく、早くも簪たちの対決の結果を楽しげに予想し合っている。発言者である少年に至っては、楽しみだと言わんばかりの笑みを向けて悠々と前を向く始末である。

 取り残された簪は、大声で反論することもできず、精一杯の溜息を吐き出した後、内心で呟いた。

 

(……どうしてこうなるの)

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

「で?」

 

 生徒会室の横にある学年主任用の部屋で、俺は目の前で書類を差し出してくる二人の教師をまじまじと見つめた。一人は織斑千冬、一組の担任である教師だ。もう一人は安形綾、今年からこの学園に赴任してきた新任教師で、四組の担任を任されている。そんな二人がこの部屋にほぼ同時に入ってきたのはつい数分前のこと。二人して同じアリーナの使用許可を求める申請書を提出しに来たものだから、何に使うのかとその理由を聞いてみれば生徒同士の試合のためだとか。

 

「あのな、お前らこんな理由が通ると思ってんのか?」

 

 少しだけ高価な椅子に腰掛ける俺の言葉に、しかし千冬はばっさりと言い切る。

 

「クラス代表を決めるためだ、やむを得ん」

「やむを得んじゃねぇよ。なんでそんなことになる前に止めなかったんだ」

「そうは言ってもな、セシリアも一夏の実力を見定めたかったようだし、それはお前にも原因があるんじゃないのか?」

「うぐ……、」

 

 相変わらず痛いところを突いてくるな千冬は……。まぁあの時俺が彼女に俺の弟子は相当できるぞ、なんて軽々しく言わなければこんなことにはならなかったのかもしれない。が、それとこの話を此処まで大きくした千冬の件とは別問題だ。自分の弟が関わっているから熱くなるのは分からなくもないが――――

 

「おい、何か良からぬ事を考えてはいないか?」

「は? いや一夏が関わってるからそんな熱く――――」

「熱くなってなどいない」

「いやどう見たっておま」

「なってない」

 

 いや、うん。どう見てもムキになってるんだけどこれ以上茶化すと本気で殴られそうだから止しておこう。とりあえず今はこの申請書を片付けるのが先だ。一応俺は二人から申請書を受け取り、数日中に返事をすると伝えて帰した。

 

「……ふう、これ、許可降りるのか……? つうかこんなことでアリーナの使用許可って取れるのか……」

 

 一応この申請書は学年主任である俺が目を通し、不備がなければ学園長に提出する手筈となっている。とは言っても学園長は申請書に判を押すだけなので、実質許可を出しているのは各学年の主任たちなのだが。俺は手元に置かれた申請書のもう一枚、安形が持ってきた方に目を通す。確かこっちもクラス代表を決めるためだと言っていたが、一体誰が戦うというのだろうか。あのクラスには例の四人目がいるから、ソイツと誰かが戦うのだろうか。

 そこまで考えていた俺は、申請書に書かれていた名前を見て我が目を疑った。

 

『申請理由:一年四組のクラス代表を模擬戦によって決定する為。対戦者名、皿式鞘無、及び更識簪』

 

 …………。

 

「はぁぁああああッ!?」

 

 絶叫にも似た声が、学園内に反響した。

 

 

 

 

 

 




ガチャ
姫「兄さん、うるさいんだけど」
楯「いやだってこれ見てみろって!」
姫「はぁぁああああッ!?」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。