#1 入学と再会
IS。
正式名称、インフィニット・ストラトス。
今となっては兵器としての側面を評価されて全世界に普及することとなった、天災科学者篠ノ之束が開発、製作したマルチフォームスーツである。元々は宇宙進出の為に彼女が製作したものだったが、今や歴史の教科書にも記載されることとなった『黒白事件』によって軍事兵器としてその名を轟かすことになってしまった。
彼女はそのことを是とはしなかったが、否定もしなかった。愛しい我が子が世界にどのような形であれ認められたという事実が、彼女には嬉しかったのだろう。
束が開発したISに乗る技能や知識を学ぶ為、日本はアラスカ条約に則ってIS学園という専門学校を設立した。この学園には世界各国の優秀な生徒が挙って集まり、各々切磋琢磨しながら日々自らの腕を伸ばそうと努力している。
さて、そんな究極の軍事兵器としての側面を遺憾なく発揮することとなったISだが、この機体にはたった一つ、致命的な欠陥があった。
それは、女性にしか反応しないということ。
この事実によりこれまでの男女の社会的パワーバランスは一変。女尊男卑なる風潮が徐々に広がりつつあった。そんな折だ。二人の男性IS操縦者が出現したのは。『黒執事』と『蒼翼』、この両名の出現により一気に女性優位へと傾きかけていた社会のパワーバランスは、ある程度のところで食い留められることになった。女性にしか使えないと思われていたこの飛行パワードスーツを二人の男性が使えるという事実は、各研究機関としては格好の実験材料だったことだろう。現に、もしも彼らに身を守れるだけの力がなければ今頃何処かの研究所で瓶詰めにされていたかもしれない。
しかし、彼ら二人にはそれだけの力があった。
それも人間の能力を大幅に上回る、人外にも値する力が。
そんな二人を力づくでモノにすることが不可能だと察した各国研究機関はIS学園に入学させることでとりあえずの争奪戦を回避し(実際は日本に丸投げしたわけだが)、彼らは高校生活の三年間を女子に囲まれた状態で過ごすことを余儀なくされたのだった。
さて、そんな彼らの三年間は、言葉では簡単に言い表せない程に濃密なものだった。
それはこれまでにもある程度述べてきたが、全ての内容に比べればきっと半分にも満たないだろう。
更識楯無。
織斑千冬。
篠ノ之束。
何時でも何処でも行動を共にし、関わり続けた三人は、三年前を境に別々の道を辿ることとなった。それは彼らの性格や能力、事情などを鑑みれば当然とも言えた。IS学園卒業というのを一つの区切りとして、千冬は日本の国家代表に正式に任命。束は各国からの情報開示を求める声を嫌い日本を出て雲隠れ。そして更識楯無は――――――――。
一度別れた道はしかし、幾年を経て再び交わることとなる。
彼らの卒業から六年後。
物語は、再度動き出す。
◆
(き、気まずい……)
身を縮こませた状態で席に付く俺こと織斑一夏は、全身に突き刺さるような視線を背後から一心に受けるこの状況に心底滅入っていた。座席が一番前ということも拍車をかけ、後ろに振り返るということすら躊躇われる。はぁ、と溜息を溢さずにはいられない。千冬姉にはこの癖をやめろとよく注意されるけれど、これは最早呼吸と同じように極々自然に行ってしまうものなのだ。初めはとある人がよく溜息を吐いているのを見て真似ていただけだったのだが、いつの間にやらすっかり身体にこの癖が刻み込まれてしまっていた。
「どうしてこうなったんだか……」
片肘を机に付いてぼんやりと天井を見上げる。本当、どうしてこんなことになってしまったんだか。思い返されるのは、つい一ヶ月前の事だ。
俺はまだ受験生で、その日は丁度受験日だった。併願で二校受験することになっている俺は、たまたまその二校が同じ日に同じ会場で試験を行うというのを聞いて手間が省けると喜んだものだ。受ける高校は、IS学園と藍越学園。口にしてみれば一文字しか違わないが、中身は全くの別物、大間違いだ。藍越学園は私立で学費が安く、就職口を広く設けているのが特徴の一般的な普通科高校。一方のIS学園はISの操縦技術やその他もろもろを学ぶ国立専門学校だ。
俺としては受かればいいかなぁ、くらいの軽い気持ちでIS学園を受験し、本命として藍越学園を受験するつもりだった。今だからIS学園も男子に受験資格を与えているが、つい数年前までは女子にしかその受験資格は与えられていなかったのだ。というのも、99,9%の場合、ISなるものは女性にしか扱えないから。俺がこうして此処IS学園に入学する切っ掛けとなった試験当日までは、世界に男性のIS操縦者はたった二人しか存在していなかった。
まぁIS学園に来たくなかったわけじゃない。男ならロボのようなゴツイ機体に乗って空を駆け回るというのは誰もが一度は抱く憧れであり、当然俺もその例には漏れない。
しかしまさか自分がISを動かしてしまってこんな女子しか居ない空間に居ることになるとは、当時の俺は全く予想していなかった。人生何が起こるか分からないものである。
「一夏」
「ん、ああ箒」
つらつらと考え事をしていると、腰辺りまで伸ばされた髪をポニーテールにしている少女に声を掛けられた。その見知った顔は、俺をなにやら気まずそうに見つめている。
「まさかお前までISを動かしてしまうとはな、」
少女、篠ノ之箒はあの天才科学者、篠ノ之束の妹だ。だからといってISの知識を膨大に知っているわけではないが、それでも恐らくこの学園の三年よりは詳しい知識を持っているだろう。比べる相手があの束さんだから箒がすごくないように見えるが、実際彼女も非常に優秀な技術者の卵だ。何せその天才と言われる姉にISの何たるかを教わってきているのだから。
箒とは幼い頃からよく遊んだり道場で剣道を学んだりしてきた。もうどのくらい前からこうして関わってきたのか覚えていない。ただ確実に言えるのは、千冬姉と束さん、そして俺の師匠が関わっていたことはまず間違いないだろう。
「まぁこうなったことは気にしたってしょうがない。前向きに生きるさ」
「随分とポジティブだな」
「師匠ならきっとそう言うぜ」
「楯無さんか、」
俺の師匠、更識楯無。世界初の男性IS操縦者にしてこのIS学園の第一期卒業生。そしてこれはつい最近知ったことだが、初代生徒会の会長だったらしい。
その当時のことを師匠は中々話してはくれないけれど、お酒が入っている時たまに聞かせてくれるときがあった。曰く、当時の生徒会は化物の集まりで、全員漏れ無く世界レベルの人たちだったらしい。そんなすごいメンバーたちを束ねていたのが師匠だ。他のメンバーが一体誰なのかは頑なに教えてはくれなかったけれど、話をしているときの師匠はとても楽しそうにしていたから、きっと素敵な役員たちだったのだろう。
「にしてもまさか箒と同じクラスになるとはな。これからまた一年よろしく頼むぜ」
「うむ。よろしくな一夏」
そうしてふと時計に目をやれば、直にSHRが始まる時間だ。箒もそれに気づいたようで、二言三言交わして彼女は自分の席へと戻っていった。
さて、と俺は一度気を引き締める。これから三年間勉強する場だ。何事も始めが肝心、他の生徒と仲良くなるにも掴みが大切だ。箒と話したおかげでだいぶ緊張もほぐれ、周囲を見渡す余裕も生まれた。ざっと見るとやはり日本以外の国から来たのだろう生徒が何人も見受けられる。外国からこのIS学園に入学できるのはある程度の実績と地位を確率した生徒だけなので、恐らくは代表候補生かそれに値するレベルの者たちなのだろう。とりわけ俺よりも少し後ろの席についている金髪の美人さんは、他の生徒たちとは纏っている雰囲気が違うように思えた。
「皆さん、おはようございます」
机に片肘をついてつらつらとそう考えていると、教室前方のドアが開いて一人の女性が入ってきた。俺は慌てて姿勢を正し、その女性のほうを見る。身長は低めで、緑色のショートカットと眼鏡が特徴的な中々の美人さん。あれ、なんかこの人どこかで見たことあるような気がするな。
と、喉辺りまで出かかっていた答えは、後方からやってきた。
「きゃー!!」
「真耶ちゃんだッ!!」
「現国家代表で第二回モンド・グロッソ射撃部門のヴァルキリー!!」
「このクラスでよかったーーっ!!」
ああ、そうだ。この人モンド・グロッソで射撃部門命中率100%叩き出した山田真耶だ。確か千冬姉と同じ日本の国家代表だった筈。あれ、そんなすごい人が何でこんな所にいるんだ。
というか何だ。この人一見おっとりしててドジそうだけど歩き方に一分の隙もないぞ。どんな修行したらこんな所作ができるようになるんだ、俺もある程度の武を嗜んでいるから分かるが、俺や箒にはまだまだ到達できない遥か高みにこの山田真耶という人は立っている。
「えー、皆さん落ち着いてください」
後ろで騒ぐ女子生徒たちを優しく諭し、山田真耶は一度咳払いしてから。
「初めまして。私が今年度このクラスの
そう言ってニッコリと微笑む山田先生。へー、この人副担任なのか。ん? てことはうちのクラスの担任は他にいるってことだよな。というか、国家代表である山田先生が副担任とはどういうことなのだろうか。普通に考えれば山田先生には他にも国家代表の仕事があって忙しいので担任には就かず副担任となったのだろうが、どうにも俺にはそう考えることが出来なかった。一目見ただけでも山田先生は真面目な人だということが分かるし、国家代表としての責務を優先させるくらいなら副担任を務めるなどという中途半端なことはせず、国家代表一本に絞っている筈だ。
そうすることなく、副担任に山田先生が就いているということはだ。
そこまで考えてたところで、不意に教室の前の扉が開かれた。
ガラッ、という音と共に開かれた扉の向こうから、黒いスーツを身に纏った男性が教室に入ってくる。
……あれ、おかしいな。
俺の眼は幻影か何かを写し出してしまっているんだろうか。
何度か瞼を擦ってみる。うん、目の前の光景に一切の変化は見られない。どうやらこれは幻でも何でもないらしい。紛うことなく現実だ。
そう俺が認識した瞬間、先ほどの山田先生が登場したときの倍はありそうな女子生徒たちの声が教室内に木霊した。
「ッキャー!!」
「黒執事様だーッ!!」
「楯無様ーー!!」
「生で見るの初めて!!」
「カッコイイ!!」
「凛々しい!!」
「ほんとこのクラスで良かったーー!!」
背後から吹き荒れる少女たちの黄色い歓声。何だ、うちの師匠ってやっぱりIS関連では有名人だったのか。これまで師匠には武術の稽古をつけてもらうことはあってもISの操縦を教わることなんてなかったから全く実感がなかったが、やはり更識楯無という名前はIS界でも通用するらしい。これまでそんな事は一切教えてくれなかったというのに。
などと考えている最中でも、少女たちの歓声は止まらない。
「どうして国家代表やめちゃったんですかー!?」
「執事服はどうしたんですか!!」
「この教室に入ってきたってことはうちのクラスの担任なんですか!?」
「お付き合いを前提に結婚して下さいッ!!」
おい最後の奴。それ逆だろ。
「……はぁ、何だ。このクラスにはまさか俺の信者でも集めてるのか? それとも全クラスそうなのか。だとしたら最悪だ」
師匠は額に右手を当ててそうボヤいている。無理もない、俺なんてさっきまで無言の視線だけで参ってしまっていたのだ。それよりも数倍はキツイだろう声援を一身に受ければ、そりゃ頭も抱えたくなるだろう。
「とりあえずだ。静かに」
教壇の上からだと更に高く感じる背筋を伸ばしたまま、師匠はおもむろに話し始めた。
「一先ず自己紹介だけはしておく。俺は更識楯無だ、IS学園一年生の学年主任を任されている。質問は受け付けない、以上だ」
ばっさりと一息で言い切った師匠は、山田先生に一言何か言って教室を出て行ってしまった。途端に残念そうな声が俺の後ろから聞こえてきたが、そんな声などお構いなしに朝のSHRは進行していく。
「はい、更識先生は先程仰ったようにこの学年の主任として仕事をしています。主に生徒会関連の仕事で生徒会室に居る事が多いですが、何か分からないことがあれば直接更識先生に聞いてみてくださいね」
そう言って山田先生は俺たちの机の上に何枚もの書類を配布していく。そこに書かれているのはこの学園の規則だったり校内の案内図だったり、事前学習用に配られていた一見しただけだと分厚い電話帳と間違えてしまいそうな教科書の進行表など様々だが、どれもISに関係するものばかりだ。
このクラスにいる女子生徒たちはそれを事も無げに眺めているが、俺としてはほぼ初めて見るものばかりだと言っていい。何せ中学までにISについての授業が行われているのはほぼ女子で、男子は自由履修のようなものだったのだ。IS学園を受験する男子生徒数は毎年決して少なくはないが、まず適性が無いとお話にならない。ということは男子からしてみれば適性があればIS学園に入ることができる。故に勉強など必要ないと知識を持たずに受験する生徒が多いのだ。俺はそんなことなく、一応は基礎知識を叩き込んで望んだが、まさか受かるとは思ってもいなかったので付け焼刃も甚だしい。
つまり、これまでの授業の積み重ねがあり、尚且つこの学園に入学できるほどの適正と頭脳を持つ女子と、つい数ヶ月前までISの知識なんてたまにテレビで放送されているのを見るくらいでしか知らなかった俺とでは、スタートの時点で天と地程の差があるわけだ。
一応は入学が決まってからの二週間ほど千冬姉が直々に勉強を見てくれたが、それでもはっきり言って詰め込んだだけで詳細まで理解できているわけではない。
これからの授業はしっかり聞いて理解しないとあれよあれよと置いていかれてしまう。そんなのは嫌だ、折角どんな理由があるにせよIS学園に入学することができたのだ。師匠や千冬姉、束さんが過ごしたこの学園で俺も三年間学ぶことができるのだ。こんな幸運を、勉強が分からないからという恥ずかしい理由で捨てるようなことはしたくない。
配られた資料に視線を落としながら、そんなことを考えていたからか。
俺は教室のドアが再び開いたことに気がつかなかった。そして。
「SHR中だというのに考え事とは関心しないな」
スパンッ、と俺の頭に軽い音を立てて出席簿が落とされた。
「すいませ――――って千冬姉!?」
「織斑先生と呼べ、馬鹿者」
顔を上げた先に立っていたのは、これまた黒いスーツを着込んだ我が姉、織斑千冬その人だった。
ってなんでだよ、どうして此処に千冬姉がいるんだ。いや、IS学園と提携した職業に就いてるとは言っていたけど、これじゃあまるで――――。
「教師みたいじゃないか」
「みたい、ではない。今年から私はこの学園の教師だ」
さらっととんでもないことを言った姉に、俺は開いた口が塞がらなかった。
そして何か言おうと俺の口が動いた瞬間、三度女子たちの大歓声が教室内に響き渡る。
「千冬様ーーッ!!」
「まさかほんとに会えるなんて!!」
「素敵、私今死んでもこの世に未練はないわ……!!」
「千冬様に会えると思って私この学園に入学したんです、佐渡島から!!」
そう声を大にして騒ぐ女子たちを前に、千冬姉はさっきの師匠と同じように額を抑えて小さく溜息を零した。
「はぁ……、アイツが溜息を吐くわけだ。どうしてこうも馬鹿者が集まるのか不思議でならんな」
「お疲れ様です織斑先生、会議はもう終わられたんですか?」
「ああ、クラスへの挨拶を押し付ける形になってしまって済まなかったな」
「いえ、副担任ですから。これくらいは」
そう言い合う二人はなんというか言葉で言い表せないような信頼関係で結ばれているように見えた。
しかし千冬姉がこのクラスにやってきてこのクラスの名簿を持っているということは、つまりはきっと、そういうことなのだろう。俺の推測が正しいことを証明するように、山田先生の代わりに教壇に立った千冬姉は一度教室内に居る俺たち生徒をぐるりと見回し、よく通る声で続けた。
「諸君、まずは入学おめでとうと言っておこう。私が織斑千冬だ。私の仕事は君たち新人をこの一年で使い物になる操縦者に育て上げることだ。私や山田先生の言うことはよく聞き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまでみっちり指導してやる。逆らってもいいが、私の話は聞け、いいな」
これがもし普通の人間が言ったのならなんという暴力発言、などと言われてしまうのかもしれないが、うちの姉にはそういった常識というものは通用しない。何せある種のカリスマのようなものを備えている姉は、尊大なことを言ったとしても違和感を感じない。実の弟である俺ですら違和感なく聞き入れることが出来てしまうのだから、普通の、しかも一介の学生がその言葉を横暴だとか思えるはずがない。
その証拠に。
「あの千冬様にご指導していただけるなんて……」
「感激で鼻血が出そう……」
「もう死んでもいいや……」
千冬姉に言われたために若干声のトーンは抑えられているものの、その言葉には羨望にも似た尊敬や憧れが感じられた。
あれ、どうしてだろう。何かこのクラスでやっていけるのか急に不安になってきたぞ。
「とりあえずは、そうだな。自己紹介でもしてもらおうか」
出席簿を確認しながらそんなことを言い出した千冬姉は、名前順での自己紹介を俺たちに促した。言われた出席番号一番の相川さんという子が徐に立ち上がり、
「あ、相川清香です。出身は――――」
俺はそんな彼女たちの当たり障り無い自己紹介を片肘ついてぼんやりと聞いていたが、その内容は残念ながらあまり頭には入ってこなかった。というかだ、今現在の俺からしたら皆同じようなことばかり言っていて目立つような女子がいないのだ。見た目で目立っている女子もいなくはないが、このクラスの日本人の多くはその謙虚さというものを遺憾なく発揮しているのかつつがなく自己紹介を終える者ばかりで、こう言ってはなんだが、パッとしない。
「では次、織斑」
「あ、はい」
そう言われ、俺はとりあえず席を立ち振り返った。
途端、値踏みするかのような女子生徒たちの好奇の視線が突き刺さる。じーっと見られるというのにはこの一ヶ月で慣れたと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。どうしよう、今すぐ座りたい。
だがしかし、これまでの女子たちの自己紹介を内心でパッしないと評していた身としてはここでテンプレな自己紹介をする訳にはいかない。きっと女子たちもこのクラス唯一人の男である俺の自己紹介には少なからず期待しているだろう。その純粋な瞳がこちらを見つめている。
「織斑一夏です。なんかISが動かせたのでこの学園に入学しました。えーっと」
何か他に言えることはないだろうか、と表面上は無表情を貫きつつ内心で四苦八苦する。
俺を見つめてくる女子たちも、『え? まさかこれで終わりじゃないよね?』と言わんばかりの顔で次の言葉を待っている。そんな彼女たちの期待にどう応えるべきか悩むが、俺の脳内にはそれほど使える情報というものは存在していなかったらしい。
「――――以上です」
結局、俺も日本人の謙虚さというものには逆らえなかったということか。いや違うな、只単に緊張してしまっただけだ。女子たちのガクッ、という反応と共に、俺はそそくさと席についた。
ああ、早く休み時間にならないかな。この居た堪れない空気にしたのは自分自身だが、今すぐにでもこの場からいなくなりたい気分だ。が、そういう訳にもいかず、残りの生徒の自己紹介が終わるまで、俺は縮こまって後ろを見ないように過ごすのだった。
◆◆
「ちょっと、よろしいですか?」
二時間目の休み時間、机に突っ伏して休んでいた俺に金髪の美少女が話し掛けてきた。教室に入った時に綺麗な人だなとは思っていたが、間近で見ると本当にモデルみたいだ。艶のある金髪は軽くウェーブがかかり、整った目鼻はそれだけで周囲の眼を惹きつける。所作の一つ一つがまるで貴族のように礼儀正しいので、ただ話しかけられただけだというのに少しドキドキしてしまった。
「あ、はい。えっと」
「セシリア・オルコットですわ」
「俺は織斑一夏だ。よろしくなセシリア」
そう言って俺は差し出された彼女の手を握った。
「ところで一夏さん。一つ伺いたいことがあるんですけれど」
「ん? 何だ?」
多少なりとも友好的になったことで幾分か緊張がほぐれた俺は、彼女の質問を待った。
初対面の筈の俺への質問というのは一体どういった類のものなのだろうか。もしかしたら千冬姉関連の話題かもしれないし、俺がここへ来た経緯についてかもしれない。まぁなんであれ淑女の問いかけに答えるのは紳士としては当然のことだ、内心で勝手にジェントルマンぶっていた俺は、セシリアの質問を受けて、一瞬固まった。
「貴方、更識先生とはどういった関係ですか?」
「……はい?」
いきなりの質問に、俺の身体は硬直した。
更識先生、とはつまり俺の師匠である更識楯無のことだろう。どういった関係かと言われれば、師弟関係としか言えない。
「一応俺の師匠……みたいな人だけど」
「……成程、では貴方が」
俺の言葉に何か納得したらしいセシリアはふむ、と考える仕草をした後、何かを言おうとしたところで始業を告げるチャイムが鳴り響いた。
「また来ますね。では」
「お、おう」
くるりと踵を返して自分の座席に戻るセシリアの後ろ姿を眺めつつ、俺は思い出したように引き出しから教科書を引っ張り出した。
しかしさっきのは一体何だったんだろうか。唐突に師匠との関係を聞かれ、あのままチャイムが鳴らなければきっとまだ質問は続いていただろう。何か知っている風な彼女だったが、もしかしたら知っているのだろうか。俺はおろか千冬姉や束さんですら知り得なかったあの過去。
師匠の、空白の三年間の事を。
◆◆◆
「はぁ……、」
職員室の一角、俺に割り当てられた机の上に広げられた書類の束を前に、俺は溜息を吐いた。というのも、今年の一年生には個性豊かな面子が揃いすぎているからだ。千冬と真耶が受け持つ一組には世界三番目の男性IS操縦者である織斑一夏にイギリス代表候補生であるセシリア・オルコット。二組には中国代表候補生である凰鈴音。因みにこの凰は転校生ではなく、入学生として入学式よりこの学園に通っている。というのも、一夏がISを起動させたという発表が迅速に成されたからだ。流石に三度目となると報道陣も手馴れたものである。
だがまぁ、ここまでならば原作知識を持っている俺からしてみれば大したものではない。
問題なのは、一年四組だ。
このクラスには俺の妹、更識簪が所属している。現日本代表候補生である妹だが、この事も別段重視するものではない。
ペラッ、と俺は書類の束を一枚捲り、そこに記載されている情報と顔写真をまじまじと眺める。
「参ったな……、まさかの展開だ」
その書類には、こう書かれていた。
皿式鞘無。
世界で四番目の、男性IS操縦者。
皿式鞘無の読みは、さらしきさやな、です。