双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 キンクリです。ええ。
 
 あとお知らせですが、以前ここに掲載した未来篇をハーメルンユーザの武御雷三型さんが執筆してくださいました。よければそちらもご覧ください。一応少しは制作に携わってます。
 タイトルは、双六で人生を変えられた男~100年後の君へ~です。


#50 引継ぎはその時点でフラグ

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 学年別個人トーナメント準決勝

 

 

 

 

 

「……………………」

 

「そ、そんなに膨れるなよ……」

 

「別に、膨れてなんていないわよ」

 

 目の前でリスのように頬を膨らませてプンスカしているリリィを必死で宥めつつ、俺はチラリと壁に掛けてある時計に目を向ける。そろそろ一年生の準決勝も終わる頃だろうか。確かクラリッサが第二試合だった筈だ。彼女が勝てば、ナタルとの決勝になる。

 二年生のトーナメントでは真耶が順当に勝利を収めて決勝へ進出し、イタリアの生徒とこの後戦う予定である。

 

 さて、今のリリィの現状を見て分かるとおり、準決勝第二試合の対戦は俺が彼女を二分で沈めて勝利した。

 対戦の内容は簡単に言ってしまえば反射して攻撃という簡単な作業だ、うん。何でもリリィが構えていたあの大層なスナイパーライフルはイギリスのIS研究機関が一年の歳月を掛けて誠意製作した自信作であったらしい。エネルギー充填率と連射性を特化させ、相手に攻撃の隙を与えずに仕留めるということが最大のウリであったのだとか。

 まあ、俺にはそんなの関係なかったんだけどな。

 連射されようがエネルギーの効率が良くなろうが、俺に物理的に攻撃できる手段を持っていないんじゃ話にならない。確かに彼女は昨年とは段違いに強くなっていたし、これまでの相手のように瞬殺とはいかなかった。流石はイギリスの代表候補といったところだろう。

 だがしかし、俺の反射はそんなスナイパーライフル如きで破れる代物ではない。我ながらなんてチートだ、などと思わないこともないのだが、これは俺がこの世界で生き残る為には絶対に必要な力だ。今更な感はあるが。

 

「……はぁ、少しは貴方との差が縮まっていると思っていたのだけれど」

 

「そんな落ち込むなよ。確かにお前は強かったぜ」

 

「開始二分弱で撃墜されれば自信失うわよ……」

 

 見るからに落ち込んでしまったリリィ。彼女にもこの闘いにはそれなりに思うところがあったのだ。まぁ、二分で終わってしまったけど。

 

「こんなんじゃ本国の上層部になんて言われるか……」

 

「おいおい。俺相手に二分も持ったのはお前くらいだぜ?」

 

 あくまでこのトーナメントでは、という言葉がつくが。

 

「あのね、代表候補生って色々と面倒なのよ? それこそ新武装が使い物にならないってことが分かって新しい武装開発に巻き込まれるくらいには」

 

 イギリスの代表候補生は彼女の他にも後三人程いるらしいが、リリィ以外はまだIS学園に入学していない。というのも、その年齢がまだ規定に達していないからなのだ。ナタルのような飛び抜けた天才児の場合は学園側も特例としてその入学を許可するが、こういった事例は基本的には発生しない。

 皆適齢になってから試験を受け、それを突破してこの学園の門を潜るのだ。

 イギリスに今存在する代表候補生たちはリリィ以外はまだ十を過ぎたばかりの子供ばかりで、そういった経緯もあって彼女の負担も多くなるという訳だ。

 

「というかイギリスってそんな小さな頃からISの勉強させてんのか?」

 

「あら、知らなかったの? というか今やEUじゃそれがスタンダードよ」

 

 まぁ言われてみれば我が国日本でも小学校に上がってから徐々にISの知識を身につけるようなカリキュラムを組んでいたな。確か姫無が簡単すぎてつまらないとかそんな事を言っていた気がする。

 それでも流石に姫無と然程年の変わらない少女たちが国家代表の候補生にまでなっているとは。時代は変わっていくものなのか。

 

「イギリスじゃ小学校入学と同時に適性検査を受けるの。そこで良い結果が出れば、他の人間とは別のプログラムを組んで生活していくことになるわ」

 

「まるでエリート教育だな」

 

「その言い方はなんだか違う気もするけど。それにこの制度のおかげで多くの優秀な操縦者を育成できているのよ」

 

 得意げに語るリリィ。そういえば以前初めて自分にも後輩が出来たと喜んでいたな。誰だったっけか、えーっと。

 

「そんなことより、私に勝ったのだから必ずこのトーナメント優勝してよね」

 

 喉まで出かかっていた名前は、リリィのこの一言により何処かへと引っ込んでしまった。なんだろう、こういうもどかしい感覚ってのはやっぱり嫌だな。

 

「当然だ。決勝の相手にだって負けねぇし、今後も誰にも負けるつもりはねぇよ」

 

「ふふ。それでこそ私が認めた男ね」

 

 俺の言葉を聞いて微笑んだリリィに内心少しドキッとしたのは秘密だ。千冬にバレたら多分折檻じゃ済まない。あと束にバレたらナニされるか分からない。必死で平静を装いつつ、俺はリリィに向かって笑みを返した。

 モニタを見ればクラリッサが相手のシールドエネルギーを削りきり決着が着いた様子が映し出されている。さて、それじゃそろそろ俺も決勝に備えて準備に取り掛かるとするか。

 リリィに一言告げて控え室を出た俺は、そのままの足でアリーナへと向かう。タイを正し、手袋の袖を軽く引っ張る。アリーナへと続く一本の通路を歩いていると、その先から大きな歓声が聞こえてきた。恐らくは相手がアリーナへと出てきたことによるものだろう。アイツが出ると毎回怒号のような歓声が上がるので直ぐに分かる。

 

 さてと、それじゃあ行くとしますか。

 

 テールをはためかせながら、俺はアリーナへと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「……うし、こんなもんでいいだろう」

 

「お疲れ様です、会長」

 

 生徒会室で制服のブレザーを脱ぎ作業していた俺は、一段落ついたところで大きく息を吐いて額を拭った。現在の生徒会室は今までのように整理整頓された空間ではなく、ダンボールや必要書類が至るところに無造作に置かれた無法地帯と化している。因みに俺以外の生徒会役員もこの作業には携わっているが、千冬は所用で学園長室へと行っており、織村とナタルは書類確認の為職員室へ出ているので現在この生徒会室に居るのは俺と真耶の二人だけである。

 小休止となった俺たちはかろうじてスペースのあった机の一角にカップとポットを取り出し、ひと時のティータイムを楽しむことに。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。それと真耶、俺はもう会長じゃないぞ」

 

 真耶が淹れてくれたお茶を含みながら、俺は彼女の言葉を訂正した。

 そうなのだ、俺はもう、この学園の生徒会長ではない。

 

 ああ、勘違いしないで欲しいのは、俺が決してこの学園内の生徒に敗れたから会長の座を明け渡した訳ではない。あ、いや確かに明け渡したってのは間違いではないんだけれども。

 うん、何言ってるか分からないだろうが、とりあえず聞いてくれ。先ず、今の時期だけ言っておこう。

 

 十月だ。

 

 正確には、十月ももう終わろうかとしている。学園に植えられた木々の多くはその葉を落とし、徐々に肌寒さを感じるようになる十月下旬。俺はつい先日、生徒会長の職務を全うし次の世代への引き継ぎを完了させた。このIS学園の生徒会任期は一年。俺が生徒会長になったのが昨年の十月なので、丁度一年間が経過したことになる。

 思えばあっという間の一年間だった。生徒会長となり学園祭を盛り上げ、様々なイベントを行ってここまで来た。それは大変なこともあったけれど、それでも充実した一年間だったと言える。

 新しく生徒会長となる真耶にはきっと不安もあることだろうが、彼女ならば俺以上の生徒会長になってくれるだろう。

 

「でも本当に私が会長で良かったんでしょうか」

 

「何言ってんだ。真耶以外の適任者なんてこの学園にはいないと思って俺は指名したんだぞ?」

 

「いえ、それは嬉しいんですけど……」

 

 淹れたお茶を飲みながら、真耶は自身に会長が務まるのかどうかという不安を俺に話し始めた。

 俺から言わせてもらえば現二年生で一番実力があるのは真耶だと確信しているし、これまで生徒会会計として充分以上に働いてくれた実績もあるので何も問題はないと思うのだが、真耶からしてみればまだどこか不安が払拭しきれていないらしい。

 

 因みに、現時点では新生徒会の面々はまだ真耶しか決まってしない。ナタルを何かの役職に指名しよう、ということは真耶とも話し合ってほぼ確定していることだが、如何せん残りの二席は空席のままである。

 順当に行けばクラリッサあたりが生徒会に任命されることになるだろうが、まだ彼女には打診していないためどうなるか分からない。

 というのも、彼女は現在クラス代表を務めているのだ。基本的に生徒会とクラス代表は兼任できないことになっているので、その点をどうにかしない限りクラリッサに話を持ちかけることができないのである。

 

「まぁ真耶は心配症だからその気持ちは分からなくはないけどな、お前ならきっと大丈夫だよ」

 

 これは俺の紛れもない本心からの言葉だ。たまに天然なところもあるが、生徒会の仕事はキッチリこなしてくれていたし、何より他人への気配りが人一倍できる子だ。真耶になら安心して今後の生徒会を任せることができる、そう思っていたのは俺だけではなかったらしく、千冬や織村も真耶を会長にすることには大いに賛成だった。

 そう言って頭を撫でてやる。最初は恥ずかしそうに俯いていた真耶だったが、やがてにっこりと微笑んだ。

 

「……ありがとうございます。私、頑張ってみます」

 

「おう、期待してるぜ」

 

 そう返して、俺はカップに残ったお茶を一息に飲み干した。まだ作業が完全に終わったわけではないのだ。今日中に片付けなければならないという訳でもないが、近日中に終わらせなくてはならないのもまた事実。こういったものはさっさと終わらせてしまったほうがいいに決まっている。

 俺はカップを流しへと持っていき、再び作業へと取り掛かる。その様子を見ていた真耶も倣って手を動かし始めた。

 

「会ちょ……更識先輩、このデータって何ですか?」

 

「ん? ああ、それ去年の学園祭でやった出し物をまとめたものだな」

 

「そんなものありましたっけ?」

 

「ほら、俺のクラスがやったろ。ピーターパン」

 

「あー、ありましたね。でもなんでそれがディスクにやかれてるんですか?」

 

「……束が作った」

 

「……あー、」

 

 どこか遠い目をした俺を見て全てを察したのか、真耶がそのディスクを持ったまま納得したように頷いた。これを作った時の束の興奮っぷりはそれはもうすごかった。『これは永久保存だよいやネットにアップして全世界の人間に見せるべきだよヒャッハー!!』と血走った眼で訴えるウサギをアイアンクローで黙らせたのは未だに記憶に新しい。

 

「そういやアイツ、今何してんだろうな」

 

 ふとあのウサ耳少女のことを思い浮かべる。

 束に最後に会ったのは今年の夏休みの最終週だった。何やら込み入った用事を抱え込んでいるらしかった彼女は俺の頬に(ムリヤリ)キスをして颯爽と国外へ高飛びしてしまったのだ。おい俺は何のためにこの学園に入学させられたんだと思わなくもなかったが、今でも週に一度は連絡がくるし完全な音信不通状態ではないので今のところは好きにさせている。卒業式には出席すると言っていたし、案外ひょっこり帰ってきたりするんじゃないだろうか。

 

「やっほーかーくん!! 愛妻が帰ってきたよー!!」

 

「いきなり出てくんじゃねぇよ」

 

 本当に帰ってきた。しかも、窓から。

 窓の外側に理屈は不明だが浮遊して朗らかに手を振ってくる束。 

 このまま放置してやろうとも考えたが、外からこの光景を他の生徒が見たら驚くことになってしまうだろうと思い直し、閉められていた窓を開く。

 

「やぁやぁただいま!! 妻が帰ってきたよ!!」

 

「妻じゃねぇし今までどこ行ってたんだよ」

 

 束が生徒会室に入ってきてから気づいたが、彼女が浮いていた理由は背中に装着されたロケットブースターのようなものみたいだ。原理は全くの不明だが、人体に影響が出ない範囲で空中浮遊を可能としている。

 

「ちょっと色々あってね、世界各地をグルグル回ってたんだよ」

 

 背中の装置を外しながらそう答える。世界各地ね、コイツは自身が世界中の研究機関からその身を狙われているということを理解していないのだろうか。いや、理解していて尚そんなことをしていたのだろうか。……そうなんだろうなぁ。昔から束は自身の興味あることに関してはどこまでも貪欲だ。反対に興味ないものにはとことん無関心だけれど。

 そんな彼女が何かしらの考えのもとたった一人で世界を放浪してきたということは、また何か良からぬ考え、否企みがあると見て間違いなさそうだ。

 

「今度は何を考えてるんだ?」

 

「ふっふー、きっとかーくんやちーちゃんも驚くよー。何せ、世界初の試みだからね」

 

「世界初?」

 

 その言葉を聞いた俺だけでなく、真耶も首を傾げた。

 

「うん。まだ束さんと他の国じゃぁ技術力が違いすぎるから現実になるのはまだ数年先になるだろうけど、私のISが、ただの兵器じゃないってことを証明できる機会がくるんだ」

 

 ただでさえ豊満な胸を張る束の表情は、これまでにないくらい嬉しそうだった。

 ISが、ただの兵器でないことの証明。

 それは、きっと束にとってはどんな事よりも大切なものだ。

 

 束が開発したインフィニット・ストラトスは、開発当初は宇宙空間での活動を想定して開発製作されたものだった。しかし、幸か不幸か彼女が作り出した機体は兵器としての側面を大きく評価されてその名を世界中に広めることとなってしまった。

 束の世間に認められたいと一心に願う気持ちは、そういった形で叶えられてしまったのである。

 確かにそれは悪いことではない。例えそういった評価であっても、彼女が認められたという事実に違いはないのだ。現に、篠ノ之束という若干十八歳の少女の名を知らない人間は恐らく世界に誰一人としていないだろう。

 

 でも、違う。

 

 彼女の願ったものは、認めて欲しかったものは、そういったものではなかったのだ。

 

 故に、束は考えた。どうすれば、ISを兵器以外の側面で評価してもらえるだろうか。常人の思考など理解しようとも思わなかったこれまでの彼女とは大きく異なった考えだ。そして、彼女は思い至ってしまう。世界がこうなってしまった以上、兵器以外の側面のみ(・・)を評価させることなんて不可能であるということを。

 一度その甘さを知ってしまったらもう戻れない。

 兵器としての異様な戦闘能力を知ってしまった各国の軍上層部たちは、決してISを兵器以外のことに利用しようとは思わないだろう。

 

 そこで、彼女は考えの方向性を変えた。

 兵器としての側面が評価されているのは現時点では各国の上層部のみである。一般人の多くは高性能な飛行パワードスーツというくらいにしか知識を持っていない。それこそ、IS学園に通う生徒たち以外には、その異常なまでの戦闘能力は知られていないのだ。

 今なら、まだ世論を変えられる。

 一般人の知識に兵器としての性能以外のものを植え付けてしまえば、軍も大っぴらには兵器として利用することは出来ない。

 

「束さんは考えたんだ。ISっていうのは、そんなおっかないものじゃないんだってことを世界中の人間に知らしめる方法を」

 

 原理は古代ギリシャのあるものと同じである。

 但し、それは現代ではかなり形を変えることになるが。

 

「おいおい束、何しでかそうってんだ?」

 

 俺は何やら嫌な予感を感じつつ、実にいい笑顔を浮かべる束に問いかけた。

 答えは、直ぐに返って来た。

 

 

 

 

「世界大会をやるんだよ。名前は、そうだなぁ……モンド・グロッソ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 繰り返す、私は何度も(キンクリを)繰り返す。

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