繋ぎ回であると!!
そして姫無が書きたかった。それだけだ。
前回のあらすじ
実はまだトーナメント初日
「――――とまぁ、若干長くなっちまったがこれが俺の楯無継承の理由だ」
生徒会室で俺が千冬たちに語って聞かせた内容は、一学生が受け入れるには少々重すぎるものだったようだ。織村も真耶も、そして千冬もその口を開こうとはしない。唯一事の内容を既に知っていた杏子ちゃんだけが、懐から取り出した新しい煙草に火を着けていた。いやおい、だからIS学園は全面禁煙だって言ってんじゃねぇか。教師が率先して破ってどうすんだよ。
さて、どうしたもんだか。
この事を話せばこうなることくらいは判っていた。俺が相手にしなくてはならないのは最悪一国レベルの強大なものだ。如何に千冬と言えど、そう簡単に受け入れることなんて出来ないだろう。織村も腕を組んで何も言わず天井を仰ぎ、真耶も俯いてしまってその顔色を伺うことは出来ない。
まずったかなぁ、この事はもっと先にとっておくべきだったか。
否、きっと何時話したところでこの結果には変わりない。そう思っていたからこそ、俺は約半年この事を言うのを避けていたのだ。
「……楯無」
うーむ、と俺が頭を悩ませていると、ポツリと千冬がそう呟いたのが聞こえた。
「更識」
「会長」
続いて織村と真耶も俺のことを呼ぶ。何だ、何かよく解らないが俺の第六感が直ぐにここから逃げろと緊急警報を発令しているような気がする。何でだ、背中の冷や汗が止まらないんだが。
そして。
三つの拳が、一切の躊躇いもなく俺の元へと飛んできた。
「ぐおッ!?」
いきなりの事態に全く反応が出来なかった俺は見事にその一撃を喰らい、座っていた椅子から無様に転げ落ちる。以前にも述べたが、俺は常に反射を設定しているわけではない。必要最低限でしか使わないように心がけているからだ。ほら、あんまし超能力ばっかりに頼りたくないんだよ。将来白モヤシのようにはなりたくないしな。
そんなことはさておき、だ。俺は目の前で尚も拳を振り上げんとする鬼たちに一言申さねばなるまい。即ち。
「痛ってーな! いきなり三人して何すんだッ!!」
「何するなじゃないだろうッ! 私はその話は初耳だ!! 何だ、話す前に私に目で合図を送ってきたからてっきり笄さんが病に倒れたことかと思ったが全然違うじゃないかッ!!」
捲し立てるようにして俺に言う千冬。そうなのだ、俺は千冬に本当のことは伝えていない。継承した後にその理由を聞かれたので咄嗟に親父が病気にかかったと嘘を吐いてしまっていた。罪悪感が全く無かったと言えば嘘になるが、それでも本当のことを口には出来なかったのだ。
だから今千冬が俺に怒るのも仕方ない。仕方ないのだが。
「何でお前らまで殴った?」
「いや、何かムカついた」
「なんとなくそんな雰囲気なのかなって」
「真耶そんなキャラじゃねーだろ!!」
何だそんな雰囲気って。生徒会長を殴らないといけない雰囲気なんてあるのか。あれ、どうしてだろう。いつもは千冬の背後に見える般若が、今は真耶の後ろにも居るような気がする。
「……そんなに私たちのことが信用できないのか?」
不意に、千冬から声が漏れる。
今までの怒声は全くナリを潜め、今にも消え入りそうな声だった。
「確かに私はお前より弱いかもしれん。しかし何もおんぶに抱っこというわけでもないだろう、どうしてお前が悩んでいる時、一言でも相談してくれなかったんだ……」
その言葉を聞いて、俺は少なからず後悔した。
この事を話してしまえば、きっと皆には重荷になると思った。だからこそ言わなかったのだし、その考えは千冬にこう言われても完全には変わらない。
だが、同時に俺は千冬たちを信用しきっていなかったのだということに気付かされた。負担をかけたくないという一心とこれは更識の問題であることを踏まえ言わなかったが、此処に居る生徒会の面々は今や身内と言っても何ら問題ないくらいに親しくなっている。
俺は、そんな千冬たちを裏切っていたのではないだろうか。
織村も真耶も、きっとさっきの一発はこれが理由だろう。どうして信用してくれない、仲間じゃないのか。仲間なら、助け合うのに理由なんていらないだろう。そう言いたかったに違いない。
「いや、俺はほんとにムカついただけだが」
「お前この場面でそんなこと言うんじゃねぇよッ!!」
ものの見事にシリアスをぶち壊す織村にキレつつ、一度言葉を切って千冬たちを見る。
「あー……、今まで言わなかったのは悪かった。別に千冬たちを信用してなかったわけじゃないんだ。ただお前らの重荷になると思ってな……」
千冬たちは何も言わず、俺に続きを促す。
「……これからは、もう少しお前らを頼る」
その言葉を聞いて納得がいったのか、ようやく千冬が笑みを浮かべた。真耶も先程までの雰囲気を霧散させ通常運転に戻ったようだ。だが織村、お前はあとでちょっと来いよ。
「あのー、全く意味が判らなかったんですけど」
俺たちがようやくいつもの雰囲気を取り戻した矢先、おずおずと手を挙げてそういったのはナタルだった。あ、確かにナタルにこれまでの経緯なんかを話すのを忘れていた。彼女からしてみれば何が何やら解らなかったことだろう。寧ろよくここまで口を挟まずに長い話を聞いていてくれたものだ。
「あぁ、ナタルには少し難しい話だったな。俺が名前が変わった理由がそれだってくらいに知っていてくれればいい」
「はぁ」
尚も要領を得ないというように訝るナタルだが、生憎といつまでもこの話を引っ張るつもりはない。俺の過去話なんかに時間を割いてしまったが、重要なのは明日以降、そういった京ヶ原関連の暗部組織からの介入があるのか否かという点である。学年別個人トーナメントは予定通り明日も行われる。決勝までが予定されている明日は、今日よりも学園に足を運ぶ人数は多くなることだろう。そうなると、生徒会としてはトーナメント以外の所にまで目を光らせていないといけなくなる。
三年生の俺や、千冬、織村はまだお互いでカバーし合うことも出来るが、二年生のアリーナには真耶、一年生のアリーナにはナタルだけしか居ない。たった一人では流石にアリーナ全体を警戒することは難しい。
「どう思う、杏子ちゃん」
「一応学園内では橘先生と呼べ。……だがまぁ、今のところ向こうに目立った動きは無いようだ。私が捕縛した男の身体に直接訊いたから間違いない」
ふむ。動きがないとなれば、必要以上に警戒するのも好ましくない。そっち方面のことは杏子ちゃんに任せて自分たちはトーナメントに集中するのがいいだろう。もしもの場合は直ぐに連絡がいくようにしておけば問題もないだろうし。
第一、生徒会の面々が集中を乱して早々と敗退するとか冗談にしても笑えない。
「そうか。なら取り敢えずこの件は俺と橘先生に一任してくれ。お前らは明日のトーナメントに集中、間違っても変な所で負けるんじゃねぇぞ」
「ハッ、案外お前が一番先に負けるんじゃねぇか?」
「織村にだけは言われたくねぇよ。それにお前、準決勝で千冬に当たるじゃねぇか」
三年生によるトーナメント。開会式の時に行われた抽選の結果、俺は千冬と織村のヤマとは反対になり、二人が準決勝でぶつかる事となった。織村の手前こんな軽口を叩いているが、この準決勝は相当ハードなものになると予想される。組み合わせを見てもそこまでは大した相手も見当たらないので、千冬と織村が激突するのは最早確定事項といってもいい。とすると、二人が戦うのは実に半年振りくらいのことだ。
最後に戦ったのは生徒会長を決めるための真剣勝負。あの時は先に俺と戦っていたために若干疲れの色が見えた織村が千冬の猛攻の前に集中力を欠いて敗北したが、対等の条件でとなれば正直どうなるか俺にも想像し難い。それほどまでに両者の実力は拮抗しているのだ。
「言っとくが明日は俺が勝つぜ」
「ほぉ? 言うようになったじゃないか。決勝は観覧席で見ることになるというのに」
早くも火花を散らせ始める二人を他所に、真耶はどこまでもマイペースにお茶を啜っていた。
「余裕そうだな」
「いえいえそんなことはないですよ? まぁ、会長たちみたいに強い人は二年生にはいませんけど」
さらっと言うあたり、これが真耶の本心なのだろう。生徒会の一員とあって、やはり彼女も相当な実力を有している。今の二年生には代表候補生に選出されている生徒はいないから、真耶が手こずるようなことはないだろう。となれば、一番不安なのが。
「ナタルだよなぁ」
「あっ、なんですかその顔は! 大丈夫ですよ優勝しますから!!」
俺にジト目を向けられたのが気に食わなかったのかそう言ってくるナタルだが、正直このメンバーの中では一番心もとない。確かにナタルは十三歳でこのIS学園への入学を許可された天才児でアメリカの代表候補生だが、彼女たちの学年にはナタルを含め六人の代表候補生が軒を連ねているのだ。その中には四月初旬に俺が闘ったドイツ代表候補生、クラリッサもいる。実際に闘った俺だから分かるが、一年生にしてあの実力ならば将来はかなり有望だ。あの時は俺が高電離気体(プラズマ)をぶっ放して勝ったが、今のナタルと比較すると互角と見てよさそうだ。
「まぁ大丈夫だとは思うが、もし負けたら生徒会脱退な」
「うえぇッ!?」
口元を吊り上げて言う俺に、ナタルが顔を青くして詰め寄ってきた。
「ちょ、冗談ですよね!? いや負けるつもりなんてないですけどもしも万が一負けちゃっても、流石に脱退なんて――――」
「他の生徒会員に負けるなら話は別だが、今の一年にはナタルしか役員はいないだろ?」
その言葉に更に顔色を悪くするナタル。あ、この子表面上は強気だけど内心は不安なタイプだな。
しかし、こうは言ったが俺はなんとなくナタルは優勝するだろうと考えている。クラリッサとは良い勝負になりそうだが、他の代表候補生たちはまだ実戦経験が圧倒的に不足している。生徒会に入ってからほぼ毎日織村と手合わせしてきたナタルに太刀打ちできるのは、軍隊育ちのクラリッサくらいしかいないだろう。組み合わせもこの二人が当たるのは決勝だ、俺も試合があるから観戦には行けないが、もし千冬に織村が負けたら応援にでも行かせてやろう。
「うし。なら一先ず今日はここまでにしよう。明日も早いことだしな」
少し長く話しすぎたようで、時刻は既に夜七時を回っていた。早くしないと食堂も閉まってしまう。必要最低限の連絡事項だけを皆に伝え、今日の生徒会は解散となった。
◆
「あ、兄さん!」
「おう姫無、悪いな遅くなった」
寮の自室に戻ると、中から部屋着に着替えた姫無がトコトコとこちらにやって来た。
どうして姫無が此処に居るのかと言えば、名目上はインターンである。あくまで名目上は、だが。実際は姫無が帰りたくないとゴネ、一向に帰る気がなかったので仕方なしに俺の部屋に泊まることになったのだ。その時は簪も泊まると言って聞かなかったのだが、生憎俺の部屋のベッドは一人用だ。流石に三人で一緒に寝ることは難しい。いや、出来るなら皆で寝たかったけど。更に簪が明日小学校で何やら大事な用事があるらしく渋々、本当に渋々といった表情でIS学園から家へと帰っていったのだった。
そんなわけで今夜は姫無と同じベッドで眠ることになる。
その旨を話したら千冬に何故か詰め寄られたが、一体何を心配することがあるというのだろうか。
先程食堂で夕食を済ませたらしい姫無は少し眠いのか目を擦っている。ふむ、確かに小学生はもう眠たくなってしまう時間なのかもしれない。とはいってもまだ九時前だが。
「眠いか? そこのベッド使っていいぞ」
「うにゅぅ……、まだお風呂入ってない」
風呂か。流石に今日は一日姫無もアリーナにいたから少なからず汗をかいているだろうしそのまま寝るのは嫌だろう。この時間ならまだ大浴場が開いていた筈だ。
「場所教えてやるから大浴場行くか?」
「うーん……、歩くのが面倒だからここのシャワーでいい……」
満腹になったことで襲い来る睡魔に必至で抗う姫無はもう外に出るのが面倒らしい。俺の制服の裾を握り、欠伸を噛み殺す様は非常に可愛らしい。
ふむ、確かにこの部屋から大浴場までは少し距離がある。面倒だというならここのシャワーを使うのが一番手っ取り早いだろう。
「そっか。じゃあ先に入っていいぞ。俺は先に夕飯食べるから」
姫無がシャワーを浴びている間にさっさと夕食を摂ってしまおう。食堂はもう閉まってしまったが幸い部屋の冷蔵庫には食材が多くある。そうだな、簡単にできる炒飯とかでいいだろう。などと俺が献立を脳内で考えていると。
「――――兄さん、一緒に入ろ……?」
姫無が、核爆弾を投下した。
「…………、」
裾を掴まれたまま上目遣いで見つめられると、どうしようもなく愛らしい。それは認めよう、何せうちの妹だからな。
だが、流石に一緒にシャワーを浴びるのはどうなんだ。兄妹とは言っても異性だ、しかももう姫無も小学四年生。これは倫理的にアウトなんじゃないだろうか。いや、姫無の裸を見たところで欲情なんて間違ってもしないのだけれども。
だが待て、ここで姫無のお願いを断って拗ねられてしまうことのほうが問題なのではないか? いかん、何か思考が全然定まらなくなってきた。
「兄さん?」
「あー……、」
これはどう対処するべきなんだろうか。普通に考えれば一人で入らせればいいに決まっているが、最近家族団欒の時間を取れていない。そうなれば、背中を流してやるくらいいいような気もしてくるのだ。
というか何で俺が妹のシャワー一つでここまで悩ませられなければいけないんだ。もういいや、こういうのは考えたら負けだ。
「姫無、背中流してやるよ」
「ほんとっ?」
瞳を輝かせる姫無に手を引かれ、俺は脱衣所へと向かった。
――――その時の姫無が実は全く眠くなかったということを、俺は知らなかった。
「…………」
「兄さんどうしたの? ほら早く」
無言で立ち尽くす俺の手を、姫無の小さな手が掴んでぐいぐいと引っ張る。
俺の部屋に設置されているシャワールームは言うまでもなく一人用だ。二人が同時に使用することは想定されていない。俺一人の使用でさえ若干の手狭さを感じていたのでそろそろ改修を頼もうかと考えていたくらいだ。まぁ、何が言いたいのかというとだ。
俺と姫無との距離が近い。それはもう近すぎる。
先程までの眠たさなど何処かへと吹き飛ばしたらしい姫無は、鼻唄でも歌いだしそうな程に上機嫌で俺に背中を向ける。無論、バスタオルは二人共巻いている。
しかし姫無、色っぽくなったな。お兄ちゃんとしてはお前に悪い虫がつかないか心配だ。
「んー? 大丈夫だよ兄さん」
どうやらつい声に出してしまっていたらしい。シャワーの音で聞き取りにくい筈なのにしっかりと聞き取ってくる辺り完全に睡魔は断ち切ったようだ。
透き通るような水色の髪を優しく洗いながら、俺は尋ねる。
「大丈夫って?」
「私同年代には興味ないの」
年上好きなのか姫無。それはそれで悪いおじさんに引っかからないか心配なんだが。
俺がたまーに妹たちの動向を知るために送る更識のエージェント(楯無の職権乱用によるもの)からの定期報告にも何やら姫無に言い寄る男子がいるらしいし、そういう輩とは一度物理的にオハナシする必要があるかもしれない。うん、シスコンとかではなく、一人の兄として妹たちを心配するのは普通のことだ。
「同年代ねぇ、姫無のことを好きな男の子が同じクラスにいるんだろ?」
「なんで知ってるの!? あ、また里虹さんに尾行でも頼んだんでしょ!! そういうことに里虹さんを使うからあんな風になっちゃうんだよ!!」
「おおぅ…! 俺の精神に188のダメージ……」
更識のエージェント、もとい俺の従者である虹里からの情報は非常に正確で迅速なので俺としても重宝しているのだ。たまーに、本当にたまーに私的に使用することはあっても、普段は隠密としてよくやってくれている。
「まったくもう……」
口ではそういいつつも、姫無はそのまま髪を洗い流されている。こういった事をするのは久しぶりなので、何か思うところもあるのだろうか。
「兄さん」
「ん? 何だ?」
トリートメントを手に馴染ませている俺に、姫無その態勢のまま話しかける。
「私も、IS学園に入る」
その言葉に、一体どれだけの思いが込められているのか俺には思い知ることは出来ない。だが、決して冗談で言っている訳ではないということだけは理解できた。故に、俺は妹にこう答える。
「……そうか。頑張れよ。更識楯無の妹じゃなく、更識姫無として」
足元に流れる水へと視線を落とし、それから優しくそう言った。
妹たちがIS学園に入学することになれば、少なからず俺が引き合いに出されることもあるだろう。そんな比較は笑い飛ばすくらいに姫無や簪は優秀だが、ふとした瞬間、それが重荷になってしまうこともあるかもしれない。それは俺にはどうすることもできない。自分で乗り越えるしかないのだ。俺は姫無ならそれができると信じているし、俺なんか軽く越えるくらいの実力者になれると疑わない。
だから今言った言葉は単なる気休めくらいにしかならないのかもしれない。
それでも、俺は兄として何処かで妹の役に立ちたいと思うのだ。
兄妹水入らず。
狭い空間で過ごす二人だが、不思議と苦痛には感じなかった。
互いに背中を流し合い、同じベッドで一夜を明かす。安心しきった姫無の寝顔は、天使も裸足で逃げ出す程に可愛らしいものだった。うっかり鼻血を出してしまいそうになったのはここだけの秘密だ。言っておくが、間違いなんて起きていないからな。
――――そして翌日。
トーナメント二日目がやってきた。
やっと終わった一日目。
次からサクサク進んで卒業まであと何話かでそこから原作突入。
……ってなればいいなぁ。