双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 前回勢いで書いた嘘予告未来篇が予想外に人気で驚きました作者です。
 なのでこの話の投稿と同時に削除の予定でしたが今しばらくは掲載したままにしておこうと思います。
 気が向いたら未来編を書く事になるかもしれませんw

 とりあえず、今回から前後編で楯無継承篇です。


#追憶 楯無継承(前)

「これから話すのは、俺が楯無を継ぐに至った理由だ――――」

 

 そう言って、俺は静かに瞼下ろした。

 今でも鮮明に思い出すことができる。いや、忘れられないといった方が正しいのかもしれないが。あの時ほど俺は自身の無力さを嘆いたことはない。超能力なんて、いざとなれば役に立たないのだと思い知らされた。大切な人間を守ることができない力に、一体何の意味があるというのか。

 思えば当時の俺は何処か達観していた部分があったのだ。この世界で俺に勝てる人間など片手で数える程もいない。いい勝負が出来たとしても、本気を出せば勝てないことはないだろうと。今考えればどれだけそれが愚かなことだったか。

 つまるところ俺はただのガキでしかなかったのだ。

 親に守られ、家に守られるだけのただの子供。井の中の蛙もいいところだった。

 

 そしてやって来た、あの日が――――――――。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 遡ること約六ヶ月。十月下旬。

 日が暮れるのも徐々に早くなり、夜ともなればそれなりの肌寒さを感じるようになるこの時期。つい先日生徒会長の職に就いた俺は夜八時を回った今も申請書類の印押しに追われていた。ついさっきまでは千冬も一緒に仕事を手伝ってくれていたのだが、まだ夕食を摂っていないということで先に上がらせた。俺は大丈夫だリポビタンがあればどうとでもなるから。机の端に置かれた空き瓶の山を見ながらそんなことを考える。

 実はここ三日寝ていない。というのも今まで存在しなかった生徒会長という役職に回される仕事量というのが想像以上に多く、徹夜でもしなければとても期限までに終わらせることは不可能だったからだ。

 

「つーか何で生徒会長になったからって海外にまで出向かないといけないんだよ……っ」

 

 だはぁ、と大きなため息が室内に溢れる。

 この書類に手を付ける前、俺は世界七カ国程を転々と渡ってきた。全て各国IS委員会への挨拶だ。IS学園の生徒会長ってのはこんな面倒なことをしなきゃならんのかといきなり会長職を辞めたくなったが、どうやらこんなことをするのは俺が男であるかららしい。いやその理屈はおかしいだろとツッコミたかったが、研究者たちの実験体を見るかのような怪しげな視線を前にしてそんなことは言えなかった。

 

 そんなこんなで現在に至るわけなのだが。

 

「やべぇ、これ朝までに終わんのか……? いや、終わらんだろ……」

 

 思わず反語にしてしまう程に俺は切羽詰っていた。

 それは明日の日曜日、実家に帰る用事があるからだ。まぁ、用事って言っても妹たちと出かけるだけなんだけど。あんな上目遣いで二人に詰め寄られては、断ることなど普通の男なら不可能だと思う。いや、もし俺以外の男にもやってたらそれはそれでその男と物理的に話し合う必要があるけれども。

 

 そんなわけで今目の前に聳え立つ書類の山をなんとかして終わらせなければいけないわけなのだが、ハッキリ言って終わる気がしない。机の上に五十センチはありそうな高さの書類の山が三つもあれば、終わりが見えないのも当然だ。これを処理仕切る脳は持っていても、その速さについてこられる運動能力は持ち合わせていない。

 しかしだからといって投げ出すわけにもいかない。此処で諦めてしまっては妹たちとの買い物を諦めることになる。それだけは二人の兄としてするわけにはいかない。

 というか妹たちと戯れる機会をみすみす逃してたまるか! という感情の方が強かったりするわけだが。

 

「待ってろよ姫無、簪……! 兄ちゃんは死んでもこの書類は片付けるぞ……!」

 

 引き出しの一番下から新しいリポビタンを取り出し、一気に流し込む。

 既に何本飲んだか覚えていないその空瓶を無造作にゴミ箱に投げ捨て、俺は目の前の書類へと向き直る。

 

 生徒会室の明かりは、夜遅くまで消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

「……お、終わ……った……」

 

 朝八時。山のように積まれた書類を妹たちと戯れるという根性だけで片付けると、既に東の空には朝日が昇っていた。

 いや、まじで終わったのは奇跡だな。途中何度か挫折しそうになったけどそこはリポビタンや眠眠打破を補給することでなんとか乗り切った。とにかく、これで妹たちとの約束を果たすことができる。外出届けは既に出してあるし、千冬たち生徒会の面々にもその旨は伝えてある。

 よって俺の目的を阻むものはもう存在しない。

 もしあるとすれば、

 

「この、睡魔か……」

 

 かれこれこれで四徹目。流石に限界が近い。約束の時間まではまだ数時間程あるし、ここで少し仮眠をとってからでもいいだろうかという考えが過ぎる。しかし同時に、ここで眠ってしまったら間違いなく寝過ごすだろうとも思う。

 結局妹たちを優先する俺は、襲いかかる睡魔を気合だけで撃退し、のろのろと外出の準備を始めるのだった。

 

「ふぁ……、いかんな。こんな顔じゃ姫無たちに何言われるか」

 

 寮の自室に備え付けられた洗面台の鏡で自身の顔を見て思わず呻く。目の下には見事な隈がくっきりと。これじゃどこの日暮だか。

 とりあえず顔を勢いよく洗って眠気をできる限り飛ばし、IS学園の制服から私服へと着替える。秋も終わりというこの時期だが俺はそこまで私服に拘るほうではない、紺のシャツにジャケットを羽織り、スキニーパンツを穿いて部屋を出た。一応変装のためのサングラスも忘れない。一応世間では有名人だからな……。

 ここIS学園から更識の屋敷まではそう遠い距離ではない。電車を使えば三十分もかからないし、車ならもう少し早いだろう。まぁ俺免許なんて持ってないから当然電車一択なんだけど。

 

 乗り込んだ電車に揺られながら、ふと姫無たちのことを考える。

 最後に会ったのは夏休みの最期のほうだったから、かれこれ二ヶ月くらいは会っていない。元気にしてるかなぁ、いや断じてシスコンとかじゃなくてな。兄だったら妹たちの健康を気遣うのは当然だろ。断じてシスコンとかじゃないからな。

 

 そう言えば、親父達も元気にしているだろうか。妹たちと同じく最後に会ったのは夏休みだが、その時の親父はなにやらデカイ案件を抱えていたらしくあまり話をする時間もとれなかったのだ。母さんに事情を聞いても教えてくれなかったあたり、相当でかいヤマを抱えていたのだと想像することはできるが、俺にさえ内容を教えまいとするのは何故なのだろうか。実力でいえば親父にも引けは取らないと思うんだが。

 まぁ、そんな今更なことを考えていても仕方がない。今日の俺は妹たちと買い物へ行くために帰ってきたのだ。更識の仕事を手伝うためではない。

 

 駅の改札をくぐり抜け、自宅への道を歩いていく。

 

「……ん?」

 

 見慣れた屋敷が見えてきた頃。何やら見覚えのある人影を捉えた。というか、屋敷の門の前に突っ立っているようだが。何やら備え付けのインターホンを押すかどうかで悩んでいるらしく、さっきから手が伸びたり引っ込んだりしている。

 どうしようか。どうやら向こうはまだこちらの存在には気づいていないらしいのだが、俺の中の悪戯心が膨らみつつあるのだ。

 彼女にしてみれば、きっと俺が此処に居ることにまず驚くだろう。そしてきっと羞恥に顔を赤くするに違いない。そんな想像をしつつ、俺はゆっくりと彼女の元へと向かっていき、

 

「よっ。こんなとこで突っ立ってないで中に入ったらどうだ? ――――――――杏子ちゃん」

 

「!!? か、形無ぃッ!? 何でこんなとこにいるんだよお前ぇ!」

 

 普段のだらけ切った態度からは想像できないほどに俊敏な動きでこちらに振り向く杏子ちゃん。この人は母さん、更識瑞穂の妹でありIS学園の教師を勤めている橘杏子。昔からの仲なので、今更上下関係など存在しない。むしろ最近は俺の方がからかったりしている気がする。

 何せ彼女、世間一般でいうシスコンと呼ばれる存在なのだ。いつもは周到にそのことを隠しているが、残念なことに母を前にするとそんな化けの皮は直ぐに剥がれる。いつもやる気無さげに垂れ下がっている眉が、持ち上がってしまうくらいには。

 

「俺は姫無たちと買い物にな」

 

「そ、そうなのか……」

 

「母さんに会いにきたんだろ? 上がってけよ」

 

 普段は遠慮などせずズカズカと敷地内に踏み入っていく杏子ちゃんだが、何だか今日は様子がおかしい。

 あれか、思春期特有の気恥かしさとかか。

 

「何か失礼なこと考えてるだろうお前」

 

「イエ、ナニモ」

 

「……まぁいい。にしても形無、お前何も聞かされていないのか?」

 

 懐から取り出した煙草を咥え、杏子ちゃんがそう俺に問いかける。

 聞かされていない? 一体なんのことだ。更識(うち)に関係のある事柄が俺の知らないところで起こっているとでもいうのだろうか。

 

 暗部に対抗するために存在する対暗部組織である更識。俺の実家でもあるこの更識は表舞台では、処理しきれない仕事を請け負うのが基本的な活動だ。依頼の種類は様々だが、データの改竄から組織の壊滅まで幅広く仕事を請け負っている。とは言っても、一見さんは完全にお断り状態で、親父とパイプを持つ信頼できる人間の仕事しか請け負ったりはしないのだが。

 

「どういうことだよ」

 

「いや……、聞かされてないってことは姉さんや十六代目がその必要はないと判断したんだ。私の口から言うのは筋違いだな」

 

 いやいや勝手に納得されてもこっちは全然話の概要が掴めてこないんですが。

 しかし何時までもこんな所に留まっているわけにも行かない。なにせこの後には妹たちと買い物へ出かけるという重要な任務があるのだから。最優先事項を脳内ではじき出した俺は、杏子ちゃんに一礼して敷地内へと入っていく。大きな庭を抜け、幾つかの道場を通り過ぎると屋敷が見えてくる。

 

「ただいまー」

 

 玄関に入ってそう告げる。数秒してから、奥からドタドタと数人の野郎どもがやって来た。皆何処かに傷を負ったヤクザ的な人……なんてわけでもなく、一人は道着を着た長髪長身の青年、一人はガタイのいいオッサン、もう一人は眼鏡をかけたインテリっぽい印象を抱かせる白衣を纏った優男である。

 

「お帰りなさいませ若」

 

「ただいま竜真(たつま)」

 

 俺のことを若と読んだ道着の青年、竜真は深々と頭を下げる。年齢的には俺よりも三つくらい上の筈だが、竜真は年下の俺にもこういった礼儀正しさを忘れたりしない。親父の息子だからってのも幾分かはあるのかもしれないが、彼はこういった所はキチンとする性分なので俺もそこを指摘したりはしない。

 

「今日は確かお嬢たちと街に出るんでしたっけ?」

 

「ああ。……つうか玄十(くろと)、お前は何で上半身裸なんだよ」

 

「今しがた筋トレ終えたとこですわ。いやぁ暑くて敵わん」

 

 やたらと体格がいいオッサン、玄十はガハハと豪快に笑いながら俺の肩をバシバシ叩く。痛い痛い、お前筋力やばいんだからちょっとは自重しろよ。因みにこのオッサン、まだ二十代である。

 

「玄十ー、そんなに叩いたら若が潰れちゃうぞー」

 

「おっと。すみません若」

 

「気づくの遅ぇ! てか痛ぇよ!」

 

 白衣の優男にそう指摘されようやく叩くのを止めた玄十に俺は若干声を荒げる。反射は切ってあるから普通に痛い。何故かって? 妹たちと手を繋ぐために決まっているだろう。

 

 玄関先で何時までも立ちっぱなし、というわけにもいかないのでとりあえず俺は靴を脱いで居間へと歩を進める。長い渡り廊下を歩きながら、俺は後ろを歩く白衣の優男、虎鉄(こてつ)に話しかける。

 

「そういや虎鉄、なんでお前らが此処に居るんだ? ……つうか待てよ、お前らが居るってことはまさかとは思うけど……」

 

「最初の質問はですねー若。私らが当主に呼ばれたからなんですよ、直々に」

 

 にへら、と虎鉄は答える。

 

「それと後半部分のことですがー、来てますよ。彼女も」

 

「…………、」

 

 それを聞いて俺は直ぐにでも逃げ出したい気分になる。姫無や簪との買い物はそりゃもう実に楽しみなんだが、それ以前に俺自身の身に危険が及ぶなどという事態は避けねばならない。

 はて、しかし妙だなとも思う。彼女と此処に居る三人は更識家の大幹部『四士(しし)』である。彼ら四人は関東四箇所に配置され、滅多なことではその場所から動くことはない連中だ。俺も幼い頃はこの四人と正月くらいしか会った記憶がない。最も、裏の仕事に携わるようになってからはそこそこ面識を持つようになったが。

 そんな連中が一体どうして本家にやってきているのだろうか。しかも、親父直々に呼び出しをかけたときたものだから余計に意味が分からない。

 

「親父が召集を、ねぇ」

 

 何か引っかかりを覚えながらも俺は歩く速度を緩めることなく今へと向かう。

 もしかしたら先程杏子ちゃんが何か煮え切らないような表情を浮かべていたのと関係があるのかもしれないが、考えても一向に答えが出る気配はない。あれこれ考えているうちに居間の前に付いてしまったので一旦思考を中断し、三人に一言言ってから居間の襖を開く。

 

「あら形無さん、おかえりなさい」

 

「ただいま、母さん」

 

 畳が敷かれた居間では、母さんが湯呑を傾けていた。室内には親父の姿はない。

 

「あれ、親父は?」

 

「楯無さんは所用で外に出ています。夕方までには戻ると思いますよ」

 

 相も変わらず微笑みを浮かべながらそう話す母さんは、俺を生んだとは思えないほどに若々しくて綺麗だ。この前ふと更識の部下が零していたことを聞いたが、なんと大学生から告白されたらしい。なんでも向こうは三人の子供を生んだ母親だとは微塵も思っていなかったらしく、二十代前半のお嬢様だと勘違いしていたらしい。

 まぁ、分からなくもないがにしてもすごいな母さん。しかも笑顔で断ったらしいし。親父もその話を耳にして『俺の妻は大学生を惚れさせるくらい綺麗なんだぜワハハハハー!!』てな感じで爆笑していたみたいだし。

 

「そっか。姫無たちはもう起きてる?」

 

「昨日から楽しみ過ぎて眠れなかったみたいで、まだ寝室で寝ていますよ」

 

 寝ているのなら無理に起こしても悪いかな。そう思い、俺は姫無たちが目覚めるまで暫し母さんと談笑を楽しむことにした。積もる話があるというわけでもないが、たまにはこういうのもいいだろう。淹れてもらったお茶を飲みながら、そんなことをしみじみ思う。

 

「そう言えば形無さん」

 

「ん?」

 

「そろそろ千冬ちゃんと束ちゃんのどっちを婚約者にしてどちらを愛人にするか決めたんですか?」

 

「げっふぁッ!?」

 

 飲んでいたお茶を盛大に吹き散らし、俺はゲホゲホと咳き込んで母さんの方を見る。

 分かってる、分かってるよ。これは息子の恋愛事情をおちょくるとかそんなんじゃなくて、ただ純粋に聞いているだけだってことは。だが尚更タチが悪い。母さんの天然っぷりは留まるところを知らないのだ。

 

「か、母さん!? 何でいきなりそんな話持ち出すんだよ!」

 

「あらあら。形無さんももうすぐ結婚出来る年齢でしょう? 日本は一夫多妻制を認めていないのだから国籍を変えないならそうするしか――――――――」

 

「はいストーーップ!! その言い分だと二人とくっつく事には何の疑問もないようなんだけど母さん!!」

 

 やばい話が何だかとんでもない方向へと突き進んでいるような気がしてならない。

 

「え? 形無さんはどちらかとしか肉体関け」

「アウトーーーーッ!!」

 

 結局姫無たちが起きてくるまでの数十分間、俺は母さんからの責め苦に耐えることとなった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「兄さーん」

「お兄ちゃん、こっち……」

 

 先行する我が妹たちに呼ばれ、俺は目の前に聳え立つショッピングモールへと入っていく。

 姫無たちが起きてきたのは午前十時頃。予定とは若干ずれがあるが、そんなことは全く気にしない。何故なら目の前には嬉しそうに俺の手を引く姫無と簪の姿があるからだ。ああ、やっぱり癒される。実年齢以上に精神年齢が離れているせいなのかもしれないが、目に入れても痛くないとは正にこのことなんじゃないだろうか。

 今日の姫無は白のワンピース、簪は水色のワンピースを着ているので、その可憐さは通常の三割増しだ。

 

 やって来たのは本家の近くに最近出来たショッピングモールで、雑貨やらの小物からブランドモノまで幅広く取り揃えた大型店舗だ。

 俺も姫無たちも何か買いたいものがあるわけではない。どちらかと言えばこうして兄妹水入らずでショッピングを楽しみたいというほうが強いだろう。現に姫無も簪もショーケースの展示品などに興味を示すものの、その店の中には一歩も入っていこうとはしない。こういったシチュエーションが楽しいんだろう、姫無と簪は終始ご機嫌である。

 

「えへへ、兄さーん」

 

「どうした?」

 

「なんでもないーい」

 

 さっきからこんな調子である。

 俺の右手を握る姫無は笑顔でそう答え、次はあの店の見てみたいとぐいぐいと腕を引っ張る。

 一方の簪も簪で左手をぎゅっと掴み、一向に話す気配が感じられない。いや、嬉しいんですけどね。

 

「あ、これ可愛い」

 

 はたと立ち止まった店の前で、姫無が不意にそう呟いた。彼女の視線の先には店頭に並べられた紺色のブレスレット。何か貴重な石でも使っているのかお値段のほうは若干若者向けとは言い難いが、それでも確かに姫無に似合いそうだなぁと内心で思った。

 

「欲しいのか?」

 

「……ううん、」

 

「遠慮するなよ。たまには俺からプレゼントでもさせてくれ」

 

 値段が視界に入ったのか、姫無は要らないと言葉ではそう言う。が、そう言いつつも視線はチラチラとそのブレスレットの方へと注がれていた。

 遠慮なんてすることないのに、本当に姫無はいい子に育ってくれたものだ。欲を言えば、こういった時はもっと我儘でもいいんだけど。

 

「……いいの? 兄さん」

 

「おう。簪もどれがいい? 一緒に買おう」

 

「……私は隣の水色のがいい……」

 

「よし。すいませーん、これとこれ、サイズは……問題なさそうだな」

 

 購入を決めた俺は奥から店員を呼び、ガラスのショーケースから紺と水色のブレスレットを取り出してもらう。即金で大丈夫ですか? という若い女性店員の声に大丈夫ですと答えて会計を済ませ、そのまま姫無たちに手渡す。

 

「ありがとう兄さん!」

「ありがとう……お兄ちゃん」

 

 そう言って笑顔を向けてくれる妹たちの姿は、はっきり言って反則級に可愛かった。

 いかんな、このままじゃ将来姫無たちがお嫁に行く時俺泣き寝入りしてしまいそうだ。いや、冗談なしで。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 三人で買い物を満喫し、家に帰ってくると既に陽が落ちかけていた。そろそろ秋も終わりとあって流石に上着がないと肌寒さを感じる。因みに妹たちはしっかりワンピースの上から上着を着ているので問題ない。仲良く三人手を繋ぎながら帰路を辿っていくと、何やら家の方が騒がしいような気がする。

 

「なんだ……?」

 

 妙な胸騒ぎを覚えた俺は、手は繋いだまま早足で家の門を潜る。

 そこにはどういうわけか本家にいる更識の人間の大半が集まっており、忙しなく走り回っていた。

 

「どういうことだ? これは……」

 

 訳が分からないままに姫無と簪を自室へと戻し、事情を聞こうと母さんが居るであろう居間の襖を勢いよく開いた――――――――瞬間。俺の目に飛び込んできたのは。

 

「なっ……」

 

「……よぉ、元気してたか形無」

 

 母さんに包帯を巻いてもらっている、血塗れの親父の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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