前回のあらすじ
伏線バラ撒き回
◆
「うし、」
第一アリーナ備え付けの控え室。試合開始予定時間が迫る中、俺は執事服に身を包んで準備を整えていた。準備と言ってもISに乗るわけではないので単に執事服に着替えを済ませるだけなのだが。それでもやはりこの服に身を包むと気合の入り方が違う。はじめはこんな服装死ぬほど嫌だったが、人間慣れとは恐ろしいもので、今となってはこの執事服のほうが制服よりも落ち着けるくらいにまでなってしまった。
一回戦の対戦相手は三組の女子生徒。IS適性はC。俺はISに乗れないから適性なんてものはわからないが、C程度ならさして時間をかけることなく試合を展開することができるだろう。
自慢でもなんでもなく、俺を相手取るならIS適性Sクラスを連れてこないと話にならない。
準備を整えゆっくりと立ち上がると、控え室を後にしてアリーナへと向かった。
『これより第三学年、第十八試合。三年一組更識楯無、三年三組安形翠両名の試合を開始します』
そう第一アリーナ内にコールがかかった瞬間、場内のボルテージが一気に上がる。そんな大歓声の中、俺はテールを揺らしながら悠々と歩いてアリーナへと足を踏み入れた。見渡す限り人、人、人。周囲三百六十度どこを見てもこちらに視線を向ける人々で埋め尽くされている。
たかだか一介の学生にこんな目を向けられるなんてことは通常有り得ないだろうが、学園最強の肩書きを背負い、男性操縦者の俺からすればもう見慣れてしまった光景だ。
「来たわね、会長」
ザッと周囲を見回していると、正面にISを起動させた状態で待ち構えていた少女が俺に声をかける。肩口で揃えられた髪の毛を靡かせ、挑戦的な表情でこちらを見据えている。
「待たせたか? 安形」
「別に。対して待ってないわ。私もついさっき出てきたところだしね」
彼女が纏っているのは今年度からIS学園で『黒鉄』と共に正式採用されたフランスの第一世代型、『ラファール』だ。この機体は黒鉄のような近接格闘型ではなく、どちらかといえば中、遠距離型の後方支援型の機体として造られたものだ。とは言っても近接格闘が苦手というわけでもない。タイプで言えば遠距離型に分類されるというだけであって近接型の武装が搭載されていないわけではなく、その腕にはしっかりとブレードも握られていた。
試合開始のコールがかかるまでの僅かな時間、俺と彼女は秘匿通信(プライベート・チャネル)を利用して昔話に興じていた。
会話の内容は、専ら昨年のことである。
「覚えてる? 更識会長。私が貴方に決闘を申し込んだ時のこと」
「まぁな。何せ俺に挑んできた生徒第一号だ。忘れようにも中々忘れられないさ」
「そう……。あの時の私とは、一味違うわよ?」
「そりゃ楽しみだな」
お互いに軽口を叩きつつ、しかしその臨戦態勢を一瞬たりとも崩したりはしない。
安形は解りきっているからだ。俺と闘う場合、最初の一瞬で間合いを詰められてしまえば直ぐに終結してしまうということを。
俺は嵌めた白い手袋の口を少し引っ張り、タイを整える。全く、今となってはこんな動作もしないと落ち着かない。大分毒されてきているなぁと内心で苦笑しつつ、俺はまっすぐに彼女を見据えた。
「……まぁ、」
一瞬の静寂。
そして。
「――――それは俺もだけどな?」
試合開始を告げるブザーがアリーナに轟いた瞬間、俺は安形の元へと突っ込んだ。
◆◆
各アリーナに特設された大型の電光掲示板に、今日一日のトーナメントの結果がスクロール式に表示されている。
午後五時。学年別個人トーナメント初日を無事に終えたIS学園では、試合を終えた生徒の一部が格納庫やアリーナ周辺で機体の整備を行ったり、食堂で早めの夕食を摂ったりと思い思いの時間を過ごしていた。今日の試合で参加生徒の半分が敗退し、勝ち残った半分は明日以降の二回戦へと駒を進めたが、俺を含む生徒会の面々は順当に勝利し、現在は生徒会室にて真耶の淹れたお茶を堪能していた。
「はぁ、疲れたなぁ」
「何を言ってるんだ。お前の試合時間はたったの数十秒だっただろう」
「いや試合自体にはそこまで疲れてないんだけどな。各国要人の接待までさせられるなんて聞いてなかったからなぁ……」
「それもこれも全ては押し付けてきた橘教諭のせいだな」
そんな愚痴を零しつつ、俺は残ったお茶を一息に飲み干す。というか、トーナメントが始まってから俺は橘教諭に会っていない。別段会う必要もない為そこまで重要視していなかったということもあるが。
真耶におかわりをもらい、そこで一つ呼吸をおく。その意味を正確に理解したのだろう。千冬や真耶。そして織村とナタルも会話を止めてこちらに視線を送る。それを確認して、俺はそっと口を開いた。
「さて。……織村。今日のあの男について補足を頼む」
「ああ」
そう言われて織村は今日アリーナで発見した全身黒の男についての詳細を話し始めるため一度目を閉じる。
と、そこで一旦ん? と首を捻り、
「気付いてたのか!?」
と若干声を荒げた。どうやら織村は俺や千冬があの男の存在に気がついていないと思っていたらしい。心外だな、そこまで俺たちの視野は狭くない。というかあんな格好されてたらアリーナのどこにいようと直ぐに分かる。
「そりゃ気づくだろ」
「当然だな」
そう答える俺たちを見て頭を抱える織村。
そんな話の内容についていけていない真耶とナタルは首を傾げているが、一先ず彼女たちへの説明は後回しにしたらしい織村は再び口を開いた。
「俺が捕まえたあの男だけどな、どうやら企業のスパイとかってわけじゃないみたいだ。俺じゃそこまでしか口を割らせることができなかったが、あとは橘が上手くやってんじゃないか?」
「ん? あの人が出張ったのか? わざわざ?」
「ああ。なんかもの凄いイイ笑顔で男を引き摺って行ったな」
橘教諭が態々出てきた、という点に俺は僅かに眉を顰める。あの仕事嫌いの女が、こんな面倒くさそうなことに首を突っ込んでくるだろうか。
俺の記憶の中では、あの女がそこまでしたのはたった一度しかない。ということは、今回の事はそれなりに厄介な事だというのだろうか。横を見てみれば千冬も引っかかるのだろう。『あの橘教諭が?』と顎に手を添えて考え込んでいる。
と、そんな折。
唐突に生徒会室の扉が開かれた。
生徒会室の扉を開き、ずかずかと中に踏み入ってきたのは今しがた丁度話に上がっていた橘教諭だった。相も変わらずだるそうな顔をしている。
「おい楯無ぃ。なんだその『だるそうな顔してんなぁ』みたいな表情はぁ」
おいコイツ読心術でも修得してんのか。俺ポーカーフェイスは得意の筈なんだが。
そんな俺の内心の同様など露知らず、橘教諭はどこからか引っ張り出してきたパイプ椅子に腰を下ろし真耶にお茶を淹れてもらっていた。それを一口飲み、静かにカップを机に置いてから口を開く。
「織村が捕縛した黒スーツの男だが、楯無にすりゃちょいとばかし面倒な相手の下部組織ってことが判明した」
「俺の……? っつうことは、」
俺にとっての面倒な相手。そう言われて真っ先に思い浮かんだのは、俺というよりは更識の家にとって面倒な相手だった。そしておそらく、その予想は当たっているのだろう。千冬や織村は訝しげに俺を見つめているが、橘教諭はそんな疑問の視線には答えず、簡潔にだけ言った。
「京ヶ原が動き出した」
京ヶ原。そう聞いて少しだけ身体に力が入る。
『四家』。
この日本国内には、そう呼ばれる四つの家系がある。それは国内に点在し、古くから陰ながら暗躍してきた所謂暗部の家系だ。表向きはそんなことは出さず、普通の家として振舞っているが裏ではそういった仕事を粛々とこなしていたりする。
北海道・東北に住む『
関東を束ねる『
四国・九州の『
そして、関西を牛耳る『
この四つの家系は基本的に互いに干渉し合うことはない。友好関係を結んでいる家系同士ならば幾度か顔を合わせたりもするが、そういった関係でなければお互い顔すら知ることはない。俺たち更識家で言うと、杠の家が友好関係を結んでいる家系に当たる。何度かうちで顔を合わせたこともあるし、次期当主となるであろう俺の二つ上の男のこともよく知っている。
しかし氷見家とは全くと言っていい程関わりはないし、京ヶ原に至ってはむしろ完全に敵対している。一体いつからだっただろうか。京ヶ原の家が、更識の人間に敵意を向けるようになったのは。原因は俺には分からない。だが、たとえ何らかの理由があったとしても、それで『三ヶ条』の一つ、『
「楯無」
「っ、」
そこまで考えたところで、その思考を遮るように橘教諭の声が掛かった。
「お前が何を考えてるのかは知らんが一つ言っておくぞ。アレはお前の所為ではないし、抱え込む必要もない。全ては対処仕切れなかった側に責任がある」
懐から取り出した煙草に火を点け、そう俺に言う。普段はちゃらんぽらんなクセに、こういうところだけ無駄に敏感なのだからタチが悪い。
確かにあの事を今更掘り返したことでどうこうなるわけではない。あの日がなければ、俺は今こうしてここに居ることもなかったのだろうから。
「……はぁ、まさか
「なんだとぅ
互いにそう呼び合う。俺も橘教諭もある日を境に呼び方を改める前、そう呼んでいたときのものに戻していた。
「あのー……、」
「全く話が見えてこないんですが……」
俺と橘教諭がそう話していると、横からおずおずと言った感じで真耶とナタルが会話に加わってきた。考えてみればこの事を知らない二人や織村は今まで蚊帳の外だった。俺としたことがすっかり忘れていた。因みに千冬は四家についても説明はしてあるので俺たちの会話の内容にはついてこれている。
「大体、京ヶ原ってなんなんだよ」
そろそろ我慢の限界が近いのか若干イラついた織村がそう尋ねる。
そうだな、杏子ちゃんが言う通り、ここに居るメンバーくらいには話しておいてもいいかもしれない。俺はそう考え、一旦千冬と杏子ちゃんへ目線を送る。千冬は頷き、杏子ちゃんは煙草の煙をこちらに吹くという暴挙で話すことを了承してくれた。つーかここ禁煙だぞニコ中が。
「……そうだな。何時かは話さないととは思っていたことだ。こうなった以上、皆にとっても無関係ではない」
会長席にもう一度座り直し、一旦間を取る。生徒会のメンバーも席について、俺が口を開くのを待っている。
話、と言っても大それた話ではないのだ。京ヶ原が動き出した。その事実とはあまり関係のない話かもしれない。俺自身、あまり自信はない。
しかし現にこうしてIS学園に干渉してきている以上、また以前のような惨事にならないとは限らない。もう、あんな事はたくさんだ。
俺は約半年程前になる記憶を脳内から掘り出し、やがて言葉を紡ぐ。
「あれは去年の秋だったか。――――俺が楯無を継ぐことになった理由を、今からお前らに話そう」
シリアスは苦手です。
シリアルは大好きです。
いつかはやらねばと考えていた楯無継承をこんなところにブチ込むことになるとは作者も予想外ww