パソが復旧したので、これからは更新ペースをあげられると思います。
前回のあらすじ
織村主役回
◆
第一アリーナを出た俺は、先ほど観客席で見つけた男を追うべくその姿を捜す。既にトーナメントが始まって一時間近くが経過していることもあってか、アリーナ周辺はアイドルのライブ会場のように人で溢れかえっている。更には自身がここに現れたこともあり、周囲にはより多くの人が集まってくるようになってしまった。
こういった時に視線を集めるというのは邪魔でしかない。かといって寄ってくる人たちを無碍にすることもできず、追わなくてはならない男を見失ってしまいそうになる。
その男は俺のことを誘っているのか、走ったり跳んだりといった移動はせず、歩いてその場を離れようとしていた。
――――まるで、俺が見失わないよう気を使っているかのようだ。
「……ッハ」
自然、俺は口元を吊り上げていた。
辺りの人間が何事かと怪訝そうにするが、俺には一切気にならない。
「そうかよ。俺を釣ろうってのか……」
人混みを掻き分けながら、男の後を早足で追いかける。男も気が付いたのか、これまでとは違い走って移動を開始した。男の身なりは全身を黒で覆ったコートにサングラス。この季節と今の学園内の状況的にその格好は酷く目立つ。その格好が俺が見失わないように配慮されたものなのか、はたまた奴が馬鹿なだけなのかはともかくとして。
あの男が俺を誘き出そうとしているというのは間違いないだろう。
だが、一体何のために?
確かに今現在ISを動かせる男性は俺と更識の二人しか存在しない。検体としては言うことないだろう。研究者たちからしてみれば、喉から手が出るほど欲しい存在の筈だ。
しかし、にしてはタイミングや送り込まれた人間というのが些か雑すぎるように感じられる。今日は学年別個人トーナメント初日。当然各国から様々な人間が集まってくる。そんな中で、普通の人間ならば行動を起こそうとはしないだろう。
そして今俺の目の前を走るあの男。
IS学園に侵入してくる上で、男は通常有り得ない。
いくらトーナメントで外部からの男が幾らか入ってくるとは言っても、ISを操縦するその殆どは女性なのだ。こういった場面なら女性を送り込んでくるのが普通だ。それに俺を相手取るつもりならば尚の事、ISに乗れる女性でなくてはいけない筈だ。
「……何を企んでやがるんだ……?」
考えられる可能性としてはあの男が対ISのスペシャリストとかいうものだが、そんな人間は更識だけで十分だ。あんなチート野郎は世界に二人もいらない。
「あ、いや。よく考えりゃ俺だって充分チートの領域にいるのか」
身近に更識や織斑といった化物どもがいるせいで自身の戦闘能力を過小評価しがちになってしまっていたが、『未元物質(ダークマター)』なんて代物を引っさげてる俺だって充分に化物だ。
……つか、そうやって考えると何のアシストもなしに純粋な操作能力だけで俺たちと互角に闘える真耶って実は一番化物なんじゃねえのか?
なんてことを考えていると、男はISの整備室に備え付けられている格納庫へと入っていった。
確かここは一年生の整備のために割り当てられている格納庫の筈だが、流石に初日の午前中なので使用している生徒はいないらしい。コツン、と靴を鳴らして中に入れば、男がサングラスを取ってこちらに向き直っていた。
「よぉ、鬼ごっこはもう終わりでいいのか?」
「織村一華で、間違いないな?」
「あん? 俺だって判っててここに誘い込んだんじゃねえのかよ」
筋骨隆々なその男は、俺の問いかけに静かに答える。
「念のためだ。万が一にも更識楯無のほうを誘い込んでいたなら、危うくこちらが滅ぼされかねんからな」
小さく口元を綻ばせるその男に、俺は内心で苛立ちを覚えた。
そしてその苛立ちは、内心に留まることなく口をついて溢れ出す。
「あぁ? んだそりゃ、その言い草だとまるで俺なら問題ねぇように聞こえるんだが」
「聞こえなかったか? ……そう言ったんだッ!」
途端、男は懐からナイフを取り出し、俺のもとへと突っ込んでくる。剣術の心得でもあるのか、そのナイフ捌きは様になるものだ。
ていうか、俺のこと舐めてんじゃねえかコイツ。いくら俺が素手だからってISを起動させるのに数秒もかからない。まあ、起動せずともこのくらいの連中なら問題なく対処できるが。
俺は向かって突き出されたナイフを半歩ずれることで躱し、伸びきった状態の肘を蹴り上げる。
「がっ!?」
突然の痛みに思わずナイフを落とす男。落ちたナイフを適当な所に蹴り飛ばし、俺は腕を抑えて呻く男へと近づいていく。
途轍もなく、イイ笑顔を浮かべて。
「なぁ、言っとくが、俺を簡単に捕らえられるとか考えんじゃねえぞ」
しかし、そんな俺の言葉は激痛に苦しむ男の耳には全く届いていないらしい。
多分肘粉砕しちまったな。一切加減してなかったせいもあるが、そんなのは襲ってきたコイツの自業自得なので全く気にしない。
「グッ……、馬鹿な。……手に入れた情報と、人物像が全く違う……!!」
「あ? 情報だぁ?」
「貴様は自己中心的で気性が荒く、更識を毛嫌いしている……!」
……なんか聞いていていい気分ではないことをペラペラと話すなこの男は。
それがしかも否定できないってんだから、尚更苛立つ。その情報は、確かに俺のものだ。
但し、去年までの。
「残念だったな。その情報ってのをどこで手に入れたのかは知らねえが、生憎それは過去のもんだ」
「グッ……、しかし、そんな簡単に性格など……」
「変わるもんだぜ? 案外簡単に、些細な切っ掛け一つで劇的に、な」
最早戦闘能力を失ったこの男には俺を捕縛する力は残されていない。奥の手でも隠し持っていれば話は別だが、俺の見たところではその可能性は低い。
とすれば、俺がこれからすることは一つだ。
「さて、抵抗するなら今のうちだぜ。つってもその腕じゃ満足に武器も握れないだろうがな」
そんな男の前に立ち、俺は告げる。
「尋問(オタノシミ)の時間だ。洗いざらい吐いてもらうぜ」
◆
時間は僅かに遡り、織村が第一アリーナから出て行く直前。俺は千冬と不審な男を発見していた。全身を黒いコートで覆い、帽子とサングラスをかけた男は、丁度俺たちとは反対側の観客席の通路に立っていた。明らかにカタギの人間には見えない。IS学園に侵入した男の目的などは不明だが、俺の直感がアイツはIS学園にとって害なす者だと言っている。
「千冬」
「ああ、私も今見つけた。あの男だな?」
「どうやらこっちには気づかれないように細心の注意を払ってるみたいだけど、この程度の距離で見つからないわけないだろう」
「ふむ……、こちらを誘っているのではないか?」
確かにその考えは一理ある。
通常、あんな格好で大勢の人間の中にいれば嫌でも目立つ。何せ周りには学園の制服を着用した生徒とビジネススーツを着た関係者しかいないのだ。そんな中で真っ黒なコートを着込んでいれば、明らかに浮く。
「あ、織村が追った」
「アイツで大丈夫なのか? 確かにアイツは強いが、如何せん詰が甘い」
男の後を追う織村の姿を認めたところで、千冬が不安げに呟いた。
「ま、今のアイツなら問題ないだろ」
過去の織村であったなら、確かにああいった人間に遅れを取るという可能性は多大にあったことだろう。しかし、織村は今や生徒会役員。『ビッグ4』と呼ばれる人物の一人なのだ。ああいった人間一人対処できなくては、生徒会の名など語ることは不可能だ。
というか、俺としても態々出張ってまで片付ける必要はないと考えていたのだ。最悪の場合は俺も出るが、経験を積ませるためにナタルに行かせてもいいとさえ思っていた。まあ、流石に誰かが同行することになるだろうが。そんな思考の最中に織村が動いたのだ。アイツもこちらに連絡の一つも寄越さないところを見ると一人で片を付けるつもりでいるようだし、無闇に手出しする必要もない。
そんな訳で、俺的に問題なのは織村たちのほうではなく。
「…………」
「…………な、なあに簪ちゃん」
俺の両サイドで火花を散らしている、うちの妹たちの方であったりする。
「……お姉ちゃん、さっきお兄ちゃんからクレープもらってた……」
「そ、それはあれよ。兄さんがもういらないって言うから……」
因みに、要らないなどとは一言たりとも口にしていない。俺が半分くらい食べた所で、姫無が残りを無理矢理持っていったのだ。いや、別に俺はいいんだけども。
というか簪の視線が突き刺さって痛い。『何で私にはくれなかったの?』という含みを持った視線が俺と姫無の両方にグサグサと容赦なく突き立てられる。なんというか、最近簪ってなんかヤンデレ気味になっているような気がして仕方ないんだが。
アレか、これが俗に言う反抗期というヤツなのか。
「……と、ゴメン姫、簪。そろそろ俺の試合開始時間が迫ってる」
「じゃあ私と簪ちゃんは観客席の方に戻るね」
「……頑張って……」
つい数秒前まで啀み合っていたのがまるで嘘のように、妹たちは実に素早く自分たちの席へと戻っていく。こういった所に気を使ってくれるのは俺としても有難い。というか、普通小学生はこんなに物分りがよくないと思うが、やっぱりうちの妹たちは優秀だなぁ。
「楯無の試合は何時からだった?」
「十時半だな」
「そうか。どうせなら私も観戦したかったんだが、そういうわけにもいかんらしい」
「千冬の試合もその後すぐだもんな」
第一アリーナはこれから恐らく最大の観客数を動員することだろう。
何故なら俺、千冬が連続で試合を行うのだから。千冬は既に日本の国家代表候補としての地位を磐石のモノにし始め、俺は言わずと知れた世界初の男性IS操縦者。これで注目されないというのが不自然だ。
「なら俺は控え室に向かう。また後でな」
そう千冬に告げ、俺は静かに控え室へと向かうのだった
◆◆
「こちらM-3。M-17、応答願います」
こちらから問いかけるオペレーターの声に、しかし向こうからの反応はない。
可笑しい。
こんな、こんな筈ではなかった。
織村一華。あの男は短絡的で直情的。自己中心的を絵に描いたような人間であった筈だ。そんな男であれば、少しプライドを刺激してやれば直ぐに捕獲できるものだと高をくくっていた。
それがいけなかったとでもいうのか。
「おい! 応答しろM-17!! 聞こえないのか!?」
「無理です。こちらからの通信は全て向こうから遮断されているようです」
「煩い!! 私に意見するんじゃない!!」
オペレーターの言葉を聞こうともせず、スーツの男はマイクへと罵詈雑言を吐き出し続ける。
全く、使えない上司を持つと苦労させられる。そう思わずにはいられないオペレーターの女性だったが、それを口にしてしまえばどんな末路が待っているのかは想像に難しくない為、決して口には出さなかった。
と、そんな時だ。
これまでこちらの言葉には一切の反応を示さなかった向こう側。砂嵐の雑音しか発していなかったそれの音が、急にクリアになったのは。
『――――あ、あー。聞こえているかな? そこにいる者共』
「ッ!?」
突然聞こえてきた聞き覚えのない声に、スーツの男の身体が強ばる。男からしてみれば、その声には全く覚えがなかった。普通に考えれば、この声の主は織村一華だろう。だが、違う。少なくとも、この声は男のものではない。
であるならば、これは一体誰だ。
『あぁ、こちらを逆探知しようだとか私が誰だとか、そんなチャチな詮索は止したほうが賢明だぞ』
響く声は、男には酷く無機質に感じられた。そして直感する。この声の主は一切の躊躇なく、理由さえあれば人を殺せる人間だと。裏(こちら)側の人間であると。
「……要件は何だ」
『話が早くて助かるね。じゃ、早速だが本題といこうか』
なんとなく、通信機の向こう側で女が不敵に笑ったような気がした。
『――――このトーナメント期間中、そして今後一切。IS学園には干渉するな』
「……ッ!!」
その要求は、男にも容易に想像できたものだった。
しかし同時に、そこは決して妥協できない点でもある。
男とて組織の人間である。それも裏側の。任務を全うできなかった人間がたどり着くであろう最期など、考えるまでもない。
『どうした? 返事が聞こえないのだが』
「グッ……!」
『安心しろ。この要求を飲むのなら確保したこの男も条件付きでだが解放してやる』
向こう側からの声も、男には余り聞こえていなかった。今男の脳内にあるのは自身の保身、たったそれだけだ。どうすれば己の身を守ることができるのか。その一点だけが彼の脳中を支配していた。差し向けた男の安否などどうでもいい。とにかく自身が生き残ること。それが最優先事項だ。
「……分かった。我々は今後一切、IS学え――――」
結局向こうの要求を飲むことが最もいいだろうと結論を出したスーツの男の言葉は、最後まで口に出ることはなかった。
いつの間にか男の背後に立っていた女性が横薙に振るった小太刀が、男の首を綺麗に斬り落としたからだ。
「はぁ。こんなのがウチの上司にいるとか、組織の汚点でしかないわ」
その女性は、つい先程までM-3と名乗っていたオペレーターの女性であった。但し、これまでとは纏う雰囲気が明らかに異なっている。
『……貴様、』
「はろー、何処かの誰かさん」
今しがた人を殺したとは思えないほどに軽薄な声が通信機越しの女へと向けられる。
「そっちに居る男だけど、勝手に処理しちゃっていいよ。もう要らないし。ま、元々使い捨てだったし」
オペレーターの女性――――黒髪を腰辺りまで伸ばした見た目十代後半くらいの少女は、信じられない程にあっさりと言った。
「京ヶ原は――――止まらない」
◆◆◆
「……ッチ」
一方的に切られた通信機を見て、橘杏子は小さく舌打ちした。
京ヶ原。四家の一角。近畿、中国地方を根城にする劔(つるぎ)の家系。
怪しい男を捕獲したという織村の言葉によって格納庫へと赴けば、そこには成程確かに怪しい男が縄で雁字搦めにされた全身黒の男が気絶させられていた。聞けば織村が尋問紛いのことをして気絶させてしまったらしい。これだから尋問や拷問の初心者がやるといかんのだ。こういうのは意識が落ちるか落ないかの絶妙なラインでやるからこそ意味があるというのに。それを織村に言ったら何やら青い顔をされたが。
その後織村をトーナメントへと戻らせ、私は男の胸ポケットに仕舞われていた通信機を使い向こう側へと交渉を持ち出したのだが、最後に出てきた女に強引に通信を切られてしまった。
(あの女……まさか、)
私も直接の面識があるわけではないが、声を聞くだけでも背中に冷や汗が止まらなくなったあの感覚。
あんなものを私に味合わすことができる人間など、この世界に何人もいない。
「京ヶ原、劔……」
このトーナメントはただでは終わらない。そう予感させるには十分な程の大物が、表舞台へと上がろうとしていた。