双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#40 エプロンはその時点でフラグ

 

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 自室に戻れば二秒で唖然

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい会長」

 

「いや待てなんで当たり前のようにエプロン着用で台所に立ってんだお前」

 

 橘教諭に生徒会室で軽く説教されて自室に戻ってみれば、そこには何故かピンクでフリフリなエプロンを装備したドイツの代表候補生、クラリッサ=ハルフォーフが台所でなにやら作業をしていた。

 いやいやちょっと待てよ。然も当然のように居座ってくれているがこの部屋オートロックなんだけど。俺以外に鍵持ってる奴なんていないんだけど。何で普通に室内に居るんだコイツは。

 

「少し待って下さいね。直ぐに料理ができますから」

 

「よし、とりあえず手を止めてこっち来い。不法侵入で罰してやるから、会長権限で」

 

 職権乱用? 馬鹿野郎不法侵入してくるほうが明らかに悪いだろう。IS学園に於いて唯一とも言える安息の地がこうして崩壊させられてしまったのだ、このくらいの事は俺の絶望に比べればどうってことない。というか今すぐにコイツを追い出したい。ただでさえ今日は能力を頻繁に使用して疲れてるんだ。フカフカなベッドと快適な空間で安眠したいんだよ俺は。

 

 というかだ。

 なんだこのクラリッサの俺への態度は。つい数時間前まで『お前なんて認めるか死ね』みたいな態度だった筈なんだが、今やそんな態度は見る影もない。一体この数時間で彼女に何があったというのだろうか。

 

 ……なんだろうな。どうしてか分からないが、途轍もなく嫌な予感がしてならない。

 

「……先ずはどうして部屋の中にいるのか説明してもらおうか」

 

「はい会長、ツヴィーベルズッペができましたよ」

 

「俺の話聞いてるっ!?」

 

 俺の話など全く耳に入っていないように、エプロン姿のクラリッサが小さめの鍋を鍋つかみ着用でこちらに運んで来た。

 

「これはですね、ドイツの伝統的なスープ料理で私の得意料理の一つでもあるんです。材料は」

 

「なぁ俺の話聞いてくれないかな!? 全く会話が噛み合ってないんだけど!!」

 

 クラリッサはテーブルの上に鍋を置き(ちゃんと鍋敷きも敷いてある)、これがどんな料理なのかを得意げに話し始める。ダメだ、全く会話が進まない。これ食べないと済まない流れなんだろうか。確かに得意料理だと自慢気に言うだけあってとてもいい匂いがする。オニオングラタンスープのようなものだろう、じっくり煮込まれた玉ねぎとコンソメの香り、上に乗せられたチーズが食欲をそそる。

 うん、美味そうだ。でも今俺はこれを食べるためにクラリッサに問いかけているのではない。

 

「……どうしてロックを解除出来たんだ?」

 

 先程までとは違い、俺は声のトーンを低くして目の前のテーブルにつくクラリッサに尋ねる。

 雰囲気の違いを感じ取ったのだろう、彼女も次は料理の話を挟むようなことはしなかった。そしてゆっくりと口を開く。

 

「勝手に入ってしまったことは謝罪します。この部屋のマスターキーを貸してくれたのは橘先生です」

 

 ……あの野郎!!

 明日から忙しくなるってこういうことかよ!! 思いっきり災いの種自分で蒔いてんじゃねぇか!!

 

 先程生徒会室で橘が言っていたことをようやく理解した俺は内心であの女への怒りを滾らせる。確かに橘教諭には色々と世話になっているが、マスターキーまで渡した覚えは微塵もない。更に言えばこの部屋には指紋認証やらの面倒なセキュリティがついている。それはマスターキーだけでは解除できないと思うんだが。

 

「あ、それは全部橘先生がやってくれました」

 

 俺にプライバシーってものは存在しないのか。

 IS学園なら国家機密だとか当然極秘情報取り扱ってるんだから生徒のプライバシーくらい守ってもらいたいものだ。

 

「はぁ……、それで? 君が此処に来た理由は一体何なんだ、クラリッサ=ハルフォーフドイツ代表候補生」

 

 頭を抱えつつも話を進めないことにはこの状況は一向に進展しないのでベッドに腰を下ろし、クラリッサにそう尋ねる。彼女もエプロンを外して、静かに頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした」

 

 そう言い、クラリッサはテーブルに頭ぶつけるんじゃないかというくらいに深々と謝罪した。何のことだ? とは口に出さない。これが今までの俺に対する態度のことだと分かりきっているからだ。生徒会長への挑戦状はいいとして、上級生に対する態度ではなかったからな。その辺りを反省しているのだろう、彼女は未だに頭を上げようとはしない。

 

「気にするな……とは言わないけど、とりあえず頭を上げろ」

 

「いえ、しかし……」

 

「そんな体勢じゃ、話を聞きづらいだろ」

 

 なおも頭を上げようとしないクラリッサを宥めつつ、俺は何故彼女がここまでガラリと変わったのかを考える。俺との決闘をするまでの彼女は男なんて認めない、私が最強だ的な思考を持つ典型的な女尊男卑の思考をしていた筈だ。その理由は彼女の左眼だろうが、如何せん度が過ぎていた。確かにそういった狂った学者のような男も極一部いるのかもしれないが誰も彼もがそうではない。

 そういうことを分かって欲しかったから、俺は先の決闘で圧倒してみせたのだ。男でもこれだけできるのだと、理解して欲しかったが為に。

 

 という観点から考えると、今の彼女を見れば俺の企みは成功したように思える。これだけ謙虚なドイツ人は見たことないしな。

 が、しかしだ。これまで十七年、ISの世界で生きてきたことにより培われたらしい俺の第六感が告げている。これはなにかあると。

 

「クラリッサ」

 

「は、はい」

 

「話してくれ、全部だ」

 

「……はい」

 

 そう言うと、ようやくクラリッサはこれまでの経緯を話し始めた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 放課後に行われた決闘後、私は控え室でたった今まで戦っていた対戦相手のことを思い出していた。

 

 IS学園初代生徒会長、更識楯無。

 これまでのデータや噂で強いということは分かっていたが、実際に戦ってみるとその強さを嫌でも思い知らされた。しかも、恐らくあの男は手加減をしていた。私の攻撃を跳ね返したり躱したりはするものの、直接的な攻撃は終盤の蹴りと最後の規格外の攻撃だけ。アリーナを半分吹き飛ばしておいて言うのもなんだが、後から教師の一人に聞いたところによると以前あの攻撃によって第一アリーナが消滅したらしい。

 

 つまりは、私は始めから相手にすらされていなかったということだ。あの決闘を決闘だと信じて戦っていたのは自分だけ。そういえばあの男は最初に言っていたではないか。『これは決闘じゃない、一方的な蹂躙だ』と。

 終わってみれば確かに内容はその通りだ。反論の余地もありはしない。

 

 完全な敗北。勝機すら見出せないそれが、私の前に叩きつけられたのだ。

 

「……何が代表候補生だ、笑わせる」

 

 自嘲気味にそう呟いて、私は控え室の天井を仰ぎ見る。これから私はどうなるのだろうか。これまでに積み重ねてきたものが全て砕け散ってしまった今、私には何も残されてはいない。

 このままいっそ、ドイツへと帰ってしまおうか。当然政府からは見放され、路頭に迷うことになるだろうが今この場から抜け出せるならそれで構わない。

 

「しかし、更識楯無か……」

 

 上げていた顔を戻し、ポツリと零す。

 私が憎んできた男。ISに乗れる男。認めたくはないが、あの男の実力は本物だった。恐らく、現時点で既に世界最強クラスだ。

 あの二千発以上のミサイルや軍事兵器を迎撃した『黒白事件』のデータであの男の強さは把握しているつもりだったが、あれはいくらなんでも規格外すぎる。先ず全ての攻撃が跳ね返されるとは一体どういうことなんだ。その時点でこちらに勝目はないではないか。

 

 いや、そういえば先日見た試合映像の中に、あの男に物理攻撃でダメージを与えていた人間が居たな。確か今は副会長の職に就いている、織斑千冬といったか。彼女もまた、並外れた実力の持ち主だった。日本代表候補性に選出されるだけのことはある。あの人はどうやってあの男に攻撃していたのだろう。映像では近接型ブレードで攻撃しているようにしか見えなかったのだが。

 ダメージを与えたという点では初期の男、織村一華とやらもあの会長に食らわせていたな。何だ、生徒会は化物の集まりなのか。

 

「しかし……強かったな」

 

 私は目の前に突きつけられるまで知らなかった。これほどまでに強い人間がいるということを。

 ドイツで代表候補に選出され有頂天になっていたのかもしれない。こんなことではいつ足元を他の奴らに掬われるか分からない。

 

「私も、あの男のように強くなれるのだろうか……」

 

 ギュッ、と拳が強く握られる。心中で渦巻く感情の正体が何なのか、分からないままに。

 追いつきたい。追い越したい。男である会長に出来るのだ。私にだって、出来ない道理はない。

 

 ドイツ本国からの打診もあって入学したIS学園だったが、当初は私は全く乗り気ではなかった。ISの産みの親である篠ノ之博士がいるというのには多少惹かれた部分もあるが、何故女性にしか操縦できないiSを扱う学園で男が生徒会長を務めているのだ。この学園にはそんな会長に勝てる技量を持った生徒はいないのか。そう思い、この学園のレベルの低さに落胆していた。

 しかし、違った。

 あの男こそが、この学園最強。突出した力を有していたのだ。

 

 ……面白い。

 自然、私の口元は緩んでいた。

 

 この学園に来たのも、実力を高めるためには間違ってはいなかった。どころか、これ以上ない最善の場所だ。

 

「となると、先ずはこれまでの非礼を詫びなくてはな……」

 

 価値観の違いと言えど、あんな啖呵を切ったのだ。しかも下級生が上級生に対して。軍隊であれば体罰ものの行いだ。

 これからどうなるにしても、彼に謝罪を行わなくては始まらない。

 

「だが、ううむ……」

 

 あれほどまで卑下するような態度と言動をしておいて、今更謝罪したところで許して貰えるものではないというのは解っている。だからこそ、彼と顔を合わせるのが余計に気まずく感じて中々ベンチから腰を上げることが出来ずにいるのだ。

 しかし謝らなくては、でもあんなことを言っておいて虫が良すぎやしないだろうか。そんな感情が悶々と心でざわめき合っていた、そんな時だ。

 

「なぁーにやってんだお前はぁ」

 

「ひゃいッ!?」

 

 頭を抱えてうんうん唸っていた所に突然掛けられた声に、私は奇声にも似た声を発してしまった。

 声のした控え室入口へと視線を向ければ、そこには一人の女性が呆れ顔で立っていた。ええと確か、そうだ橘先生。このIS学園の教師の一人で、会長のクラスの担任だった筈だ。

 

「もう模擬戦が終わって三十分は経ってるぞぉ、いつまでそこでよじれてるつもりなんだお前はぁ」

 

 三十分。いつの間にかそれほど時間が経っていたのか。

 

「んん? なんだ、楯無にボッコにされて凹んでんのか。気にするな、アイツはもう人外の領域にいる奴だからなぁ、対抗できる人間なんて生徒会の連中くらいのもんだぞ」

 

「い、いえ。確かに会長は強かったんですが、私が気にしているのはそういうことではなくて」

 

「?」

 

 首を傾げる橘先生に、私はこれまでの自分の態度や言動など、行き過ぎた行動のことを話した。話してどうこうなるということものでもないが、話した分、少し気持ちが軽くなった。

 

 そしてそんな話を聞いた橘先生は、何を思ったのかクスクスと笑い出した。

 

「……なにかおかしいでしょうか」

 

「いやいや、確かにお前の言動は余りあるものだったと思うよ。私もお前が宣戦布告した教室にいたから聞いてたしな。だがしかし……ハハッ、そんなことを気にしていたのか?」

 

「そ、そんなこととはなんですか」

 

「そんなことだよ、楯無(アイツ)にとっちゃぁお前の言動なんて些細なことさ。お前の過去も知ってただろうしな」

 

「なっ……!?」

 

 自身の過去を知っていた、という言葉に思わず声が漏れる。あの男は、私の過去を知っていたのか。だから、この左眼を目の当たりにしても大きな驚愕がなかったのか。

 

「だからなクラリッサ=ハルフォーフ。過ぎたことなんざ気にする必要ないんだ」

 

「……!!」

 

 無意識のうちに、私は橘先生の顔を見ていた。対したことを言われたわけではない。しかし、それでも私は何処かで救われたような気がした。

 

「大体まだ十五のガキが楯無に勝てるわけないだろぉが。身の程ってのを弁えろよなぁ新入生(ルーキー)」

 

「なっ!?」

 

「新入生はどうか知らんがな、二、三年生はこの決闘の結果なんて眼に見えてたんだよ。去年のあの闘いを目の前で観せられてんだからな」

 

「あの闘い……?」

 

「お前も映像くらいでなら見たんじゃないか? 生徒会長を決めるための三人の闘いのことだ」

 

「あ……!」

 

 言われて、私はあの凄まじい戦闘劇を思い出した。アレは決闘なんて言葉さえも生温い、それこそ戦争のような苛烈さを秘めた激戦。

 ブルッ、と今思い出しただけで背筋に冷たいものが伝う。確かに、今私があの中に混じったところで数分、下手をすれば数十秒で撃墜されるこは明白だ。

 

「な、無理だろう」

 

「は、はい……」

 

「だがまぁ」

 

 そう言って話を一旦打ち切り、橘先生は何やら口元を吊り上げる。なんだろう、なにか分からないが私の第六感的なものが危険だと悲鳴を上げているような気がする。

 

「楯無に謝罪して気が済むってんならすりゃあいい。それなりの誠意ってものを見せてなぁ」

 

「誠意……?」

 

 イマイチ理解出来ていない私に橘先生はズイッと詰め寄り。

 

「先ずはその軍隊仕込みの言葉だな。もうちっと女っぽい言葉遣いに直せぇ?」

 

「あの、それと謝罪とはどういった関係が……」

 

「いいから。次は服装だな。楯無って家庭的な子が好きそうだから(杏子の勝手な想像)、エプロン装備でアイツの部屋行け。エプロンの準備と部屋のセキュリティはこっちでやっとくから」

 

 私の意見は完全にスルーされ、なにやら一人で勝手に話を進めていく橘先生。お願いだから話を聞いて下さい。

 ダメだ完全に眼が据わってしまっている。あの悪い笑みは絶対個人的な企てがありそうだ。

 

「ん? どうしたぁ」

 

「い、いえ!!」

 

 ハイライトの消えた瞳で笑う橘先生に、私はただ頷く他なかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

「……というわけでして、」

 

「…………あの野郎……」

 

 一通りクラリッサから事情を聞かされた俺は頭を抱えてあの似非教師を本気で殴りたくなった。

 大体なんで俺の趣向が勝手に設定されてんだよ。あの教師は俺の好感度を地に落としたいのか、そうなのか。だがこれでこのクラリッサの変貌ぶりに合点がいった。全部あいつのせいだ。

 

 でもまぁ、と俺は思考を切り替える。

 クラリッサが少しでも男を認めてくれるようになったのなら、それだけでこの決闘をした甲斐があったというものだ。元々あの性格さえどうにかなればISの操縦技術は高いのだ。直ぐに強くなるだろう。これからの彼女の成長に期待しつつ、俺は口を開く。

 

「分かった。さっきの謝罪は受け取っておく」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ところでその言葉遣い、これからずっとそのままで行くのか?」

 

 ふとした疑問を尋ねてみる。これまでの軍隊のような言葉もキビキビとした彼女によく合っていたが、普通の言葉遣いもなんだか新鮮だ。

 

「一応、そのつもりなんですが、おかしいでしょうか……?」

 

「いや、そっちのほうが新鮮でいいんじゃないか? 女の子っぽくて」

 

「お、女の子っぽい!?」

 

 突如として驚いたクラリッサ。なんだ、なんかまずいことを言ってしまったのか? ただ褒めただけのつもりだったんだが。

 

「(お、女の子女の子……乙女、可愛い、…………好き!?)」

 

 ボンッ!! となにか爆発したような音とともに顔を真っ赤にしたクラリッサが机にうつ伏せに倒れる。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

「(ダメですよ……私たちまだ知り合って間もない……でも愛があれば……)」

 

 なにやらうつ伏せのまま呪文のようになにかをブツブツと呟くクラリッサ。結局この状態から回復するのに一時間かかった。

 はぁ、と小さく溜息を一つ。

 

 こうして、長かった一日は終わりを迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 クラリッサがチョロリッサになりました。

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