前回のあらすじ
クラリッサの左眼が金色だった件について
「よく見ておくがいい更識楯無。これが、私の全てだッ!!」
スクウィージを展開したままで外されたクラリッサの眼帯。その下に隠されていた左眼は金色に輝いていた。
チッ、と俺は内心で舌打ちする。アレは俺の記憶が正しければドイツがIS適正向上のために行なった処置による産物、『越界(ヴォーダン・)の瞳(オージェ)』で間違いない筈だ。原作ではラウラが同じ眼をしていた。
しかし、ラウラの金色の瞳は『越界の瞳』の適合のためのナノマシン移植手術に失敗し、オッドアイに変色してしまった。擬似ハイパーセンサーとして機能するこの瞳だが、確かシュバルツェア・ハーゼの部隊全員が移植手術してるとか聞いた気がする。その辺りは原作でも曖昧だったのでハッキリと断言は出来ないが。
あの瞳を見る限り、クラリッサも後のラウラと同様適合に失敗したということなのだろう。
んん? 原作のクラリッサって多分適合に失敗はしてないよな、失敗してたら出来損ない扱いされてぼっちになってることだろうし。
(まさかこんなところで原作崩壊が起きてるとはな……)
俺がこの世界に絡んだ時点である程度の原作崩壊は考慮していたが、これまでの十七年原作と大きな相違がなかったのですっかり忘れていた。こういう相違だって、当然発生する可能性はある。
これまであった相違と言えば『白騎士事件』が『黒白事件』に変わったくらいだ。
(俺の所為で金色の瞳になっちまったのかな……)
解っている。クラリッサの瞳がああなってしまったことに対して、責任を感じる必要はないということも。例え俺という存在が無くてもああなってしまっていたかもしれないということも。
解ってる、解ってはいる。
頭の中ではきちんと理解している。これは彼女の問題、俺が転生者だと知らない彼女には俺が何を言っても無駄だ。事情を知らない人間が何故そんなことまで知っているのかと糾弾されるのが目に見えている。
しかし。
それでも、俺は内心で小さな罪悪感を拭い去れずにいた。勿論、そんなこと表面上は億尾にも出さないようにしていたが。
あの瞳が失敗作であるものだとしたら、彼女が俺に限らず男を恨んでいる理由はハッキリする。真耶の調査通り、クラリッサの父親と実験に参加していた男たちが原因だろう。
(……ふぅ、らしくないな)
心中で俺はそう思いつつも、根底では既に答えは出ていた。
――――クラリッサを、救おう。
何時までも男を恨み続けるなんて不毛なことをさせるわけにはいかない。少なくともこうして俺の前に彼女が現れた以上、俺はクラリッサを変える。変えなくてはならない。
……なんてまぁ、ご大層な事を考えてはみたが結局の所、俺のやることは当初から何も変わっちゃいない。クラリッサが恨み卑下するような低俗な輩は極一部で、そんな男ばかりではないということを理解してもらえばいい訳だ。つまり、自身よりも優れた男が居るということを認めればそれで問題は解決。万事円満に終わる事が出来る。
差し当っては――――
「クラリッサをぶちのめせばいい」
この鬼畜発言は一般回線だったために管制室で待機していた千冬や真耶、果てはクラリッサにまでバッチリと聞こえていた。
「……ほぉ、この状態の私に勝つだと? 貴様今置かれている状況が理解出来ていないようだな」
「俺が今置かれている状況なんかには興味はない。それよりも、そんな無防備な状態で空中に静止していていいのか?」
「ハッ、一体何を言って――――」
そこで、クラリッサの言葉は途切れることになる。
「そんなたかだか上空五十メートルは、俺の射程圏内だと言っているんだ」
「!!?」
地上からクラリッサを見上げていた俺は足の裏にかかるベクトルを操作し、一瞬にしてクラリッサの目の前にまで跳躍する。そしてそのままベクトル操作された蹴りが、クラリッサの腹部に突き刺さる。
「ガ……ッ」
蹴りの威力そのままに吹き飛ばされたクラリッサが観客席上部の内壁へと叩きつけられる。くぐもった声が漏れ出す。ふむ、これでシールドエネルギーは粗方削れたな。ウィンドウを見ればクラリッサの残りシールドエネルギーは五割を切っていた。
なんとか立ち上がりこちらを睨んでくるが、俺からしてみればただの強がりにしか見えないな。
「どうしたドイツ代表候補生。まさかこんな、たかだか(・・・・)一介の男に、そう簡単にやられはしないよな?」
「貴……様ッ……!!」
安い挑発だ。我ながらそう思うが、怒りで正常な思考能力を欠いているクラリッサには効果は充分だった。彼女はスクウィージを駆り、一直線に俺の方へと向かってくる。
「何の策も無しに突っ込むのは愚の骨頂だ」
「私を嘗めるなよ、更識楯無ッ!!」
金色の瞳がこれまで以上に見開かれる。同時に展開される左右の装甲。機体内部から取り出されたのは、俺が見たことのない武装だった。外観はスナイパーライフルに酷似している。しかし、遠距離型の武装をこれでもかと詰め込んでいるスクウィージには今更スナイパーライフルなど無用の長物でしかないだろう。
となれば、あれはこれまでの武装兵器とは何かが異なるということか。
数瞬のうちにそう結論を出した俺は反射が展開されていることを確認し上方から迫るクラリッサを見上げる。
確実な勝利を取るならば、どんな兵器なのか解らないあのスナイパーライフルに似た武器を使わせないのが最も最良な手段だろう。彼女があの越界の瞳を使って使用する兵器だ。恐らくアレを打ち破ればクラリッサにそれ以上の戦力はない。
しかし、それではまだ彼女を救うには不十分だ。
彼女が男を嫌うその根本をどうにかしなくては、これから先彼女にとっても俺にとってもメリットはない。
だから、ぶつかる。
正面から。彼女の最強の攻撃を打ち破る。
「喰らえッ!!」
構えられたスナイパーライフルから放たれたのは、銃弾ではなかった。
銃口から放たれたのは線を引くようにして白く輝く熱線。
(アレは……、荷電粒子か!!)
クラリッサが構えていた武装、荷電粒子砲。
砲弾としても用いられる荷電粒子を、粒子加速器を使い加速させ発射する兵器だ。あのスナイパーライフルのような細身の銃身に加速器が備わっているとは思えなかったが、しかしどうやらアレは荷電粒子砲で間違いないようだ。
だがまぁ、荷電粒子砲だからといって何も慌てふためくこともない。俺はそれを反射によってそっくりそのまま弾き返す。
辿って来た軌道とは今度は逆方向に進路を変えた荷電粒子が、クラリッサへと襲いかかる。
「なっ、これも跳ね返されてしまうのかッ!?」
「俺の反射を打ち破りたければ、未元物質(ダークマター)か木原神拳でも修得してくることだな」
「はッ――――?」
直後、自身が放った荷電粒子砲がクラリッサに直撃した。ふむ、モロに喰らったな。流石にこれまで反射されるとは思ってなかったか?
彼女の瞳は擬似ハイパーセンサーの役割をしているが、ISの動きなら一挙手一投足分かっても俺の場合は全く意味を為さないし。俺はただ執事服着てるだけだからな。
(終わった、か……?)
襟元を直しつつ、荷電粒子砲が直撃したことで地上に叩き落とされたクラリッサのほうへと視線を移す。砂埃が辺りに漂うが、どうやらまだ僅かながらにシールドエネルギーは残っているようだ。微かに砂埃の向こうからもスクウィージの稼動音が聞こえる。
するとそんな周囲の砂埃を薙ぎ払うかのように熱線が放たれた。荷電粒子砲だ。
俺はそれを反射させず身体を右にずらすことで避ける。別に反射しても良かったんだが、彼女にはこのほうが堪えるだろう。
「戦意は衰えていないようだな、クラリッサ=ハルフォーフ」
「負けぬ……、私は、決して男などには負けないッ!!」
……はぁ。俺は内心で溜息を一つ。彼女の男に対する価値観は、一筋縄では変えられないらしい。俺も簡単に事が済むとは考えていないが、一体どうしたらここまで男を卑下できるのか聞いてみたいものだ。
――――仕方ない。
本当は使わないつもりだったが、彼女に男をある程度認めさせるには多少の荒療治が必要だと判断した。
とりあえず、威力は最低限に抑えてこのアリーナを破壊してしまわないように気をつけないとな。俺は管制室に待機している千冬へと回線をつなぐ。
「おーい千冬」
『ん、どうした楯無。一方的な蹂躙とやらはもう済んだのか?』
何やら刺をふんだんに含んだ言葉が返って来た。多分そんなこと言っておいて二十分近く戦ってることを言ってるんだろうな。いや俺は全くの無傷だから一方的な蹂躙というのも間違ってはいないんだが。
「いやそのことなんだけど、ちょっと俺本気出すから」
『はぁ……ってまさか楯無、アレをやる気か!?』
流石は千冬、今の会話のやり取りだけで俺が一体何をするつもりなのか理解したらしい。だからこそのこの慌てようなわけだ。
「そんなわけだから、もしヤバそうだったら避難誘導とかよろしくな」
『オイちょっと待て楯無!! こんな大勢の生徒がいる中で――――!!』
プッ、と回線を遮断した俺はクラリッサを見据え、小さく口元を吊り上げる。
「さて、クラリッサ=ハルフォーフ。そろそろ御戸開きといこうか」
「世迷言を、貴様如きに負ける私ではないッ!!」
叫ぶクラリッサを視界に捉えたまま、俺は両手を頭上に掲げる。
――――さぁ、行くぞドイツ代表候補生。
「……圧縮、圧縮、圧縮。空気を、圧縮……!」
掲げられた両手を中心に、不自然な空気の奔流が形成され始める。
それはまるで、引力に吸い寄せられかのように。風が一点に集まり、凝縮されていく。
「な……ッ、なんだ、それは……!」
驚愕に染まるクラリッサ。無理もない、普通の人間にこんな芸当が出来る訳がないのだから。ISを駆るクラリッサでさえ不可能な芸当だが、生憎俺は普通の人間ではない。某都市で最強と呼ばれた少年の頭脳とその能力をこの身に宿しているのだから。
俺の両手の先に集められていた風は、やがて一つの形を作り出した。
――――高電離気体(プラズマ)。
「こんなものが、人間に作り出せるのか……!?」
作り出せるんだな。一方通行の能力を持つ俺は、大気に流れる風のベクトルを掴み取ることも可能だ。
使い方を間違えば危うく世界を滅ぼすことだってできてしまいそうな程に強大な能力だ。今更ながらこの能力のチートさを今一度実感する。
「終わりだ、」
瞬間、圧縮し続けた高電離気体(プラズマ)が、アリーナの中心で炸裂した。
◆
「すみませんでした……」
「お前こっちの身にもなってみろってんだよ楯無ぃ。私はお前の尻拭いするために教師やってんじゃねえんだぞぉ?」
クラリッサとの決闘があったその日の夜、生徒会室で俺は橘教諭に頭を下げていた。
その理由は明白、俺の前に並べられた書類が全てを物語っている。
「第二アリーナ半壊、被害総額一億一千万。観客だった生徒たちは織斑が緊急避難させたおかげで奇跡的に全員無事だが、一歩間違えれば大惨事だったぞぉ?」
「いや、でもそれはあらかじめ千冬たちにその旨を……」
「口答えすんな」
スパンッ、と軽快な音を立てて出席簿が俺の頭に振り下ろされた。
「楯無ぃ、生徒会長って役職に就いてんなら、もっと考えて行動しろよぉ」
「はい……」
暗に『私の仕事増やすんじゃねえよこの野郎』と言っているように聞こえなくもないが、ここは俺が全面的に悪いので再び頭を下げる。確かに軽率だったと思うしな。流石にアレはやりすぎたとプラズマを放ってから若干後悔したし。
「よし、ならさっさと自室に戻れ。明日からまた忙しくなりそうだしな」
「……はい?」
「ほら帰った帰った」
手で帰るように促された俺はそのまま生徒会室を後にし、寮へと戻って行った。
最後のあの言葉が少し引っかかったが、聞きそびれてしまい結局聞けずに自室である女子寮の隣に建てられた俺だけの部屋の扉を開ける。
「あ、お帰りなさい会長」
「おうただいま」
靴を脱ぎ、ネクタイを緩めて制服を脱ぎ――――
「は?」
――――かけたところで俺はようやく気がついた。
いや、あまりにも自然と声を掛けられたので違和感が消滅してたんだ。
というかだ。
「なんでお前がエプロン姿で台所に立ってんだッ!?」
そこにはピンク色のエプロンを装着したドイツ代表候補生、クラリッサ=ハルフォーフが立っていた。