前回のあらすじ
決闘開始となにやら巻き込まれフラグが建った織村
「……ふむ」
アリーナ上空に設置された管制室で、私は小さく息をついた。生徒会長である楯無とドイツ代表候補生であるクラリッサ=ハルフォーフとの決闘が始まって十分。私は正直言ってクラリッサの実力を計り違えていたようだ。試合内容はともかくとして、あの楯無に十分も持ち堪えているのだから。
チラリと横目で真耶を見てみれば恐らくは同じような感想を抱いているのだろう。目に見えた驚愕こそ伺えないが、私のように若干アリーナへと向ける視線が変化している。
「先輩」
「ああ、中々どうして、粘るじゃないかあのドイツの小娘は」
「でもアレ、どう見ても会長が手を抜いてますよね?」
「全くだ、試合前に一方的な蹂躙だとか吐かしておいて始まってみればコレだ。が、確かにこれは相手からしたら蹂躙されてるに等しいだろうさ」
「?……」
「見てれば直に解るさ。そら、そろそろドイツの小娘が痺れを切らすぞ」
イマイチ楯無の戦法が理解できていない真耶にそう言って、私は再び眼下のアリーナに視線を落とす。
そこには飄々と攻撃を躱し、反射する生徒会長と歯を食縛るドイツ代表候補生の姿があった。
◆
「生徒会に、入れろだぁ?」
そのあまりに突拍子もない発言に、俺は思わず聞き返してしまった。
いや、そりゃ言葉の意味は理解出来てる。なんてたって俺はあの第二位の演算能力を備えてんだからな(別に普通の人間でも理解は出来る)。だが問題はそこじゃねぇ。どうしてコイツが生徒会に入りたいのか、その理由が問題だ。一体何を狙ってやがるんだ?
「そ、だからこうして織村先輩に直々にお願いしにきたんだけど」
「その胡散臭い笑顔やめろ」
そこいらの男どもなら見惚れるくらいの笑顔で言われてもな、生憎俺にはそんな戦法は通用しねえぞ。
「へぇ、てっきり女の子には弱いものだと思ってたのに」
「舐めんなよガキ、IS学園(ここ)にどれだけ女が居ると思ってやがる」
「ふぅむ、それもそうよね」
しれっとしたナターシャに、俺は若干の苛立ちを感じながらも毅然とした態度を崩すことなく対応する。
「……で? 生徒会に入りたいっつう理由は何だ?」
「うん? 生徒会長さんとお近づきになりたいから」
「はぁ!?」
「ダメかな? ほら私だって一応はアメリカ代表候補生なわけだし、実力が求められる生徒会の中でもやっていけると思うんだけど」
むしろ私を生徒会に入れない手は無いでしょ、と言わんばかりに自らを売り込んでくるナターシャ。いやコイツは馬鹿なのか? そんな道理がまかり通る訳ないだろうが。そんなんだったら生徒会の人数大変なことになっとるわ。
確かに生徒会ってのは任期制だから何れは後輩たちに後を託すことになるが、それは任期終了の秋であって今じゃない。特例を作ってはいけない、と言うわけではないが(というか生徒会が発足してまだ半年なので特例もくそもない)、それを決めるのは教師や会長職に就いている更識であって間違っても俺ではない。
つまり、俺に言い寄られてもどうすることもできないのだ。
「生憎だが、そういう自薦じみたことで簡単に生徒会員を増やすようなことはしねぇし役職も足りてるんでな」
というわけで面倒なことになる前にこの話は打ち切り、ナターシャから離れたほうがいいという結論を出して俺はその場から立ち去ろうとする。
が、しかし。そうは問屋が卸さなかった。
「はいストップです織村先輩」
「げふッ!?」
思いっきり首根っこを引っ掴まれて捕縛された。
「そんなつれないこと言わないで下さいよぉ。絶対私を生徒会に入れておいたほうが都合が良いですよ? こう見えても私役に立ちます」
「いや先輩の首根っこ鷲掴みしてる時点でどう見ても役に立つとは思えねえよ!!」
こいつホントに十三歳かというくらい強い力で取り押さえられてしまった俺は仕方なく話だけ聞くということで解放してもらい、今一度席に座りなおす。
「……で? なんで生徒会長とお近づきになりたいんだよ。こういう言い方はなんだが、ただの興味本位だってんなら悪いことは言わねぇ、止めておけ」
「どうしてですか?」
意味が分からない、とでも言いたげに首を傾げるナターシャ。どうやら彼女は分かっていないらしい。今自分がしようとしていることが、どれほど無謀なことなのかを。
まず、基本的に生徒会のメンバーは日本人で構成されている。勿論、海外国籍の人間を生徒会に入会させてはならないなんて規則はどこにも記されてはいないのでナターシャであろうが他の国の人間であろうがその実力さえ証明することが出来れば生徒会に入ることは出来るだろう。
しかし、此処で問題になってくるのが海外国籍の人間が入ることによって生じる国の間の摩擦だ。何しろ生徒会には俺と更識、二人しかいない男性IS操縦者が漏れなくいるのだ。特に謎の多い更識の『黒執事』のデータなんて各国からしたら喉から手が出るほど欲しい情報だろう。
当然、生徒会に入った場合はそんな更識や俺との関わりが多くなるわけだ。そうなれば自然その国とパイプが形成され、他国よりも優先的にデータが回る可能性が発生する。
そりゃ俺も更識もそんな無責任なことをするつもりはないが、他国から見れば面白いものでは無い筈だ。
故に現在の生徒会メンバーは全員日本国籍を持つ生徒で構成され、余計な摩擦を生じさせないようにしてるってわけだ。
そんな訳で、ただの興味本位からくる発言なら、俺はコイツを生徒会に推薦する訳にはいかないし、そのつもりもないのだ。
「私は本気ですよぅ」
「本気だってんなら……」
俺は視線をナターシャからアリーナへと移し。
「その本気ってのをうちの会長に見せるんだな」
直後、アリーナ中心で衝撃が駆け抜けた。
◆◆
「くッ!!」
装備した大型のブレードを振り回しながら、私は歯噛みした。
この決闘が始まってから早十五分、私は一度たりとも目の前の男に攻撃を命中させられないでいた。否、命中はしている、している筈だ。
しかし、その全てがまるで鏡のように跳ね返ってきてしまうのだ。当然のように男に傷はない。
「息が上がっているんじゃないか? クラリッサ=ハルフォーフ」
息が上がるなんてISに搭乗している間はあり得ない。皮肉っているのだ、この男は。
ギリッ、奥歯を噛み締める音が自分の耳にも届いた。……どこまで私を愚弄する気だ、貴様は!!
「おおああああッ!!」
肩口に装着されている最新鋭のミサイルを発射し、多角的にあの男を狙う。幾ら強かろうが所詮は人間、必ず何処かに隙は有るはずだ。それを見つけることが出来れば、勝機はある!!
だが。
そんな私の企ては、瞬く間に瓦解することになる。
「ッ!?」
前後左右上下、全方位からの攻撃であるはずのミサイルは、一発残らず跳ね返され、迎撃されてしまった。
なんだあの動きは、あんな動きがISで出来るものなのか? 少なくとも私のこの機体では不可能なほどの加速、機動力で翻弄されてしまう。
これでは埒があかない。この状況を打開するには、やはり奴を出し抜けるほどの武装が必要だ。
「……よもや、こんなところで使うことになるとはな」
私はアリーナの地に立つ男を見下ろし、空中で静止したままとある武装を起動させる。本来ならばこれはまだ未完成どころか欠陥品もいいところの代物で、自分にも反動が多大にかかるために多用は控えなくてはならないものだ。
だが、もうそんな甘いことは言っていられない。私はなんとしてもこの男に勝たねばならないのだ。生徒会長の座など正直どうでもいい。それよりも、自分の上に男が立っているという事実が私は許せないのだ。
七年前、私は親に捨てられた。母親が病気で亡くなった後すぐのことだ。父親は元々気性が荒いところがあったが、母の死を境にそれがより顕著に表れるようになった。
私が何かをしでかしたわけじゃない。ただ父が私の存在を気に食わなかった、それだけ。たったそれだけの理由で、私は僅か八歳にして路頭に迷うことになったのだ。その頃は怒りよりも、ただ悲しさが私の心中を埋め尽くしていた。
毎日を生きることに精一杯だった私を救ってくれたのが、今現在も私が所属しているドイツ国軍の軍隊だ。
しかしそこでも、私は男に対して絶望を抱くことになる。
ドイツの軍隊に拾われてから四年、私が十三歳になった頃だ。突然、軍事施設で働く研究者たちに呼び出され、見たこともないような部屋に通された。
丁度そのころ世間では篠ノ之博士が宇宙空間での活動を想定して開発、設計したマルチフォームスーツであるIS(インフィニット・ストラトス)なるものが発表され、女性にしか操縦できないという欠陥を抱えながらも世界の軍事形態を一変させた。私はその欠陥はむしろ好都合だと考えていた。女性にしか操縦できない、つまり軍事面において絶大なる戦力となるのはこれからの時代、女性となるからだ。今までのような男ばかりが社会にのさばる姿を変え、女性の地位向上に繋がるならば、これ程嬉しいことはない。
そんな中で通された、全く見覚えのない部屋。これまでの四年間、決して入ることを許されなかった部屋なのだから内部を知らないのは当然と言えば当然なのだが、それでも何か得体の知れない不気味な雰囲気に私は戸惑った。そんな私の肩を、先導していた研究者の一人が叩く。
『これから君には、ある実験に参加してもらおうと思うのだ。クラリッサ=ハルフォーフ軍曹』
『ハッ、してその実験とは一体なんなのでしょうか』
『なに、大したことではないんだ。ただの簡単な検査のようなものだよ。直ぐに終わるから時間は取らせない』
そう言うと研究者たちは何やら奥からカラカラとカートのようなものを押してきた。そこにあるのは、幾つかの試験管とビーカー。その中に、何か解らないモノが浮いている。
『クラリッサ=ハルフォーフ軍曹、君のIS適合値はなんだったかね』
『Bでありますが』
『ふむふむ、そうか。……もっと上を目指したくはないかね?』
『はい……?』
突然の研究者の言葉。私は意味が解らずつい素っ頓狂な返答をしてしまった。もっと上とは、一体どういう意味なのだろうか。階級のことを言っているのではないということは理解出来るが、ISの適合値なんて直ぐに上がるものでもなければ、そうそう変動するものでもない。
『君のISの適合性を、向上させる手段があるのだよ』
『なッ……?』
信じられない話だ。元々備わっているものを、更に向上させることなど出来るのか。
『なに、心配はいらん。なにも君だけがこの実験に参加するわけではないからな。これはドイツから下された正式な実験だよ』
初老の研究者はカートの上に並べられた試験管のうち一つを持ち上げ、私の方へと差し出してくる。試験管の中には形容しがたい色をした液体と、小さな粒のようなものが浮遊していた。
『これを飲み干すだけでいい。そうすれば、君は更に強くなれるぞ』
強くなれる。この時の私は、その言葉に惑わされてしまっていたのだ。今考えてみればこんな実験、ドイツが許す筈がない。正式な通達があるのなら、あんな実験室で行う必要など無かった筈だ。
だがこの時の私は、そこまで考えられなかった。目の前にそれを出され、つい手を出してしまったのだ。
それが私の、最後で最大の過ちだった――――。
……あの時の過ちの代償に頼ることになるとは、世界とはなんと皮肉なものなのだろうか。
否、最早何も言うまい。私はそれだけ世界が残酷で、無慈悲であるということを知っている。少なくとも、目の前のこの男よりは。
「……よく見ておけ更識楯無」
私は自らの左目に当てられていた眼帯を勢いよく外し、これまで閉じられていた左目を開く。
「これが、私の全てだ――――ッ!!」
その瞳は、金色に輝いていた。