前回のあらすじ
今年の新入生は一癖も二癖もありそうな予感
「ドイツ代表候補生のクラリッサ=ハルフォーフにアメリカ代表候補生のナターシャ=ファイルス、ねぇ……」
俺は教室へ向かう道すがら、先程生徒会室で目を通した彼女たちのことを思い出していた。
ドイツの代表候補生であり、同時に軍人でもあるクラリッサ=ハルフォーフ。
アメリカの代表候補生であり、十三歳という若さでありながらIS学園への入学を許可された天才児、ナターシャ=ファイルス。
どちらも俺の原作知識の中に存在している人間、つまり原作キャラ達だ。彼女たちがどんな性格をしているのかまでは覚えていないし、そもそもそんな描写されていなかったのかもしれないが原作キャラと関わるということは色々と面倒なフラグを建てるということを意味している。千冬や束、それに真耶の時もそうだったが、俺ってなんかそういう厄介事に巻き込まれる属性でも備わっているんだろうか。
……備わってんだろうなぁ。
「はぁ……、どうしたって俺は巻き込まれちまうわけか」
そんなこと、この世界に転生して千冬と束と出会った時点で分かりきっていたことだ。ISの世界で、現在二人しかしない男性操縦者となりIS学園で生徒会長となった。よくよく考えてみれば、これって完全に巻き込まれに行っているような形だ。
俺はそんな自分の性格に溜息を漏らしながら教室の扉を開いた。
「お、楯無いいところに来たじゃねぇか。ちょっと前に出てお前進行役やれ」
「自分でやれ」
「なんだとう楯無この野郎。生徒会長だからって調子乗ってんじゃねぞコンチキショウめっ」
「真昼間から一杯やってんじゃねえよこの野郎」
扉を開いた途端に飛んできた言葉に俺はげんなりしながら答える。
「クラス代表決めることくらい担任がするべきでしょうが」
「うるへいっ。私がやるよりお前がやったほうが早いんだから効率を重視するならお前がやるべきだろ~」
そう口を尖らせながらぶつくさ言っている黒縁眼鏡を掛けた女性に俺は大きな溜息を再び吐き出した。
教室のすみに椅子を出して座っている女性、このクラスの担任である橘(たちばな)杏子(きょうこ)は既にクラス代表を決めるための話し合いを進めることを放棄して俺に丸投げするつもりらしく、窓の外を見ながら鼻歌を歌っている。
この橘杏子という教師、今の会話の流れからも分かるように見事に見た目を性格が裏切ってしまっている。外見だけを見れば艶のある肩程までの黒髪に知的な印象を与える黒縁眼鏡、スラッとしなやかな体躯に白のスーツがとても良く映える、言ってしまえば『ものすごくデキそうな人間』に見えるのだ。
…………あくまでも見た目は、の話だが。
いや、実際に能力的には申し分ないんだけど。前職が技術者だってこともあってISの理論にも精通してるし、束程とはいかないまでも間違いなくこのIS学園でトップクラスの頭脳と能力を持ち合わせてるだろう。
しかしそれだけに、この性格が残念でならない。
外見だけならば美人の部類に入るというのに二十代後半になっても婚約者はおろか彼氏すらいないのは100%このだらけきった性格が原因だ。
故に彼女は生徒間で密かに『残念美人の代名詞』などと囁かれているが、本人は全く気づいていない。
閑話休題。
仕方がないので、橘教諭に代わって俺がクラスメート達の前に立ち進行を任されることに。本来なら職務怠慢だとかで抗議の声を上げるところだが、橘教諭には色々と(・・・)お世話になっていたりするので渋々口を開く。
「ふむ。というわけで進行を任されたわけだが、誰かクラス代表に相応しいと思う人は居るか? 自薦他薦は問わない」
「会長がやればいいんじゃない?」
一人の女子がそう発言する。それに呼応するようにクラスの何人かが俺の名前を出すが、
「生憎と生徒会とクラス代表は兼任できなくてな。というわけで俺の他にも織斑への推薦も無しだ」
このクラスには俺と千冬、束の三人が固まっている。束だけは整備科なので通常ならば違うクラスになるところだが、そこは束本人が学園長に直談判したらしい。なんでも整備科で授業やってやるからこのクラスにしろってせがんだとかなんとか。束本人に聞いてみても毎度はぐらかされるので俺も正確な理由までは分からないが。
「うーん……、じゃあ布仏さんとか」
「里虹(りこう)か」
俺は発言した女子に反応して、指名された生徒へと視線を移す。
廊下側の一番前の席、そこには黒髪ロングの清楚な少女が座っている。
布仏(のほとけ)里虹(りこう)。
苗字から察しがついているかもしれないが、うちの更識に代々仕えている布仏家三姉妹の長女だ。
一応名目上は俺の従者、ということになっているが俺はこれまで里虹に主人と従者というような態度で接したことはない。というか俺には生徒会長になるまで従者なんて居なかった。
いや、居なかったと言っては語弊があるかもしれない。俺が従者をつけることを拒んできたのだ。だってそうだろう? どういうわけか知らないが従者は漏れ無く皆女なのだ。対して俺は男、これで抵抗を持つなというほうが無理がある。
という理由でこれまで従者を持つことなく生活してきた俺だが、流石に楯無を継ぐのに従者を付けないというわけにはいかないと親父に諭されこうして里虹が従者となったわけなんだが。
「里虹、クラス代表をやる気はあるか?」
「主人(あるじ)がやれと仰るのならば」
……なんというかまあ、従順すぎるんだ。
絵に描いたような従者の鏡。
ほんとなんでこんな硬い人間になってしまったんだか、昔は一緒に仲良く遊んだりもしたはずなんだけど。公私混同しなさすぎってのもなんだか複雑な気分だ。
いや、実際は俺が以前従者を付けるのを拒んだからだと判っている。それまで里虹は従者とはかくあるべしで育てられてきたのだから、突然従者は要らないと言われては戸惑うだけでなく、ショックも大きかったことだろう。
故に俺は彼女を従者としてではなく、一人の少女として接し、少しでもこの学園生活を送ってもらおうとしていたのだが、自身が生徒会長という座につき里虹を正式な従者として迎え入れてしまったことで、それも難しくなってしまった。
せめて、虚ちゃんや本音ちゃんには姫無や簪と友達みたいな関係でいるように言っておこう。俺と里虹のような主従関係には、なって欲しくない。
「……ならとりあえず里虹も候補に上げるとして、誰か他に――――」
「会長ッ!!」
俺が言葉を言い終わる前に、勢い良く開かれた扉から先程まで顔を合わせていた真耶が飛び込んできた。その様子から余程の緊急事態が発生したのではないかと思考を巡らせる。
「どうしたんだ」
「た、大変なんです!! 彼女が……」
「彼女?」
「私だ」
聞き覚えの無い声が自身の耳に届いたのと、真耶の背後から見たことのある人間が前に出てきたのとはほぼ同時だった。
黒髪のショートカット、IS学園の制服には余りにも不釣合いな左目の眼帯。先ほど資料で見た姿と寸分違わぬ容姿の少女が、教室の入り口に堂々と立っていた。
「……新入生が三年の、しかも俺の所に一体何の用かな」
取り出した扇子をパンッと叩いて新入生――――ドイツ代表候補生であるクラリッサ=ハルフォーフへ尋ねる。
そんな俺に対し、クラリッサは鋭い眼光そのままに、
「貴様が生徒会長、あの黒執事だそうだな」
「ああ」
「……認めんぞ、私は貴様如きが最強であるなどと、決して認めるものか」
「…………」
「勝負しろ更識楯無。男の貴様に、引導を渡してやる!!」
俺から視線を逸らすことなく堂々と宣戦布告してきたこの少女、何か裏がありそうだが、なんか思いっきりラウラと被ってるような気がしてならない。
しかしまぁ、俺が生徒会長という座に就いている以上誰からの挑戦も拒むことはしない、というか出来ない。
……はあ。俺は内心で溜息をついて、しかしそれを表には噯にも出さずに飄々としながら彼女に答えた。
「いいよ、その決闘受けようじゃないか」
流れるような動きで開かれた扇子には『来る者拒まず』の文字。
だがしかし、と俺は付け加えて。
「あまり俺を、生徒会をナメないほうがいい。……じゃないと痛い目見るぞクラリッサ=ハルフォーフ」
挑戦者からの宣戦布告に、俺は不敵に笑ってみせるのだった。