ご了承ください。
前回のあらすじ
越えちゃいけない一線を越えたような
「ふぁー……」
ピピッ、と鳴る目覚ましを止めて俺は布団からゆっくりと起き上が――――
「またか……」
――――ろうとしたところで、何故か身体が非常に重いことに気が付いた。最早何を言ってもムダですと言わんばかりの我が妹、姫無の寝顔が俺の胸あたりに乗っかっているのが原因だ。
「おーい姫無、起きろー」
すやすやと可愛い寝息を立てながら眠る姫無を起こすのはなんだか気が引けたが、今日からはそうも言っていられないので肩をゆすってやる。
「ふぁ……」
「おはよう姫無、朝だぞ」
俺の上で眠っていた姫無はまだ睡魔を振り払えていないのか眠たそうに目を擦りながらゆっくりと起き上がる。
ああ、可愛すぎて死ねる。リアルに。
「おふぁよう兄さん」
「おはよう、はやく居間に行くぞ。今日から新学期なんだから」
そう。今日は四月一日。
何を隠そう今日から新学期が始まるのだ。IS学園も姫無や簪の通う小学校も、今日の午前中に入学式が行われ午後からは直ぐに授業が開始される。
ならばこんなに朝早く(現在午前六時半)起きなくてもゆっくりでいいじゃないかと思うかもしれないが、生憎俺はそういうわけにもいかないのだ。
それは何故か。
「おはよう」
「おはよう形無、早いな」
「言っただろ親父。俺も入学式に出席しなきゃいけないんだよ」
居間では既に親父が新聞を広げており、台所のほうからは味噌汁の匂いがする。簪の姿が見当たらないがきっとまだ寝ているんだろう。ちなみにまだ眠たいらしく、姫無は制服に着替えた俺の袖の裾をちょこんと掴んでうとうとしている。
「しかし大変だな、朝からもう出て行かなくちゃならんとは……」
広げていた新聞を折りたたんで脇に置いた親父は一拍置いて。
「寂しいぞ形無ィィいいいい!!」
ああヤバい。また親父に変なスイッチが入ってしまっている。帰省して学園に戻る度にこんな有り様だから慣れたと言われれば確かにそうなんだが……こうなった親父を宥めるのはとてつもなく面倒くさいんだ。
「だぁぁああッ!! 鬱陶しいわ!! 毎回毎回この流れやらねぇといけないのかよッ!!」
「あらあら。またですか?」
俺と親父が暑苦しい絡み合いをしていると、台所のほうから朝食の準備を終えたらしい母さんがパタパタとやってきた。
「ちょ、母さんこのダメ人間をどうにかしてくれ!!」
「あらダメよ形無さん、そんなでもあなたの父親なんですからね?」
「いや母さんそれフォローになってないから!?」
頬に手を添えてニッコリとそう言う母さん。なんだか最近更に天然具合に磨きがかかってきている気がするのは俺だけだろうか。
「それよりも朝食ができたんだけど、形無さんは食べる時間なさそうね」
「は?」
「だってほら」
母さんに指し示された方向に顔を向ける。そこには壁掛け時計。それはいい、問題なのはその時間だ。
「げっ!? もう七時回ってる!!」
親父と余計なことをしていたらあっという間に時間が過ぎ去ってしまっていたらしい。既に家を出なくてはいけない時間になっていた。
くそ、これからまた暫くIS学園での生活になるから母さんの手料理が食べられなくなるってのに。せめてご飯と味噌汁だけでもと俺は数秒でかきこんで合掌し、勢いよく居間を出る。既に必要な物は玄関に纏めておいたのでそれを引っ掴み、扉を開いて俺は自宅を後にした。
「……行きましたね」
「だな、寂しくなる」
息子が去って行った居間で、夫婦は静かに会話していた。
「もうすぐ一年です、そろそろ形無さんも慣れないといけないんですけどね」
「アイツは自分の名前が気に入っているからな。本人にも自覚はあるが、家族にはこっちで呼んでほしいんだろう」
「あらあら。まるでもう隠居したみたいな口ぶりに思えますよ、『笄(こうがい)』さん」
「間違いじゃないだろう?」
「ふふ、そうですね」
◆
「間に合った……」
IS学園の門をくぐり、入学式が行われる体育館に辿り着いた俺は携帯で時間を確認し遅刻していないことにホッと一息つく。新学期初日から遅刻なんてしたら、彼女に何て言われるか解ったもんじゃない。
いや、実際には解るが恐らく物理的なナニカが襲いかかってくることになりそうだから想像したくないのだ。
「遅刻ギリギリだぞ」
不意に背後から掛けられた声に俺の肩はビクゥッ!! と上下に揺れる。
おそるおそる振り返ってみると。
「……は、早いな千冬」
「お前が遅いんだ、集合時刻二分前。他の生徒会メンバーは皆とっくに来ているぞ」
そこにはいつめんであり、俺の最愛の人、織斑千冬が立っていた。手には入学式に関する資料が握られていることから、もう打ち合わせは終わってしまったのだろう。集合時間はまだな筈なのに、というか俺がいないのに勝手に進行したのかよ。
「わ、悪かったよ」
ご立腹の千冬にそう謝ると、千冬は大きな溜息を吐き。
「……私はお前を少し甘やかしすぎているのかもしれんな」
「いや甘やかされた覚えは全くねえよ」
「む。……まあいい、あと一時間もすれば入学式が始まる。しっかり話す内容を復習しておくこと」
「分かってる。千冬もちゃんと開式の挨拶しろよ? 副会長さん」
「無論だとも」
俺の反撃をさらっと躱して千冬は自信満々にそう言い切った。
まあ千冬が失敗するなんて考えられないけどな。
「……もう春なんだな」
何やら感慨深げに千冬はそう呟く。
春か。確かにIS学園に俺たちが入学してから、本当に時間はあっという間に過ぎ去って行った。俺と千冬、そして束。この三人で過ごす学園生活も……、
「あと一年、だもんな……」
IS学園に入学してから三度目の春が、学園生活最後の春が始まろうとしていた。
そして、物語は大きく動き出す。