双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#番外(前) 更識家と天災

 

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 フラグにまみれた臨海学校

 

 

 

 

 

 慌ただしかった臨海学校が終わり、季節はそろそろ梅雨に差し掛かろうかというとある休日。

 俺はどういう訳か、IS学園を離れ実家にやって来ていた。

 というのも、親父から直々に呼び出されたからなのである。

 

 本来であればIS学園の生徒である俺はむやみやたらに学園の敷地外に出ることは出来ない筈なんだが、これまたどういう訳か学園長から直接許可を貰い我が更識家に舞い戻ってくることになってしまった。

 

「うーん、一体なんだってんだ?」

 

 自分の家の門の前までやって来た俺だが、どうしてかそこから先の一歩が踏み出せない。

 なんかアレだ。

 嫌な予感しか湧いてこないんだこれが。

 

 だってそうだろ?

 大抵のことは電話…………はムリか、色々と手続きが面倒だし。にしたって他にも連絡手段はある筈だ。にも関わらず直接俺を呼び出すってことは、また何か厄介事に巻き込まれそうな気がしてならない。

 

 そんな感じで俺がうんうんと唸っていると。

 

「ん?」

 

 何故か門が開いた。

 当然の如くこれは俺が開いた訳じゃない。

 開いた門の向こうからトタトタと走ってくる小さな二人。

 

「兄さーんっ!!」

「お兄ちゃん……!!」

 

 言うまでもない、我が愛しき妹たち。姫無と簪の両名だ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 姫無と簪に両脇をきっちりとガードされた(というか腕にしがみつかれた)俺は門を潜り、長い廊下を歩いている。

 

「ねぇ兄さん、何でいきなり帰ってきたの? 連絡くらいしてよ」

 

 右腕にしがみついて離さない姫無が若干膨れっ面になりながらそう言う。いや連絡寄越せって言われても学園長からこの事を言われたのが今日の朝食の時だしなぁ。

 

「ごめんな。いきなりだったから連絡する暇も無かったんだ」

 

「(……まぁ兄さんが居てくれるだけで私はいいんだけど)」

 

「ん?」

 

「な、なんでもないっ!」

 

 ぎゅっ、と更にしがみつく力を強める姫無。

 ……随分力が強くなったなぁ、これ常人なら骨がイカれるくらいの強さなんだが。

 

「……お兄、ちゃん……」

 

 姫無とは違い、俺の服の袖をきゅっと握っている簪が俺を見上げてきた。

 

 あぁもう可愛いなぁチクショウッ!!

 

 頭を撫でてやりたいけど生憎今は両手が塞がっている状態で身動きがとれない。

 

 仕方がないので。

 

「ひゃっ……?」

 

 袖を握られている左腕をそのまま簪の頭に持っていき撫でてやる。うん、しかも簪の手は未だに袖を掴んだまま。どんだけ離したくないんだ。

 

 わしゃわしゃわしゃ。

 

「…………、」

 

 俺が頭を撫で終わると、簪は無言で俯いたままひしっと俺の袖から腕へと掴む場所をチェンジ。

 

「ずるいよ兄さん。私も撫でて」

 

 密着度が急上昇した左腕とは反対方向から今度は姫無が『撫でて撫でて』と猫のように身体を擦り寄せてくる。

 

 いやそんな腕を掴まれたら撫でるものも撫でられないんですが。

 

 まぁ可愛いから良しッ!!

 

 そんなわけで両腕に妹たちを従えた(?)まま俺は長い長い廊下を進む。右手には幾つもの障子が並び、左手には如何にも日本風の庭園が広がるこの屋敷。ハッキリ言ってヤ○ザの屋敷にしか見えない。もう十五年も住んでいる俺はすっかり馴れてしまったが、全くうちを知らない人が見たら今後一切近づかなくなりそうだ。

 

 ブンブン、

 

「…………」

 

 ブンブン。

 

 うん、きっと楽しくなってきちゃったんだなぁこの娘たち。

 俺の腕でターザンごっこなるものを始めた。いや俺普通に歩いてるけど常人なら間違いなく肩脱臼してるからな?

 

 やってる本人たちは公園のブランコ感覚でやってるんだろうけど、普通ならこんな風にならないからな?

 

 まあ可愛いからいいんだけど。

 我が妹たちの可愛さは世界平和を達成出来るレベルだぞマジで。

 

「で、兄さんは結局どうして急に家に帰ってきたの?」

 

「なんだ聞かされてないのか?」

 

「うん、母さんに聞いてもはぐらかされるし。父さんにも聞いてみたけど教えて貰えなかったの」

 

 あの親父が愛する娘にすら教えられない事、ね。

 なるほど俺が今回呼ばれた理由はどうやら表向きの用事じゃあないらしいな。

 

「一体なんなの兄さん」

 

 率直に疑問に思っているんだろう姫無になんて説明しようか迷っていると、これまでとは明らかに雰囲気の違う部屋の前までやってきていた。

 ちなみに妹達はまだこの部屋の内部には足を踏み入れたことはない。親父たちが部屋の内部に立ち入ることを禁止しているからだ。

 

「この部屋に用事があるの?」

 

「あぁ。姫無と簪はまだ入れないだろう?」

 

「うん。何でかは知らないけど」

 

「ま、親父が親バカだってことだな」

 

「?」

 

 きっと、いや絶対だな。

 親父はこの娘たちを『裏』の世界と関わらせたくないんだろう。

 そりゃそうだ。

 普通に学校に行って普通に友達と遊んで普通に生活を送る。

 これ以上の幸せなんてこの世界には存在しない。

 

 更識の本来の姿を知ったが最後、もう厄介事から逃れることはできないし、常に疑念の壁と対峙しなくてはならなくなってしまう。

 

 そんな世界に彼女たちを巻き込むのは親としても、また一人の人間としても気がひける。

 

 ――――少なくとも、今は(・・)まだ。

 

「なら俺はこれから親父と話があるから、自分たちの部屋にでも戻っててくれ」

 

 どちらにせよ、現段階で妹たちにこのことを知らせるのは早すぎるという親父の考えてには基本的に同意している俺は、そう言って彼女たちを帰そうとするが。

 

「やだ」

 

「……(ひしっ)」

 

 二人とも離れるどころか更に力が強まる。

 いやいや、早く行かないと今日中に俺IS学園に戻れないんだけど。

 

 俺がIS学園から貰った外出許可は一日のみ。

 要するに今日中に親父の話を聞いて行動を起こさなくてはいけないわけだが、この状態じゃあ碌に身動きが取れない。

 

「なぁ姫無?」

 

「いや」

 

「簪?」

 

「……離さない」

 

 えー。

 そりゃ一日って制限が無ければ俺だって嬉々として我が愛しき妹たちと遊ぶところなんだけど、今回ばかりは時間がない。

 

 仕方ない、こうなれば。

 

「母さーん」

 

 更識家最恐(誤字に非ず)の母さんに二人を頼むしかない。

 

「あらあら」

 

 後ろの襖から出てきた母さんはいつもの笑顔を張り付けてこちらにやってくる。

 

「ちょっと二人を頼んでいい?」

 

「そうね。姫無と簪は向こうに行きましょう」

 

「えぇ、兄さんと離れたくな――――」

 

「行きましょう?」

 

 ぞわり、と背中に何か冷たいものが流れた。

 姫無と簪は二人して顔を真っ青にし、慌てて俺の腕を離す。

 姫無たちも母さんの怖さはよく理解しているみたいだ。

 

「また戻ってきたら遊ぼうな」

 

 名残惜しそうにこっちを見つめてくる二人に俺はそう言って、重々しい襖を開いた。

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

「来たか」

 

「……親父」

 

 襖を開いて中に足を踏み入れる。内部の造りは他の部屋と全く違う…………なんていうことはなく、至って普通の六畳の畳部屋だ。

 そこに親父が胡座を掻いて鎮座している。

 

「態々IS学園から呼び出すなんて、一体何の用だよ」

 

 親父の対面に腰を下ろしながらそう言う。

 

「ふむ。言うまでもなく、解ってるだろう」

 

 何時ものような親バカ全開のバカ親父の姿はナリを潜め、鋭い視線が俺に向けられる。

 今の親父は裏工作を実行する暗部に対抗するための対暗部組織『更識』の長、十六代目の楯無である。

 

「……『裏』の仕事ってわけか」

 

「ああ。つい数日前からだが、IS学園のデータベースに不正アクセスが断続して続いていてな。それで学園長から依頼が来たわけだ」

 

 因みに親父と現学園長は旧知の仲らしい。

 

「IS学園? あそこのセキュリティは世界最高レベルだぞ、そこらのハッカーじゃまず突破は不可能だ」

 

「そこらのハッカー、ならな」

 

 意味深な親父の発言に俺は眉を顰める。

 

「……警戒レベルは?」

 

「今の所はC+ってところだ。だがこれが継続すると少々厄介なことになる」

 

「厄介なこと……物理的な行動か」

 

「それもあるが、どうもこの一件。アレ(・・)が一枚噛んでるらしい」

 

 親父の言うアレ、というのは更識と同じように裏で暗躍する暗部組織の一つの家系のことだ。

 暗部組織というのは実は日本中に無数に存在しているが、その中でも大きな力を持つのが『四家』と呼ばれる四つの家系。

 

 『更識(さらしき)』

 『杠(ゆずりは)』

 『氷見(ひみ)』

 『京ヶ原(みやこがはら)』

 

 俺たち更識家と杠家は比較的友好関係にある。なんでも遥か昔から関わりがあるんだとかで、何度か俺も会ったことがある。

 

 氷見家との関係はどっちつかず、といったところか。現段階では敵ではないみたいだが、かといって味方というわけでもない。どちらにも転ぶ可能性のある謂わば危うい中立の立場にいるのがこの氷見家。

 

 そして親父がさっきアレと形容したのが京ヶ原家だ。

 京ヶ原家と更識家は対立関係にあり、近頃も小さな諍いが頻発している。

 

 なるほど京ヶ原家が絡んでいるとなると、表の人間では対処するには些か荷が重い。

 

「……IS学園のデータベースにハッキングをかけてるのがあの家系なのか?」

 

「いや、それは違う。実際に手を下してるのは何処ぞの企業だ。大凡お前や束ちゃん、ISのデータが狙いだろう」

 

 何処ぞの企業、か。

 きっと愚かにも京ヶ原の門を叩き、いいように踊らされている操り人形だろう。

 どんな経緯で裏四家に辿り着いたのかは知らないが、碌なことにならないのだけは確かだ。

 そして、今回のターゲットはIS学園。当然俺や千冬、束の情報もあそこにはある。

 

 ――――やらせるわけにはいかない。

 

「でもよ、俺は情報戦あんまり得意じゃないんだけど」

 

「あぁ、それなら問題はないぞ」

 

「は?」

 

 これまでの厳しい表情から一転してニカッと悪戯っ子のような笑みを浮かべた親父は一度立ち上がると襖に手を掛けて。

 

「そっち(・・・)方面において絶大な能力を持つ人を呼んでおいたからな」

 

 そっち方面、情報戦に強い人間なんて更識にはそうそう居ないぞ?

 親父はこの見た目の通りバリバリの現場人間だし、俺もそんなに詳しいわけじゃない。工学部にも限度ってもんがあるし。

 更識で情報戦が得意なのは母さんか、後は将来的には姫無あたりだが姫無はもちろん、母さんも余り厄介事は押し付けたくはないというのが本音なんだが。

 

 なら、一体誰が――――。

 

 そこまで考えたところで俺が最も出したくない結論に行き着いたのと、親父が開いた襖の向こうからとある人物が入ってきたのはほぼ同時だった。

 

「おまッ……」

 

「やっほーかーくん!! 話は聞いたよ! 束さんが一肌脱ごうじゃないか!!」

 

 やってきたのは、世界最強の天災だった。

 

 

 


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