前回のあらすじ
俺の知らない所で勝手にフラグは回収されている
――――うん。
ちょっと一回落ち着こうか。このままじゃ俺の精神が木っ端微塵になっちまいそうだし。
一旦深呼吸して、俺は今やまよが言った言葉を心の内で反芻してみる。
『明日の更識君と織村君とのISを使用しての模擬戦――――』
はい?
一体やまよは何を寝惚けたことを言ってやがるんでしょうか。俺と織村でISの模擬戦闘? ヤダなそんなことするわけがないじゃないか。大方教師達が俺たちに見せるISの戦闘のことを間違えて言ってしまったんだろう。にしてもどうやったら俺と織村に間違えるんだ、全くやまよはドジだなぁホント。
…………もうこれ以上の言い訳が思いつかねぇ。
ああそうだよ。
思い出したよ昼間の織村とのあの会話。つまり上層部からの許可が下りてしまったってことなんだな。
絶対にあんな私的な申請下りるわけがないと高をくくってたんだが、どうやら俺の考えは甘かったらしい。ああ、俺の想像以上に上層部はバカが多いみたいだ。こんな場所で『黒執事』で模擬戦闘なんて行なってみろ。各国から偵察やら情報開示の要求が来るに決まってるじゃねぇか。
「山田先生」
「はい、どうしましたかリリィさん」
「あの二人が模擬戦闘を行うという情報は各国には伝わっているんですか?」
「はい。隠し立てする必要は別段ありませんから」
「でもそれだと各国から日本政府への情報開示や映像などのデータ提供の要請が殺到するのでは……」
「ええ、もう既に殺到しちゃってますね」
リリィが最もなことを言っているが、それに対してのやまよの反応がどうも違和感を感じる。やはり何か対処方法があるってことなんだろうか。あのやけに自信満々に胸を張っている(張る胸はない)様子を見るに、そう考えるのが一番適当だろう。
というかだ、なんの対処もなしに許可を出したんだったらほんとに上層部総入れ替えしたほうがいいと思うぞ。
「なら一体どう対応しているんですか?」
「そこはほら、彼女に一任してありますから」
?? 彼女?
何だか妙に嫌な予感がして、俺はやまよの指差す先にいる少女を恐る恐る覗き込むようにして見る。
やまよの指差す先、…………つまり、俺の隣を。
「……はぁ」
「あ! なんなのかなかーくん今の溜息は!?」
「そういうことか……。そりゃ溜息もつきたくなるわ」
俺はガックリと項垂れ、ふと気を抜けばそのまま後ろに倒れてしまいそうになるのをなんとか堪えてそれを溜息として吐き出す。
そうか、そうだな。例えどんなムチャクチャな要求があったとしても、この天災、篠ノ之束の手にかかれば赤子の手を捻るよりも簡単に対処することが出来る。圧倒的なその頭脳も去ることながら、現在の世界情勢もそれに拍車をかけることになっているのだから。何故なら彼女は世界の武力形態をたった一つの発明で変貌させてしまった張本人。今この世界で最も力を持つのがIS、つまりこれを開発した束に現状で逆らえる国は存在しない。なにせISは束の作成したコアが無ければ完成しない。しかもこのコアな完全なブラックボックスで、束以外の人間には解析はおろかその性質すらも解らないときたものだから、どの国もコアを製造してもらうためのご機嫌取りに躍起になっているわけだ。
そんな正に世界の中心的立場にいる束が、協力? いや、無いとは言わないけど、これにはあの織村も関わってるんだぞ? 束は以前織村のことを『生理的に無理』と一刀両断していたから、自分によっぽどのメリットがない限り協力するなんて俺には考えられないんだけど。
「……束」
「なにかなかーくん?」
「お前何か企んでないか?」
「(ギクッ)」
「…………、」
「……(ダラダラダラ)」
「その辺、後でゆっくりと聞かせてもらうからな?」
流石にこんな大勢がいる場所で詰め寄るのは憚られたので、とりあえずこの横で冷や汗をだらだらと流しているウサギを尋問するのは後回しだ。
さて。
「やま……だ先生」
「なんでしょうか更識君」
危ねぇ、今普通にやまよって言いかけた。いやそんなことは実際のところどうでもよくて、俺がどうしても確認しておかなくてはならない点があるんだ。
「あの、俺のISは余り人目に晒したくはないんですけど」
周知の通り、俺はISなんてものには乗れない。乗れるのは女性か、一夏のような生まれながらにして主人公フラグを建ててしまっている人間だけだ。
――――あれ?
となると男でISに乗れる織村には主人公フラグが建ってるってことになるのか? ……いやないない。アイツに限ってはそんなフラグは存在しないだろう。織村が主人公の物語なんてバッドエンドしか結末が見えてこない。
「うーん、ですが更識君も承認したから申請を出したんでしょう?」
「う……、」
「織村君からはしっかりと両者の了承の上で申請したと聞いていますが」
確かに。
俺も先ずは申請を出してからだと織村に言った。申請が通るなんて微塵も考えていなかったから、申請さえ通れば良いとそんな風なことも浜辺で言った気もする。
まさか何も考えずに言ってしまった言葉が自分の首を絞める結果になるとは。
「もう諦めなよかーく……いだだだだだだだだだだだッ!! 頭がっ! 頭がっ!!」
とりあえず隣のウサギの頭を掴み上げ、そのままありったけの力を込める。なんだか今ならこのまま握り潰せそうな気がするんだ。
「かーくん死ぬ! 束さん死んじゃうから!! この手を離してぇぇええええッ!!」
「後でな?」
俺はスクッと立ち上がると(束の頭を引っ掴んだまま)、そのまま無言で大宴会場を後にした。さて、これからたっぷりとオハナシ聞かせて貰おうか束。
◆
ふっ。
俺はこの大宴会場から逃げるようにして出ていった馬野郎(形無)を見て勝利を確信した。どうやらアイツが昼間この勝負を渋っていたのは俺には勝てないと悟っていたからのようだ。
全く、馬野郎は専用機で俺は訓練用ISっつうハンデをやってるにも関わらずあの様子。これじゃあきっと明日は勝負にすらなりゃしねぇな。俺の鮮やかな立ち回りに翻弄されるアイツの不様な姿が目に浮かぶぜ。
ならば勝利を確信した今、俺がすべきは斜め前に座る千冬と楽しい一時を過ごすことだ。
「(全く形無の奴……、何故束だけを連れ出したのだ……)」
「なぁ千冬、この刺身すごい美味いよな」
「(そりゃあ、あの『黒執事』は束の力添えがあって完成したようなものだが、にしても私だって少しは……)」
「すごいよなこっちの鍋も。米沢牛らしいぜ?」
「(後を追って私も行くべきか……? というか形無と束を二人っきりになどさせられん……)」
ブツブツと一人で呟き続ける千冬。きっと俺が言った食材への評論をじっくり吟味しているんだろう。全く可愛いやつめ。
しかし千冬は浴衣が似合うなぁ。入浴後だから湯上がり美人って感じだし、周りの女子たちが霞んでしまうほどの美しさだ。こんな千冬と幼馴染みだなんて、俺はホントにツイてるぜ。
だからこそ、俺は千冬と束をあの馬野郎の魔の手から守ってやらねばならんのだ。ここまで何だかなし崩し的に来てしまったが、ここらでハッキリさせておかなくてはいけない。千冬たちに相応しいのがアイツではなく俺であるということを。
明日の勝負、俺が負けることはあり得ない。何故なら俺には神様から貰った超能力である『未元物質(ダークマター)』があるからだ。この世に存在しない粒子を操る能力、専用機と言えどもそこいらのISが敵うわけがない。
きっと明日の勝負で、俺のことを世界が認めざるを得ないことになるだろう。
『世界で二番目の男性IS操縦者』じゃない。
『世界最強の男性IS操縦者』として。
見てろよ馬野郎、もう公衆の面前に出られないくらい、ボコボコにしてやるからな!!
◆◆
「――――で?」
大宴会場を後にした俺は束を引き連れてあのニンジン型のロケットの内部にやって来ていた。本来ならば俺と織村の部屋がベストだが、生憎このニンジンが半壊させてしまったのと、明日対戦する織村に聴かせるような話でもないので現在は浜辺から生えているこのニンジン内部で話し合うことにしたのだ。
ニンジン内部に設置されていたソファに腰掛けた俺は、目の前でビクビクしているウサギに尋ねる。
「何を企んでるんだ?」
「や、やだなぁかーくん。束さんはただの善意で……」
「眼が縦横無尽に泳いでんだけど」
そんな状態で善意だなんだと言われても全く説得力がない。
「……黒執事と織村についてなんだろ?」
俺は一度溜め息を吐いて束へと問い掛ける。
あんなにも毛嫌いしていた織村が関わっているこの模擬戦の各国への対応を買って出るというんだ。理由があるとすれば、織村がISを動かせる理由か黒執事の設定を実践で確認するかくらいしか無いだろう。
「……さっすがかーくん。見事にそのとーりだよ。気に入らないんだよアイツ、私が開発したISを乗れるなんて。それだけで虫酸が走る」
「なんで織村が女性にしか反応しないISに乗れるのか解らないのか?」
「色々と仮説は立てられるけど、どれも夢物語みたいなもので確証はないね」
「……だから明日の模擬戦で確かめたいってことか」
更に言えば、きっと束はこの模擬戦を映像に記録して解析するんだろう、それも束が独占して。諸外国は文句を言うだろうが、それも天災によって封殺されるのが目に見えている。
「そういうこと。ホントならあの変態に関わるなんて考えただけで鳥肌が止まらないんだけど、今回ばかりはそうも言ってられないしね。もしもアイツが本当に(・・・)ISを起動させられならその原因も突き止めないといけないし」
「……はぁ」
「あ、なんなのかなかーくんその溜息は」
「いや面倒なことになったなぁって思ってさ」
「物事はプラスに考えるべきだよかーくん。明日の模擬戦で勝てばアイツとは今後関わらなくてもいいかもしれないし」
「いやそれは絶対にないと思う」
明日の模擬戦で俺が勝っても何かしらのいちゃもんを付けて再戦要求とかしてきそうだし。
いかんな。これじゃマイナスにしか考えられない。
俺はこの考えをどうにかしないとな、と考えてふと視線を落とすと。
「…………」
「? どしたのかーくん」
「いや……、なんでもない」
俺は束の問いにそう答え、腰掛けたソファに座り直す。
まあ、なんだ。俺と束は今風呂上がりだから浴衣を着ているわけだ。つまり何が言いたいかというと、俺の目線からだとちょうど束の胸元が……いかんいかん!! 冷静になれ俺。そんなことになれば厄介事のフラグが瞬く間に乱立されてしまう。
「さっきから何か変だよかーくん?」
「なんでもない」
「嘘だ。束さんの眼は誤魔化せないよ」
うっ。こういう時に限って食い下がってくるんだよな束は。
……ってちょっと待てなんでこっちにくるんだそしてなんで俺に跨るようにしてもたれ掛かってくるんだ!?
「束!?」
俺の胸元に顔を埋める束。その綺麗な髪の毛からはシャンプーの匂いなのか、女の子特有のイイ匂いがする。
これはやばい。はっきり言って俺の理性が持たない。
「かーくん……私のこと、きらい?」
若干上気した肌が艶かしく、潤んだ瞳に見上げられては俺の鋼の精神(自称)も崩壊寸前に追い込まれる。
「き、嫌いなわけないだろ」
「じゃあ、なんで隠し事するの?」
「う、それはだな……」
束の胸元につい視線が行ってましたなんて言える筈もなく、結果として沈黙が訪れる。
「束さんはね、かーくんのこと、好きだよ?」
「…………束」
数分前の俺よ。諦めろ。
最早フラグの乱立は避けられん事態だ。
このニンジン内部には俺と束の二人きり。
目の前には幼稚園からの友人である美少女。
俺(一応)たちは思春期真っ盛りの高校生。
これから行われるであろう行為のことなど、言うまでもない。
「かーくん……、きて……」
俺の耳元で囁く束をそっと抱き寄せ、自らの唇を少女の唇へと近付けていく。
そして――――。
「お前達……、一体何をしているんだ……?」
突如として開いたドアの向こうから、額に青筋を浮かべた千冬が背後に鬼を引き連れてやって来た。