前回のあらすじ
臨海学校
又の名を旗密集地帯
さて。臨海学校が来週の頭にまで迫ってきた週末のある日。俺はIS学園の敷地外の駅前、噴水の脇に立っていた。服装もいつもの執事服とは違い…………なんてことはなく当然のように執事服を着ているんだが。
しょうがないだろ!?
これが俺の『黒執事』の待機形態ってことになっちまってるんだから。私服で出掛けて他の生徒に見つかったら言い訳が出来なくなっちまうし。
…………あれ?
じゃあ俺臨海学校で泳いだりするとき一体どうすりゃいいんだ?
まさかこのまま泳ぐわけにもいかんだろうし。まさか、一人パラソル差して砂浜で体操座りコース!?
そんな生殺しは勘弁願うぞ。いや眼福には違いないんだろうけど。
というかだ。駅前にこんな燕尾服着て立ってると、周囲からの視線がそれはもう凄まじい。
一応束に脱いでも問題がないような設定にしてくれとは言ってあるんだけど、如何せんまだ設定が完成していない故にこの恰好で出歩くしかない。
いやほんとにこの服目立って恥ずかしいな。学園じゃそんなことあんまり気にならなかったのに今この場に於いてはもう逃げ出したい。
じゃあなんでこんな所で一人突っ立っているのか。理由は簡単、待ち合わせをしているからだ。待ち合わせの時間は午前十時、今は九時五十分だからまだ時間的には少し早い。
いや確かに待ち合わせ時間までは少しあるんだけど、おかしいな。アイツのことだからもう来てもいい頃なのに。
ていうか同じIS学園の寮に住んでるわけだから一緒に出ていけばいいだろうに彼女は別々に集合しようと言って聞かなかったんだよ。まあ特に断る理由も無かったからそのまま了承したんだけど、今更ながらに内心で叫んでもいいだろうか。
(早く来てくれ千冬ーーーーッ!!!)
こんな周囲から好奇の視線に晒されて俺のライフはガリガリ削り取られているよ。現在進行形で!!
「か、形無……」
耐え難い視線の中に立ち尽くす俺の名前を呼ぶ声が背後から聞こえてきて、そのままゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、俺がよく知るはずの少女。
「千冬……?」
「な、なんで疑問系なんだ!」
「だってその格好……」
「……似合わないか?」
「いや、よく似合ってるけどなんか新鮮でさ」
これまで私服とか散々見てきてる筈なのに、いやに新鮮に感じる。千冬の格好は真っ白な膝下まであるロング丈のワンピースに薄手の上着を一枚羽織ったなんとも清楚な出で立ち。いつもクールな印象を与える千冬とは正反対と言ってもいい服装だった。
「新鮮とはなんだ新鮮とは。わ、私だってこういう服を着たりもするぞ」
む。どうやら俺がからかっていると思ったらしい。いや千冬、今の格好見てからかったりする奴はいないと思うぞ。似合い過ぎててどっかの令嬢みたいだからな。なんか隣か後ろに執事でも従えて歩いてそう…………俺か!!
改めて自分達の格好を合わせて見てみると完全にこれ『お嬢様と付き従う執事』の構図だぞこれ。
……あぁ、なんかより一層周囲からの視線が突き刺さるようになった気がする。気にしないようにしよう、そうしよう。
「? どうした形無」
「いや、何でもない」
訝しげに首を傾げる千冬。彼女はこの周りから突き刺さるような視線が全く気にならない、もしくは気付いていないらしい。流石ブリュンヒルデ、図太い神経をお持ちのようだ。
「んじゃまあ、とりあえず行くか」
「あ、あぁ」
こんな人が多い場所じゃあ落ち着ける筈がないし、碌に買い物なんぞ出来そうにない。俺は千冬の手を引いて、ショッピングモールへと向かった。
◆
私は急いで集合場所へと向かっていた。時間は集合時刻の約十分前、本当ならもっと早く着いて形無を待つ筈だったのに、白いワンピースにするか私らしくYシャツにスラックスにするかで迷っていたらいつの間にか流れるように時間が過ぎ去ってしまっていた。
結局最後の最後で最近購入したワンピースのほうを選択して着替え、駅前へと向かっているというわけだ。形無はもう来ているんだろうか。いや、何も問題はないだろう。こういうときは大抵男性が先に来ているものだし、ああでもそうなると心の準備が……!!
そんな変な矛盾を抱えながら走っていると、視線の先にあるものを捉えた。これまで散々見てきた男子の背中だ。心なしかワナワナしているのはきっと気のせいだろう。
(……どう声をかけるべきなんだ)
走っていた足が形無を目の前にして止まる。いや、止まってしまう。
此処に来るまでは必死で走ってきたために自分の服装のことなんで頭の隅に追いやられてしまっていたが、いざ形無に見られると思うとどんな反応されるのか心配になってきた。
似合わないって言われたり、怪訝な表情されたらきっと私は立ち直れない。お願いだから、そういうことにならないでくれ……!
ゴクッと生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる気がする。私は意を決して形無の背後から声を掛けた。
「か、形無……」
目の前で執事のような格好をしている少年はそれに反応してゆっくり振り返って。
「千冬……?」
「な、なんで疑問系なんだ!」
恐れていた第一声は、なんとも素頓狂なものだった。
全く、これじゃあビクビクしていた私が馬鹿みたいではないか。
さっきまでの私の緊張は一体何だったんだ。
「だってその格好……」
ドキッ。
瞬間的に私の心臓の鼓動が速くなる。やっぱり似合ってないと言われてしまうんだろうか。
「……似合わないか?」
恐る恐る、聞いてみる。
「いや、よく似合ってるけどなんか新鮮でさ」
それを聞いて、私はホッとした。それと同時に新鮮という単語に引っ掛かるものを覚える。
新鮮?
じゃあなにか。私のこの格好は物珍しいということか。いつもの制服やデニムといったラフな格好は見飽きたということなのか。
「新鮮とはなんだ新鮮とは。わ、私だってこういう服を着たりもするぞ」
形無はいつもこうだ。デリカシーがないとかそういうわけじゃないがどこか抜けているというか、女心を理解していない節がある。そのくせ私や束以外の女生徒にも優しくしたりするから尚のこと質が悪い。
「? どうした形無」
「いや、何でもない」
なんだか顔色が悪いが、一体どうしたんだろう。ついさっきまで普通だったのに。
「んじゃまあ、とりあえず行くか」
そう言った形無は、いきなり私の手を取った。
(え、ええ!?)
突然の事に顔が熱くなるのを自覚せずにはいられない。なんだなんなんだなんなんですか。ほんとにこの男は私の寿命を縮めようとしているんじゃないかと疑ってしまうほど心臓に悪いことをする。
でも、それが心地よかったりもするから不思議だ。
……これってデートではないだろうか。
そんなことを思うと余計に緊張してしまって。
「あ、ああ」
形無に返せた言葉はこれが精一杯だった。
◆◆◆
俺と千冬がやってきたのは駅前に聳え立つ一際大きなショッピングモール『レゾナンス』だ。駅前に聳え立つ、というか駅舎を含んだ周囲の地下街と全てと繋がっているため、厳密には駅前とは言わないのかもしれないが昔から駅前と呼ばれているらしいからそこらへんは気にしない。
此処にやってきた目的は間近に迫った臨海学校で着用する水着を購入すること。
だけどまぁ、やっぱりというか何と言うか。考えることは皆同じということなんだろう、ショッピングモール内にはIS学園の生徒と思われる女生徒たちがちらほらと視界に捉えられる。皆一様にその足の向かう先は水着売り場みたいだ。
うーん、やっぱり混んでるなあ。千冬にこの買い物に誘われた時点である程度予想はついてたけど、はっきり言って居心地が悪い。
「どうした形無。さっさと行くぞ」
「いやいや千冬ちょっと待て」
「……?」
「いや『なにが?』みたいに首を傾げるな! 普通に考えて男の俺が女物の水着売り場に入るなんておかしいだろうが!!」
さっきも言ったが俺の周りは360度どこを見回しても女性しかいない。理由は当然俺と千冬の目の前にあるこの水着売り場があるからだ。ISが発表されてから約一年半。俺や織村といった男性のIS操縦者が早い段階で現れたことにより過去に原作で読んだような明らかな女尊男卑に陥ってはいないものの、それでもやはり少なからず女性優位の社会は築かれつつある。世の男性は女性優位の社会に納得などしていないだろうが男性の操縦者が今の所たった二人しかいないのだ。比率など比べるまでもない。
故に、デートで訪れるカップルでもない限りこういった女性が多く集まる場所に男性は足を向けようとはしないのだ。
「形無。私は水着を買いに来んだぞ? 水着売り場に入らなくてどうする」
「ここには女物の水着しか置いてないだろうがッ!!」
「あとで男物の売り場に行けばいいだろう?」
「俺に拒否権は!?」
「ない」
なんつう横暴だ、千冬。逃げようにも繋いだ手が全くと言っていいほどに離れない。というか強く握られてしまっているんだ。痛い痛い! 握力測定してんじゃねえんだぞ!!
はあ、と俺は千冬に気づかれないように小さく溜息を吐く。こうなったらしょうがない。早いトコ千冬に水着買ってもらってここを出よう。ただでさえ女物の水着が周囲にあって落ち着かないのに、中に居た女性客の視線が突き刺さってすぐにでも回れ右したい気分だ。
「なあ形無」
「うん?」
「こんなのはどうだ?」
「ぶはっ!?」
なにやら自身満々で千冬が手に取ったのは極端に布面積の少ない、所謂キワドイ系の水着。しかも紐。上なんてピンポン玉くらいの面積しかないんじゃないのか!?
「却下!」
「そうか」
言われて元あった場所に戻す。
そして。
「じゃあこんなのは――――」
「やめろ千冬。それは明らかに地雷だ」
こんなものを幼気な女子校生が着けちゃいけません!! つーかこんなのよく売ってたな。どう考えてもアウトだぞアウト。それもギリでアウトじゃなくてモロにアウト。野球なら危険球。サッカーならボール持ってトライ決めるくらいの代物だ。え、どんなのかって? それはこんな所じゃ教えられないな……。
「むう。ならばどんなものがいいのだ」
「せめて普通のにしてくれ……」
今更だけど、千冬の感性ってどこかズレてるよなあ。あんなのチョイスするくらいだし、あの天災に影響されちゃったのかね。
「じゃあこんなのはどうだ?」
そう言って俺の前に突き出されたのは二枚の水着。一枚はスポーティーながらメッシュ状にクロスした部分がセクシーさをも醸し出している黒の水着。もう一枚は対極で、一切の無駄を排除しましたと言わんばかりの機能性重視の白い水着。どっちもビキニタイプのもので最初に千冬が提示してきたもの程ではないにせよ、肌の露出具合はかなり高い水着だ。
……あれ?
なんかこの二つ見覚えというか既視感があるな。
(あ、これ一夏に選ばせた二枚にそっくりなんだな)
原作で一夏に水着を選ばせていた千冬。あの中では一夏の視線でどちらがいいか見抜くほどの洞察力を披露したが、今目の前にいる千冬にそんなものは微塵も感じられない。ただ海で楽しく過ごすために良い水着を選ぶ。それだけに彼女は必死に悩んでいるようだ。
「どっちがいい?」
「うーん、どっちも良いとは思うけど……」
俺は顎に手を添えて数秒考えてから。
「黒い方がいいんじゃないか。千冬に似合うと思うぞ」
一夏と被せたわけじゃなく、千冬に似合うのは黒のクールな感じだと思ったからだ。今着てる白いワンピースも似合ってるけど、やっぱりクールな千冬のほうが見慣れてるしな。
「そ、そうか。ならこれにしよう」
言われた千冬は若干頬を赤くして白い水着を戻し、黒の水着片手にレジへと向かっていった。
ふぅ、千冬が買い物に時間をかけるタイプじゃなくて良かった。とりあえず此処を出て外のベンチで待って――――
「ちょっと」
――――?
不意に隣から聞こえてきた声に反応して、顔をそちらに向けてみる。そこには全く知らない女性が腰に手を当てて立っていた。
……何だろうな。物凄い面倒くさそうな予感がするんだが。
「……俺?」
「そうよ。アナタ以外に誰がいるっていうの」
「はぁ、何か用ですか?」
ああ面倒だ。この女性、言うまでもなく女性優位の代名詞みたいな感じの人だよ。
「アナタ執事かなにかでしょう? これ片付けておいてちょうだい」
「断る。自分のことくらい自分でやったらどうですか」
ISが発表されてからこういう人が出てくるのは分かってたけど、やっぱり気に食わないよな。自分がISに乗れるわけでもないってのにあたかも自身が偉いみたいに振る舞われるのは、誰が見ても良い気分じゃない筈だ。
だから俺はキッパリと言い放つ。
「余り偉そうにしないほうがいいですよ。自分の品格を落とすことになる」
「な、な……!!」
端から見てもワナワナと震えていると分かるこの女性。次の瞬間には大爆発。
「何よその言い草は!! あんたらみたいな男たちは私たちに躾られていればいいのよ!!」
言うに事欠いて躾って。俺たち男はペットか何かなのか。
「別にアナタがISに乗れるわけでもないでしょう?」
「そ、それはアンタだって同じじゃない!!」
「ISに乗れない人がそう威張り散らすのはお門違いだと思いますけど」
間違ったことは言ってない。俺もISに乗れる訳じゃないから威張り散らしたりしないし。
俺と女性がそんな感じで口論(?)をしているとレジを済ませた千冬が満足げな表情をして帰ってきた。
「すまないな待たせて――――誰だその人は?」
「知らない人だ」
「……そうか。じゃあ形無、次はお前の水着を見に行くか」
数瞬思考して千冬はそう言った。流石というか、彼女はこの状況を瞬時に把握し最善の方法を取ってくれるようだ。俺も断る理由なんてないのでそれに頷き歩き出そうとすると。
「ちょっと! そいつアナタの彼氏なの!? 躾くらいしっかりしておきなさい!!」
まだ突っかかってくるのかこの女は。いい加減俺も限界だぞ。
なんて思っていたら。
「形無は犬じゃない。それに貴方なんかよりもよっぽど優秀な人間です」
鋭い眼光で女性を睨みつけている千冬。ギンッ!! なんて擬音が適切なくらいの眼力だ。
「行こう形無」
「あ、ああ」
俺までどもっちゃったよ。
背後であの女性が悔しそうに唇を噛んでいるのが視界の端に映った。
◆◆◆◆
「ふぅ、ありがとうな千冬」
「なにがだ?」
「さっきのことだよ」
「気にするな。私もああいう輩は好かないからな、つい口が出てしまったんだ」
現在の時刻は正午過ぎ。俺たちはショッピングモール内にあるカフェで昼食を取っていた。俺はシーフードドリアで千冬はボロネーゼ。ちょっと値が張るだけあって味は中々に美味しい。あ、ちなみにちゃんと俺の水着も買っておいたぞ? 一応だけどな。
「これでとりあえず目的は達成されたか?」
「そうだな。後は少し見て回りたいのだが」
「いいぞ。ならあとで一階に下りて見て回るか」
「うむ」
まったりとした時間が流れる。ここ最近バタバタしてたからこういう時間は至福だなあ。こんな時間が永遠に続けば俺はきっとさぞ平穏な人生が送れることだろう。
……だけどやっぱり、俺に平穏なんてやってこないんだろうか。突如として鳴った俺の携帯の画面を見て俺は『げっ』的な表情を浮かべる。
「どうした?」
「束からだ」
あの天災、滅多にメールなんてしてこない(用事がる時は直接押し掛けてくる)のにいきなりなんだってんだ?
疑問と嫌な予感を感じながら、俺は通話ボタンを押して耳に携帯を押し当てる。
「もしも……」
『かーーくーーんッ!!』
鼓膜が破ける。いやまじで。
「……どうしたんだよ。電話なんて珍しい」
『酷いよかーくん!! 束さんのことはほっぽいてちーちゃんとデートなんて!!』
「は? なに言ってんだよ。俺は買い物に付き合っただけだぞ。デートじゃないって」
『それを俗にデートって言うんだよ!!』
何を訳の解らないこと言ってるんだ束は。デートってのは恋人同士が遊園地とかに行くことだろう。
『……なんかかーくんには何を言ってもムダな気がしてきた』
「?」
『なんか束さんのほうがバカらしくなってきちゃったよ。じゃあねかーくん』
それだけ言って一方的に切られる通話。
一体何が言いたかったんだあいつは。束も一緒に来たかったってことなのか? でもあいつこういう人混み嫌いだしこないだろう。
「……(ムスッ」
「……千冬?」
「そうかそうか。形無にとってこれはデートという認識ではなかったんだな……」
「へ?」
何やら背後に修羅が見えるような気がするんですが……!!
「そうだな形無。では買い物の続きと行こう。勿論、形無の奢りで」
「はッ!? なんでそう……」
「奢り、だろう……?」
怖え!! なんか眼からハイライトが消えてるんだけど、なのに口角はうっすら釣り上がってんだけど!!
そんな千冬に俺は首を縦に振る以外に選択肢は用意されておらず。
結局、その後俺は千冬に財布の中身を搾り取られることになってしまった。
俺の11万が……!!