前回のあらすじ
フラグはいつの間にか建っている
「私は更識形無を推薦します」
挙手したままの姿勢を保ち、そんなことを言い出した千冬に俺は絶句。開いた口が塞がらないとは正にこのことか。
「ち、千冬さん……?」
「形無。何も私は適当に言っているわけではない。形無が適任だと思っているから推薦しているのだ」
いやいやいや。
絶対俺なんかよりも千冬のほうが適任だろ。十人が十人そう言うって。
「ふむ。他にはいないの?」
黒板にスラスラと俺とリリィの名前を書き、クラスメイトに確認をとる。やばいこれ原作の一夏とセシリアパターンの臭いがぷんぷんするんだけど。
「はい。じゃあ他に候補者がいないみたいだからこの二人にクラス代表をやってもらうわね」
――――え?
ちょっと待て一旦落ち着こう落ち着くんだ俺。
今やまよは何と言った?
『この二人にクラス代表をやってもらう』、だと……?
「ちょ、先生!? クラス代表って一人じゃないんですか!?」
「あら。私はそんなこと一言も言っていないわよ?」
いや確かにそうだけど此処は普通クラス代表は一人→二人も要らない→決闘→俺が負けてリリィが代表って流れでしょうがァァ!!
そこのフラグはへし折らなくてもよかったでしょうが!!
「先生、クラス代表は二人も必要ないと思います」
俺が血涙を流しているとリリィがそう言った。どうやら彼女も俺とは違う理由だがクラス代表が二人であるということに不満があるらしい。
「お、俺も一人で充分だと思います」
俺もリリィの意見に同意する。そんな俺たちを見て、やまよは『はぁ、』と溜め息を吐いたあと。
「いいですか君たち。君たちが今居る場所は一体どこですか、リリィ=スターライ」
「IS学園です」
「はいではそのIS学園では一体何を学ぶのでしょうか更識形無」
「えーっと、ISの操縦?」
「はいではそのISの存在と価値が認められる起因となった『黒白事件』が起きたのはいつですか続けて更識形無」
「一年……半くらい前かな」
「正確には四九三日前です。そしてそれから今までにアラスカ条約を始めとする様々な条約や協定が各国で締結され、それに基づいて此処日本にIS学園が設立されたわけです」
ペラペラと語り出すやまよ。一体何が言いたいのかあまり分からないが、きっとここで口を挟んではいけないだろう。俺の第六感がそう告げている。
「……それとクラス代表が二人だということと、一体なんの関係があるというんですか?」
リリィも同じくあまり意味が理解出来ていないのだろう。訝しげな表情をしている。
「では質問を変えましょうかリリィ=スターライ。あなたのIS搭乗時間は?」
「……三十分未満です」
おそらく彼女は入試の時に用意されたISを起動させ、簡単な操作が出来るか動かしてみた程度なのだろう。千冬みたいな人間でもない限り、ほぼ全員のIS搭乗時間は三十分未満だ。
「更識形無。君は?」
「四十七時間です」
もちろん嘘だ。
ISに乗れない俺の搭乗時間は当然0。だが本当のことを言うわけにもいかないので口から出任せを言っただけ。
「流石は『黒執事』。搭乗時間は断トツですね」
「……先生、搭乗時間なんて女子はみんな似たようなものじゃないですか」
バカにされたと勘違いしたのかリリィは眉をひそめ、やまよを睨むようにして見つめていた。
「そうね」
あっさりとリリィを肯定するやまよにさらにリリィの眉間に寄せられた皺は深くなっていく。
「なら……」
「でもね」
リリィの言葉をやまよは遮って。
「それは私たち、教師たちにも言えることよ」
――――ああ。成程。
だからクラス代表は二人ね。てことはこの一年は教師たちもってことになるのか?
「……どういう意味ですか?」
「言葉の通りよ。私たち教師たちも今のアナタたちとさしてISの搭乗時間は変わらないわ」
俺はなんとなくだがやまよが一体何を言いたいのかを理解した。
ISが発表されてから一年以上経つ。しかし裏を返せば、“まだ”一年程度しか経っていないということにもなる。束が設計開発したこのインフィニット・ストラトスなるパワードスーツは彼女の天才的な頭脳あってこそ誕生した代物。俺たちみたいな今まで普通に平凡な人生を生きてきた人間には、到底理解することのできないようなトンデモ理論の塊なのである。
つまり、教師も生徒もスタートラインはほぼ同じなのだ。
もちろんこのIS学園の教師に選ばれるような人間は相当の学者か工学分野が専門の人間たちだろうし、それなりの実績を有している者たちなのだろうが、きっとそれでも束には遠く及ばない。篠ノ之束という存在は人類の最先端の更に先を行く人間だ。そんな人間が開発したこのIS、現段階で扱いや操縦に長けた教師や生徒はまず存在しない。
だからこそ、クラス代表は二人にする必要がある。
IS搭乗時間皆無の人間がクラス代表になったところでその実力などたかが知れている。それはどこのクラスも同じだ。この学園ではISに関する様々なことを学ぶだろうから、何れは機体にも詳しくなるし扱いも慣れてくるだろう。
しかし今は違う。はっきりと言ってしまえば素人もいいところだ。
そんな人間がISに乗り、もし万が一にでもその人間がトラブルに陥ってしまった時、一人では間違いなく惨事になる。絶対防御があるのはそのISが稼働しているときだけだ。展開が解除されてしまえば身を守ってくれるものは何一つとしてない。
きっとこの事を考慮してクラス代表を二人にしたんだろう。
二人ならばどちらかがトラブってももう一人がカバーできる。当然始めのうちはそれすらもままならないかもしれないが、一人ではないという安心感は想像以上に大きいだろう。
しかも俺は『黒執事』として全世界にその名を知られてしまったIS操縦者だ。
やまよとしても俺がリリィをカバーすることが望ましいとでも考えているんじゃないだろうか。
「私たち教師陣もはっきり言ってISには詳しくない。持っている知識はアナタたちとさほど変わらないわ。クラス代表を一人にしてもし万が一トラブルに巻き込まれたとして、私たちに守ることができるという保障はどこにもないのよ。もちろんそれはクラス代表だけに限った話ではないけれど。でもクラス代表はやはりISに乗る時間は他よりも大なり小なり大きくなる」
「……つまり、二人のほうがリスクが少ないということですか?」
「まあ他にも理由はあるけど、大筋としてはそういうことになるわね」
「……そういう理由があるというなら、分かりました」
リリィはそれを聞いて納得したようだ。うん、未だに睨まれてるところを見ると俺はまだ疑われてるみたいだけど、この際それはもういいや。それよりも大事なのはだ。
「先生? 俺がクラス代表になることは既に決定事項なんですか……?」
「そうよ?」
『今更何言ってんの?』的な返答をされて俺は返す言葉なくそのまま机に蹲った。
ああ、結局こういうことになるのか。
クラス代表が決定したことによるクラスメイトからの拍手を背中に受けながら、俺は魂まで抜け出しそうな大きな溜息をついた。
◆
授業終了後、俺は校舎に隣接する寮へとやってきていた。原作ではいきなり男子操縦者が現れたことで部屋を確保できず幼馴染みである箒と相部屋、という半同棲生活を余儀なくされていたが。
「お、あったあった。ここが俺の部屋か」
俺の場合、IS学園が完成するギリギリ前に存在が発覚したために男子専用の寮(とは言っても一軒家に近い1DK)を別に用意してもらうことができた。大浴場などはないが一般家庭にあるようなバスルームは設けられており、ちょっとしたホテルのような感じの部屋だ。因みにこの部屋の場所は女子が住まう寮の隣である。
高級そうなカードキーを通し、ドアを開いて室内に足を踏み入れる。
そこに広がっていたのは。
「お帰りかーくん!! ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」
目を覆いたくなるようなカオスだった。
ちょっと待て。確かこの部屋、ロック掛かってたよな?
何で? 何でドアの先に裸エプロンの束が正座してこっち見てんの?
「……とりあえずだ」
「うん?」
「ちゃんとした服を着ろ」
「えー? かーくん束さんのこんなえろえろな姿見てなんにも感じないのー?」
ゴンッ!!
「いったーい!! かーくんの愛が痛い!!」
「追い出すぞ」
一瞬にしていつもの服に戻っていた。どんな早着替えだ。
というかなんで束がここに居る? コイツ入学式や授業にも出てなかったのに。
「で? 何の用?」
「かーくんに言い忘れてたことがあって」
言い忘れた? なにか『黒執事』に関することだろうか。だとしたら俺の専用機の設定をしっかりさせてもらいたいんだけど。
「『黒執事』についてのことか?」
「まあそれもあるんだけど、一応かーくんにも言わないといけないことがあったの忘れてたんだよね」
そう言う束はとびっきりの笑顔で。
「束さんは今日からこの部屋に住むからよろしくね、かーくん♪」
…………はい?