前回のあらすじ
白騎士と共に『黒執事』の名が知れ渡ることに……orz
あの事件――――というか千冬と俺が計二千五百発近くのミサイルとアメリカを始めとする各国が送り込んできた軍事兵器を片っ端から轟沈させた『白騎士事件』…………もとい『黒白(こくびゃく)事件』が起きた日、束の開発、製作したISは全世界にその名を轟かせることとなった。
国会上空で次々にミサイルを迎撃する二人の映像は束がハッキングした衛星によって生中継され、その映像は各国に想像以上の衝撃を与えたようだ。
それもその筈、従来の軍事兵器を凌駕するその圧倒的な性能が明らかになったからだ。
そんなISが世界の目に晒されて、おいそれと平穏がやってくるわけもなく。
宇宙空間での活動を想定して開発されたISは宇宙進出よりも寧ろ飛行パワードスーツとしての軍事的な活用を唱えられるようになり、まず世界的な条約が締結されることとなった。
アラスカ条約。
正式名称『IS運用協定』。
IS条約とも呼ばれるこの条約は、軍事運用が可能となったISの取引を規制すると同時に、ISの技術を独占的に保有することとなっていた日本への情報開示とその共有を定めた協定だ。
始め日本はこの条約の締結に異論を唱えようとしていたらしいが、某ヤクザ国とヨーロッパ諸国に圧迫されて結局締結することに。
そして『黒白事件』から約一年半後、このアラスカ条約に基づいて設立されたのが、《IS学園》だ。
条約に基づき日本に設立されたこのIS学園はその名の通りIS操縦者育成用の特殊国立高等学校で、学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約のもとで存在している。
つまりこのIS学園に在籍、又は関係している以上、その個人に対して国家は手出しが出来ないというわけだ。
ただこの規約に各国は反発しているという訳ではなく、他国とのISの比較や新技術の試験に適しているため、そういう意味では重宝されていたりもする。
そんなIS学園が完成し、いざ来年から開校となったのは俺がまだ中三の冬だった。世間では既に女性にしか起動させることができないISのせいで男女のパワーバランスが逆転し、徐々に女尊男卑の世界へと成りつつある今日この頃。
俺は平凡な受験生活を送っていた。
女生徒の間では既にISに関する事前授業などが行われるようになり、最近発表されたIS学園の倍率はなんと前代未聞の一万倍超え。
定員が二百人であるのに対して志望者が二百万人を超えるほどの超難関だ。
そしてそのIS学園を受験するための条件はISの適性があること。
そして、『女性』であるということ。
というわけで世界的に注目されているISだが、我々男子からしたら特に興味を持つということもなく、粛々と受験勉強に取り組んでいる。
だってそうだろう。乗れないものに興味を持つことは難しい。どれだけ想像しようが、それが決して実現されることはないんだから。
始めは憧れを抱いていた男子も居なかったわけではないが、それもISが発表されて一年以上経った今ではすっかりいなくなってしまった。
勿論それは男子である俺も例外ではなく、迫る受験日に向けて目下勉強中なのだ。
「形無」
「ん? どうした千冬」
現在四時間目、科目は受験も近いということで自習になり、各々が机をくっ付けて総力戦で苦手科目を勉強したりする者達もいれば、一人で黙々と勉強を進めるものたちもいたりと思い思いの勉強方で自習している。
そんな中、俺と机をくっ付けて化学を勉強していた千冬がふいに口を開いた。
「形無は受験先、決めたのか?」
「あぁ。学費が安くて就職のいい藍越学園を受けるつもりだけど」
「……IS学園を受験しようとは思わないのか?」
「男の俺が受けられるわけないだろ?」
俺は実家からの交通も良くて学費も安い、おまけに就職先も多い藍越学園を受験しようとしている。確か原作で一夏が受けようとしてた学校だ。ここ、確かに凄く学費が安い。
俺としては姫無や簪の学費を払わなくてはいけない親父たちに余り迷惑を掛けないように、という考えからの決断だ。
「しかし、アレだけの力があるんなら……」
「俺はあの能力を見せびらかすつもりなんてないよ」
千冬はIS学園を受験する。簡易適性試験においても高い評価を受けていた千冬なら、倍率一万倍だろうが落ちることはないだろう。
なんてったってあの白騎士を操縦していたんだしな。
でも俺は違う。
『黒白事件』の時だって超能力を使っただけでISに乗っていたわけではない。
……世間ではスーツ型ISなんて噂されてるけど。
とにかく、俺がIS学園になんて行けるわけがないんだ。というかあんなフラグまみれの場所に行きたくないんだ。
「しかしだな……」
「はいはい。この話はこれで終わり。これ以上喋ってると他の迷惑になるだろ」
「むぅ……」
そんな頬を膨らませてこっちを見つめてきたってダメだからな。ちょっとドキッとしたけど、それとこれとは別問題だ。
「そういや束ってどうしてるんだ?」
「私には喋るなと言っておいてお前は普通に喋るのか……。さあな、もともとアイツは自由奔放というかなんというか、掴み所のない奴だからなあ。三週間程前にやることがあると言って家を飛び出したっきり帰ってきていないそうだ」
「そうか……。まあ束なら心配するだけ無駄だろうけど」
中学三年に上がった俺たちは三人とも同じクラスになった。というか束が何か細工を施したらしいんだが、詳しいことを問いただしてもはぐらかされるだけで明確な答えは返ってこなかった。
……担任の女の先生がガクガクと震えていた理由が是非とも知りたかったんだが。
だがそんな束も今や世界的な天才科学者。
ISの発表以降情報開示を求める各国の連絡は後を絶たず、篠ノ之道場にまで政府の人間が押し寄せるほどだ。
束は他人との関わりを嫌うのでほぼ柳韻さんが対応していた。
「ったく、どこいったんだか」
そんな天才が失踪してもう三週間になる。千冬が言うにはなにやらやることがあるらしくそのために色々と画策しているらしいが、一体何をしているのやら。
なんて思っていると。
不意に、教室に備え付けられたテレビの電源が点いた。
「なんだ……?」
訝しげに点灯した画面を見つめる俺と千冬。モニターは数秒の砂嵐の後、パッと画面が切り替わった。
「ッ!?」
「なあッ!?」
俺と千冬は驚愕と同時に目を見張る。
画面の先に、見知った顔が映っていたからだ。
それと同時に俄に騒がしくなる教室内。
「……何してんだ、アイツは……」
画面に映っていたのは。
『やっほー。束さんだよー、かーくんにちーちゃん、見てるー?』
失踪したはずの、篠ノ之束だった。
というか何故に校内放送に束が出てるんだ。
『あ、ちなみにこの映像は全世界に同時中継されてるよー』
マジかよ。
またハッキングしやがったな。
『今日は全世界に発表しなければならない重大なニュースがあるから、それを教えてあげようと思ってね』
ニュース? 一体なんだと言うんだ。つーかよく衛星の監視を掻い潜ってハッキングしたよな束。もう束の手腕を上回る国はないんじゃないだろうか。
「なんのことか知ってるか形無?」
「いんや。全く見当がつかない」
『当たり前だよちーちゃん。だってまだ誰にも言ってないんだもん』
そんな俺たちの会話をまるで聞いているかのように、画面越しの束は俺たちの会話に割り込んできた。他の人がみてたらきっと意味不明だろうな。
『ふふーん。じゃあ発表しちゃおうかな』
何やら得意げな束がピンッと人差し指を立てて。
『なんと!! あの「黒白事件」の黒執事が誰なのか判明したんだよ!!』
…………。
おい。まさかな、幾らなんでも……
『彼の名前は更識形無。世界初の男性IS操縦者!!』
「束ええええッ!!」
静まり返る教室で、俺は血の涙を流して咆哮した。
いかにも『してやったり』的な笑顔を浮かべる束。隣で唖然とする千冬。
一体何のつもりなんだ。俺の平穏をぶち壊して楽しいのか!?
……やめろクラスの皆こっちを見るんじゃない!!
ていうかまさかこんな事するために三週間も行方を晦ませてたってのか。
愕然とする俺に与えられた『初の男性IS操縦者』という全くもって欲しくない称号。
しかも渾名は『黒執事』。
そして、この日俺の辞書から『平穏』という単語が消え失せた。