前回のあらすじ
体育祭は荒れに荒れる
「ふぅ、」
徒競走を終えた俺は再びテントの中へと戻ってきていた。結果は一位。いやぁやっぱ親父との修行で体力ついてんのかね、余裕だった。
一位のバッジを胸につけて帰還すると既に走り終わっていた相模がスポーツドリンクを放り投げてきた。相模の胸にも一位のバッジが付けられている。流石サッカー部だな。
「お疲れさん」
「おう。流石だな相模」
「当たり前だろ。サッカー部がそこらの奴に負けられるかよ」
いや俺の隣走ってたのサッカー部だったけど。思いっきり帰宅部に負けてたけど。
あ、だから何か絶望した表情で二位のバッジ貰ってたのか。
確かに帰宅部にサッカー部が負けたら立つ背が無いよなあ。
「お前に負けた中田めちゃくちゃ落ち込んでたぞ」
「いやそれを俺に言われても」
「まぁ更識は帰宅部にカウントしちゃいけないよな。運動部にカウントしてもそのチートな運動神経なら間違いなく上位だろうし」
「買い被りすぎたって」
「どこの世界に一〇〇メートルを十秒フラットで走る帰宅部が居るんだよ」
え、此処にいますけど。
……やめろそんな『人外』のものを見るような眼でこっちを見るんじゃない!!
俺の場合は帰宅部って言っても家で更識流の柔術やってるし、
「お、次走るのアイツじゃねえか」
手で日差しを作りグラウンドのほうを見る相模が言うので、俺もそちらに視線を向けていると。
「……うわ、」
思わず口に出てしまった俺は悪くない。
いやだってさっき『俺の嫁たちから手を引け!!』的なことを堂々と言い放ちやがった非常に残念でアブナイ性格の持ち主、織村一華なのだから。
「アイツも黙ってればイケメンなのに、口を開いたらホントに残念な奴だよなぁ」
相模が苦笑しているがそんな生易しい性格してねぇぞアイツは。良いのは多分
周りからも認められて『天才(災)』と称されている束とは違い、織村の場合は自称天才。はっきり言って束とはレベルが違う。
以前俺と束がIS開発の設計図を二人で見ながら話をしていた時、アイツが我が物顔で話に割って入ってきたことがあった。俺は何かと思って話を聞いてみれば、どうやら織村も工学には強いのか設計図らしきものを見てペラペラと自慢気に束に向かってここがどうだのこれはああだの話し出したのだ。
あ、束はガン無視してたけどな。
それに気付いてか気付かずかは分からんが話し続けた織村は『まぁ、つまる所』と一拍おいてから。
『束には俺の頭脳が必要なんだ』
……えぇ~。
今の束のガン無視をどう都合のいいように解釈したらそんな事が言えるんだ。もし俺が束にガン無視されたら完全に心が折れ……たりはしないな。だって束だし。未だに俺の部屋に隠しカメラとか平気で仕掛ける奴だし。
でもこれが姫無や簪だったら俺はもう生きていけない。姫無たちに無視されるとか、考えるだけで寒気がする。
話が逸れたが、まぁつまり何が言いたいのかと言うとだ。
俺アイツのことはどうも好きになれん。
というか嫌いの部類に入るな。
小学校の頃まではこうまで露骨なナルシストじゃなかったと思うんだが(形無は中学まで織村の存在を気にも留めていないので覚えていない)、こんな俺毛嫌いされてたのか?
俺何かしたか?
「はぁ……」
「どうしたよ更識。じじいみたいな溜め息ついて」
「午後からの一発目でアレと二人三脚しなきゃいけない俺の身にもなってくれ……」
「あぁ……御愁傷様」
「……つーかこの組み合わせにしたのお前だろ相模」
「(ギクッ)……え? いやその……待て待て待て!! 何だその高々と掲げられた右拳は!!」
「そういや俺騎馬戦のときお前に死刑宣告出してなぁと思って」
「ストップストーップ!! 一回落ち着こう更識、早まるなまだ間に合う!!」
「間に合わないから」
直後、テント内に鈍器で殴ったかのような鈍い打撃音が響いた。
◆
さて、午前中の競技が全て終了したので現在俺たちはブルーシートの上で弁当タイムだ。
俺たち、というのは親父に母さん、姫無簪と千冬と束、それに一夏と箒たちである。今日は土曜日だから小学校も幼稚園も休みだからな、やっぱり賑やかなほうが楽しいし。
でも束、お前は今まで一体どこで何をしてたんだ?全く見当たらなかったんだが。
「しっかし流石だな形無!父さんは鼻が高いぞ!!」
「俺は親父のせいでテンション低いんだが……、母さんちゃんと親父を見張っててくれよ」
「あらあら。じゃああとでオハナシしないといけないわね」
「すまん形無父さんちょっとはしゃぎすぎたかもしれん」
「いやちょっとじゃねぇし」
母さんお手製のおにぎりを食べながら俺は小さく溜め息。いやおにぎりはすごい美味いんだけど親父の暴走が俺の中で味を台無しにしているんだ。
「……お兄ちゃん、これ……」
「ん? ウインナーか」
隣に座っていた簪がおずおずと先端に均等に包丁を入れた赤いウインナー、俗に言うタコさんウインナーを箸で差し出してきた。
「ありがとな簪」
差し出されたウインナー。これは食べろと言っているんだろうから俺は素直に受け取ることにする。なんたって愛する(家族として)妹からのお願いだからな。断るわけがないじゃないか。
「それじゃ遠慮なく」
そして俺は、簪が箸でつまんだままのタコさんウインナーを手で取って自らの口に放り込んだ。
だって箸渡しは行儀悪いだろう?
「…………」
「……ん?」
えーと、簪?
なんでそんな『嘘でしょう……?』みたいな絶望した表情で俺を見てるんだ?
俺が何かマズイことしたのか……?
因みに今の簪は右手で箸を持ってタコさんウインナーを何故か俺のほうへ近づけ、左手はそれに添えるように少し下に置かれている。
これは言うなれば『あーん』スタイルみたいなんだが…………
そういうことかぁ!!
俺はバカか!!
どっかの鈍感主人公みたいなことしてしまったが普通に考えれば分かるだろう!!
「かか簪!? 悪かった、だからそんな顔しないでくれ!!」
既に目尻に涙を溜めていた簪を宥めるべく俺はあたふたと画策するが。
ふにっ
生暖かい何かが俺の頬に触れた。
……何故だろう。
とてつもなく嫌な予感がするんだが。
恐る恐る俺がそちらに顔を向けてみれば。
「…………」
「えーと……、姫無?」
顔は笑顔だが無言で俺の頬に玉子焼きをぐいぐい押し付けてくる姫無の姿が。
「兄さん、あーん」
「ひ、姫無? なんでそんな笑顔で背後にどす黒いオーラを纏ってるんだ?」
「あーん、でしょ?」
敢えて言おう。
ガチで怖いと!!
六歳でこんな殺気混じりのオーラを出せるなんて姫無、恐ろしい子。いや、そんなこと言ってる場合じゃないな。右も左も箸片手に『あーん』なるものをさせようとしてくる我が妹たちに挟まれてしまって完全に逃げ場がない。
いや、嬉しいか嬉しくないかって聞かれたらそりゃ嬉しいって答えるさ。答えるけど、それはあくまで自宅内の話で、尚且つ姫無簪が普通の状態だったらの話だ。
俺はこんな冷や汗まみれの両手に花状態は望んでない。
「ほら、あーん」
玉子焼きをぐいぐいと尚も押し付けてくる姫無をまず満足させるべきだろうか。
……いや、そうしたら完全に簪が泣く。既に目は潤んでいてどこかのチワワみたいになってしまっているんだから、限界はかなり近いとみてまず間違いないだろう。
ならまずは簪のタコさんウインナーに手を出すべきか?
……いやそれもダメだ。
そうすると姫無の機嫌がますます悪くなる。最悪口を聞いてくれなくなるかもしれない。もし万が一そんな事態になれば俺は間違いなく寂しさで死ぬだろう。
どっちを取ってもバッドエンドしか見えてこないこんな状態を、一体誰が予想しただろうか。
まぁ確かに昔バッドエンドしか見えなくなりそうだとか言った記憶はあるが、まさかそれが体育祭の昼休みに発生するとは夢にも思わなかったよホント。
しかしどうするよ。
どーすんの俺。
この状況を誰も傷付けずに打破するには、一体どうしたらいいんだ。
「形無」
すると、そんな状態の俺を見かねてか正面に座る千冬が声を掛けてきた。
助けてくれるのかと思い俺は心底安堵した。流石は『いつメン』、仲間がピンチのときに必ず駆けつけてくれるヒーローよろしく、俺を窮地から救い出してくれるのはさながらホントにヒーローみたいだ。
だが。
「その、まぁなんだ……このエビフライも、なかなかだぞ……?」
ずいっ、とエビフライを箸でつまんで俺のほうへと差し出してくる千冬。
……こいつ火に油どころか原油一斗缶まるごとぶち込みやがった。
「……千冬さん。兄さんは私の玉子焼きを食べるんだから邪魔しないでください」
「ほう。言うじゃないか姫無。だが形無はエビフライのほうが食べたそうだぞ?」
「……お兄ちゃんは……私のを、食べるの……」
ダメださらにカオスになってる。左右正面から箸を差し出されるなんて経験、きっと俺が世界初なんじゃないだろうか。
どうにかしてこの場を収めて脱出しなくては。俺は助けてくれそうな人物を見回してみるが。
……ダメだまともな人種がいない!!
親父はなんかニヤニヤしながらこっち見てるし母さんも傍観を決め込んでいるのか頬に手を当てニコニコ微笑んでいるだけ。箒も一夏も今のこいつらを止める術は持っていないだろうし。
畜生ここに俺の見方はいないのかよ!!
「かーくんかーくん」
と、そこに今まで黙々と箸を進めていた束がようやく口を開いた。彼女の弁当箱は既にからっぽになっており食材の類は残されていない。
ということは、この『あーん』に参加されるということはないということになる。
「束……!」
俺は珍しく頼りになりそうな束を正直見直した。だからこそ、俺は束が次に言った言葉が一瞬理解できなかった。
「かーくんには食べ物なんかじゃなくて、私を食べて欲しいな~」
……ゑ?
その言葉に俺だけでなく千冬の動きまでもが完全に止まる。姫無簪は意味が分かっていないようで頭上に?マークを浮かべ首を傾げているが、親父たちはニヤニヤ顔がヒートアップしている。
俺が甘かった。
篠ノ之束は『天災』なんだ。
こいつは何の躊躇いもなく、炎の中に核ミサイルをぶち込むような人間だった。
「……はぁ」
俺は完全に脱力し大きな溜め息を吐き出す。こうでもしないとやっていられない。周りで姫無たちが頻りに何やら騒いでいるが、俺としては早く解放されたい一心なのだ。
結局、千冬、姫無、簪のを三つ同時に食べるということで一応この騒動は終息した。
そして、午後のからの一発目、二人三脚が始まろうとしている。