前回のあらすじ
結局、俺は頼まれたら断れない。
体育祭当日。
どうせなら大雨でも降って延期、もしくは中止になってほしかったが、そんな俺の切実な願いなど知るかとばかり上空には澄んだ青空が広がっていた。
天気、快晴。
体育祭、決行。
親父、始動。
いやいや。
親父、始動とか言ってるけど俺としてはホントに笑い事じゃないんだよ。まじで体育祭がカオスになる未来しか見えてこない。
「母さん!! 写真撮るなら最新のデジカメか、昔ながらの一眼レフかどっちがいいかな!?」
「あらあら。いいんじゃないですか?……どうでも」
「どうでも!? 母さんそれは酷いカウンターだぞ!!」
「楯無さんはしゃぎすぎです。子供よりもワクワクしてるじゃないですか」
「当たり前じゃないか!! なんてったって年に一度の行事なんだぞ!!」
「どこにワクワクしすぎて前日一睡も出来ない親がいるんですか」
母さんのが呆れたように親父に言う。母さんの言うとおり親父は一睡も出来なかったのか目の下に隈を作っている。なのにこのハイテンションっぷりは一体何なんだ。睡眠をとらなかったくらいじゃ今の親父は止められないってことなのか……!
「ん、おお形無早いな! さてはワクワクし過ぎて寝れなかったんだなぁ?」
「アンタみてぇなのと一緒にすんな」
「酷い!! 親に対してこの言い草、母さんどう思う!?」
「自業自得です」
「母さんまで!!」
……取り敢えず朝っぱらからカオス全開のこの親父が鬱陶しくて仕方がない。なんだこのテンション。遠足前日の小学生でもこんなワクワクしてないぞ。
「……はぁ、取り敢えず落ち着けよ親父」
「体育祭だぞ、これが落ち着いていられ……」
「母さーん」
「うん取り敢えず落ち着こうな」
ガクガク震えながら即座に食卓につく親父。やはり今でも母さんがこの更識家で最強の座についている。そのオハナシはこれまで何度親父の心をへし折ってきたかわからない。
先程までのハイテンションぶりが嘘のように大人しくなった親父はそのまま手を合わせ、食事を始めた。
さて。
「なぁ姫無。いい加減俺の腕から離れてくれないか」
「いや」
居間に入ってきたときから実はずっと腕にくっついていた姫無に離れるよう進言するが即座に拒否されてしまった。
毎度の如く俺の布団に潜り込んでいた姫無をどうにか起こしここまで来たはいいが腕にくっついたまま離れる気配が微塵も感じられない。
いや嬉しいは嬉しいんだけどこれじゃ飯が食えない。今日は体育祭だからいつもより早く学校行かないといけないし、余り時間もないんだけど。
当然のようにくっついて離れない姫無に母さんたちも何も言わないし、困ったなぁと俺が思っていると。
ひしっ
「…………」
空いていた腕のほうに、もう一人の我が妹がしがみついてきた。
「……簪? 何をしてるんだ?」
「……お姉ちゃんばっかり、ずるい……」
「いやずるいとかじゃなくてな、飯が食べられないんだ」
「……食べさせて……あげる……」
顔を赤くしてそう言う簪。うん、それは俺としてはとても嬉しい提案なんだけどな。両腕でしがみついているのにどうやって俺に食べさせるっていうんだ。
「む。何言ってるの簪。それは私の役目よ」
「……お姉ちゃんばっかり……私だって……」
俺を挟んで姉妹で口喧嘩みたいなのを始めてしまった。
頼む。誰か助けてくれ。
「姫無、簪。お兄ちゃんが困ってるでしょう?」
「だってお母さん、簪が……」
「お姉ちゃんが……」
「そんなことしていると嫌われちゃうわよ?」
シュバッ!!
一瞬にして俺の両隣から妹たちが居なくなり、黙々と食事を開始していた。なんつー速さだ。そして母さんグッジョブ。
「いただきます」
そして俺もようやく食事にありつく。やっぱ日本人は白米と味噌汁だよなぁ。何かこう安心する味だ。
「……おっと」
こうしちゃいられない。何せ今日は登校してから割り当てられた教室で体操服に着替えなければならないのだ。故にいつもよりも十五分は早く家を出なければならない。起床時間がいつもと変わらない俺は、必然的に朝食の時間を削るしかないのだ。
俺は急いで食事を喉に通し、ごちそうさまと告げて居間を後にする。部屋に戻って制服に着替え鞄を手に取り家を出た。
「おはようかーくん」
「おはよう。今日は千冬はいないんだな」
「うん。なんか剣道部とかの運動系部活は朝から機材とかの運び出しやらされてるみたい。ちーちゃんまで行くことなかったのに」
つまらなさそうに言って隣を歩き出す束。昨日あんな爆弾発言をしてくれやがったわりには全くもって普通だ。まぁ俺も冗談だとは分かってるから気にはしてないが。
「あ、なぁ束。今日のプログラムとか持って……」
「ないよ」
だよなー。
言い出してから気付いたけど完全に聞く相手間違えた。こいつがプログラムなんか持ってるわけない。 なんせ去年は一日中保健室で過ごした奴だからな。ただでさえ出ないと言い張っていた束を俺と千冬で説得し参加させたらあのザマだ。
きっと今日も参加する気はないんだろう。
「あ、でもかーくんの活躍はちゃんと見届けてあげるからね♪」
嬉々として言う束だが、『あ、』と思い出したかのようにみるみるその表情を曇らせていき。
「でも二人三脚のペアがあいつなんて……」
眉間に皺を寄せながら本気でイヤそうに言う束。名前を言うのもイヤなのかアイツ呼ばわりだ。まぁ、他人に興味を抱かない束にアイツとして覚えられているという点においてはそれなりに興味の沸く人間なんだろうが。
「あぁ織村か。アイツ何かと俺につっかかってくるんだよなぁ」
「ほんと鬱陶しーよアイツ。私にベタベタ触ってくるし、吐き気する」
束にとってアイツ、織村一華は汚物か何かと同レベルの存在みたいだ。
確かに『織村一華』なんてちょっと出来すぎた名前だよなぁ。千冬が弟と読みが同じだって言って本気で嫌がってたっけ。
……まさか俺みたいな転生者とかじゃないよな?
あるわけないか。まだ原作前だし原作まで生き残れなかったモブキャラなんだろう。
そんな残念なモブキャラである織村だが、実は幼稚園のころからずっと一緒だったらしい(俺は記憶に全く残っていなかったが千冬たちが覚えていた)。
初めて話をしたのは俺が中学に上がってからだ。その時は『俺はお前と違って選ばれた人間なんだ。嫁は誰にも渡さん!!』とかなんとか言っていたが、何のことだか俺にはさっぱりわからん。
……と。
そんなことを考えていたらいつの間にか学校の正門前までたどり着いていた。
グラウンドのほうを見てみれば幾つものテントがトラックを囲み、その上には世界各国の国旗が張り巡らされている。
「じゃあ、男子は更衣室で着替えだからまたあとでな」
「え? 束さんももちろんついて……」
束が言い切るよりも早く、俺は彼女の頭に拳骨を降り下ろした。
「いったぁ!! かーくんそれは暴力だよ!?」
「馬鹿者これは愛のムチだ」
「あ、ああ愛の!?」
ん?
何故そこで反応するんだ。取り敢えず気持ち悪いから頬に手を当ててくねくねすんのやめろ。
「形無!」
束がくねくねしていると前方から俺の名前を呼ぶ聞きなれた声が響く。
走ってこっちに向かってくる体操服姿の少女の名は。
「おー千冬」
「おはよう形無。……ところであの馬鹿はどうしたんだ?」
「あー、気にするな。病気みたいなもんだ」
「? そうか。所で、今日は頼むぞ形無。赤組が優勝出来るかどうかはお前の活躍次第なんだからな」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟なものか。形無が一番の主力なんだ。先ずは騎馬戦からだが頑張ってくれ」
それだけ言って千冬は本部のほうへと走り去っていった。
やれやれ、やっぱ剣道部だけあって千冬も生粋の体育会系だよなぁ。あんなやる気満々なの久しぶりに見たぞ。
「さて、」
俺は未だくねくねしている束を放置して、指定された更衣室へと向かった。
◆
『――――これをもちまして開会式を終わります。第一種目、男子による騎馬戦に出場される選手のかたは、至急入場ゲートにお集まり下さい』
開会式の司会を務めていた三年生の女子のアナウンスにより、現在俺は入場ゲート裏で競技の開始を待っている。
この騎馬戦はどこの学校でもやるような至って普通のものだが、ただ一つ違うのは奪うのが頭に被った帽子ではなく、タモさん風のサングラスだということだ。
どうやら帽子だとゴムを使ったり手で押さえたりといった反則行為も多く、また時間もかかるため時間短縮の狙いもあってこのサングラスを奪い合うというふうに決定が下されたようなのだが……。
なんでサングラス!?
もうほんとこの学校バカなんじゃないかと思う。だいたい考えてもみろ。三人に担がれている上半身裸の男子がサングラス装備って、しかもそれが東西で何十人と腕組んで睨み合ってるて。
シュールすぎるだろうが。
なんか残念なアンダー○ン君みたいじゃねえかよ。
「……なあ相模」
「うん?」
現在俺を担いでいるうちの一番前に位置する相模に俺は話し掛ける。
「このサングラス……取っていいか?」
「だめだ」
「だって明らかにおかしいだろうが!! その上視界最悪だし!! 委員会もちっとましなもんチョイスしろよッ!!」
「そんなこと言うなよ。……似合ってるぞ(ププッ」
「よしお前あとで殺すからな」
必死に笑いを堪えている相模に死刑を宣告して、俺は審判に指示され入場ゲートをくぐって所定の位置につく。
あ、因みに赤組と白組、どっちがどっちかを判断する基準は騎馬を作っている男子の先頭が被っている帽子の色だ。
そこは帽子被るんかいッ!!
「はぁ……、なんかもう帰りたくなってきたよ」
「なこと言うなよ更識。堂々としてりゃいいんだよ。ほら、あいつみたいに」
「ああ?」
溜め息をつく俺に相模は顎でとある人物のほうを指し示す。
そこに居たのは。
なんか誇らしげにサングラスかけて胸を張りながら腕を組むクラスメイト、織村一華の姿。
「……なんであいつはあんなにも誇らしげなんだ」
「サングラス似合ってると思ってんじゃねぇの?」
「あれで髪オールバックにしたら完璧タ○リだぞ」
「確かに……っと。そろそろ始まるっぽいぜ更識」
言われて正面に向き直ると、審判であろう女子が空砲のピストルを今正に頭上に持ち上げようとしていた。
それを確認した男子たちの表情が引き締まる。闘い前の血がスーッと引いていくような感覚を覚えながら、俺は空砲が鳴るのと同時――――。
「形無ぃッ!! やっちまぇぇええええッ!!」
――――親父の喧しすぎる応援に、思わず落っこちそうになった。
「……あんのクソ親父……!!」
「更識!! 来るぞ!!」
今すぐにでも親父に文句を言いに行きたいところだが、敵がそんな時間をくれる筈もなく、雪崩のようにこちらに襲いかかってきた。
……だめだ緊迫した場面なんだろうけど皆が着けてるサングラスが全てを台無しにしている。
気を取り直し、俺もその流れに乗って白組たちが向かってくる方へと走り出した。
狙うはサングラス。帽子よりは取りやすいだろうが如何せん視界がモノクロだ。下手に動いてサングラスを自ら落とす、なんて可能性もある以上下手に突っ込むのは愚策なんだが。
「うぉぉおおおおッ!!」
クラスメイトである織村一華は愚直なまでに真っ直ぐ白組の密集地帯へと突っ込んでいった。
あ、騎馬のスピードについてこれずに後ろの騎馬役やってた相撲部のやつがコケた。それが影響して他の二人の騎馬もバランスを崩す。
大きく揺らぐ騎馬。
そして。
パリンッ、という何とも小気味のいいサングラスの割れる音が青空の下響き渡る。
「…………」
俺や相模だけでなく、観客含めた全員が言葉を失っている。
否、この場合何て言ったらいいのかわからない、というのが正しいのかもしれないが。
そんな状況の中、織村はゆっくりと立ち上がり、鼻を擦りながら一言。
「……くっ、この俺のスピードに常人では付いてこれないか」
「…………」
会場、絶句。
こうして波乱の体育祭は幕を開けた。