「……ん、」
瞼をゆっくりと持ち上げて、自分が目覚めたということを知覚する。ベッドの上でまだ余韻にひたりたいところだが、それをすると二度寝してしまいそうなので睡魔を捩じ伏せて身体を起こす。
「ふぁ~あ……」
ぐいっと腕を持ち上げ、背筋を伸ばす。凝り固まった筋肉がほぐれていく感覚が何とも心地よい。
「朝か……」
更識形無。
十四歳になりました。
……いや、分かってる。言いたいことは分かってるよ。なんでいきなり小二から中二までとんでんだよサボってんじゃねぇってことだろ?
……大して原作に絡むようなことが無かったんだよ。
普通に千冬、束と学校でつるんで家じゃ更識流と超能力が使えるようになるための修行。あとは愛すべき妹たちとの触れ合い。そんな毎日を過ごしてたらいつの間にか中二になってた。
この六年で俺は身長も伸び、体格もゴツくはないがそれなりの筋肉がついて男らしくなった。
更識流の修行も大分進み、今じゃ親父ともいい勝負が出来るくらいには成長している。まぁ、まだ勝ったことは一度もないけど。
「……ん、」
布団から出ようと身体を動かした瞬間、何かが俺の腰辺りに触れた。
…………。
嫌な予感がしてならない。ようやく覚醒してきた意識を自らの布団に向けると、明らかに自分以上の体積のふくらみがある。
「…………」
ガバッ、と。
俺は無言で自分の布団をひっぺがした。
「……すぅ、」
視線の先には、丸まったまま気持ち良さそうな寝息を立てて眠る我が妹。
更識姫無、六歳である。
「またかよ……」
ここ最近、というかほぼ毎日。形無の布団にこうして姫無は潜り込んでくる。
というのも、姫無が幼稚園半ばまでは形無と一緒に寝ていたということが関係している。小学校に上がる前に姫無には自室が与えられ、身の回りのことは自分でするようにと言われていたのだが、如何せん自室で一人寝るのは慣れないらしく、結果こういうことになっているというわけだ。
まぁ、何だ。
慕ってくれているというのは兄として非常に喜ばしいことなんだが、寝るくらい一人で出来ないと心配になる。小学一年だし、これから直していけばいいとは思うが。
「ほら姫無、起きろー朝だぞー」
「……んにゅぅ」
「…………」
はっ!!
いかんいかん。寝顔が余りにも可愛いんで思わず食い入るように見つめてしまった。ここは兄としてしっかり妹に自分の部屋で寝るように言わねば。
……少し寂しいような気もするけど。
「姫無。ひーめーなーしー」
「んん……、あ、兄さんおはよう」
まだ眠いのか眼をこすりながらゆっくり起き上がる姫無。
ぐはっ!!
いかん、なんだこの可愛い生き物。抱き締めたくなっちまうじゃないか。
「……ったく。自分の部屋で寝てくれっていつも言ってるだろう?」
必死に平静を装ってそう言う俺に、姫無は笑って。
「兄さんと一緒じゃないと寝れないんだもん」
「そんなんだと将来困るぞ?」
「いいもん。兄さんが一緒に居てくれるから」
決定事項ですか。
ニコッと笑ってそう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。このやり取り、最早毎日の恒例になってしまっている。
「はぁ、取り敢えず居間に行くぞ。母さんが朝食作って待ってる」
「うんっ」
そう返事をした姫無はベッドを降り、俺の隣を歩いて居間へと向かう。これもまた、習慣化しつつあったりするのだ。
居間の前までやってきた俺たちは障子を開き、朝食が並べられた居間へと足を踏み入れる。
「おはよう」
「おはよ~」
「おう形無、姫無。なんだお前らまた一緒に寝てたのか」
「あらあら。姫無は本当にお兄ちゃんが好きなのねぇ」
「うん!」
「……(本当は困ってるが好きと言われて悪い気はしないので何も言えない)」
「お姉ちゃん……また……」
既に食卓についていた簪が頬を膨らませてこっちを見ている。
……なんだ、その俺が悪いみたいな目は。
「ふふんっ」
姫無は姫無で自慢気に簪の隣に座ってるし。
「お姉ちゃんばっかり……ずるい……」
「悔しかったら簪も兄さんの部屋で寝ればいいじゃない」
「……まだ、無理だもん……」
簪はそう言って下を向いてしまった。何故無理なのかというと、それは我が父親に原因がある。
俺の目の前で味噌汁を啜るこの親父は、周知の通り病気レベルの親バカだ。それはもう、夜子供と一緒に寝ないと不眠症になるくらいに。
故にこれまでは親父と母さん、姫無に簪の四人が一部屋に集まって床についていたんだが、つい最近姫無が自立(とは言ってもあの有り様だが)し、三人で寝るようになったのだ。
そんな状態で簪までもが一人部屋に移ってしまったらきっと親父は寂しさで死ぬ。ウサギみたいに。いや全く可愛くはないけどな。
そんなわけで簪はそっちの部屋を抜け出せないのだ。いや簪まで来られたら俺の寝るスペースなくなるから。……イヤではないけど。
「ほら二人とも早く食べろよ」
「「はーい」」
言われて姫無たちは箸を取り食事を始めた。俺も黙々と食事を続ける。食事の最中は誰も喋らないし、テレビも消してある。更識家の家訓の一つだが、食事中は静かに、というものがある。
命に感謝し、口に運ぶことに話し声は無用というのが理由らしい。喋っていいのは『いただきます』と『ご馳走さま』だけだ。
「ごちそうさま」
俺は箸を置き、手を合わせる。食器を下げて居間を出た俺は自室へと戻った。
現在時刻は午前七時四十分過ぎ。丁度いい頃合いだろう。
部屋へと戻った俺はクローゼットから学生服を引っ張り出して袖を通す。真っ黒な学ランは流石に五月半ばのこの時期になると少々暑くなってくる。
「もう五月も半ばかぁ」
壁に掛けてあるカレンダーに視線を移しそう溢す。早いものだ、新しいクラスになってからもう一ヶ月以上経つのだ。
二年生に進級し新しくなったクラスにも慣れ、友達も大勢できた。これはとても喜ばしいことだ。充実した学校生活が送れているという実感もあるし、これと言った不平不満もない。
……あるとすればむしろ『ピンポーン!!』……もうそんな時間か。
思いっきり和風な屋敷のこの更識家に鳴り響いたインターホンの音を聞き、俺は大して教科書も入っていない薄っぺらな学生鞄を手に取って自室を後にした。
「親父、母さん行ってくる」
「おう形無。気をつけてな」
「行ってらっしゃい」
親父たちにそう言って、俺は玄関を出て門をくぐった。
「おはよう形無」
「おっすかーくん!!」
そこに居たのは中学校の学生服に身を包んだ美少女と言っても過言ではない二人。
織斑千冬。
篠ノ之束。
『いつメン』と呼ばれるメンバーだ。
彼女たちも中学生だ。小学校の頃とは比べものにならないくらい成長している。特にあの双丘。千冬も束も立派に成長中のようだ。特に束。あれはもう中学生というレベルを完全に逸脱している。凶器だ。
「おはよう」
まぁ、そんなことは決して口には出さないけどな。
彼女たちとは幼稚園からの知り合いだからかれこれ十年近くの付き合いになる。早いものだ。最初はなるべくフラグを建てないように原作キャラとは関わらずひっそりと生きていこうと心に決めていたのに、それを一瞬にして破壊したのが何を隠そうこの二人だ。
幼小中と同じ学校に通う俺たち三人は中学でも有名になりつつある。
千冬は剣道部の二年生エースという肩書きとそのクールビューティさで同性からの支持が多く。
束については言うまでもないがその頭の良さで、中学では自他共に認める天才だ。
そ して俺なんだが……正直有名な理由がイマイチ解らん。勉強は前世の記憶があるから並よりは出来るが束には遠く及ばないし、運動も更識流を修行しているからこれも並よりは出来るが千冬ほどのセンスはない。
※形無は周りにいる連中が凄すぎて若干ハードルが高くなっています。
それに見た目だってこの二人に比べたら見劣りしまくる。
「…………」
「…………」
なんか千冬たちがジト目でこっち見てくるんだけど。何これ怖い。
「……形無」
「はい?」
「お前今間違ったこと考えていなかったか?」
「いや、別に」
「……まぁいい。それよりも、形無はどれに出るか決めたのか?」
「はい?」
「……まさか忘れていたわけじゃないだろう?」
忘れる?
俺何か忘れてたか?
「体育祭の競技のことだ。今日のHRで個人競技を決めると先生が言っていただろう?」
「あ」
「束さんも初耳だけど」
「お前はパソコンずっと触ってたからだろ」
体育祭。そう言えばそんなこと担任の先生が言ってたなあ。
因みに我がクラスの担任の教師の名前は中田(なかた)加奈(かな)。やまやの二番煎じすぎる名前の持ち主だ。
「体育祭、かぁ……」
いや別に体育祭は嫌いじゃないんだ。むしろ身体動かすの好きだし。むしろ授業潰してやってくれるんだから願ったり叶ったりなんだ。
……でもさ。
こういう行事があると病気なオッサンが絶対来るんだよ。
「親父……来るなって言っても絶対来るよなあ……」
親バカ日本代表、更識楯無。
あの親父が来ると碌なことにならない。
事実、去年の体育祭だってそうだったのだ。
子供と一緒に走りながらビデオカメラ回したり、最早騒音レベルの応援したり。
最終的に変質者扱いされて職員室に連行されてたからね。母さん完全に他人のフリしてたからね。
「お父さん……去年すごかったな」
「……言うな」
千冬の同情がつらい。
「でも競技か。何に出るか全然考えてなかったなぁ」
「あ、じゃあさかーくんかーくん! 束さんと一緒に二人三脚出ようよ!!」
「却下」
「即答!? 酷いよかーくんそれは横暴だ!!」
束と二人三脚?
勝てる気がしない!!
「あのな、束。去年の体育祭思い出してみろ。お前プログラム一番のラジオ体操で日射病になって保健室に運ばれたじゃねぇか」
「う……」
束は外、もっと言えば太陽の下で動き回るのが致命的に苦手だ。故に体育の成績だけは他と比べて低い。
「こ、今年は大丈夫だよ!!」
「週末の最高気温三十度近くまで上がるらしいぞ」
「…………」
押し黙る束。どうやら無理だと悟ったみたいだ。
「な、なら形無。私とはどうだ?」
何やら鼻息荒くして聞いてくる千冬だが、コイツも大切なことを忘れている。
「確か二人三脚のあとすぐに部活動対抗リレーだろ。そっちに間に合わなくなる」
「う……」
しかし二人三脚か。
それが一番個人競技の中じゃあ簡単そうかなぁ。転ばなきゃいいだけだし。
「ま、ペアは学校で探せばいいか」
そんな風に適当に考えつつ、俺たち三人は中学校へと通学路を歩いていった。
……まさかのペアに驚くことになるのは、今から約八時間後のことだ。