双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 三部構成になります。
 織村過去編の前編です。
 中編で学園卒業まで、後編でアメリカ編の予定。


# もうひとつのプロローグ

「っだぁー。散々な二日間だった」

 

 一目で高価だと分かる柔らかな座席の背もたれに身体を預けて茶髪の青年、織村一華は天を仰いだ。

 想定外のSSクラス任務の遂行という大変な思いをした昨日から一日経った翌日、織村とナタルはあらかじめ予約を取ってあった飛行機の機内に居た。

 はあ、と重たいため息が織村から漏れる。IS学園が毎年行っている一年生の臨海学校に顔を出してみれば到着早々己の過去を体現したかのような少年と相部屋にされ、その翌日は模擬戦、最終日は緊急任務と気の休まる時間をこれっぽっちも確保できなかったのだからそれも無理からぬことだろう。軽い気持ちで来ることを了承した数ヶ月前の自分を呪ってやりたい気分だ。

 彼の横に座る金髪の女性、ナターシャ・ファイルスはその疲れを労うように織村の頭を優しく撫でる。

 

「でもほんと、イーリも一華も無事で良かった」

「……だな」

 

 昨日の事件のことを思い出して、二人は神妙な顔つきになった。

 イーリに与えられるはずだった専用機《銀の福音》の暴走。その発端となったアメリカの研究所の襲撃。同時期に起こったイギリスの強奪事件と無関係だと言い切れるほど二人の脳内はお花畑ではなかった。

 この二つの事件は裏で繋がっている。そう考えるのが至極真っ当であり、その意見には千冬や楯無も同意していた。楯無の話ではこの件には世界的に有名な企業、HCLI社も一枚噛んでいるらしい。話がどんどん複雑になっていくことに混乱を覚えるが、一先ずはこうして無事に本国へと帰ることが出来るのだから良しとしよう。まさか臨海学校に顔を出すだけで命の危機に晒されるとは露程も思っていなかったわけだが。

 

 今言った件もそうだが、織村にはもう一つ頭から離れない問題があった。

 それは彼にとっても他人事では済まされないものであり、責任の一端は自身にもあるだろうと思っていることだ。

 

(皿式鞘無が消えた、か……)

 

 ファーストクラスの背もたれに体重を預け、深く沈み込む感覚を味わいながら考える。

 皿式鞘無が命令を無視して戦闘空域に現れたこと。確かにそれ自体も問題ではあるが、彼の専用機が束直々にチューンアップしたということも引っかかる。あの天災科学者、篠ノ之束はひと握りの人間を除いて全く興味を示さない。話しかけないとか視線を合わせないというレベルでなく、そこにその人間がいないかのように振る舞うのだ。その異質さを、織村は身をもって経験している。

 そんな彼女が、見るからに不審なあの四人目のために専用機を改造するなんてことが有り得るのだろうか?

 

(いや、現実にそうしてるんだからそうなんだろうが、何か企んでるような気がしてならねえな)

 

 稀代の天才と言われる所以は何もその明晰な頭脳だけではない。彼女は戦闘能力も人外じみていることを織村は身に染みて理解している。

 以前手合わせしたときは専用機の受け取りを拒否したために無理矢理行われたものだったが、もしかすると皿式鞘無が専用機のチューンアップを断っていた場合もそうなっていたのだろうか。そう考えると背中に冷たいものが流れた。

 顔色を悪くする織村に気がついたのか、ナタルが気遣わしげな視線を向けてきた。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

「ああ、いや。ちょっと昔のこと思い出しててな」

「昔って?」

 

 こてんと首を傾げるナタルのその仕草は美しい見た目とのギャップもあって一層可愛らしく見えた。機内に居る男性客の多くの視線を集めていることがそれを証明しているだろう。斯く言う織村もそんな彼女に一瞬見惚れていたので兎や角言うことは出来ないわけだが。

 それをごまかすように視線を宙にさ迷わせ、ぽつぽつと昔のことを掘り返していく。

 

「お前がまだIS学園に入学する前の話だ」

「それって更識先輩とか千冬さんとかといがみ合ってたときのこと?」

「いがみ合ってたっつうよりも、俺が一方的に突っかかってただけなんだけどな」

 

 当時のことを思い出して、思わず苦笑する。

 いくら若気の至りもあったといえ、今思えば自分でもドン引きしてしまうような行いの数々だったと恥ずかしさに身悶えしてしまいそうになる。 

 今でこそ楯無とも笑い話として済ますことができるが、もしもあの時のままの自分であったなら、今こうしてナタルの隣にいることなど出来なかっただろう。

 

 飛行機は離陸して安定飛行に入ったのか、機内にシートベルト着脱のアナウンスが流れる。横の窓からは青々とした空が視界に飛び込んできた。

 ここに来て織村は、自身の身体が思ったよりも疲労を溜め込んでいたことを自覚した。緊張の糸がぷっつりと切れてしまったのか、両の瞼が異様に重く感じられる。半目で隣の席を見てみれば、ナタルは既にウトウトと船を漕ぎ始めていた。

 そんな彼女の寝顔が、織村の睡魔をさらに刺激する。

 しばし抵抗を続ける織村だったが、やがて襲い来る睡魔に押し切られゆっくりと意識を手放していった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 少年、織村一華がこの世に生を受けたのは偶然ではなく必然だった。

 彼はいわゆる転生者と呼ばれる存在だ。前世の記憶を維持したまま二度目の生を受けた存在。その影には神様だとか言われる不確かな人間の上位種があるようだが、この時の織村にとってそれはどうでもいいことだった。何よりも重要なのは時分が前世の記憶を保持したままアニメや漫画の世界に行くことができるということ。生前そういった小説を愛読していた彼にとって、それは願ってもないことだった。

 詳細を聞かされてからの行動は迅速だった。神様転生にはつきものだというチート能力を貰い受け、容姿も好きなように変更し、必要最低限のことだけを聞いてさっさと新しい世界へと飛び込んでいったのだ。

 転生先の世界はインフィニット・ストラトス。ISなんて兵器を中心としたスクールラブコメ。

 ラブコメってんなら一大ハーレムを築いてやるぜオラァ、と意気揚々と新世界へ殴り込んだ織村だったが、一番はじめに目にしたのは目の前で幸せそうに笑う二人の人間だった。見覚えはない。もとよりあるはずがないが、なんとなくこの二人が自分の両親なんだろうということは察しがついた。

 生まれてきた子供を両腕で大事そうに抱いて笑みを零す母親に、実はその子供は普通の人間ではないんですと言ったらどうなるのだろう。この世界にまだ大した執着を抱いていなかった織村は、そんな邪なことを思いさえした。

 

「ねぇあなた。私、この子の名前もう決めてたの」

「へえ。なんて名前なんだい?」

「男の子でも女の子でも、『一華』。他の誰でもなく、この子にしか咲かせられないような立派な華を、人生を歩めますようにって」

 

 幼少期の記憶を、織村はよく覚えていない。

 この両親の顔だって、今となってはよく思い出すことは出来ない。彼らは既に、この世を去っているからだ。写真を頻繁に撮るようなこともなかったから、家族写真も残されていない。

 でも、だけれど。

 このときの母親の言葉だけは、今でもはっきりと彼の中に残されていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 インフィニット・ストラトスの世界に転生して五年。なんの動きも見せない生活に本当にここはISのある世界なのかと疑問を抱き始めた頃、織村は唐突にその疑問を解消することになる。

 五歳にあがったことで近所の幼稚園に入園することとなり、その初日に全ては始まった。

 割り振られた教室の中に、原作でも最重要キャラクターである人物の面影を見せる少女たちがいた。彼女たちを見た瞬間、織村は全てを悟った。この世界が余りにも平凡だと思われた理由。そもそもこの世界にはまだISなんてものは存在していなかったのだ。

 開発者である彼女がまだ幼女なのだからそれも当然のことだが、織村はそんな彼女たちと同年代に生まれていたことを神に感謝した。

 ああ、これは神も俺にハーレムを築き上げろと言っているんだなと、なんともな思い込みを発揮して。

 だがしかし、幼女とは言え流石は篠ノ之束と言うべきだろうか。五歳児のくせに最新型のノートパソコンをブラインドタッチで使いこなすのは非常に周囲から浮きまくっている。周りの園児たちはにこにこと教室の後方に集まる保護者たちのほうをむいて笑っているというのに、一人だけが一心不乱に画面を見つめ続けているのだから。

 

 まったく、やれやれ、しょうがねえなぁ。

 園児らしからぬ態度という点では織村もあまり人のことは言えないが、ここはいっちょ助け舟でも出してやるかと心の内で呟く。

 これをきっかけにして篠ノ之束を、あとは芋蔓式に織斑千冬とも仲良くなって恋愛フラグを構築してやろう。そのための一歩を踏み出そうとした、そのときだった。

 

「……なんなのかな」

 

 まだ話しかけていないというのに、束はモニタから視線を離してそう言ったのである。

 おいおい俺ってばそんなに存在感放っちゃってんのかと自意識過剰に拍車がかかる織村だったが、どうやら声の向かった先は織村ではなく、その近くに立っていた少年だったらしい。濃紺の髪の毛に日本人にしては多少くっきりとした目鼻立ち。モブキャラにしては濃いな、とこの時の織村はとくに深く考えもせずに思った。

 大方作業に集中している束の機嫌でも損ねてしまったのだろう。不機嫌さを隠そうともしない束の表情から容易く推測することができる。

 

「なんなのかなジロジロこっち見て。鬱陶しいから束さんの視界に入らないでくれる?」

 

 にべもなく切り捨てる束。それを見て、織村はご愁傷様と見知らぬ少年に内心で合掌。ああなってしまった束はもうあの少年と口をきくことはないだろう。興味のない人間にはとことん無関心であることは原作の知識もあって十二分に知っていた。

 だから、織村は全く警戒していなかった。

 自分以外に原作キャラクターである彼女たちと親交を深めることができる存在が身近にいるなんて、これっぽっちも思っていなかったのだ。

 

「ああ、悪かったな。綺麗な髪してたから、見とれてた」

 

 瞬間、織村に衝撃走る。

 単なるモブの一人に過ぎないと思い込んでいた少年は、束の髪を綺麗だと言ったのだ。そしてその言葉に、まんざらでもない表情を浮かべている束がいる。言葉では不機嫌であると主張しているが、五歳児の見栄などお見通しだ。あれは確実に喜んでいる。その事実が、織村には信じられなかった。

 その後すぐに教室に担任の先生が入ってきたが、あまりの衝撃に織村はしばらく呆然とするしかなかった。

 

 そんな彼が正気を取り戻したのは、園児たちの自己紹介が始まって間もなくだった。

 名前順で座席が決められているために『あ』から順番に自己紹介が行われていくなか、自分の番が回ってきたのだ。多少慌てたが、今更自己紹介程度でたじろぐわけもない。他の五歳児たちは自分の名前と好きな食べ物を言うくらいが関の山だが、前世から数えて二十になる織村にはもっと詳細な自己紹介が可能である。

 

「織村一華です。身長は110センチ、体重は24キロ。好きな食べ物は和食で座右の銘は生涯現役、好きな女の子のタイプは強くて博識な子です」

 

 これまでの園児たちが行ってきた自己紹介とは一線を画す織村の堂々としたその態度、言葉遣いに園児たちはおろか担任の先生や保護者までもがあんぐりと口を開けていた。形容し難い空気が教室内に漂う。それには気がつかず、織村は満足げに一つ頷いて着席した。

 その動作でハッとなった担任が、自己紹介の続きを次の園児へと促す。腕組みをして意気揚々と瞳を閉じる織村は、その声を聞くまでまったく気がついていなかった。

 元より座席が真後ろであること、その園児が時間ギリギリになんて後方の扉から入ってきたことで、これまで織村はその園児の存在を感じ取れずにいたのだ。

 だから余計にだろう。予期せぬ衝撃は、束を発見した時以上のものとなった織村の脳天を直撃した。

 

「お、織斑千冬です。よろしくお願いします」

 

 本日二度目の衝撃が織村を襲う。

 考えてみれば確かにその可能性はあった。原作でも昔から知り合いであることは記されていたのだから、こうして通う幼稚園が同じであってもなんら問題はない。

 想定外の幸運に、織斑は机の下で思わず拳を握った。

 

 織斑千冬、篠ノ之束。

 この二人と幼い頃に知り合えたのはこの上ない幸運に違いない。

 片や世界最強の名を欲しいままにするIS界の伝説。片やISという規格外の兵器を一から作り上げた正真正銘の天才。

 そんな二人とこうして同じクラスになれたこと。これはきっと、主人公補正というやつに違いない。

 転んだだけで女の子のパンツにつっこむ。無意識のうちに女の子の胸を揉みしだく。その世界の主人公にしか持ち得ないご都合主義の数々、これもそのなかの一つなのだと織村は確信した。

 

(俺は主人公……。やっぱ転生者ってすげえ)

 

 転生特典の一つである能力は一向に使える気配を見せないものの、こうして原作キャラクターたちとエンカウントできたことでそんなことはどうでもよくなってしまった。

 この世界は自分を中心にして回っている。そう思えることが、なによりも幸せだった。

 五歳児だった織村は、このとき単純にそう考えていたのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 だが織村一華の前に突如として障害が立ちはだかる。

 世界の中心たる自身を差し置いて、あろうことか千冬や束と親し気に話をしている癪に障る男だ。

 彼の名は更識形無。入園式の日に束を口説き落とそうとしていた、濃紺の髪の毛が特徴的なモブだと思い込んでいた少年である。

 

 これまで織村は事あるごとに千冬たちと仲良くなるチャンスを潰されてきた。

 幼稚園の頃は砂場で遊ぼうとしていた千冬を誘おうとしたら横から形無が現れて手を引っ張って行ってしまい、一人静かにパソコンをいじる束に気を利かせてそっとしておこうと考えていたら気遣いを無視した形無が強引にモニタを覗き込んで何かを話出す。

 小学校の頃はクラスが違う形無のほうへと二人は頻繁に顔を出しに行き、織村とはろくすっぽ会話することは無く。

 中学校の頃ついに我慢が限界を迎え誰が主人公であるのか説教してやろうかと思ったら体育祭で連行された。

 これはもう、更識形無という疫病神に邪魔をされているとしか思えなかった。

 

 初めてまともに彼と会話をしたのは、中学校一年生のときだっただろうか。

 ばったりと廊下で出会した彼の両隣には、中学生になって女性らしさが際立ち始めた千冬と束。それを見た瞬間、織村の脳内回路が弾けた。

 

「おいテメェ、嫌がる二人を侍らせて楽しいのか?」

「……は?」

「二人の顔見てみろよ。好きでもねぇ男に無理矢理連れられて心底嫌そうだ。すぐにやめろ、そして消えろ」

「いやいや待てよ。お前何言ってんだ? つうか寧ろ俺は被害者……」

「被害者ヅラすんじゃねぇよ馬野郎。なんなら今ここで目にもの見せてやろうか?」

 

 ああん? とチンピラまがいの声を上げる。この時学園都市第二位のホスト崩れを若干意識していたのは秘密だ。

 この後横の二人が織村へと何か強い言葉を投げていたようだったが、自身の口撃に満足して振り返り歩き出していた織村の耳には届かなかった。

 これで大丈夫だろう、織村は安堵していた。二人についた悪い虫を追い払い、ここから本当の物語を始めよう。そう本気で思っていた。

 中学生にあがったころには超能力も徐々に発動できるようになり、大まかなその性質も理解出来るようになってきた。この能力を自由自在に操ることができるようになれば、ISなど無くとも十分勝負になるだろう。どころか圧倒することさえ造作もないかもしれない。

 自らに宿る強大なチカラに、織村の態度はどんどん大きく、そして横柄になっていった。

 

 そして中学三年の冬。

 待ち望んだ一報が世界中を駆け巡った。

 

 インフィニット・ストラトス。ISの誕生だ。

 原作でも詳しい描写がなかったために想像しにくかった束が起こした事件も、忠実に再現されていた。……かに思われた。

 『白騎士事件』。確かそう呼ばれていた筈だ。束が開発したIS《白騎士》を纏った千冬が、発射された二千発以上のミサイルをその手に握るブレード一本のみで迎撃したという全てのはじまり。

 だとすれば、だとするならば。今テレビで放送されている『黒白事件』とは、一体なんのことを指すのだろうか。《白騎士》の横に並び立つ《黒執事》とは、一体なんなのだろうか。

 そんな織村の疑問は、数ヵ月後の束が衛星中継をジャックするまで蟠ったままだった。

 

『なんと!! あの『黒白事件』の黒執事が誰なのか判明したんだよ!! 彼の名前は更識形無。世界初の男性IS操縦者ッ!!』

 

 時が止まったような錯覚に陥った。

 黒執事というあのIS、操縦者は当然のこと女性だと思い込んでいた。ISのたった一つの欠陥、女性しか起動させることができないという前提条件が、早くも崩れ去った瞬間だった。ありえない、と思った。ISに乗れるのは原作主人公である織斑一夏だけのはずで、それだって判明するのはずっと先の話だ。

 同時に正体を聞いてこうも思った。

 

「どこまで行っても俺の邪魔をするのか……! 更識形無っ!」

 

 こうしちゃいられないと、織村は迅速に行動を開始した。男性の適合者が発見されたことで世界各地で行われることとなった適性検査に乗り込み第二位の能力である『未元物質』を用いてISを強引に起動。来年度から設立されることとなったIS学園への入学切符を取り付けたのだ。

 この時点で織村の中で更識形無という少年は真っ先に排除しなくてはならない異分子と認定された。

 現れるはずのない三人目の男性IS操縦者。そんなイレギュラーは必要ない。片付けられるときに片付けておくべきだと判断したのだ。

 

 だが必然かはたまた運命のいたずらか、織村と形無が直接対峙することは入学してから数ヶ月経ってもなかなか訪れなかった。

 教室へ直接殴り込んでやろうかとも考えたが、そうした場合間違いなく自身に責任を要求されることになるだろう。やるならば自身に被害が及ばず、それでいて向こうに最大限の痛手を負わせられる状況がベスト。しかしながらそんな都合の良い状況など、そうそう生まれるわけもなかった。

 焦燥ばかりが募り、煮え立つ苛立ちへと変わっていく。こうしている今も形無は千冬や束と同じクラスで会話を楽しんでいるのかと思うと、自身でも怒りを抑えられなくなりそうだった。

 その怒りを発散することが出来る場が設けられたのは、七月の臨海学校。様々な思惑が重なりあった結果、形無と模擬戦をすることになったのだ。

 願ってもないチャンスだと舌なめずりをした織村の顔は、贔屓目に見ても主人公を名乗れるような表情ではなかった。

 世界初の男性IS操縦者という肩書きを持つ形無は世間からもなにかと持て囃されているが、実際は世界で二番目の男である己のほうが優れていると周囲に知らしめるいい機会だと思ったのだ。そして弱い男なんかよりも、千冬たちは強い男のほうが好きに決まっている。

 彼女たちの目の前であの男を倒せば、きっとこちらに戻ってくれるだろう。そんな期待を胸に、織村は当日のフィールドへと降り立ったのだ。

 

 結果は惨敗。

 この日初めて織村は敗北を知った。

 そしてこの日、初めて更識形無という男の異常さをその身を以てして感じ取ったのだ――――。

 

 

 

 

 

 

 


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