双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#42 共謀と油断

 

 ――――黄金伯爵。

 それが四人目の男性IS操縦者、皿式鞘無に与えられた新しい専用機の名前だ。Y・Cの開発した第三世代型『サンライト・トゥオーノ』をベースに稀代の天才、篠ノ之束が手ずから改良を施した機体。束が一から全てを制作した白式や紅椿にはややスペック的に劣るものの、現行の第三世代型を大きく突き放す性能を誇るそれは言うなれば三、五世代型とでも言うべきだろうか。

 改造前の美しい山吹色は今や黄金色に変貌し、無骨だったシルエットは多少の名残を見せるものの細く滑らかなシャープなものへと変化している。以前学園を襲撃した全身装甲の無人機とは対照的に、装甲部分の面積は最低限に抑え、また薄かった。黄金の甲冑のように見えるが、頭部には一切の装甲が無い。所々にあしらわれた青い紋様が鞘無とは思えない高貴さを醸し出している。一体何に使用するのか背部にはスラスターではなく深紅のマントが付けられている始末だ。

 両肩に搭載された砲口だけが唯一目に見える武装だが、あの束がそれだけで済ませる筈がない。

 目には見えない部分できっと色々とブッ飛んだ仕掛けを施しているに違いない。そんなことを織村と一夏は考えていた。織村は幼稚園から学園卒業まで、一夏は幼馴染の姉として嫌というほど彼女の性格を熟知している。見てくれのままなどという単純な機体を彼女が制作するはずがない。証拠はない、ただ確信はあった。

 

 そんな二人の懸念を知ってか知らずか、黄金伯爵を操作する鞘無は自信たっぷりという風に織村たち三人を、次いで銀の福音を見据えて一言。

 

「……どうやら、最悪の事態にだけはなってないみたいだな」

 

 良かったぜ、間に合ってくれてよ。と鞘無は機体を愛おしそうに撫でる。その仕草に簪の背筋に得体の知れない寒気が走った。織村や一夏も何を言ってるんだコイツはと怪訝な瞳を鞘無へと向けている。

 二人の視線をどういう意味で受け取ったのか。鞘無は一度だけ頷いて。

 

「分かってる。ここから先は俺とこの『黄金伯爵』に任せときな」

 

 組んでいた腕を解き、尊大な仕草で左右に広げる。

 

「――――ここから先は、俺に任せろッ!!」

「いや何言ってんだお前」

 

 いざ行かんと前のめりになる鞘無の首根っこを織村が引っ掴む。まさか止められるとは露ほども思っていなかった鞘無は喉奥から「ぎゅふぅッ」というなんとも間抜けな声が漏れ出した。顔を青くする鞘無の首根っこを掴んだまま、織村はオープン・チャネルを開く。通信先は旅館に居るであろう鳳鈴音だ。

 

「鳳、聞こえてるか」

『はいはい聞こえてますよ。どうしました?』

「お前、確か皿式の護衛が任務だったよな」

『そ、そうですけど』

 

 僅かに言葉に詰まった鈴の声を聞いて半ば確信する。皿式(コイツ)は旅館を抜け出してこの戦闘空域にまでやってきたのだと。思わず頭を抱えたくなる衝動に駆られる。それをなんとか堪えて、織村は尚もじたばたと藻掻く鞘無に視線を移す。

 

(チッ、面倒になってきやがったな)

 

 皿式鞘無という少年の実力は昨日の模擬戦で十二分に把握している。その上で言わせてもらえば、今回の任務において彼の存在は邪魔にしかならなかった。超電磁砲というある程度の火力を持つ攻撃は持っているしどういう理屈か電撃なんてものを飛ばすことも可能だ。しかし、本人の操縦技術が機体に全く追いついていない。

 Y・Cの制作した第三世代型『サンライト・トゥオーノ』でさえその性能を完全に引き出せていなかったのだ。そんな状態の人間が束直々に手を加えたという機体を乗りこなせる筈がない。織村自身が束の制作した機体に乗っているため言えることだが、束が作る機体はとにかく操縦者を選ぶ。乗り手のことなど全く考えずに今手元にある技術を総結集させて機体を作り上げるからだ。故に操縦者には束の技術力に比例しうるだけの実力が求められるのだ。千冬の暮桜、楯無の黒執事などがこれに当たる。常人がこれらに乗ればまともに飛行することもままならないだろう。

 鞘無の実力は甘めに見てもそこいらの一般生徒と大差ない。一般人が紛れ込んでいるのと相違ないのだから、作戦遂行において障害にしかならないと判断するのは至極当然のことだった。

 

「おい、さっさと旅館に引き返せ」

「なんだと!? いくら俺にギリギリ勝ったからってそんな指図は受けねぇぞ!」

「指図じゃねえ命令だ。この場の指揮権は俺にある。何人も俺に歯向かうことは許さん」

「うるさいうるさい! この機体の力さえあれば、銀の福音だって撃破できるんだよッ!!」

「……んだと?」

 

 癇癪を起こす鞘無の発言の中に、織村は看過できないものを見つけた。それは決して鞘無は知りえない筈の情報。

 

「お前、アレがどうして『銀の福音』だって知ってる?」

 

 知らない筈なのだ。最重要機密として扱われている銀の福音の名称など、一般の生徒には決して漏れないように秘匿されている。一夏たちでさえ千冬にこれが軍事機密に該当する旨を伝えられ、決して口外しないよう釘を刺されていたのだから。数年間に渡って監視の目に晒されるなどたまったものじゃないと全員が思った筈だ。故に、一夏たち代表候補生たちの仲の誰かが鞘無に情報を漏らしたという可能性はかなり低い。そもそも一夏たち招集メンバーは任務開始まで鞘無と顔を合わせてもいないだろう。ISに自動記録されているログを調べれば明らかになることだが、今はそれをしている時間の猶予は無い。

 

 対して、そう問われた鞘無は目に見えて狼狽した。先程までの傲岸不遜っぷりが嘘のような挙動不審ぶりである。

 

「そ、そそれはアンタらがあの機体のことをそう呼んでたからだ」

「大体ここまでどうやって監視の目を掻い潜ってきたんだ」

「俺の『黄金伯爵』のマントには、ISのハイパーセンサーに引っかからない細工が施してある」

 

 一転、己の機体の凄さを饒舌に語り始める鞘無。そんな少年を前にこれはもう口で諭すことは不可能だと判断した織村は、通信機を用いて海域封鎖に当たっている千冬へと連絡を飛ばした。

 

「織斑、俺だ。ちょっとばかし問題が発生した」

 

 返事は即座に返って来た。

 

『鳳から皿式が旅館を抜け出したことは既に聞いている。まさか戦闘空域にまで出張っているとは思わなかったが。直ぐに鳳とボーデヴィッヒを向かわせる』

「頼む。このままじゃまともに動けそうにねぇ」

『……皿式は事の重大さに気がついていないようだな』

「旅館に戻ったらみっちりしごいてやってくれ」

 

 視界の端に皿式を収めながら織村は言う。

 彼はまだこの任務の重大性に気がついていないのだろう。気づいていて尚出張ってきているというのならそれはそれで問題だが。この任務の難度がSSに設定されているのは、二箇所で同時に迎撃を行わなければならないからだ。少数精鋭とはいえある程度の人数確保は必須であり、また達成条件は単に敵を撃破すればいいだけではない。

 銀の福音、サイレント・ゼフィルス共に出来ることなら機体を回収。最悪の場合破壊も厭わないと上層部は言うが、後々諸外国からケチを付けられるのはゴメンだ。

 そして本土への被害を最小限に食い止める事、出来るなら無傷が望ましい。だからこそ海上を戦闘領域に指定したのだ。

 

 そんな任務に当たるのである。

 少なくとも代表候補生に準ずる実力を持つ人間でなければ、この場に立つことは許されない。

 

(それ以前にコイツを守りながら任務を遂行させるってのが難点だ。二人が皿式を回収しに来るまで少なくとも十分はかかる)

 

 その間、銀の福音の攻撃から彼を守るのは織村の役割だ。一夏と簪は自分のことだけで手一杯だろう。そんな所に更に仕事を増やす訳にもいかない。

 本当に面倒なことをしてくれる、と心の内で吐き捨てて、織村は直ぐ様行動を起こした。

 具体的には、鞘無を前線から後退させ、一夏と二人で銀の福音に対処しようとしたのだ。が、しかし。その行動よりも早く、陽光を受けて眩しく光り輝く黄金の機体は動き始めていた。

 

「あっ、オイ!」

 

 織村の静止の声も聞かず、鞘無は最前線へと躍り出る。その表情は喜色に染まり、新しいおもちゃを与えられた子供のようであった。

 

 一歩間違えれば死ぬかもしれない戦場で鞘無がここまで堂々としていられるのにはそれなりの理由があった。

 一つは束が直々に機体のチューンアップを行ったこと。原作では束が制作した機体は全て規格外の性能を誇り、主人公サイドの戦力として十分な働きをしてきた。

 二つに超能力というアドバンテージ。これは鞘無だけしか持ち得ない(他の人間も有していると考えたことがない)異能。その性能と破壊力は言わずもがな、国家代表にだって引けを取らない代物である。

 以上の点から、鞘無は例え軍用ISであっても互角以上に戦えると踏んでいるのだ。

 

(俺の能力なら電磁レーダーだって使えるし、銀の福音の攻撃にも対処できるはずだ)

 

 織村を差し置いて銀の福音の間近にまで出てきた鞘無。そんな彼に声を荒げたのは、今正に一戦交えている一夏だった。

 

「皿式ッ! ここは危ない、下がれッ!」

 

 遠距離からでは攻撃を命中させられないと判断した一夏は銀の福音のレーザーを掻い潜りその拳を突き出す。

 だが、当たらない。機動力では上回っているはずの白式であっても、銀の福音を捉えることが出来ない。

 それを目の当たりにしてフンと鼻を鳴らしたのが鞘無だった。あの程度のスピードであれば、今の自分で十分だと言わんばかりの態度である。

 鞘無は一夏の忠告を無視して更に前へと出た。その位置は銀の福音の攻撃の範囲内。思わず一夏は目を丸くする。

 

「バカッ! 何やってるんだ! 攻撃を食らうぞッ!」

「ふん、俺に指図するなよ織斑。お前が手を拱いているから加勢してやろうって言うのに」

「これは模擬戦とは訳が違うんだぞ!」

「そんなこと分かってる。これは模擬戦でも、ましてや命を懸けた死合でもない」

 

 一拍おいて、鞘無の周囲が俄かにざわめきだす。バチバチと紫電が走る。

 これは能力を使用する際の前兆のようなものだ。鞘無自身、未だその能力を完全に使いこなせているわけではなかった。必要量が分からず微弱すぎる電撃を使用してしまったり、逆に少量で済むのにそれ以上の電撃を使用してしまったり。今の場合は感情が昂ぶっているためか、必要以上の紫電が辺りにまき散らされていた。

 己の感情の高ぶりを自覚しているのか、鞘無は正面の銀の福音に視線を固定して敢えて静かに告げた。

 

「――――これは俺による一方的な蹂躙だ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 更識、京ヶ原、杠、氷見。

 日本の東西南北各地に拠点を置く暗部の筆頭たる四つの家系だ。

 それぞれが楯無、劔、梔、鳳仙の名を代々受け継いできた由緒ある家系で、戦前より日本の裏で暗躍してきた。

 しかし、それまで積み上げてきた実績はある時を境に瓦解する。

 それがIS、インフィニット・ストラトスの誕生だ。これまでの兵器を遥かに上回るその火力と性能に、既存の武器は塵芥も同然と化した。それに伴い、暗部の仕事もその殆どが汚れ仕事から要人の警護などといったかなり難易度の低いものへと移っていった。

 それを是としたのが更識と杠の家系だ。自分たちの子供の代にまで手を血に染めさせなくても済むと安堵し、裏に関わる仕事は殆どが当主によって処理された。

 逆にこの事態を重く見たのが京ヶ原である。百年以上も続く家系でありながら、このままでは衰退の一途を辿るとして決して汚れ仕事から手を引こうとはしなかった。

 価値観の違い、と言ってしまえばそれまでだ。だが更識、杠と京ヶ原の主張は決して交わることはない。意見の食い違いはやがて対立を生み、やがて争いの火種となった。

 

 では残る氷見はどうか。

 答えは至って単純、流れのままに。

 

 もともと氷見にはこれといった決まりというのは存在しない。当時たまたまその地域で最も権力を持っていたのが氷見だったがために四家となっただけであり、裏での仕事にも表での仕事にも特に強い思い入れというのは存在しない。

 だから更識と京ヶ原の対立にも口を出さず静観を貫いていたし、杠とも一切の交流を絶っていた。

 

 二年前に当主が代わり、二十一代目となった鳳仙はこの世界にある程度満足していた。ISなるものの存在は看過できるものではないが現時点で害はない。更識の当主がISに乗れるなんていうのは反則臭いと思わなくもなかったが、それでも直接的な関わりがないのだからと無視していた。

 そんな折、氷見の束ねる東北を訪れたのが京ヶ原の現当主、十三代目劔だった。

 女は言う。

 

 ――――この世界に違和感を感じないのか。

 

 ある程度の満足を感じていた鳳仙に、その言葉は全く響かなかった。何を言いたいのか、そう問い返した。

 女は続ける。この世界に存在するISが如何に危険なものなのか、排除しなければならないものなのか。

 最初は話半分に聞いていた鳳仙だが、いつしか真剣に耳を傾けている自分が居ることに気が付いた。

 

「鳳仙、お前は気がついていないのか」

「……何をだ」

「日本、いや世界は現在、ISに支配されつつあることに」

「支配?」

「467。ISに必要不可欠なコアの数だ。この数は篠ノ之博士が新たなコアを製造しない限り不変であり、彼女はその製造を拒否している」

「それが何だって言うんだ。そんなことは知っている」

「各国はそのコアの獲得に躍起になっている。史上最強の兵器を所有するためにな」

 

 ――――私は、ソレが気に入らない。

 

 ゾワリ、と鳳仙の背筋に得体の知れない悪寒が走った。

 

「更識と杠の当主は頭が良い、ごく自然にISに取り入り、そのチカラを己のものとしたのだからな」

 

 だがお前はどうだ? と言外に告げられているような気がした。そしてそれは、おそらく気のせいではない。女の射抜くような視線が鳳仙に注がれる。

 

「鳳仙。お前は実に優秀な人間だ。それはお前のこれまでの経歴を見れば分かる。身体能力も仕事の達成率も一級品。氷見の当主たるだけのことはある。……だが、それだけだ」

「……なんだと?」

 

 これまでの態度を一変させて、鳳仙は怒りを顕にした。曲がりなりにも四家の一角である氷見を侮辱されたことで、純然たる殺気を劔へと向ける。

 しかし常人なら気絶してしまうような殺気を直に浴びても、女は平然とその場に立っていた。

 

「ISを持たないお前は、この先起こるだろう革命に飲み込まれて死ぬだろう。その程度の価値しかない人間だよお前は」

「……言いたいことはそれだけか?」

「だから私に付いてこい」

 

 突然の劔の言葉に、思わず鳳仙は目を丸くする。

 今、こいつは一体なんと言った?

 

「私と共に来い鳳仙。お前に新しい翼をくれてやる。ある程度の満足感など捨ててしまえ、私と来れば革命の先を見せてやる」

 

 言っていることが滅茶苦茶だと鳳仙は思った。氷見を乏したと思えば一緒に来いとか、どれだけ唯我独尊なんだと呆れてしまう。

 だが不思議と不快感は無かった。その言葉は自身も意外な程すっきりと腹の中に収まった気がした。

 悠然と立つ劔を前にして、鳳仙はその誘いを受けた。

 

「……見ない顔だな」

 

 バイザーの下に隠れていた素顔を目の当たりにして、楯無がポツリと呟いた。

 本音程の長さの濃紺の髪に切れ長の瞳。猫や狐よりも狼を連想させるような女だった。

 破壊されたバイザーがパラパラと海へ落ちていく。その様子をなんとはなしに眺めてから、件の女は楯無と初めて直接視線を合わせた。

 

「初めまして。十七代目楯無」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 織村と一夏の静止を振り切って最前線へと飛び出した鞘無は、銀の福音を改めて前にして両拳を固く握った。 

 原作のとおりであればアメリカとイスラエルが共同開発した軍用第三世代機。小説やアニメで見ただけでは軍用という部分にピンとこなかったが、こうしていざ目の前に立つとその凄まじさを肌で感じられるような気がした。頭部に生えた巨大な翼が砲口であることは既に知っている。問題なのはその機動力と防御力だろう。最高時速マッハ2を超える機体を相手取るには相応の集中力が必要となる。

 

(さて、先ずはお手なみ拝見といくか)

 

 右手を前に振り出し、目にも止まらぬ速さで電撃が放たれる。

 銀の福音は迫る電撃を数十センチ横にずれることで難なく回避。

 ふむ、と鞘無は考える。単純な電撃ではPIC搭載の機体には通用しないことは分かった。

 

「本当はもっと後に出すつもりだったが、早速お披露目といくか」

 

 背部に取り付けられた深紅のマントをはためかせて、鞘無は大仰に右手を上に翳した。

 直後、鞘無の背後の空間が歪む。

 

「……あぁ?」

 

 その様子を見ていた織村は怪訝そうに眉を顰める。なぜだろうか、そこはかとなくどこぞのAUOを彷彿とさせるような光景だ。というかゲート・オブ・(ピー)ロンのように見えて仕方ない。

 実際には後付装備(イコライザ)拡張領域(パススロット)から取り出しただけなのだが。

 だがその数が異常だった。

 拡張領域は各機体の量子変換量に依存する。これはどのISも例に漏れない。一夏の白式のように雪片に殆どの割を取られてしまうものもあれば、シャルロットのラファールのような大容量拡張領域マルチウェポン・ラックのようなものもある。が、程度の差はあれど量子変換出来る質量には限度がある。

 しかし、鞘無の黄金伯爵はその量子変換量が桁違いだった。十や数十ではない。百、あるいはそれ以上の後付装備が、まるで他空間から引き出されるかのように現れる。

 

 シャルロットが操縦するラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの拡張領域を遥かに上回る超大容量の拡張領域。

 名を『天上天下』。

 そこから取り出されるのは、黄金に輝く(メッキも多数)刃の数々。それら全てに鞘無の能力を使用して擬似追尾機能を搭載させている。

 

「さぁ征くぞ。この俺を楽しませてみろ銀の福音ッ!!」

 

 直後、鞘無の背後に出現した幾百の刃が銀の福音目掛けて射出された。

 対して、迎撃モードへと移行している銀の福音の行動は迅速なものだった。高出力の多方向推進装置(マルチ・スラスタ)ーを駆使して襲い来る刃を躱し、また躱しきれないと判断したものは即座に光の弾丸で爆ぜさせていく。光の弾丸に直撃した刃はそのまま爆発に巻き込まれ粉々に砕け散る。

 そんな光景を見ても、鞘無には微塵の焦りも無かった。不遜に口角を吊り上げ、まるで余興を楽しむかのように両手を広げる。

 

「まだまだぁッ!」

 

 破壊された分は即座に補充し、再び射出。一体天上天下内にどれだけの武装が量子変換されているのか、実のところ鞘無も正確には把握していなかった。

 ただ束がどのISよりも大きな拡張領域、戦艦丸々一隻だって余裕などと言っていたこともあってこの程度で底は尽きないと確信していた。あの天災が言うのだから間違いない。

 鞘無の刃が銀の福音を貫くのが先か、光の弾丸が鞘無を抉るのが先か。一見持久戦にも見えるこの戦いをしかし、後方で織村が苦々しげに見つめていた。

 

 理由は二つ。

 一つに鞘無はあの拡張領域を使用すること自体にエネルギーを消耗することに恐らく気がついていない。あれは常時拡張領域という名の武装を展開させているようなものだ。他のISとは量子変換量が桁違いなのも、恐らく機体のエネルギーをも利用しているからなのだろう。言ってしまえば一夏の零落白夜と同じ諸刃の劔だ。

 そしてもう一つ。銀の福音の砲門の数は全部で三十六、それらすべてが連射を行った場合、鞘無の補充速度では間に合わない。

 このままではいずれ押し切られる。そうなる前に前線から引っ込めなくては。そう考えた織村だったが、予想よりも早くその限界が訪れた。

 

 恐るべき連射速度で放たれた光の弾丸が黄金の刃の雨を抜け鞘無へと迫る。この位置からでは簪のフォローも間に合わない。

 思わず舌打ちする織村。能力を全開で行使しても、この場からではあの光の弾丸の方が早い。

 

「皿式ッ!!」

 

 織村さえ間に合わないと判断した鞘無と光の弾丸に割って入ったのは一夏だった。その手には雪片弐型が握られており、羽の形をした光の弾丸を切り捨てていく。

 だが、それも一瞬の時間稼ぎにしかならなかった。光の羽はあっというまに白式の至るところに突き刺さり、次の瞬間一気に爆ぜた。まるで連鎖爆発のように突き刺さった羽が次々に爆発していき、周囲を濃い噴煙が覆う。

 

「一夏ぁッ!!」

 

 簪の悲痛な叫びが、海上に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・叫ぶ前の簪さん
 戦う金色と銀色を見ながら。
(眩しい……)

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