双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 お待たせしました。


#41 陰謀と黄金

 

 眼の前で繰り広げられる攻防を目の当たりにして、セシリア・オルコットは己の未熟さを思い知る。

 縦横無尽に放たれるレーザーを一つ残らず迎撃したかと思えば、次の瞬間には既に楯無は敵の背後へと回り込んでいる。如何に偏向射撃が可能なビットが六基あろうが、弾速よりも速く移動する人間が相手ではどれだけ追い縋っても被弾させるには至らない。能力などというものでなく、純粋に『黒執事』の性能と楯無の身体能力でそれが成り立っているのだと思っているセシリアにしてみれば、楯無の人外じみたそのスペックに戦慄せざるを得なかった。

 イギリス本国で更識楯無という人間の凄まじさは耳にタコが出来るほどに聞かされていた。国家代表でありセシリアの師匠と言って過言でないリリィ・スターライは楯無のことを化物や怪物と称したが、その実力の片鱗を正に今彼女は目にしている。瞬時加速(イグニッション・ブースト )を使用していないにも関わらず常時展開される高速戦闘。近接格闘に精通していないセシリアであっても一目見ればそれが恐ろしいレベルのものだと理解出来た。

 クラス代表対抗戦の時にアリーナに降り立った楯無の戦闘を見て、分かったつもりではいた。

 『原点にして頂点』などと言われる最初の男性IS操縦者の実力を、分かったようなつもりになっていた。だが、違ったのだ。彼の本当の実力は、その底は。あの程度ではなかったのだ。

 今だって本気で戦っているのかと聞かれればセシリアにはその判断はつかない。

 底の見えない楯無の実力に、セシリアは背筋が震えるのを自覚した。彼女は決して弱くない。イギリスというIS界において屈指の強豪国で代表候補の座に就き、限りある専用機を与えられている事実がそれを証明している。

 しかし、現時点で代表候補生止まりのセシリアと一時期とは言え国家代表を務めていた楯無とでは、実力の開きが余りにも大きすぎた。高感度ハイパーセンサーを搭載しているわけでもないのにまるで後ろに目がついている様な回避行動。優雅ささえ漂わせる楯無の動きに、知らずセシリアの視線は釘付けになっていた。

 

 そんなセシリアの隣で、シャルロット・デュノアは嘆息する。

 初めて楯無と出会ったあの日から今まで自分なりの努力を続けてきた。成長を実感することも出来ていた。その努力はフランスの代表候補生という形で実を結び、結果として楯無と同じ舞台にまでこうして辿り着くことが出来た。

 今日こうして同じ任務を行うとなったとき、不謹慎ながらも喜んだ。待ち望んでいたのだ、こうして彼と同じ舞台で戦えることを。

 だがこうして間近で楯無の戦闘を見て、考えを改めざるを得なかった。少しは見えてきたかと思っていた彼の背中は、実はもっともっと遠くにあって、今はその影がようやく認識できるようになった程度のことだったのだ。

 セシリアとは違い、彼女は楯無の裏の素性をある程度知っている。流石に超能力で戦っているとまでは知らないが、ISが無くてもかなりの戦闘力を有しているというのは以前より分かっていた。それを加味して戦況を見る。明らかに楯無が優勢である。相手もかなりの実力者であるということは理解できるが、それでも楯無には及ばない。

 遠いなぁ、と苦笑する。

 目標とする異性の背中に手が届くまで、あとどれだけ鍛錬を積めばいいのか。今のシャルロットには、それすら想像出来なかった。

 

「ったく、ほんとインチキ臭い性能してるねソレ!」

「よく言われるよ」

 

 無数のレーザーを必要に応じて躱し、反射する楯無を見て女は舌打ちする。データとして黒執事の性能を知っていても、いざ実際に目の当たりにするとやはりその異質さは際立っていた。 

 執事服がIS? なんだそれ巫山戯てるのかと言いたくなる。しかし現にそれがこうして目の前にある以上は幻でもなんでもなく現実であり、認めざるを得なかった。

 彼女がこうして楯無と戦えているのは、自身の操縦技術と機体のスペックによるものだ。万全ではなかったとは言えチェルシーを倒した実力に加え、サイレント・ゼフィルスの背部に取り付けられている蝶の羽を模した巨大なスラスターユニット。自由に方向を変えて大出力の瞬時加速を行うことができるそれのお陰で、機動力では圧倒的に上回る相手にもこうして戦闘の体裁を保っていられる。一撃強襲離脱型と言われるだけのことはあり、通常自らの間合いに踏み込まれれば終わりの遠距離型が楯無を相手にして撃墜されていないのはこのスラスターがあればこそだった。

 が、それでも乱発すればエネルギーはそれだけ消費される。見れば女の視界端に表示されているエネルギー残量は半分程に減少しており、ここまでの移動に費やしたエネルギーの四倍以上を数分の戦闘で消費していた。

 

(つるぎ )も面倒な仕事回してくれたもんだ)

 

 BTエネルギーマルチライフル、『スターブレイカー』を放ちながら女は思う。黒髪の女、京ヶ原劔の話に一枚噛んでこの作戦に参加したが、今更になってハズレくじを引かされたような気がして溜息を吐き出す。よくよく考えてみれば世界最強と言われるあの黒執事を相手にするというのにどうしてあのときの自分は快諾したのだろうかと不思議に思う。考えるまでもなく勝目がないことなど明らかなのに。

 

(なんかアイツと話してると口車に乗せられちゃうんだよなぁ……)

 

 ま、それも楽しいんだけれど。女はそう思って上唇を舐める。

 この女にとって世の中の物事は二種類に分別される。それが面白いか、面白くないか。たったこれだけだ。世の中にISなんてものが生み出されたのは面白い。でもそれを機に調子に乗り出した女どもは面白くない。黒執事なんていう化物の存在は面白い。でも正面切って相手取るのは面白くない。

 全ての物事を二種類に分けてしまえるという点では、きっと京ヶ原劔も同じなのだろう。

 但し彼女の場合は己の利益となるか、そうでないか。自身よりも余程悪党だなと女は笑う。だが、だからこそ彼女に協力する気になるのだ。

 

 そう考えていたからだろう。

 女は、楯無の姿が消えているという事実に気づくのが一瞬遅れた。

 そしてその遅れは、高次元の戦闘において致命的な失態へと繋がる。

 ハイパーセンサーが捉えた楯無の居場所を視界の端で捉えるも、既に楯無は次の行動に移っていた。

 時間にして僅か数瞬、瞬きすら許されない時間の中で、楯無は女をその攻撃範囲に捉える。彼我の差一メートル弱。この距離ではライフルでの狙撃はおろか、単純な飛び道具も使用することは出来ない。

 

「こ、のッ……!」

「バイザーに隠したその(ツラ )、拝ませてもらおうか」

 

 女が瞬時加速を使用してその場から離脱するよりも早く、楯無の拳がサイレント・ゼフィルスに撃ち込まれた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 一夏と簪が甲高い衝突音を耳にしたのは、先陣を切って飛び出した織村と銀の福音が二手、三手と攻防を繰り広げてからだった。元々軍用として開発された銀の福音は他のISとは異なりどこまでも戦闘に特化されていtる。最高速度2450キロを誇るそのスピードも、多対一を想定して搭載された多方向同時射撃も。全てはISという兵器としての性能を限界まで引き出そうとした結果生まれたものだ。現行のISの中でもスペックだけを見れば他国の専用機を優に上回る。一夏の乗る白式はともかくとして、簪が操る打鉄弐式のハイパーセンサーでは、銀の福音の初撃を正確に把握できているのか不安なところである。

 が、しかし。

 織村は音速を上回る銀の福音の初手を完璧に相殺してみせた。マッハ2を超える速度の相手と真っ向からぶつかり合い、そして悠然と次手を打つ。ほんの僅かな攻防に過ぎなかったが、一夏と簪に織村一華という人間の異常性を知らしめるには十分だった。

 

「っは、俺の一撃を受けてほぼ無傷か。えらく分厚いじゃねえかイーリ」

 

 織村の言葉に、返答はない。

 相対する銀色の機体内部にいるであろう友人への言葉は、虚しく溶けて消えていくだけだった。

 チッ、と織村は忌々しげに舌を打つ。作戦開始前からある程度予想していたことではあったが、やはりイーり本人の意識は無いらしい。意識があり機体が暴走してしまっている場合であればまだ幾らかのやりようはあったが、本人の意識が機体起動に関与していないということは外部からの干渉で暴走している可能性が高いということだ。その場合、一時的に機体を停止させても再び暴走してしまう可能性が低くない。

 となると取れる行動は二つ。

 機体を起動不可能なほどに破壊するか、イーリの意識を覚醒させるか。イーリの意識が戻った場合、操縦者権限で起動を解除出来るかもしれない。

 

(つっても、この状態じゃイーリの意識が戻るのを待つなんて出来ないだろうな)

 

 ならば必然、機体をある程度破壊するしかない。イーリの身体を傷つけないように注意を払いつつ、展開維持が不可能となるまで損傷させる。

 本来であれば一夏の零落白夜、自身の能力で一撃で仕留める予定だった。そのつもりで飛び出した織村だったが、銀の福音は衝突の瞬間僅かに機体を逸らし致命傷を避けていた。この時点で短期決着の作戦は破棄。前衛に織村と一夏、後衛に簪を置いてエネルギーを削る作戦へとシフトした。

 一夏の零落白夜を用いれば上手くいけばイーリを傷つけることなく事を終息させられるかもしれない。しかしそれには確実に銀の福音に一撃を食らわせるだけのタイミングと技量が必要だ。タイミングはともかく、技量に関して一夏はまだまだ自身に届かない。そう結論づけて、織村は声を張る。経験云々はともかく、あの楯無の弟子だというならならある程度の戦闘は可能だろうと踏んでのことだ。

 

「織斑、出ろッ!」

「はいッ!」

 

 言われ、一夏も最前線へと躍り出た。

 零落白夜はあくまでも止めを刺すための手段であって乱発など以ての外。それは一夏も理解しているだろう。雪片弐型を手に持っていないことからもそれは分かる。一夏の使う更識流は例え軍用ISであっても通用する筈である。織村の記憶が正しければ、確か楯無は『鎧通し』などと呼ばれる貫通攻撃を使えた筈だ。弟子である一夏も使えるのであれば戦闘を優位に進められるかもしれない。

 だがそんな織村の考えが纏まるよりも、一夏が距離を詰めて攻撃を繰り出すよりも早く。銀の福音は動いた。

 

『敵機確認。迎撃モードへ移行。《銀の鐘(シルバーベル )》稼働開始』

 

 酷く無機質な、機械じみた音声だった。

 直感的に危険を悟った織村が静止の声を掛けようとするも、一夏は既に銀の福音の射程距離に踏み込んでいる。

 マズイ。脳裏にそんな言葉が過ぎる。その機体にブレード一本しか持たない一夏に、当然身を守る手立てはない。回避行動に失敗すれば直撃は免れない。織村の額にうっすらと汗が滲む。一夏もその危険性に気づいたのだろう。ほんの一瞬、身体が硬直した。

 そして、そんな隙を銀の福音は見逃さない。

 頭部から生えた一対の巨大な翼。スラスターとしての役割も持つそれの装甲の一部が左右に大きく広がっていく。

 至近距離でその姿を見ている一夏は即座にその正体に気が付いた。

 

 ――――砲口だ。

 

 一夏、次いで織村に簪がその翼の正体に気が付くと同時、無数の砲口が一斉に開き最も近くにいた一夏に照準を合わせる。次の瞬間、無数の光の弾丸が一夏目掛けて掃射された。

 

(ま、ずッ――――)

 

 瞬時加速を発動させる間もなければ、碌な回避行動も取れない。

 回避不可能だと悟った一夏はとっさに腕を身体の前で組んでせめてダメージ量を減らそうと試みる。

 

 一秒、二秒。ダメージを覚悟しながらも至近距離からの攻撃に目を閉じてしまっていた一夏は、いつまで経っても訪れない衝撃に疑問を覚えた。次いで、ゆっくりと瞼を持ち上げる。自らの操縦する白式には、あの無数の弾丸は一発も被弾していなかった。

 己の身体が無事なことを怪訝に思う一夏に、前方から声が掛かる。

 

「……一夏。戦闘中は、例えどんな事があっても、絶対に視界を塞いじゃだめ」

 

 一夏にとって聞き慣れた、心地のいい声が響く。

 見れば銀の福音と一夏の間に割って入った簪が装備していたパッケージ『不動岩山』を用いて広範囲に防壁を形成させていた。弾丸が発射されてからでは間に合わない。銀の福音が翼を広げ始め、それが砲口であると気付いた瞬間には飛び出していたのだろう。防御用の武装を持たない一夏が危険だと瞬時に判断し、防御という一点に置いては織村よりも自身が適任であるとすかさず結論を出して。

 その思考力、行動力に内心で織村は関心していた。もしもの場合は能力を使用して一夏をカバーするつもりだったが、その必要はどうやら無いらしい。

 

(ったく、アイツの妹はつくづく末恐ろしいなオイ)

 

 まだ高校一年生だというのにこの落ち着き、新任の国家代表程度なら撃ち落としてしまいそうである。

 あの家系は化物しかいないのかと思わず背筋が凍った。楯無は言わずもがな、その妹である姫無や簪も一線級の実力者であることに疑いの余地はない。

 と、そこで織村は逸れかけた思考を戻す。簪の防壁が上手く機能すればこちらに大きなダメージは無いだろう。不安要素としてはあの砲口の連射速度と爆発性を持つということだろうか。防壁に当たった瞬間引き起こされた爆発は直撃を食らえば機体を抉られるほどの威力のようで、直撃はおろか掠っただけでも相応の深手を覚悟しなければならないだろう。

 

「織斑ッ! お前は左方向から回り込め! 俺は右から奴を叩くッ!」

「了解!」

 

 銀の福音を囲うように左右から攻撃を仕掛ける。一夏は更識流を、織村は能力を使用して引き起こした烈風を。

 だがそれらは信じられない動きを見せる銀の福音に避けられてしまう。特殊な外見をしているウィングスラスターの実用性は高く、生半可は攻撃は通用しない。

 焦燥が、一夏の顔色から伝わってくる。

 その表情を横目に捉える織村も、次手をどう打つか決めかねていた。能力を全開にして戦闘を行えば、恐らく銀の福音を行動不能にすること事態は可能だ。だがそうした場合、内部にいるイーリの安全は保証できない。イーリの安全を第一に考えるのなら、ここは一夏の零落白夜で落とすのが望ましい。

 しかしながら今の一夏の技量では確実に銀の福音に一撃を入れられる保証はない。何か大きな隙を作ってやらない限りは難しいだろう。零落白夜は発動させるだけでも相当のエネルギーを食う。展開維持にかかるエネルギーと戦闘時間を考慮した場合、一度外せば次はないと考えて良い。

 何か決定的な隙、タイミングを作ってやることが大前提。そう考えていた時だ。

 

 織村だけではない。一夏、簪の両名のISに搭載されているハイパーセンサーが、後方から高速で接近してくる物体を捉えた。

 

(なんだこりゃ。ISか……?)

 

 その移動速度はマッハ2を超えており、軍用ISとして機動力に特化された銀の福音、高機動パッケージをインストールしたブルー・ティアーズに迫る速度だ。これほどの速度を出せる現行機を織村は知らない。可能性のある楯無は日本海側で迎撃、千冬は周囲の海域封鎖に当たっている。だとしたら、一体誰が。

 そう考えている間にも謎の物体はみるみる織村たちに接近し、やがてその影を視界に収めた。

 それはISだった。しかし、その形に一切の見覚えは無い。

 

「……金?」

 

 そう呟いたのは一夏だった。どこぞの黄金騎士でも想像したのか簪がきらきらと目を輝かせ始めていたが、その正体を知って一転がっくりと肩を落とす。

 言うなれば、それは金色の流星のようだった。

 フォルムは織村の乗る蒼天使のようにシャープだが、両肩に搭載された砲口がどこか厳つさを感じさせる。黄金騎士というよりは、某サーヴァントのAUOのような出で立ちだった。金色の流星は戦闘空域にまで達するとその速度を緩め、織村や一夏たちの前で停止、ゆっくりとその顔を上げた。

 自信に満ち溢れた表情を浮かべる少年は、辺りをぐるりと見渡して腕を組む。

 

 

 

「待たせたな。束改造三世代後期型『黄金伯爵』、ここに見参ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・黄金伯爵
 束さん直々に魔改造を行った鞘無の専用機。そのスペックはお察し。大まかな全体像はAUOを参照。あれに幾つか無骨な武装を取り付けると完成です。
 因みに、
 楯無→執事
 織村→天使
 一夏→騎士
 皿 →伯爵(?)

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