双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 皿の出番は次回。


#40 失踪と計画

 

 サイレント・ゼフィルスを操縦する襲撃者が俺たち三人、もっと言うならば俺を視認してその移動を止めたということはあくまでもその目的は俺であるらしい。二機の移動直線上にあったIS学園所有の設備などが狙いなのではなく、男性IS操縦者を狙っているということがこれではっきりした。先程女が言っていた「後ろの二人も」の発言にあったように初めから標的は俺や織村であって、代表候補生などを狙ったものではないらしい。

 なら狙われている俺自身が先頭に立って行動を起こすべき、そう思っていたんだが。

 俺よりも早くシャルロットの持つアサルトライフルが火を噴いた。ラピッド・スイッチを使ったのかいつ手に武装を持っていたか俺の目を以てしても捉えきれないほどの早業だ。

 突然の砲火に俺だけでなく真横にいたセシリアも呆気に取られているようで何処か呆然としている。仕方ないか、自分を説得しにきたと思ったら内心頭にきていて何の前触れもなく攻撃を始めたんだから。普通の人間なら間違いなく目を丸くする。俺も一瞬なにが起きたか理解できていなかったし。

 そんな中、件のシャルロットは非常にイイ笑顔のまま、着弾地点に居るだろう襲撃者に向かって尚も毒を吐く。

 

「ホント、人が気にしてることをさ。私だって分かってるよ、更識先生とデュノア社がなきゃただの小娘でしかないってことくらい。でも理解してることでも他人にそうはっきりと言われるとムカつくっていうかぶっちゃけもうこの世から消し去ってしまいたくなるっていうか……」

 

 ぶつぶつ、ぶつぶつ。顔を俯かせて呪詛のように呟くシャルロットを見て思わず頭を抱えたくなる。これ完全にダークサイドに落ちてないか? いやシャルロットのことだ、それすらも演技である可能性は高い。さっきもそうだったし、きっと相手の油断を誘うための作戦か何かだろう。

 

「(ぶつぶつ……。ぶつぶつ……)」

 

 あ、違うっぽい。

 こりゃいかん。

 

「オルコット。デュノアを連れて一旦下がれ」

「で、ですが更識先生」

「ま、直ぐに復活するだろうが今の状態じゃ足手まといにしかならん。オルコットは後衛で俺のサポート、流れ弾には気をつけろよ」

 

 セシリアにそう伝えて二人を下がらせる。まぁ元々俺が前衛で交戦、二人を後衛に置いてサポートという配置だったから問題はない。シャルロットのサポートが期待できないのは少々痛いが、それも些事に過ぎない。そもそも俺の戦闘にはあまりサポートなんて必要ないしな。あるとすれば周囲の被害を少なくするための戦闘領域の誘導だが、海上であるここならどれだけ暴れても問題はないだろう。……津波とかの心配は、うん、大丈夫だと信じたい。

 と、直後。

 頭上からBTライフルの攻撃が降り注いだ。どうやらあれがBTエネルギーマルチライフル『スターブレイカー』らしい。成程、ブルーティアーズの上位互換とも言われているのも納得だ。武装もセシリアの使う『スターライトmkⅢ』よりも威力と狙撃可能距離が増している。

 俺は降り注ぐレーザーの雨をその場から動くことなく反射して敵機の情報を集める。やはりデータで見るのと実際に目の当たりにするのとでは若干の誤差はある。因みに反射したレーザーはセシリアやシャルロットの方向に行かないようにきちんと調節してある。そこらにも抜かりはない。

 

『ったくさぁ……。いきなり撃ってくるとか、どういう教育してるわけ?』

「その言葉そっくりそのまま返させてもらうぞ」

 

 粉塵が晴れて姿を現したサイレント・ゼフィルスに、目立った外傷は見られなかった。それほど攻撃力の高くないアサルトライフルだとは言え、あれだけの数を受けて無傷とは考えにくい。

 となると回避したのか? あの至近距離で? 不可能ではないだろうがかなり難度は高い筈だ。あの背部から成る蝶のようなスラスターユニットを使ったのだろうか。どちらにせよ、かなりの使い手であることは今ので理解した。遠慮も加減も必要なさそうである。

 

『ていうか今の攻撃で一歩も動かないとか、相変わらずチートだねぇソレ』

「束特製だからな」

『ハンッ、第一世代(ロートル)が言うじゃんッ!!』

 

 言葉と同時、腰の周りに浮遊させていたビット六基から一斉にレーザーが放たれる。偏向射撃(フレキシブル)を可能とするビットから放たれたレーザーは、縦横無尽にその角度を変えながら全方位から俺目掛けて襲いかかる。

 が、そんな物如きでこの反射の膜を突破できる筈がない。先程と同じく反射を展開したまま攻撃を弾こうとして。

 

 俺目掛けて向かってきていた六つの熱線が、突如その方向を変えて後方へと飛んでいく。

 

(なっ――――!)

 

 しまった。始めからこの攻撃は俺を狙ってはいなかった。後ろで待機するセシリアとシャルロットを狙ってたのか! 

 俺が舌打ちしたのを見て、女は狡猾に嗤う。

 

『アンタを簡単に落とせるなんて思ってないよ。でもまぁ、たかだか代表候補生くらいなら楽勝だよねぇっ!』

 

 俺が今いる場所とセシリアたちがいる場所は多少の距離がある。今から能力を使ってレーザーを打払うのはタイミング的にギリギリだ。

 どうするか、と瞬間的に思考を巡らせる俺に、正に攻撃を受けようとしているセシリアが視線を向けていた。その瞳は語らずとも俺に告げていた。

 

「――――全く」

 

 真横でダークサイドに落ちているシャルロットを完全に無視して、セシリアは呼び出した二メートルのライフル『スターダスト・シューター』を構えて。

 

「舐められたものです――――ッ!!」

 

 迫り来る六つのレーザーを、意図も容易く撃ち抜いて見せた。ビットを使うまでもなく、単純な射撃技能のみでの迎撃。それは単純であるが故に、彼女の射撃センスが突出していることを物語っていた。

 

「代表候補生如き( ・・)? 全く、貴方はわたしの祖国で代表クラスになることがどれだけ困難であるか理解していないようですね」

 

 右手に構えるライフルで女を捉えたまま、セシリアは続けた。そんなセシリアを不快に思ったのか、女はバイザーでよく見えない表情を歪めてみせる。

 

『お前の国の代表は私が嬲ったあの金髪でしょう? 代表にもなれないお前が、私に勝てるとでも思ってるの?』

「単純な戦闘能力だけを見れば私よりも貴方の方が上でしょう、それは認めます。でも、狙撃の腕なら私のほうが上です。そして、こちらには更識先生がいます」

 

 今は使い物になりませんがシャルロットさんも、と横を見ながら呟く。

 一対一で戦ったのなら確かにセシリアよりも女の方が上だろう。先程旅館で見た戦闘データでもそれは明らかだ。だがセシリアは言った。こちらには俺とシャルロットがいると。ブルー・ティアーズに比べれば幾分か近接戦闘にも対応しているサイレント・ゼフィルスであっても前衛特化型の俺と全距離に対応した万能型のシャルロット、そして後方支援型のセシリア。どの距離にあってもこちらの優位は揺るがない。襲撃者の女が思っている以上に、この人数の利は大きいということだ。

 

「ほらシャルロットさん、確りしてください」

「私だって、私だって頑張ってるんだもん……」

「いい加減にしないと更識先生が呆れてしまいますよ?」

「それはダメだッッ!!!」

 

 今しがたまでの落ち込みっぷりが嘘のように背筋を伸ばすシャルロット。一体さっきまでのは何だったんだと言いたくなる変わりぶりだった。だけれどまぁ復活したのならそれはそれで助かる。後方支援にシャルロットも加わってくれれば俺としても心置きなく戦えるというものだ。下手したら海水巻き上げるとかいう事態になるかもしれないから、津波の対処とかしてもらえるとありがたいんだが、流石にそれは俺が自重するしかなさそうだ。

 さて、ということでそろそろ始めさせてもらおう。

 俺としてもこれ以上女と話す気はないし、それは向こうも同じだろう。浮遊するビットが今にも攻撃してきそうである。

 首元のタイを正し、嵌めた白手袋をもう一度軽く引っ張る。

 

「なに、私を殺る気?」

「まさか、人殺しなんてまっぴらだよ」

 

 やや上空に静止している襲撃者を見据えながら、俺は言葉と同時に飛び上がる。

 

「――――俺はあくまで教師だからな」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ねぇラウラ」

「なんだ鈴」

 

 ツインテールを怒気でゆらゆらと蠢かしながら、少女鳳鈴音は隣のラウラ。ボーデヴィッヒに声を掛けた。その声色は怒りからか動揺からか若干掠れており、ラウラも多少の硬さを滲ませる返答を返すのが精一杯だった。二人の視線は、とある部屋の中に注がれている。

 皿式鞘無。それが本来この部屋の中にいなければならない筈の男子生徒の名前である。 

 本来、と言うように部屋の内部はもぬけの殻、中心には形の崩れた敷布団だけが存在感を放っている。

 簡単に言えば、皿式鞘無の姿がどこにも見当たらないのだった。

 我慢に我慢を重ねていた鈴の怒りが、ついに決壊した。

 

「っだーーッ!! あの馬鹿この緊急事態に一体どこをほっつき歩いてんのよーーッ!!」

 

 うがーッ!! とサイドで結ばれたツインテールの形が崩れるのも気にせず、鈴は豪快に頭を掻き毟る。

 タッグマッチトーナメントの時からあの少年に振り回されっぱなしの鈴にすれば、そろそろ本気でタコ殴りにしてもいいのではないかと考え始めている程の怒りである。そんな真横で、ラウラは思案げに顎に指を添えている。

 

「? どうしたのよラウラ」

 

 ふー、ふーと荒い息を吐く鈴を他所に、ラウラは部屋全体を見渡す。

 

「鈴。今この旅館内から生徒は外に出ることは出来ない筈だ」

「そうね、一歩でも外に出たら先生たちが拘束しに来るって話だし」

 

 私たちは例外だけど、と鈴は付け加えた。

 その言葉に、だからこそ不自然だとラウラは言う。

 

「この部屋は二階だ。奴の専用機が無事なら窓から脱出することも可能だろうが、その専用機は昨日の模擬戦で大破。生身で飛び降りようにも窓の外は岩礁だ」

 

 そう言われて、ようやく鈴もその違和感に気がついた。考えてみると不自然だ。朝からこの部屋に居たはずの鞘無の姿がない。試験稼働が始まってすぐに殆どの生徒は旅館に帰され、その後は一歩も外に出ることは許されていない。試験稼働の開始時に鞘無はアリーナに居なかったのだから、この部屋に絶対居なければならない筈なのだ。部屋からも出られないのだ、鞘無がどうやってこの部屋を出て行ったのか、その方法が分からない。

 

「先生の目を盗んで出て行ったとか?」

「いや、学園の教員は三箇所の全ての入口と階段に配置されている。その全ての目をかいくぐるなんてのは常人には不可能だ」

 

 どうにも腑に落ちないというラウラを他所に、鈴はなんだか言葉に出来ないもやもやを感じていた。

 あの四人目が姿を消した。通常であれば攫われたのではと思うところだが、どうも鈴には彼が自分から出て行ったようにしか思えない。今回の作戦の概要は聞いていないはずなので詳細までは知らないだろうが、ほかの生徒たちが引き返してきたこと、その中に専用機持ちたちが居なかったことを認めて何かあると思ったのかもしれない。だとしても専用機が使用不能な状態で飛び出すとは考え難いが。

 

「……仮に、」

 

 ポツリと鈴が零す。

 

「仮にあいつの専用機が使用可能な状態だったら……」

 

 鞘無の専用機『サンライト・トゥオーノ』が昨日の模擬戦で大破することなく、自己修復程度で済むものだったなら。それを考えて、鈴とラウラは露骨にその表情を歪めた。というか、青くなった。

 

「絶対飛び出すだろうな……」

「『俺が行かなきゃならねぇ』とか言ってそうよね」

「『この程度の破損、丁度いいハンデだ』とかではないか?」

「ああ、それありそう」

 

 だはぁ、と鈴は大きく溜息を吐き出した。鞘無の失踪自体は鈴たちに責任はない。しかし、彼の不在が招く不測の事態というものもある。先ずは旅館に残っている教員、次いで千冬や真耶に相談しなくてはならないだろう。内容によっては楯無にまで話を持っていかなくてはならなくなる。

 この任務の重要性を理解している二人にすれば、いい迷惑以外の何物でもなかった。

 鞘無の護衛という目的が果たせなくなってしまった以上、私たちも海域の封鎖か迎撃に向かうべきだろうかと鈴は考える。元より小難しく考えるという行為を嫌う彼女は考えるより前に行動せよという考えに非常に忠実である。しかし、その考えはやんわりと横を歩くラウラに否定された。

 

「おと……更識先生がこのメンバーをそれぞれ振り分けたには必ず根拠があるだろう。そこに今更私たちが割って入るのはあまり得策ではないな」

「じゃあどうするってのよ」

 

 まさかこのまま手持ち無沙汰に旅館で待機してろなどと言うのではないだろうな、と鈴は訝しげにラウラを見つめる。

 そんな鈴の内心が透けて見えるのか、ラウラは苦笑して口を開いた。

 

「そんな顔をするな。専用機を持つ私たちにしか出来ないこともある」

「? なによそれ」

 

 一階へと降りていく階段に足を掛けて尋ねる鈴に、その先を歩くラウラは振り返って。

 

「先ずは先生たちに相談だ。そうだな、十中八九必要になるだろう役目さ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「お疲れ様、南」

「はぁ、やっぱ国営の専門機関ってだけはあるな。私がハックするのに十二分もかかっちまうとは」

 

 高級ホテルの一室、そのベッドに倒れこむ女性にココ・ヘクマティアルは労いの言葉を掛けた。部屋に備え付けのデスクの上にはノートパソコンが二つと大量の吸殻が放り込まれた灰皿。それだけ、たったこれだけを使用して、女はイギリスとアメリカの専門機関を落として見せたのだ。

 懐から新しい煙草を取り出して火を着ける。一息に肺へと送り込み、鼻からそれを吹き出した。

 

「南、ここ禁煙よ」

「固いこと言うなよココ。多少のお痛は多目に見てくれ」

 

 寝たまま煙草を加える南と呼ばれる女性に視線を向けたまま、ココはデスクとセットになっているイスに腰を下ろした。

 

「どう? IS開発の先頭を走るイギリスとアメリカの警備システムは」

「そりゃそこいらのハッカーがほいほい入り込めるもんじゃないよ。普通は逆探知されてお陀仏だろうね。ま、私はそんなヘマしないけど」

 

 はっはっは、と笑う南は、まるで捕まる心配などしていなかった。両国のシステム中枢に潜り込みダウンさせる。その結果強奪された二機のISのことなど心底どうでもよさそうに彼女は言う。

 

「ねーココ。私たちって天才じゃん?」

「アナタはそうね。私は何の天才でもないけど」

「武器商人」

 

 そう即答した南に、ココはやや不満げに頬を膨らませる。

 

「そうむくれるなよ。何の分野でもいいんだけどさ、私たちみたいな天才って実は結構いるんだよ」

 

 いきなり何の話を、と思わなくもないココだったが、天才という言葉を受けて何人かの人物を心の中で思い浮かべる。

 例えば戦闘能力。これに於いて天才と言えるのはやはり更識楯無だろう。以前行動を共にしたことがあるが、あのチカラと洞察力は圧巻の一言である。

 例えば人心掌握。これについて思い浮かぶのが現在手を組んでいる女、京ヶ原劔だ。彼女はその見た目に反しとてつもなく冷徹だ。それでいて隙がない。他人を掌握し望むままに動かすという点で、彼女を超える者はおそらくいない。

 

「でもさ、天災ってのはやっぱりあの篠ノ之束だけだ」

 

 篠ノ之束。ISをたった一人で作り上げた正真正銘の化物。彼女が生み出したそれはその絶対数が決まっていながら世界中の兵器を上回る火力を評価され、今や軍事力として欠かせないものとなった。

 ……それが、ココ・ヘクマティアルには許せない。

 

「私は兵器としてじゃなくて単なる飛行道具としてだけなら好きだよ。だって蝶捕まえられるし」

「南はそれしか言わないわよね」

「だって虫取りあみだけじゃ取れる蝶なんて限られてるだろ? 全種コンプが私のもう一つ(・・・・ )の夢さ」

 

 ニッと笑いながら煙草を灰皿に押し付ける。

 

「この『計画』は私たちしか知らない気密性が重要なんだ。あまり滅多なことを言うものじゃないよ南」

「分かってるって。これは私の頭脳とココの商才をもってして初めて完成するんだ」

 

 ココ・ヘクマティアルが持つ武器商人としての才能と、天田南という日本人科学者の持つ頭脳をもってようやく計画は完成され、実行に移すことができる。

 そのために利用できるものはなんでも利用してきたし、必要であれば人間を殺すことも厭わなかった。

 全ては計画成就のために。

 

「そのためにも不要なものは消し去らなくてはならない。……特にISなんてものはね」 

 

 

 

 




 腹黒シャルロットさん→イケメンシャルロットさん→ダークサイドシャルロットさん←New!!

・天田南
 日本人科学者。少女時代にココと知り合いそれ以来とある計画のために自らの頭脳をココに貸している。蝶が好き。新種を見つけたら先が断崖絶壁でも迷うことなく飛び出すくらい好き。
 束さんがいなかったら多分世界で一番の頭脳を持ってる準チートキャラ。イギリスとアメリカの研究所はこのために犠牲になった。南無。

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