双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#37 真意と心意

 ――――防衛省、第一会議室。普段通りであるならば各階に別れてそれぞれの職務を全うしているはずの重役たちが、この部屋に一同に会していた。その理由は当然、今朝二カ国の制御下を離れ日本に向かってきているISの対処をどうするかという問題を解消するためである。国防を担う防衛省が事態の収拾をつけることが出来ず国に被害を与えるということは、そのまま省の信用が失墜することを意味している。それだけはなんとしても避けなければならない。現状、由々しき事態であると言えた。

 朝方だとは思えない物々しい雰囲気が室内を包み込む中、コの字型のテーブルの中央に座る白髪の男性が小さく息を吐いた。胸に付けられたバッジからもかなりの重役である筈の男性はしかし、現在部屋の前方に設置されたモニタの横に立つ男に強く出ることが出来ないでいた。そしてそれはこの部屋にいる殆どの役人たちも同様のようで、前に立つ三十程の男が口を開くのをだだ待っている。

 政府の役人約十五名を前にして尚堂々と背筋を伸ばす男の名は樹修(いつきしゅう )。今現在、この防衛省内で最もISというものを理解しているであろう男だ。

 

「……それで、きちんと説明はしてくれるのだろうね」

 

 中央に座る初老の男がやや前傾姿勢になって机上で腕を組んだ。何のことかまでは口に出さない。言わずとも理解していると確信しているからだ。それは周りの役人たちも同じで、皆一様に前に立つ樹を見据えている。そんな視線を一身に受けながらも、樹の表情に変化は見られない。内心でどう思っているのかは定かでないが、初老の男の質問に間を空けずに答える。

 

「勿論です。そうですね、どこから説明しましょうか」

「イギリスとアメリカの二国は何と言ってきているのだ」

 

 考える素振りを見せる樹に、初老の男は間髪入れずに問いを投げた。

 

「両国共に黒執事を始めとした我が国の戦力が対処することで合意しています。万が一機体を破壊してしまったとしてもその責任を我々が負うことはありません」

「そうか……」

 

 樹の言葉を聞いて役人の何人かが胸を撫で下ろす。責任を押し付けられないと分かった途端のその仕草に、樹は内心で舌を打った。

 

「両国は自分たちの手で何とかしたいとは言わなかったのかね」

 

 役員の中でも一際太った男がそう問いかける。内心を悟られぬように無表情を保ちながら、樹はモニタの画面を切り替えた。表示されているのは日本を中心に構成された世界地図で、アメリカのデトロイトとイギリスのバーミンガムから日本の湘南付近に赤い矢印が一直線に伸びていく。

 

「これは機体に埋め込まれたGPSと衛星による追跡の結果から割り出された二機の進路予定です。この二機が本国の監視空域を離脱したのが今から約二時間前。『銀の福音』は現在太平洋上空を時速2450キロ、サイレント・ゼフィルスは中国北北西を時速約2000キロで移動中です。とても今からでは間に合いません」

「ふむ……、確かに今からではこちらで迎撃するしか手はなさそうだな」

「二機の迎撃には黒執事を出すんだろう?」

 

 納得した男の隣でまだ若い役人が声を上げた。見るからにエリート街道を歩いてきたような男で、どうにもいけ好かない印象を受ける。樹はその男の質問を受けてモニタを切り替えるた。表示されたのはIS学園の一年生が臨海学校で二機の通る地点を訪れているということの詳細だ。

 

「今現在IS学園の一年生が教員引率のもと試験稼働を行っています。一般の生徒を待機させたのち、更識楯無を始めとする教員と専用機を持つ生徒たちが迎撃に向かいます」

「なに……? 専用機持ちって学生だろ? そんな奴らで大丈夫なのか?」

 

 途端に眉間に皺を寄せる男。専用機持ちがそれだけの実力を有していることは知っているだろうが、それでもまだ年端もいかない子供に任せることに不満があるようだ。ISというものが生まれてから十年程が経つが、その認知度の割には専用機を渡されることの意味合いを正しく理解している人間は少ない。多くの人間がISの操縦が他の人間よりも上手い程度にしか思っていない。この男もその例に漏れず、何か勘違いをしているようだった。

 

「お言葉ですが、代表候補生であっても専用機の所持を許される人間は多くありません。ISのコアには467という上限があります。それをアラスカ条約を始めとする規約で各国に分配しているのですから、余程有望な人間でない限り専用機に触れることすらできないのです」

「……何が言いたい」

「今年のIS学園一年生で専用機を有する八人は、既に実戦にも耐えうる戦力であるということです」

 

 はっきりと、樹は断言した。そんな発言に思わず男は押し黙る。そうきっぱりと言い切られてしまっては言い返す言葉も見つからないようだった。

 やれやれ、これで話を進められそうだと思った樹の耳に、次なる問いかけが滑り込んできた。その声はこれまでの質問のように疑問を含んだものではなく、断定しているかのような言い方。言ってしまえば高圧的なものだった。

 

「でもその八人のうち、三人は代表候補生でもなんでもないんでしょう? しかも一人は専用機を大破させてるっていうじゃない」

 

 防衛省という国の中枢を担う場に似つかない、ワインレッドのレディーススーツを着た女性だった。強気というものを人間にしたらきっとこういう風になるんだろうな、となんとなく樹は思う。この女性は防衛省の役員の中でも新参の部類に入る。ISが生み出されてから女尊男卑の風潮にやや傾きかけていた時期に滑り込んできたのだ。黒執事や蒼天使が世に出たことで女尊男卑がなりを潜めたことを快く思っていないのを樹は知っていた。

 高慢ちきな口だけの女。そんな風に樹は彼女のことを評している。決して口には出さないが。

 

「ええ、しかしご安心ください。現場には織村一華も居ますので、専用機を大破させた少年の代わりを十分に務められるかと思います」

「おお、」

「あの蒼天使が」

 

 樹の発言に、室内の空気がやや軽くなる。今となっては表舞台に上がらなくなった黒執事とは違い、織村一華と蒼天使は現役のIS操縦者である。防衛省の役員たちも第二回モンド・グロッソでの彼の活躍を覚えているのだろう。彼がいるのならばと安易に考えているのかもしれない。それは樹としても好都合である。このまま話を纏めてしまえば、面倒な説明などをする必要がなくなる。

 しかし、その言葉に尚も食い下がる人間がいた。件の女性である。

 

「それなら黒執事と蒼天使だけで事足りるんじゃないの? 現場には織斑千冬や山田真耶もいるんでしょ? 戦力過多じゃないかしら」

「確かに名前だけ見ていけばそうそうたるメンバーですが、織斑千冬と山田真耶は学園の訓練機を使用します。周囲の海域封鎖は出来ても、とても第三世代の新型と戦うことはできません。学園の訓練機は生徒たちが扱いやすいようデチューンされていますので」

 

 仮に真耶が自身の専用機を所持していた場合、遠距離を得意とする彼女は非常に役に立ったことだろう。射撃部門ヴァルキリーの称号は伊達ではない。高火力のスナイパーライフルさえあれば、飛行中の二機を撃墜させることだって出来たかもしれない。だがそれは無い物ねだりだ。織斑千冬にしても専用機は以前政府へと返却し解体されてしまっている。よって数えられる戦力は更識楯無と織村一華。そして専用機を持つ七人となる。更に言えば、織斑一夏と篠ノ之箒はこれが初の実戦となる。それを考慮すると、実質の戦力は二人を除いた七人。確かに戦力過多だと言えなくもない。

 だが彼女は忘れている。これはもう人数の問題ではない。

 

「本任務はSSとしています。これは各国の国家代表が入念な準備を行った上で望まなければ達成困難なことを意味していることはご存知でしょうか」

「し、知ってるわよそれくらい!」

 

 馬鹿にされたと思ったのか、女は立ち上がって声を荒げる。そんな様子をさして気にすることもなく、樹は彼女を見据えて口を開いた。

 

「今日突然報せを受けた彼らに、入念な下準備など出来ているとお思いですか?」

「……っ、それは」

「これが一機だけならばなんとかなったかもしれません。だが今回は二機、それも別方向から。一対一で敗北することが負けなのではありません。誤って取り逃がし、見失ってしまっても敗北なのです。開始の時点でこちらが不利なのですよ」

 

 ぐっ、と女性は思わず下唇を噛み締める。

 

「わ、私はただ生徒たちの安全を第一に考えて……!」

「一理ありますが、代表候補生たちはこういった時の覚悟も出来ている筈です。この誓約書にも有事の際は任務の遂行を最優先すると記載されていますし」

 

 ぺらり、と小脇に抱えていたファイルの中から代表候補生となる際に書く事になる誓約書のコピーを取り出して見せる。そこには確かにそういった旨のことが事細かに記載されていた。

 

「危険であることは承知しています。しかし現状、より多くの戦力を投入することを最優先させるべきです」

「……一つ、聞いてよろしいでしょうか」

 

 今にもヒステリックを起こしかねない女性の隣に座っていた物腰やわらかそうな男性が言った。黒縁眼鏡が特徴的な四十程のその男性は、樹の瞳から視線を逸らすことなく。

 

「制御下を離れている二機のIS。その進路にIS学園が管理する施設がある。……これは果たして偶然なのでしょうか」

 

 それはこの会議室に集められた役員の殆どが抱いた疑問に違いなかった。

 そもそもこの二機のIS、暴走したと報告されているアメリカの銀の福音はともかくとしても、強奪されたサイレント・ゼフィルスが何故行方を晦ますことなく日本へ向かってきているのかということが不可解である。欧州最先端の技術を駆使して制作された機体やそのデータが欲しかっただけであるのなら、研究所を襲撃しその機体を回収した時点でその目的は達せられているはずなのだ。

 であるにも関わらず、襲撃者はその機体を使用して真っ直ぐに日本へと向かってきている。ISを纏える時点でほぼ襲撃者は女性だと考えてよさそうだが、安直にそう断ずるにはやや早計なような気もする。確認されているのが四人だというだけで、まだ他にも男性のIS適性を持つ人間はいるのかもしれないのだから。

 何かがあるのだ。この日本、もっと言えば、二機の進路が重なるあの場所に。そして何かがあるとするなら、樹はたった一つしか思いつかなかった。

 

「これが偶然でないとするのであれば、少なくともサイレント・ゼフィルスで向かってきている襲撃者の狙いは四人の男性IS操縦者である可能性が高いと思われます」

 

 樹の言葉に、俄かに室内にどよめきが走る。

 その考えが浮かばなかった訳ではないのだろう。現に黒縁眼鏡の男性は驚愕する様子もなく、先程の質問も確認の意味合いが強いことを思わせる。二機の、少なくともイギリスの機体の狙いは男性のIS適性を持つ人間。それ以外に考えられなかった。

 

「考えてもみてください。今現在あの場には世界でたった四人しか確認されていない男性のIS適性を所持した人間が集まっているのです。敵にしてみればこれほど都合のいいことはないでしょう。私がもしも敵の立場であったなら、間違いなくこのタイミングで攻撃を仕掛けます」

「だ、だったら三人を最前線に出すのは向こうの思う壺なんじゃないの!?」

 

 先程まで口喧しかった女性が息を吹き返すように樹の言葉に噛み付いた。彼女の言うことも間違いではない。本当に狙いが男性IS操縦者たちであったのなら、狙いである彼らをむざむざ敵前に差し出すような真似をするというのだから。

 万が一彼らのうちの一人でも攫われれば、その時点で防衛省の面目は丸潰れだ。

 しかし、それでも。現状に対処出来るのが彼らしかいない以上は三人に応戦してもらうしか手がないのである。歯がゆい状況に樹は静かに拳を握る。だが状況判断に余計な感情は自必要ない。一瞬の判断ミスが、取り返しのつかない事態を引き起こしかねないのだから。

 それ故に樹は憮然と告げる。これが最善だと、己に言い聞かせるように。

 

「我々は見極めなければなりません。舞台裏に潜んでいる真の敵を、その目的を。その為にも、彼らの助力は必要不可欠なのです」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「さて、状況説明は以上だが何か質問がある奴はいるか?」

 

 一頻りの説明を終えて、ざっと全体を見回す。いきなりの事態であるにも関わらず代表候補生たちは流石の対応力と言えるだろう。直ぐに思考を切り替えてこの状況を打破するために必要なことを考えているようだった。一夏や箒は最初は戸惑っているようだったが、それも今では落ち着いてある程度の思考能力は取り戻しているみたいだ。とは言え、この二人を最前線に連れて行くつもりは俺はない。二機のISの狙いがもしも俺を含む男性IS操縦者であったのなら織村と二人で応戦し、一夏には皿式と同じ部屋で待機してもらおうと考えていた。他の代表候補生たちを護衛に付ければある程度の安全は確保できるだろうし、何より一夏のあの状態では実戦で使い物にならないような気がしてならないのだ。実力はあれど、その使い方まではマスターしていない。そんな状態のまま出撃させては現場で何が起こるか分からない。

 だがやはりというかなんというか、血気盛んな俺の弟子は後方支援なんて柄ではないようである。傍から見てもはっきり分かるほどにやる気十分に燃えていた。これは完全に最前線で戦う気満々だ。どうしたもんだかと内心で悩んでいると、正座を維持したままのラウラが手を挙げた。

 

「目標二機の詳細なスペックデータを要求します」

「了解した。ただしこれは重要機密だ。他言することは許さんぞ」

「心得ています」

 

 俺の言葉に頷くラウラを確認して、前のディスプレイに二機のスペックデータを展開する。それらのデータをまじまじと見つめながら、代表候補生たちは各々の見解を仲間内で述べているようだ。

 

「軍用IS……。この移動速度は尋常じゃないわね」

「イギリスの第三世代もかなり厄介そうだぞ。偏向射撃があるとすれば驚異だ」

「銀の福音を止めようと思ったら、見敵必殺しかないね」

「となると一夏の零落白夜が一番適任なんじゃない?」

 

 まずい。なんだか一夏が銀の福音を迎撃することで話が纏まろうとしている。

 原作の流れのままだと言ってしまえばそれまでだが、俺や織村が存在する歪がある中でその一点だけ原作を踏襲しているというのも可笑しな話だ。なんとなく嫌な予感を抱いた俺の耳に、これまで口を閉じて状況を静観していた男がここにきてようやく声を発した。

 

「銀の福音は、俺が止める」

 

 別段大きな声を放った訳ではなかったが、どうしてかその声は室内によく浸透した。

 織村の瞳から視線を逸らすことなく俺はその理由を尋ねる。どうして銀の福音に拘るのだと。

 

「理由だ? そんなもん決まってる。誰だかは知らねえが、ソイツはアメリカって国に唾を吐きやがった。アメリカ代表の俺の目の前に奪ったISを向かわせてるんだろう? だったらその喧嘩を買ってやる。新型を奪われたアメリカにも責任はあるしな、身内の不始末は身内でケリを着ける」

「……それだけじゃないんだろ」

 

 見透かしたような俺の発言を受けて、織村は一瞬呆けたあと後頭部をガシガシと掻いた。なんだ、どうせコイツに隠し事なんかできるわけないかとか思ってるんだろう。思い切り顔に書いてあるぞ。というかそれは俺でなくても千冬や真耶にもお見通しなような気もするが。

 

「……銀の福音に乗ってるイーリスは、ナタルと俺の親友だ」

 

 その言葉で、今までイマイチ要領を得なかった代表候補生の面々も理解したのだろう。織村がサイレント・ゼフィルスではなく、銀の福音を相手にすると言い出した意味を。俺ももし同じ立場であったなら、今の織村と全く同じ行動を取ったに違いない。だから俺はそれ以上の言葉を織村にかけることはせず、ただ静かに首を縦に振った。

 

「そういうことでしたら、私はサイレント・ゼフィルスの迎撃に参加させて下さい」

 

 織村が再び静観を始めたのを見計らってそう言ったのはイギリスの代表候補生、セシリア・オルコット。まぁ実のところ、セシリアもそう言い出すんじゃないかとは思っていた。先程話した内容の中にはイギリスの国家代表、チェルシー・ブランケットが迎撃に失敗して監視空域を離脱されたということも含まれている。チェルシーの実力は俺も十分承知しているし、彼女の専用機が調整中だったために完全なパフォーマンスを発揮できなかったこともあるだろうが、それでも国家代表を退ける襲撃者の実力は本物だ。セシリアもそこのところはきちんと理解していることだろう。その上で彼女は今の発言をしたのだ。

 

「理由は織村と同じ、か?」

「はい。祖国の屈辱はわたくしが晴らします。チェルシーの仇も含めて」

 

 俺から視線を一切逸らすことなくそう語るセシリア。そんな表情をされてしまっては彼女を作戦から外すことは出来そうにない。もともとセシリアの基本能力は高いのだし、遠距離型として俺のサポートにも回ってもらおうと考えていたところだ。俺の考える配置とも矛盾せず彼女の意を汲むこともできる。脳内でそれぞれの配置と役割を振り分け、メリットとデメリットを慎重に吟味していく。

 ふむ。粗方の配置は問題なさそうだ。後は専用機のパッケージの問題だが、今日の試験可動は本来ならキャノンボール・ファストのためのパッケージを使用する予定だったので殆どの専用機が高機動型またはそれに順するパッケージを用意していることだろう。

 

「皆、超音速下での戦闘訓練は十分に行ってきているな?」

 

 確認の意味を込めて七人にそう尋ねると、一夏と箒以外の五人は直ぐに頷いた。一夏と箒の二人がそんな訓練を経験したことがないのは承知の上なので、今の質問は五人に向けてのものだと考えてもらって構わない。五人が肯定したことを確認して、俺は脳内で纏め上げた作戦と配置を口頭で述べる。

 

「それでは今より作戦概要を説明する。現在中国北西を移動中のサイレント・ゼフィルスを日本海上空で俺、オルコット、デュノアで迎撃。太平洋上空を移動中の銀の福音を日本の領海に踏み込んだ時点で織村、織斑、更識で迎撃。双方が一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン )を要とし、短時間での決着を心掛けること。近海の海域封鎖を織斑先生、山田先生、篠ノ之で行う。また狙われている可能性のある皿式の護衛をボーデヴィッヒ、鳳で行うこと。いいか、この四ヶ所のどれか一つでも失敗すれば作戦の達成は不可能となることを常に意識しろ」

 

 俺が言い終えると、教員を含めた全員が首肯した。

 くそ、本当なら今でも一夏を連れて行くのは不安だ。しかし、簪にああ言われてしまっては仕方ない。まさかこの説明中にこっそり更識の伝達方法を使用してまで一夏を連れていかせようとは。一夏のサポート、尻拭いは全てするとまで言われてしまっては首を横に振るわけにもいかない。別に妹に甘い訳ではない、決してだ。

 ともかく、こうして作戦に組み込む以上、相応の働きをしてもらわなくては困る。嫌な予感は尚も収まってはくれないが、それでも敵は待ってくれない。作戦開始の時刻を告げて、各々準備に取り掛かるように促した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……? 何だ? 何で皆旅館に戻ってきているんだ?」

 

 旅館の一室で一人過ごしていた鞘無は、外が何やら慌ただしいことに気がついた。

 昨日の模擬戦によって専用機『サンライト・トゥオーノ』が自己修復不可能なほどに破壊されてしまった彼は三日目の試験稼働を中止、期末テストに向けての勉強を行うように教員に言われていた。が、臨海学校に来てまで勉強など手につく筈もなく、こうして窓から青い海を恨めしげに見つめていたのである。

 そんな時だ、どういうわけか生徒の殆どが隣接されているアリーナを出て旅館に戻って来くる。これは一体どういうことなのか。

 そこまで考えて、鞘無はハッとした。ここが臨海学校、そしてそこで起こる原作のイベントを思い出したのだ。

 

「『銀の福音』の襲撃事件……!」

 

 畜生、と奥歯を噛み締める。どうしてこんな大切なイベントのことを忘れてしまっていたのか。どう考えても昨日の模擬戦のせいなのだろうが今は気にしないことにしておく。

 本当ならこんな部屋を抜け出して今すぐ作戦会議をしているであろう部屋に飛び込みたい。そして他の専用機持ちたちと同様に戦い、仲間との絆を深めていきたい。だがしかし、現在鞘無の専用機は搭乗することが不可能なほどに損傷してしまっている。一度研究機関に見せて専用の修理を行わなければ元通りにならない程だ。

 どうにかして作戦の輪の中に入れないものか、と鞘無は必死に頭を働かせる。実際は護衛の対象としてその輪の中に入ってはいるが、そんなことを鞘無が知るはずもなかった。

 こんなチャンスはそうそう巡ってくるものではない。なんとかして作戦に参加できないものか。いっそのこと生身で突っ込んでいくなんてのもアリなんじゃ、ととんでもないことまで視野に入れ始めたそんな時だ。不意に鞘無は窓の外に陰りが生まれていることに気がついた。

 曇っている訳ではない。現に視界いっぱいに広がる海は降り注ぐ太陽光を反射しきらきらと輝いている。

 では、一体何が。

 疑問に思った鞘無は窓ガラスに手をかけて真横にスライド。覗き込むようにして窓から上を見上げようとして。

 

 ――――何かが鞘無の顔面に直撃した。

 

「ぶへぇッ!?」

 

 奇天烈な声と共に室内を転がり壁に叩きつけられる。強い衝撃を受けたらしい鼻からはダラダラと鼻血が流れてしまっていた。

 何だ、一体何が激突したんだ。脳内での処理速度を超えるような速さの一撃だった気がする。直撃する直前の鞘無の視覚が正常に作動していたならば、何か水色のふわふわしたものとウサギの耳みたいなものが見えた、気がした。

 頭の中で混乱が止まらない鞘無のことなど無視するかのように、窓から何かが入ってきた。飛び込んできたというよりは舞い降りたと表現する方がしっくりくる程優雅な現れ方だった。重力を感じさせない登場を果たしたその人物を目の当たりにしたことで、鞘無の両眼が大きく見開かれる。それは彼もよく知る人物だった。

 不思議の国のアリスが着ていそうなファンシーな水色のワンピースに特徴的なウサ耳。そんな物を身にまとう彼女は鼻を抑えたままの鞘無を見つけるとにんまりと口角を上げて笑う。

 

「――――やぁやぁ四人目君。仲間はずれは寂しいでしょう?」

 

 思考の読めない天災が、場を混沌の渦に叩き込もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 


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