魔法科高校の劣等生に転生したら生まれた時から詰んでいた件について(仮)   作:カボチャ自動販売機

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誘拐

ヴァージニア・バランス大佐は焦っていた。

 

侵入さえ成功してしまえば、後は引き金を引くだけの任務。何せターゲットは既に拘束されており、身動きが取れない格好の獲物なのだから。

 

だというのに、アンジー・シリウスが消息を絶った。

日本での任務では、失態が続いたとはいえ、『シリウス』は伊達や酔狂で得られる称号(コード)ではない。

 

アンジー・シリウスには間違いなく、世界最強の実戦魔法師を名乗れるだけの力があるのだ。

 

そのアンジー・シリウスから既に十分の間応答がないという不測の事態。この十分間の間、バランスは何もしていなかったわけではない。

 

 

「駄目です、何も映りません!恐らく全てのカメラが破壊されています!」

 

 

少しでも中の様子を知ろうと、防諜第三課のスパイ収容施設にリスクを犯してハッキングを仕掛けていた。防諜第三課は決して無能ではない。スターズであっても侵入には相当の、それこそアンジー・シリウスだっからこそ破れた程の、警備態勢が築かれていた。そこにハッキングを仕掛けるというのは当然のごとく大きなリスクを伴い、通常時であれば十分でハッキングすることなど不可能である。

 

 

「向こうも混乱している…というわけか」

 

 

侵入者、アンジー・シリウスを捕らえたというのなら既に混乱はある程度収まっているはずだ。しかし、実際は今だ混乱の渦の中にいる。

 

 

「一体何が起きているというのだ」

 

 

 

分からないことが多すぎる。想定外、そう言うにはそもそも前提が覆っている。まるで、チェックメイト寸前のチェス盤をひっくり返されたかのように、バランスの中で組み立てていたものがバラバラに崩れ、散らばる。作戦は失敗。撤退しようにも最重要であるアンジー・シリウスがどうなったかも分からない事態でそれをするべきかは、未だ判断に迷うところであった。

 

 

『今夜は綺麗な月ですよ?』

 

 

─天井が無くなった。

 

バランスら、シリウスのバックアップチームが乗り込んでいたワゴン車の天井が唐突に、消え去ったのである。直後、何か重い金属が地面に叩きつけられた音が響く。

 

 

『さーて、悪夢の始まりだ』

 

 

遮るものが無くなり、月の光が注ぐ車内に、白い怪人が降り立った。

キラキラと光る白いローブに、真っ白な自身の背丈程もある杖も持つ姿は、どこか魔法使い然としているものがあったが、頭に被る白いフルフェイスのヘルメットがそれを近代的なイメージで塗り潰す。

 

チグハグな魔法使い。

 

しかし、それは確かに魔法師であった。

 

 

バランス以外のメンバーが一斉に血飛沫を上げて、倒れる。正しく悪夢。悪い夢だと現実を逃避したくなる光景。

 

 

『全員殺してないよ、たぶん。まあすぐに治療しないと死んじゃうかもだけどね』

 

 

何故、全員を生かしたのか。その中でどうして自分だけが無傷なのか。この状況で尚、頭が回るのはバランスが優秀であることに他ならない。

 

 

『全員無事なのは、殺しちゃって良いのか分からなかったから。君を残したのはこの中で一番偉かったから』

 

 

まるで、心を読んだかのようにバランスの疑問に答える白い怪人。まさか、本当に心を読まれているとは思っていないバランスであったが次の瞬間、心臓を掴まれたかのような錯覚に囚われた。

 

 

『嫌だなー別に心を読んでるわけじゃないよー』

 

 

心を読まれている。そう確信し、動揺を隠そうとするが、流石のバランスも無理だったのか驚きが目を見開くという形になって表れる。

 

 

『ただ単に貴女のことを調べて、貴女ならどう思考するかを考えているだけだよ』

 

 

実際はそれだけでなく、『幻想眼』によって得た情報、身体から溢れている感情の色を見て考え、さらに、相手の思考をある程度誘導しているというだけだ。心を読んでいるのではなく、読めるように誘導しているのだ。『幻想眼』で感情を見ても細かい思考までは読むことが出来ないのだから。わざわざ派手な登場をしたのも、バランスを動揺させ、思考を狭ませるための一手。

 

 

『さて、私から貴女への要求は一つだけだ』

 

 

杖型の武装一体型CAD、『ラスター・ホワイト』をバランスへ向ける。

 

 

『アンジー・シリウス、いや。アンジェリーナ・クドウ・シールズは戦死した。そういうことにして貰えませんか』

 

 

 

シリウスの正体を知られていたことに驚きはない。既にシリウスが敗北し拘束されているのだとしたら、その顔を見ているということになる。日本へ堂々と留学生として来ているリーナの素性を調べることは容易いだろう。むしろバランスはほっとしたくらいだった。白い怪人の質問から、まだリーナが生きている可能性が相当に高いことを感じ取ったからだ。

 

 

「断る。シリウスに敗北はない。そして、私がお前の言いなりになることもない」

 

『えー、何人か殺したら気が変わったりしない?』

 

「馬鹿なことを。ここにいる時点で皆、死を覚悟している。勿論私もな。脅しにもならんよ」

 

『…ですか』

 

 

白い怪人、雪花は『幻想眼』によって見える、覚悟や使命感といった感情から、何をしたところで、このバランス大佐が自分の思い通りには動かないであろうことを悟った。

 

 

『はぁ……仕方ない。あー嫌だな、結局、全部黒幕さん(・・・・)の思い通り、か』

 

 

仮面をつけ、声も加工されているというのに、心底嫌そうにしているのが分かる、そんな言葉をバランスが聞いた瞬間、意識が途切れた。無系統魔法『共鳴』によって気絶させられたのだ。

 

そうして、白い怪人は気絶したバランスを抱え、夜の闇へと消えた。

 




そろそろピクシーさんが恋しくなるころなんですが、まだシリアス?は続きます。原作からの解離がすごいことになりそうです。

さて、次話ですが近日中に投稿します。

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