SAMULION ~まじっくナイトはご機嫌ナナメ☆~   作:Croissant

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巻の陸

 ありがたや。ありがたや と思わず天を仰いでしまう。

 

 事務所で受け取ったオレの黒い皮財布。

 じーちゃんが旅行土産で買ってきてくれたヤツで、黒光りするニクいヤツ。

 何だかドラマとかでヤクザ屋さんが使ってるワニ革のサイフっポイけど気にしない。

 

 お金もバッチリ残ってたし、カードとかもそのまま残ってる。

 何という幸運。勝った! 正に第三部 完!! だ。

 

 もちろん、この世知辛い世の中で親切にも届けてくださった恩人の方には感謝感激雨あられ。

 これは是非ともお礼を…と思ったんだけど、奥ゆかしい方なのか丁寧に断られてしまった。

 

 うーん 懐を寒風が吹き荒んでた分、人の親切が身に染みるなぁ……ありがとう!! ありがとう誰か!!

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ そ の 誰 か ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 クロコダイルっぽいワニ皮の黒光りするサイフに、万札とよくわかんねーカードがぎっしり入ってんだぞ!?

 おまけに一枚は高額者用の黒カードだったし。どー見てもヤクザのサイフじゃねーか。怖くて使えるか!!

 ま、まぁ、最初はネコババしようかな~と思わなくも無かったけど、念の為にと中をあさったオレを褒めてやりたい。それでも学生証を見つけちまった時、心臓が止まったかと思ったけど。

 

 コイツってウチの大学どころか近隣でも名の知れたヤクザじゃねぇか!!! 黙って持ってるのも、捨てるのも怖いわっっ!!

 

 こういう時は真っ正直に届けるのが○。警察よか情報網持ってるヤクザに見付からない訳が無い。だから事務の方に届けた訳なんだが……本人と会って理解できた。ヤレはやっぱり正しかった!!

 マジだ。やっぱコイツはマジのスジ者だ!!

 こいつぜってーマジに何人かぶっ殺してる!! 何かこー握撃とかしそうな眼してたし!!

 

 『…間に合った』とか何とか言ってたから、取引なんかに使うモノが入ってるに違いない。

 冗談じゃねーっっ!! お礼もクソも、何で稼いだかもわかんねー金なんぞ受け取れるかぁーっっ!!!

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 いやぁ……商店街のポイントカードって使用期限が今日までなんだよね。

 500Pだから、500円分かぁ……ちょっと得した気分だ。

 

 自慢じゃないけど、オレの財布はカードでパンパンの主婦財布。

 行く店行く店のポイント会員になっちゃうし、レンタルビデオのカードもあるからそりゃあ財布もパンパンだよ。何か主夫っぽくて笑ってしまうけど。

 

 

 ――さて、

 まだ日は高いけど用心して直に帰る事にするオレ。何せ帰りもバスなんだから。

 

 そうだ。偶にお土産買って帰るのもいいかも。雷も女の子だから菓子とか好きだろうし。

 オレは和菓子だったら作れるんだけど、流石に毎日オレの手料理ばっかだったら食べ飽きるだろうし、今は良い葛がないから人様に出せるようなものは作れない。

 だったら恭也ンとこ寄ってお土産に買うのも手ではなかろうか?

 

 士郎さんトコの店は変なもの混ぜないから食べられるんだよねー コーヒーも良い豆焙煎してるしー

 そうと決まれば……

 

 大学前のバス停に行き、バスを待ってる他の人たちがさっさと離れてゆくのを目の端に入れて涙ぐみつつ、今日の予定を変更するオレ。

 雷が来てから色々あって、一週間ぶりとなる翠屋。おじーちゃんの伝もあって色々と相談に乗ってくれてる士郎さんに雷の事を聞いてみたいし。

 いやあの娘ってみょーに責任感強いから、自分が大学行ってる間は、何か仕事がしたいとか言ってたんだよね。

 

 働かざる者食うべからずって意識をきちんと持ってるのは超感心だけど、正直そこまでしなくてもなーと思わなくも無い。

 

 だけど、彼女のやりたいっていう意思は尊重してあげたいしね。

 オレの式という立場で生まれたとはいえ、感情も個性もきちんと持ってる以上は一人の女の子として接したい。

 つーか接してるつもりなんだけど……うーむ……

 

 問題はあの主従観念。

 オレ=殿。自分=下僕という意識が完成しちゃってて動かないんだ。

 

 まぁ、最初の時よりは大分ゆるくはなったんだけどさー……

 

 だからアルバイト的なものをやらせて世間を教えてやりたい。

 いろんな人に接する事で、オレだけの意見じゃなく、他者の意見も尊重できるようになってほしい。

 丁度、月村さんと接した時みたいに……

 

 オレとは思えないコト考えてるけど、雷は言うなれば娘か妹みたいなもん。

 老婆心つーか、親心? が湧いてくるのもしょうがないじゃないか。

 

 

 等と考えつつ、人影が無くなってしまったバス停に止まったバスに乗り、見知った運転手の人じゃないから若干引かれて落ち込みつつシートに腰を下ろす。

 後は目的地である公園近くのバス停まで乗ってるだけ。

 なんだけど…なぁ……

 

 

 問題は、バスの中で起きてられるか、だ――

 

 

 

 ――嗚呼。

 オレ、翠屋行ったらマンデリン飲みつつショコラケーキ食べるんだ……

 

 

 

 ナニこの負けフラグ。

 そう気付いたツッコミ入れた時には、瞼は鉛の様に重くなって――………

 

 

 

 

 

 

 

        巻の陸

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……現実は厳しい」

 

 

 案の定というか、予想通りというか……やっぱりオレは寝過ごしてしまったのだった。

 しくしくしく…運転手さんも起してくれたらいいのに……

 

 結局夕方になってもたーっっ 今日もまた遅いやーんっっ

 ああ、雷が家で 早くきてー早くきてーと泣いてるやも……ないか?

 

 「ふむ…」

 

 このまま道路沿いに歩けば半時間は掛かるだろう。

 そして右側を見れば脇道……

 

 ……うん。フラグだ。解ってるヨ。何時ものパターンでこの脇道に入れば道に迷う事は必至。

 ちょっとくらい…なんて思ったら運の尽き。というのがオレのデフォなんだ。参ったか。

 

 フ…そう何度も何度も二の轍を踏むオレじゃないんだぜ?

 

 古人曰く。急がば回れ――だ。

 このまま道路沿いに歩き、途中の公園を突っ切るというやや遠回りっぽいショートカットがベターなのだよ。知ってる公園だし。

 

 財布も帰ってきたし、今日はツいてるのだ!!

 腹を空かせて泣いているであろう雷よ。待ってろ!! 今帰るからなーっっ

 

 万感の想いを胸に、オレは勝利への道を爆走するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………等とチョーシこいてた時期もありましたとさ。

 

 何ぞこれぇーっっっ!!!??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず屋敷を中心にゆっくりと見回っていたのであるが、やはり感覚にピンとくるものがなく空振りで夕暮れとなってしまっていた。

 確かに、何も起こらないに越した事はないのであるが、先に異変らしきものが起こってからなのだからそうも言ってられない。

 何かか今世に現れた事に間違いは無いのだから。

 

 念の為に昨夜 怪異があった空間の真下に行ってみたのだが、何かしらのモノが戦っていたような跡はあったのだか、何も落ちていなかったし何の反応も残っていなかった。

 一体何が起こったというのか? と首を傾げたものである。

 

 と、ここでふとある事に気付く。

 昨晩は自分より早く怪異を察知した主は外へと飛び出していた。となると、ここで戦っていたのはひょっとすると主だった可能性も……

 

 「はっ!?

  考えてみれば昨晩 殿が何処(いずこ)に出陣なされていたかも聞いておらんでござる!!??」

 

 この雷、一生の不覚!!

 主に気を使われて足が地に付いておらなんだ事が原因か!?

 

 

 と、兎も角、

 ここは主が怪異と戦って討ち取ったとしよう。うむ。

 そう考えるのが現実的だ。

 

 幸い不快な臭いも気配もないので場を清める必要も無かろう。

 ……と、主が戦われたのならそれくらいは行なっておられるか。いかんいかん。

 

 こうなると仕方もない。

 日も暮れるし、逢魔が刻を過ぎれは闇の者達の時間。察知し辛くなる。

 念の為に式を二,三放っておくくらいか。

 

 霊 宿 鳥の三の文字をしたためた紙で鶴を折り、言霊を乗せて放つ。

 すると単なる紙切れだったそれに命令が宿り、折鶴は恰も小鳥の様に羽ばたいて夜の闇に紛れて行った。

 自分のそれはかなり拙いものであるが、無いよりはましであろう。

 

 やれやれ…と、無駄足で終わらせてしまった事に肩を落としつつ、帰途に着こうとした瞬間――

 

 

 

 

 -きゃああああああっっ

 

 

 

 

 女性(にょしょう)のものと思われる小さな悲鳴を耳にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕焼けに染まる広場。

 

 外で遊ぶ子供が多いこの鳴海の町では珍しく既に人影は無い。

 

 しかしその珍しい事柄は、幸いであったと言えよう。

 

 -Gyooooooooooooooooooooo……

 

 叫び声。

 或いは唸り声であろう()を口から噴き零す化獣がそこにいたのだから。

 

 -Gyu Gyu Gyu Fuuuuuuuuuuu……

 

 何やらしゃくり上げる様な、えづく(、、、)ような音を漏らしつつ、足元に転がるモノ……若い女性ににじり寄って行くそれ――

 

 滑って見える粘質の黒い体。

 辛うじて足であろうと解る、頼りなげにバランスをとる四本の柱。

 そして目の位置にはカメレオンを思わされるよう、目が突き出ていた。

 口中は赤黒く、そこから伸び出てのたうっている血の色をした触手のようなものは舌であろうか。

 宝石のような蒼く輝く眼と、その口と舌だけがハッキリしており、身体のあやふやさもあって正に悪夢である。

 

 -Gyurururururu……

 

 その口から滴る紅い唾液を巻き込む(、、、、)ような音を漏らしつつ、女性ににじり寄って行く。

 

 気を失っているままなのか、女性は何の反応も示さない。

 その女性の手には、細いベルトのようなものが握られており、その先端には引き千切られた皮ベルトがある。

 

 

 ――嗚呼、誰が想像できるであろう。このバケモノが彼女のペットだった等。

 

 

 彼女が飼っている柴犬。それがこのバケモノの正体なのだ。

 

 何故、かは解らない。どうして、かも解らない。

 この元犬にしても、何がどうなってしまったのか理解できておらぬだろう。

 

 ただ飼い主とずっと一緒にいたかった。

 そして守れる程強く大きくなりたいと感じていた。

 それだけなのだ。

 

 嗚呼、それだけなのに。

 他愛無い、単なる小さな望みだった筈なのに。どうしてこうも湾曲しているのだろうか。

 

 どうしてこの歪に巨大化したこの身(、、、、、、、、、、)で主を食べれば一緒に(、、、、、、、、、、)いられる事になるのか(、、、、、、、、、、)

 

 そしてそれが正しいと確信しているのか。

 

 

 じゅるり、じゅるりと唾液が滴り、足の裏だけで這うように近寄ってゆくそれ。

 

 完全なる間違いであるというのに正しい。

 間違いなく正しいという穿き違いに気付ける事もなく、大切で大好きな飼い主に向けて口を開ける。

 

 その紅い口中には歯に該当するものは無かったのだが、食むというこの時になって唐突に牙が生え揃った。

 尤もそれは鬼下ろしのようにギザギザした突起が口内粘膜に立ち並ぶというおぞましい物。強いて言うのなら蝸牛の消化器官が近いだろうか。

 

 そのようなものに噛まれれば人の身体なんぞ一たまりも無い。

 

 愛しい飼い主の柔肉を齧り取らんとその顎を更に大きく開ける元犬。

 象ほどにまで成長したその身の半ばまでがガパッと音を立てて裂け、ありえない異形さを更に増長させる。

 

 

 ――怪異。正に怪異。

 

 

 こんな事が現実では起こり得ない筈である。

 だからこそ何者も立ち向かえず、何者も現実だと理解し得ないのだ。

 

 しかし、

 

 「……っっっ!!!」

 

 その大き過ぎる(あぎと)が女性に覆いかぶさろうとした正にその瞬間、

 風の様に迫ってきた影が彼女の身体を掻っ攫い、顎は空振って地面を抉った。

 

 -GyuGa……?

 

 「か、間一髪でござった」

 

 雷である。

 

 悲鳴を聞いて駆けつけ、公園で起こりかかった惨劇に介入したのだ。

 

 「(あやかし)? いや、霊気が違うでござるな。

  となると……何かしらの怪異に巻き込まれた獣…でござるか」

 

 公園の木の根方にその女性を寝かせつつそう分析する雷。

 これが物質であるのなら、強大な妖気や霊気によっての一時的な九十九神化とも考えられるのだが、このバケモノからは何やら生き物の精気らしきものを感じられる。

 

 基本的にあらゆる生きモノ確固とした霊気を持ち合わせているのでそう簡単に妖物化したりしない。その霊波が抵抗するからだ。

 もし生き物を素早く妖物化させるのなら、途轍もない妖気、或いは霊気を感じてしまうはずなので、雷が気付かない筈が無い。

 

 となると例の怪異が齎した災害と考えた方が無難である。

 

 「罪無きモノに刃を向けるのは気が引けるが已むを得ん」

 

 主である太一郎も相当に穏やかな(ヘタレともいうが)性格であるが、雷も争い事が好きな訳ではない。

 鍛練や修業といったものは兎も角として、無益な戦いや殺生は大嫌いなのだ。

 

 しかし、せざるを得ない瞬間に戸惑うほど愚かではない。

 

 「-(ひと)(ふた)()()(いつ)()(なな)()(ここの)(たり)

   いざや布都御魂(ふつのみたま) 是に御身を写し奉らん」

 

 そう呪を結びながら法輪(東洋で言う第四チャクラ)に意識を傾け、左掌に右剣印をぱんっと打ち据える。

 

 と、掌から離した右手には何時の間にか黒い柄が握られており、そのまま振り抜くとまるで見えない鞘から引き抜いたかの様に一振りの太刀が出現した。

 その刀身は反ってはいるのだが、刃に向けて下向きに…所謂“逆刃”。(こしら)えもどこか古めかしい古刀だ。

 柄をぐっと握り締める同時に雷の衣服は昨日購入した洋服から、どこか戦国時代の甲冑に似たデザインのプロテクターのような軽鎧へと変化。

 足は脚絆に似たブーツに、腕も手甲の様なグローブ。頭部も鉢がね(、、、)が巻かれており、正に戦装束と切り替わっている。

 

 普段のボケさ加減も失せたその表情は正に武士。

 

 この世で唯一。

 鈴木 太一郎の(めい)の為、

 

 そして牙持たぬ民草が為に刃持ちて戦う武の式。

 

 

 「鐘伽流(しょうきりゅう)戦部式(いくさべがしき)、前鬼 (いかづち)

  参る――」

 

 

 これこそが彼女の本質であり本領なのだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女に気圧されたか、異形の怪物は捕食より先に障害を排さんと丸太のような足を振り上げて襲い掛かる。

 当然、雷が棒立ちであろう筈もなく、巨大な(きね)を思わせる足を羽毛の様にふわりと避けた。

 

 いや避けただけではない、すり抜けざまにその黒い異形の足に刃を押し当て、刃を流すように振って抜いた。

 

 -GYoOooooooooooooohoooo!!!!

 

 地が震えるような異形の鳴き声。或いは悲鳴か。

 しかし雷は毛ほども油断を見せず、己が得物の剣先に意識を乗せたまま怪物を見据えて構えを直す。

 

 案の定というか、その黒い丸太に半身は食い込んだはずの刃の痕は無く、また何かしらの血潮が流れ出た様子も無い。

 痛み…? は、あるように見えるのだが怪我らしきものは無かったのだ。

 

 「ム……?」

 

 手ごたえからして解っていた事ではあるが、この様子は解せない。

 如何に出来損ない(、、、、、)であろうと、彼女の刃で斬られたのであればどうやっても痛みが伴う。例え完全に限界仕切っていない怪異であろうとだ。

 確かにこれ(、、)は痛がっているし、悲鳴も上げている。その(いなな)きは本物だと解る。

 

 が、その身体は痛みを訴えていない。

 

 出来損ないの身体は痛みを感じていないのに、意識は痛みを受けているという事なのか?

 

 強いて称すなら“ちぐはぐ”。

 感じられる欲望と力と能力と身体が上手くかみ合っていない。

 だからこそ付け入る隙もあろうが、それでも首を傾げざるを得ないのだ。

 だからこそ正にちぐはぐ(、、、、)が適当であろうこの怪物。

 こんなモノを生み出せる力とは一体何なのか?

 

 何しろ怪物から感じられるのは妖気ではなく、霊気でもない。

 何かしら見知っている力のような気もするのだが、不可思議なる未知の力。

 

 それらが相俟って、長い退魔の歴史記録を持つ彼女であるが、今までなかった怪異である為、戸惑いが大きいのだ。

 

 -Gyo Gyo Gyooooooooooooッッ!!!!!

 

 その刹那の隙を狙った訳ではなかろうが、怪物はその紅色の口を大きく開き、何と舌の先から槍のようなものを射出した。

 

 「ぬ…っ」

 

 対する雷、それでも臆する事無く前に半歩進み出て、やや上段に構えた刀身で脇に受け流す。

 ぎゃりりり…と鋼を擦り合わせるような音が響くが眉一つ動かさないのは流石。

 

 怪物もそれだけに留まらず、舌先だけで槍の連打を繰り返す。

 その歴代の槍使いも()くや。正に槍林。突いては引き、引いては突くの単調なる繰り返しではあるが豪雨の様。

 

 しかし雷は並の剣者ではない。

 その突きの度に踏み込み、流し、引きの度に合わせて踏み込んでゆく。

 じりじりとした蝸牛が如くの踏み込みであるが、その槍捌きが激しい分、それに合わせている彼女はどんどん間合いを詰めて行く。

 

 もう間近。

 顔の直前といった所にまで踏み込まれた怪物は、慌てたようにおもいっきり槍を突き出した。

 

 「喝ッ!!」

 

 と、伸ばしきったタイミングに合わて舌の根元を白刃が薙ぐ。 

 何の抵抗もなくすぱっと斬り取られ、赤黒いそれは宙を舞う。

 

 -GoOoOOOoooooooooッッッ!!!!??

 

 流石にこれは堪えたか、その巨体を弓の様に反らせて叫ぶ怪物。

 しかし目の前には太刀を持つ少女。その隙を逃す筈も無い。

 

 その腹部に向って下から上に刃を上げながら踏み込みつつ突き刺す。

 

 怪物が気付いた時にはもう遅い。

 

 雷はそのまま胸筋の動きだけで刃を跳ね上げ、怪物の腹を大きく割った。

 物体として実在している物の怪であるが、中身(、、)までは届いていなかったのか、切り口はまるで黒い粘土を裂いたかのよう。

 しかしてその奥には確固とした物体としか思えない紅い球が輝いていた。

 

 ―― あれか!?

 

 それが霊核だと悟った雷は、素早く懐に手を入れて札…いや、符を一枚引き抜く。

 彼女は器用にも片手で小柄を符に刺しつつその核に投げ打った。

 

 「木氣 霊動ヲ禁ズ!」

 

 見たままのそれは出来の悪い粘土細工であるが、感じられる氣は獣のそれ。

 何かしらの怪異によって変えられたのなら、と思っての行動であったのであるが……

 

 「!!」

 

 ぱんっ と破裂音と共に弾け飛ぶ紅い球。

 

 何がどうだと思考するより早く、反射的に刀身で身を守りつつばっと後ろに飛んで距離を空けたのは流石と言える。

 しかし当人はそれより何よりも驚きを隠せないでいた。

 

 「???

  何でござるかこの呆気無さ。

  今のが霊核で合っていたと…?」

 

 いや確かに霊核を打たれればそれで終わりである事は多い。

 無論、物体として確立させている大本なのだから当然といえば当然であろう。

 

 だが相手は怪異なのだ。

 例え式モドキだとしても僅かでも抵抗くらいはあるはずなのである。

 しかしこれ(、、)は霊核(?)にダメージを入れただけで消滅し、その後には……

 

 「犬、でござるか?

  ……むぅ、生きている様でござるな。重畳重畳」

 

 気を失っている女性が飼っていたであろう黒い子犬が横たわっており、その近くに恐らく元凶であると思われる石が一つ。

 

 「これは……?」

 

 見た目は青いギヤマン(ガラスの事)。

 宝石の様にカットされた材質不明の透明な石なのであるが()にあらず。

 この石、雷が知る五行に属す氣が感じられないというのに、やたら大きな力だけ(、、)放ち続けているのだ。

 

 「何と面妖な……

  力だけで方向性が無いとは迷惑にも程があるでござる」

 

 何かしらの思惑が絡めば使う事も可能であろうが、これだけ大きな力の方向付けをする術なぞ聞いた事もないし、できるとも思えない。

 

 恐らく力を引き出す為の引き金は簡単に引けるだろうが後が続かないだろう。

 例えるなら巨大な溜め池の堰を任意に開けるようなもの。するのは簡単であるがその後は制御なんぞできる訳がないのだ。

 いやこれだけ大きな力だと残留思念だけでも力が動き出しかねない。

 

 「これは洒落にもならんでござる。

  存在するだけで災害。使われれば大災害でござるな」

 

 何か起こるやら想像も出来ないが、碌な事にはならないだろう。思わず背筋が寒くなる。

 

 しかし、眺めているだけでは何の解決にもならない。

 どうにかしてこれを封じなければ災いにしかならないのだから。

 と言っても、迂闊に触れる事も出来ないのであるが。

 

 「いっそこの石に永久封印でも願うでござるか……」

 

 等と本末転倒な事を考えてみたり。

 無論、直に頭を振ってそんな馬鹿な考えを霧散させる。

 何しろコントロールできないと思って直の愚考なのだから。

 

 それにオチも読めていた。

 どうせこんな石の事だ。祈願した者と周囲の土地込みで永久結界みたいなものに閉じ込められるに決まってる。

 

 確かにこんな物騒なものを封印するのだから自分程度の犠牲で出来れば命なんぞ惜しくもないが、これで怪異の全てが終わりとなるのかも不明であるし、何より主の命に先んじて勝手にこの身を粗末にするなどあってはならぬ事であるし不忠の極みだ。

 しかしやはり放って置けるものではないし…と、首を捻っていた雷であったが、その頭に閃くものがあった。

 

 即ち、この石に似たようなものはなかったか? と言う事だ。

 

 「……そう言えば拙者の記録にある殺生石に似てるでござるな」

 

 彼の大妖怪。九尾の狐の欠片であり、自身からも毒素を放つという妖気の塊のような石――殺生石。

 あれと違うのは力の大きさと毒素がない事であるが、周囲に怪異を振り撒く事だけは共通している。

 

 無論、言うまでもないが雷の中に残されている記録の殺生石は、所謂観光地のあるそれではなく本物の妖の欠片。霊的に周囲を蝕む霊的汚染物質である。

 裏の(、、)記録によると、その厄介さを逆手に取り 霊力を奪って闇に対する呪具を生み出して残りカスはしっかり封印してから廃棄したとなっていた。

 となると、その封印法を応用すればどうにかできるかもしれない。

 

 「……ふむ?」

 

 取りあえず転がっている石の周囲に串を刺して小結界を作り、意識の波が影響を与えないようにしてから懐から細い注連縄を取り出した。

 これは先人(前の(、、)雷ら)が殺生石で封じた時に使用したものと同質のもので、強靭な結界というより意思の伝達を完全に防ぐ代物である。

 

 今でこそバケモノを確立させる為に力を消費して落ち着いているようであるが、それも一時の事であろう。

 やがてまた意思に同調して暴れだす事は間違いない。

 しかし、周辺にある何かしらの思念に同調するのであればこれを封じれば取りあえずと処置にはなる筈だ。

 

 そう思い至り、石に注連縄を撒きつけ封じようとしたその時、

 

 

 -GyuGhoooooooooo!!!!

 

 「何と!?」

 

 背後にもう一体別の怪異体が出現したではないか。

 

 今しがたのものと違い、ずんぐりとした毛玉のようなその身体に、やはりそこだけ紅い口。そして二本の突き出た白い牙。

 牙の形から鼠か何かが元だとは思うのであるが、そこしか共通点がないのでどうとも言えない。

 

 だが敵意がある事に間違いは無いらしく、その身体の黒い体毛を逆立てて吠え狂う。

 

 「ええい…次から次へと」

 

 そう舌を打つも仕方もなし。

 このようなバケモノがこちらの都合に合わせてくれるはずもないのだ。

 

 取りあえず、剣を構え直しつつ転がっている石から距離を離す。

 幸いにして石よりこちらに対する敵意が強いのか無視してくれている。不幸中の幸いというやつか。

 そんなに強くなさそうなのは救いであるが、近くに一般人がいるので全力が出せないのがちと痛い。それでも負けるとは思えないが。

 

 しかし、饅頭というかグミというか、そんな毛の塊の一部がばっくりと大きく裂けて血の様な色の口中を曝しているのは気色が悪い。

 

 眺めていて楽しいものではないので先程の相手同様、とっとと片をつけようと一歩踏み出したその瞬間。

 

 -GyaAaaaaaaaaaaッ!!!!!

 

 咆哮と共に、その毛が周囲一体に射出されたではないか。 

 

 「く…っ!?」

 

 毛とはいえ、一本一本が畳針ほどもあり尚且つ矢のような速度だ。当たれば只では済まない

 慌てて刀身で弾きつつ身を伏せてそれらをやり過ごす。

 地に伏せた雷の真上を風を切って飛んで行ったそれは、背後の木々に当たってドガガガと重い音を立てて太い幹を抉って引き倒していった。

 

 正に間一髪。回避を選んでいなければ怪我という程度では終わらなかっただろう。

 

 ずしんと地響きを立てて木が倒れるのを背後に感じつつ、自分の選択に安堵する雷であったが――

 

 「!?」

 

 次の瞬間、血の気が引いた。

 

 それも当然。

 仮に掠めたとしても彼女自身はどうにでもなろうが、生憎とこの場にいるのは彼女だけではなかったのだから。

 

 ――そう。先の出来事に巻き込まれた女性がいるのだ。

 

 確かに標的になって件の女性から目を逸らせる事には成功している。

 それらが怪我を負わないように行動するのは力持つ者として当然の行為なのだから。

 後はもっと引き付けて速やかに退治すれば良かったのだが……

 

 「不覚!!」

 

 先程戦っていたモノと違い、毛針とはいえそこそこの射程を持つ射出武器を持っているバケモノだと気付けていなかった。

 更にその毛針は全周囲に無指向性で放たれているときている。

 これではどうやっても巻き込まれている筈。

 

 毛玉のバケモノに注意しつつ慌てて身を起こし、件の女性の安否を確認すべく彼女が倒れていたところに目を向けるた。

 

 すると……

 

 

 

 「と、殿!?」

 

 

 

 倒れていた女性を庇いつつ、毛玉と対峙する猛き者。

 

 

 雷の主であり、現代に生きる侍。

 

 

 

 鈴木 太一郎が――そこに、いた。

 

 

 

 




 御閲覧、お疲れさまでした。
 作中で雷が唱えているのは、祝詞と呪言のハイブリッドです。数え唄(唱)になっているのにも理由があのますが、それは後ほど。
 彼女が使用している刀は、黒鞘黒柄で刀身が逆に沿っている逆刃の刀で、本当にある刀です。ほっぺに十字の傷のあるアレじゃないですよーw

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