妄想戦記   作:QOL

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第二章・部隊指揮編
「諦めはしないさ」


Side三人称

 

 コールドパール航空基地、ハフマン島USN領における唯一の空港は、いまやジャンクヤードと化していた。前線行きの倉庫に入りきらなかった物資が滑走路の一部を侵食し、前線から送られてくる廃棄寸前の機材や大量の冷凍ボディバックの山が入り混じり、うず高く積まれている。前者は各方面の基地に、後者は本国へ送られる物であり、どちらも疎かに扱うことが出来ない大事な物資であった。

 

 運搬車に積載されていくコンテナや兵器のリストを眺めるマッド・ウェーバーは、敵に撃ち殺される前に仕事に殺されそうだと愚痴を溢していた。只でさえ熱帯気候の島での野外作業は著しく体力と精神をすり減らしていく。「早くビールが飲みたい…キンキンに冷えた奴をな…」とボヤく同僚に軽く相槌を打ち、作業を再開した。

 

 

「あつい。熱すぎる」

 

「言うな。こっちまで熱くなる」

 

「しかしな。炎天下での作業に手当てくらい欲しいもんじゃないか?」

 

「そんなもん。俺達の監督役が貰ってるだろう。本人は涼しい室内勤務のようだけどな」

 

 

 マッドは思わず監督役のいる部屋の空調がぶっ壊れればいいのに、と呪詛を吐きたい気分になった。そうすればエアコンも無く風の吹かない室内は、屋外よりも蒸し暑くなる事だろう。そういった想像で不満を紛らわしながら作業を進める。そうでもしないとサボタージュでも起こしてしまいそうな程熱い滑走路には陽炎が揺らいでいた。

 

 そんな時、彼等が作業を行っている直ぐ隣の滑走路が慌しくなる。マッドがそちらに眼を向けると、ちょうど本国から物資を満載したアービトレイターM4輸送機が着陸したところだった。USN軍が誇る世界最大級の輸送機はペイロード350tという化物クラスの積載量を誇り、それだけでなく人員の輸送も出来る素晴らしい飛行機である。

 

 素晴らしいが、またリスト作成の仕事が増えた事にマッドは軽くめまいを覚えた。だが毎度の事なのでそろそろ慣れたのか、マッドはアービトレイターM4の後部ハッチが開かれていくのを眺めていた。二層構造の内部を持つ輸送機から次々とコンテナが降ろされる一方で、乗員乗り込み口にタラップが接続され新たな人員が乗り降りしている。

 恐らく本国で鍛えられたであろう新兵の魔導師たちが、パリッとノリがまだ効いた軍服を身に纏い、汗に塗れた作業着を着たマッド等の直ぐ近くを通り過ぎた。

 

 

「けっ、俺達が汗にまみれて働いていても連中は手伝う気なんぞ起こらんだろうな。軍も気を利かせて少しは魔導師を裏方に回しやがれってんだ」

 

 

 同僚の愚痴にマッドは苦笑した。

 

 

「ムリだろう。あいつ等は俺達魔法の力を持たない凡愚とは出来がちげェんだから」

 

「でもさ。あいつ等が手伝えばこんな作業直ぐに終っちまうだろ?確認作業も運ぶのだって魔法の力でちょちょいのちょいだろうに」

 

「そんな事に使うくらいなら、戦場に放り込んだ方がもっと役に立つって。大体俺はこの仕事キツイけどなくなっちゃ困る」

 

「なんで?」

 

「仕事の後の一杯が、不味くなっちまう」

 

「ハッ!ちげぇねえ!神は酒瓶片手に働けと仰せだっ!とっとと終らせちまおうぜマッド」

 

 

 笑う同僚に「ああ」と返しながらマッドは仕事に戻ろうとした。だがその時、金属を引きずる不快な音が響いた。音の方向に眼をやるとガントリークレーンの一つが積み上げてあった物資の山にコンテナごと突っ込んでいたのだ。暑さの所為で朦朧としたクレーンのオペレーターが操作をミスったらしい。しかも運が悪い事に倒れてくるコンテナの真下にマッドたちは立っていた。

 

 同僚がアッと声を漏らすのを聞きながらも、奇妙にゆっくりと落ちてくるコンテナをマッドは見ていた。周囲で作業に当っていた別の同僚たちが叫ぶ声が響くが、遠すぎてナニを叫んでいるのか解らない。マッドたちは自分達が置かれた状況に思考が追いついていなかった。前線を支える日用品などの物資が入ったコンテナは総じて重い。下敷きになれば、踏まれたハンバーガーのような体で墓石のしたに寝る事になるだろう。

 

 

―――そしてコンテナは、彼等の上に落下した。

 

 

 コンテナ同士がぶつかる鈍い金属の悲鳴が響く。マッドは視界の端に白い何かが彼を押しのけ、体が大地に無理やり伏せられたのを感じた。その直後、ズンと轟音が鳴り響いた。落下したコンテナは歪に歪んでいた。全ての重量が一辺に集中したことで自重に耐え切れずひしゃげたからである。

 マッドはそれを見上げていた。なぜなら彼は何者かによって滑走路に伏せさせられていたからである。一体誰が?彼が見上げた先には子供ほどの大きさの白い人型が、何十トンはあろうかというコンテナをその細い両腕で支えている。奇跡か?それとも神の助けか?いや違う―――

 

 

「生きているか?」

 

 

 白い人型は言葉を発した。高いソプラノ、それは子供の声。マッドは、彼の同僚は人の手で救われたのだ。マッドはあまりの事に驚く事も忘れ、目の前の信じられない現象をただ眺めていた。

 

 

「動くな」

 

 

 人型は再び言葉を発した。機械のような外見にそぐわない子供の声がマッドを困惑させる。彼は頷き返すのが精一杯で声の一つも上げられなかった。人型はマッドに一瞥する事無く、ただ自身がやるべき事だけを遂行する。重いコンテナをゆっくりと、誰もいない場所へと静かに降ろしたのだ。

 

 ドズンと大地が揺れた。それだけの重さを持っていたにも関わらず、人型は何事も無かったかのようにして再びマッドの下へと歩き、彼に手を差し出して見せた。差し出された手をマッドは握るべきか迷ったが恐る恐る手を差し出す。近くで見ればやはり小さく、自分の半分ほどしか背が無いにも関わらず、引き上げる力は大人よりも強い。

 

 急に立たされ、たたらを踏んだマッドは前のめりになりかけるが、何とか踏ん張ってみせる。まだ体が震えていたが何とか立って見せた彼が眼をやると、自分と同じく巻き込まれた同僚を同じようにして立たせて見せる人型がそこにいた。同僚は信じられないという顔をしていたが、次の瞬間には更に驚いた。

 

 

「アーマー、解除」

 

『イエス、マスター』

 

 

 まばゆい魔力光が人型を包みこんだ。真っ白な光に一瞬眼が眩んだマッドたちが再び眼を見開いたその先には―――

 

 

「USN陸軍所属の戦闘魔導兵士、フェンです。第三駐屯地、セスル基地に向かう移動手段はどこに、ありますか?」

 

 

―――明らかに年齢一桁の少女が、すこしつっかえながらも道を尋ねていた。

 

 

 感謝とかよりも彼等が真っ先に考えた事。それは、魔導師は人間じゃねぇ。

 この体験をしたマッドと同僚達が心に刻んだ一件だった。

 

 

***

 

 

sideフェン

 

 フリーダム基地士官学校での特別な訓練を終えた俺は、中尉の位をいただき、そのまま直ぐにM4輸送機に押し込まれてハフマン島に飛ばされていた。

 

 あれれ?ホンの一時間前までソフィア教官に最後の模擬戦で負けて、PXメニューで一番高い物をおごらされていたというのに、気がつけばもう熱帯気候に来てますよあーた。一眠りしていたらもう到着していたって言うんだから、超スピードとかなんてちゃちなry…。

 というか、なんか時差ぼけが激しくて気持ちが悪い。それに日差しが熱い、暑いじゃなくて熱い。ワイズ教官が長袖は要らないと言っていた意味が良く分かるなぁ。

 

 

「…あつい」

 

『現在気温29度。まさしくアイランドです』

 

 

 ビーチパラソルと折りたたみチェアとトロピカルドリンクでも欲しくなるような気温だなオイ。でも熱帯の割りには乾燥している感じがするから、今は乾季なんだろうか?とにかく温帯育ちの俺には暫くは暑く感じるだろうなぁと、タラップを降りながらそう思った。

 

 いや実際の所、暑いけどすごし易いほうかも知れない。母上が連れて行ってくれたサバイバルでジャングルに行ったけど、あそこはマジでサウナ状態だった。ハフマン島は若干太陽が仕事しすぎな直射日光でキツイが、これはこれでカラッとしている分ジャングルよりはまだましである。

 

 

「―――ん?」

 

『マスター?』

 

 

 タラップを降りて次の場所への移動の案内を待ちながら、忙しそうな航空基地を眺めていたところ、コンテナを運搬車に乗せるガントリークレーンが変な動きをしている事に気がついた。なんというか、そう、フラフラというか…前後にしか動かないクレーンがフラフラといってもピンと来ないかも知れないが、そうとしかいえない。

 

 

 そうだなァ。なんというかこのままコンテナの山に突っ込み―――

 

 

《―――ドドーンッ!!!》

               

 

―――そうだなァとか言ってる場合じゃねェ!?

 

 

 マジでクレーンが積んであったコンテナに突っ込んでしまった。しかもその下には作業員と思わしき人達の姿が…!俺はすぐさま身体強化魔法で飛び出し、BAを纏うと落下するコンテナと作業員達の間に割り込んでいた。助けなきゃいかんと思った時に、すでに身体は動いている。そんな感じである。

 

 幸いコンテナは兵器とかのような重い物ではなく、日用雑貨などの“軽い”物が積まれていたらしく、重力制御魔法と身体強化+デバイスの強化+ヴィズに備わるパワーアシスト全力と間接ロックでどうにか受け止める事に成功した。俺と同じサイズならパワーアシストで事足りるけど、明らかに質量が違いすぎるから重力や慣性を魔法で制御しないとバランスが崩れて落下してしまいかねない。

 

 バランスを取るのにシックハックしている俺の足元をふと見ると、衝撃で十センチほど滑走路のコンクリートに足がめり込んでいた。縦横に走るコンクリートの亀裂が、コンテナ落下の衝撃が普通に考えればぺしゃんこ間違い無しの衝撃だった事を物語っている。修繕に苦労しそうだが、俺に責任取れとか言われないだろうか?言われた時にどうにかしよう。

 

 

 今度はすこしまわりにも目を向けた。みれば作業員の人が俺の直ぐ近くで倒されていて、ぽかんとした顔でこっちを見ている。落下するコンテナとの間に割り込むときに、二人いた作業員の膝の裏を蹴り、膝かっくんみたくバランスを崩してコケさせてあげたのだ。あのまま放置してたら頭をコンテナに潰されていたんだから感謝して欲しい所だけど、驚いている今は多分ムリだよね。

 

 とりあえず大丈夫か尋ねたけど、返事もないし動かないように伝えた俺はコンテナを降ろす事にした。このまま持ち続けるのは少し動き辛いしね。でもここからが魔法制御の本領発揮である。すぐにでも降ろしたいとこだが、中身は重要な軍需物資である日用雑貨である。扱いを間違える事は許されない。え?なんで日用雑貨が重要な軍需物資かって?…そりゃ、トイレの紙が無くなったら素手で拭きたいか?

 

 とにかく大事な物資なので破壊したり雑多に扱う事は出来ない。なのでゆっくりとコンテナを誰もいない滑走路に傷をなるべくつけないように降ろす必要があった。でもそのまま降ろそうとすると、コンテナの重さでこっちが引っ張られてドッシーンという羽目になってしまう。なので支える際に使った本来は飛行魔法の時に併用する重力制御や慣性制御魔法を使いコンテナを降ろした。

 

 

 要するに魔法で何とかしました――である。

 

 

 なんかいろいろと物理法則が乱れるような事をしでかしたが、これが魔導師の力の一介なのだから仕方が無い。ともあれ、これで人二人が助かったし、物資も無事だったのだから問題ないだろう。多分。

   

 しかし、バリアアーマーを解いた途端、俺を見る眼が変な感じになったな。それはともかくこのままというわけにもいくまい。俺は周囲の人に新兵はどこに行けばいいのかを尋ね、とりあえず案内の人が来るまで待つ事にした。

 何せ配属先はここではなく、さらに島の奥地に存在する軍事基地なのだ。とてもではないが一人でいける場所ではない。電車乗り継ぎの感じで乗り物を乗り換えなければ先へは進めない。

 

 

『通達する。先ほどの荷揚げの際の事故に関係する者は、事故の説明の為に司令部第4兵站課へと出頭せよ。繰り返す―――』

 

 

 進めないのであるが、こんな放送が流れた。荷揚げの事故って多分さっきのアレだよね?うーん、助けた手前、俺も当事者なので無視する訳にもいかない。仕方なく司令部の場所を尋ねてそこへ足を運んだ。行ってみれば別段たいした事はなく、先ほどの騒ぎについての質疑を少しされて、あと人員を助けた事に関しての感謝の言葉を貰っただけであった。

 

 しかし、その所為で配属先へ向かう車列の第一便に乗り遅れたのは少し頭が痛い話だ。 でもまぁ、とっさの事態だったし、お咎めはなし。それどころかむしろ感謝されたので悪い気はしなかったが。とりあえず配属先に遅れるという旨の連絡を送り、そういった事の色んな手続きの後、俺は予定より一日遅れて配属先に向かう事になったのだった。

 

 

***

 

 

 さて、その為の移動手段であるが、各軍事基地へ物資補充に向かうコンボイに便乗させてもらい、途中配属先の基地で落っことしてもらう事となった。ただし、これからお目見えするのはただのコンボイではない。それは、ある意味ハフマン島ならではの輸送手段である。

 

 

『マスター、まもなくです』

 

 

 ヴィズが輸送隊の到着時刻を教えてくれた。俺はいよいよと手荷物をもって待合所から外に出る。基地の入り口のほうに眼をやれば、甲高い音と重低音を合わせたような唸りのような音を上げながら、輸送隊のコンボイが門を潜り入ってくるところであった。

 

 

「おおー…」

 

 

 思わず声を上げてしまう。なぜなら入ってきたコンボイは地上1mくらいを“浮いていた”のだ。そう、何を隠そうこのコンボイは軍用で大型の輸送用ホバーコンボイにより構成された輸送ホバー隊であった。これで心躍らぬ男子がいようか?踊らないならそいつはオトコノコじゃないと俺は思う。

 

 さて、なぜコンボイがホバーなのか?それはには結構深い訳がある。

 ハフマン島は第二次ハフマン紛争が勃発した当初、両陣営がお互いの陣営へ向けて激しい砲火をお見舞いした。それにより主要都市は壊滅。軍事基地が置かれた地方都市は軍事基地が持つシールドに守られ無事であったが、主要幹線道路はその殆どが破壊、もしく地雷による封鎖が行われ、通常の移動手段では通る事すら難しい状況に陥った。

 

 こうなると兵站が損なわれ、前線の基地への補充が滞り、陸の孤島となるかに思われたが、超大国のUSNはすぐさまその為の対応を打ち出した。それがホバー隊である。

 ホバークラフトは地上を這うように浮かぶ。踏まれる事で起爆するタイプの地雷なら、たいていは無事に通過する事が可能となる。これにより各基地への補給を行う事が出来るようになった。

 

 勿論、他にも大型ヘリや物資投下も行われているらしい。だが、やはり大量輸送には地上を行く方が向いているらしく、こうやって車列を組んで各基地へ補給に向かうのだという。というか魔導師の登場以来。特に空戦が出来る魔導師が空の便の安全を脅かしているのだそうな。かくいうウチの母上も輸送機の撃墜数は数知れず。お空の旅は必ずしも安全ではない事の証明である。

 

 

 ともあれ、今は乗り込むホバークラフトについてだった。

 見た目は大型トラックのタイヤがあるべき部分を急造でホバーにしたような感じであるが、なんていうか前世で言うところのアメリカンサイズ。7歳児である俺からすれば鉄で出来たモンスターに見える程大きい。それに申し訳程度の自衛用機銃が後付けされているといった具合であるが、いいよなぁこういうシンプルなスタイル。男の子だよ。

 

 その後、物資の詰め込みが行われている直ぐ横で、俺は邪魔にならない程度にホバーコンボイの周囲をうろちょろしていた。どうやらエアーで浮かんでいるのではないらしく、魔導機械を一部使っているようだ。浮遊させるだけなら簡単に出来るから、移動の為の推進やバランスなどは通常の機械に任せているという感じか。

 

 いやー、実に良い感じの急造車輌である。部品なんて上半分は普通の輸送トラックからの流用っぽいあたりがグッドである。

 

 

「次の便が出るぞ!乗客になる奴は急いで乗れ!」

 

 

 操車長の声が響く、物資の詰め込み自体はコンテナごと取り替えるだけなので直ぐに終るようだ。少し名残惜しいが、次はコンボイの中から見せてもらう事にしよう。

 

 

…………………………………………

 

 

…………………………………

 

 

…………………………

 

 

 景色が右から左へと流れ、ガタガタと視界が揺れる。ホバーなのに意外と乗り心地がわるいな…。 

 少し前、ホバーコンボイ隊の三号車に荷物と一緒に同乗した俺は、操車長に一言二言言葉を交わした後、キャビンへと押し込まれた。相変らず周囲から奇異の眼を向けられていたが、もはやそういう眼には慣れっこだ。それを無視し、自分に宛がわれた席に向かうと、黙して大人しく座った。

 

 席といっても正確にはキャビンにある僅かなスペースに座らせてもらっただけであるが、まぁ立ちっぱなしよりは遥かにマシであろう。元々長距離移動用とはいえ、軍用のコンボイのパーツを流用した所為か乗り心地はあまり良くないのは仕方がない事なのだ。そう思わないとやってられん。

 

 ともあれ、キャビンは数名が座れる程度の広さはあり、身体の小さな俺は別段スペースが要らないので座る分に問題はなかった。本来の兵員輸送の時はコンボイのコンテナ部分が兵員輸送用のコンテナに換装され、新兵を含め兵隊はそこに座らせられるらしい。

 ギュウぎゅう詰めの缶詰のそれの乗り心地と比べればキャビンは天国だという話なので、配属先に向かうのが遅れたのはある意味良かったのかもしれない。

 

 

 さて、俺が乗り込むと同時にホバーコンボイの搭乗口のエアロックが閉まり、独特のフワッとした感覚と共に浮き上がったホバーコンボイは、十数台程で直列に車列を組み、コールドパール基地を後にした。基地周辺の一応無事だった市街地を抜け、破壊された幹線道路をコンボイは進み、時折吹く横風の影響で揺れるが、それ以外はスムーズに進むので割と快適であった。

 

 とはいえ、ただ乗っているだけでは暇である。俺は以外と好奇心旺盛なのだ。

 初めて乗ったコンボイが珍しかった俺は、コンボイの乗員に頼んでキャビンから繋がる機銃座から外を見せてもらう事にした。

 

 勿論、乗員にはすこし渋られたが、仮任官の階級を見せたら普通にOKされた。こういうところが軍隊の楽なところではある。話が逸れたが許可を貰った俺はキャビンから移動し、機銃座の直ぐ真下までやって来たのであるが、少し困った事に身長が足りないので外を見ることが出来ない。

 

 子供の体はこういうとき不便である。仕方ないのでヨッとジャンプし、銃座の縁に両腕をひっかけるようにして上半身を外に晒した。その間足はプランプランとあても無くブラつかせる羽目になったが、致し方ないことなので諦める。

 

 

 さて、外の景色であったが…なんとも殺風景な風景といえばいいのだろうか。街はある。木々も道も川もある。だがその全てが焼け焦げていたり、亀裂が走っていたり、干上がっていたり、と…強いて言うなら廃墟の様相を呈していた。

 

 何より今ホバーコンボイ達が通過しているひび割れた道路には、放置された乗用車が放棄されたその日のままで点在している。道路に残る不自然な陥没は爆撃の後だろうか?一般市民がいる場所を空爆されたのか…どれだけの人が巻き込まれ、どれだけ死んでしまったのか…俺にはわからないが、きっと沢山死んだだろう…。

 

 こういうのを見ると、なんか居た堪れない気分になってくる。ちょっと見るんじゃなかったなぁと後悔したが、他の景観は存外悪くない場所も多いので、そっちを眺めて気分転換する事にした。

 

 

 そんな風に廃墟を眺めているとホバーコンボイのもう一つの銃座に射手が登って来ていた事に気がついた。あらっと思い下を覗くと、こっちの機銃座の射手もこっちを見上げている。

 しかし俺はまだ外の眺めを見ていたい。すこし悩んだあげく、俺は身体を隅っこに寄せてみた。射手はこっちの意図を悟ったのか、少し苦笑しながらも俺の直ぐ脇へと登り、周囲警戒を始める。

 

 すこしばかり窮屈になりはしたが、身体が小さい俺はあまり気にはならなかった。射手の人は若干窮屈そうだったが、ここいらは前線より離れていたので、俺のほんの少しのわがままを許してくれたようだった。見た目が子供なのはこういう時便利ではある、と少し腹黒く思ったのは内緒だ。

 

 銃座に上がった射手さんは、廃墟を眺める俺を一瞥すると、独り言を呟くようにしてこの惨状がどうして起こったのかを独白してくれた。この周辺も元は活気のあった地区だったと。時に笑い、時に泣いたりと極普通の人々が暮らしていたと。かつてはここにいたと。そして開戦初日にOCUのミサイル空爆を受けなければ、民間人に被害は出なかっただろうと。

 

 

 俺は終始無言であった。何故射手の人が俺に話したのかは知らない。或いは知って欲しかったのかもしれない。この悲惨な現状って奴を―――。

 

 訓練に明け暮れている間は気にする暇もなかったが、この光景は五感を通じて、いやさ第六感まで響いて、確かに何かを訴えてきているように思えた。かすかに空気に漂う硝煙の匂いを嗅ぐと、ここが確かに戦場だったのだと思い知らされる。

 前線は遥か西にあるが、かつての主戦場跡の復興にどれだけ時間がかかる事やら想像もつかない。これが人の手による物なのか。映像データで知るよりも、より生々しく眼に焼きついていた。

 

 

「……ん?」

 

 

 ふと廃墟の合間に人の姿を見つける。衣服はボロボロの穴だらけ。煤と埃と泥と血に汚れた包帯を頭に巻き、頭陀袋を手に廃墟の中を歩き回っていた。彼等は手にもった少し歪んだ缶詰を袋に詰め、廃墟から拾い上げた何かの部品などを台車に乗せている。

 

 

「あれは……?」

 

「あれは難民です」

 

 

 俺の呟きが聞こえたのか、同じ銃座にいる先ほど説明をしてくれた射手が答えてくれた。しかし、オッサンが幼子に対して丁寧語使ってくる姿ってのは何かしら違和感があるな。階級があるから仕方が無いが…とりあえず気になったので更に聞き返してみた。

 

 

「難民が、いる?」

 

「急な紛争でしたからね。本土へ戻れなかった人々ですよ」

 

「彼等は普段、どこに?」

 

「近くの難民キャンプです。しかしそこでも十分な物資がある訳ではないので、ああして開戦以来使える物を物色している。逞しいものです」

 

「軍は、支援してない?」

 

「いいえ。一応軍も補助していますが、難民の数が多くて魔法でパンを作るようなもんですわ」

 

 

 成程納得。あ、最後の言葉の意味合いは、前世で言うところの焼け石に水という言葉に近い意味のコトワザです。魔法で出したパンは見た目こそ普通のパンであるが、所詮はまやかしに過ぎず腹を満たす以外は意味の無い物である。要は魔法でパンを作るという言葉は、意味の無い行為を行う、或いは見せかけである事を指す言葉となる訳だ。閑話休題。

 

 ともあれ彼等難民は実に逞しく生きていた。周囲にはまだ撤去されていない地雷原が点在しているのに、その中を自力で動き回っているのだ。全ては生きる為である。本来なら後送して本土に送るのがいいのだろうが、彼等を輸送できる手段が限られていて、尚且つ敵に察知されると攻撃を受ける恐れがあり実行できないのだという。

 

 ピストン輸送するにもホバーコンボイも含め、輸送は前線の維持に費やされていて余裕が無い。とりあえず戦火はあまりここまで及ばないので、難民達には悪いが、暫くはこのままになるというのが上層部の決定のようだ。本国には届かなかった現実の風景ってのは、ホントこう心に来る。彼等の無事を祈りたいところだが、あいにく俺は祈る神を持たなかった。

 

 

 配属地に向かう道中、俺はそういった人々を沢山見かけた。

 皆ホバーコンボイの車列が来ると道を空ける。中には腕や足が無い人も居て、折れ曲がったパイプを杖代わりに歩いていた。皆、USN軍が守る事が出来なかった人々だ。戦火に家を焼かれ、簡易テントを家代わりに何時終るか解らない戦争の中で生きている。

 

 そんな場所に居るからだろうか?彼らのバイタリティは凄まじく、途中休憩にコンボイが停止した時には、どこからとも無く集まり、こちらへと擦り寄ってきて、廃墟から引っ張りだしただろう花やら雑貨やらを売りに来たがる人もいたらしい。

 

 

 もっとも保安上の理由から、護衛の兵隊が彼らを追い払う。非常にそっけなく冷徹に追い払う姿はとても同胞にする事ではないように見えたが、これは仕方が無い。間違ってOCUの工作員でも紛れ込んでいて、その上で爆弾でも渡されたら流石に笑えないからだ。冗談に思えるかもしれないが、ここではそれが現実に起こるのだ。

 

 そんな中、相変らず銃座から外を眺めていると、こっちを見ている難民の子供の姿が眼に映った。彼等は俺の姿を見つけると、なにやらとても驚いた表情を……それもそうか。今の俺はまさしく子供なのだ。それが軍用車両から頭出していたら何かと思うだろう。

 

 暫くはその子供らが驚いている様子を眺めていたが、少しして俺はキャビンの自分に与えられた席に身体を収めた。なんというか、被害妄想かもしれないが、彼らの俺を見てくる眼が……とても嫌だった。だから俺は目を閉じて与えられた席で静かに眠りについたのだった。

 

 

***

 

 

 俺を乗せたコンボイはなんの問題も無く順路を進み、各所の基地や物資集積所の物資を山盛りにして、その足で俺は配属先に基地に降ろされ辞令を受けとる。その筈だった。

 

 

『敵襲ー!』

 

 

 この単語が眠っている俺を強制的に叩き起こすまでは―――。

 

 

『輸送強襲部隊の襲撃だっ!キロチーム、リマチームは敵を迎え撃て!他は隊列を乱さずに車列を守れッ!銃座も各個の判断で迎撃せよッ!――砲撃が来るぞォ……今ッ!』

 

 

 護衛隊長の怒号が無線のスピーカーを叩いたように振動させている。隊長の言葉が終ると同時に、外で何かが炸裂した時のくぐもった破砕音が聞こえた。迫撃砲の炸裂音と似通ったそれが身体の芯に響いた瞬間、俺の目は完全に覚めていた。 

 

 

《―――ズダァーンッ!!!》

 

 

『こちら一号車!攻撃を受けたっ!ホバーユニット損壊!着地します!』

 

「くそっ!シールド発生器が間に合わなかったか!OCUのくそったれ共め!」

 

 

 無線を聞いた操車長がガンと壁を殴った。迫撃砲は先等の一台を集中的に狙い、足を止めた。ほぼ一列に並んで進んでいたコンボイ達は一時的に足を止めざるを得ない。前にぶつからない為に逆噴射をかけたのか身体が前に引っ張られる。

 

 

『こちら二号車!こんどはこっちが集中砲火を浴びてる!だれでもいいから助けてくれ!』

 

『護衛隊のボクスターだ!シールド魔法はどれほど持つ?』

 

『さっきから狙撃みたいな砲撃魔法で《ドガンッ!》ひっ!?1分持てば良い方だ!』

 

『待ってろ!直ぐに助けてやるっ!直ぐにそっちにグハッ』

 

『隊長が撃たれた!頭で即死だっ!指揮権は副長が受け継ぐ』

 

『右や左からわんさかきたぞ。こりゃ待ち伏せだな』

 

『前によった休憩所にスパイでもいたか?』

 

『無駄口を叩くな!敵を撃てッ』

 

 

 そしてつけっぱなしの無線からは、あまり良くない味方の戦況が流れてくる。こりゃ準備しておいたほうがいいかもしれないな。いつでもヴィズを展開できる心構えだけして、先ほどまでいた銃座がドラムの音にも似た銃声を響かせる中、静かにその時を待った。俺だってここで死にたくはない。というか配属先に着く前に突発的な初陣で死ぬのは御免である。

 

 その時、キャビンから繋がる銃座の片方から銃声が途絶えた。そちらに首を傾けるのとほぼ同時に何かが落下した音が聞こえた。その理由は見ないでも解った。射手の人が撃たれてその拍子にキャビンに落下したからである。その人はここまでの道中、今のハフマン島の事を教えてくれたその人だった。それを見た時、俺は声も出せず驚き、眼の前の人間が流す赤い液体を見つめていた。

 

 

 だが気がつけば俺はコンボイのキャビンに常備されていたエイドキットを探し出し、そこからテキパキと治療キット一式を取り出すと、眼の前の負傷者の治療に当っていた。数年以上に渡り訓練を続けてきた俺の身体は、半ば条件反射に近い速さで、負傷した人間に応急処置をする為にそう動いていたのである。

 

 幸い流れ出る血は一見派手であったが、一番大怪我に見える左肩は弾丸が貫通しており止血すれば問題なし。意識を失った原因は左耳の上の辺りを掠めた銃弾の衝撃で、脳震盪を起こしたらしかった。

 

 俺はメディックではないので詳しい事は解らなかったが、とりあえず頭部は揺らさないように気をつけながら、血を軽く拭い露出した傷跡へ止血剤を兼ねた人造蛋白液を拭きかけた。そしてエド兄やんに指導を受けた事で効率が上がった治癒魔法を蛋白液で滑る傷へと行使する。

 

 蛋白液を使用したのは治癒魔法が専門ではない為、治療薬と併用したほうが早く傷跡が塞がる効果が出るからである。包帯でキツク巻いてやるのが本来の応急処置なのだろうが、こっちの方が手っ取り早く、時間にして僅か十秒ほどで俺は射手の傷の手当を終えた。

 

 うへぇ、しかし圧迫止血してた所為で手が血まみれだ。ヌルッとした感触がなんともいえない。こういっちゃ悪いが生ぬるくて気持ち悪い。拭くものもないので仕方なく手についた血を野戦服の腹で拭っていると、キャビンと繋がっている運転席にいたサブドライバーの人と眼があった。なんだろうと思いながらも俺は直ぐにそっちに顔を向けた。

 

 

「何か?」

 

「い、いえ。すごくテキパキと治療されたので…っと、そうじゃなくて中尉、命令が来てます。申し訳ありませんが護衛隊隊長代理からの命令です。予想以上に敵の数が多く、通信途絶により味方が到着するまでの間、手が開いている人員は全員戦闘に参加して欲しいそうです。つまり中尉も戦闘に参加する事になります」

 

 

 サブドライバーはそう言ったが、少し表情が暗い。それもそうだ。積荷を現地に無事に届けるのが彼らの任務だ。当然積荷には俺も含まれている。彼等にしてみれば俺まで戦闘に駆り出すような行為は、それこそ彼らが輸送隊として培ってきた誇りを踏みにじるようなものなのだ、と俺はこの時思っていた。

 

 実際は俺のような子供を魔導師だからとはいえ前線に放り込む事に、大人として少なからず罪悪感を感じていたようなのだが、俺も俺でこれが初陣となるのかと若干緊張していて、そういった人間の感情の機微に少し疎くなっていた。ともあれ俺はサブドライバーからの言葉に了解を示し、すぐさまヴィズを展開、バリアアーマーに身を包んだ。

 

 

「中尉、これが今戦っている護衛部隊の魔導師用IFFコードです」

 

「ん」

 

「言われなくてもご存知でしょうが、常にIFFは発信状態にしていてください。そうでないと味方に撃たれます。後の指示は護衛部隊と合流してから指示を受けてください」

 

「了解した」

 

               

 サブドライバーの人が渡してきたマイクロSDをヴィズに挿し込み、コードを入手した。これで戦場に出ても味方に突然撃たれる可能性は減った。

 

 

「キャビンの床に点検用のハッチがありますからそこから降りてください。あと常にバリアジャケット強度は最硬に設定しておいたほうがいいです。中尉が降りた後はハッチを閉じますので忘れ物はありませんか?」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

「……我々も援軍到着まで何とか耐えます。中尉も御武運を」

 

「そちらも―――出るぞ」

 

 

 そして俺は小さな点検ハッチから飛び降りた。

 




コイツを作ってたら遅くなりました。
新規展開とか難しいね( ´・ω・`)

あ、後、マッドさんがフェンの事を少女と思っていますが彼の勘違いです。
フェン君は男の娘、これは揺るがない。

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