妄想戦記   作:QOL

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「俺のばあちゃんと○○○○していいぞ!」

Side三人称

 

 

 

―――フリーダム士官学校・シミュレーター管制室―――

 

 

「セクション22のアルファ3、4、7、12に砲撃着弾。統合戦術システムが戦死判定を下しました。仮想訓練を終了させます」

 

「はやく目覚めた連中を隣のリラックスルームに誘導してやれ。まっさきに死んだ連中と一緒にまだ戦っている戦友の映像を見ながら反省していてもらう」

 

「イエスサー」

 

「仮想敵プログラムにより突破されたセクション22の陥落により防衛線更に後退。防衛用タレット稼働率が低下……さらにアルファ、ブラボー、フォックストロント、ゴルフにも戦死判定多数、内数名は戦意を失い逃亡判定、仮想訓練から強制終了されます」

 

 

 管制室ではオペレーターと教官が静かに最終演習の行方を見守っていた。

 現在、魔導式シミュレーター内で行われている演習は、ハフマン島にて実際に壊滅した軍の基地が受けた攻撃の記録をそのままデータ化し、スーパーコンピューターを用いた統合戦術システムがシミュレートを行い最適化した演習プログラムを流している状態で、きわめて実戦に近いモノを訓練兵たちは体験していた。

 

 敵側が取る作戦は国境線を越えた高機動車と軽装甲車を中心とする陸戦部隊が数を生かして波状攻撃を行い、それと同時進行で基地に空挺部隊が降下してくるというオーソドックスな戦法だが、単純ゆえに破られにくく、相対する側も正攻法を使わざるを得ない。おまけに敵対プログラムとはいえOCU兵の姿そのままの敵と対峙しなければならない場面が多く、相手を殺すところもばっちり見える。

 

 

 しかも演習設定において、他の基地も同時多発的に電撃戦にさらされている。つまり夜明けまで周辺の基地からの救援は無く、敵に攻められたまま孤立しているとという絶望的な状況が展開されるというプログラムである。孤立しているという意味では訓練兵たちに勝ちはない。なぜなら、この演習に限り参加した訓練兵が生き残れる確立は限りなく低く設定されているからだ。

 

 唯一の温情措置として訓練中に使えなかった攻撃・防御魔法が使用可能に設定されているが、敵側も使える設定なので勝率は五分五分であろう。この演習をする意味は訓練で培った技術を持ってして、最後まで任務を放棄せず戦う兵士を篩い(ふるい)に掛けつつ、訓練に慣れた訓練兵をワザと厳しい演習で死亡させる事で天狗とならぬように引き締める意味合いも込められていた。

 

 

「毎時10人は死んでしまうな。バイタルデータも興奮、恐慌状態が多い…」

 

「弾丸に慣れても弾丸飛び交う戦場にはまだ慣れないのでしょう」

 

「そうなると、演習が終わり次第。重度の者には精神浄化魔法がいるだろうな」

 

「そんな状態になっても魔導兵士に仕立てなきゃいけないんですよね。やだなー」

 

「それが上の要望だ。外にバレなければ問題にならない。バラしたら問答無用で銃殺だがな」

 

「こわいこわい。給料以上の事はしませんよってね」

 

 

 精神浄化魔法。

 一応は回復魔法に分類されているが、効果は対象の深層心理においてある特定の事項やイメージに対しブロックを掛ける幻覚系統に属する魔法であり、実質的なところ深い領域での洗脳といったほうがいいかもしれない。精神的疾患を表に出さなくさせるという意味では治療行為として黙認されるが、人文的にはあまり良い目では見られない魔法であった。

 

 

「ストレスで超過負荷状態となった者も十数名。彼等は精神浄化を施しても前線で戦える兵士にはなれないでしょうね。重度のPTSDが起きると現場では使えません。ま、我々としては後方で活躍するCP仕官の後輩でも出来たら嬉しいですけど」

 

「それを決めるのは我々ではなく人事部と上層部だ。だが篩いは厳正にな」

 

「イエスサー。でもそろそろプログラムは佳境ですよ」

 

 

 管制室の中でコンソールを操作する音だけが響く。次々と開いていくシリンダーを見ると、戦死判定を受ける者が多くいるように感じられたが、実戦に参加したことがある教官にしてみればこれだけの損失はまだ軽いほうだと感じていた。実戦において魔法が使えない数だけは多い一般兵の損失はコレの比ではないのだ。

 

 ましてや今の訓練兵たちの能力は身体能力が高いだけの一般兵とそう変わらないだろう。魔法が使えてもとっさに運用できなければ持っていないのと同じである。すぐに戦死するのも仕方がないのだ。教官はモニターの画面をシミュレーター室とリラックスルームに向けてみた。シミュレーター室では仮想世界ダイブ用シリンダーの中で呆然としている者や泣いている者のすすり泣く声だけが響いている。

 

 

 リラックスルームに移った者は流石に泣いてはいないが多くが顔を伏せて頭を抱えている者が多い。短期間で育成せねばならぬとはいえ、未熟な彼等には十分すぎる衝撃だったのだろう。最悪カウンセラーの要請もしなければならないと考えつつ、こんな無茶な訓練を課してきた上層部直轄の戦略情報局の連中は一度同じ物を受けてみろと内心毒づいた。

 

 教官ゆえに新兵を傷物にしない程度に虐めあげる事は得意であるが、これは虐めではなくもはや唯の暴力だろうと、教官は苦虫を噛み潰したよう表情を隠そうともせずに眉間に皺を寄せたままモニターの向こうの戦況をジッと見つめていた。

 

 刻々と告げられる戦死判定報告を聞きながら、別モニターに表示されるコードが割り振られた訓練兵たちの生存表示が、緑から次々と赤に代わり戦死していく様子を眺めコーヒーを啜る。大分冷めたコーヒーの苦味だけが強い味に辟易しつつも誰でもいいからもっと長く生き残れと内心願っていた。だが長く生き残れば、その先は―――

 

 

「仮想空間内で拠点防衛用火力タレットが一つ破壊されました」

 

「随分と落ちるのが早いな」

 

「操作している訓練兵どもが他のタレットとの連携に失敗。火力の集中運用が出来ずに懐に攻め込まれ陥落した模様です。周辺についていた部隊は破壊の際、弾薬の誘爆に巻き込まれ全員戦死判定。一気に40名近い脱落ですね」

 

「防衛目標が設定されていたから結構な数が周囲に展開していたんでしょうな。開始してから30分で三分の一近くが脱落……訓練成果が高くても必ずしも優秀とは限らないってのはホントだなこりゃ」

 

「私語は慎め。まだ彼等は戦っている」

 

「イエスサー、失言でした―――西部防衛線についていたインディゴ、ロミオ、シエラ、キロ部隊と侵攻して来た仮想敵プログラムが接敵。交戦を開始しました。映像を出します」

 

 

 シミュレーターで新たな動きがあったようだ。オペレーターがコンソールを操作すると仮想空間内の映像がモニターに現れる。視点はちょうど仮想敵と訓練兵部隊の上空であり、全体を見れる位置からの映像である。仮想OCU軍は基地を制圧する為に高機動車を大量に投入しており、そこへ防衛側の火線が集中しているが高機動車に結界魔導師が同乗しているらしく、あまり効果を発揮していない。

 

 対して敵は超長距離からの砲撃魔法による支援も付いているというオマケ付きである。高機動車がかく乱しつつ座標を後方へ送り、そこに迫撃砲や誘導砲撃が打ち込まれている。訓練兵たちも負けじと弾幕を張って敵を近づけないようにしていた。高機動車の幾つかが破壊されており、新兵としては良くやっているといえるだろう。もっとも、それはこの状況が長続きしなければの話である。

 

 

「―――精々、持ってあと20分だな」

 

「ですね。彼等は久々に魔法が使えて嬉しいのかペース配分が出来てません」

 

「通常火器の運用法は座学で習っている筈でも、戦闘の混乱の中じゃ思い出せるヤツは極僅かって所ですかね」

 

「話している内にロミオとキロが壊滅。負傷者を担いだインディゴが防衛線を下げ、彼等の撤退をシエラが支援してますが、こちらも押されています」

 

 

 訓練兵たちの多くは、やはり通常兵器を使う者は少なかった。事実、高機動車に張られたシールド魔法に対しての魔法攻撃は有効であり、車載機関砲の掃射を防ぎたい彼等が手早く高機動車輌を撃破したいが為に多用していた。結果として高機動車の何輌かを撃破できた功績は大きい。

 

 だが別問題として、この演習中の救援は無い。つまり後方からの補給が見込めない状況である。弾薬を交換するだけで済む通常兵器と異なり、短時間での魔導師の魔力回復は容易に行えるような物ではない。他者に魔力を譲渡する魔法は存在するが、果たして総力を挙げて基地防衛に回っている中、魔力補給に各部隊を回れる魔導師が何人いることか。

 

 

「基地の反対側にいたタンゴが西部防衛線に到達。シエラの救援を開始し―――はぁっ!?」

 

「どうした?瞬時に全滅したか?」

 

 

 牽制の為の弾幕は通常火器に任せ、攻撃魔法は要所要所で使用するように教えたが、それがあまり実行されていない事に教官が頭を抱えていると、オペレーターが突然素っ頓狂な声を上げた。オペレーターは何度かモニターを見てから目をこすったりしている。

 

 

「なにがあった。報告は正確にしろ」

 

「し、しつれいしましたっ!それが救援に向かったタンゴが敵部隊を殲滅」

 

「なぁにィ!?」

 

「現在殿についてシエラの基地内への撤退を後押しして―――ああっ!?敵増援部隊まで喰った!?化けものかこいつ等!?」

 

 

 モニターに映った光景は、これまで訓練兵が殺されていくところしか見ていなかったオペレーターに衝撃を与えていた。砲弾や魔法が飛び交う映像の中では、他の部隊の救援に来ていたタンゴ部隊が物陰に隠れ、一人は何を考えたか敵の装甲車を奪取。車載兵器で敵の増援を一方的に叩いている。そしてそこから反撃に出た夢想のような光景が繰り広げられていた。

 

 その装甲車を奪取した一人は、味方からの支援攻撃を背にしながらも一気に敵との距離を詰め。そうかと思うと懐へと入り込む。敵がまごついている間に銃火器で撃ち殺し、敵がシールドを張っていれば手榴弾や高速徹甲弾を当てシールドを剥がし、アサルトライフルのセミオートでブレの無い見事なヘッドショットを決め、そうかと思えばすぐさま離脱して友軍に敵を攻撃させるように指示を送っている。

 

 BJ装備の敵はまるで蛇のように絡みついたかと思うと、躊躇せずに首や間接を圧し折り、銃の弾が尽きれば敵が落とした武器を拾って使っている。迫撃砲の砲撃がくれば、その爆風にまるで木の葉の如くに吹き飛ばされ無様に大地に転がるが、致命傷は受けていないのかすぐに立ち上がると敵の元へと駆けて激戦へと飛び込んでいた。恐怖を感じていないのか、彼の顔はずっとポーカーフェイスのままである。

 

 

 驚くべきはそれが一人の訓練兵だという事。

 

 

 その訓練兵は、部隊コードT-6・タンゴシックス。名前は―――

 

 

「ラーダー訓練兵?あの成績はいいが協調性が0の問題児…」

 

 

―――フェン・ラーダー訓練兵。軍の若年者年齢をさらに下げた子供。

 

 

「な、なんてヤツだ。BJも使わないでシールド魔法だけでキルゾーンを突破しやがった。あんな事できるヤツはラーズ軍事演習でもお目に掛かった事が無い」

 

「魔法ありでならベテラン魔導師なら出来る事だろうけど、魔法なしだと進んでしたいとは思わない動きですね」

 

 

 オペレーターたちが思わず面食らってしまっている中、モニターの向こうでT-6は殿(しんがり)をかってでたのか、他の部隊の撤退を支援している。遮蔽物と遮蔽物との間をすばやく移動し、またどこかで拾ったのかグレネードランチャーを障害物の岩をカバーに敵に向け発砲。敵魔導師の放つ誘導魔力弾だけはシールド魔法で防御していた。

 

 常に動き、効率的に敵を撃破していくその姿に、一度は後退した味方も士気を盛り返している。最前線で迫撃砲の弾幕の中を飛ぶように突き進む姿は、まるで舞っているようで、戦場で味方を鼓舞しているようにも見える。されども飛び散った土に塗れたその姿は華美とは程遠い。しかし敵を屠る時のその光景は味方の目を離さない。

 

 シミュレーターの中だというのに、タンゴが救援に来てから防衛部隊の風向きが変わっていた。

 

 

「……こりゃ逸材ですね。すごいヤツもいたもんだ」

 

「ふむ。これは……」

 

「――教官殿?」

 

「ん?ああいやすまない。少し考え事をな」

 

「そうですか――ん?お!仮想敵が一定数倒されたから敵側の空挺部隊が出撃しました」

 

「さらに戦局は悪化するか……さいごまで見てやろうじゃないか。どれだけ生き延びれるかを」

 

 

 教官はそういうと顔をモニターに向けたまま動かなくなった。オペレーターたちもソレを見て再び自分の仕事に戻る。そして彼等は気がつかない。教官の男が手に手帳を握っていた事に…そこにフェンの名が書かれており、それが後に彼の命運を変えたという事に今は誰も気がつかず、誰も知りえない。

 

 

 唯いえるのは、演習プログラムはいまだ動き続けている。それだけであった。

 

 

***

 

 

―――仮想空間内・基地最終防衛ライン・AM4:38―――

 

「2時の方向!敵、軽機動車!くっそ、マシンガン乱射してくるぞっ!気をつけろっ!」

 

「だ、だれか弾をもっとよこしてくれ!もう弾がないっ!だれかっ!」

 

「早くアレを片付けないと。フレアをまだ持っている人はいない!?いたら投げてっ!」

 

「もうスモークしかありませんよっ!」

 

 

 数百に及ぶ仮想敵部隊に攻められ基地は、今まさに終わりの時を迎えようとしていた。東側防衛にあたっていたタンゴ部隊を防衛線にまわしたとはいえ、防衛ラインの再構築はおろか負傷者を基地へ後送する時間を稼げるかどうかも怪しいところであった。

 

 一気呵成に、さりとて確実に防衛線を破壊した仮想OCU軍。その攻勢に戦死判定をくらった多くの仲間が散っていった。防衛線をいまだ維持できているのは、ひとえに唯一残っている20mm重機関砲ディフェンスタレットの弾幕と、砲弾が飛び交う中でも生き延びた個々の魔導師が、ある者は杖を、ある者は銃を手に必死に抵抗しているからに他ならない。

 

 

 ここに来て、もう彼等に残された時間も少ない。

 

 

 最終防衛ラインに運ばれた弾薬は殆ど空。若き魔導師たちの魔力もすでに限界を迎えている。増援としてタンゴ部隊と共に防衛線部隊の救援に来たフェンも同様で、満足に動く装備は一般兵用のアーマーと敵から奪った銃火器がいくつかあるだけであり、もはやこの状況を覆すことは不可能といえる状態であった。

 

 弾も救援もない。だがそんな中で更に状況は悪化した。突然HQからの通信が途絶し反応が消えたのだ。座学で知識だけは学んでいる彼等はその状況をすぐに理解した。すなわち基地は敵の手に落ちたのだ。或いはコレまで情報を送っていた司令部だけが破壊されたのだろう。どちらにしろ上位指揮系統が破壊された訓練兵たちは浮き足立ち、また一人と仲間が火線によって消えた。

 

 そして、演習は続いた。防衛すべき基地が陥落したにも関わらず演習は終了しなかったのである。しかしまだ希望はあった。基地の司令部が陥落直前にゴルドー非常宣言を出していたからだ。非常宣言発動により、各部隊は自己の判断で最寄の基地への撤退が許可されたが、いきなり全員が撤退できるわけが無い。

 

 

「……なんだよ。なんでだよ」

 

「ビクター3」

 

「もう防衛目標は消えた!なのに何でまだ終わらないんだよっ!」

 

「ビクター3!口を閉じて敵を撃てっ!嫌ならうずくまってろ!邪魔だっ!」

 

「もう嫌だ。人なんて撃ちたく無いよぉ…」

 

「チッ、おい。鎮静剤そいつに打っとけ。本気で邪魔だ」

 

 

 フェンの隣で北部防衛線から撤退支援に来ていたビクター隊の一人がストレスに耐え切れず取り乱し、興奮を抑える為に部隊長に鎮静剤を投与されていた。一番被害が大きかった西部防衛線の防衛部隊は負傷者を引き連れて生き残ったCPと共に東側へ後退を始めている。その為、負傷した部隊以外の動ける部隊全てが負傷者を守る為に、いまだ攻勢を続ける敵を防ぎながら徐々に後退していたのである。

 

 これはシミュレーターである。例え粉みじんにされようが現実世界には何の影響も無い。

 だがもうすでに参加している彼等にそんな事は関係なかった。仮想現実であるのに痛みも苦しみも全てが本物と同じだった。それよりも神経をすり減らしたのは敵に止めを刺した時である。シミュレーターだというのに、敵は撃たれれば痛がり、時には断末魔を上げて絶命し、至近距離で爆発があれば吹き飛んだ肉片が回りに散らばった。

 

 徹底的にリアルさを追求したゲームならまだいい。だがこのプログラムではコンティニューはされないのだ。仲間の死体もそのままで、それが余計にゲームではないという認識を生み出し、疲れきった今の彼等は仮想現実であることすら忘れかけていた。最初こそ死体袋に死体を詰めていたが途中からは半ば放棄である。それだけ真に迫った演習プログラムだったがゆえ、いまだ生き残る彼等に降りかかるストレスは半端ではない。

 

 

「タンゴ6っ!マシンガンを黙らせろっ!」

 

「……了解」

 

「タンゴ6っ!右翼に増援が来た!何とかしてくれ!」

 

「……まかせろ」

 

「ミサイルランチャーが壊れちまった!6っ!何とかしてくれっ!」

 

「……工具を貸せ、すぐ直す」

 

「俺たちはここで待つ。先に行って道を開いてくれ!」

 

「……仕方ない。これより吶喊する。邪魔はするな」

 

 

 その所為か、先の撤退戦において見せた人間離れした活躍に目を奪われた訓練兵が挙ってフェンを頼り始めたのである。内心嫌がるフェンであるが彼の鉄面皮は嫌がる感情すら浮かべない。悪化している状況もあり嫌ながらも渋々手伝っていた事がフェンの出動回数を増加させていた。なまじ両親に仕込まれて大抵の事態に対処できてしまう彼はいろんな部隊で引っ張りダコであった。

 

「タンゴ6!」「助けて6っ!」「チビスケっ!早く俺を助けろっ!」「あ、ごめん。間違えて撃っちまった」

 

「………(アーマーに穴が…俺を殺す気なんだな?そうなんだな?!チキショー!グレてやる後でっ!)」

 

「6えもーん!早くなんとかしてよー!」

 

「……はい、重機関銃。雑兵なんていちころ……」

 

 

 涙をバイザーで隠しつつも皆を助け続けるタンゴシックスことフェン。彼等は気がついていないのだ。この妙に長引く演習の終了というのは、彼等の全滅をさしているという事に気が付いてはいないのだ。もっとも気が付いた所ですでに演習に放り込まれた彼等がそれをやめる事は出来はしない。嫌ならさっさと自殺するか、敵の射線に飛び出すか、最後まで足掻くかのどれかしか選択肢は無かった。

 

 フェンはその点では臆病者であった。彼は仮想とはいえ自ら命を絶つ勇気は無かったのだ。それは前世において望まぬ死に方を経験した事が無意識に作用していたからかもしれない。そうで在りながら、彼は戦いに参加した。度重なる訓練で恐怖が麻痺し、彼は死ぬのなら敵の手で、だが巻き添えにするという自己犠牲に近い精神状態にあった。二律背反な思考だったのは否めないが、この事に彼は疑問を感じてはいなかった。 

 

 こうして戦闘は激しさを増していく。フェンはタンゴチームの一員として常に前に出て戦った。うぬぼれでは無く事実として彼の能力はソレを可能としていたからだ。だが彼とて人の子である……信じられないかもしれないが人の子である。その能力には限界があり、戦える範疇も戦場から見れば極一部。そして彼には戦場をカバーできるような大規模魔法はまだ使えなかった。

 

 

***

 

 

―――仮想空間内・近隣基地まで50km地点・AM6:38―――

 

 また一人、また一人と仲間が倒れていった。

 常に自分を遠目から見ていた者たちは、敵の手榴弾で粉々になった。敵意を向けてきた者たちは高速ライフル弾や魔力弾に撃たれた。特に関心を向けてこなかった大多数の者たちは、彼が救援に向かう前に敵の無人機の餌食となっていた。シミュレーターの癖に死体が消えない光景は地獄のように見えた。それでもフェンは戦う事をやめなかった。仮想敵を倒しては倒しては、次はどいつだと言わんばかりに武器を持つ。

 

 気がつけばフェンはただ一人。破壊された最後の戦闘指揮車の影に立ち、朝焼けに染まる空を眺めていた。朝は空けたが彼の周りには誰一人いない。味方は誰一人として残ってはいなかった。皆朝が来る前に仮想OCU魔導師兵たちに戦死させられた。最後の一人は何を思ったか自分を魔力弾から庇って死んだ。シミュレーターなのに、ただの演習なのに、満足した顔を浮かべた最後の仲間が散ったのをフェンは見た。

 

 

 或いは、彼はもう戦わなくていい理由を見つけたかったのではないか。自分を守る事で自己犠牲という大義名分を得たかった。そこまで考えてフェンは首を振る。自分も人のことは言えない。フェンはただ死にたくなかったから…でも強い力を持っていたから敵に殺されようと思い戦った。それも死への大儀名分ではないと誰が言える。思考はネガティブ、もう疲れ果てたが身体はまだ動く。

 

 ここまで鍛えた身体は自然と魔力を温存し、少ない体力を魔力強化と揺るがない精神力で補い、後は自暴自棄に近い死んでなるものかという意地という気力だけで戦った。後に残されたのは孤立無援の戦場だったのは皮肉だろう。魔法とは凄い力だ。ただの幼児が戦場で生き残るマシーンになれるなんて前世では想像もつかなかった。

 

 

《―――ブルルルル》

 

 

 ふと、耳鳴りがする聴覚に空気を切る軽い音が聞こえた。フェンは朝焼けに赤い世界の中で目を魔法で強化して音が聞こえる方を見つめてみる。遠くの空に20センチほどの大きさをした、竹とんぼのようなプロペラが伸びた丸い物体が浮かんでいる。OCU無人偵察システム“ドリアンズ”に見つかったようだ。

 

 ドリアンズが浮かんでいる空からすこし下に目線を向ければ、大量の土ぼこりが舞っている。敵の機動部隊が残兵狩りに来ているのだろう。こちらも攻性偵察機である“マッドソーサー”が欲しいが贅沢はいえない。こうも絶望的なら彼等に投降したいところだがフェンは知っている。武器を捨てて投降しようとした味方を容赦なく撃ち殺した仮想敵プログラムの姿を……。

 

 

「…………(そろそろ、俺も終わりたい…切実に)」 

 

 

 フェンは銃のマガジンを確認する。残り8発、また敵から奪わねばならない。こんな時ほどヴィズがいれば楽なのにとフェンは一人ぼやく。シミュレーターの中ではレアスキルが発動しないので持っていてもすぐガス欠だがアレがないのと在るのとでは安心感が違う。貧弱なこの身を守るのは一般兵用アーマーとヘルメット一体型バイザー、あとは運だけだ。

 

 

「…………(迫撃砲……俺にも命中してくれてれば良かったのに)」

 

 

 そんな事を考えながらも身体はすでに駆け出していた。直後フェンがいた指揮車が爆発する。長距離からの曲射砲撃魔法が残骸を吹き飛ばしたのだ。そのままいれば演習を終えられたのだが、もう疲労がピークのフェンはそこまで考える余裕は無かった。ここまで生き延びた自分が易々と討たれてやる訳にはいかない。自分を鍛えてくれた人たちの為。最後に残された訓練兵がみせる意地を仮想敵のプログラム共に見せ付けてやるのだ。

 それは正常な思考ではなかったかもしれない。ただの意地だと払拭されてしまうものかもしれない。だがフェンにはこの意地を貫き通したいと願った。ただやられるだけなのは、あの母の子として、なにより男として認められるものではない。

 

 

「グッ…はァっ!」

 

 

 手に持った銃の最後の弾をフルオートで吐き出す。8発は全て一番近くにいた敵に吸い込まれるようにして命中した。腹部を押さえ崩れ落ちようとする敵にタックルするようにして突っ込み武器と手榴弾を奪う。さっきまでの銃はすでに捨てていた。弾切れの銃に用は無い。戦えないから。

 

 

「………」

 

 

 無言のまま、手にした手榴弾を投げつける。安全ピンは敵の弾薬ベルトから奪ったときにすでに抜けていた。敵が投げつけられた手榴弾に驚き叫ぶのを耳に、投げつけた方向とは逆の位置に銃口を向ける。迷うこと無く発砲した音は手榴弾の爆発音にかき消された。何人倒したかは見ていない。その時には彼は別の敵に飛び掛りナイフを刺していた。

 

 身体強化魔法の力で弾丸のように飛びかかったナイフは、いとも簡単に敵の首筋を引き裂いた。動物の解体と変わらないソレにもはや嫌悪感は感じなかった。そういう感覚はすでに麻痺している。そして首を刺した敵兵を足場に後方へと一気に飛び去りながらラウンドシールドを展開した。

 

 直後、地面を滑るように宙を舞っていたフェンを幾条もの魔力弾が撃ち据えた。デバイスも無しに展開したシールドは脆く、数発の魔力弾を受ける内にすぐにひび割れていく。フェンはすぐさまシールドをパージし、指向性を持たせ自爆させた。反応装甲、リアクティブアーマーの如く機能したシールドが一時であるが敵弾の殆どを相殺する。

 

 

「…雷光よ、いまこの手に集え…」

 

 

 敵の真ん中に飛び込み、ワザと敵兵を殺さないようにして敵弾を避けながら、トリガーキーを口ずさむ。我が手こそ銃身、我が身こそ杖。そのイメージに呼応するように彼の手先にスフィアが形成され、そこから環状魔方陣がバレル状に展開していく。

 

 

「…大気よ、雷光の前に道を空けろ…レール―――」

 

 

 環状魔方陣の中から、薄いレーザーが照射され、それは敵の一人に向かい――

 

 

「ブラスターっ!」

 

 

―――その光条に沿って環状魔方陣により加速された魔力弾が射出されたっ!

 

 

 トリガーキーにより発動したレールブラスターの魔法は単発。デバイスの補助も無いので速度も下がっていたが、相手の顔すら視認できる距離では関係ない。上げられるだけ上げた初速と貫通力を前に普通のボディアーマーは無力。一人二人三人、直線状にいた敵を巻き込んで大空へと一筋の光を残して魔法は消えた。

 

 

「さぁ…っ!まだ…戦えるっ!かかって…こいっ!」

 

 返事は、面制圧のような弾幕であった。

 自動小銃、バトルライフル、軽機関砲、魔力弾、魔力誘導弾、砲撃魔法――あらゆる攻撃がなだれのように押し寄せてくる。その中をフェンは動き続けていた。彼が思うは母が一度見せてくれた見切りのソレ。視界や勘として感じる情報をすべて同時に、マルチタスクにて処理したソレを元に射線から僅かに身を逸らすのだ。

 

 前から、右から、左から、たった一人の生き残りにしては豪勢な弾幕の中を蠢く姿は、まるで舞を踊っているかのようだ。小さな体と身体強化魔法、そして致命傷を避ける防御魔法が彼を生き長らえさせている。だが未熟なそれは完全には攻撃を避けられない。致命傷を避けても細かな傷が増えてゆき、血は流れ、強化した体が悲鳴を上げる。

 

 体が限界を超えようとしたその時。運悪くふくらはぎを抉るように誘導魔力弾が着弾し、彼の動きが鈍る。それを機に次々と銃弾が体を抉っていった。小柄な体は宙を舞い、地面に叩きつけられ血まみれとなる。だがまだ死んでいない。意識がある内はシミュレーターが戦死判定を下さないからだ。

 

 

「……ごぽ(うげぇ、血の味、声もだせやしねぇや)」

 

 

 壊れたバイザーを外しながら立ち上がろうとするが、力が入らない。穴だらけな体に無理やり強化魔法を使ったところ、血液が一気に流れて出ていくのが感覚で理解できた。それでも立ち上がった。最後の意地を魅せるためにフェンは立ち上がっていた。その小さな体には幾ばくも血は残されていない筈なのに、彼は立ったのだ。

 

 気がつけば、敵からの攻撃が何故か止んでいた。その間にフェンは敵から奪った自動小銃を杖に、拾った拳銃を向けようとするが、腕が震えて照準が出来ない。再度魔法強化を試みるが上手く魔方陣を構築できない。そして更に追い討ちをかけるかの如く、遠くから何かが落下したような衝撃が彼の身体を揺らした。

 

 

「……げぽ(な、なんだよ!?って敵側の無人戦闘機?!)」 

 

 

 フェンのすぐ目の前に降り立った機械兵器。敵国OCU製の無人戦闘機体と呼ばれる無人兵器である。箱に人の手がついたような形状をした胴体に四脚の足を持ったそれはタウルスと呼ばれていた。 

 

 

「……(けッ、一人相手に4体もタウルスがいるなんて、これ絶対生かす気ないだろ)」

 

 

 フェンの前の一体だけではなく、周囲に更に三体。全部で四体もの無人兵器が兵装をこちらに向けている。三銃身旋回式機関砲、ようするにガトリング砲がアイドリングを始めている光景を前に、もはや立つしか出来ないフェンは覚悟を決めた。

 

 

「……(もっと強くなろう、絶対)」

 

 

 そして旋回式砲のマズルフラッシュを最後に、フェンの視界はブラックアウトした。

 

 

 


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