妄想戦記   作:QOL

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「貴様の口から垂れる言葉の最初と最後にサーをつけろー」

Sideフェン

 

 

いようみんな元気か?俺は今――――

 

 

「どうしたクソ虫どもがッ!自分よりもはるかに小さなガキに負けやがってッ!!!それでも兵士かッ!!!」

 

「「「「サー!申し訳ありませんでした!サー!」」」」

 

 

――――フリーダム基地軍仕官学校にて鬼軍曹からシバかれているよ。

 

 タスト女史に連れられた俺は、生まれ育った土地から遠く離れて、隣の州にある軍仕官学校へと連れ込まれた。まだ年齢一桁なのに随分と鬼畜なのねとも思ったが、これはこれできちんと配慮した結果らしい。何せ、うわさの高官の子供たちと比べれば俺は選ばれたエリート街道に乗ったと彼女は言うのだ。

 

 事実、士官学校の教官たちは年齢一桁な俺を見て驚いていたし、軍仕官学校に入れて大丈夫なのかとタスト女史に何度も確認を取っていたほどだ。この時まで知らなかったんだが、高官の子供を集めているといっても13~14歳が最低ラインであり、実はソレより下の子は前例がなかったんだと。なら何で俺つれてこられてるんだオイ?

 

 だけどタスト女史も、これまた狡猾というか準備がいいというか、そういう質問がされるのは予想の範疇だったようで、俺に関する資料を十分に用意して入学をごり押ししてくれました。どうも不安を振り払いたいが為に行った無謀な訓練の数々を一人でこなしていたという実績が士官学校の入隊レベルにある事を示してしまったらしい。

 

 

 あのアマァ……いつかヌっころす。ホントありがた迷惑といわねばなるまいて。

 

 

 おかげで新兵入隊式の際には周りの平均年齢がおよそ16,5歳。でも俺は7歳。中学生の集団の中に一人小学一年生が混じってるような光景です。本当にありがとうございました。いろんな意味で最悪でした。主に視線的な意味で。痛い!視線が突き刺さるよぉ!そんな珍獣見る目で見ないでくれ!これも全部タスト女史の所為だチクショー!

 

 んで、俺は軍に入隊した。一応両親に近況報告の手紙を出したが着いてるかは不明。だって半ば誘拐だし……あれ?でも任意の場合は誘拐じゃないんだよな?でも行かない選択肢選ぶといろんな意味でバッドエンドでガメオッベラ一直線だったし……任意誘拐ってカテゴリはあるんだろうか?

 

 

「全員10周追加だッ!あと声が小さいぞFNGめッ!ジジイのフ○○クの方がまだ声がでかいぞッ!気合はどうした!どこかに忘れたか!励めっ!」

 

「「「「サーイェッサーッ!!!」」」」

 

 

 こうして始まった軍学校生活であったが……はっきり言おう、俺には温い。訓練内容が母上と似たり寄ったりだったからだ。しかも母上程じゃ無いから物足りない。

 

 

「走れぇッ!!そして声をあげて歌えッ!!」

 

「「「「~♪♪」」」」

 

 

 それにしても………この走りながらエロ歌を歌うって言うのは、軍隊でのセオリーなんだろうか?正直、子供の教育にはすこぶる悪いよなぁ。始めはまだ純朴で純粋だった子供たちが、徐々に目をにごらせていく光景には、悪質な洗脳に対する吐き気を感じるよ。俺はもう手遅れだから別に来た時と変わらないけどな。

 

 んでこの後は座学である。俺たちは腐っても魔導師のガキであり、そのほとんどが思考分割術であるマルチタスクを修得していた。このマルチタスクという技術により俺たちは通常の何百倍の速度で知識と詰め込まれた。スタンドアロン、チームワーク、戦術に戦略の構想、指示の出し方、敵の使う武器の種類、魔法の種類、サバイバル知識などetc。

 

 元から覚えている俺を除き、これらを全て修得するに掛かった時間はおよそ2週間である。もう一度いうが2週間である。大事なことなので二度言った。コレだけでも判るだろうが魔導師の子供はこと知識に関して学習力は化物レベルなのだ。基礎の基礎であるマルチタスクを修得していれば、ついでに読書魔法と検索魔法も修得すれば、経験地獲得量はうなぎのぼり。一般兵の比じゃない。

 

 こうして必要知識を詰め込まれた俺たち新兵(ルーキー)は座学だけはギリギリ合格ラインというなんとも歪な状態になった。普通はもっとゆとりを持って教えるが戦争中なので詰め込み教育という訳らしい。何よりも教育速度優先だそうだ。

 

 

 そうして座学では教わる事が殆ど無くなった後。俺たち魔導兵士見習いたちは、フリーダム基地のとある施設につれてこられた。そこに並ぶは怪しげなシリンダー。それに関する説明は一切なく、全員シリンダーに放り込まれてしまい、怪しげなガスを吸わされたところで意識が一時飛んでいる。

 

 そこからありのままに起こった事を話すぜ。気がつくとルーキーたちは見知らぬ基地のど真ん中に整列していた。何を言っているのか判らねーと思うが、違う基地に転送されたとか、過程をすっ飛ばして結果だけ残されたとかじゃ断じてねえ。もっと魔法らしい物の片鱗を味わったぜ。

 

 

 実はそれ、魔導師の幻術系魔法を利用した集団シミュレーターだったんだそうな。とにかく戦力を逐一戦線に投入したい為に普通の訓練メニューを繰り上げて行われたシミュレーター訓練。本当の体は眠っている状態で、いわば意識だけがブートキャンプに送られた状態と思えば判りやすいだろう。

 

 要するにさっさと教程過程を終わらせちまおうという速成栽培な訓練だった。このシミュレーター内の時間はとても早く、肉体作りを考えなければ魔導兵士の育成には最適だった。そもそも魔導師は魔法を主体とする兵種である。よって魔法に比重が傾くのだから、筋トレよりも魔法トレの方が優先されるのは考えれば分かることだよね。

 

 だがそれでもあえて言わせてもらおう。肉体が鍛えられないだけで、それは一体どこの精神と時の部屋ですか?魔法だからで全部済ましていいのかよ。健全な精神は健全な肉体に宿るんだぞ?促成栽培したいにも程があるだろうに。少し釈然としないがルーキーが文句を垂れる事は許されない為、文句を言う暇もなく、現実世界で眠らされている身体が限界に来るまで訓練が行われた。

 

 

 尚、シミュレーター訓練の説明をダイジェストでお送りすると、こんなかんじ―――

 

 

『えー、ここでは攻撃魔法は基本使えなくしてある。そして貴様等にはこれから一般兵の苦労を味わって貰おう。血と泥と糞尿に塗れたクソ虫には御似合いの訓練だ』 

 

『サーッ!イエッサーッ!!』←訓練兵全員、すでに鬼教官の洗礼済み。

 

『さて、訓練における前提想定を説明する。今回使える魔法は身体強化魔法だけ、それ以外は敵に受けた特殊な魔法攻撃により使用不能である!そして貴様等は銃火器を用いての戦闘演習を最後に体験して貰う事になるだろう!――質問はあるか?そこのお前、いいぞ。言ってみろ』

 

『サー!我々は魔導師で魔法を使うのが本職なのでは!サー!』

 

『いい質問だ。だがなFNG、戦場で求められる兵隊とはなんだと思う?』

 

『サー!どんな状況でも生き残り、命令を遵守する存在ですっ!サー!』

 

『それはつまりどんな状況下でも戦える事だ。だからこその実銃訓練である。ナニ、ここでやる最初の訓練は実にイージー。遠くに立っている的目掛けて銃を撃つだけでいい。質感、重量共に我が軍で採用されている正式銃と同じである。この思考加速空間を利用して、身体で銃火器の使い方を覚えて貰おう。さぁ詰まらん質問タイムは終了だッ!楽しい楽しい訓練を始めようっ』

 

 

――と、いきなり最初からこんなんであった。

 

 

 ここで疑問に思うのはバーチャルな体験で現実に戻ったときに銃火器を扱えるのかという事だろう。だが人間が普段感じている感覚は基本的に身体の感覚器の情報を脳が認識した物である。言い換えれば脳に与える情報が極限まで現実と同じ情報量だったら、それは実際にやったのと変わらないのだ――と教官はいっていた。

 

 どこのマ○リックスかと小一時間問い詰めたいところだ。大体頭で思考できても鍛えていない身体が動くわきゃねーだろー!といいたい。努力で鍛えた筋肉は裏切らないからだ。ところがより詳しくこの訓練について知ると、これはあくまで魔法というチート技能が使える魔法使いだからこそ許される訓練だと理解できた。

 

 

 まず魔導師と違い魔力を持たない一般兵は、まず身体を鍛えなければならない。なぜなら魔導師に通用するほど強力な銃火器ほど大口径で重たいのだから、一般兵は1に筋肉2に筋肉。ムキムキにならないと戦場で戦えないのである。一般兵の装備にはパワーアシストが付加されているのもあるが、ソレを扱うにもかなりの筋肉が要求されるのだ。

 

 だが身体強化魔法を扱える魔導師は肉体における筋肉への訓練比重を極限まで抑えられる。最悪銃が持てる程度に強化できる魔力さえ残せれば、その継戦能力が段違いとなるからだ。軍隊で要求される魔導師とはMP切れになると戦えない魔法使いなどではない。魔力が切れても肉体言語で戦える魔導兵士が望ましいのだ。

 

 

 だから訓練は筋トレよりも身体をどう動かすべきかに的が絞られていた。たしかにソレは重要な訓練だった。俺はすでに母上から受けた訓練でそれを体験していたからきびきび動けたが、他の訓練兵たちの動きはなんともお粗末としか言いようがない程だったからだ。魔導師でなければ戦場で戦えるレベルになるまで数年掛かったかもしれない。

 

 もっとも筋トレが大事じゃないかといえばそうでもない。トレーニングを繰り返せば体力が尽き、体力が尽くという事は精神的にタフになれるという事でもある。魔法の力にはある程度精神力が作用するので、常に一定の力を発揮するには体力からくる精神的タフさが求められるのだ。ついでに心肺機能も向上すればスタミナもつく。要はバランスだ。

 

 こうして俺を含めた訓練兵たちは基礎からのバーチャルブートキャンプにご招待された。知識だけのズブの素人が白兵戦技能から銃の撃ち方に銃を用いた戦術を全て身体で覚えさせられた。当然マルチタスクの力により、毎時訓練内容はどんどん引き上げられハードなものになる……気がつけば訓練兵の4割が自分の小銃に名前付けてるのを知ったときはドン引きしたっけな。

 

 

 そして俺たち訓練兵はいろんな体験をした。近接戦闘術、ナイフ格闘術、室内戦闘技法、銃を用いた狙撃、銃弾を受け止める防御魔法訓練、銃の解体と組み立て、応急処置法。それに何故か野戦料理実習等々多岐に及ぶ。そういえば魔導師地獄マラソン付きの走破訓練もやった。身体強化を使うあのマラソンに重りとして銃火器などの兵装を追加。銃を手放す事無く障害物を乗り越える訓練である。

 

 例えば教官がすぐ脇で銃器をフルオートで撃ちまくり、地面を銃弾で耕している中、その音をBGMに有刺鉄線の下を潜り抜けながら背面匍匐して泥水の中に飛び込んだりした。バーチャルなのに無駄にリアルな泥の感触が実に気持ち悪い。もちろん泥水は他の訓練兵の背丈ギリギリで深く掘られており、俺は足が着かなかったから余計にきつかった。

 

 

 でも俺はやり遂げた。何せ俺の場合は他のルーキーたちとは前提条件からして違う。他のルーキーたちが今ようやく形にしている基礎の基礎は俺が数年前にはトラウマ込みで学習したモノであり熟練度は段違いなのだ。だが困った事にそれが教官の目にとまったのは痛かったかもしれない。ことあるごとに俺の事を指差して、候補生諸君はアレくらい出来ないのかというのだ。

 

 対抗意識を燃やしてってのはセオリーだから判らなくはないんだけど、その所為で周囲から孤立するのはなぁ…自業自得もあるけどちょっと辛いもんだ。あーあ、はやくシミュレーター訓練おわらないかな。この間のサバイバル技能の時に妙にリアルに作られた動物に癒されたからいいけど、俺なんか疲れたよ。ホント…。

 

 

 

***

 

 

 

Side三人称

 

―――フリーダム士官学校・シミュレーター管制室―――

 

 

「システム・オールグリーン、同調率は97」

 

「早いな。そろそろFNG‐Dプログラムでも投入するか」

 

「おいおい、せっかくの原石たちを粉みじんにするつもりかよ」

 

「でも訓練予定に組み込まれてるぜ?」

 

「え?――なにそれ怖い」

 

 

 訓練兵たちが加速された仮想空間にて悲鳴を上げている中、現実世界では訓練開始から3時間ほどが経過しようとしていた。冷たいコンクリート施設の中でシリンダーが並んだシミュレーター室。その少し上にはガラス窓で仕切られた管制室がある。シミュレーター内での出来事は全てそこに常駐するスタッフが監視および管理を行っていた。

 

 普段は規定業務に勤しむ魔導師たちで騒がしいこの施設も今日ばかりは静かである。USNで初めての若年魔導兵士の短期育成の為に、現在シミュレーターは全て訓練兵たちに割り振られ、一般兵士はすこし使い勝手の悪い屋外の演習場で訓練を行っているからである。

  

 そして新兵の基礎訓練プログラムのシミュレーター訓練を起動させたオペレーターたちは、静寂が流れるシミュレーター室を眺めながら、コーヒー片手に訓練課程が終わるまで睡魔との闘いを消化していた。そんな彼等のいる管制室に一人の男が入ってきた。

 

 

「訓練兵たちの様子はどうだ?」

 

 

 振り返り管制室の入り口に立つ壮年の男の階級章を確認したオペレーターたちは、身体だけを男のほうに向けながら敬礼する。男はそれに返礼を返すと仕事を続けてくれと返した。入室してきた壮年の男は教官の一人であり、現在シミュレーターを実行中の訓練兵の担当で、すこし席を外していたが様子を見に戻ってきたのだ。

 

 オペレーターの一人が操作するとモニターが起動してデータが表示される。個別に振られた番号にバイタル値に精神グラフなどなど、情報は非常に多岐に及んだ。

 

 

「は、現在フェイズ2です。訓練経験値の平均が一定値を超えるまで後30分ほどかと」

 

「……予想より早いな」

 

 

 本来予定されていた訓練のほとんどが繰り上げて行われている。このまま行けばこの訓練兵たちは訓練の最短終了記録を塗り替えるだろう。オペレーターはそのことを自慢するかの様に楽しそうに口を開く。

 

 

「情報部の連中の目利きは確かですよ。特にこの訓練兵T-6の能力が群を抜いて高く、周囲がつられているとデータは出しています」

 

「……君はいつから集団心理の精神分析ドクターになったのかね?」

 

「――っ!サーっ!分野をわきまえず申し訳ありませんっ」

 

 

 だが、訓練教程がいい結果を挙げているのに教官は不愉快だと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。その様子を見てオペレーターは慌てて口を閉ざして仕事に戻る。教官はフンと鼻を鳴らし、再びモニターに向き直った。

 

 モニターの中では仮想空間内での様子が投影されている。加速状態なので早送りのような映像だが、教官であり魔導師でもある彼には見えていた。

 

 

「まぁいい……最終演習の設定は?」

 

「仮想空間内時間の二日後の夜間、基地襲撃にセットしてあります」

 

「限りなくリアルに近いとはいえ……やりきれんな」

 

「たしかに子供に銃を持たせてなんてのは、いい気はしませんね」

 

「ハフマンの時には通常兵器が使えない魔導師が殺されたと聞きます。そういう連中みたく死なない為にも必要でしょうコレは」

 

 

 クロスレンジに熟達した魔導師でない限り、こと詠唱前の魔導師は懐に入られると弱い。それを露呈したのが先のハフマン紛争であった。ハフマン島における戦闘で大規模な戦闘に発展した際、魔力切れを起こした魔導師が次々と餌食になったのである。それは多くの場合、敵の魔導師との戦闘で魔力切れを起こした者や魔法詠唱中の極僅かな隙を狙われたというのがおおい。

 

 デバイスを用いても対象を視認して魔法を構築するという動作は、銃を構える動作よりも遅いのである。勿論だからといって魔導師の優位性が失われた訳ではない。防御魔法やエリア型のシールド魔法、BJなど魔導師を守る魔法は数々存在し、その殆どが小口径の銃火器を無効にできる。また大口径も防御魔法を使えば確実に無効化でき、場合によっては野戦砲ですら無効化できた。

 

 

 しかし、いかに魔導師であっても十字砲火を浴びせられれば、その優位性が絶対のモノではない事を思い知らされる。絶え間ない放火によりシールドを破られた魔導師の末路はミンチすら残さず痕跡も残されないという悲惨なモノとなる。ハフマン紛争開始時に撃墜された魔導師の遺族へ送られた棺桶の多くが空だったのはそういった経緯もあった。

 

 故にUSN軍上層部ではこういった主戦力である一般魔導師兵の損耗率による戦力の低下を重く見て、どの職種にも関わらず通常兵器が扱える技能を持たせる方針を打ち出した。低ランク魔導師兵の場合は最低でも拳銃程度は扱えないと前線から外されるし、現在訓練中の者たちには訓練項目に銃火器訓練が追加されている。

 

 高ランク魔導師ともなれば戦闘中に銃火器で撃墜される事はほぼないが、休息の際や基地間の移動などBJを展開したりしない時を狙われて殺される可能性もなくはないので、こちらも即時対応時の技能として最低限の銃火器訓練が職務規定とされている。様々な犠牲を経てこういうプランが打ち出された訳だが、だからといって新兵の…それもまだ子供に銃火器を持たせるというのが正しいのか?

 

 

 戦争では倫理観は無視される。正気で出来る事ではない。

 教官の男は理解はしつつも内心では納得していなかった。

 

 

「ですが軍は兵力を必要としています。割り切るしかないのでは?」

 

「判っている。判っているさ……言われなくても、重々にな……そろそろか?」

 

 

 何時の間にかモニターの中では訓練兵たちの訓練が最終ステップに差し掛かっていた。それをみたオペレーターは少しあせりすぐにコンソールを操作する。

 

 

「あ、はい―――えー、最終訓練を消化。演習プログラム開始まで、あと―――」

 

「少しいいか?演習内容をしっかりと確認したいから、仮想空間内の時間を加速から等速にしてもらえんだろうか?」

 

「……イエス・サー。等速に戻します。あとはじっくりご鑑賞を親父さん」

 

「ああ、そうする」

 

「コーヒーは?」

 

「……いただこう」

 

 

 

***

 

 

 

―――仮想空間内ブートキャンプ・PM7:45―――

 

 仮想空間であっても体感的には現実世界と変わらず一日が進む。つまり朝日が昇り、昼間は太陽が輝き、夜は闇に包まれる。長期間の仮想訓練において訓練中の兵士が現実世界との違和感から来るストレスをなるべく軽減する為にそういった配慮が為されていた。その為、仮想空間内においても食事・排泄・睡眠は滞りなく行われている。

 

 そして仮想空間に放り込まれた訓練兵たちは夕方の訓練を終えて、ある種の楽しみである食事の為に兵舎に戻ってきていた。仮想空間であるが故に外部とのかかわりが極力制限され、娯楽が少ない彼等にとって食事は唯一の楽しみであった。もっともこの食事こそが現実と仮想空間との違いをもっとも多く垣間見れる瞬間でもある。

 

 何せ現実世界の基地よりもPXのメニューは国際色に富んでいた。おそらく開発者が酔狂を効かせ、世界各国の珍味から高級料理までデータを入れたというのだから、意外と遊びが含まれている仮想空間である。

 

 

「あー、ここに来て何日目だろう…俺、これだけが楽しみなんだ」

 

「全部架空なんだけど、だからこその楽しみだよねー」

 

「ねぇ、ラスク訓練兵。私たちの班が朝4時起きになって服務をしなきゃならなくなったのはあなたたちの所為だって知っているわよね?」

 

「あー、ラスクのヤツまたやらかしたのか」

 

「毎度の事だろ。気にスンナ。俺たちもしくればまたやられる」

 

「うわーん!また僕のキッシュ取ったっ!」

 

「今日の訓練で助けてあげたでショ?ショーン」

 

 

 訓練兵でごった返す食堂では雑談で騒がしい。だがその中である一角はとても静かであった。8人は並んで座れるはずのテーブルにはたった一人しか座っておらず、その人影は周囲の訓練兵たちと比べると大分小さい。訓練兵の中でもっとも小さい彼は言わずもがなフェンである。

 

 このブートキャンプにおいて唯一の娯楽は食事以外殆どない。眠る行為もあくまで体感的な一日のリズムを崩さない為にやることであり、必ず必要という訳ではないからだ。擬似体験故に寝たところで夢も見ない為、寝てる間の時間を感じないのが唯一の利点といえば利点なのだろう。だがそれ以外にメリットは無い。それでもフェンが眠るのは周囲に相手にされないから暇だってからである。

 

 

「おい、あいつまた寝てるぞ?」

 

「よく寝るよなぁ。そんなに疲れてたっけ?」

 

 

 そんなフェンを指差した一部の集団がフェンの元に近寄っていく。

 ゆっくりとした足取りでフェンを取り囲むと、なにやらジッとフェンの顔を見つめていた。傍から見ればフェンを睨んでいるように見えるソレは、まるで彼等がフェンを私闘にかけようとしているように見える。フェン危うし!?―――と思われたが。

 

 

「見ろよ。この綺麗な寝顔。眠ってるんだぜ」

 

「いやソレ当たり前だから」

 

「ああ、あの無防備であどけない寝顔…じゅる」

 

「おいぃ、可愛いからって触ろうとするのは紳士アンド淑女協定違反だぞ」

 

 

 この一部の訓練兵たちは特殊だった。いろんな意味で……。

 実はフェンが訓練兵全員から避けられていると感じていたのは、それはまったくの誤解、勘違いであり、一部の訓練兵たちはフェンを気に入っていた。なまじ女の子みたいに可愛らしいのに愛想を振りまかない姿がクールに見えたそうな。

 

 もっとも人気が出たのはサバイバル訓練において仮想空間に作られた森の中、そこにいた動物の何匹かをひそかに可愛がっている姿が目撃されたからでもある。ギャップ萌えとは恐ろしい武器だと目撃した何人かが倒れたとか。それ以来ある一部の連中の間では紳士協定が結ばれており、フェンを一歩はなれた位置から観察するという暗黙の了解が出来ていたのである。

 

 これは果たして自業自得なのか?それとも偶然が絡まりあい完成してしまった空間なのか?……判断に悩むところであるが、それに気がつかないフェンはちょっと寂しい思いをしていると思うと、ここでフェンを取り囲んでいる訓練兵全員にお前等自重しろといいたくなる。

 

 

「………なぁ」

 

「なんだよ」

 

「ちょっとだけ、ほっぺたを触ってみたくないか?」

 

「おい!」「テメェ!」「それは駄目よっ!」「むしろ俺がヘブッ」

 

「うるせえよテメェら。そんなガキ一人になに盛ってんだ、アア?」

 

 

 ガラの悪そうな声が響く。そうフェンの事を気に入っている訓練兵は全体から見ればごく一部。他は無関心か逆に敵対心ムキだしの輩も多くいた。そういった輩の多くは思春期真っ盛りで尚且つ自分は選ばれたエリートで特別な存在だと信じて疑わない……あと純粋にプライド高いのもそういう連中だった。

 

 彼等がフェンに敵対心剥き出しな理由は一つ。フェンが幼い見た目よりもずっとレベルが高い事が原因である。大人であるならそういうやつもいると理解できても、自身は特別だと考える彼等にとって年下であるフェンの活躍はさぞ生意気に見えた事だろう。よって何時も絡んでくるのはフェンは目障りでしょうがないと思っているグループだった。

 

 

「盛ってないよ。むしろ見て楽しんでたんだよ」

 

「それがおかしいって言ってんだ。大体なんであんなチビスケがここに何故いるのか疑問だぜ。そういうのは家にいろっての」

 

「お前、自分がいつも成績2位だからってひがむなよ」

 

 

 フェンをやさしく見守る訓練兵の一人が絡んできた方にそういうと、周囲の気温が少し下がった。

 

 

「……ころすぞテメェ」

 

「やれるもんならやってみろよ。俺はなぁ?ワンパンで沈むぞ」

 

「私はキック一発で昇天よ」

 

「睨まれるだけでもう逃げたいッス」

 

「「「それは弱すぎだろオイ」」」

 

「……やる気あんのか無いのかはっきりしろや!」

 

「おい見ろ!あいつが叫ぶからフェンが身じろぎしたぞ」

 

「「「マジでっ!?」」」

 

「いや聞けよっテメェら!?」

 

 

 一触即発……には見えないが、彼等は本気だった。かたや目障りなヤツをぶん殴ってやろうと、かたや乱闘に発展したらフェンが起きる前に周りを出し抜いて連れ去ってやろうと……どう考えても片方はどこかおかしいのだが気にしてはいけない。どこかハイスクールなノリなのは、彼等もまだ子供である証である。

  

 あと少しで仮想空間での訓練も終わりを迎えるというのにアイツら元気だなぁと周囲の目が眠るフェンを中心に睨み合う彼等の乱闘を暇つぶしにでもなるだろうと眺めていた、その時―――

 

 

《ヴーーーーーーーーーっ!!!!》

 

「なっ!警戒警報だと!?」

 

 

 突如、食堂内に…いや基地全体にサイレンが鳴り響く。それだけならまだいいのだが、今度はどこからか爆発音が響いてきた為、この場の訓練兵たちは皆困惑した。

 

 

『基地内全職員に告ぐ!本基地は現在敵OCUの攻撃部隊から攻撃を受けている!全部隊直ちに迎撃せよ!繰り返す、直ちに迎撃せよ!訓練兵各員は非常体制基準に従い、各部隊事に所定の配置にて基地防衛戦に参加せよ!尚、これは訓練ではない!』

 

「な、なんだよ突然!?訓練じゃないってシステムの故障なのか?!」

 

「いや訓練だろ。突発的な基地防衛訓練を抜き打ちで入れたんだきっと。急いで迎撃準備しないと減点されるぞ!」

 

『訓練の成果を見せる最後の実戦式演習である!常にモニターされているから各々奮力に期待する!』

 

「ほらな?急いで装備を確認しねぇとっ!」

 

 

 アナウンスを聞いて急にあわただしくなる訓練兵たち、そこで一人がある事に気づく。

 

 

「あれ?フェンがもういないぞ?」

 

「「「え、ええーーーっ!!?」」」

 

 

 見ればすでにそこに彼の姿はなく、ロッカーに移動した後であった。訓練兵たちはそれに驚きを感じつつも身体を動かし、各々が所定の配置に着く為に食堂の入り口へ殺到した。こうして仮想訓練の演習プログラムがスタートした。

 

 ある意味でとても、長い夜がはじまった。

 

 

 

 

 


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