妄想戦記   作:QOL

19 / 20
※やっとかけました。おそくなりすいません。


※2
注意、この先の話では普通に人が死に、血が流される描写があります。ここまで来て今更そういうのが苦手な方は居ないとは思いますが一応の警告です。もしも残酷なのが嫌いな方がいらっしゃるなら閲覧をお控えください。


「おらおら、もう死にそうだ」

Side三人称

 

 

―――フロントライン・ペセタ市・PM4:23―――

 

 訓示を聞き終えたレッドクリフ隊の行動は早い。正確には訓示を聞きながら、避難民を含めた撤収作業を同時に行っていたのでほとんどの作業は大詰めを迎えていた。

 すでに難民達もそのほとんどが一度基地に保護されることを了承していた。中には軍を毛嫌いしている者もいたが、現状がそれを許さない。そういった者たちも周囲の難民に諭されたりして渋々であったが移動することになる。

 

 フェン達は難民達の持っていく物を最低限に制限させたうえで、彼らを一か所に集中させた。ともすれば肩がぶつかる位に集まったので難民達は窮屈そうであったが、これは移動するのに必要な処置であった。

 

《避難民、集結完了しました》

「了解した。これより障壁の形状を変更する。ジャマーは事前説明の通りに動け」

 

 難民達は列を組んで並び、全員が集まったのを確認すると、防御魔法持ちの5名のジャマーの内、2名が難民達を挟んで立つ。

 彼らはすぐに難民達を覆うギリギリの大きさの防御障壁を展開した。長いドーム状の障壁であり、物理的な防御と環境変化を防ぐ効力を持つバリアーである。この障壁が最後の砦であり、難民達の命綱であった。

 

《隊長》

「うん……バブル・ワイド・ディバイドエナジー」

 

 障壁が展開されるまでの間、フェンは光が難民達を覆い尽くすのをすぐ近くで眺めていた。障壁が難民を覆うとフェンは術式を展開する。一瞬だけ魔法陣が展開されるが、敵から探知される可能性を考え、すぐにそれを隠蔽した。魔法陣は消えたが魔法の効果はそのまま発揮され、彼を中心にジャマー達にレイラインが繋がれる。

 

 それはディバイドエナジーと呼ばれる他人に自分の魔力を譲渡する魔法の複列起動であった。いくら魔導師といっても魔力が無ければ魔法を行使することはできない。特に個人なら兎も角、こういった戦術レベルでの魔法行使は著しく膨大な魔力を消耗する。

 ジャマー達が展開する魔法障壁は難民達の命綱である。したがって魔力切れというちゃちな理由で解除させるわけにはいかない。だが魔力の消耗は鍛えている彼らであっても厳しい物がある。

 

 それを解決するのが隊長からのディバイドエナジーによるレイラインの構築であった。レイラインさえつなげば障壁展開時に消耗した魔力をすぐに補充でき、不測の事態へ魔力をストックしておけるのである。

 

 レイライン構築、移動用障壁展開が完了したことで、難民移動は次のフェイズに移る。これまで難民キャンプを覆っていた大規模な防御障壁を維持していた残りのジャマー達が、展開している障壁を操作し、その形状をゆっくりと変えていった。

 形状が変化したことで障壁と周囲の雪との間に隙間が生まれる。ゆっくりであるが確実に広がっていく隙間に雪の壁は軋みを上げ、やがて限界が来ると雪崩のように隙間へと落ちていった。

 落下する氷と雪の混合物は容赦なく障壁に叩きつけられ、そのたびに障壁は大きな軋む音と火花を発し、難民達からは悲鳴が上がった。そんな中で障壁を操ることをさせられている魔導師たちの額には自然と汗が流れ始める。

 

 障壁の形状変化自体は難しいことではないが、何千トンとある雪の下で、その圧力を受け続ける中で、さらには重さで圧縮された氷のような雪の壁を少しずつ押しのけていく作業は緊張感が伴う。

 特に圧力の変動によりかかるフィードバックは魔力の消費を跳ね上げる。フェンがあらかじめ彼らに魔力供給のレイラインを接続していなければ、保有魔力の半分を消耗しかねない大仕事であった。

 

《障壁縮小率40パーセント、傾斜70、傾斜路形成まで形状変更を続ける》

 

 徐々にではあるが、結晶のようにそびえ大量の雪と氷を押しとどめていた障壁が小さくなっていき、落下する氷雪が地上だったところへと大量に流れ込んで、真下の難民キャンプだった場所を押しつぶしていった。

 そしてキャンプが雪に潰されていくのを、難民達はどこか虚ろな目で眺めていた。別にあんなところに愛着があったわけではない。彼らにしてみれば本国にも戻れず、国際法でなんとか殺されないだけの牢獄でしかないキャンプは正直大嫌いだった。

 あえて思うとするなら、避難の為に集めた物資を粗方放棄しなければならなかったことぐらいであろう。

 

 やがて大障壁の傾きが最大になったとき、難民達の前には傾斜のついたトンネルが現れた。元々地上までつながっていた魔法障壁を変形させたことで地上へとつながるトンネルとなったのだ。ここを登ることで彼らは忌々しい雪の下からは解放されるだろう。

 

 先頭に立つ難民のひとりが歩き出す。つられて他の難民達も移動を開始した。彼らはこれより地上へと向かうのだ。圧死の危険漂う雪の下を出て、代わりに凍死か戦場の流れ弾で消し飛ぶ危険がある地上へと……。

 

 皆、表情は暗い。だれも何も言わなかった。

 

 

***

 

―――フロントライン・ペセタ市・PM5:51―――

 

 かつては常夏の街であったペセタ市も凍り付いては見る影もない。吐く息は白く曇り凍り付く。エラ・ブライリー上等兵は雪上に突き出したビル群を仰ぎ思う。このビルの影には何が潜んでいるのだろうと。

 

 彼女は小さな隊長の命令に従い、安全なルートを探る為、避難民の集団から先行して少人数を率いて雪上を歩き続け、行程の半分を踏破していた。ソナーセンスが高い仲間が、時たま感知する敵の反応を避けていける道を探して動き続け、ここまで来た。

 

 この仕事はある意味容易いと彼女は感じていた。容易すぎるといっても過言ではないかもしれない。懸念になるのは時折巡回している小グループの敵性反応だけで、いくつかある高層ビルの間にできた小道は全くの無防備であったからだ。

 

 敵の数や反応を見る限り、どうやらこの広い街の至る所に防御線の穴がある。まぁそれも当然のことだろう。まさか敵陣と化した街のど真中を避難民という大層な大荷物を抱えて進む一団があるとはO.C.U.のクソ共も思いもしないに違いない。

 

 だからだろうか。嫌な予感が消えない事にエラは苛立ちを覚えていた。滑った泥のような重い感覚が彼女の胸を締め上げている。考え過ぎとは考えない。この嫌な感覚こそ生命線。これに従い用心することで彼女はこれまで生き延びてきたのだ。今も、そしてこれからも。

 

「(とまれ)」

 

 やけに薄い声が脳裏にコダマする。エラは睨むように近くに居る男に眼をやった。敵に察知されないよう半径数m程度にしか届かない、非常に弱い短距離念話を飛ばしてきたのは、件の探査能力が高い仲間のマーク・ギディンズ上等兵だ。

 なんなのと視線を送ると静かについてこいとまた弱い念話が届いた。正味、弱い念話は雑音が入りあまり良い物ではない。だが彼女は黙って従った。この男が黙るということはそれだけの理由があるのだと長いこと同僚をしている彼女は知っていた。

 

 他の仲間にも同じように念話が送られていたらしく、黙って近場のビルの窓から乗り込んでいく同僚に従い、静かに音を立てないように続いていく。二つほど上の階に上った男は近場の窓にすり寄るとそこから階下を覗きこんだ。窓ガラスは冷気による急激な冷却で全て砕け散っていた。

 

 ビルを挟んだ反対側の通りには、雪の上に組まれたバリケードやら雪に掘られた塹壕があった。そしてそれを守るOCUの連中もいる。見える限りでタウルス3機、人間が6人。この環境下では誰がどういう役なのかが一目瞭然であった。すなわち比較的薄着が魔導師、ボディスーツの上にさらに分厚い防寒コートで厚着しているのが一般兵士だ。

 ご丁寧に一般兵はタイプ45個人防護装備を装備していた。完全に頭から足先までインナースーツで覆われる代物で、閉鎖型循環呼吸装置を内蔵し、対塵や対毒は勿論、対弾や対刃も考えられた敵側の傑作アーマーである。今のような特殊環境下においては特にその威力を発揮する装備であろう。

 

「(魔導師兵2、一般兵4、デカ物が3。小規模な陣地ね)」

「(ありゃあ、かなり前から準備していたな)」

「(なんでよ?)」

「(わかんねぇのか? タイプ45は兎も角、他のは基本的に寒冷地で使う防寒装備だぞ。武器にも寒冷地用の防氷カバーまでつけている。敵さん用意周到って訳だ)」

「(とにかく、敵の防御線の一つを見つけたって訳ね。ここを離れて隊長に報告を……)」

 

 敵陣地のことを本隊に伝えようとエラが言いかけた時だった。奥にいる2m級のタウルスのセンサー類が稼働し、スキャンを行っているのを彼女は見た。

 その瞬間“目があった”。機械兵器と目が合う、普通はそんなことはありえない。タウルスの目にあたる部分は唯のカメラであり目ではない。

 

 だが確かにエラはタウルスと目があったのだ。彼女の中で確信に近い何かが湧き上がり、それが彼女を突き動かす。マークと他の仲間の腕を引いて、すぐさま部屋の奥へと跳躍する。

 

 直後、氷とコンクリートの破片がエアロゾル化して、先ほど居た部屋に吹き荒れた。

 

 アードラー、四連装小型対人ミサイル。タウルスの肩部アタッチメントに搭載されている重火器であり、一発の威力と爆発範囲こそ低めであるが、その初速は非常に速く、狙われると厄介な存在。それを撃ち込まれた。

 幸い、勘が働いたおかげで装備も体も無事である。だがエラは冷静に判断しつつも舌打ちしていた。遮蔽物に隠れていたのにいきなりばれるとは、さぞやあのタウルスには優秀な機材が積まれているに違いない。先発の自分達の後に続く避難民たちは碌なステルスも施されていない状態なのだ。あのタウルス、脅威となる。

 

「マーク、生きている?」

「生きてるよクソッたれめ。後ろにいた連中もな」

「それは良かった。いまから撃ってきたタウルスのケツを蹴りにいくんだ。参加者は多い方が良いわ」

「……ああ成る程。装備は無事だしなクソッたれ。俺は上にいくぞ。本隊に暗号も出しておく」

「救援は望み薄だけど撤退も出来ないし、連絡しないよりもマシだわ。私は下ね。アンタたちもついてきて」

 

 彼女の傍で悪態をついていたマークであるが、すぐにエラの言いたいことを理解し、背中に背負っていた武器を下ろすと電源を入れて起動させて階段へと向かった。彼は腕に付けたタッチパネル式端末をいじっているので後続の本隊に向けた暗号文も同時に用意しているのだろう。

 今から送る暗号文の内容は単純だ。敵と接触し交戦状態。暗号を紐解けばたったこれだけである。上手く届けば本隊は対応を決める筈だ。すなわち、救援か、捨石か。

 

 もっとも、この場いる誰も暗号文をアテにはしていなかった。現状のペセタ市内においては、軍用回線はおろか衛星通信までが軒並みダウンしていて、軍のネットワークリンクが消失しているのだ。念話による通信すらも遠距離となるとジャミングされる始末であり、暗号通信もはたして届くのかどうかは五分五分といったところである。

 届くかもわからない暗号をアテにするなど、今からキルゾーンに向かう兵士がやることではない。思考を切り替えるように彼らは自分を殺人マシーンにする魔法の言葉を口ずさむ。我らは剣、我らは杖、我らは盾、我らは銃。一人は皆の為に、皆は一人の為に。

 暗示にも似たそれは兵士になったときから身に着けた、意識を切り替える為のスイッチであった。瞬時に意識を戦いに切り替え、エラは残った仲間と共に階下へと降りていった。

 彼女の後ろをフィリス・スピアー一等兵とレイモンド・ウェイ一等兵が続く。居場所はバレていたのだから、すぐにでも敵兵がこちらに向かってくる筈だ。狭いビルの中では出入口を抑えられると戦術的に脅威だ。逃げ場がないのだから当然である。

 すぐに移動して迎え撃てるポジションにつかねばならない。素早く飛び降りるようにして階段を駆け下りたエラ達であったが、出口の前まできた時、空気を切り裂く音がすぐ近くを通過した。

 

 接敵だ。

 

「ちぃっ! コンタクト!」

 

 エラは山になった瓦礫の影に飛び込みつつも、銃に着けられたデバイスに魔力を込め、マルチタスクで術式を展開する。初歩的なシューターが起動し、彼女の魔力を吸ったスフィアが形成され、魔力弾が瓦礫の影から飛び出していった。向かうは物陰に飛び込む一瞬捉えた人影である。

 水面に板を叩きつけたような、シールドに弾かれる音がしたことから敵は魔導師である。沈み込むような雪の上では身体能力を強化できる魔導師の方が機動力がある。恐らくは一般兵を置いて魔導師だけが先行したのだろう。

 

 元よりあんな粗製な魔力弾一発程度で倒せるほど甘くないとは思っていたが、敵が魔導師だと分かった以上面倒くさいことになったと彼女は思った。

 

 魔力弾への返答とばかりに敵のシューターが障害物を山なりに超えて飛んできたが、こちらを視認できていないからか軽く体を捻っただけで当たらず、床を抉っただけに終わる。近くの物陰に隠れたスピアーが敵に対し発砲するが、敵兵も近場の遮蔽物に身を隠したので互いに瓦礫を削岩するだけに終わった。

 

 追撃を掛けようとすると今度は別の方向から魔力弾が飛んできた。魔力光も術式の種類も異なることから別の敵兵だ。幸い敵魔導師は確認できただけで二人。こちらはエラを含めて四人。数ならば有利だった。

 

 先ずは注意を惹きつける。そう考え彼女が銃を構えようとするが、それよりも早く違う場所に隠れていたウェイがグレネードと叫びながら手榴弾を投擲した。出るタイミングを逃したが、敵を飛び越えた手榴弾が炸裂し、轟音と衝撃波をまき散らした瞬間、敵兵のひとりが遮蔽物から爆風に押し出されてくるのを並列加速処理している思考が捉える。

 

 おまけに、その敵兵はシールドを展開し忘れている。もう片方の敵兵へ仲間が攻撃を加え始めたのを確認したエラは、目の前の敵に躊躇うことなく発砲する。対魔導師用の大口径アサルトライフルから飛び出した高速徹甲弾は、遮蔽物から押し出されてしまった哀れな敵に吸い込まれていく。

 

 とはいえ敵も魔導師なので兵装防護服(バトル・バリアジャケット)により護られている。薄い防護フィールドであっても通常火器の銃弾くらいは防ぐ事ができるので、最初の銃撃はあまり効果を得られなかった。

 

 エラはそれを見ても動揺せず、冷静に物陰に身を隠すと手慣れた動作でライフルの弾倉をスムーズに交換し、再び敵が大勢を立て直す前に銃撃を再開した。同時に片手に魔力弾を形成しながら魔力を込めつづけ強装魔力弾としてキープした。

 

 エラは知っていたのだ。兵装防護服の防護フィールドは決して無限の守りではないということを―――数秒後に魔力弾に込めた魔力量が一定量を超えたのを確認したエラは、戸惑うこと無くそれを敵兵に投げつけた。

 

 銃撃の絶え間ない衝撃にダメージはないがバランスを崩していた敵兵は魔力弾の直撃を避けられなかった。軽い炸裂音の後、敵兵の身体に紫電が走る。強装魔力弾の直撃に防護フィールドが瞬間的に機能不全を起こした際に現れる光景だった。

 

 これまで幾度も敵味方双方のそれを見てきたエラは紫電が走った今この瞬間こそ、敵の防護服の守りが薄まった瞬間だと、これまで戦場で培った経験から学んでいた。だからエラは機能不全が回復する前に、最後の追い打ちにとライフルの最後の残弾を全て撃ち込んだ。

 

 銃弾一発二発は弱まったとはいえ機能していた防護フィールドに防がれた。しかし貫通力の高い高速徹甲弾を連発されれば、弱まった防御フィールドは弱まる。三発四発目から防護フィールドはさらに弱まり、五発目からついに弾丸が敵を貫通した。

 

 敵は貫かれた痛みで悲鳴を上げるが、まだ死んでいなかった。防護服表面の防御フィールドが貫通されるやいなや防護服を構成する魔力を瞬間開放し、周囲に強い魔力衝撃波をまき散らしたのだ。

 物理干渉力を持つ衝撃波により弾丸は逸らされ、敵は致命傷を避けることに成功していた。攻撃を防がれたエラは、だがそれを見て薄く笑みが浮かんだ。恐らく防護服のパージはデバイスが行った自動防御なのだろうが、それは自分を前にしては実に悪手だ。

 

「オォォアアアアアア!!」

 

 エラは胸元のナイフを引き抜き敵へと駆ける。敵もそれにすぐに気が付きライフルを発砲してきたが、もう遅い。銃撃の雨が己に触れる前に彼女は地を滑るようにして敵兵の懐へ飛び込み一閃。軍用ナイフの艶消しされた鈍い金属の光が敵魔導師の喉元を確実に捉えていた。

 防護フィールドが散らされた事で、今の敵兵には体を守る盾は存在しない。敵は本能か首を守ろうと自身の腕を上げたがしかし、身体強化で弾丸を避けられるまで強化された彼女の力と、よく研ぎ澄まされ魔力を乗せられ強化されたナイフの前には、その守りはあまりにも脆弱であった。

 

「カハっ!……ケハっ――」

 

 首元を掻き毟るように喉を手で押さえる敵兵。しかしゴポリと頸動脈から溢れ出る血液を止めるには手では無理だった。吹き出る噴水が、白い雪を赤い雪に変えていった。

 

 近接戦闘が得意な自分と当たった不幸を呪いなさいな――。

 

 エラがナイフに着いた血を払いながら、そう呟いた時、背後から叫び声がした。瓦礫に隠れていたスピアーが光る縄に拘束されている。バインド、拘束魔法と思考したところでバインドが輝いた。

 

 エラが何か叫ぶ間もなく、可愛そうなスピアーはバインドの魔力を使った放電と爆発で吹き飛んだ。ゼロ距離での殺傷力を高めた攻性拘束術式、スピアーが拘束された時に動揺しなければ、あるいは彼女のデバイスが“気を利かせて”ジャケットをパージでもしてくれていれば、彼女は助かったかもしれない。

 

 だが現実にはスピアーの思考は拘束されたことで停止しており、彼女のデバイスは自動防御の作動プロトコルが低めに設定されていたとみるべきだろう。プラズマ化した空気とそれに焼かれた肉と血の匂いが鼻につく。 

 仲間が吹き飛ぶところを見ていたエラも、ただ見ていたわけではない。マルチタスクに浮かんだスピアーを助けるタスクのいくつかをキャンセルしつつ、適切な行動としてサークルシールドを展開するタスクを選択。その陰に身を潜らせていた。

 スピアーが爆発するのと同時に、いくつかの魔力弾とバインドスフィアを飛ばしてきたのだ。バインドはエラのシールドに向かって飛び、シールドに接触するや否や、魔力の縄でシールドを包み込む。エラはシールドの展開距離制限を解除してすぐにその場から離脱した。

 

 攻性拘束術式は先ほどのスピアーと同じようにシールドを焼いて爆破していた。思った通りこれが敵魔導師の十八番なのだろう。幸いバインドのスフィアは遅いので、一か所に留まらなければ当たることは早々ないだろう。

 彼女はバインドを避ける為に近くの部屋に飛び込み、近場の机で身を隠しながら銃の弾を交換すると、すぐにそれを部屋のドアに向けた。

 

 開いたままのドアの向こうで、ウェイ一等兵がスパイク状の魔力弾の洗礼を受けていたが、ウェイは展開したサークルシールドでスパイクを弾きながら、むしろスパイクで開いた穴にライフルの銃口を突き刺し、そこから銃撃を行っていた。

 同時にウェイは背後に魔力スフィアを展開し、ビルの出入口あたりに隠れている敵兵に隙間のない弾群をプレゼントしているが見えた。だが長くはもたない。彼は一等兵であり魔導師だが魔力量はあまり多くないのだ。すぐに息切れを起こす筈だ。

 

「よう玉無しの大将! 弾があるならアタシに撃ち込みな!」

 

 敵兵の集中を乱す為、聞くに堪えないスラングを叫びながらも、ヘルメット一体型バイザーに映るHUDとリンクさせた【コッドSN99】アサルトライフルの照準を敵兵に向ける。ジャケットの魔力量を上げて防御力を上げながらウェイに加勢した。

 

 それに気を取られたのか敵兵の攻撃があまくなった時、ウェイが迂闊な行動をした。先ほどのエラと同じく叫びながら敵兵に肉薄したのだ。馬鹿が!とエラが悪態をついたが、悪態は動き出したウェイを止められはしない。

彼は片手で撃つライフルと魔力弾で敵兵を牽制しつつ敵の兵装防護服の防御フィールドを剥がそうと試みたようだが、接近したことでスパイク状魔力弾がシールドを貫通して逆に彼に突き刺さっていった。

 

 だが敵兵が魔力弾を撃つのと同じく、魔力弾で防御フィールドが薄まった瞬間に、ウェイの放った銃弾が防御フィールドを貫通。敵魔導師は銃弾と魔力弾で血を噴出して壁に激突し、動きを止めた。

 敵兵が動かなくなったのを見て、エラは敵兵に注意しつつウェイに駆け寄ったが、その傷を見て、ウェイはもうだめだと判断した。貫通した魔力弾に肉が抉り取られて焼かれ、脆弱な肉体を守る筈の防御フィールドも消失している。

 

 今のこの寒さではすぐに血肉が凍りつくだろうし、実際もう流した血は凍り始めていた。兵装防護服の機能をリブートすれば防護服の生命維持機能で、ある程度の止血をし、後方に下がらせることも出来ただろう。

 だが、先の無茶な突撃で彼のデバイスは破壊され機能を停止していた。これでは自動でバトル・バリアジャケットの再展開は不可能である。そうなると自力で再展開するしかないが、それを行うには彼の傷は深すぎであった。

 

 これでは自力でのリブートなど望めまい。そして、エラは彼女は治癒系の魔法を不得意としていた。とりあえずエラは自身のデバイスの格納領域から注射器を取り出し、ウェイに注射する。

 すると呻くだけだったウェイの呼吸が少しづつ安定する。注射器の中身は痛みを止める為の強力な麻薬だった。依存度は高いが代わりに完全な痛覚カットを約束する強力な薬。せめて、これ以上苦しまないようにしてあげたかったのだ。

 

「ウェイ、ウェイ……、聞こえてる?」

「不思議と聞こえます。もう痛みもないです」

「聞いて。多分アンタは助からない。言い残すことある?」

「……こいつを――弟に送ってください」

 

 ウェイは咳き込みながらドッグタグの鎖を引っ張り出す。そこにはドッグタグと一緒に鳥の骨と羽で出来た小さなお守りがついていた。エラがそれを受け取ると、ウェイは小さく帰りたいと呟いてから喀血し、腕が床に落ちた。

 幸か不幸か、血を吐く音に紛れてウェイの呟きはエラには聞こえていなかった。彼女は黙祷しながらウェイの瞼を閉じ、彼のデバイスを回収してスピアーの遺体にも向かう。スピアーのドッグタグとデバイスを探しつつ、ウェイと同じく黙祷を捧げながら、マークに通信機で通信をいれた。

 

「マーク、こっちは二人KIA! そっちは?」

《オラオラァ! どうした来い! 来いよ! ブリキ野郎ども! 俺の心臓はここだ俺を殺してみろォッ!!――あっ? 一般兵はそこらへんで転がってる! タウルスは一体だけ殺った!そっちは?》

「魔導師、全員殺ったけどね!」

《なら下から撃ってくれ! 小賢しい戦術プログラムもったのがいる! 幸いシールドバンカーは持ってないみたいだぞ!》

「良いことを聞いたわ! 了解! すぐにいく!」

 

 マークは死んだ仲間の事を何も聞かなかった。あるいはそんな余裕はないのかもしれない。絶え間ない銃撃の音はエラのところにも届いている。

 エラは壁に寄り掛かっている敵魔導師の頭蓋に向け、ライフルの弾を3発撃ち込んだ後、仲間の装備からデバイスを剥ぎ取ってから、すぐにビルから飛び出して路地裏を回って敵陣地の近くに移動した。

 

 ビルの影に隠れてワイヤーカメラをヘルメットのHUDにリンクさせながら、敵陣地の様子をうかがう。十数m離れた位置の陣地に置かれた防弾壁に隠れたタウルス達がビルにいるマークに向けて弾幕を張っていた。狙っているのはビルの屋上、そこにマークは移動しているのだろうとエラは考えた。

 マークが持つ【FV-20ブッチャー】は個人携帯の4銃身を持つ電気回転ドライブ式のペインレスガンである。毎分6000発の13mm口径のHEIAP弾は装甲やコンクリートなどに対し絶大な破壊力を持っており、人間なら撃つだけで猛烈な反動により体がいかれてしまうが、肉体を強化した魔導師ならば腰持ちでの運用が可能だった。

 敵陣地にはこのペインレスガンの餌食になり爆散したタウルスの残骸が一つと、雪に残る人だった物が散らばっている。マークがファーストアタックの時に掃射を行ったのは明白だった。対人ミサイル持ちを先に始末したのだろう。だからタウルスに最脅威と判断されマークは弾群を受けているのだ。

 

 まずはこちらに敵の関心を向けよう。エラは誘導魔力弾を幾つか生成し、タウルスに向けてビルの影から撃ちだそうとする。そのタイミングを計っていると、生き残りの敵兵が物陰で何かしているのが目についた。腰のホルスターから何かを抜いて空に向けている。

 その敵の行動に既視感を覚えたエラは咄嗟に魔力弾の射出を中止。手にしたライフルで敵兵に銃撃した。思ってもみない方向からの銃撃に驚いた敵兵は、その場でたたらを踏むが、すぐに身を起こすとエラの死角になる物陰に飛び込んだ。

 

 エラは舌打ちする。アレがなんなのかエラには良くわかっていた。アレを許すわけにはいかない。だが無情にも銃撃のほとんどは敵が陣地に設置した対弾防壁に阻まれ、敵兵を殺すに至らない。攻撃に晒されながらも敵兵は手にした筒状の物体から何かを空に撃ちあげた。

 

 強烈な光と艶やかな赤い色の煙が尾を引き空へと昇っていく。それは信号弾であった。この状況で敵は増援を呼んだのだ。信号弾を撃たせるべきではなかったとエラは悪態をついた。

 

「クソったれが! マーク! 敵さんタウルスだけでも厄介なのに仲間を呼び寄せたよ! あのチキン野郎が!」

《どっちみち戦えば周辺の敵が寄って来るのはわかっていた。多いか少ないかの違いだ。弾薬はまだあるし、このタウルス潰せばどうにかなる。おっとソナーセンスに感あり、敵さん集まって来てるぞ。歓迎してやらないとな》

 

 ヘルメットのバイザーに表示されるHUDのミニマップに敵性反応を示す光点がいくつか表示され始めた。ネットワークからは隔離されている現状、部隊内のデータリンクに収まっているが、マークが見つけた敵情報がアップデートされたのだ。

 

 マップには十数にのぼる光点が向かってきているのが映っている。泥沼の戦いが始まる。エラは溜息を吐きながら銃のマガジンを交換し、自身の装備と体感している魔力残量を確認する。

 

 まだ自信の保有魔力は4分の3程度はあるだろうか。後のことを考え極力魔力を消耗しないように、要所要所でだましだましで使っていたが、元々保有魔力があまり多くない彼女としては上々と言える塩梅であった。

 

 一応戦えると再確認し、エラはスピアーのデバイスを取り出した。彼女のライフルに取り付けられたデバイスにスピアーのデバイスを近づけると、スピアーのデバイスから小さな電子音が鳴る。使用制限がアンロックされ、友軍だけに再使用可能となった。

 

「借りるよスピアー」

 

 スピアーのデバイスの格納領域にアクセスし、そこから多目的噴進擲弾発射器【M45A9】を取り出した。いわゆるロケットランチャーであり、標準的な成形炸薬弾頭が装弾されたそれはタウルスを破壊するのに適した性能を有している。

 まずは邪魔な無人兵器から片づける。打撃力は手に入れた。後は攻撃するだけである。彼女はランチャーのスリングを肩に掛け、バトルライフルのコッキングレバーを引いた。

 

 さしあたっての問題は、先の射撃でこちらの存在がタウルス達に気付かれてしまい、ビルの影から頭を出せない事だろう。

 だが問題はない。誘導魔力弾を使えばタウルスはそれほど怖い相手ではない。彼女は先ほどキャンセルした術式を再度構築し、誘導魔力弾を再形成する。エラは先ほどのタウルスの配置をイメージしながら、シューターを解き放った。

 

 一つは地を這うように、もう一つは天高く飛びあがるツバメのように、ビルの合間から飛び出した魔力弾がタウルス達に襲いかかる。タウルス達の戦術プログラムが魔法攻撃に対し反応を示し、攻撃の種類を即座に判別し迎撃に移る。

 タウルスが両腕部に持つ14mm回転機銃が火を噴くと、飛び交うシューターはまたたく間にその数を減らしていった。魔力弾は魔力で形成されるが物理干渉を行う以上、物理的な干渉に影響を受ける。銃弾でシューターを迎撃できるのも仕方のないことだ。

 

「鉄の雨が降るってのも中々に嫌な物ね――プロテクション・フルドライブ!」

 

 エラが残った魔力を絞りだし、念のために防御魔法への強装化を行うと、身体強化した身体ごとタウルス達の前に身を晒す。装填する魔力量の増加により、彼女を守る黄色い魔力光を帯びた防御スクリーンがさらに輝きを増した。

 未だ魔力弾の迎撃に忙しい敵を視界に、担いでいたランチャーをタウルスに向けながら、その射線が彼女の脳内でタウルスと重なった瞬間。バックブラストを盛大にまき散らしながら、重たい成形炸薬弾頭が飛びかかりタウルスの一体へ目掛け強襲する。

 タウルスは上空から迫るシューターの迎撃に武器をまわしていたので、迫りくるロケット弾頭に対応するために腕を降ろした時には、ロケットは胴体まで残り数歩という位置に到達。回避する間もなく轟音を上げて爆風をまき散らす。一体潰した。

 

 この瞬間、彼女は仁王立ちで最後のタウルスの前に身を晒していた。タウルスはすでに両腕を降ろし、射線を彼女に向けていた。銃口が唸りブザー音のようにがなりたてながら大量の弾丸が吐き出される。ロケットを構えたままの彼女はロケットが邪魔で素早く動けないでいた。

 弾丸は全て彼女へと殺到する。それを彼女は防御魔法で受け止めた。直前に張られていた防御魔法の輝きにより遮られる14mm回転機銃。その掃射はコンクリートすら粉砕する。魔力を多く込めた黄色の防御スクリーンが、弾丸が命中するごとに徐々に細かな魔力片となってまき散らされていった。

 5秒も持たない。そう思わせる銃撃を前に、エラは全く動揺せず一言告げる。

 

「やれ」

≪ああ≫

 

 空からの鉄の雨。エラは一人で戦ってはいない。仲間の攻撃が鋼鉄の人形をガラクタへ変えるのを特等席で拝めるのだ。

 ああ、これが蜂の巣になるということ。降り注ぐ弾丸を前に、戦車よりも薄い頭頂部装甲は簡単に穴が開く。穴が開けば高速の弾丸が中で暴れまわるのだ。中の脆弱な電子部品が耐えられるはずもなかった。

 僅か数秒に満たない掃射。目の前で行われた銃撃が終わると、タウルスは力尽きるようにして崩れ落ちたのだった。

 

「……ふぅ」

 

 おもわず息を吐いたエラ。これで終わりなら気を抜けるのだが、残念ながらそうは問屋が卸さない。これより、先の信号弾で集まってくる敵を誘引して退避しなければならないからだ。今彼女たちがいるのは難民が通るであろうルート、できる事なら敵をそのルートから遠ざけねばならない。それが仕事だ。

 

 そういえば先ほどの敵一般兵はどうしたのだろう。表示されるHUDには近くに生体反応がない。逃げたか、それとも……。エラは迷うことなく、防御魔法を解除しないで防弾壁裏側へ回り込む。

 そこに居た。もっとも、もう半死半生であったが……。頭上からタウルス目掛けて掃射されたFV-20【ブッチャー】の巻き添えを食らったのだろう。アレは魔導師が保持するとはいえ、掃射を行えばその反動で銃身が“ブレ”る。

 弾丸は敵兵の左肩を抉り、同じく太もも、膝も巻き込んでいた。辛うじて意識はあるらしいが、すでに口からうわごとを垂れ流している。生きている屍、その表現がここまで似合うのも珍しい。

 エラは溜息を吐きつつ、胸元のナイフホルダーからナイフを抜いた。ペインレスガンの【ブッチャー】を真面に喰らってくれていれば苦しまなかったのに哀れなことで。

 明日は我が身と知る身だからかこそ、もう抵抗できないであろう敵兵を哀れに思うのも許されるだろう。だから。

 

「……いつか来世でね」

 

 失血の所為か、もうろうとしているのか。いやさ、その眼にあるのは敵意だけ。よく知っている眼であった。自分も新兵の頃はこんな風だったわね、そう感じつつも彼女は手を軽く動かした。項垂れる敵兵。これでもう動くことはない。

 素早く、まるで扇を優雅に煽ぐかの如く自然に動かしたナイフ。首を掻っ切られたことにも敵兵は気づくまい。それだけ絶妙に動かしてやったのだから。

 付着した血液を振って飛ばし、雪で拭いてからナイフホルダーにきっちりはめ込んだ後、彼女は敵兵の死体を“よく見えるところ”へ放り投げて、唯一の仲間と化したマークがいるビルの屋上へと身体強化を使って壁をスルスルと登っていった。

 

 

***

 

 

「(きたぞ)」

「(確認したわ。4、7――総勢9、それと無人機が6……楽しいじゃない)」

「(実にクソッたれな状況だなオイ。惹きつけられれば良いが―――)」

 

 敵が雪に埋もれたビルの角を曲がり向かってくるのがエラ達のいるビルの屋上からは良く見えていた。あの数と戦うとなるとその機会は一回が精々だろうとエラは思った。先制攻撃すれば必ず居場所がバレてしまう。ファーストアタックでどれだけ殺せるか、それが肝心だった。

 

「(合図で一斉に全力で攻撃する)」

「(スピアーとウェイの置き土産がまだあるからプレゼントしてやるわ)」

 

 すでに死んでいる仲間のデバイスから別の【M45A9】を取り出し、予備も含めて近くに立てかけてある。本隊に近づけない為には、敵を惹きつける盛大な花火を与える必要があった。

 その点、この多目的噴進擲弾発射器は最適だった。突き進むロケット弾は実に派手で敵の目に留まること受け合いだ。これを撃てば確実にこちらを狙うという確信があった。エラはライフルを背中に回し、両肩に一本ずつこの危ない鉄棒を乗せて構えた。

 

 合図があればいつでも撃てると思った。

 

「(エラ!)」

 

―――その瞬間何が起こったのかをエラは思い出せなかった。

 

 マークが叫ぶような悲鳴をあげたと思った直後、赤い光と全身を揺らす衝撃と轟音が響いたと感じた直後、全身が痛みをうったえたのだ。いやに遅く見える世界、気が付けば身体は床に叩き付けられて上手く動かせなくなっていた。

 彼女は緩慢とした動作で首を回す、ああ、これは攻撃を受けたのか。

そうエラの分割されたタスクの中にある冷静な意識が呟いた。そしてすぐにタスクはおぼろげな霧の彼方に消えてしまった。全身を走る痛みによりタスクを展開ている余裕がなくなったのである。

 

 見れば、すぐ近くの瓦礫の影にマークが倒れていた。そこは先ほどまで潜んでいたコンクリート壁の近くで壁が完全に破壊されている。エラは理解した。敵に花火を送るつもりが逆にしかえされたのだ。赤い光が視界に映ったのは敵の魔法だろう。砲撃魔法で遮蔽物ごとぶっ飛ばされたのだ。

 

 糞っ。そう息を吐くように呟きつつ視界をマークから外した。エラはもう動くつもりはなかった。動きたくても体がいうことをきかなかったのである。

 うっすら赤い色に潰された視界の先には、OCU側の戦闘防護服(バトル・バリアジャケット)を纏った敵魔導師とその部下たちが、こちらに向けて銃口と環状魔法陣の射線を展開しているのだ。満身創痍ではどうあがいても逃げられないだろう。

 

―――……いや。なにを諦めたのだろう。

 

「ハッ……逃げるわけには……いかないんだよ」

 

―――いつかの悲劇を、避難民の車列にミサイルで爆撃した連中を前に。

 

「ぐ、あぁああああッ!!」

 

―――倒れているなど、論外だ。

 

 いつか見たあの光景が脳裏に浮かんでは消える。

 

  燃え上がる車列、

   仲間だった物、

    伸ばされる手、

     掴めなかった手、

      生き残ってしまった自分。

 

 今も戦場にいる根幹はとてもミニクイもの。

 

 エラは立ち上がる。もう継戦能力がどうなるかは考えない。全力で残った魔力を振り絞る。体が動かないならば魔力で動かせばいい。その為の魔導師で、その為の魔法。

 

 エラが立ち上がるが敵はまだ撃とうとしない。立ち上がりはしたが足元も覚束無いエラを見て蔑んでいるのか。それとも―――こんな状況なのに頬までつり上がった笑う顔を造ったエラに何かを感じたのか。

 

 

 だが、エラの奮闘はそこまでだった。砲撃魔法の衝撃は彼女の身体の芯にまで響いており、そのままエラは後ろへ倒れた。笑ったままで……意地は見せた。最後まで戦う。それがエラの意思だった。

 

 それを見ていた敵魔導師の一人が進み出る。ふるまいからして隊長と思わしき女がエラに近寄った。憎悪か、憤怒か、憐みか、険しくも様々な感情が入り混じった眼でエラを見降ろし、今は主流でなくなった杖型デバイスの先端をエラの頭に向けている。

 エラはされるがまま笑ってそれを見ていた。動こうにも力が入らず、朦朧とした意識を保つのが精一杯、唯一出来ることが笑うことだけ。何故笑いが浮かぶのか、それはエラにも解らなかった。

 女隊長はそんなエラの笑みが不愉快だったのか、あまり慣れてはいないのだろう。拙く聞き取り辛いUSN系の言語を口にした。

 

「笑ウな。オ前らが笑うナど、許さない」

 

 エラはより一層笑みを深めた。それが今、敵に対してできる最高の返事だから。

 

「向こうデ、私ノ部下に詫びロ」

「テメェも……わたしや戦友に詫びる、か?」

 

 そういって壮絶な笑みを浮かべるエラ。この態度を受けて逆に凄まじい憎悪を滾らせた女隊長。彼女の持つ魔杖がエラに押し当てられゴリっとヘルメットから音が出る。エラは眼を瞑らなかった。

 

 これで最後なら、たとえ魂が浄罪界に墜ちても、このクソッたれな場景を忘れないようにしなければと、そう感じたから……。

 

 女隊長からにじみ出る魔力が光を放ち、杖を包むように環状魔法陣が展開されていく。それと同時に杖を中心に紫電が走るのがエラには見えた。見たままなら至近距離での砲撃魔法で跡形もなく吹き飛ばすつもりだろう。あるいは、何か殺傷性のある魔法かなにか、か。

 

 そういえばマークはまだ倒れたままであった。どうせすぐに後を追ってくるのだろう。共に帰らない哨戒任務に向かうところまで一緒とは随分な腐れ縁だな、と考えつつ、エラは自分に魔法が放たれるのを待った。

 

 しかし、いざ砲撃魔法が解き放たれようとした瞬間、女隊長と彼女が手にしていた魔杖ごと、二条の光が飛びかかり吹き飛ばすのを、最後まで見届けようと見開いていたエラの眼には映っていた。

 

《こちら、レッドクリフ01》

 

 ノイズが僅かに走るヘルメットの通信機から、最近聞くようになった幼子の声が聞こえる。その声の主は、非常にフラットな声で簡潔に一言、彼女らに告げた。

 

《援護する。射線上に絶対に立つな》

 

 立とうにも立てないんだけど。そうエラが思ったのかは定かではない。されどその通信とほぼ同じくして、先ほどの光線と同じ白い光が幾条も飛来し、彼女の目の前を通過してゆく。

 光線は音もなく直進し、吹き飛ばされた女隊長に驚く敵兵を次々と刺し貫いていった。 最初に攻撃された女隊長が正気に戻ったとき、彼女の部隊はほぼ壊滅。殆ど全ての部下が戦闘防護服を貫通され、死んでいるか重症というありさまであった。

 敵の女隊長はそれでも戦おうと、破かれた防護服から血を流しながらも、果敢に攻撃がされた方角へと杖を向ける。

 

 だが―――

 

《援護終了。救援に当たる》

 

――その通信が入った直後に、光弾が四発飛来し命中した。

 

 女隊長目掛け殺到した光弾。一発目はシールド魔法にヒビを入れ、二発目が破壊し、三発目が戦闘防護服を吹き飛ばし、最後の四発目が頭部をスイカのように吹き飛ばしていた。初撃で完全にこちらを潰した敵のあっけない幕切れであった。

 

 流れ出る赤い液体を呆然と眺めるエラは、直上を通過した4発の大型魔力弾に気が付かない。通常よりも大きく、そして弾速が遅いそれは、弧を描く様にビルとビルの谷間を抜けて、地上に展開していたタウルスを爆炎の中に消し去っていた。

 

 もしも、彼女がその魔力弾を見ていたなら気が付いた事だろう。それは、かつて基地で暇つぶしに部隊全員で作り上げた、“小さな隊長用”の術式。

 

―――その名も『ガルヴァドス』

 

 彼らが知る術式の良い部分を混ぜ合わせようとしたら、結局はただ威力のある弾頭を一定距離に撃ちだすだけとなった失敗魔法。重力干渉を受ける謎の術式。

 

 そして、それを使うのは、彼女らが知る限りたったの一人。

 

「ブライリー上等兵」

 

 霧の向こうから響く声のように、自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたエラはそちらを見た。そこには金属とも有機体ともつかない物質で出来た人型でありながら人足らぬ物の姿をする小さな小さなナニカが立っていた。

 それは、自分を覗き込むようにして膝をついている。これはなんだったか、そこまで考えた時、その存在の面が割れた。いくつもの鉄片に分かれるようにして収納されていく面の下から現れたのは、ここには似つかわしくない幼子の顔。

 

 人と同じ顔つきなのに、その表情はどこか人形のようで感情を映さない。体を覆う機械の姿も人形然とした空気をよりいっそう強くする。だがエラは感情を映さない幼子から哀しいという感情を垣間見た気がした。顔には何も浮かんでいないのにもかかわらず。

 

 ああ、そうだ。これは『隊長』だ。唐突に思い出せた。

 

「生きているな上等兵? 眠たいだろうが有給休暇はまだ先だ」

「……了、解」

 

 なんとか絞り出せた言葉は、伝わっただろうか? そこで彼女の意識は落ちた。

 

***

 

『エラ・ブライリー上等兵、バイタルは正常値内、意識を失ったようです』

「そうか」

『マーク。ギティンズ上等兵も同じく気絶しています。――小範囲スキャン終了。一等兵のレイモンド・ウェイおよびフィリス・スピアー両名のKIA確認。マップデータにマークしておきます』

「……ああ」

『―――マスター』

「なに?」

『……お気を確かに。ここはまだ戦場です』

「ああ、わかっている」

 

 フェンの唯一無二の相棒と言えるヴィズが淡々と告げる現実は、機械的な音声も相まって妙に耳につく思いであった。目の前に横たわる傷ついた部下、そして雪に半分埋まっているビルの中に“ある”部下。指揮権を渡されてからの初めての死者である。

 なにを間違えたのだろうか? 安全なルートを探るだけでよかったのに……、そう呟く声が頭の中に響いた気がした。いや、それは現実を直視したくない弱気な精神が生み出した幻聴であった。

 

 現実を見ろ、すでに二人も殺したじゃないか、だれが、お前が。最悪の中での最善を求めようとした結果がこれだ。その責任はどこに背負えばいいのだろうな。

 

 自問自答、責める幻聴を聞き流しながら、フェンは生きている二人の部下に応急処置を施すと、よいしょっと立ち上がり歩き出した。ビルに入りKIAの部下を確認する。その為には一度そこへいかねばならない。

 それらは、そこに“あった”。一人は酷く損傷し、一人は穴がたくさん開いていた。どちらもすでに凍り始めている。正常な精神であったら直視できないだろう彼らをフェンは身体強化魔法を使ってビルの一部屋に並べ、詳しい場所だけをヴィズに記憶させてからもう一度二人の顔を見た。

 

 許しは乞わない。ここに置いていく不義理を許してほしい。そう願いながら部屋を後にした。死者は丁重に扱うべきだろうが、今は生者こそが優先されるのだ。

 

 

―――フェンがエラ達の下に戻ると、後続の部下がすでに到着していた。

 

「やっと追いついた……隊長。こいつらをレンチャックに診せます。それにしても運がいい。隊長がこなきゃこいつら全滅でしたよ」

「ん、ジェニス。ありがとう」

「………隊長、気に病むなよ。こういうのが普通なんだ」

「……うん」

 

 副官のジェニスの言葉が、心配してくれている言葉がいまはフェンを苦しめるものでしかなかった。肺腑に突き刺さる優しい言葉の所為で息が苦しい。思わず胸を押える仕草を取るが硬い装甲に守られた胸板を押えることはできなかった。

 

 慣れるしかない。慣れるしか……。

 

 いつしか暗示のように呟くようになった言葉を脳裏で呟きつつも職務を全うせんと動くフェン。彼は解っているのだろうか、この言葉を呟くたび、ヘルメットに隠された彼の顔がどんどん冷たく色を失っていくのを……。

 

 鏡のない今、それを知ることは出来ない。例え出来たとしてもそれをどうにかできるようなやり方を彼は知らない。今できるのは引き連れた避難民の安全を守る、ただそれだけであった。

 




※妄想戦記の小説情報をふとのぞいて見たら、賛否両論って言葉がぴったりな感じに評価されておりました。うーむ、何故か戦争モノを書いてると暗くなっちゃうんですよね。それが原因か、はたまた詰まらないって話なのか……後者だと辛いなぁ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。