妄想戦記   作:QOL

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大変長らくお待たせいたしました。

投稿再開です。


「味方部隊と分断されたら、合流するまで気がぬけんわい」

Sideフェン

 

 廃墟と化した地下鉄の駅の中が凄まじい轟音で満たされるのと、地上を支えていた柱が崩れ、土砂とコンクリートの混合物が俺の上に降り注ぐのは殆ど同時だった。

 

 視界が激しくシェイクされる。耳障りな岩をすり潰す音が装甲を通じて体の芯にまで響く。頭の天辺から足先まで鉄串で刺され、そこにバイブレーションを加えられた不快な振動が収まるまで現実時間で十数秒ほど、体感時間ではそれこそ永遠に感じられた。

 

 問題は崩落によってヴィズの安全措置システムが起動し、逃げ遅れていた部下のケツを蹴り上げた体勢のままで関節がロックされたので、体操でアキレス腱を伸ばす時の体勢みたいな開脚を強要されたような形となった事だろう。

 

 おかげで俺のお股がすこぶるヤバイ。どれくらいヤバイかというと今はまだ飾りのゴールデンボールが圧迫されている。このまま使用可能になる前に使用不可能になっちゃったらどうしよう…。

 そうなると劇的魔法ニューハーフ・フェンの爆誕か。洒落にならん。

 だ、大丈夫だ。俺は自分の手で造ったヴィズを信じるぜ。

 

 しっかし、アーマーの外側は大惨事だというのに、ヴィズの中は酷い音と振動があるだけで先の一部以外は平穏無事そのものだな。ヴィズの装甲はカーボンと擬似魔法物質の複合装甲で形成されている。その軽さとは裏腹に剛性と耐久性に優れているのだ。

 

 装甲表面には常に薄いシールド魔法の膜が張られている。この装甲シールドが崩落によって鋭利な刃物と化した瓦礫の角を受け止め、その破壊のパワーを減衰させる事が出来るのだ。

 

 ただ通常のシールド魔法と異なり、装甲シールドの出力はそれほど高くは無い。意識を向けていない自動展開だと、大口径ライフルを受け止められる程度だろう。なので下手な質量兵器よりも威力がある崩落の破壊力の前には突き破られてしまうだろうが、その代わりに崩落で生じた大部分の運動エネルギーを引き受けてくれる。

 

 そのお陰で俺は怪我をしなくて済んでいる。ありとあらゆる兵器が飛び交うことを想定し、出来る限りの頑強さを追求した設計思想にしておいて正解だったな。もっとも生き埋めに関しては想定外だったけど…。 

 

 そう、生き埋めだ。僅か数センチ先の装甲板の向こうは人間程度の肉体を圧壊させるに十分すぎる圧力に支配された世界が広がっている。ヴィズの装甲のおかげで肉体は無事だったが、普通ならペッちゃんこになっているところである。複合装甲とシールド様々であった。

 

 ああ、それにしても久しぶりの感覚だ。なんせ生き埋めにされるのは、これがはじめてという訳ではないのだ。今よりもさらに未熟だった頃、母上との魔法訓練の中でしょっちゅう体験していたからな…。

 

 いまでも思い出す。非殺傷設定なのに捲れあがる大地と大量の土砂の津波…手加減なしで吹き飛ばすのは、ホントにカンベンしてくれ…。

 

「はぁ…」

 

 思い出した色々と涙ぐましい思い出にため息を吐いた。このまま貝にでもなれたらどれだけ楽な事だろう。今は崩壊の音色で騒がしい事この上ないがしばらくすれば静かになるだろう。そうなれば地上の戦いなど関係ない静かな世界への扉が開かれる。戦場で擦れた心身には、とても心地よく感じるはず。

 

 だがそうする訳にもいかないのが国家公務員の辛いところである。こんな状況に陥れてくれた敵の無人戦闘機械タウルスめ。テメェは今度から絶対にスクラップだ。理由は唯一つ、シンプルな答え、テメェは俺を怒らせた。

 

 冗談はさておき、実際今度タウルスを見かけたら完全に中枢部を破壊することにしよう。どんなに頑丈でも胴体を消し飛ばせば動かないだろうしな。ぶっ壊せば安全だ。

 

 思考に一端の区切りをつけた後、今だ崩落の音が響く中、俺はとりあえずヴィズが壊れていないかを調べる事にした。製作者なのでヴィズが凄く頑強であるのは解っていたが、それでも念には念を入れた。実際いざ動こうって時にぶっ壊れてたら洒落にならんし。

 

 んで、ダメージチェックの為にヴィズに命じて簡易的ながらスキャンを実行させた。自分で言うのもなんだが、俺のこの小さい身体を走査するなんてのは実際一秒も掛からない。0,3秒でスキャンは終了し、その結果が視界を覆うHUDの隅っこに表示された。

 

 スキャン結果はノープロブレム。装甲シールドを突き破った瓦礫により、複合装甲の表面に多少傷が付いていたが、致命的損傷は見受けられなかったからだ。

 

 これはひとえに装甲シールドのおかげであろう。このシールドが張られていなければ、複合装甲だけでは圧力に耐え切れず、バイタルパート防御増し増しな胴体部分はともかく、手足の装甲が重量負荷に耐え切れず潰されていただろう。

 

 骨ごと粉砕する形で潰されると、いくら治癒魔法であっても直りにくい、無理に治そうとすると痛い通り越して熱いんだアレは…。

 

 それはともかくHUDに同時に表示された各種ダメージレポを読み進める。それによれば、強化装甲型デバイスであるヴィズの本体にあたる胸部のアーマーは、内部機構も含めてほぼ無傷なので問題は無い。

 

 ただ、チェックを進めていく内に判明した重度の損傷は、本体ではなく展開したままだったサブシステム、新規に開発した補助兵装デバイスのジェットパックの方だった。

 

 姿勢補助用に両肩の後ろ側で上に伸ばしたサブスラスターが、運悪く瓦礫と瓦礫の間でへし折られてしまい、完全に御釈迦になってしまったのだ。カーボンと擬似物質の複合装甲の外装ではあったが本体に比べれば薄く、装甲シールドで囲わなかったのが仇となったようだった。

 

 メインスラスターは問題なく使える様なので加速する時の姿勢制御が難しくなった程度の損害ではあるが、もしまた戦闘が起った時は気をつけないといけないだろう。

 

 それにしても凄く重たい瓦礫に潰されても、殆ど壊れてないとは、そういう意図で製作しておいて自分で言うのもあれなんだが、相棒であるヴィズはホントに阿呆みたいな耐久性だよな。

 

 今はそれほどでもないけど制作してた時は本当に戦争が怖かったんだろうな。いまじゃ火中の栗を掴むところか、どっぷりと火中に浸かってるから以前よりも怖くは無い…いやさ、怖いけど我慢できる。麻痺してきてるって事なんだろう。

 

「…いかんいかん」

 

 首は振れないが気分はそれ。余計な方向に思考がずれていたので心の中で頭を振って思考を切り替えよう。とにかく内部機器は殆ど無事のようなので、これなら自力で瓦礫から抜け出せそうである。

 

「ヴィズ、関節のロックを解除。同時にパワーアシスト・マキシム」

『イエス・マスター―――ロック、解除しました』

「…ウっ」

『心拍数が上昇中。大丈夫ですか?』

「ン……大事ない」

 

 抜け出すためにヴィズに指示を送り、間接ロックを解放したのだが、固まっていた関節が自由になった途端、グンって感じで各関節に掛かる負荷が増大した。

 

 思いのほか強い負荷に思わず声が漏れたが、パワーアシストと身体強化を同時展開しているので大事無い。身体が動かせるようになったので、今度は身体強化をフルパワーに発揮させ、身体を起き上がらせていく。

 

 何十トン、下手すれば何百トンにもなるであろう瓦礫が徐々に動いていく様は前世の常識からしてみればなんともはや…。

 

 確かに持ち上げられるだけのパワーがあれば物体は持ち上がるが、子供のサイズでこのパワー、魔法は偉大である。無論、この状況でのしかかる瓦礫を完全に持ち上げることは、魔法の力を以ってしても不可能だ。精々が瓦礫と瓦礫の間に小さな隙間を作ることしか出来ない。

 

 だが、俺にはそれで十分すぎるスペースだった。これで次の手が使えるからである。

 

「ジェットパック……点火(イグニッション)」

 

 直後、背部からガコンという内部機構が稼動する音が響いた。

 

 魔導式マイクロエンジンに繋がるスラスターベーンから圧縮された魔力が吐き出され、背中周りがスラスターの白い魔力の排気炎に包まれた。

 

 HUDの端が青白い光に染まるのを横目に、先ほど解除した腕の関節を再びロックする。固定したことで腕が動かないので、持ち上げるための力が分散せず、今必要なことに集中していく。

 

 パワーアシストと強化魔法、大出力のジェットパックのスラスターが少しずつ圧し掛かる瓦礫を持ち上げてゆき―――

 

《ゴゴゴーンッ!!》

 

―――パワーに押し出された瓦礫は大きな音と共に前へと倒れたのだった。

 

 

………………………………………………

 

 

………………………………

 

 

……………………

 

 

「ハァ…どうするか、な…」

 

 生き埋めから脱した後、アーマーの中にパラパラコンコンと細かなコンクリート片が外部装甲に当たる音が響く。瓦礫を動かした影響で一旦収まった崩落が再び動き出したらしい。

 

 さすがに何度も埋まる趣味は無い。幾ら頑丈とはいえヴィズが壊れない保障はないし、第一精神衛生に非常に悪い。少し離れた位置に移動する事にした。

 

 天井部の崩落で粉塵が舞い上がり、その所為でかなり視界が遮られて前方が見辛いが、画像表示をセンサー補正に切り替えれば問題ない。

 

 赤外線やらサーモやらミリ波レーダーやらで補正されたCG画像を頼りに粉塵の中を進み、崩落現場から少し離れたあたりまで移動してから、ようやく一息つく事ができた。

 

「まったく、今日は厄日だ」

 

 吐き出した溜息と共に思わずそんな呟きも漏れてしまう。敵発見はまだしも、生き埋めになるなんて厄日なんじゃなかろうか?

 

 ともあれ粉塵煙がまだ色濃く舞ってはいるが、天井まで届くほどの瓦礫の山を見るに、完全に改札に続く階段が埋まっている事だろう。

 

「どうしようかな」

『マスター、意見具申を提案』

「うん…?――許可する」

 

 そんな時、相棒である優秀なAIがなにやら伝えたい事があるらしい。許可したところHUDになにやら新しいウィンドウが開き、そこにCGによる地下鉄構内の見取り図が表示された。

 

『有難うございますマスター。さて、本機のメインシステムに異常はありません。各種センサー作動させ、地形状況の変化を確認し、地形データをアップロードしました。

 そのデータを元に、このペセタ市営地下鉄の構造から状況に適したサブプランを構築し、提案します。この先、前方200m先に整備用の地上階段があります。そこから地上に出て合流ポイントに向かわれるのが時間的にもベターかと思われます』

 

 電子音声に併せてウィンドウの見取り図にマーカーやルートナビが表示され、殺風景だったCG見取り図があっという間に賑やかに…。

 

「あ、ああ。その提案を了承しよう」

『では戦術オプションとしてマーク、HUDに表示します』

 

 そういうとHUD方位磁針に菱形をしたマーカーが表示され、同時にルートを示したミニマップまで視界の邪魔にならない範疇で現れた事に驚いた。元々ヴィーザフのHUDにナビマップのアプリは存在しない。ヴィズの奴、自分でナビをする為に瞬時にプログラミングをしたというのか…。性能の無駄使いだな。

 

 だが、それにしても―――

 

「ヴィズよ」

『なんでしょうか?』

「お前…心、読んだ?」

『本機のデータからマスターの思考パターンをシミュレートしてみた結果ですが?』

「あ、あそう…(ヴィズさん、パネェッス)」

 

 最近、思考ルーチンの自己進化が著しいヴィズに軽い戦慄を覚えたのだった。

 

…………………………

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

 さて、ナビに示されるがまま明かりが消えた地下鉄トンネルを進み、整備用階段から地上へと上がった俺は、何か起きた時すぐに合流できるように予め定めておいたポイントに戻ってきていた。

 

 そこは空爆によって半壊した高層ビルである。

 

 この高層ビル群が立ち並ぶ界わいにおいて、一際大きいビルであるその場所は、かつてはハフマン島における鉱物資源の輸出を一括管理する部署が置かれていた場所であるらしいとジェニスから聞いた。元々ハフマン島は鉱物資源が豊富で、それ目当てに入植したのだから、そういった部署が一番大きいビルにあるのも頷ける。

 

 だがそんなハフマンを象徴するかのような大ビルもミサイル空爆を受けた事でビルの上半分が斜めに傾いて“く”の字の形で折れて曲がっている。お陰で空爆により変化してしまった街中にいても、遠目から見て解りやすい目印となっているのだからなんともはや…。

 

 ともあれ、その分厚いモルタルと鉄骨の壁によって守られているそのビルはレッドクリフ隊をとどまらせるには十分なスペースがあった。

 

 その考えが正しいと証明するかの如く、ビルの入り口には何人か見知った顔が周辺を警戒していた。名目上隊長の俺と違い、レッドクリフ隊副長のジェニスは古参の隊員らしく言わなくてもやるべき事をやってくれる。あれ?俺って居なくてもよくね?

 

「(ただいまー)」

 

 とにかく合流しよう。俺は念話を送りつつ、ひょこっと物陰から顔を覗かせた。なぜ念話を発信したかというと、軍で使われる念話通信には混線やら妨害を避ける為に味方同士でしか使用できないようになっているからである。

 

 それなのに顔を見せた途端部下たちに何故か驚かれた。おかしいな。一応IFF(味方識別)コードも同時に発信しているから向こうも俺が誰だか解っているのに…後で聞いてみたら土砂の下敷きにあい、生き埋めになってると思われてたから、こんなひょっこりと現れるのは予想外だったらしい。

 

 戻ってきた俺に対して部下たちは様々な反応を見せるが、概ね生きてたんだー良かったねというドライな感じだった。俺が着任してからは“まだ”だけど、この隊は元々隊員の損耗率が高い部隊だったらしいから、KIAもMIAも慣れっこなんだろうな。

 

 いずれは俺もあんな風にスルーできるようになってしまうんだろうな。あんまり慣れたくは無いことだけど…心を強く持とう。

 

 

***

 

 

「おお隊長………生き埋めにはならなかったんですかい?」

「ジェニス。その質問は合流してから12回目」

「本物…っすよね。隊長以外にそんなメカチックな装備を持ってる酔狂な魔導師なんていないし」

「酔狂でも伊達でも役に立てば問題ない」

「問題ないって…。まぁいいですが、おかえんなさい」

 

 ビルの奥に進んで待機していた連中と一緒にいたジェニスと再開した。入り口で見張っていた部下たちから連絡が来てるので特に驚いた様子ではない。

 

「(俺よりも)先に脱出した連中は?」

「連中も伊達に生き残ってきたわけじゃないんで大丈夫です。監視してたら突然粉塵と一緒に飛び出してきたんで、思わず地下で自爆テロでも起きたのかと思っちまいましたよ。しかも出てきた連中から事の次第を聞いてみりゃ、隊長が崩落に巻き込まれたって言うし…。話が逸れましたが、探索チームは隊長以外は負傷者一名だけで全員無事です」

「負傷者?」

 

 はて?戦闘で怪我を負った奴はいなかったし、がれきに埋まる前に全員逃したはずだが…?一人だけ逃げ遅れていたから、わざわざ強化魔法を使ってまで思いっきり蹴り上げて上の改札まで蹴り飛ばしたのに…。

 

「ええ、ケツ抑えて呻いてます」

 

 あ、どう考えても俺の所為だね。本当にありがとうございました。

 

「レンチャックが驚いてますよ? “陥没してる”って。エドガー坊やまでヒデェってドン引きしてましたよ?」

 

 そういってジェニスが指を向けた方にクルンと顔を向けると、そこにはすやすや眠るエドガー君の隣で、ロビン・ガウナ衛生兵に治癒魔法を掛けられ続けている人が一人蹲っている。尻を抑えて…うわぁ。

 

「バリアジャケットが無かったらどうなってたことか…。隊長は技量だけは高いんだから力加減考えてくださいよ」

「ごめん」

 

 妙に【だけ】を強調した言い回しである。やっべ、蹴り過ぎたか。

 ごめんよ、スタンレー一等兵。次回があったら気をつけるよ。

 

「でも…生きていれば、きっといい事がある。怪我は治せるから生き埋めよりはマシ」

「尻が陥没したヤツが気絶する前に託した伝言で『チビスケ隊長よ、ケツ押さえて待ってろ』と言っとりました。滅茶苦茶痛かったみたいなんで怒りも相当なモンかと」

「非常事態だったんだ。でも、やりすぎたのは謝る、か」

「そうしてやってください。さすがに見てて可愛そうでしたからね」

 

 ジェニスは遠い眼をしながらスタンレーを見つめていた。うう、自分でしでかした事だから決りが悪いな。お詫びの品でも送るべきかな? でもスタンレーの好きな物しらないんだよな。ジェニスに聞くか。

 

「彼は、なにか…欲しいものとかあるかな?」

「アイツの好きなモンですか? さーて…そういえば料理が趣味だっけなアイツ…」

 

 ほう、そうなのか。んじゃ今度の補給の時に調理用具一式とか食材とかを提供してあげることにしよう。細かな気配りが人気の秘訣…。

 

「まぁ珍しいスパイスでもあれば…って隊長?急に黙らんでくださいよ」

「ん、すまん。ぼうっとしてた」

「頭は打ってないないですよね? 嫌ですよ、隊長がまたすげ変わるとか」

「心配はいらない。頑丈さは肉体面でも問題ない」

 

 伊達に非殺傷設定の魔法で吹き飛ばされて、五体当地でガイアとキスした回数が四桁を超えているわけじゃないからな。悲しいけど、これが高性能な血筋ってヤツなのさ。

 

「それとも、やっぱり心配?」

「主にいなくなった後の事務処理と手続きが」

 

 さいで。

 

「まぁとにかく、勤めを果たしましょうや」

「ん…司令部に報告だ」

 

 副官に促され、俺は地下鉄で起こったことをHQに報告するために回線をつなげる。俺達の足元、地下でなにやらゴソゴソと悪だくみをしていたネズミ共を。司令部はどう料理するのか…上の方々に判断を委ねよう。

 

 決して考えるのが面倒くさくなったってワケじゃない。いろいろあったけど照会任務中なので、任務中に発生した事態の報告は義務なのだ……内心報告する方がチョビっとだけ面倒くさいと思ったけど、定時連絡も兼ねているからしょうがないのだ。

 

 

 

 

 

「―――報告は以上です」

 

 んで、早速であるが現段階までに起きた出来事をセスルの司令部にいる直属の上官に一通り全~部ぶっちゃけた。

 

 報告の概要はとしては―――

  

・哨戒任務中、エリア内をうろついていた民間人を保護した。

・保護した民間人から地下鉄道において敵無人機の目撃証言があり、調査したところ事実と判明、されどその場に現れた無人機、タイプ・タウルスにより構成された工作部隊と遭遇し戦闘に発展した。

・タウルス殲滅には成功したが敵の対魔導師兵装により地下鉄道のトンネルが破損。崩落している。

・敵との交戦前に敵無人機による工作と思わしき装置の設置を確認している。この装置に対して、再度調査か別部隊と交代するのか司令部に問う。

・尚、現地にて保護した民間人の対応も考慮されたい。

  

 ―――とまぁ、概ねこんな感じの報告である。

  

 簡単に言うと敵見つけて戦ったら色々とぶっ壊れました。調査してもいいけど一般人いるから帰りたいなぁ~ 、という感じ。直接帰りたいんですなどと言わないのがミソである。戦場に出ている人たちは誰だって帰りたいのは当たり前だし。

  

 そんな訳で、判断材料にして貰う為に、あの時の交戦記録も映像データ化して送ったんだが、その解析に手間取ったのか少しHQからの返答が遅くなった。別に複雑な暗号通信にした訳じゃなく、標準的な暗号通信、友軍なら問題なく解凍できる類にしておいた筈なのだが、恐らくヴィズの交戦データを添付したのが原因だろう。

 

 自作したヴィズには、家が工房だったのと、自分自身の保身も兼ねて全く自重しなかった事が重なった事で、通常のデバイスよりも観測機器も高性能なものを積んでいる。ソレこそデバイスに組み込んだ事を父に報告したら頭を抱えたレベルの観測機器らしい。

 

 なので、部下達の持つ個人デバイスに登録されているUSN軍の標準化された兵装防御服(バトル・バリアジャケット)の上に被るバイザー付ヘルメットに装備されている戦闘記録装置の交戦データよりもデータ量ははるかに高かった。その所為で通信状況によってはラグが発生してしまったようだ。

  

 ちなみに軍の技研により標準化され調整されたBJの設定は、入隊と同時に支給されたデバイスか個人のデバイスに配布されるが、使用するかしないか、及び設定の変更は申請していれば問題が無いらしい。IFFコードもあるし、司令部とのデータリンクさえ確立できてさえいれば、どんな形状のバリアジャケットでも問題ないのだそうだ。

  

 唯、たとえ許可されていても大体の将兵はUSN式のBJ設定をあまり弄くらないらしい。軍が長年をかけて調整したBJは完成度が高く、少し弄ったところで性能に大差がないのが主な理由である。そんな暇があるなら鍛錬して地力を挙げたほうが生存率が上がるので、自然とそうなったらしい。なので精々が部隊共通のワッペンを肩に取り込んだり、パーソナルカラーを設定したりする程度であるらしい。

  

―――閑話休題。

 

『――こちらセスル基地司令部、レッドクリフ隊の交戦データは受け取った。レッドクリフ隊、ご苦労だった。後は此方から交戦ポイントに調査部隊を派遣する。君らは当初の予定通り哨戒任務を続けてくれ』

 

 待つこと暫しして返ってきたHQの返答がこれである。うーん、哨戒任務じたいは続行ですか…内心としては基地に帰還したかったんだが、まぁ調査の為に敵側に潜り込めとか無茶言われなかっただけマシか。

 

 魔法が使えない一般兵だと先ず言われないけど、魔法が使える魔導兵だと無茶出来るから司令部に命令を下されることがあると聞いていたから、ちょっと不安だっただけに安堵感が内心に沸き起こる。杞憂でよかったわ。マジで。

 

 ちなみに無茶をさせられるのソース元は副長のジェニスだ。第二次ハフマン紛争を開幕から潜り抜けて生き延びてきた奴の言葉だけに、無茶振りの話は現実感が伴っていたのが主な理由である。もっとも悪質なUSNジョークの可能性もあるが、怖いので自分からは聞けないのだ。

 

 まぁ任務云々はいいとして、それよりも問題はエドガー君の事はどうすんだろ…?

 

「了解しました。それと保護した民間協力者のことなのですが――」

『ふむ…。帰還ルート上に難民キャンプがあるな。よろしい、帰還途中そこに立ち寄る事を許可しよう』

「はっ、ありがとうございます。通信終り」

 

 おおう、HQも中々に粋な計らいをしてくれる。これでエドガー君が親元に帰れる目処が立ったってもんだ。しっかし任務途中での寄り道とはいえ、魔導師部隊を護衛にまわしてもらえるなんて何て豪奢な随伴であろうか。当の本人は暢気にぐっすりと眠っているが、起きた時には難民キャンプにいるのだ。きっと驚くことだろう。

 

 そういえば、エドガー君のお母さんが病気だって聞いたな。レンチャックが幾つか薬を持ち合わせているし、病状しだいでは基地に搬送させるのも手配しておいたほうがいいかもしれない。

 

 エドガー君は無鉄砲に危険を犯しただけだったが、結果的には薬を手に入れた事になる。ある意味で幸運の持ち主だったって事なんだろうなぁ。そういう幸運にはあやかりたいもんだ。戦場での幸運は最高の贈り物だって言うし。 

 

 

「総員傾注しろ、これより我が隊は本来の任務に復帰する。途中で少し寄り道するがほかは当初のタイムスケジュールどおりだ。速やかに移動準備を開始せよ。以上だ」

「「「了解!」」」

 

 

 事実上の帰還が許可されたレッドクリフ隊は、当初のスケジュールどおりのルートを巡って、セスル基地へと移動を開始した。予定と違うのは得体のしれない工作を行っていた敵無人機械兵器を発見した事、民間人の少年を連れているという事、そしてなぜか帰還する道中の接敵がまったくなかったことだけだった。

 

 ちなみに件(くだん)のエドガー君はレンチャック衛生兵に担がれて隊の移動に追随させている。身体強化魔法を使えば、機械いらずのエグゾスケルトン状態となる魔導師の脚力に合わせた移動なので、訓練を受けていない一般人の少年にはキツイ行軍であろう。

 

 それにも関わらず、彼はレンチャックの背に寄り掛かるようにして眠り続けている。疲れきっているからか、はたまたこの程度では動じない肝っ玉でも持っているというのか。どちらにしても大したものである。伊達に戦地に隣接する難民キャンプにいる訳でじゃ無いということか。

 

 肉体年齢的には同じだが、魂的には前世の分ドーピングされて、同世代とはいろいろと異なっている自分とはえらい違いである。前世での俺はエドガー君と同じくらい年齢の時、ひっくり返したカエルの腹をつついて遊んでいたというのに…。

  

 とにかく哨戒任務に復帰した俺達、セスル基地所属・第23駐屯部隊レッドクリフは、本来の予定にはないお客さまを引きつれ市街地を移動していった。ただタイムスケジュールに若干の遅延が見受けられたが、理由は小さなお客さんを引き連れていて普段以上に警戒していたからである。

 

 防護服を展開できる魔導師であるならともかく、魔導師が闊歩する戦場においては丸裸に等しい一般人の子供である彼は、ともなれば銃弾一発ですら致命的な脅威となりえた。自分自身はもうかなり歪んでいると自覚しているが、孤独な幼稚園時代以降、初めて懇意になれた友達とも言ってもいい子が、大口径ライフルによって、肉体の一部を血煙に変えられる姿など、俺は見たくなかったのだ。

 

 この進行速度の低下に関して、幸いな事に俺の部下という立場であるレッドクリフ隊の彼等から特に不満が漏れるという事は無かった。ともすれば、彼等も同じだったのだろう。軍に所属している以上、敵味方問わず殺し殺されたりする世界にいるとはいえ、好き好んで子供が犠牲になるのを望んでいる精神破綻者は我が隊にはいなかったのだ。

  

 狂気がまかり通る世界で、これはとても幸運な事である。もっとも、そういう意味ではある種の狂気の産物である自分自身は、命令により部下として配置されてしまった彼らレッドクリフ隊の面々に過剰なるストレスを与えている…という事になるのだろう。

 

 そう思うと泣きたくなる。第一印象こそ拒絶に近いものがあったとはいえ、今ではそれなりに受け入れてくれている気のいい奴らなのだ。しかし自慢のドールフェイスは鉄面皮。心の内に泣いても叫んでも、眉根一つ動かさず、表情一つ変わらない。

 

 人として当然の事が、出来なくなってしまっている自分に対し、猛烈な違和感を覚える自分がいる。だが、これはもうどうしようもないので俺は何もできない。あるいは、既に人としては欠陥品なのかもしれない。人としての骨子の歪みは、どうしようもないほど俺の心身を捻じ曲げている。そんな気がした。

 

『――スリースターモール前、タールバレル通りを通過。進行予定の遅延、約21分と35秒』

 

 予定ポイントを通過した事を知らせるヴィズの合成音声が、ヘルメットのスピーカーを通じて鼓膜を揺らし、俺は思考の海に半ばもぐっていた意識を浮上させる。いかんいかん、無意識の内に考えにふけっていたようだ。それでも特に問題もなく行軍できていたのは身体に沁みこんだトラウマすら伴う訓練の成果ってところか…。あんまりうれしくは無いが。

  

 ともあれ、若干思考がネガティブに傾き過ぎていた。この程度の事をいちいち気に掛けていては身が持たない。一瞬の遅れがすべての結果につながる世界に身を置いているのだ。迷いが生まれた結果は、自らの死以外ありえない。

  

「――ふぅ」

 

 ヘルメットのビューモニターに浮かぶHUDを流れる景色を眺めながら、いろいろと切り替える意味合いも兼ねて、ほんとに小さくため息を吐いた。

 

 考えるのは後でいい、迷いも葛藤も苦しみも…全て戦いが終わってから考えろ。それが母上や教官たちが俺に教えてくれたことだ。戦だ心を閉じよ、自分の運命の悲惨さを考える暇などない。それは戦場で戦う時にはクソの役にも立たないのだ。

  

 それを思う時、だんだんと心が乾いていくのを実感する。感情が希釈されたかのように薄まっていくのがわかる。それに気づいているが今の俺には癒す時間もありゃしない。心のジェリコの壁は崩されたまま、戦場の狂気が流れ込むのを止められない。俺に出来る事は問題に蓋して進むだけ。

 

 

―――やってられんね。全くさ…。

 

 

 破壊された街並みを尻目に、両足に力を込めて俺は地上を駆けぬけたのだった。

 

 

***

 

 

『――C20エリア“も”敵の反応を認められず…。すごい静かだ』

 

 さて予定から数十分の遅延が見られるも、移動を開始して数時間が経過していた。そんな中、斥候に出していた部下からの報告がヘルメットのスピーカーを通じて木霊するが、この報告を聞いてわかるように俺達はすこぶる“順調”に巡回ルートを進んでいた。敵部隊は影も形も見受けられず、それこそ装備や人数を考えなければ、まるでピクニックのように空気が軽い。

 

 戦場に漂う息苦しいほどの空気の重さが、何故か唐突に薄くなっているように感じられた。事実USN軍の戦術データリンク上においても、ほかの哨戒部隊が敵と遭遇したという報告は一切上がっていない。我々よりも更に深部に展開している警戒ラインに限りなく近いルートを辿っている哨戒部隊でも同様である。

 

 嵐の前の静けさを思わせるそれに、すわ今日は空爆の雨あられなのかとも思ったが、友軍の衛星が観測した情報では、今のところOCU側の飛行場にそんな兆候は見受けられないらしい。

 

 もっとも魔法を併用した本気のステルスを使われればその限りではないが、トロピカルアイランド特有の陽気な空気の中に舞い降りたこの静けさは、不気味という言葉しか出てこなかった。

 

『普通ならそろそろドンパチ一つあるんだが…、敵さん今日は休業日か?』

 

 そんな中を移動していると、ジェニスが通信でそうつぶやいた。

 

『職業軍人だけに――ってことですか?』

『伍長、だれがうまい事を言えといった?』

『んなことより殴れないからつまらんっ!』

『落ち着け軍曹。チョコバーやるから、な?』

 

 どうも彼らも今日の静けさに違和感を覚えているようだ。各言う俺も感じている。

 

「休業日…休暇を得られるなら是非に欲しい…けど――」

『戦場での休暇は、死んだらもらえるんですよねー』

『『『『『「是非もなし」』』』』』

 

 俺の呟きにオリーブ伍長が返した言葉に、大多数の隊員から異口同音で返事が帰ってきた。断っておくが彼らがこんな軽口めいた通信を始めたのは、敵が出ない事で気を抜いているからではない。

 

 この程度で気を抜くような連中であったなら、彼らは今頃ジャングルの赤土と混じり合い、あの世と現世との境界に流れる大きな河にいるカロンの渡し守に導かれている。

 

 このような通信をしているのは敵が出ないこの不気味な状況に言いようもない不快感を覚えているからである。本能が警鐘を鳴らし、現状が何かおかしいと全員が感じている。ほぼ全員がベテランであるがゆえに、その感覚は顕著なのだ。

  

 

 ちなみに俺は彼らと比べれば、その戦闘経験はお世辞にも多いとはいえない。経験だけを見るならひよっ子も同然であるのはいうまでもない。そんな俺だが、彼らと同じく不気味な静けさに違和感を覚えていた。特に地下鉄での遭遇戦以降、移動を開始してから急に顕著となっていた。

 

 この感覚は、ある意味非常によく知っていた。隣の家に住む隣人並によく知っていると言ってもいい。なぜならこの感覚は母上の訓練のレベルが一段階あがる時、あるいは特別訓練や演習において策に嵌る直前に良く感じていたものとほぼ一致している。

 

 すなわち、この奇妙な感じは所謂『嫌な予感』というモノに他ならないのだ。正確には少し違うのだが、この感覚のことを口で説明するのは難しいといえる。あえて言い現わすのなら、嫌な予感と符合できるだけである。どう違うのかと聞かれても俺にもわからん。すくなくとも“本来あるべき枠から外れた”状態に対し、違和感という気持ち悪さを覚えていた。

 

 そんな不快感を暗示しているかのごとく、先ほどまで薄い曇り空だった空模様は、今では辺り一帯が暗いと感じるほど分厚い鉛色の雨雲によって覆われ始めていた。それは熱帯気候特有のスコールを伴う低気圧である。

 

 つまるところ、雨雲の中心が都市上空に居座りつつあった。

 

「ジェニス、次の――寄り道先まで、あとどれくらい?」

『このままの速度で約20分ですかね。どうかしたんで?』

「いや…、ありがとう」

『気象データみるとでかい雨雲がいるみたいだし、濡れる前に到着したいもんで』

「……BJ着てたら濡れないとおもうんだが」

『気分ですよ気分』

 

 たしかにな。気分的にはあまり雨に濡れるのは嫌かもしれない。だが、まさか実際に降るのが雨ではないなんて、この時の俺が知るはずも無かった。

 

 

…………………………

 

 

……………………

 

 

………………

 

 

 その後は無駄なおしゃべりもなくエドガー君が住んでいる難民キャンプへと到着した。到着してすぐ、俺は副長のジェニスに命じて、衛生兵と他数名を従えさせてキャンプの実質上の責任者のところへ訪問させた。

 

 そして今回キャンプに立ち寄った理由を説明してレンチャックら衛生兵の医療テント近くへの立ち入りを許可してもらった。いきなり部隊をキャンプに入れなかったのは今回が正規の訪問ではなく偶発的な訪問だったからである。

  

 考えても見てほしい、十分に武装した兵隊が仮の住処とはいえテントが並ぶキャンプ地に現れたら、ましてや一度は戦火にさらされているなら、兵士が直ぐ側に現れると戦場がやってくると予感してしまうものだろう。

 

 特にジェニス以下レッドクリフ隊が展開しているバリアジャケットは公式にUSN軍式バリアジャケットとして民間にも広く知られていた。というかUSN軍式バリアジャケットは一般兵が用いるアサルトアーマーセットの形状をそのまま登録してあるのでどちらにしても軍人が着るものという印象が強い。

 

 定期的に行われる物資補給日からさほど日数も経過しておらず、緊急避難的な物資援助要請を出した訳でもないのに現れた軍の部隊。それは難民たちに不安と焦燥と与え、困惑へ突き落すに十分すぎる要素をはらんでいた。

  

 そしてレッドクリフ隊はキャンプから離れた。といっても周囲に点在するビルなどに散らばって待機している。建物の中なら民間人からは見えづらく、高いビルの上に監視要員を配置しておけば万が一の襲撃にも対応できる。難民キャンプの周辺だから戦闘が起きないとは限らないなんて、世も末だわな。

 

「―――状況は?」

「キャンプを囲うように各隊の分散配置が完了。どの方向からでもフォロー可能です」

「そうか、それでいい。人生、何が起きるか、わからない。用心…用心」

 

 キャンプ近くにある半壊したビルの中でガラスがない窓の外を眺めながら発した言葉に、背後に立つトマス・フーバー軍曹が答えた。身長234センチ、体重114キロもある巨漢であり、淀んだ泥のような色合いの髪と歴戦の中で鍛えあげられた瞳は、どこか近寄りがたい空気を宿している。

 

 宿しているのだが…当人は話してみればいたって普通な感性を持つ人間であり、俺が仕事をしているとたまに飴玉を差し入れてくれるくらいのナイスガイである。どこのメーカーなのか知らないが結構好みの味で結構嬉しい――あれ?飴玉をくれるって事は子ども扱いされているんだよな?なのに喜んでないか俺?

 

「やや、降り始めましたな」

「ホントだ……」

 

 報告を終えたフーバーが自分の分隊がいる半壊したビルへと戻ろうとした時、薄暗く灰色になっていた空から雨が降り始めた。もっともそれは温帯の地域、前世日本などで見るポツリポツリとした風情ある雨ではない。熱帯地域の命が弾けるような豪雨、スコールがタライをひっくり返したかのようにして降り出した。

 

「雨か…ああ、雨だ…」

「フーバー?大丈夫?」

「雨は苦手なのです、雨は…音が聞こえない、近寄られても解からない、ああ…」

「もういい、大丈夫。ここは大丈夫だ…よ?」

「雨は、雨は嫌いですな、ハァ」

 

 それを見たフーバーがちょいと鬱とトラウマスイッチらしきものが入ったらしく、その巨漢に似合わない程、肩を落としてみせた。大の男があまりにも情けない姿をさらしているが何かのトラウマならばしょうがない事。

 

 俺はポンポンと肩を叩いて(やろうとしたが身長差で無理だった。背伸びしたけど届いたのはフーバーの腰あたり…)励ましてあげた。魔導師なのでBJさえ機能していれば雨をはじき体温の低下も起こらないが、たぶん雨に嫌な思い入れがあるんだろう。

 

 なんでわかるかというと俺が鬱になった時の雰囲気とよく似ていたからだ。同胞は見て解かるんじゃない。魂で感じるんだ。

 

「チビスケ隊長、気持ちは嬉しいですぜ。ありがとさんです。ほら、これやるよ」

「あ、甘々だ。ありがと」

 

 んー、飴ちゃんおいしい………ハッ!?

 

「こ、子ども扱い、するな」

「してませんぜ? ただ、飴玉が湿ると溶けちまうんで一人じゃ処理できないんですよ? おすそ分けですな。もう一個どうです?」

「そうか、ならしょうがない、もらおう」

「ほい、どうぞ(……やっぱ餌付けみてェだよなコレ。でも、なんか和む)」

 

 飴に罪はない。

 

「あ、分隊長がチビ隊長にお菓子あげてるぞ!」

 

 俺が無表情ながら内心で甘いものにほっこりしていると、フーバーを呼びに来たであろう彼の分隊にいるターナー伍長が声を上げた。

 

「ターナー何言って…ホントだ。分隊長って強面なのに意外と子煩悩」

「あれ?でもいつもキャンプ支援の時はあんなことしないんじゃない?」

「ああ、いつかだったか。自分の目の前で転んだ子を助け起こしたら泣かれたらしいぜ?」

「それは……まぁ、そうねぇ。うん」

 

 おまえら、やめてあげてください。哀れみの眼を向けるからフーバー軍曹の顔が見てられないくらいにヤバイ感じになってきたから。主に泣きそうな意味で。というかこれもトラウマスイッチだったのかよ。

 

 おかげで唯でさえ怖い眼が顔がしかめられた所為で常人なら気絶できるレベルになってるから。いまだに目の前に立っているから、ある意味で一番怖いんですけど?

 

 しかたないので励ます意味を込めて、図体でかい癖に妙に肩を落としている彼の腰のあたりを再びぽんぽんと叩いてやったら、とりあえず見れる顔に戻った。うーん、メンタルが弱いんだか強いんだか、感情の波が激しくてわからん。本人に言うと落ち込みそうだから黙っておこう。

 

 とりあえず、飴ちゃんをさらにもう数個もらってから周辺警戒に送り出したが、彼のテンションは暗いままだった。後で考えると飴ちゃんを貰った時にさりげなく頭撫でられてて完全に子供扱いだった。なんてこったいorz

 

 

――――自分のアフォさにいい加減内心悶絶していた。その時だった。

 

 

《ズズン…》

「…ヲ?」

 

 遠くで大きな音と共に空気が揺れた気がしたので、意識が戦闘向けに瞬時に切り替わった。部下たちも同じくそれまで表面上は力んでいない状態だったのを、いまは少し緊張した空気を漂わせて自身の獲物を持つ手に力を込めている。

 

 さっきの音は俗にいう衝撃波だろうと、戦闘向けに切り替わった意識が叫んでいるが、思うが何の衝撃波だろうか。魔導師が規模が大きい魔法を行使した?それとも友軍の制空権を潜り抜けた敵爆撃機の爆撃?どちらにしてもあまり愉快な事ではない。

 

 思考操作で首の後ろに収納していたヘルメットを再度装着し、HUDを起動して情報解析を行わせる。音がした方角は集音マイクのログから検索するに西。廃ビルの中にいては見えないので、格納領域に収納しておいたワイヤーを屋上に射出、引っかかったのを確認してから壁をローラーダッシュで駆け上がった。

 

 屋上にて周囲を警戒していた部下が俺が屋上に来たことで一瞬驚くが、それを無視して光学映像を望遠にする。音がした方角に立つ傾いた高層ビルの一つが倒壊していく姿が見えた。先の音の原因はあれか、そう思った時だ。

 

『マスター、センサーが大規模な魔力反応を感知しました』

 

 ヘルメットのマイクからヴィズの合成音声が響き、それと同時に倒壊したビルの根元から光が撃ち上げられるのをこの眼ではっきりと捉えた。 

 

『反応は極大。儀式魔法および広域作用の魔法だと推測。空間魔法陣の魔力滲出による魔力素子と空間中の自由魔力素子との共振現象によるラウンデル光の発光現象により解析困難、フィルター作動、データ処理中…――展開される術式様式、該当データなし』

「言わんでもわかる…なんだありゃ」

 

 光が撃ちあがるのと同時に胸の奥で感じたそれは、巨大な魔力が動いた証だ。それも通常の人間が使うレベルを大幅に超えた魔力量。専用に調整した儀式を踏んだ魔法で無いならなんとする。

 

 見上げれば撃ちあげられた光の球、おそらく魔力スフィアが雲の中に消えていく。雲の中に入る直前、スフィアの表面に幾重もの多層の幾何学模様が浮かんだのが見えた。それも雲があらぶるように動いてスフィアを覆い隠したので見えなくなったが、あれは間違いなく魔方陣であった。最悪な事に、敵が使うほうの。

 

 俺はふりかえり、俺と同じ方向を見ていたディーン・クルーバー上等兵に声を掛け命令を伝えた。

 

「各員に通達。警戒を厳にせよ。最悪の事態に備えて待機」

「イエス、サー!」

「ヴィズ。大型スフィアが撃たれた地点の特定をいそ――」

『警告、上空1500にて魔力の縮退反応を検地。術式が完全展開された模様』

 

 命令の途中だったがヴィズが警告したのですぐさま上空へと眼をやった。先ほどまでフラットだった雲の境目に何かが見える。ゆっくりと降りてきたのは純白の釜の底だった。いや、釜の底としか形容しようが無い、多分球状の何かの塊だろう。

 

 だがそれをみて悪寒が走った。あれは良くないものだと訓練で培われた生存本能が告げている。逃げるか防ぐか、どちらにしろ時間はあまり残されていない。

 

「――っ!部隊全員に通信回線を開け。総員に通達、エリアタイプの広域防御結界を同調展開する。ジャマーはすぐにこれから送る座標にすぐさま付け。タイミングは此方…レッドクリフ1と同調、急げ」

 

 指示を出しながらマルチタスクで腕部のタッチパネル型コンソールでジャマーたち、つまり結界を使える魔導師たちの配置を転送した。並列に事態は進行していく、HUDに周辺の戦術マップが左下に小さく表示され、その上を部隊マーカーが移動していくのが解る。

 

 それをマルチタスクの端で確認しつつ結界術式の準備を行う。だが直後、別の方角からの衝撃波を察知し、そちらにタスクの一つを注視させた。同じだった。大型魔力スフィアが地表のビルを穿いて上空へと上っていく。

  

 最初のスフィアが発射された地点とはちょうど反対側だった。西の空から始まり街を取り囲むようにして空へと昇った光球がペセタを覆う低気圧に接触していた。なんらかの魔導作用が働いているのか、スフィアの接触面を中心に渦を巻くようにして気流が荒れ狂っているのが地上からでも観測できる程だ。

 

 魔法を使うと魔力光が発生するが、これほど広範囲に影響が及ぶような発光現象はあまり類を見ない。放出される魔力を帯びた術式の影響を受け、電離を伴った衝撃波が雲の中を放射状に駆け抜けていく光景に誰しもが息を呑んでいた。

 

 雲のカーテンの中を駆け巡る雷光に照らされて、青いオーロラがそこにあるかのような幻想的な光景が広がっている。時折、雲の向こうから響く動物の唸り声の如き低い雷音が、雷雲の中に潜んでいる空想上の怪物の唸り声なのではないかと、ここにいる誰しもが錯覚する程に大きく、この破壊された都市全域に響き渡っていた。

 

 いやはや、この世界の魔法はシステマチックで少しロマンに欠けると常々思っていたが中々どうして。敵さんが作り上げた現象であることを思わず忘れてしまう程、空を覆い尽くす魔法と自然の共演は幽玄に満ち満ちていた。

 

 ヴィズの望遠だけでなく、魔法で視力を強化しながら、穴が開きそうなほど観察していると、雲の間に間に何か白い物が見えた。視力をさらに強化すると少しだけ眼球と脳に痛みが生じた。情報過多で少しばかり負荷が掛ったみたいだったが、今はそれよりも何が起きているのかを調べるのが先だ。

 

 幸いな事にこれまで受けてきた壮絶なる虐め、もとい猛訓練の成果により、痛みに対してはかなりの耐性が付きつつあったので痛いけど苦じゃない。良いのか悪いのかはわからんが…。

 

 ともあれ頭痛に耐えつつ知りえた情報をマルチタスクで並列処理していく。白い物体は最初に撃ち上げられたスフィアと同じく巨大な白い球体を形成していた。スフィアが撃ち上げられたのは最初の場所に加えて5箇所に発現し、全て違う地点から撃ち上げられていたが、それらは地図上において全て一本の線で結ぶことが出来る。

 

 すなわち大きなヘキサゴンを描いてペセタ市を囲うようにして等間隔に射出されたのだ。コレが意味するところにマルチタスクが至った瞬間、内心肝を冷やしつつ、現状打破の為に最善を尽くそうとした。

 

 戦術マップのマーカーが変更したポイントに到達するまでの時間と、今まさに釜の底が抜けそうになっている白い大球体が地表に到達するまでの時間は、ほぼ同じだった。

 

 すぐに配置命令を上書き変更し、口頭指示ではなく念話で矢継ぎ早に指示を下した。口で言っていたのでは間に合わない。

 

『解析中。―――上空1500の高さを起点に範囲拡大中。スフィア周辺に微弱な物理干渉があるものの規定値以下。精神作用および次元的な反応は確認されず。地上からのレイラインの構築を確認、戦略ポイントとしてマークします』

「レッドクリフ各班、状況知らせ」

『モントゴメリー分隊、配置に付いた』

『……フーバー分隊も同じく』

『デュラント分隊もだ!というかありゃどうなってんだ?!』

「デュラント軍曹、質問は後で頼む。ジャマー、準備よろし?」

『『『準備完了!』』』

 

 位置に付いたジャマーたちが念話と通信、さらにはライトを使った光で此方に合図を送ってくるのを確認しつつも、俺はマルチタスクの端に映る白い大球体の様子が気がかりでならなかった。何が起きるのかは解らないが、限界を迎えようとしているのがヒシヒシと伝わってきていた。

 

 今あそこにミサイルの一つでもぶち込めば、風船に針を刺すような事態につながるだろうという予感は浮かんでいる。こいつをみてくれ、こいつをどう思う?すごく、大きいです。じゃあとことん…という状態ってわけだ。意味が解らん?俺もわからん。

 

 そんな俺の足元に結界術式が展開される。他のビルの上にも同じく術式展開時に発生する魔力光がぼんやりと浮かび、蛍のようにゆらゆらと揺れていた。結界術式によって生まれた魔法障壁をゆっくりと広げていく。

 

 単身で使用するタイプの結界ならもっと早く展開できるが、同調させるので細心の注意が必要だ。失敗するとお互いの結界の効果範囲にはじかれ、最悪結界自体が崩壊する。ならなんでそんな厄介な魔法を使うのかというと、成功すれば一人の時よりも強度と耐久性、さらには効果範囲までもが段違いに高いのだ。

 

 あの白大球体にどんな効果があるかまだわからない以上、強度を高めておくに越したことは無い。それにこれで失敗したら結界の内側にあるキャンプに被害が及ぶ。実験部隊だが扱いは正規軍なので民間人を見捨ててはならないのである。実際、あそこにはエドガー君やその家族、子ども達、修理を通して知り合った沢山の人々がいる。

 

―――兵士となったからには義務を果たさねばならない。そう思いつつ魔力を絞った。

 

『マスター、対象が予想ポイントへ落着します』

 

 そしてついに白い大球体が地表へ接触した。球体はつぶれてドーム状になり、数瞬後に突如縮退してみせたかと思えば、爆発するかのようにして弾けた。白い球体から飛び出したのは火山の噴煙にも似た白い白い物質。

 

 それが人が居なくなったゴーストタウンのストリートを埋め尽くす勢いで濁流となって四方へと飛び出していく。その勢いは衰えず間違いなくここを飲み込む。ありゃまるで雪崩だな。

 

『接触まであと12秒、スキャン中…流れてくる物体の主成分は水と空気、それが氷結結晶化したもの、すなわち雪です』

「解った――全員聞いたな?あと5カウントだ。あわせろ」

 

 雪崩だと思ったら本気で雪崩だったとはな。すぐに部下に結界展開を合わせろと通信すると了解の意が返ってきた。ビルを飲み込み、商店を飲み込み、川を埋める白い雪の流れがすぐ目前まで迫る。

 

 だが俺たちは慌てず騒がず、結界の展開維持に意識を傾ける。USN軍人はうろたえないという電波が一瞬流れた気がしたが、思考の隅に追いやっておいた。術式にノイズが走っては事だ。

 

「2,1―展開」

 

 結界が発動する。足元に展開した魔方陣の術式が輝き、魔力光を立ち上らせる。魔力残照が粒子となって術式から上るのは綺麗なものだが、俺はソレを見て内心舌打ちする。だってそれはまだ魔力運用が甘い証拠なのだ。魔力運用がうまいあの教官なら光も音も出さずに術式すら隠蔽して運用できるだろう。

 

 それはいいとして、瞬時というわけではないが…なんというかにゅいーんと自分の目の前に広がっていく魔法障壁。見た目は魔法と知らなければバリアと答えるだろうな。それが難民キャンプを囲うようにして配置した部下たちのいる廃墟ビルの屋上からも同じような光が広がり、キャンプを囲う壁となる。

 

 結晶化したクリスタルのように結界の壁が難民キャンプごと俺たちを覆う直前、白い流れは同調結界の接続部にある魔法障壁に激突した。まるで大波が防波堤にぶつかるかのように、壁に激突した白い流れは数倍の大きさとなって上へと吹き上がる。

 

 身体を圧迫感が襲う。物理的な圧迫ではない。魔法障壁に掛る負荷が術式に込めた魔力を消費し、それを補えとフィードバックされた感覚が圧迫感となって表れていた。

 

「…っ!(重い、出力を上げる)」

『(了解。けど後で補給願います)』

 

 補給、ディバイドエナジーの事だろう。魔力を相手に渡す術の一つだ。生来のレアスキルのおかげで無駄に魔力だけは張っているからな。軽口っぽく言っているがバイタルデータと念話の感じから、かなり辛い事が察せられる。

 

「(後で、あふれて気絶するくらい、渡してやる。だからもう少し、耐えて)」

『(了解…!)』

 

 出力を上げるとフィードバックから来ていた圧迫感が軽減される。これなら術式維持に問題はないだろう。俺はともかく標準的魔導師よりちょっと上程度の部下の魔力と気力が持てばの話だが。

 

 大地を通じて感じ取れる激しい振動が、襲いかかる白い物質の流れの強さを否応にも感じさせる。やがて他の大型スフィアが吐き出した雪の流れがこちらに到達し、難民キャンプはわずか数分も経たずして、結界ごと白い噴煙に包まれて見えなくなった。

 

 また生き埋めだ、スケールでかいけどな。

 

 




やっとできたぁぁぁ!!

病気と体力低下と仕事のストレスで下がったモチベーション、でも俺は諦めないぜ!

というわけで、新年開始からもう二ヶ月経過しておりますが続きです。

今年もよろしくお願いいたします。

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