妄想戦記   作:QOL

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「ここって最前線だよな?アルェ?」

sideフェン

 

 

 配属から二週間が経過しそれなりにこの生活にも慣れてきた。人間住めば都というが、まさしくその通りで環境適応能力ってスゲェと思い始めている今日この頃である。

 

 そんな俺のいる部隊の仕事は、もっぱら偵察任務かスクランブル要員的な待機任務だ。偵察は監視ラインを超えた敵とかを探す仕事なので割りと大変で遣り甲斐がある…が、待機は文字通り敵が侵攻してきたりするまで待つ簡単なお仕事である。

 

―――ぶっちゃけ前者はともかく後者は暇だ。

 

 基地に設けられたPXで何かあった時に直ぐに出撃できるように待機する。勿論デバイスは準待機状態にしてあるし、直ぐに出動できるように装備を着たままにしてあるが、長時間ハラハラしつつ勤務時間が終るまで待つのだ。これ程心臓に悪い職務ってあるのだろうか?

 

 さて、この流れから解るかと思うが今日はその待機任務なのだ。朝からずーっと装備を着たままPXの一角を占拠する筋肉ムキムキマッチョマンの集団…これだけで犯罪臭がヤバイが、それを率いているのが子供となれば、それってどこのコミック?と問われそうな感じである。

 一冊は5USNドルだよー。冗談だけど。

 

 くだらない冗談はさておき、前にも言ったがこの基地に娯楽と称するものは何もない。あるとすればテレビくらいだが、戦争真っ只中なのにテレビ局に人が居る訳ないし、そうなると頼みの綱は衛星放送しかない。

 

 だが、それもこの基地の誘導ミサイル対処用ジャミング装置が常時働いている所為でノイズしか映らなかった。それ以前に衛星用のアンテナが無い。これじゃあ産業廃棄物同然である。くそ、カートゥーンくらい見せやがれってんだ。テレビすら使えないという事に対し、そんな悪態を付いたのも良い思い出です。

 

 だから、ウチの部隊の連中も暇なので思い思いに暇つぶしを行っている。例えばカードゲーム…普通にトランプであり金を賭けているようだ。他にはボードゲーム…ぶっちゃけチェスだけど、そういうのを使って時間を消化している。考えてみると違う世界なのにトランプとかチェスとかのような遊具が似通っているってのも、なんだが妙な感じがするよなぁ。

 

「あれー?チビ隊長はなにしてんの?」

「…新魔法構築」

 

 各言う俺も暇つぶしに空間にウィンドウを投影して魔法を組んでいる最中である。術式の構築はいわばパズルのようなものであり、非常に乱暴な言い方をすればコレコレこういう術式がアレコレな効果を生む、それらを組み合わせてバランスを…といった具合。

 これがまた奥深いのなんのって、1足す1が2になるのは一般的な算数での常識だが、術式の組み合わせ次第では1足す1が4とか10になったり、逆にマイナスに転化してしまったりする訳で、色々弄くっていても空きがこないのである。俺が異常なだけかもしれないけどな。

 

「ふーん、やってておもろい?」

「意外と」

「ほーほー。あ、こんな術式使ってみたら?」

「わぉ…良い感じ」

「お前小さな隊長さんとなにやってんの?」

「なんかチビ隊長が魔法組んでるから面白そうで」

「どうしたどうした?」

 

 ……あら?なんか他の連中が集まってきたぞ?暇はつぶせそうだな。

 

 

***

 

 

sideジェニス

 

 PXの片隅に人が集まっている。その中心にいるのは我等が隊長殿だ。ついこの間、我が隊の隊長に就任なされた齢7歳のお子様隊長である。普通ならそんな事を言えば正気を疑われ病院で薬を処方されそうなところなのだが、あいにく眼の前に現実として存在する以上、俺が異常なんじゃなくて他が異常なのだ。

 

「フラッシュだ!ジェニス今度こそ!」

「フルハウスだ。惜しかったな」

「げぇ!……けっ!もってけドロボー」

「毎度」

 

 隊長殿周辺が騒がしくしているのを横目に、大人な連中は“健全”なるポーカーをしている。今回も親の総取りになりそうな勢いである。カードを再び切りながら、俺は視線だけを隊長殿に向けて様子をうかがっていた。

 

 何時もながらアレの表情は読めない。正確には表情を浮かべるという行為その物をどこかに置き忘れてしまったらしい。それでいて顔立ちだけなら目を見張る程のモノを持ち中性的である。なんだったか…そう、ビスクドールだったか?陶器製のよく出来ているお人形ってのはあんな感じなのだろう。

 

 どんなときでも表情を変えない。完全なるポーカーフェイス。苦しかろうが辛かろうが、アレはそれを表に出す事をしないのだ。泣きも笑いもしない顔を見つめ続けると此方まで感情が消えていくような錯覚を覚える。それくらい、アレは異常なのである。

 

 もっともそれはイコール嫌いという訳ではない。というか嫌いと面と向かってアレにいえる奴はウチの隊には居ないだろう。なにせ顔だけでなく身体全体を見れば…へんな意味じゃないぞ?…ウチの隊長殿は中々に表現力豊かなのだ。何か間違うと慌てて手足をバタバタさせるし、怒ると少しだけ眉が釣りあがるし、悲しい時にはシュンと頭を垂れるし…結構多彩だな。表現。

 

 そんな隊長だが目に見えてこのレッドクリフ隊に馴染めたのは…自慢するわけじゃないが俺のフォローの所為だろう。

 フォローしようと思ったきっかけは、確か隊長が就任した最初の夜だった―――。

 

 

 

 

 

「はぁ、どうしよう」

 

 その夜、俺は小さな隊長殿の部屋へと足を運んでいた。昼間の輸送部隊の救援の中、敵の砲撃魔法の射線に出てしまった俺の命を救ってくれた件で、アレに礼を述べねばと思っていたからである。

 

 だが本音を言えば俺はこの時、まだアレを隊長と認めていなかった。というか昼間の戦闘の中でアレの戦いぶりを垣間見、その後に基地に帰還し任務をして興奮が冷めやり冷静になれた事で、敵のハイクラスと互角に渡り合ったアレがどれだけの異常性を孕んでいるかをよりはっきりと認識してしまったという事もある。

 

 記憶に残っているだけでも、アレは躊躇という言葉をどこかに置き忘れてしまったかのように、淡々と…ボキャブラリーが少ないから何と言えばいいか…そう、まさしく機械の様に敵を屠っていた。その事に安心感を覚えつつ、ソレでいて同じくらい恐ろしいと感じる俺は、まだ人間らしいのだろう。

 

 これが相反する気持ちなのは重々に理解している。確かに俺はアレに命を救われはした。だが、同時に感じたその機械的な存在感への恐怖は既に記憶してしまっている。異常な存在に対する忌避感をこれほどはっきり覚えたのは後にも先にもこれが最初だったのだ。

 

 

 だから、あの隊長に割り振られた部屋から、小さな嗚咽が聞こえた時、俺の心臓が跳ねたのは必然だったのかもしれない。

 

 

 あの隊長の部屋は、様々な配慮から尉官宿舎の端っこに位置している。その部屋への廊下は照明の明かりが一部切れていて、その所為で昼間でも薄暗い。それが夜になれば不気味に映るという場所である。

 

 考えても見て欲しい。そんな薄暗い場所から子供のすすり泣くような声が響いたら?

 不覚にも戦場に出るのとは別の意味で恐怖を感じた。ホント不覚である。

 

 だが直ぐにその声の出所は隊長のいる部屋からという事に気がついた。昼間アレだけ冷酷なほどの戦闘力を見せた部屋からすすり泣く声?ホラー映画でも見ていやがるのか?――そんな程度にしか思えず俺は部屋のドアをノックした。

 

「レッドクリフ隊のジェニス・ホールデン少尉です。ラーダー中尉、いま少しよろしいですか?」

 

―――返事は無かった。

 

 相変らず廊下に響くすすり泣くような声に段々と辟易してきた。大体どれだけ泣くシーンが長い映画なんだと勘違いした俺は何気なくドアの取っ手を回した。

 

《カチャ》

 

 ドアは開いていた。部屋に鍵をかけないとは無用心過ぎる。考えたくも無いがこの基地には“そういう趣味”のやからも居なくは無いのだ。特にあの独特な防護服を収納した時に見たアレの容姿はそういうやからには涎ものだろうに…。

 

「……まさか」

 

 嫌な予感がよぎる。よもやこの泣き声って…すでにそういう事なのか?

 

「ああもう、クソッタレ!」

 

 返事は貰っていないが俺は悪態を付きながらも静かにドアを開けた。邪推かもしれないが、司令からくれぐれも壊すなという言葉を賜っているのに、着任早々に変態の餌食にされて精神崩壊とか笑えなさ過ぎる。

 

 つーかあの戦闘力だと逆上して返り討ちにしてしまい、良くて大怪我、悪いと殺してしまうかもしれない。そんな事態になっていたら、ある意味お目付け役の俺が司令に殺される。

 

 考えたくも無いし見たくもないが最悪の事態も考えつつ、俺は確認の為に音もなくドアを開いて部屋の中を覗き込む。指揮官の部屋だが着任したてという事もあり、最低限のものしかないその部屋は薄暗い。部屋の照明をつけていないからだ。

 

 ざっと見渡してみるが、そこに人影は無い。部屋に人影がないのに響く泣き声なんぞ、軽いホラーだと思ったもんだ。だがよく部屋を見ると、まるでこの部屋を分断するように一筋の光が漏れていた。光の出所に目を向けると、ユニットバスが置かれた個室の隙間から光が漏れているらしい。

 

 そして、すすり泣く声はそこから響いていた。どうか手遅れになっていませんようにと祈りつつ、足音を立てないようにして俺はその光漏れる隙間に近寄ると中を覗き込んだ。

 

 

 そしてそこには…トイレに寄りかかるようにして蹲る、小さな子供しかいなかった。

 

 

 アレは…いや小さな隊長殿は、泣いていた。小さな身体を更に縮み込ませ、両手で肩を抱きながら、何かに耐えるようにして嗚咽を溢す。その姿は昼間に見たあの戦闘機械とはまるで逆の…人間の子供が泣いて助けを求めるときの姿だった。

 

 思わず息を呑んだ。自分の目が信じられなかった。幻覚魔法でも掛けられたのかと思ってしまう程、昼間見た姿とかけ離れたその光景に目が放せない。思えば悪趣味な事だ。泣いている子供を前にして何もせず眺めているだけなんて…。

 

 時折呟く言葉は小さくて聞き取れない。だが辛うじて謝罪を告げている事は解った。そしてソレは軍隊経験者ならいやでも理解できる新兵特有の症状だった。人を殺めるというのは生半可な事ではない。特にそれが銃や魔法などの遠距離ならともかく、クロスレンジでの戦闘となればより顕著になる。

 

 見えるのだ。殺めてしまった敵の顔が…断末の瞬間に浮かべる相手の表情が…。苦しみに歪み、助からないと悟ったその瞬間、引き攣られそうな程に濁った目の光が…。

 

 その光景は決して忘れる事は無く心に刻み込まれる。各言う俺も未だにクロスレンジの戦闘で手にかけた敵の顔を夢に見る程だ。あれは生半可な事じゃ忘れられやしない。あの小さな隊長殿も…トラウマを刻んじまったか?

 どうすべきか迷った時、今度は別の声が聞こえてきた。 

 

「うぅぅぅ…ごめんなさい…ごめんなさい…」

『マスター。失礼を承知でいいます。諦めますか?』

「……」

 

 それは、小さな隊長殿の持つデバイスの電子音声であった。

 

『所詮AIでしかない私には、マスターの苦しみは解りかねます。しかしマスターは以前おっしゃっていました。逃げ場なぞ無い、と』

「………」

『只のデバイスである私は、最後までマスターと共にあります故、どうか…元気を出してください。立ち上がってください。負けないでください。本機が壊れるまで、私はあなたを支えます。だから……泣かないで』

「………」

 

 抑揚の無い電子の言葉。だが俺にはあのデバイスが心底あれを慰めようとしているように感じられた。 

 

「慣れるしかない…慣れるしか、ない…」

『マスター』

「俺は…絶対に、生き残って、やる…オエェ」

 

 一瞬、俺はユニットバスの戸に手を掛けかけて、やめた。知り合って数時間の男が何を言おうとも、それはプレッシャーにしかなるまい。第一俺は医者じゃない。そういうケアはまったく出来ないのだ。だから俺は音を立てずにこの場を離れる事にした。

 

 俺にはあの小さな背中をさすってやる事もできないが、だとしてもやれる事はある。静かに部屋を出た俺は急ぎ足で兵舎に向かったのだった。

 

 

 

 

「――ェニス!おいったら!」

「……あん?なんだ軍曹?」

「なんだじゃねぇよ。カードをまわしてくれって」

 

 おっと、いけねえ。少し前の事を思い出していて忘れてたな。

 

 カードを切りながら隊長を見る。まぁアレだ?あの後は俺は部隊の連中に対して隊長のフォローに回ったりした訳だ。不満を言うやつとかも居たがアレ自体が次の日には何も無い風を装って出てきたから様子見にしようぜと言って回ったのだ。

 

 まったく、どうせ装う気があるなら目の下に出来た隈を隠すくらいはして欲しかったね。気丈に振舞おうがわかるやつにはわかるんだからな。

 

 だけど俺の配慮の事を知ってか知らずか、気がつけばちゃんと職務をこなしてやがるから恐れ入る。それでもフォローの為について回る内に、あの小さな隊長ガかなりの努力家である事を知り余計に嫌えなくなっちまったんだよなァ。

 

「だから!魔力弾はパワーなんだよ!」

「いいえ!量です!弾幕を張る事こそ至高!」

「いや誘導しなきゃだめだろ?というわけで誘導弾の特訓を!」

「肉弾戦だ」「全方位攻撃」「チョコバー」「俺がガン○ムだ」

 

 そしてその隊長はいま、どうしてこうなったと頭を抱えている。何時の間にか隊長の周りに人だかりが出来ており、やれ魔力変換がどうだのプラズマを使えだのなんだの騒いでいる。

 隊長はどうもシッカリしているようで抜けている。ここにいる全員、力量差はあれど魔導師なのだ。そんな連中の近くで暇つぶしとはいえ術式の構築なんぞ始めたら、口を挟みたくなるのは魔導師のサガというもの。

 

「魔法は爆発だろjk!」

 

 各言う俺もそう叫びながら人だかりに飛び込んだ。後ろでポーカーの相手をしていた軍曹が勝ち逃げするなーと叫んでいるが無視する。大体君は勝てない勝負をし過ぎだ。俺のポケットをもう少し注目すべきだった。だからアホなのだ。

 

 そして俺まで参加した事で更にカオスになった術式構築会であるが割愛しよう。途中で隊長が静かに切れて魔力弾を乱射したけど、そんなの屁でもないぜ。なんだかんだで俺達は新しい隊長を受け入れた。これでいいじゃないかと俺は思う。

 

「もういい…全部まぜこぜにして…凄いの作るもん」

『マスターも彼らの前ではかたなしですね』

 

―――こうして今日も退屈だけど楽しい待機任務が終るのであった。まる。

 

 

***

 

 

side三人称

 

 レッドクリフ隊の濃ゆい面々と魂は大人身体は幼児のフェンが戯れているちょうどそのころ。セスル基地があるペセタ市から西に約80km。メール川を挟んだロクスタ砂漠の真ん中にあるO.C.U.の前線基地において部隊が集められブリーフィングが行われていた。

 

《――ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!》

 

 暗くされた部屋の中、スクリーンに投影される映像。そこには廃墟となった市街地が映っている。その映像は一人称視点、即ち兵士の装備に記録されていた映像だろう。瓦礫と化した廃墟の中を走り抜ける映像と同時録音された音声が共に流されている。前を走るポイントマンを走って追いかけて居る為に記録された音声の息は荒い。

 

《居た!距離80!11時方向!数は6!一般兵!》

《合図と共に斉射!―――今っ!》

《死ね。死んじまえ》

 

 銃声が響く。同じ部隊の仲間と共に瓦礫の影から一斉にアサルトライフルを放ち、マズルフラッシュで一瞬画像が乱れる。この記録をとっていた兵士はそれなりに腕が立つのだろう。敵USNの一般兵を一回で撃ち抜き、次の敵兵へと照準を合わせていた。

 

 あまり品が無いが、撮影者の男の声も録音されているらしく、ブツブツと敵に呪詛を吐いている。もっともこの場の誰もが似たような意識を持っている為、誰も気には留めない。やがて場面は進み、6名の敵兵を全員排除したところに移る。

 

《制圧完了!》

《こちら203D分隊!予定通りにD-4ポイントを制圧した!敵の輸送隊を探す!》

 

 映像の中で203D分隊と呼ばれた彼等は輸送部隊を探していた。彼らの目的は敵地にて補給の妨害工作を行うのが主任務であったのだから、同じように探しているのだろう。

 

《203ヘッドより203各分隊へ。C-2エリアにてB分隊が輸送隊を発見。各分隊はC-2へと集結せよ》

《203D了解。すぐむかいます》

《直ぐ隣か。ニアミスだな》

《今日落とせれば通算3部隊目の撃破数~、箔がつくってもんだ》

《この間は命乞いした連中がいて楽しかったなァ》

《無駄口終わり!足を動かせ!》

 

 さらに場面は移り、こんどは激しい銃撃戦が写り込む。時折光弾が頭上を飛び交い轟音が轟いて至近距離で瓦礫が吹き飛んだりしている。映像の主は頓挫した輸送ホバーを狙っているらしく、その為に周囲に展開している敵護衛部隊を排除しようと躍起になっていた。

 

《友軍の支援魔法砲撃、着弾――今っ!》

 

 直後、爆発。轟音。粉塵が上がる。友軍の曲射砲撃魔法が敵の直上から降り注ぐ。熱した鉄よりも熱い雨は周囲を固めていた護衛部隊ごと消し飛ばし、輸送車輌が張っていたシールドを強制解除させるに十分な威力をもっていた。

 

《ビンゴー!効力射だ!結界が消えた!》

《ミーシャ!ホセ!輸送車輌にロケットを撃ち込め!》

《《了解!》》

《派手な爆発最高ォー!》

 

 部隊から歓声が上がる。味方の支援でシールドが消えた敵の輸送車輌を歩兵が担いできたロケットで破壊したからだ。魔導師ではない一般兵が混ざる彼らであっても、重火器を扱える点では敵にとっては脅威であろう。

 

 だが歓声の余韻に浸る暇もなく、激しい雷雨のような光弾と曳航弾の入り混じった攻撃に彼等は晒される。ロケットを使った事で危険と判断された為に敵から集中砲火を受けたからだ。

 

 この記録をとっていた主も慌てて瓦礫の影にしゃがみ込むが、となりに居た味方はほんの一瞬、それこそ刹那の差というべき差であったにも関わらず敵の攻撃の餌食になり、血潮をばら撒きながら背後へと吹き飛んだ。カメラにも血が降りかかり映像は一瞬真っ赤に染まる。

 

 だがそれだけだ。記録主はこういった事に慣れているのか動揺せずに生き残った味方と共に場所を這うように移動していた。勿論今さっき撃ち倒された味方の首からドッグタグを回収するのも忘れない。

 

 やがてカメラは建物の中に入る。記録主は匍匐から立ち上がったので視界が一瞬高くなった。そして分隊長のハンドサインに頷いた記録主は今度は階段を駆け上り始める。彼等は狙撃銃で建物の上の階から狙撃を行うつもりであった。

 

 敵の魔導師には余り効果が期待できないが、敵に帯同する一般兵相手になら肉割き包丁となりえる銃を設置し、狙撃体制に移る。だからこそ彼等は見えていた。

 

《なっ――!?》 

 

 突然、記録主の隣にいる分隊長が驚愕の声を漏らす。敵部隊が展開している方向から伸びた光線のような光が下で戦っている戦友を貫いたからだ。しかもそれは一つではなく幾つもの光弾が視認できない速さで放たれており、逃げる事すら出来ない。

 

 カメラは自然と光弾の発射されたポイントへと向けられた。友軍の反撃により粉塵が舞う中でカメラは確かにそれの姿を捉えた。粉塵煙の中で眩い発火炎を滾らせている存在。目に見えない程の速度を持つ光弾を放つモノ、いや物が映像の向こうにいた。

 

 そのアンノウンは見れば見る程奇妙な形状をしていた。頭部と思わしき部分には短いリーゼントの様に伸びたセンサーヘッドがあり、その下にメインカメラと二つのサブカメラを備えており三つ目である。全身が白く直角な装甲に覆われていて、胸元と思わしき部分は分厚い装甲が大きく出っ張り、そこにもまたセンサーと思わしき機械が顔を覗かせている。

 言い表すのであれば、アレはどう見ても人型ロボットの様な存在であった。

 

《なんなんだアレ?隊長…》

《俺も知らないが…大きさから推測すると敵の新兵器か?》

 

 記録主も驚きながら分隊長と敵を分析する。その人型はこれ迄確認された事がない、前例の無い存在だった。今迄確認された敵が使っているどの無人兵器の特徴とも一致しない。

 

《魔力反応?…魔導師の類か?》

《しかし敵兵と比較すると半分のサイズしかないですぜ》

《もしかしたら魔導技術を取り入れた無人機で長期戦を考えダウンサイズした試作モデルかもしれん》

《新兵器か…魔導機械だとすると只のAP弾くらいじゃ弾かれるかも》 

《魔法系は魔導師に任せればいい。こっちは普通の連中を殺りながら記録でも取る事にしよう。お仕事のし過ぎは体に毒だからな。ドリアンズは何個ある?》

《残り4個。全部つかいますかい?》

《俺にもリンク入れろよ?よし投げろ》

 

 そういってバイザーを降ろした分隊長に頷いた記録主はバックパックを下ろすと中から筒を取り出した。筒のふたを外して振ると、中から四つの凸凹した球体が転がり落ちた。

 

 記録主はそれらを握り締めると建物に空いた穴から外へ放り投げる。すると球体から軟物素材で出来たプロペラが伸び宙に停止したではないか。小型偵察マシーン、ドリアンズが起動したのである。

 

《うえっへ》

《どうした?》

《いえ、いつもこの“目玉”が増える感触には慣れネェんで》

《我慢しろ。サイボーグなお前しか使えないんだからな》

《ヒデェや。給料もっとよこせよ》

《掛け合ってやってもいいぞ?この仕事が終ったらな》

 

 記録主が呻いてみせるのは、ドリアンズが使えるのは脳みそに電極を挿してあるようなサイボーグだけだからである。誰だって視界が複数見えるようになったら慣れるまで気持ち悪い事だろう。

 

 このシステムは装備に付随する記録装置にもリンクしているらしく、記録映像は複数の視界が同時に投影されていた。記録主が脳直システムで画像を調整し、映像の視点が白いアンノウンへと向けられた。

 

―――そして、ここで一旦映像が停止する。

 

 スクリーンの隣に立っていた指揮官が映像を一時停止にさせたからだ。指揮官は停止映像に映る白いアンノウンを指差しながら、この薄暗い部屋で共に映像を見ていた者たちに問うた。アレは脅威に見えるかと。その問いに見ていた者たちは概ねこの様な見解だった。

 

 射撃は正確だがたいした脅威ではない。

 

 ここにおいて、この記録映像を見ていた者は大体こんな感想を抱いていた。確かに強力無比な射撃ではある。だがそれだけだ。誘導も無ければ着弾地点で爆発を起こすという事も無い。目に見えない程早い弾速というのも通常火器の銃などなら当然の事なのでそれほど問題ではない。

 

 一般兵にしてみれば脅威だろうが、バリアジャケットを備える魔導師に対してはそれほど脅威とは思えなかった。重ね掛けしたシールドを展開すれば防げるだろうというのが大方の見解だといってもよかった。

 

 再び映像が再開される。今度は一人称ではなく、頭上から見下ろすゴッド視点だ。

 ドリアンズが中継して記録されたその映像。戦い続ける白いアンノウンの行動は第三者からの視点で見ているとあまりにも奇妙であった。

 

 強力正確無比な射撃でUSN兵を援護するが、時折アンノウンは自分自身で撃ち殺したのが見えた瞬間、ほんの数秒であるが動きを止めている。機械であるならなんらかの構造的欠陥だと思われるが、かと思えば時が経つに連れて、その戸惑いのような動きが薄くなっていき、逆により淡々とした動きへと変わっていく。 

 

 学習する機械、高度な人工知能を搭載した無人兵器、等々と見ている者たちはそれぞれにその理由を思いついていたが、どれも何かが違う気がしていた。彼等は無意識であったがこの映像を見ながらある共通の考えが根底にあった。あのアンノウンはまるで人殺しを戸惑っているようだ、機械であるならありえない事な為、誰も口には出さなかった。

 

 戦況が変わる。最初は友軍に有利であったのだが、映像が進むに連れて…特に白いアンノウンが表れたあたりを起点に分水領となったように思えた。この場にいるOCU部隊の誰しもが苦い顔をし始める中でも映像は続いていく。

 

 映像の中のアンノウンの動きは最初こそ、まるで機械の様であった。淡々と友軍を屠る様は戸惑いのような間があったとはいえ機械的である。しかしそれが取り払われて更に機械的に動くのかと思えば…そうでもなかった。OCU部隊が放ったロケット砲が再び護衛についていたUSN部隊を運よく分隊規模固まっていたところへと直撃した。

 

 弾け飛ぶ人影、飛び散る肉片。映画の様にスローモーションなどの演出は掛からないが、それ故に敵に起こったそれが現実の映像としての姿がくっきりと現れる。見ているモノ達も思わず静かにガッツポーズしたりして、ざまぁ見ろと映像を見続ける。

 

 そしてそんな映像の片隅で、白いアンノウンが動きを変えていた事に気がつく者は、このブリーフィングルーム中では一握りもいなかった。白いアンノウンはUSNの分隊が吹き飛んだ方向を見て再び動きが止まった。それはまるで人間が呆然としているかの様にも感じられるような動き。

 

 だが直後、アンノウンは何を思ったか空いている手を瓦礫に叩き付け、かと思えば持っていた大型ライフルを投げ捨てていた。その動きはソレこそ、しくじった人間がとる動きそのものである。

 

 そして何処からか取り出した大きな盾と片手持ちの機関銃を一瞬で装備し、腰掛けるかの様に体勢を低く崩した瞬間、白いアンノウンの周囲から粉塵が立ち上った。アンノウンはその場で足をまったく動かさずにターンをして見せたのだ。

 

 足の裏に何かが仕込まれている、と記録を見ている者達が理解するまでに時間は要らなかった。アンノウンはド派手な粉塵を巻き起こしたかと思えば、ものすごい速さで飛び出し、展開するOCU部隊へと突き進み、先程ロケットを撃ち込んだ部隊を含めて十数名を瞬く間に二階級特進へと誘った。

 

 飛び交う銃弾をその装甲で跳ね返し、魔力弾の直撃を物ともせずに、一般兵も魔導師兵も関係なく、手に持った魔導銃から放つ光弾で死を降り注ぐ姿はさながら鬼のようでである。

 

 さらに見ている者達を驚かせたのは移動している最中に空中に浮かぶドリアンズを撃ち抜いた事だった。ビルよりも高いところに浮かぶ、ゴルフボールより一回り大きい程度の球体を補正射撃なしで手に持った火器で破壊した。何と言う正確な射撃、アンノウンの異常なまでの正確な射撃をここまで見続けた者達も、映像越しであるが戦慄を覚えていた。

 

《イッテェ!?畜生!なんだアイツは!化物か!》

《もういい。記録は取れた。アレは無視してとにかく輸送車輌を破壊しろ!》

 

 ドリアンズが破壊された事で、再び視界は一人称へと戻った。

 中継器であるドリアンズが容易く吹き飛んだ反動で、痛みを訴える頭を抑える記録主のボヤキが混じる中で、無線から部隊長の声が響いた。

 

 その為部隊は火力を白いアンノウンが離れた事で手薄になった輸送車輌へと集中させる。彼等の目的は補給の妨害である為、作戦目標は敵の殲滅ではなく輸送物資などの破壊に重きが置かれているからだ。

 

 これには白いアンノウンも無闇に撃って出られなくなり、シールドを減衰させる効果が付与された魔力弾の阻止や、動けない輸送車輌には致命傷となりかねないロケットの迎撃に借り出され、その場に釘付けとなった。

 

 白いアンノウンの優先目標が輸送車輌の護衛でなかったら、或いはアレが単騎でいたならば数だけは多く居るこの場で展開している部隊は危なかったかもしれない。白いアンノウンにしてみれば友軍が足かせとなっていたのである。

 

《なんだ?よく聞こえない――?…っ!敵の増援!?》

 

―――だが敵の援軍が直ぐ近くまで向かってきているという情報が入る。

 

 その後、映像は援護に来た敵の援軍と戦い、此方の救援に来た友軍の上位魔導師が白い奴を引き付けて、倒されるところで記録映像は終っていた。

 

《い、いやだぁぁぁぁぁ―――!!》

 

 白のアンノウンの銃撃によって蜂の巣にされるところで。

 

 

 

 

「以上が、先日回収された記録装置から抽出した記録映像だ」

 

 非常に後味の悪い空気が漂う中、パチンッという音と共に薄暗かった部屋の照明が点され明るくなる。部屋に居る者たちは明るさの違いに一瞬目が暗くなったが、すぐに姿勢を正すと指揮官のほうへと向いた。

 

「今回、この映像を諸君等に見せたのは他でもない。今後、我々の作戦下において、映像に出てきたこのアンノウン…白人形と呼称するが、この白人形との遭遇が予想されるからである」

 

 白きアンノウン、コードは白人形。全身白い装甲に覆われた機械人形に見える事から、コードネームにはその名前が与えられている。実際いくつか不可解な動きをする以外は機械に見える為、似合った名前であるといえた。

 

「見ての通り、敵が保有する従来の兵器と違い、映像に残ったこれは完全な人型を持つ。これが一体なんなのかは今のところ解析中である。だが見たとおりかなりの戦闘力を有する事から、各隊はより警戒を厳として、たとえ遭遇したとしてもムリに撃墜を選ばずに撤退して欲しい。今はなによりも情報が必要だ――なんだ?」

「もしも補足されて逃げられない状況になったらどうします?」

 

 一人の士官が手を上げてそう質問した。指揮官は少し思案すると口を開く。

 

「その時は仲間と連携し、少しでも時間を稼ぎながら友軍が展開する場所まで逃げろ。あいにく情報が少なくて今はこれ以上の事は言えない。ただ、アレは味方の危機に関して非常に敏感な癖があるようだ。輸送車輌への攻撃の場面は見たな?」

「はい、敵車輌を破壊しようとするとそれを防ごうと動き回っていました」

「アレが生物にしろ機械にしろ、何かを守るという点でかなり精密なプロトコルがされている可能性がある。接敵してしまった場合はそれを思い出すしかあるまい。他に質問がある者は?……居なければこれにて解散とする。私からは以上だ」

 

 その言葉に部屋の者が全員立ち上がり敬礼する。指揮官もそれに返礼を返し部屋から出ていった。そして部屋には弛緩した空気が漂い始めたのだった。

 

「おいおい、なんだいありゃ?USNってのはトンでも吃驚メカでも作るのがすきなのか?」

 

 誰かがそう呟くのを皮切りにしてまだ人が残るブリーフィングルームは騒がしくなった。

 

「リアルロボット系に見えたけどな」

「いやでもどっちかっていうと特機だろあれ」

「ウチのタウロスなんかとは全然違うな。ワンオフ機かよクソッタレ」

「なんでだろうな?OCUの方がサブカルチャー上なのにこの先を越された感」

「実はあれパワードスーツで中に美少女が」

「「「それは無い」だろ」と思う」

「ですよねー」

 

 笑い声が響く。約一名核心に非常に近い意見を述べていたが、まぁこれがOCUで生きる人間たちである。彼らの連合にはサブカルチャー、特にアニメやら漫画やらが盛んな国が存在し、連合各国に輸出している所為か、連合全体でオタク率が高かったりするのだ。

 

 特に軍隊のような給料を通販に使うくらいしか出来ない職場にいる彼らのオタク率も高い。もっともUSNも映画などの実写分野では連合を凌駕している上、その凄さを彼らも認める点であったりするので、両国はどっこいどっこいだったりするのであるが…。

 

「グレン大尉はどうおもいます?」

「おいおい、お前等の深~いお話に誘われてもなんもいえねぇよ」

 

 そんな彼等に話しかけられる一人の士官、グレン・デュバル。彼は愛用のシガーケースから葉巻を取り出しながらポケットのライターを探していた。すると話しかけてきた部下がスイッと魔法で指先に小さな火を点したので、それで葉巻に火をつける。

 

 彼は実に美味そうに葉巻を味わいながら、口から紫煙をワッカみたいに吐くと、ワイワイ雑談に興じる彼らに適当に返事を返した。オタクではない彼にとって同じ部隊の仲間のテンションに偶についていけない時があった。 

 

「つーかマジでお前等のテンションについてけネェんだけど?」

「またまたぁ。葉巻オタクなアンタがついてこれないわけないでしょ」

「待てっ!?なんだそりゃ!?葉巻は愛してるがそんな事言われる筋合いはねえよ!」

「……それの銘柄は?」

「カラバ産のグリゼリア。コロナサイズのドライシガーだが?本音を言えばプラミアムシガーでハンドメイドのがいいが、滅茶苦茶高いからな。小さいほうはシガリロだが形態性に優れるこれも中々オツなもんだ」

 

 すんなりと銘柄までスラスラ語る男。この男が重度のタバコ中毒…いや葉巻中毒者なのは間違いない。話を切り出した男の方はグレンの反応にニヤニヤと笑みを浮かべふざけ半分に口を開く

 

「ほぅら、やっぱりオタk――ごめんなさい調子こきましたその展開したデバイスを下ろしてください。大尉のイグチで殴られたら死んでしまう」

「オタクとかいうな。俺はオタクじゃねぇし…オタクじゃないんだ」

 

 音も無く展開した狙撃特化型デバイスのイグチを引っ込めながら、グレンは頭を抱えながらそう呟いた。なにやらオタクに対し偏見もあるようである。

 

「そんな連れないこと言わないで。ネ?」

「うわっサブ。サブイボが立った!シナをつくるな気色悪ィ!」

「ああ~ん、ひどぅい」

「アアン?オキャクサン?」

「……やべぇ、俺この部隊抜けたくなってきた」

「ナウいムスコ♂」

 

 楽しそうではあるがオタク率が高いのも考え物ではある。だがこんなふざけた連中であっても、甚だ不本意ではあるが、本当に不本意なのであるが、部隊の仲間である事に変わりは無い。こうやってふざけあう姿も明日には命を落とす彼らの刹那的な生き方の一つなのだから、それをあえて口に出して批判はしたくなかったのである。

 

 とはいえ直視したくないテンションになっているのも事実なので、グレンは彼らを視界から外すようにして、未だ付けっぱなしのスクリーンに眼を向ける。

 そこには一意停止の状態で銃と盾を構えている白人形の姿があった。

 

「………アニメみてぇなポーズだよな」

「え?よんだ?」

「呼んでネェから、そろそろここ出ようぜ?」

「へーい。あ、ところで大尉。次の任務はなんでしたっけ?」

「聞いて驚け。メール川近郊の監視任務だ。楽でいいだろ?」

「わーお。装備に釣竿を入れてもいいですか?」

「バレなきゃいいじゃね?俺も束で持って行って思いっきり吸うんだ」

 

 そう笑いあいながら、携帯灰皿に吸殻を吸い込み、部屋から出て行く彼ら。たとえ敵であっても、彼らは人間、血の通った人間である。戦いは長引き、血は流れ続ける。この戦いが何時終るのかは、まだ誰にもわからなかった。

 


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