妄想戦記   作:QOL

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「まさか、こいつらがねぇ…」

sideフェン

 

 

「はぁ…」

 

 先日の戦闘、そして初めての実戦。敵部隊との戦闘。何もかも始めての経験だった。

 そして何時かこうなるだろうと思ったが俺は童貞を卒業した。ヒトゴロシと言う名の童貞である。別の意味に聞こえた人は出頭しなさい。母上直伝の訓練メニューつけてあげるから。

 

 そう、俺は遂先日、配属先に向かう途中で巻き起こった戦闘において、初めて人間を殺めた。それも一人や二人ではない。両の手で数え切れない程の人間をこの手で消し飛ばしたのだ。一人殺したら犯罪で十万人殺せば英雄と、前世における偉大な映画俳優が言っていたが、俺もそれの仲間入りと相成った訳だ。

 人を殺したのは堪えたのだが、それよりも本当に辛かったのは“ 自らの手で殺した実感がわかない事 ”であった。確かに俺は人を殺した。兵装デバイスのアルアッソーを撃ちまくって敵を穴だらけにし、高所から落ちた時用に格納領域に仕舞っておいた非常用ワイヤーで敵を捕らえ、ぶん回した挙句ビルにたたきつけた。

 

 だが、戦っているその時は何も感じなかった。感じる事が出来なかったのである。戦闘中の俺の思考はひどく冷たく覚めており、敵という人間を血の詰まった袋程度の感覚で効率的に処理していた。

 何とか守れた輸送部隊と共にセスル基地に行き、その日の内に見事なスキンヘッドをした黒色人種な司令官に挨拶をして、とりあえず疲れているだろうって事で与えられた部屋に行きベッドに座った時、俺はようやく人を殺めた事を自覚し…吐いた。部屋にトイレ備え付けのユニットバスがあって本当に良かったと思う瞬間だった。尉官万歳。

 

 ともかく、あの時は酷かった。新兵特有の興奮状態が消えた直後、手は震えるし頭は痛いし嗚咽が止まらないし…挙句の果てには、自らが殺してしまった名前も知らない血まみれの敵兵が俺の事を罵り、さらには両の手が血でべっとり何ていう幻覚まで見えた。

 まるで映画だ。廃人が見るような幻覚だ。これまで培った精神力と我が片腕で相棒であるヴィズが拙いながらも俺を励ましてくれなかったら、今頃重度のPTSDになってたかも知んない…。そう思うと色んな意味で危なかった。本音を言えばこっちとしても別に人殺しに慣れたい訳じゃないんだけどさ。ほら、こんなご時世だしね。

 

 あん時も後で捕虜にすればよかったとか思ったけど、相手も殺す気で来ていたからな…。初めての実戦で手加減とかなんて出来る程…俺は強く無かったよ。

 ただ、ちょっと気になるのが、情けない事に吐いて軽い錯乱状態になりながら、居もしない誰かに許しを請う姿を誰かに見られたっぽいんだよな。ドアが少しだけ開いてて、誰かが走る音が聞こえたし。今のところ変な噂は聞かないし、次の日からはちゃんと胸を張って新しい部隊の隊長として振舞ったから多分問題ないとは思うが…。

 

 

 そんで次の日。目覚めは最悪だったが、自分の率いる部隊の初顔合わせだという事で、俺は気を引き締めて事に臨んだ。軍隊だし、さぞかし厳つい面々が揃っているのだろうなと思っていたが、案の定筋肉の塊みたいな人が沢山並んでいたのには、内心密かに面食らった。

 一応女性もいたけどメスゴリ…げふん、もとい女性ビルダーみたいな立派な体格の人が多かった。その威圧感は形容しがたいものがあり、正直ちびりそうだったです。だけど持ち前の無表情の所為で誰にも気付かれなかったぜひゃっほー!…お陰でずっとみんな怖い顔だったから、無駄に精神が削れたけどな。

 

 それは於いておいて、紹介された部隊の人たちだが何か見覚えがあるなァとぼんやり眺めていたら、副官さんの顔を見てバッチシ思い出した。この場にいる全員がこの間の戦闘の時に救援に駆けつけてくれた部隊の人たちじゃん。

 しかも俺の副官になる人は、昨日の戦闘でたまたまピンチだったのを見かけたから助けた人だったので二度吃驚。思わずあっ…って声漏らして指差ししてしまった俺は悪くないと思う。だれだって見たことある人がいたらそう思うだろ?

 

 まぁとにかくそんな感じで彼等の隊長になって一週間が経過した。俺のようなガキが隊長だから、命令を聞いてもらえずにお飾りにされるのかと思っていたが、やってみると意外な事に普通に過ごせている。キチンと指示を出せば命令に従ってくれるし、それに対する文句を聞いた事はあまりない。

 それもこれも副官のジェニスとか言う少尉さんが、部隊運用初心者の俺を結構フォローをしてくれるからだ。いい部隊に配属になったと思ったもんよホント。

 

 もっとも最初こそ少しギクシャクしてたんだがね。そりゃこんな子供に指揮権があって、部隊に命令を下せば大人なら困惑するだろう。ソレばっかりは仕方ない事だと割り切って、俺はみんなよりも常に前に出て戦った。

 それからだろうか?徐々に皆に優しくしてくれるようになったのは…でも何と言っても、ある出来事があってから急に仲良くなれたんだよなァ。

 

 

 ちなみにその出来事は何かというと―――

 

 

 

 

 基地に配属され、顔合わせをした更に次の日。俺はレッドクリフ隊が生活している兵舎に向かっていた。着任して直ぐであったが、部隊長不在の間に溜まった書類などの仕事について、それまでどうしていたかを副官に聞きに行ったのだ。引継ぎってのは大事な事なのである。

 しかし残念ながら副官たるジェニス少尉は自室にいなかったので、恐らくは兵舎にいるだろうとあたりをつけてそっちに向かったのだ。なんでそう思ったか?自室と部隊がいる場所以外に屯できる無駄な場所なんて、この基地には存在しないのだ。ぶっちゃけっていうと大人の遊び場がないのである。

 

 

「…すこしいい?」

 

「なんだァ…って中尉(の階級)!?」

 

「敬礼はいい、レッドクリフ隊の兵舎って、どこ?」

 

 

 とはいえ何もない基地といえど、駐屯している部隊はそれなりにいる為、レッドクリフ隊の兵舎の場所がわからない。なのでその辺の兵士に階級見せてながら道を尋ねて歩いていた。俺の場合、幼い見た目だから、こうやって階級を見せないと話が進まない事がある。その回避方としてソフィア教官から習ったやり方だ。

 縦社会の軍隊では効果ありなのか、名もなき兵士くんは困惑を隠せないながらも、俺を兵舎の前まで案内してくれた。まァ年齢一桁に見えて中尉の階級持ちなんてこの基地じゃ俺しかいない。だからこそ芸当なんだろうな。俺は悪い意味で目立つんだもの。

 

 ともかく、そうやって兵舎の場所を突き止めてやって来たはいいのだったが―――

 

 

「なに…これ…?」

 

『第3兵舎棟…棟とつきますが、これはUSN軍の仮設プレハブですね』

 

 

―――なんというか、前線の凄まじさというものを垣間見た。

 

 プレハブなのはわかる。だがなんというかそれは非常にオンボロだった。個室なんてものはなく、中は三段パイプベッドが敷き詰められており、寝るための寝台以外に使われていないらしかった。更にはシャワーにトイレに洗濯室まで、全て外に丸出しの状態で設置されていたのである。

 流石にトイレには戸板があったけど、洗濯機は5台あるうちの2台は壊れており、シャワーなんて水道パイプに如雨露の先っぽつけただけ。

 え?USN軍って、こんなに凄まじい生活環境だっけ?

 

 

『記録によると、以前の兵舎は敵の奇襲攻撃でシールドが間に合わず大破した為、臨時に置かれた物のようですね。もっともこの状態は開戦の時からみたいです。敵の進行を食い止めるトラップ作りの為、連日工兵隊が出動状態なのも原因の一つかと』

 

 

 ヴィズの説明及び想定を聞いて成程と納得した。ところどころ日曜大工レベルで手を加えた後があるのはその所為か。しかしシャワー丸見えとか、流石にこれは色々と不味いだろうとショックを受けた俺の行動は早かった。気がつけば俺は工兵課に足を運んでおり、何とかできないかを尋ねていのだ。

 だが人手がないと追い返され、しょうがないので司令のサインがいる書類を持って途中司令室に寄り仕事を終えた後、工兵課から工具だけを借り受け、資材課に行って必要な材料だけを貰い、それを使って一人ビフォーアフターを行ってみたのである。

 

 日ごろからデバイスはもとより、兵器の修理までなんでもござれな俺ならビフォーアフターくらい朝飯前。足りない資材は、鹵獲して研究した後、適当に打ち捨てられた敵の無人兵器から引っぺがしたりして工面し、色々と工夫を凝らして作業を頑張った。

 その後しばらくして、何という事でしょう。戦場で必要最低限どころか最低だったプレハブ小屋が、ものの一時間でシャワールーム&コインランドリー完備、更には匠の遊び心溢れるエアコン付き豪華プレハブに生まれ変わったではありませんか。自分でやってみてドン引きであるが、住処の良し悪しで士気が上がるなら安いものだろう。

 

 

「……これは一体……なにをしたんだ?隊長さんよ?」

 

 

 いい仕事したぜ、と内心ムッフンと息を吐いていたら、背後から声を掛けられた。見ればジェニスを含めレッドクリフ隊の皆さんがあんぐりと口をあけてプレハブを眺めている。

 

 

「ン…改装…?」

 

 

 なんでもないように言ってみたのは、隊長として頑張っているというちょっとした意地という奴である。もっとも隊長はビフォーアフターなんて普通はしないけど。それに弄くったのはガワだけで中身は変わらないから安心してくれ。

 俺の言葉を聴いてジェニスは何故か頭を抱えている。なんで?

 

 

「隊長さん。こんな事したら撤去の時に移動とか出来なくなるじゃないか。大体こういうのはしかるべきところに許可を得ないと」

 

「……これ」

 

「え?……司令の許可状?」

 

「ソレくらい言われなくても抜かりない。あと…撤去に関しては、問題ない」

 

「おいおい。何言ってますか?こんな大きくなったら持ち運べないでしょう?」

 

「見るがいい。USN軍脅威の技術力を…(ポチッとな)」

 

「へ?何を言って――ハァァァッ!?みるみる内に外付けのシャワー室が!?」

 

 

 俺がプレハブ外壁に取り付けられた、黄色と黒の縞模様に囲まれている赤いスイッチを、これ見よがしに押してやると、ガションガションと音を立ててシャワールームとコインランドリーが折り畳まれ、収納の匠も吃驚な程平たくなり、プレハブの壁の一辺に収納された。USNというか父上から受け継いだ技術力は世界一ぃ!

 

 

「これで、運べる。でしょ?」

 

 

 何か問題ある?見たいな感じにジッと副官を見つめるが、驚きすぎたのかあごが外れそうなくらいにあんぐりとして俺の視線に気がつかない。あれ?俺対応間違えたかな?

 

 

「あのう」

 

 

 呆然としちゃった副官の反応にどうしようと思っていると、今まで声を発していなかった女性隊員の一人が俺に話しかけてきた。何とばかりに首を向ける。

 

 

「これって、お湯でますか?」

 

「でるよ」

 

 

 え?だってシャワーって普通お湯でしょ?JK。

 そう口に出す前に俺の視界が真っ暗になった。

 

 

「ありがとー小さな隊長!」

 

「ぐえ…!」

 

 

 なにせその女性隊員にガバチョとばかりに抱きしめられていたからだ。なんでも今までのは水道直結だったから水しか出なかったんだと。ハフマン島が暑い島とはいえ、温かいお湯で汗を流したい欲求は女性ならひとしおだったらしく感謝されたのだ。同じく少ないとはいえ我が隊に属する女性隊員と、一部の男性隊員に熱い抱擁をされた。

 とはいえ、女性隊員の殆どは二の腕がムキムキなアメリカンな体格をした人達であり、嬉しさのあまりハグをしてきたのはまだいいのだが、強化魔法を使っていない俺の身体は、その辺の少年とそれほど変わらない訳で…。

 

 

「オイぃ!オリーブ!小さな隊長の顔が青くなってるぞ!」

 

 

 鯖折りの如く締め上げられた俺は息が出来ずに、昇天一歩手前まで行ったのだった。

 

 

「え!?衛生兵っ!」

 

「叫ぶ前に締め上げるのをやめてやれよ…ん?なんか隊長ブツブツ良い始めたぞ」

 

「―――大きな、川…渡し守…カロンさん?渡り賃、いくら?」

 

「ちょっ!その川は渡っちゃダメだって!というかこれで死んだら俺が司令に殺される!戻って来いッ!」

 

 

 

 

 

―――まぁそんな事もあり、ちょっとだけ彼等と打ち解けられたって訳だ。

 

 ん?なんか回想で死に掛けてなかったか?甘いな。俺の母上との訓練経験だと、あのレベルならまだ戻ってこられる範疇さ……あれ?視界がちょっと滲んでるなァ。それより俺の顔が青くなった時のジェニスの焦りようは結構笑えたぜ。ケケ。

 あ、ちなみにこのプレハブの出来が見事だったから、あとで司令に図面作ってレポートを纏めてから提出っていう宿題を出されたのは大変だった。なんでも技術部に上げて、兵の生活向上に役立てるとか…あれ?俺なんかヤラかしちまったかな?

 

 ともあれ、この一件以降、俺はどうやら便利な奴と認識されたらしく、また普段の哨戒任務でも誰よりも先頭に立って働いた事で実績を示し、彼等との溝を埋める事に成功したのである。人間頑張れば少しは認めて貰えるってことだろうね。

 んで、俺はいま部屋にて書類整理に追われてる。隊長ってのは事務作業も給料のうちだからな。ウチのところは優秀な連中が多いのか、他のところに比べたら少ないほうらしいが…多い。

 

 

「はぁ、7歳児にやらせる量じゃないな…」

 

『マスター、お気を確かに…』

 

「まぁまぁそう腐らずに中尉。俺たちも手伝いますから」

 

「そうそう」

 

「…と言いつつ、ソファーでくつろいでる奴等に言われたくは無い」

 

 

 ところで何でだか知らんが、最近俺の部屋は小隊連中が屯するところになっちまった。なんだかんだで、よく書類整理を手伝って貰えるから助かっている…けどな。

 

 

「コーヒー飲む人ー?」

 

「「「はーい」」」

 

「…それ、俺の…私物」

 

 

 俺が家から持ってきてチビリチビリ大事に飲んでるコーヒーや紅茶を、極自然に消費するんじゃない!幾ら隊長職でも前線でそういうの手に入れるのって大変なんだぞ!まったくもう。

 

 

「あ、ごみん隊長」

 

「うん?」

 

「全部つかっちった」

 

「………えっ?!」

 

 

***

 

 

 さて、書類仕事を適度に終らせてちょっと気分転換に部屋から出て散歩中。途中なのに外に出たのは、決して終らない仕事に嫌気が差したからではない。人間集中力を持続するためには時折休憩も必要なのだ!……はい、実は家から持ってきた私物のコーヒー全部アイツらに飲まれてうわーんと部屋から飛び出しただけです。

 別に泣いてないし無表情だったけど、心情はまさにソレである。今の今までヴィズの格納領域に隠しておいたのに、こんなに早くなくなるなんて…。迂闊に手伝ってくれた連中に振舞うんじゃなかった。一人内緒でちびちびやってれば良かったよホント。

 

 なんともいえない気分を紛らわしたくて、俺は自分が配属されたセスル基地の中を散歩してみる事にした。この基地は駐屯地という事もあり、それなりの規模の基地として作られている。都市部にあるので長方形に近い土地面積を持っており、隅にあたる場所には監視搭にあたる建物が建っている。

 この監視搭、外向きにかなりの精度を誇る速射砲が取り付けられており、更にはこの四隅にある監視搭が主要魔法シールド発生器の役割を果たす為にかなり頑強に作られた強固な建物でもある。たまに制空権の隙間を縫ってやってくる爆撃機なんかの爆撃をこれで防げるらしい。配属されてから一度も見ていないから良く知らないけどね。

 

 基地と周辺の市街地はフェンスと金網で仕切られている。非常時には金網近くまでシールド魔法が降りるので、物理的な壁は予算の無駄だという事で作られなかったらしい。フェンスの直ぐ近くには車両や無人兵器用のハンガーが軒を連ねており、近くを通るとオイルやガソリンなどの臭いがする。中では整備士たちが出撃して帰ってきた無人兵器の整備に追われているようだ。

 他にも武器庫やら倉庫やらが連なり、あとはグランドの様に開けている。これら設備のほぼ中央にはこの基地の中枢である司令部が、ドンとその存在感を余す事無く発揮して腰を据えている。この基地の中で一番立派というか強固な造りである司令部は、非常時にバンカーになるように設計されているからか、地下に発電施設などの主要設備が集中している。バンカーバスターにも負けないぜ。

 

 後は…通信塔がドンっと立っている。赤い鉄骨のドデカーイ奴が司令部に隣接してどっしりと構えている。多分戦闘がここまできたら真っ先に狙われるんだろうなァ。目立つし派手だし…まァこれがセスル基地の概要である。これ以外はホント何もない戦う為の場所といった感じだ。

 娯楽設備が全くないのは、そういったのを基地の外に依存していたというのもある。 ハフマン紛争が開戦した事によって、周辺の市街地が破壊されたから、娯楽を提供してくれる人々もいなくなってしまったので色んな意味でここは非常に退屈な場所でもある。

 

 それ以前に戦争しているから娯楽に興じる暇もないんだけどね。どちらにしろ俺の年齢だと絶対にその手の娯楽には行けないから、俺にとってはあまり代わらないけどね。中身だけならオッサンに手が届くのに…なんてもったいない。

 

 

《―――ガンッガラガラ》

 

「……?」

 

 

 俺がブツブツ文句を垂れながら基地を取り囲うフェンスの傍を歩いていると、フェンスの向こう側から何かが落ちる音が聞こえてきた。音のするほうに目を向けると、廃ビルの中から二人ほど子供が顔を覗かせていた。

 一人は12歳くらいの男の子。その後ろで男の子の裾を掴みながら付いてきている子は男の子よりは年下であろうが、今の俺よりかは年上…まぁ大体9才かそこらだろうが…女の子がいる。多分、難民の子かな?ここいらで子供がいるなんて難民キャンプくらいしかないだろうし…俺は勘定に入れない。だって兵隊なんだもん。

 

 俺が眺めているとも知らず、彼等は廃墟の中を行ったりきたりして、時折何かを拾っては手に持っているダンボール箱にいれている。表情から察するあたり、空爆などで瓦礫に埋もれてしまった物資を拾い集めているのだろうか。そういえば輸送隊で聞いたところだと、難民キャンプに届く物資はギリギリであるらしい。彼等がああやって廃墟を行ったりきたりするのも、生きていく為にしている事なのか…。

 

 俺とは違うベクトルで戦っているんだ。そう思うと少しだけ彼らに対して憐憫の心がふつふつとわいてくる気がした。そう考えるだけでも本当はとても失礼な事なのだと解っているのであるが、表情には出ない…というか出せないので安心して欲しい。ともかく、俺達が敵を倒す事に熱心な様に、彼らも日々生き残る事に熱心であるという事を、この光景を見て理解できた俺であった。

 

 そんな訳でしばしの間フェンス越しに彼等の働く姿を眺めていた。見ていて気付いたのだが、彼等は主に生活用品を集め、たまに見つかる食料などはその場で食べている様だった。生活用品はマーケットがない現状、自力で掘り返すしかないから貴重品である。食料は…まぁ育ち盛りだしな。沢山食べたいだろうに…。

 しかし、コールドパール航空基地で見たあの沢山の物資はこういう難民キャンプに行き届かないんだろうかね?コンテナ一つ分あれば節約すれば三日は持つと思うんだよね。あ、でも確か輸送されている物資って殆どが砲弾とかの弾薬だったか…なんで知っているかっていうと、航空基地で司令部に呼び出しされた時、そこの事務室の近くで待たされてたんだが、あいにく待合室なんていういい場所がなかったんだよな。

 

 でも待っている間暇なので、仕方なく暇つぶしに事務方の書類を遠くから覗き見していたって訳。身体強化魔法の応用で視力を強化していたので、細かい文章までよく見えたんだが、その中の物資リストの殆どは武器弾薬であるっていう記述があった子とを思い出した。

 確か今のハフマン島は、北から南にちょうど線を引いたかの様に、島の中央で完全に分裂しているような状態らしい。OCUを押さえ込む為に日夜砲撃陣地は大忙しと噂で聞いていたが、その為に使われる弾薬の消費量が凄いって事なのかも…あと考えてみれば俺が襲われたみたいに敵に輸送部隊が襲われる事もあるんだよな。基地に物資が優先されるから…難民キャンプで物資が不足するのもしょうがない事なのかも…。

 

 ん?…あ、女の子が俺に気が付いた。なんか男の子の袖を引っ張って俺のほうを指差してヒソヒソ話してるんだけど…ってどっか行っちゃったよ。なんだ?感じ悪い。

 

 

『マスター、そろそろ戻りませんと終りませんよ?』

 

 

…………その前にお仕事しないと、ああもう面倒くさい。

 

 

***

 

 

Side三人称

 

 OCU、USN。この両者の対立により巻き起こったハフマン紛争。激化する戦争の中で両軍とも文字通り死力を尽して互いに互いを撃滅せんと、島を中央から半分にする形で戦っていた。

 熾烈な戦闘。こと魔導師という局地戦における最大級の兵器の存在が、二次元的平方戦をさらに高度な三次元立体における空間戦にシフトさせるのにそれほど労力は要らない。陸戦を主とする陸軍、空戦を主とする空軍という枠があるとはいえ、魔導師の存在は既存の兵器とは違う世界を戦場に与えていた。

 

 そして戦えば戦う程、お互いを潰しあう為に成長する。ソレが人間。ソレが魔導師であった。相手が魔力弾を使えば、それをさえぎる防御魔法を。防御魔法が使われれば、それを貫くシールド貫通魔法を。さらには強力な魔導師を殺す兵器をといった具合に繰り広げられるイタチごっこは、古来から変わらない戦争の様相その物である。

 故に、垂れ流す憎悪は底知れず、泥炭の如き浅黒さで蓄積していた。

 とてもではないが、この思いやりが払底した世界で、ことOCUとUSNという大国同士のこの戦争に、誰かが介入できる様には思えない。現にこの世界の国際連盟は両大国の意思によりねじ伏せられ、この戦争では役立たずのレッテルを影で貼られる程の静観ぶりを発揮している。

 官僚は定時に帰り、政治屋は高級料理に舌鼓を打ちながら、戦争による経済情勢について話し合うか天下りの相談がされているとなれば、世界とはかも不平等であると理解のない者は言うだろう。

 

 そんな世界であったが故か、ハフマン島においてUSNともOCUとも、まったく違う。ある種別の動きをしてるモノたちがいる事に、戦う者たちはまだ誰も気が付いていなかった。

 

 

 

―――ハフマン島の北端にあたる原野に、今は廃棄された工場跡地が存在した。

 

 

 それなりの敷地に分厚い壁を張り巡らせ、天高く伸びる巨大な煙突をはやしたソレは、かつてOCU主本の製薬会社が建築した建物である。この呆れた戦争が始まるよりもずっと以前、経営不振から本社が倒産し、随分と昔に廃棄された施設であった。当然廃棄された場所である事だし、そこに人の気配は感じられない。朽ちてゆく廃墟。それがこの工場に割り振られるべき名称。

 だが、経済不審で廃棄されたという、実に有触れた理由が伴う廃棄工場の中で揺らぐ光があった。魔の森の樹海の如き絡み合ったパイプが連なる空間の更に奥。今でこそ乾いているが、嘗ては膨大な量の水を溜め込んでいた筈の巨大な貯水槽。そのに伸びる巨大なパイプの一つは、地上の工場のどこにも繋がっておらず、パイプの森の途中で海抜0よりもはるか地下へと、その巨体を潜らせていた。

 

 そのパイプの中を行来するのはトラックの列だった。USNのコンボイ、OCUの武装トラック、第三国の廉価トラックまで様々な車種が勢ぞろい。まるで統一されていないソレは、まるでトラックの国際市のようでもある。そうここは廃棄された場所ではない。正しくは廃棄されてからも工事が行われていた場所であった。

 いわば、それは秘密基地と呼べる場所であった。トラックがらくらく通り抜けられるようなパイプはそれだけで巨大なトンネルと化す。今は乾いた貯水槽は広大なVTOL用のランディングパッドに様変わりだ。今でもパイプに残された腐った薬液が熱を発する為、衛星の探査でも工場の地下に何かがある事には易々とは気付けまい。

 

 そして、この様な秘匿された場所を使うのは、往々にして後ろ暗い者たちだといえる。ここで蠢くモノたちは誰一人としてUSN・OCU双方のワッペンを着けてはいなかった。変わりに二羽の赤い鳥がすれ違うような意匠が施された“グリムニル”と第三国で使われる言語が刺繍された紋章を貼り付けた者たちばかりである。

 しかしその者たちを第三者が見れば異様といわざるを得ないだろう。行き交う誰もがキビキビと、まるで機械の様に働いている。しかし多くの者たちの目には光がなく、纏う雰囲気からも生きる意思というものが感じとる事ができない。

 蠢く彼らはまるで大事なモノを置き去りにしてきてしまったかのようで…そうでありながらキチンと仕事をこなすその姿はよりいっそうの不気味さを加味していた。動く死体、生きた屍、リビングデッドと称する方が相応しいと思えるような者たちばかりである、不気味である。

 

 また、そんな彼等の多くは側頭部あたる部分に、大きさは様々であるが銀板のような板が皮膚に縫いこまれていた。明らかに外科手術により縫いこまれたソレは、小さいながらも時折発光してみせるので、彼らの異質さをより際立たせるのに一役買っていた。

 

 そんなゾンビーたちがひしめく地下空間の中を闊歩する一人の男がいた。その人物は40代前半であろうか?若干後退しているくすんだブロンドをオールバックに、白色人種特有の白い肌を持つ彼は少し急ぎ足で通路を歩いている。彼は周囲の生きながら死んでいるモノ達と異なり、目には爛々とした輝きを宿していた。正し、その輝きは濁りに濁った泥水の如き混沌を孕んでいたが。

 そんな彼は地下空間の一室に入り、大量のケーブルに繋がれた端末の前に座ると、端末を操作し始めた。薄明かりの部屋。ディスプレイの明かりが煌々と輝き、男の顔を部屋の中に浮き立たせる。そんな男の顔は、口が三日月の様に開かれて、ひどくおかしく歪んでいた。

 

 

「フッフッフッ―――」

 

 

 ディスプレイのデータを洗い流すかの様に流れる文字の群れを正しく理解しながら見続ける男が、顔をおかしそうにゆがめたままで――嗤う。 

 楽しそうに…面白そうに…。壮年男性の低音のままで、濁った声音で響かせる狂気に純粋な嗤い声を木霊させる姿は、完全な狂人という印象を抱かせるであろう。だが男はそんな事を露ほどもきにせず嗤い続けていた。

 

 なにせ、彼にしてみれば笑いが止まらないのだ。自身の興味を満たす、ある種狂った欲望の為に人の道を逆走するように踏み外した男は、いままさに踏み外した人間が行うような研究を好き勝手に行っていたからである。自身の興味と合致する事をUSNともOCUとも違う国家に提示、支援を受けての研究はまさしく信じられない成果を上げていた。

 今宵も男は歩く死体が犇く工場の地下で嗤い続ける。USN軍、OCU軍、そして周辺の軍基地の人員リストが載ったデータを見ながら、男は嗤っていた。

 

「だんな。試作品が完成―――あー、取り込み中なら後にしましょうカ?」

 

 嗤い声で支配された部屋に今度は別の男の声が響く。赤毛の上からバンダナを被った男は壁をノックしながら入ってきた。赤毛の男は周囲にいるリビングデッドとは異なり、ちゃんと意思を持ち合わせているらしく、狂笑を響かせている部屋の主に対し、少し引き気味で語りかけていた。

 

「いや今すぐに見に行こう」

 

 それに対し部屋のヌシはピタリと…まるで機械の様に嗤う事をやめると部屋の入り口へと歩き出す。入り口側に立っていた赤毛の男は部屋から出てくる彼に道を空けるとその後に続いた。

 

「それにしてもだんなが手がけたアレ。随分と儲かったですよ」

「ククク、試験も終えて廃棄処分した駄作達を上の監視から隠れて君等がどう処分しようが私には関係ない事だがね」

「それでもSは傑作ッスよ。なんせこれまでの経験が直接生きてくる兵器はなんてのは裏じゃいい値段になるんで」

 

 赤毛の男は歩きながら自身の商売の話を続ける。彼が話題に上げたのは、目の前を行く金髪の男から貰い受けたモノで、本来失敗作として組織ぐるみで闇に葬られる筈だったモノたちの話だ。秘密裏に処理される事を逆手にして、処理せずそのまま赤毛の男へと手渡し、その男の伝手で決してバレる事が無い場所へと売られたのである。

 赤毛の男にしてみればマージンが入ってウハウハ。金髪の男は売り上げの金で自身の私的用資金を作れるとあって、ビジネスとして成り立っていた。

 

「ただ記憶障害で人間性がドンドン失われてアホになる事は文句言われましたがね」

「フム…仕方あるまい。あれはあれで失敗作だ。基礎理論だけで構築すればああもなる」

 

 金髪の男は赤毛の男の言葉にどこか呆れた色を混ぜながらそう返した。

 彼が作り上げたソレは最初期の基礎理論を検証する為だけに作ったモノ。より高次的かつ彼の目的に見合ったタイプを作り上げた現状では、前段階の手法で手がけたソレは失敗作の烙印を押したも同然だった。

 

「もっとも君達にとっては都合がいいのではないかね?記憶欠落が進めば、その分扱いやすい」

「殺戮機械になるって意味なら。単体戦力なら一騎当千になるんで」

「最近のはまだマシだがね。アルバムでも持たせておけば事足りる。第一アレの利点の前では人間性の欠落などは問題ではないのだよ」

 

 そう、彼が構築したそれらの利点は、そのような些細な事は度外視できるのだ。暗にそう語る金髪の男の背中を眺めながら赤毛の男はふーんと軽く返し、ふと気がついたことを口にする。

 

「ところでだんな?なんか機嫌よさそうですが、なんかあったんですか?」

「なに。“異邦人” というべき君等がもたらした新たな技術を使うことで、私が思い描いていたプランがペーパープランとデータだけで終らず、実際に存在できる物へと変わる事に年甲斐もなく喜びを覚えたのだよ。腐っても人間というだけなのだがね。人間性はどんな存在にも宿るようだ。しかもだよ?もう直ぐ検体も複数確保できる。思わずダンスでも踊りたいほど嬉しくもなるのだ」

「だんなが楽しそうで何よりだ。だんなが更に良いモン作って、それを高く売る。そしておこぼれで俺達が儲ける。実に良いビジネスもあったもんだ。管理局の手を逃れてここまで足運んだ甲斐はあるってもんでさ」

「そうかね。ところでこの間の補給でいい物を手に入れてね。君もどうかね?」

「おお!だんながそういう事を言うなんて初めてだ!」

「あとで私の部屋にくるといい」

 

 酒とは一言も言っていないがね…と口の中で呟く彼に赤毛の彼は気がついてはいない。そろそろ移動したいと思っていたところだし、ちょうどいいのかもしれない。そんな事を考えていた男であったが、急に視界が狭まったかと思うと足をもつれさせた。

 

「……ぐっ」

「だんな?急にどうしたんで?疲れたんですかい?」

「どうだかね。かれこれ一週間ほど研究に没頭していた私はまだ元気だ」

「それ元気って言わねぇ…休んだほうがいいんじゃ?」

「いや。大丈夫だ。すまない……フム、この個体も、もう限界のようだ」

「だんな?なんか言いましたかい?」

「なんでもない。それでは実験室に向かおう」

 

 赤毛の男はヘイと返事を返すと男に従った。こんな陳腐な男が世界の壁を越えてきた犯罪者だと誰が気付くだろう。後に彼はただのリビングデッドに成り下がるのだが、それはまた別の話。

 

―――モーガン・ベルナルド。国際指名手配されたテロリストは、今はまだ闇の中。

 




今日はここまで、アデュー

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