妄想戦記   作:QOL

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前作での表現不足補完回…要するに新規書き起し。


「この香りこそ戦場よ!」

             

Side三人称

 

――PM3:45・USN第三駐屯地・セスル基地司令室――

 

 その日、ジェニスは司令に呼び出された。

 自身が隊長代理を勤める部隊の連中と、“健全”なカードゲームに勤しんでいたところの呼び出し。これに対し彼は不満気な顔を隠そうともせず司令室に出頭した。何故呼び出しが掛かったのかは、司令に呼び出されるようなやましい事に覚えがない彼にとって首をかしげるような事である。

 しかしよくよく頭を巡らせてみて、呼び出されたのは別の一件である事に思い至ったジェニスは…彼の眉間には、別の意味での深い皺が現れた。面倒くさいと思い、ため息を吐きつつも司令室へと急ぐジェニス。ただ、呼び出された所為でせっかくカードで賭けていた100USNダラーがパーになったのが後ろ髪を引かれる思いだった。

 

 ジェニスがセスル基地の司令室に入ると、香を焚いた独特の香りが微かに漂ってきた。軍隊の基地で嗅げるような代物ではない筈だが、香はこの基地の司令の唯一の趣味である。喫煙家ではないジェニスにしてみれば、煙たい葉巻の匂いよりはマシであると思いつつ、まっすぐと視線を部屋の中央にどっしり構えられた司令官が座る執務机に向けた。

 エボニーで作られた如何にも重厚そうな執務机にて、香の煙を焚きながら書類仕事に勤しむのは、セスル基地を纏め上げる司令アル・マジードである。黒色人種特有の黒光りする肌は、常夏のハフマン島に来て更に黒くなったような感じを受ける。ジェニスはこの司令が苦手であった。よく言われる面白黒人とは違い、かの人物は非常に堅物でジョークどころかユーモアすら理解しない石頭だったからだ。

 

 

「ジェニス・ホールデン少尉、出頭しました」

 

「ごくろう。そこに掛けて少し待て」

 

 

 マジード司令はそういうと、手にはんこを持ち―――

 

 

「こぉぉぉぉ……はぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

《しゅたたたたたたたたたたた!!》

 

 

―――恐ろしい速さで書類に判を押していった。あまりの速さにジェニスには彼の腕が8本あるように見えた。

 

 

「こふゥ…《コキコキ》…終ったな」 

 

「そうですね(この親父。無駄に強化魔法使いやがる。何時もながらナニあれ?)」

 

「どうかしたか少尉?」

 

「いいえ」

 

 

 本音を言うわけにもいかず、ジェニスはなるたけポーカーフェイスを保った。

 

 

「まぁいい。それよりも喜べジェニス少尉。現在空席になっている隊長が決まったのは前に話しをしたな?それについての書類が先ほど届いたから眼を通しておけ」

 

「はぁ」

 

 

 そういって引き出しから書類を出して手渡してくるマジード司令に、ジェニスは少し素っ頓狂な声で返事してしまった。それもその筈で、普通こういった場合は司令自ら書類を渡す事はなく、たいていは人事の人間に持ってこさせるはずだからである。呼び出したのは部隊の再編成に関する事ではなかったのか…そう不思議に思いながらも手渡されたコピー用紙の束を手に取るジェニス。執務室に暫く紙をめくる音が響いた。

 そしてある項目の部分にジェニスが眼を通したとき、彼が動きを止めた。米神を解しながら険しい顔を司令に向ける。しかし司令はどこ吹く風、いや何時もと変わらない仏頂面を崩さない。それに苛立ちを覚えつつ、ジェニスは司令がガラにもない冗談を言ったといって欲しいと思いながら口を開いた。

 

 

「これは…なんというか…ハハ、何かの冗談ですか?」

 

「残念ながら現実だよ少尉。到着が遅れている少尉は年齢一桁の子供だよ」

 

「ダムイット!本気ですか!?」

 

「本気も本気だろう。少なくとも仕官学校出のボンボンでは無い事は確かだよ」

 

「なんてこったい…」

 

 

 書類に添付された写真には7~8歳くらいの子供が写っている。その下には名前だろうか、フェン・ラーダーの文字が連なっていた。

 

 

「司令、命令の撤回は…?」

 

「無理だな。すでに撤回要求を送ったのだが、返ってきたのは撤回要求の撤回状だったよ。すでに根回しは済んでいるのだろうな。しかも下手にばらせば機密漏えいに問われるという念の入れようだ。こちらも閉口するしかあるまい」

 

「しかし司令。こういっちゃなんですが実戦部隊である我が隊は人員消耗が激しい部署です。訓練しか積んでいない…それも短期育成プログラムとかいう詰め込み教育の即席将兵なんぞ足手まといにしかなりませんし、無駄死にするのがオチだという事は上は理解しているんですか?」

 

「書類では埒があかんので通信で問い詰めたのだ。だが戦略情報部の――確かエリカとかいったか?その将兵曰く“此度の件は短期育成プログラムと並行して行われた次世代魔導師育成の為の実験もかねています。その為のデータ収集の為、ランダムに最前線の部隊を選抜しました。かの部隊は栄光あるUSN軍の重要機密の足がかりになれるのです”だと抜かしてきたよ」

 

「実験…」

 

 

 ジェニスは無意識のうちに白くなるほど拳を強く握り締めていた。そしてこの話に腸が煮えくり返りそうな感情を覚えていた。戦う戦力が必要なのはわかる。その為の装備開発や戦術開発も必要な事なのも軍人として理解できる。

 だが、わざわざ戦時中の最前線基地で実働部隊を丸ごと“実験と証した遊び”を行わせる等、いくら上層部が戦力を欲していて勝利を掴もうと必死だとはいえ、これは前線を軽んじているように思えてならなかったのだ。

 

 

「少尉。この件に関して怒るのが解るがこれは決定事項だ。反論は許されんし、反論する事は即ちUSNに対する反抗と受け取られるぞ?」

 

 

 司令の声にハッと顔を上げる。表情に出ていたとは何たる事か。

 

 

「それで司令。件の隊長殿は本当にウチの部隊に収まるんですか?」

 

「空きがお前達のところしかないのだからあきらめろ」

 

 

 ジェニスたちの部隊は数ヶ月ほど前の偵察任務中、突発的な遭遇戦により前の隊長を失っていた。本来なら直ぐにでも代わりの将兵が空いた隊長職に着くか、あるいはジェニスのような副官をしていた者が、階級を繰り上げられて隊長に付くのがセオリーである。どうりで今の今までそれがなされなかった理由に合点がいった。

 その為、ジェニスは司令の前であるにも関わらずため息を吐きたい気持ちで一杯であった。いっその事、新隊長が体調を崩して後送されはしないだろうか、自分のいる部隊は紛争開始時からの生き残りが多い部隊である。その濃さを利用して…いやそれよりも、確か別の部隊に“喋る生物兵器”とかいうあだ名が付いた奴が居たが、そいつに任せるとか…。

 

 

「言っておくが隊長とはいえ子供である事に変わりはない。また貴様等の立場も命令を聞けないようなら切り捨てられる事も忘れるな。だから…くれぐれも壊すなよ?」

 

「…了解」

 

 

 心の中で舌打ちしつつ、ジェニスは仕方なく了承してみせた。いや、正確には理解させられたが正しい。なぜなら基地司令自らが説明してくださった、ありがたくも傍迷惑な話しである。しかも眼の前の石頭司令よりも上の方々が、書類まで送付してきたのだ。一仕官でしかないジェニスに出来る事は、黙って命令に従う事だけである。

 

―――そんな時、司令の執務机に取り付けられた内線が鳴る。

 

 

「私だ。……ああ…ああ…ふむ。解った――仕事だジェニス少尉」

 

「またOCUが警戒ラインを抜けたんですか?」

 

「抜けたついでに奥地に来て我が方の輸送部隊を襲撃した。輸送経路破壊作戦だと推測される。ジェニス少尉以下、待機中の部隊全員を叩き起こせ。直ちに出撃し輸送部隊の救援に当れ……なにをボサッとしている。今すぐだ!」

 

「サー!イエッサー!」

 

 

 司令の響くような大音声に反射的に敬礼を返したジェニスは、駆け足で司令室から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

『―――おーい隊長代理。返事してくれ』

 

「……ん?すまねぇ考え事をしていた。なにか見えたか?」

 

 

 場所は移り、ジェニスが居るのは破壊された市街地。ブリーフィングを行わずに緊急出動した隊長代理のジェニスが率いる小隊は、廃墟となったビルの瓦礫の上を跳ねるようにして一直線に目標に向かって駆けている最中である。

 一応移動手段にはトラックやホバーなどがあるが、周辺が廃墟と化しているので、下手な乗り物に乗るよりも身体強化した脚力で一直線に走ったほうが速いのだ。

 

 そんな中、ジェニスは先程の司令との会話に思考を割いていて、部下の念話に気付くのが遅れた。そんな彼の様子を見て部下の一人で分隊を指揮するハーヴィー・デュラント軍曹が呆れたような思念を送ってきた。

 

 

『見えたもなんもねぇよ。何をどうすりゃいいかは道中聞けって隊長代理が出発前に言ってたんだぞ。だから聞いている』

 

 

 デュラント軍曹の上官を敬わないような口ぶりにジェニスは苦笑する。これがなければ昇進して自分と同じく戦地任官で同階級になれるというのに。それはともかくとジェニスは頭を振り、これからの事を話す為に頭を切り替える。

 

 

「ああ、そうだったな。概略を説明すると―――」

 

 

・友軍の輸送部隊が潜り込んでいた敵に襲撃を受けた。

・事態が発覚したのはおよそ20分前。定期連絡が来なかった事と、上空を通過した数少ない友軍の偵察衛星からの観測により、未だに輸送部隊と敵とが戦闘中である。

・出撃した我が小隊は全力を持って輸送隊の救援にあたれ、可能ならば敵を殲滅せよ。

・尚、先月の敵の爆撃により、周辺の地雷原はほぼ消滅しているので、常に接地戦闘が可能であるが、障害物も多くある為、射撃戦の場合は誘導魔法を使われたし。

 

 

「―――以上だ。なにか質問はあるか?」

 

『……要するに全員ぶっ飛ばせばいいって事か?』

 

「向かってくる奴だけな」

 

 

 デュラントは脳筋であった。その事に頭を抱えたくなったが、ジェニスは時間がないとマルチタスクで切り捨てる。適当に返事を返して何度目かになるかわからないビルを飛び越えた。そのとき、彼の視界の隅にチカッと光るものが映りこんだ。ジェニスは部隊全員に念話を送り停止させると、通信機と念話双方で通信を送り始めた。

 

 

「こちらセスル基地所属の第23駐屯部隊レッドクリフ。救援に来たがそちらの正確な位置がわからない。現在位置を知らせよ」

 

『こちらコールドパール基地所属の第8護衛小隊。隊長は戦死され、現在副隊長が指揮している我々はサウスバーグ通りを抜け、パラダイスバーガーショップ跡地前にて停止中。敵は道路周辺の瓦礫を盾に包囲網を展開していてこちらは長くは持ちそうにない』

 

「レッドクリフ了解。支援砲撃は必要か?」

 

『周囲の瓦礫ごと吹き飛ばせるなら是非に』

 

「それはムリだが、後5分で到着できる。通信終わり」

 

 

 通信が切れると同時に、ジェニスは再び部隊に進行を促して駆け出した。銃声が段々近くなるのを肌で感じつつ、彼は彼がもっとも得意とする魔法をマルチタスクを用いて準備を始める。レッドクリフ隊の面々も言われずとも準備を始め、移動しながらすでに準備は整った。

 

 

『隊長代理。右前方、距離700の位置にある廃ビルに魔力反応を検知。IFFは確認されず』

 

「解った。俺が一発ぶちかますから――」

 

『後はド派手に突入すりゃいい、でしょ?』

 

『やることは“出てくる敵はぶん殴る”が作戦か?』

 

「……もうそれでいい。とにかくクソヤロウ共をブチ殺すぞ!」

 

 

 部隊全員から了解の意が篭った念話が帰ってくる。それを聞きながらジェニスは速力を上げた。空を飛べない陸戦魔導師である彼らだが、足が着く場所であればその速度は決して空戦魔導師に劣るものではない。

 速力を上げた事で敵までの距離が一気に縮まっていく。距離にして500、400とUSN正規兵ヘルメットのバイザーに映るHUDのカウンターが縮まっていった。

 

 

―――そして、カウントが100を切った時、ジェニスは彼らは叫んだ。

 

 

「そこどけ消えろ今すぐにっ!騎兵隊のお通りだーッ!!」

『『『うおぉぉぉぉぉぉおおおおおっ!!!!!』』』

 

 鬨の声に敵が一斉に振り返る。動揺を見せない敵はジェニスたちの存在に気付いて待ち構えていたのだ。敵は無能ではない。現に救援である彼等の接近に気付いており、レッドクリフの突入に合わせてバリアを展開している。だがそれでもレッドクリフ隊には関係なかった。魔力弾を発射しながら、ジェニス等は包囲網の一角に喰らい付いた。

 

 

「さぁさ!お祭りの時間だよォ!お祭りに必要なものはなんだっ!?」

 

 

 ジェニスはそう声を張り上げながら、予め準備しておいた魔方陣を展開する。

 途端彼を包み込むように、小さな黒い魔力スフィアがその姿を現し、拳程度の黒い球体が、戦場にばら撒かれた。

 半ば撃ち捨てのようなその球体は、まるでゴムまりのように跳ね回り、そして――― 

 

 

「それは!花火だァ!炸裂魔法 破片(フラグ)爆弾(マイン)!コイツは痛いぞっ!」

 

 

―――その言葉と共に、大音響と閃光があたりを包み、戦場に大輪の華を咲かせたのだった。

  

 

***

 

 

 ジェニスたちの突入により、輸送部隊を取り囲んでいた包囲網の一角が潰された。強襲にもめげず反撃してきたOCU部隊の攻撃を何とか防ぎつつ、レッドクリフ隊は護衛部隊とのコンタクトに成功する。

 

 OCU側も救援が来た事を把握したのか、直ぐに包囲展開している部隊を動かして集結。レッドクリフ隊はその動きに反応し、直ぐに護衛部隊と合流、それに対抗する。これにより戦力が拮抗し、戦いは佳境に入った。

 

 

「ぐへぇ…」

 

 

 もっとも、初撃で敵を蹴散らして見せた男はぐったりとしていたが…。それもその筈で彼は残り魔力がギリギリの状態にあった。初撃で使った大規模魔法でかなりの魔力を消費してしまったのである。

 勿論考えなしというわけではない。

 

 

「おい隊長代理。敵をぶん殴ってきたが次はどうすりゃいい?」

 

 

 返り血の付いた拳を下げながらデュラント軍曹がジェニスに駆け寄ってきた。そう、初撃でかなりの敵を削り、また怯ませる事で味方の進む道をジェニスは作り上げた。そしてその後は味方に任せたのである。これは決してサボったとかそういう訳ではなく、そういう風に元から役割分担されていたのだ。

 なにせ、ジェニス少尉の元々の立ち居地は――

 

 

「おい特攻隊長さんよ?」

 

「あん?次は右翼側がヤベェからかち込んでってオイ」

 

「解ったフォークを持つほうだな!」

 

「お前左利きだろ!逆だ逆!」

 

「解った!殺ってくるぞ!ウォォォォ!!」

 

「……やれやれ。あれだとどっちが特攻野郎なんだか」

 

 

―――突撃隊長というか特攻隊長みたいな立ち居地だったのだから。

 

 故に、最初から全力で魔法をぶち込むのが彼のスタイルである。その所為で動きが鈍る上に魔法が暫く撃てないが、そこはチームワークでカバーするのである。ジェニスは軍曹が雄たけびを上げながら、彼が唯一ちゃんと使える魔法であるシールド魔法を全開にブルドーザーの如く敵兵に突っ込んでいくのを見つつ、背中に担いだ金属の塊を手に取る。

 魔法が撃てないなら銃を持てばいいじゃないとばかりに、担いできたのは対魔導師用の銃器だ。それを片手にジェニスは瓦礫の影にもぐり瓦礫の隙間から敵兵を探した。魔力がなくても兵士としては問題なく戦える、休んでいいのは死んだ時だけ。それがレッドクリフ隊の隊訓であった。

 

 

「うぅぅ…」

 

「シッカリ!いま回復させます!」 

 

 

 そんなジェニスの隣では、負傷した兵士を衛生兵が治療している。一家に一台ではないが一部隊に付き治癒魔法が使える魔導師が一人か二人帯同するのがUSN陸軍式である。緑色の仄かな明かりが魔方陣から零れ、その光に包まれた兵士の顔から苦痛の色が薄れていくのが見て取れる。

 しかし、それは戦場において非常に目立つ行為。

 

 

「アブネェッ!」

 

 

 ジェニスが気が付き、治癒実行中の治癒魔導師を慌てて引き寄せる。直後その魔導師がいた場所から小さな粉塵があがった。銃弾で狙われたのだ。

 

 

「隊長代理!ありがとう!」

 

「おいこらレンチャック!魔法使う前には結界魔導師つれてけって」

 

「それよりも治療が先です。早くしないと後送しても手遅れに――」

 

「あーもー解ったッ!ジム!トニー!ジャミング得意だろ!レンチャックを守ってやれ!」

 

「「イエッサー!」」

 

 

 聞き分けのない事に怒鳴りたいが、そんな暇も惜しいとジェニスは、近くにいた結界魔法に優れる仲間を衛生兵であるデビット・レンチャックにつけてやった。戦場でいの一番に狙われる治癒魔導師ならこれが普通なのに、目標重視型なレンチャックに内心呆れるジェニス。

 とりあえずさっき撃ってきた敵に銃弾を返してやろうと、彼はアサルトライフルの残弾を確認しつつ、コッキングレーバーを引いた。そんな時、空気を揺さぶるような振動をジェニスたちは感じた。それは波動、魔法発動時に起こる余剰魔力で起こる現象である。

 だが、そういったのは未熟な魔導師が魔力制御をミスった時に起こすモノ。些細なミスが死に直結するような戦場でソレをする者はいない。となれば、先ほどの振動はなにか?

 

 

『こちらK(キロ)-3!敵に増援部隊確認!自分達を座標に味方を引き込みやがった!魔力規模から複数のハイクラス魔導師もいると思われるッ!――クソッ!K-9とK-11が殺られたッ!こっちに―――』

 

「K-3!通信が途切れたぞ!K-3!……くそ、ダメか。この念話帯を受信している全部隊へ通達!ハイクラスが出た!各員陣形を整えて応戦しろ!ボサッとしてると喰われるぞ!」

 

 

 それはハイクラス、俗に言うエース級やベテラン級の上位魔導師が魔法を使った証明であった。ジェニスは直ぐに傍受した短波念話を最大出力で近場の友軍へとリークする。その直後、近くの瓦礫が轟音を上げて吹き飛ぶと粉塵を上げながら崩れさった。

 そして、崩れ落ちる瓦礫の噴煙の中を、蒼い光を纏う魔導師とそれを追いかける白いナニかが、飛び出すようにして出てくるのをジェニスは見た。蒼いのはOCUのハイクラスであろう…だがそれを追いかける白い物はなんだ?ジェニスは一瞬だけ困惑を覚える。白いモノは人の形をした何かだった。

 だが魔法で操る戦術人形の傀儡兵にしては動きがスムーズであるし、無人兵器にしては小さすぎる。今、眼の前でハイクラスを追い詰める白いソレは、銃と思わしき武器と盾を手にし、魔力光を発しながら地面を抉るような速さで駆け抜けている。

 

 そして空に逃げたハイクラス目掛け、その見た目からは想像もできない俊敏さで白い奴が飛び跳ねた。一直線に迫る白い奴に対し、ハイクラスはシールドを展開。白い奴はシールドに弾かれる。攻撃が防がれたかに見えたが違った。敵の展開しているシールド魔法に何かが付着している。

 大きさにして僅か十数センチあるかないかの小さな物体であったが、直後消されていないシールド魔法の表面で凄まじい音と光を放ち炸裂する。遠くから見ていた方も一時眼が眩むほどの明かりと鼓膜に響く音、アレはスタン系のグレネードの光であった。

 流石のハイクラスも至近距離では音と光を防げなかったのか、少しだけ動きが揺らいだ。秒にして僅か一秒。白い奴はその決定的な隙を見逃さなかった。弾き飛ばされて大地に降り立っていた白い奴は、魔法で収容しておいたのかワイヤーを取り出すと、それをハイクラスに絡みつかせたのだ。

 

 そして、そのワイヤーを思いっきり引いた。

 

 直後、空中にいた蒼いOCUハイクラス魔導師の姿がブレる。常人の目なら消えたと錯覚しかねない程の速度で、ハイクラスは直ぐ隣にあった廃ビルに叩きつけられた。それを可能にした白い奴の恐ろしい膂力と魔法の操作力を目の当たりにしたジェニスは背筋が震えた。あれが敵だったなら、こちらは数分と持たないだろう。

 

 

「――っと、いけねッ!オリーブっ!ジェフっ!こっちに来いっ!」

 

 

 別次元の戦いに見とれていたジェニスはハッとすると、すぐに部下を呼び集め周囲警戒を行った。ここは戦場であり油断が死に直結するデスゾーンである。案の定、ジェニスたちが敵ハイクラスと白い奴の攻防に見とれている間に、敵の部隊が直ぐ近くまで迫っていた。彼は部下に指示を送ると、迎撃の為に瓦礫をカバーポイントに銃火器を構えた。

 彼はその昔実戦教官が射撃戦において常にこう言っていたのを思い出す。『いいか?戦場ではカバー命だ』実に納得がいく話である。そんなしょうもない事を思い出しつつ、ジェニスは手に持つライフルの射撃設定をバーストに切り替えた。バーストといってもビームが出る訳ではなく、この場合は三点バーストといって連続で三発撃てるモードの事である。

 

 瓦礫を盾に覗き込んだドットサイトに敵の姿を捕らえて、ある距離まで近付いた瞬間、発砲。タタタンという振動が彼の肩を揺らす。銃撃はOCU兵に命中するが、彼等の纏うBJが銃弾を弾き返した。フィールドタイプのシールドが機能していればライフル弾はそうそう貫通しない。

 しかし、対魔導師用に調整された大口径ライフルのストッピングパワーは、その動きを制限するには十分すぎる威力を持っていた。ドットサイトの中でたたらを踏んだ敵兵を見たジェニスは好機とばかりに、ライフルを片手で保持したままで、空いている手で腰にマウントされた武器をすばやくスイッチし構える。

 構えられたソレは実に奇妙な形をしていた。形は拳銃に似ているが、拳銃より二周りは大きく、また本来銃身がある部分は御椀型にふくらみを見せ銃口が存在しない。それもその筈で、ジェニスが構えたそれはそもそも銃ではなく、G12小型擲弾投射機と呼ばれる個人携帯火器の一つであった。

 ジェニスが躊躇なく引き金を引けば、カシュンとガスが抜ける独特の音と共に御椀型の膨らみが飛び出した。御椀型のソレは丸い形をした弾頭であり、放物線を描いて敵兵へと飛翔し…照準が甘かったか、弾頭は敵兵の直ぐ手前に落着する。

 

 

 外れたか?―――いや違う。

 

 

「…ボ~ンっ」

 

 

 ジェニスが呟くのとほぼ同時。対人弾頭のセンサーがOCU兵の反応を感知して起動。直後地面に落ちた筈の擲弾が再び宙に浮かんだかと思うと、炸裂。周囲に音速の玉を撒き散らした。たまらないのは傍にいたOCU兵だ。全方位に放射されるベアリングを回避する事は出来ない。シールド魔法もバリアも間に合わず、全身にベアリングを浴びてBJに穴があいた。

 しかしそれでも敵兵は立っていた。人一人くらいならミンチに出来る殺人爆弾でも、魔導師の前では致命傷を与える事はできない。だが、いかにBJであっても衝撃は伝わる。一定以上の衝撃が与えられたそれは、袋に入ったトマトを潰すようなもの。擲弾を受けたOCU兵は…アッと声を上げたかと思うと、目をグリンと裏返し意識を失った。

 それを逃す友軍はない。直ぐ近くでジェニスをカバーしていたオリーブ・フォレスト伍長とジェフ・ゾーン上等兵が倒れた敵目掛け、あっという間に魔力弾の火線を形成する。爆弾でダメージを追ったBJは、弾幕の如き魔力弾に対して脆弱となり、見る見る内に穴が広がったかと思えば、直後、ジェフの放った直上から強襲したクロスファイア・シュートによって脳天から貫かれ、絶命した。

 

 

『ジェフがワンキル!ワンキルッ!』

 

「いいぞ!もっと殺れ!―――うぉっそぉいッ!」

 

 

 ジェニスは念話を送るのと同時に残り少ない魔力でシールドを形成した。直後シールド魔法を展開した頭上から、雪崩の様に誘導魔力弾が降り注いだ。瓦礫は銃弾や射撃魔法の盾にはちょうどいいが、誘導魔力弾とかには盾にならない。その為ジェニスはやっべやっべと呟きながら頭を抱えて瓦礫から飛び出し、無様に転びながらもすばやく近くの傾いたビルの陰に飛び込んだ。

 隠れたはいいがビルの陰は袋小路。ゲッと息を漏らす暇もなく、再び魔力弾と銃弾の雨あられがジェニス目掛けて襲い掛かる。先ほどの攻撃で厄介な敵と思われたか、心なしか火線がジェニスに集中していた。目立つんじゃなかったと内心悪態を付くも後の祭り。彼は金属製のデカいゴミ箱に身を隠し、コンクリートを掠めて出た粉塵を頭から浴びた。 

 

 

『隊長代理!』

 

「は、はやくなんとかしてくれっ!ししし、死んじまう!」

 

 

 情けない声を出すが、仕方がない。なにせほんの少しだけゴミ箱の陰から覗かせたヘルメットに魔力弾が掠めたのだ。HUD機能が死に、何でと思いヘルメットを外してみれば、魔力弾が掠めた場所が溶けている。ジェニスは使えなくなったヘルメットを投げ捨てながら自身のBJの強度を上げようとした。

 その時、彼の頭に硬いものがぶつかった。BJのお陰で痛みは感じなかったが、落ちてきたモノを見たジェニスは背筋が凍る。丸い形状、拳よりも若干大きく、チカチカと赤く光るランプと電子音が鳴るそれは敵が使う手榴弾。USNが使うパイナップル型と異なる爆弾はジェニスの反応を感知したのか、電子音が止まると共に炸裂した。

 

 叫ぶ声も上げられない。爆風に吹き飛ぶのは慣れているが、それでも苦しみは消えない。

 BJは魔力で編み上げる非常に優秀な防御服である。その防御力は一般兵用のコンバットアーマーを5枚重ねにした時よりも上だといわれている。当然ジェニスも魔導師なのでBJを纏っていたが、手榴弾が発揮した至近距離での爆風は、全身を打ち据えて吹き飛ばすには十分な威力を誇る。

 やった事をやり返された気分ってのはこういう事なのだろう。ジェニスは袋小路から無理やり弾き飛ばされて、無様に地面を転がった。怪我は、ない。BJの機能がしっかりと機能している。だがそれでも多少ふらつく程度のダメージは受けていた。ジェニスは起き上がろうと頭を上げかけた。その時―――

 

 

「…うげ」

 

 

―――こちらに杖を向けている、先ほど白い奴に倒された奴とは違うハイクラス魔導師の姿を視界に捉えていた。

 

 展開される魔方陣。高まる魔力。間違いなく砲撃魔法。やばいやばいと焦る思考と冷静に分析する思考の両方が告げる。逃げろと。どこに?どうやって?考える暇もなく、ハイクラス魔導師の魔方陣が光り、先端にあった魔力スフィアが砕けるようにして怒涛の魔力の本流が五条、彼を吞み込まんと流れ出した。

 ジェニスには迫るビームの流れが非常にゆっくりと見えていた。だが身体が動かない。魔法も唱えられない。本能で解る。何をしても間に合わないと。ジェニスは遂先日亡くなった自身の隊長の死に様を思い出す。アレは綺麗に胸を撃ち抜かれて死体袋に詰められていたが、自分はこのままだと死体も残せない。

 まァ、葬式してくれる家族はいないが…と自嘲しながら、視界一杯の光を眺めていた。

 

―――しかし、ビームが命中する直前、何かが彼と砲撃魔法との隙間に飛び込んだ。

 

 ゆっくりと動く視界の中、それは腕につけた平たいものを光に向けて構える。直後、激震、轟音。砲撃魔法が万物を焼き尽くさんと、肌を焦がすような熱量でぶつかった光流は、間に割って入ったそれを基点に四散しながらも、ジェニスの直ぐ横にあった瓦礫を融解させている。

 だがそんな爆炎と熱線が織成す嵐の中で、ジェニスはまだ生きていた。割り込んできたソレの影にいる彼は、砲撃魔法によって焼き尽くされる事を免れたのだ。いま彼が見ているのは、とても…とても小さな人間の背中だった。

 その小さな人は、ジェニスと砲撃との間に割り込んだ小さなそれは、全身を装甲で覆われていた。その半身を隠せるくらいの盾の上に幾重ものシールド魔法を重複展開させ、小さな人の身体を後退させるほどの威力を持つ砲撃魔法を押し返さんとするかの如く、腕を交差させて光の奔流に耐えている。

 その小さな人の正体…それは先ほどハイクラス魔導師を単騎で片付けた。あの白い奴の姿であった。信じられない光景に、だがソレでいて目の前にいる子供ほどの大きさの背中を見たジェニスは、どこか守られているという安心感を感じていた。 

 

 

………いやいやまてまて、なにをバカな事を思っているんだ俺は。

 

 

 ジェニスはふと思い浮かんだ考えに思いっきり頭を振った。そりゃ確かにピンチではあったが、それを助けられたからといって…とか考えている間に、砲撃魔法はみるみると細くなり、遂には消えてしまった。インターバルに入ったのだ。周囲から相変らず弾丸が飛んでくるが、気がつけば白い奴と自分との周りにバリア魔法のプロテクションが張られており、銃弾を防いでいる。

 

 

「………無事だな?」

 

 

 そして白い奴が声を発した。ジェニスは白い奴の見た目から、もしや傀儡兵の一種ではないかと思っていたので少し驚いた。驚愕の顔をするジェニスを前に、白い奴は手に持った銃のようなデバイスのカートリッジマガジンを取り替えている。

 

 

「あ、ああ。あ、あんたは一体?」

 

 

 ジェニスが、搾り出すようにして発した言葉。

 聞こえていたのか、白い奴は頭をジェニスに向けると、こう返した。

 

 

「………フェンと呼ばれている。後は任せろ」

 

 

 直後、白い奴…フェンは姿勢を低くすると、ローラーを使い急速にその場を離脱。周辺に固まる敵に魔力弾とどこかで拾ったライフルの銃弾を浴びせつつ、ジェニスたちレッドクリフ隊の視界から離れていく。

 その後、駆けつけた仲間に助け起こされるまで、ジェニスは少し放心状態のようにフェンが立ち去った方向を見つめていた。 

 

 

「フェン…フェン?」

 

「おい隊長代理。大丈夫か?」 

 

「まさか…いやでもサイズ的に…」

 

「おい!」

 

「うわっ!?なんだ軍曹!?敵か?!」

 

「敵地だってわかってんならぼうっとするな!杖もって戦え!つーか次はどうすりゃいい!?」

 

「どうするって…」

 

 

 何時の間にか戻ってきて、ジェニスを支えているデュラント軍曹に、ジェニスは一言。

 

 

「……あの白い奴の食べ残しを平らげちまおう」

 

 

 フェンの方向を指差し、そう呟いたのだった。

 


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