と言っても、戦闘ではないのであまり楽しめないかもしれませんが、ご了承ください。
あの後、イッセーが依頼者の下に(自転車で)行ってから、30分ほど経った。
生憎俺への依頼はなく、そろそろ帰っても良いんじゃね?って俺が思い始めた頃、
「・・・仕方ないわ。才斗」
部長に呼ばれた。
俺は読んでいた本を閉じて、部長の方を向いた。
帰って良いのかな~?
「私の依頼に付いて来てもらうわ」
駄目のようだ。
面倒くさいな。まったく。
「分りました。ですが、俺が付いて行って、迷惑ではないですか?」
儚い抵抗を試みる。
「大丈夫よ。特に難しい依頼ではないし、今回の依頼者は優しい人だから」
あえなく撃沈。
はぁ、仕方ない、行くか。どうせこれから何回も行かなきゃいけないんだし。
それにしても変だな。
基本的に部長に来る依頼は特殊なものが多い。
それなのに、難しくないとは・・・
「それじゃあ、才斗。行くわよ」
まあ、行ってみれば分かるか。
俺と部長が転移で向かった場所は、広く、豪華で、品のある部屋だった。
構造的にマンションだろう。
「いらっしゃい」
そして俺たちの前には一人の男の人がいた。
30歳くらいの優しそうな人で、髪は茶色だが、濃さと、色合いから見て天然だろう。ハーフかな?
「おや?今日は一人じゃないんですか?」
「ええ。こちらの都合で新人を連れて来たのだけど、構わないかしら?」
「はい。構いませんよ」
「それはよかった。ほら才斗、自己紹介しなさい」
部長に背中を押された俺は、一歩前に出て頭を下げた。
「始めまして。天井才斗です」
「こちらこそ初めまして。
福田さんか、良い人そうだな。
これなら、結構簡単に依頼達成できるんじゃないかな?
「彼はうちの秘密兵器よ」
「へぇ、そうなんですか」
「ええ。だから、今日こそちゃんと依頼を達成するわ」
「ははは、いつも満足してますよ?」
「いいえ。あの結果じゃあ、私が満足できないわ」
ん?どういうことだ?
基本的に悪魔と人間の契約は、悪魔が人間の要求に応えられたら完了のはずだ。
なので、悪魔側が不満になることはないはず。
福田さんが対価を渋るとは思えないし、そもそもそんな人を部長が相手するとは思えない。
「さて、才斗。福田さんの依頼は簡単で難しいわ」
俺の疑問をよそに、部長が説明を始める。
「彼が私たちに求めるのはただ一つ」
部長はもったいぶったしぐさで、人差し指を立て言った。
「チェスの相手よ」
部長の話を要約するとこうだった。
福田さんは昔からボードゲームが好きだった。
その中でも一番好きだったのがチェスだ。
福田さんがチェスにハマったのは5歳の時で、すぐにその魅力に取りつかれた。彼のチェスに対する才能はすごかった。
―――残酷なほどに
最初は楽しかったそうだ。
チェスを教えてくれた父を追い抜くのに2日。地元の大会で優勝するのに5日。
そして、日本代表になるのに2週間もかからなかった。
このころが一番楽しかったと福田さんは言っていた。
だが、それも長くは続かなかった。
強い相手と戦う機会が多くなった福田さんは、もの凄い勢いで相手の戦略を吸収していった。
そんな福田さんは、史上最年少で世界ジュニアチェス選手権で優勝した。
この時はまだ希望はあったそうだ。
だが、その希望は儚くも崩れ去ることになる。
毎年恒例のジュニア大会優勝者と一般大会優勝者のエキシビジョン。
同じ優勝者と言っても20歳未満のジュニア大会と、年齢制限なしの一般大会。
最初は拮抗するが、最後は一般大会優勝者が勝つ。これも恒例だった。
恒例の―――はずだった。
圧勝だったのだ。福田さんの。
ジュニア大会で経験を積んだ福田さんの戦略に隙はなく、そのゲームは今までで最も鮮やかで、軽やかで、
―――つまらなかった。
それから福田さんの退屈は始まった。
事実上の最強になった福田さんの相手を務められる猛者がいる筈もなく、絶望はどんどん深まっていったそうだ。
そんな福田さんに契約を持ちかけたのが部長だった。
「・・・最初は良かったのだけれどねぇ」
部長はため息交じりに言った。
そう、最初は良かった。
悪魔は考え方や価値観が人間と全く違う。なので、部長とのゲームは福田さんにとって新鮮で、久しぶりに楽しめたのだそうだ。
―――だが、それも長くは続かなかった。
福田さんの才能は部長の想像を超えていた。
福田さんは悪魔の―――部長の戦略すらも吸収していって、今ではハンデを負ってやっと勝負が成り立つほど。
「私は満足しているんですけどねぇ」
福田さんはこう言っているが、プライドの高い部長は許せないのだろう。
なるほど、ようやく部長の言葉の意味が分かった。
まあ、ある程度予想は付いていたが。
「それじゃあ、部長。俺が福田さんとチェスをすればいいんですか?」
質問というより、確認の意味で尋ねる。
「ええ、そうよ・・・私の仇をとってちょうだいね」
あら、可愛らしいウィンク。
「ははは、よろしく頼みます」
あら、ダンディな笑顔。
はぁ~、まあいいか。肉体労働よりは楽だし。
でも、面倒くさいな。
―――手加減するのが。
どうでしたか?
本編と関係ない話を書くのは初めてだったので、いつにも増して駄文かもしれません。
ですが、もし好評だったらこの先も、こういう小話を入れてみたいと思います。
ちなみに、チェスの大会については適当なので、不快に思われた方は申し訳ありませんでした。