ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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気づいたらこの話が出来ました。




第91話 寄り添う温もり

帝東戦後、大塚栄治は自身の投球に納得が出来ず、連日ブルペンでフォームチェックを繰り返しつつ、SFFの制球を取り戻すことに躍起になっていた。

 

元々それは自分のモノであった。なのに、それが手元から離れていく。その決め球は彼にとってそれほど大きく、唯一無二の存在だった。

 

 

その決め球は父親の代名詞でもあり、強打者を打ち取る必殺の魔球。

 

 

大塚和正の象徴であり、今の大塚栄治を支える変化球。他の変化球に比べ、執着しないわけがない。

 

「おいおい、8回まで投げたんだからノースローでもいいと思うけど。まだ日がたっていないし」

川上が大塚の焦る気持ちを察してか、やめるよう提案するが、

 

「不調の原因も解っています。これが今の俺にとってのベストなんです。大丈夫です、もう戦列を離れることはありません」

 

神妙な顔つきでブルペンへと入っていく大塚を止めることが出来なかった川上。

 

――――くそっ、どうすればいいんだ。

 

川上がどうすればいいか思案するその時、

 

 

「―――――程々にしろよ、大塚。お前はもううちのエースなんだからな」

 

 

「!!!!」

 

思わず振り返った大塚。その声の主は――――――

 

 

 

「丹波先輩―――――」

 

若干短髪になり始めている丹波光一郎。引退した先代エースの姿だった。

 

「――――焦る気持ちはわかる。まあ、俺個人の目ではあの帝東を2点に抑えるだけでも及第点なんだがな。」

 

「――――――それは、」

 

対戦して理解したのだ。あの打線なら抑えられる自信があったし、7回まで本調子ではない自分のボールを打つ事すら出来ていなかった。

 

言いよどむ大塚を見て、丹波は彼の感情を理解する。

 

「理想を求めるのはいいことだ。だが理想は到達した瞬間にもう理想じゃない。そんな考え方だと、プロで潰れるぞ。肉体からではなく、精神面からな」

 

少し厳しい言い方をした丹波。大塚の才能は認めるし、努力も認める。だが、投手としてある意味自分以上に繊細過ぎるメンタルに苦言を呈した。

 

「――――――敵いませんね。先輩には。」

 

 

「ある程度割り切ることも大切だ。常に最高を目指すのではなく、最善を尽くせ。今の自分に出来ることを考えろ。出来ないことは出来ないんだからな」

 

 

実体験である為か、丹波の言葉には説得力があった。丹波はその自らの現時点での限界を認め、最善を尽くし、あの最強打線を抑えた。

 

今年の国体優勝投手。東都の名門大学への進学が決まり、更なる進化を求める彼は、時々グラウンドに姿を見せていた。

 

「―――――自分の持ち味だった決め球が離れると、こんなに心細いなんて。沢村のことを言えないです」

 

 

「――――俺はお前に大丈夫だ、なんて甘い言葉を言うつもりはない。SFFが二度と戻らないかもしれないし、戻ってくるかもしれない。だがな」

 

 

 

「今、お前が為さなければならないことはなんだ? SFFを取り戻すことだけか? それに目が行きがちで、重要な目的を見失っていないか?」

 

核心を突かれた気がする。この人は大事なものが見えている。絶対に見失ってはいけないものを。

 

そして、未だにエースとしての格で、劣っていることを突きつけられた気持になる大塚。

 

 

 

「それは――――そのために、SFFが―――――」

この人には頭が上がらない。正論であり、それが自分にとっても正解であるから。

 

 

「その1球種“使えない程度”で、お前が簡単に崩れる投手か? そうじゃないだろ?」

 

敢えて大塚を煽る口調と言葉で投げかける丹波。

 

「――――― 一つの球種に頼るのはよくない、自分もSFFが投げられないから崩れるのは嫌です。」

 

苦い顔をする大塚。理解はしているだろうが、納得を仕切れていないようでもある。

 

 

「お前が目指す投手がとても大きい存在であることは解っている。それは俺達が決して理解できない領域だということも。」

 

解っているつもり、までだが理解しているぞ、と彼は付け加える。

 

 

「大塚栄治はいい投手だ。もっと自分に自信を持て。投手の才能では負けていると痛感しているが、メンタルでは昔の俺並に弱い。案外辛いんだぞ、同じ気持ちの奴を見ているとな」

 

昔を思い出して胸が痛い、と苦笑いする丹波。

 

 

「本当に、参りました。けれども、程々にします。立ち投げの後に、座らせての投球は30球だけです。本当に感覚だけなんです。すいません。」

 

頭を下げる大塚。そんな彼の様子に肩をすくめる丹波だが、

 

「仕方がない。無茶をしないよう俺が見ていてやるか」

 

大塚の要望を聞き入れ、彼の練習を見守ることにした。

 

 

投球練習中に、しきりに腕の長さやプレートの位置、腕の振りの角度などを気にする大塚。途中で投球を中断し、しきりに考え込むなど、テンポが悪い。

 

 

練習なのだから仕方がないが、夜遅くまでここにいるつもりなのだろうか、と丹波は不思議に思った。

 

彼は一応自宅通学なのだから。

 

そして、丹波は彼の不調の原因を突き止めた。

 

それは、彼の様子ですぐに分かった。

 

「―――――そんなに変わるモノなのか? 体格の変化でずれる感覚ってのは俺はあまり経験していないが――――」

 

身体の変化以前に、メンタルに左右されてボロボロだった丹波は不思議そうに尋ねる。

 

 

「―――――夏の時に異変を感じていなかったわけではありません。けれど、そうですね。間が空くとこんなにずれるなんて思っていませんでした。正直舐めていました、成長期を」

 

 

 

――――成長期!? それが大塚の不調の原因なのか!?

 

ここまで二人だけの世界になっていたので話を挟むことも出来なかった川上が、その原因に驚く。

 

 

「ただ、厄介なのは力加減ですね。腕の長さや筋力も変わっているので、中々微調整が難しいです。」

 

 

「お前な、そんな状態で1安打投球できるとか、他の高校の投手にケンカを売っているぞ。同じチームだからなんとも思わんが、ふざけたセンスだ」

 

「すいません――――」

 

「違うだろ、ここは『どうやら俺のセンスは凄いらしいです』と言えばいいんだぞ。素直に捉えるだけじゃ、メンタルは鍛えられないぞ」

 

 

「それ嫌味じゃないですか!! 俺はそんな相手を――――」

 

 

「実力を見せているんだし、結果を出しているからいい。それに、お前のセンスが並はずれているのは理解しているつもりだ。」

 

 

「丹波先輩の中での俺ってどんな存在ですか!!」

 

「横浜の1,5軍のメンタルの持ち主で、成績は最優秀防御率と後何か一つとれるレベル。大舞台でビビりつつも、結果を出すタイプ。」

割と辛辣な評価で笑えない丹波の評価。貶しているのか、褒めているのかわからない。

 

 

「えぇぇぇぇ!!! なんですかその評価!! 俺、息をするようにフォアボールとかしませんし、アウトロー一辺倒と一緒にしないでください!!」

思わず突っ込む大塚。

 

正直、野球中継でも最近制球が定まらない、アウトローに逃げて打たれるケースが多いので、

 

――――ああはなりたくないな。

 

と考えていたのだ。

 

 

「まあ、メンタルが強化されたら沢村賞だな。まあ、そうだな――――難しいが――――メンタルが改善されたら、だがな。」

フッ、と笑う丹波。明らかにおちょくられている。

 

 

「ぬわぁぁ!! いいです、いいですよ!! 丹波先輩よりもすぐにメンタル改善しますから!! 絶対負けません!! 2年生の春には優勝投手ですからね!!」

 

 

「優勝投手はその瞬間に泣いちゃいけないんだぞ。活躍出来ないジンクスあるからな。目標を達成して、緊張の糸が切れないようにな。」

 

 

「丹波先輩が虐める~~~~!!!」

 

 

 

「なぁにこれぇ」

川上は、この場を去るタイミングを失っていたが、大塚の弄られる姿を見たのはなんだか新鮮で、あまりにおかしくて、

 

 

――――激写しないと

 

川上の中で何かが失われ、何かが芽生えてしまった。

 

 

 

そして、“大塚と丹波の前で堂々”とスマートフォンで撮影を開始するのだった。

 

 

 

なお、その行動に対し、大塚が猛烈に阻止しようとするが捕手の小野も便乗し、180cmを超える高校生が駄々をこねるあまりに情けない姿をさらした模様。

 

 

 

 

 

そして、練習終了後のクールダウンを終えた大塚が青道高校を後にするのだが、

 

 

「ひ、ひどい目にあった―――――恨みますよ、先輩方」

 

 

もうすぐ自宅につく。大塚は緊張をとき、まっすぐ家に向かうのだが、

 

 

「――――――――――――――――っ!?」

 

 

足音が聞こえた。辺りは夜道で、人通りの少ない場所。立ち止まった瞬間にその足音も消えた。

 

 

つまり、大塚が何かに気づいた瞬間にその足音の主は動きを止めたということになる。

 

 

辺りを見回す大塚。誰もいない。

 

 

「――――――――――――恨まれている覚えはない、はずなんだけど」

 

 

結局その後足音は聞こえず、大塚不審に思いつつも自宅へとついたのだ。

 

 

 

 

 

「ただいま。いつも帰りが遅くてごめんね、母さん」

 

出迎えたのは母親の綾子だが、なぜか表情が険しい。

 

「あ、うん。お帰りなさい。夕飯は寮で取ったのね?」

 

 

「うん。一応連絡は入れたからその通り。でも、母さんの料理が恋しくなるな。」

 

夜遅くに帰ってきたのだ。健康的にも夜食を口にするのは避けたい。

 

 

「――――どうしたの、母さん?」

いつもはのほほんとしている綾子の顔が曇っている。最近自分が無茶をやらかして心配させているのもある。

 

少し申し訳ない気持ちになる大塚。

 

 

「ううん。栄ちゃんは関係ないよ。ただね、最近テレビの人がね――――」

 

彼女曰く、有名人のその後、という番組のオファーが来ていたらしい。若くして引退し、そのまま家庭に入った彼女に対する賛否は半々だが、夫が夫なので今のところ激しいコメントはない。

 

そして最近、大塚和正が電撃復帰をしたり、息子の高校野球が忙しかったり、色々と家庭がバタバタしているので、出演は断りを入れたはずなのだ。

 

特に、大塚栄治の生活は毎日が激動。父親はちゃんと遠征中でも栄養に気を使えるのだが、まだ年相応な彼はその方面が未熟だ。

 

最近はさらに練習量が多くなり、それに比例して帰りが遅くなるなど、ちょっと生活のバランスが悪くなっていて、その事で裕作が拗ねたり、美鈴が呆れているのは周知の事実。

 

「それで、諦めきれないので色々とさまよっているという事なの? 懲りないね」

 

 

「うん。ごめんね、栄ちゃん。私事で迷惑かけちゃって」

 

 

「母さんが謝る事じゃないよ。俺も、いろいろ迷惑をかけているのは自覚している。母さんを曇らせてばかりだと、今度こそ父さんにドヤされるかもしれない」

 

今まで彼はめったに怒られたことはない。練習の虫になりすぎていた時にアメリカのガールフレンドであるサラに怒られたぐらいだ。

 

その時、父親が知ったのはその事後。2度もきつく言うのはさすがにという事なので、あまり激しくはなかったが、綾子の気の動転ぶりを見て、

 

―――――あんまり母さんに心労をかけるなよ

 

と釘を刺されたのだ。

 

「すぐにお風呂に入る?」

 

 

「うん、やっぱりシャワーだけだとさすがにね。裕作と美鈴は―――もう寝ているかな?」

 

上の階に視線を向ける大塚。リビングにいるのが綾子一人なので、騒がしい二人がいないのを確認した彼が綾子に尋ねる。

 

「ぐっすりよ。美鈴が最近粘るけど、明日に響くからやめなさい、と言っておいたわ」

 

「母さん、その――――父さんは起きているかな」

 

「まあ、レギュラーシーズンも終わっているし、暇だとは思うよ。今年は昨年から挽回して4位だけど、キャッツに負けちゃったからね。どうする、まだ起きているとは思うけど」

 

少し、大塚は躊躇した。そして、しばらくの熟考の末、

 

「――――――いや、やっぱいいや。シーズンが終わって、色々と課題も見つかったと思うし、今はいい。」

 

 

「いいの?」

 

「――――うん。父さんも父さんで悔しい思いをしているし、今は――――うん」

 

思わず出てきそうになった言葉を飲み込んだエイジ。

 

――――今は、父さんも悔しいと思うし。

 

 

――――俺の問題は、父さんや母さんたちに比べてしょうもないし

 

 

「じゃあ、お風呂入ってくるよ。」

風呂場へと向かう大塚。

 

「うん。うっかり寝ないようにね」

そして、夜遅く疲れている息子に注意を促す綾子。こういう気遣いが今の大塚には染みる。

 

自分の事を理解してくれる存在、それがありがたい事なのはわかっている。だが、毎回最後まで顔を見ることが出来ない。

 

背を向けている状態なので、ばれているとは思っていない。だが、恥ずかしい。

 

――――父さんだけじゃない、母さんも俺の――――

 

 

「母さん」

 

 

「ん、どうしたの、栄ちゃん?」

 

優しい声色で尋ねてくる綾子。それだけで、崩れそうだった。

 

 

「ありがとう」

 

ただ簡潔に、その言葉が出てきた。

 

 

「?? えっと、どういたしまして?」

 

たぶん理解できていないのだろう、少し戸惑った声色の綾子に、誰にも見えない、視させない苦笑いをする大塚。

 

 

その後、お風呂の中でゆっくりとマッサージをしたりして、自室のベッドに向かうエイジ。

 

こうして彼の一日が終わり、明日からも彼の一日が始まる。

 

 

 




さすがの丹波先輩。

そして、川上先輩が畜生化。若干メンタル強化。

最後に母親の温もりに陥落する主人公。




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