落合氏と大塚の関係性について悩んでいました。
恐らく、今後変化があると思います。
青道野球部の本選抽選での結果に対する反応はというと、それは言うまでもない。
「おいおい。初戦の相手が帝東!?」
倉持は、まず初戦に驚き、
「3回戦、順当通りで稲実……」
白洲はその次に当たるであろう因縁の相手がすぐにやってくることに危機感を抱いた。
「準決勝は、どこだろうな、仙泉かな?」
何となく相性が悪かった真木を思い浮かべる沖田。彼に対して4打数無安打。唯一ヒットを打てていない。
運もあったが、彼の事を少し意識しているのだ。
「まあ、幸いなことに楊は逆ブロックなのが救いだよな」
チームメイトたちは、アジア大会でさらにスケールアップし、最早大塚と遜色のない実力を誇る怪物投手との対戦に嫌そうな顔をする。
特に、アジア大会で日本代表を相手に完全試合をした印象は、強烈なものがある。
坂田久遠がいないとはいえ、日本のスラッガーたちを悉く抑え込んだのだ。連戦を気にする展開ではなかったので、アレが彼の全力なのだろう。
簡単に言えば、万全の状態の大塚栄治が相手チームにいるという事だ。
「ま、まあ、決勝まで薬師や市大三高、明川とは当たらないわけだし…」
御幸がブロックで何かポジる要素がないかを探り、適当にその3校を示すも、
「死のブロックじゃねェか。おまっ、くじ運にもむらがあるのかよ…」
青道に不利になるように仕向けた神の仕業なのだろうか。
「とにかく、夏とは違うチームです。チーム力のダウンは、全国の高校に言えることです。故に、いま大事なのは少しでもデータを取る事。偵察班からのデータの洗い出しが急務と言えますね。」
だがここで大塚は、冷静になる事をチーム全員に求める。
「そうだ。稲実は扇の要の原田が引退して、新しい正捕手。打順もあの2年生世代以外は、まだ調子が上がっていない。薬師は引退後の方が怖いけどな。」
予選であの正捕手が成宮のチェンジアップをパスボールしたというのは、偵察班の渡辺から聞いている。
それに、その試合では何度もチェンジアップを零すシーンが見受けられた。そのため、御幸は稲実バッテリーがまだかみ合っていないことを看破する。
――――確かに能力だけ見れば、一番ヤバいのは稲実だ。
野球はチームワークが大事。能力が凄い集団がいようと、団結できなければそう簡単に勝てない。
――――だが、恐ろしいのは薬師だ。引退後に練習試合を吹っかけて、24連勝。
対戦した時も、2年生1年生主体。経験を積んだ彼らの爆発力を警戒する必要があり、薬師と決勝まで当たらないことは不幸中の幸いだったと言える。
まあ、明川学園と薬師のどちらかしか当たらないので、何とかなりそうだが。
「とにかく、初戦の相手の向井だが、2年生に多くの対戦経験があることが救いだな。左打者にとっては相当見極めがしづらいが、沖田、東条と相性がいい打者がいるのもいい。」
この二人は彼からホームランを打っている。白洲がまずは相手エースについて言及する。
「ああ。けど他の打者はあんまりタイミングが合っていなかったから、大量点は望めないな。」
「左投手のスクリューはやはり希少ですが、逆方向を意識し、ボールの見極めが出来ればいいでしょう。」
沖田は、攻略方法にセンター返しを挙げる。
「―――――」
その中で独りだけ、前園が固唾をのんでその話を聞いていたが、誰も気づかない。
「甲子園では光南に大敗を喫したが、それでも序盤はつけ入るすきが少なかったのも事実。あのコントロールは大塚に匹敵する。」
片岡監督も、この向井は1年生ながら底知れないポテンシャルがあるとみている。
「――――ですが、球威はそこそこぐらいです。彼の登板した試合を見る限り、球数が嵩んでいるのも事実です。この手の投手はコントロールがいいので、コースを狙いすぎる傾向にあるようですね。」
向井の投げた試合のデータを片手に、球数の多さを指摘し、その上で投手の傾向を見破る大塚。
「剛速球を持っているわけでもない。制球がいいのでフォームも綺麗で整っている。タイミングを外すボールもありません。舜臣先輩や成宮先輩に比べれば、そこまでの投手ではないですから」
「――――大塚」
「当然です。俺が帝東戦で先発をするという事でしょうか?」
「ああ。沢村は続く第2戦の先発、リリーフに川上と降谷を準備させておくが、出来れば完投してもらいたい。」
初戦ですべてを出し切る総力戦だけは避けたい。故に、片岡は大塚に完投をしてもらいたいのだが、
「――――解りました。」
何の感慨もなく、大塚はそれを了承する。自分が投げなくてどうするのか、こういう好投手との戦いで逃げだすようでは、エースとは言えないと言わんばかりに。
この投手に投げ勝つ事で、チームを勢いづける。
青道が、秋大会を制するのだという事実を知らしめるために。
横では沢村が騒ぎ、降谷が闘志をむき出しにしていたが、大塚は最後まで気づくことが出来なかった。
「待ってろ!! スライダーが復活したらエースは俺のモノだからなぁ!!!」
ミーティング終了後、大塚は前園が一人自主練に向かう後をつけた。
「――――前園先輩」
「――――!? 大塚やないか。どないした?」
「いえ、ミーティングの時もあまり表情がすぐれなかった時があったので、つい気になりました」
「――――逆方向。率を残すバッターの共通のテーマや。せやけどワイは――――」
「世の中には、プルヒッターで3割を打つ、ましてや首位打者を取る選手なんているんですよ?」
「そりゃ、次元が違うやろ――――」
「――――ゾノ先輩は、逆方向を意識しない方がいいです。引き付けて打つ、片岡監督にも昼の練習で何か言われていませんでしたか?」
「せ、せやな。確か、ショートの頭をイメージしろ、言うてたわ。」
「ポイントによっては、自然と逆方向にも飛びますよ。それが出来れば越したことはないですけど、それに嵌ってフォームを崩すのは本末転倒です。」
「せやな。ありがとな、大塚。ワイはもう少しだけ自主練するんやが、お前はどうする?」
「先発なので、体のケアに努めておきます。試合当日は期待していますよ、前園先輩」
そうして屋内練習場から姿を消そうとするが、もう一人人影が見えた大塚は、そこへと向かう。
いたのは、金丸だった。前園と同じように打撃練習をしているのだが、大塚の目には何か特別なものが見えた。
何かフォームに違和感がある。フォームの間の取り方が違う、実戦的なイメージトレーニング、に見えた。
それを見た時、晩年の大塚和正に食らいついたある打者の記憶を呼び覚ました。
「信二? 夜遅くまでご苦労様。けど、その練習――――」
「あ、ああ、大塚か。いや、ストレートも変化球も打ちたいからさ。何かいいアイディアはないか考えていたんだ。まあ、あんまり結果は出ていないけどな」
苦笑いの金丸。予選でも単打こそ出ているが、まだ大きい当たりは出ていない。何よりもストレートを長打に出来る打撃が鳴りを潜めているのだ。
しかし、大塚は金丸が何かにもがいていると感じた。何かを得ようと、努力をしている。それが昔の自分に重なった。
「予選から取り組んでいるアレ、どこで知ったの? この年でそれに取り組んだ選手を俺はほとんど見たことがない。」
大塚はその取り組みを一部取り入れている選手を知っている。それは、夏の甲子園で対戦した坂田久遠。完全とまではいかないが、似た動きをしているのは沖田。
二人に共通するのは、圧倒的な高いアベレージとバットコントロールを持っている点である。
動から動へと。あの打席で坂田を抑えることが出来たのは、坂田にあまりにデータがなかったこと。SFFの軌道すら初見だったのだ。
かつて父親が語った、厄介な打者はそれをほぼ完ぺきに会得していたという。足に爆弾を抱えていた状態で勝負することが惜しいと何度も思ったと彼は白状したのだ。
偶然にも、金丸はそれに独力で気づき、実践しようとしていた。
――――金丸が行き着いたのは、ある意味必然で、運命なのかも。
その答えに行き着いた彼の偶然と力。大塚は無性に手を貸したくなった。
大塚自身が知り得たものではない。父が、「こういう打者は、一番厄介だった」と言わしめたその打者の動き。
「動から動。それが出来た選手は、ほとんどいない。けど、それに手が届けば――――」
「大塚?」
大塚の目が酔っているように見えた。自分に強烈な興味を抱いている。彼が自分にこんな目を向けたのは初めてだった。
「――――手伝うよ。俺も金丸が偶然にも目指し始めた道、それを徒労に終わる現実にしたくない。」
「――――大塚――――俺がやろうとしていることをしっているのか?」
「動から動。それは嘗て父の記憶に残った選手が編み出した、究極のシンプル。間合いをゆっくり、スイングは下半身の粘りから。上半身と下半身が連動したスイングの理想」
沖田はそれに加えて、天性のバットコントロールを兼ね備えている。だからこそ、スイングスピードも落ちず、長打を打つ事が可能なのだ。
誰にもできるはずの、侍と称されたあの男しか使いこなせなかった打撃理論。未熟な金丸が至れる保証などどこにもない。
だが、もがいた末の答え。金丸は前に進む為にその難題に挑んでいた。
ストレートに対する反応はもう文句がない。だからこそ、変化球への弱さを克服すれば、彼はトップクラスの門の前に立てる。それは間違いない。
そして、そんな二人のやり取りを見ているのが―――――
「――――――――ほう」
落合コーチ。芸達者な大塚の事を以前から評価していたが、打撃理論ですらなかなかに的確なところを突いていた。
打撃マシンを使い、後ろから金丸のフォームを見ている大塚。
「まだ上半身でうとうとしている。下半身の動きで、上半身はゆっくり引き付けて」
「当たった瞬間、やっぱ違うな―――まだ当てるのは難しいが、打球の感覚が違う、やっぱり」
金丸の腕の動きが、違う。
―――――タイミングをゆっくりとろうとしている。止まるのは、打つと決めた瞬間のみ。
「まあ、俺も父さんから、昔こんな打者がいたよ、みたいなことを聞いているだけなので、何とも言えないけど……」
「だけど、何となくこのフォームの胆が解ってきたぞ。速い球はゆっくり引き付ける時間を短く、変化球はタメを長くする。スイングは下半身の動きに任せて、それに上半身は引っ張られる――――」
打撃は腕っぷしでするモノではない。上腕の力で飛ばすのではない。そんな獣のようなものではないのだ、バッティングというモノは。
――――プロですら会得できるものは少ない。
落合はある一計を案じる。
「君達」
「?? 貴方は?」
大塚と金丸は、首を傾げながらその謎の男、落合に反応する。
「ここは関係者以外立ち入り禁止ですけど――――!?」
慣れない丁寧語でしゃべる金丸。暗くてわからなかったが、その容貌が解った瞬間に驚く。
「落合コーチ!? どうしてここに!?」
「なに、自主練習をする君達を見て少し興味を持ってな。面白いことをするモノだと」
この男は、最近青道にやってきた、紅海大からの指導者だ。やはり、甲子園準優勝に終わった原因が影響しているのだろうか。
「――――(俺の所為、なのか―――――)」
心の中で、片岡監督に迷惑をかけたと感じた大塚。
「今は結果が出ていないが、その取り組みは合理的だ。問題は、力んでいることだ」
「……下半身の動きについてだが、腰の回転を強く意識するといい。更に現在君はオープンスタンスの動きだが、今はスクエアにした方がいい。」
「は、はい!!」
「まずはそれでやってみてごらん」
金丸は落合に言われたように腰の回転を意識するようになる。すると、
「!?」
大塚や落合の目には軽く振っているように見えたが、打球は鋭さを増した。しかし、相変わらず落ちるボールに対しては上体が突っ込むことが多い。
「君、体重移動の割合を感覚的にどうやってしているんだい?」
「割合?」
「――――呆れた、理知的なことをしていると思えば、ここは脆かったか」
思わず苦笑いの落合。
「君の場合は、ボールを前で捉えよう、ボールを呼び込む動作が致命的に出来ていない。だから自分のタイミングでしか打てない。腕力で強引にヒットにするケースも少なくない」
「うっ―――――」
思わず辛辣な指摘に、金丸は何も言えない。
「同じチームの沖田は、ボールを待ち構えている。打撃は受け身。自分から動くものではない」
「――――そうだな、今は軸足に7の体重。前足には3ぐらいにしよう。後ろに重心を残して、今度はやってみてごらん」
口で言うのは簡単だが、中々上手くいかない。だが、以前よりも状態が突っ込む回数が減ったことだけは解った。
「――――くっ(鋭い打球が打てなくなった――――けど、ボールには当てやすい)」
「まだ体が馴染んでいない。だが、馴染めば以前よりも鋭い打球が飛ぶだろう。この練習は感覚を鍛えるもの。量をやればいいものではない。1回のスイングに集中力を持ってやるべきだ」
「―――――(この人、何者? ここまで理論的な指導が出来る人は、アマチュアでも少ない――――)」
大塚も、自分よりも打撃に関して知識のある指導者にあったのは片岡監督以来3人目だ。チームメイトでは独自の理論を持つ沖田ぐらい。
そして大塚が目を逸らしたその刹那、
「!?」
近くで強烈な金属音がしたのだ。それは沖田の打席で聞いたことのある独特の金属音。
「――――――っ?」
打った金丸は、バットと手を見ていた。呆然と今の余韻に浸っていた。というよりも、何か自分を確かめているような動作だった。
「(やはりまだ青道にも原石は転がっているな。片岡監督が秋からベンチに置きたがる選手だ。パワーヒッターの育成は難しいが、ここまで未加工の原石は久方ぶりだ。)」
中には磨く必要すら感じない原石もいるが、このスラッガーは違うようだ、と落合は感じた。
今のスイングは、緩い変化球にタイミングを狂わされず、バットをゆっくり引いて、動から動のままバットを振ったスイング。
そのスイングから繰り出された一撃が、この自主練習一番の打球を生み出した。
「―――――」
余韻に未だ浸っている金丸。
「――――そうだ、それでいい。後は君の悪癖である頭の位置を動かす点だけを気を付ければ、率は自然とついてくる。」
「は、はい!!」
「――――基礎的な練習知識は片岡監督も負けない。けど、貴方のそれは、いったい――――」
「なに、プロに行くような選手を何度も目にすると、自然と知識が増えていくものなのさ。君こそ、他人よりも自分のことをするべきじゃないかね?」
「――――俺に指導を?」
「そうだね。現代の投手は、利き腕の肩を下げるなんて動作はほとんどしない。が、君はそれをしている。時代錯誤に見えるが、それは合理的だ」
大塚は、今の自分に馬力が足りないことを自覚し、体重移動の力をより大きくするために、左肩を上げ、右肩を下げる動作を行っている。
「まだ、君のフォームの全てを理解しているわけではない。だが、長い期間を見て、“あの選手のあのフォームにはああいう意図があった”という事実だけは教えることが出来る」
「もし、君が何かに行き詰った時、それについて相談できるほどの知識は持っているつもりだからね」
「―――――行き詰っていたら、結果は出せない。俺は秋大会で結果を求めないといけません。」
大塚は秋大会への思いを口にする。落合は大塚を不思議そうな目で見つめ、まだ続きそうな彼の話をさえぎる。
「――――だが、君は結果を出す。結果を出せる選手はそろっている。出来ることをすれば、だがね」
「――――落合コーチ」
ここまで浅い付き合いの人間にここまでいわれるとは思っていなかった。この人は何を見てここまで断言できているのだろうと、彼はたずねてみた。
「どうして、そこまで断言できるんですか?」
「私は、確かに出来のいい教え子を輩出したつもりだ。だからこそ、結果を出す選手の共通点というモノが見えるのだよ。君に足りないのは自信だ。実力からくるものではない何か」
「―――――落合コーチ。買いかぶり過ぎです。俺はまだまだ未熟です――――」
「―――――君が自分に対してどんな評価を下そうと、君はもう、このチームのエースだ。だからこそ、君のその劣等感も今後治さなければならないが、上から何かを言われても、納得しないだろう? 秋大会で自信をつけるのが君の課題だ」
このメンタル面での弱気なところを修正しないといけない。落合は謙遜と自信喪失は違うと解っているが、それでもこの投手の考え方を変えなければならないと知っていた。
大投手はみな、エゴが強く、気が強い。
それが大塚に足りないモノだと考えていたのだ。
「――――情けない話ですけど、俺からエースという言葉を連想できないんです。前任者がエースって言えるのに、解っているのに――――」
丹波を思い浮かべ、苦笑する大塚。
「君はもっと、エゴを出すべきだ。もっと自信を持っていい。だがそうだな。だからこそ、本当のエースは希少なのだ。」
翌朝、休日にもかかわらず、青道のグラウンドにて練習を行う選手たちへの熱い視線が多かった。
「大塚もストレートの球速は抑え気味だが、やはり制球力は陰りすらない」
「ああ。やはり、この世代最高の投手は奴だな」
ブルペンにて、変化球を交えながら一球ごとにコース指定をする彼の投球練習は、アマチュアの空気ではなかった。
間合いを確かめながら、自分のペースで投げ込んでいる。その厳しい視線は捕手のミットに定まっていた。
やはり部外者であるが故、なのか。大塚と御幸が考えている「大塚栄治の制球力に陰りがある事」について気づく者はいない。
「川上も、カットボールを覚えてからさらに安定感が増したよな。決勝は決勝打を浴びたが、それでも青道投手陣の屋台骨を支える、もう一人の功労者だからな」
大塚の集中力に気圧されることもなく、川上は隣で黙々と投球練習を行う。既にエース争いでは大塚のことを認めているとはいえ、やはりプライドがないわけではない。
――――上手くなればなるほど、もっと上に行きたい。
川上は、最近野球が楽しくて仕方がなかった。
「―――――――」
降谷も最近気温が下がり始めたことで、スタミナを奪われやすい環境とは無縁になりつつあった。その為か、リリーフでは神がかり的な安定感を見せる。
しかし、彼が求めているのは完投できる投手。その理想はまだ遠い。
だが、上体に頼っていた投球フォームから変化が生じ始めていた。その原因は間違いなく先発をしたことだ。
リリーフでは問題にならなかったスタミナ不足。だが、先発ではそうはいかない物である。全身の力を無駄なく伝えようとするいい見本がいるので、彼もそれに倣った。
降谷はようやく、投手としての才能だけではなく、技術という領域に足を踏み入れようとしていた。
そして場所は戻ってブルペン。
「ん? 金田君? どうしたんだ?」
「あのさ、ちょっと投球練習を見てほしいんだ。丁度休憩中みたいだし」
「いいよ。チームのレベルアップは歓迎するべきところ。とりあえず、いきなり飛ばさなくていいからね」
金田の投球フォームはスリークォーター気味のオーソドックス。持ち球はフォーク。ノーワイドアップ。
「うーん。いきなりフォークを覚えていることにまずは驚いたよ。チェンジアップやカーブみたいな、指先の感覚を鍛える変化球とか遊びで投げてみればいいと思う。」
「大塚はやっぱりこの2つの球種が好きだね」
チェンジアップ信仰の大塚の言葉に苦笑いの金田。
「チェンジアップは俺の原点でもあるから。まあ、無理にとは言わないけどね。それに他に方法がないわけではない。ミットめがけて山なりのボールを投げてみると、指先の感覚が鍛えられるよ」
「山なり?」
「山なりのボールはストレートのように真直ぐにはいかない。ましてや遠く離れた捕手のミットに投げ込むのは少し難しい。けど、それが重要なんだ」
そこまで言われたら、金田もすぐに辿り着いた。
「そうか! ボールの置き場所を確かめられる。そういうことか!」
「正解。ストレートみたいにまっすぐ行かないからね。それにフォークの連投はひじや肩に負担がかかるし、浅い握りのフォークをマスターするのもいいかもしれない」
正確に言えばSFFのことだ。
「大塚、俺もいいか?」
そこへ、今度は2年生の川島謙吾もやってきた。数少ない左投手の一人。持ち球はスライダー。
切れの良い制球力のあるボールを投げ込む為に必要な練習を尋ねたのだが、
「とにかく、股関節の回旋運動です。バランスボールを壁に真っ直ぐ当てる練習が効果的だと思います」
やはり下半身の動き。上半身が後から来るのが大塚のモットー。それをセンスのみで行えている沢村が異常なだけなのだ。
多くの投手が抱える共通の悩みでもある。
「よし、金田。ちょっとフェンスの所で一緒に練習するぞ。」
「はい!!」
二人の背中を見送る大塚だが、何か忘れている、聞きたいことがあったと考えていた。
そしてそれは急に頭の中に思い浮かんだ。
「あ、あのさ。」
「どうした、大塚?」
「沖田の様子が最近おかしいんだけど、原因解る?」
「ああ―――――いや、お前はそのままでいてくれ」
「???」
「大塚は興味なさそうだけど――――応援歌が変わらなくて良かったと言える、よね」
「??? 沖田が残念なのは事実だけど、あそこまでドルオタではなかったはず。」
大塚は知らない。東条と木島によって信者になってしまった沖田の事情など。
「まあいいや。くだらないことで時間を使っちゃったね。練習頑張ってね、二人とも」
「おう!!」
「またな、大塚!!」
そして問題の青道鉄壁の内野陣。
「~~~~♪」
鼻歌交じりに好守備を連発する沖田。なんだかプレーが乗っている。
「うわぁ、気持ち悪い。プレーは凄いけど」
辛辣な言葉を吐く春市。
「小湊。あれって――――」
金丸は、春市に耳打ちする。
「うん。木島先輩の聞いている曲の一つだね。」
「入学してからアイツはどこへ進んでいるんだろうな。」
沖田の方向性が解らない下級生内野陣だった。
しかし、春市が気にしているのはそんなくだらない事ではない。
「三塁手のレギュラーが見えてきたね、金丸」
「レギュラーの不調で後退気味の理由ってのが気に入らねェけどな。実力で奪う予定だったんだがなぁ」
三塁のレギュラーである、日笠が予選から不調なため、同じ守備位置の彼にチャンスが巡ってきた。特にストレートは万全ではないとはいえ、大塚のストレートを捉え(変化球を交えるとお察し)、降谷のストレートにも振り負けていない。
夏予選から続く沖田と自主練をしているおかげか、変化球への対応力も上がってきている。
一塁のレギュラーの前園は、この日の打撃内容が違っていた。
「うおっ!? アウトコースの難しい球を打ったぞ!!」
「それも左中間!! 沖田に負けてねぇ!!」
「外角のボールを引っ張っただと!?」
他の面々にも、前園のスイングの異変に気づく。だが、前園に笑顔はなく、何か独り言をつぶやいている。
――――ええ打球、ええ打球を飛ばさんといかんのや。
「ええスイングをしても、ええ打球が飛ばんかったら意味ないんや」
そんな二軍からのたたき上げの筆頭である前園の状態が上がってきていることに、御幸は、
「ゾノのスイングが変わった。間合いやタイミングの取り方が脳筋だった以前のやり方じゃない」
パワーでゴリ押しだったのが、シャープになった。日々の練習の積み重ねで、スイングが安定してきたのだろう。
しかし実戦ではないので、まだまだ確定するのは尚早だと考える御幸。
「まあ、レギュラー陣、控えのレベルアップは主将としては歓迎できるけどさ」
新チームでは5番に座ることが多い御幸。3番東条、4番沖田に続く主軸を任されているが、前園の調子が上がればリードや守備にもう少し集中できる。
――――川島も金田も大塚と一緒に練習しているし、投手陣の面倒は大塚と川上が見ている。
あの気弱な川上が2年生とはいえ、投手のまとめ役の一人になるとは半年前は考えてもいなかった。
全ては大塚と沖田が入学してから変わった。
――――アイツらは勿論、ここまで頑張っている仲間を泣かせねぇためにも、俺が引っ張るんだ。
決勝で、誰よりも負けの悔しさを味わった。大塚はベンチの外でそれを目の当たりにし、沖田はランナーとして。
青道は選抜が濃厚と言われているが、チームの意志は違う。
全員が甲子園にリベンジするために努力をしているのだ。慢心している余裕すら垣間見られなかった。
なお、帝東戦で金丸君の出番はありません。
大塚君は体格がでかくなったので、色々とパワーアップしています。
まあ、ドロップを地味に習得したりと成長はしていますが――――