後、ついに通常投稿にしました。
ついに始まる全国中学生野球選手権決勝。大塚は、並み居る格上との試合に接戦で勝ち進んだ尾道の打線を警戒する。
「金一。相手は初回からバッドを短く持っているようだね。」
一回の表。投球練習を終え、迎えるバッターのグリップの位置を見て、大塚はそうつぶやいた。
「一回の表、尾道シニアの攻撃。一番、センター、山田君」
「来い、おらぁぁぁ!!」
威嚇する山田だが、大塚はそれを意に介さず、投球に集中する。
黒羽からのサインが送られ、
―――まずは、右打者アウトコースのストレート。一球様子を見るぞ。
大塚はサインに頷き、ストレートを外角ギリギリに投げ込む。
スパァァァン!!
「ストライィィィクッ!」
黒羽のミットは気持ちいくらい乾いた音をたて、ボールはその中に納まる。相手は全くタイミングをとれなかったのか、バットをだせなかった。
「…………(おいおい、なんだよそりゃ)………」
一番打者は、初球のストレートを意識している素振りを見せた。大塚のストレートに強烈な印象を浮かべた尾道サイド。
続く二球目。
パアァァァン!!
「ストライクツーッ!」
今度はボール球の高めの釣り玉に手を出し、空振りを奪う。初球のアウトロー一杯が目に焼き付いており、制球の良さを考えに入れていたのだろう。
「ちっ………」
先程の威勢はない。明らかに動揺し、二球目の高めの釣り玉で冷静さを欠いている。
――――もうストライクはいらない、後は決め球のSFFで行くぞ。
しかし、大塚はここで首を横に振る。
――――じゃあ、なんだ? スライダーか?
大塚はまたしても首を振る。
――――まさか………アウトコースのストレートか?
そのサインに大塚は首を縦に振った。さすがに黒羽もこの攻撃的なリードには戸惑いもあった。が、大塚の調子を考えれば、初回から変化球の多投は避けた方がいい。
大塚、ワインドアップから振り被って三球目。
パァァアァァン!!!
「ストライクスリーッ!! バッターアウトォォォ!!」
見事な制球力で、掲示板に表示された135キロのストレートがアウトロー一杯に決まり、バッターは手を出すことが出来なかった。二球目の高めの真直ぐによるスイングの迷いを誘ったのだ。
「二番、セカンド、高須君」
続く二番打者も、変化球を警戒している打者の裏をかく配球で見逃し三振を奪う。
「くっ…………」
二番打者も最後はアウトドアのスライダーに手が出ず三振を奪われた。3球目の高めのストレートが軌道上にあり、外から曲げてきたボールに対応できなかった。
しかし、これを可能にしているのは、黒羽のリードだけではない。
大塚お得意のフォームチェンジオブペース。膝を上げている時間を調節し、バッターのタイミングを図り、それに合わせてボールを投げ込んでいるのだ。
この大塚有利の流れを断ち切るべく、続く3番打者の沖田がさっそく仕掛ける。
「三番、ショート、沖田君。」
球場がざわめく。いきなりの今大会ナンバーワン右腕大塚と、今大会ナンバーワンのショートにして、驚異的な打撃力を見せる尾道の怪童、沖田。
一番二番が後ろ寄りにバッターボックスに立っていたのに対し、この沖田は敢えて前に位置を置くことで、変化球が変化する前に仕留める算段なのだ。
「…………………」
――――真っ向勝負、か。まさかこんなあからさまにストレートを待つなんてね。
生憎、大塚には速球系の動く球は使えない。アメリカのボールとは全く違う軌道、さらに言えば制球が定まらない時があり、まだ実戦で使えない。さらに言えば、捕手の黒羽が取れない。
それでも、数か月で動く球以外の球種を制御出来た彼は、努力はした。
こうなるとSFFもコントロールミスをすれば、変化する前にやられる可能性もある。以前もそれをやってきた打者がいて、かすりもしなかったのだが、今回は違う。
相手は今大会ナンバーワンショートにして、尾道の怪童、沖田道広。
まず第一球。大塚の選択したボールはストレート。
ズバァァァン!!!
「ストライィィィク!!」
初見で合わせるのはやはり厳しかったようで、沖田はタイミングが遅れ、空振りを喫する。しかし、沖田は先ほどのバッターのように表情を変えることはなく、こちらをまっすぐ見ていた。
――――このバッターは明らかにレベルが違うね。
大塚は、その沖田が醸し出すオーラを感じ取っていた。
――――やっぱ、初めのスイングで捉えようなんて虫が良すぎたか。だが、まだボールの下か………
一方の沖田。さすがはナンバーワン右腕であると認め、その事実を弁えつつ、どうすればいいのかを考え、バッティングを修正する。
そして続く第二球。
カァァァァン。
しかし二球目で沖田は大塚のストレートに合わせてきたのだ。しかし、結果は―――
ぱし、
「アウト! スリーアウト、チェンジっ!!」
大塚へのピッチャーフライ。難なくそのフライを掴み、ベンチへと戻る投手の姿を見て、沖田はまだ表情を変えずに見つめる。
――――まだ手元で伸びるな。
そして一方の大塚も、
――――二球目で合わせられるなんて、ストレートのみだったけど、こんなバッターは初めてだ。前にバッターボックスを置いた打者には掠らせなかったのに………やっぱりこの人は危険だね。
大塚も、最初の勝負で勝ったものの、沖田というバッターの脅威を認識し、改めて以降の勝負での糧にする。
大塚はこの回、10球で尾道打撃陣を三者凡退に抑える。
「おっしゃ、この裏のディフェンスは任せろ!!」
しかし、その横浜シニア相手に、この技巧派左腕、成瀬が立ちはだかる。
「大塚ほどではないけど、やはりコントロールがいいな………」
主将の後藤は、投球練習での印象と、ビデオの映像から、彼の投手としての力量を再確認する。
「一回の裏、横浜シニアの攻撃は、一番、ライト、高木君」
―――まずは左打者、アウトローのスライダー。こいつは初球から振ってくるぞ。甘いところだと持っていかれる。
主将にして、捕手の木村は、成瀬にサインを送る。
―――投手戦にしてやるしっ!!
成瀬が投げ込んだボールは、手元で大きく沈みながら曲がり、高木のバットは空を切る。
「ストライィィクッ!!」
「………(想定していたよりもずっとキレがある。けど、ボールゾーンだった。)」
高木は冷静に今のコースを分析し、打席に臨む。確かにキレがあるが、技巧派という名にふさわしくない大きなスライダー。甘いところに来れば、打ち返す自信はあった。
しかし、
パァァァァン!!
「ストライクツーッ!!」
「!!!(曲りの幅を変えてきた? スライダーに関しては、見極めがしづらい。せめて、何球か粘らないと………)」
曲りをコントロールするスライダーピッチャー。左打者の高木に対し、あのスクリューは投げづらいだろうが、それでも、あのスリークォーター気味のフォームから繰り出されるスライダーとストレートのみでも、十分脅威だ。
続く第三球。
かぁぁん!!
「ファウルっ!!」
なんとか高めの真直ぐに不利おくれなかった高木。しかし今のはボールゾーン。
「(思わずつられてしまった。コントロールの良さを大塚と同様に利用しているなぁ………やりづらい)」
高木は苦い顔をしながら、それでも笑みを浮かべてバッターボックスに入る。まだ打ち取られていない。少しでも多く球数を稼ぎ、相手のデータを絞り出す。
続く第四球。
「(甘い球!! 貰ったッ!!)」
高木から見て内寄りのストレート。狙い球ではないが、打てないコースではない。確実にヒットコースに出来ると意気込む。
ストンッ
しかし、急激にそのボールは沈み、高木のバットは空を切る。
「シャぁぁぁ!!!!」
雄叫びを上げる成瀬。そして今の球を思い出す高木。第一打席、チームの切り込み隊長として、スライダー、ストレート以外の球種を見ることが出来た。そして今のは恐らく―――
「お前が空振りするとはな。そんなに手元で沈んでいたのか?」
主将の後藤が高木に尋ねる。
「はい。フォーク系だと思いましたが、フォーク特有の無回転軌道ではなく、速くやや回転もしていました。恐らく、チェンジアップ系のボール。あの球速を考えると――」
「高速チェンジアップ、だね………僕のパラシュートチェンジとは違う種類の」
そこへ、大塚が話に入ってくる。
「…………それに、スライダーも大きなスライダーと、縦スライダーの二種類がありますね。右打者にスクリューを多投するでしょうが、縦スライダー、クロスファイア-は頭に入れたほうがいいと思います。しかし、このチェンジアップは厄介ですね。」
「技巧派というだけあって、テンポも良いな………」
グラウンドを見ると、すでにツーアウトになっており、高木の三振、二番打者はアウトコースのスクリューからのクロスファイア-に詰まらされ、ゴロを打たされたのだ。
「三番、ライト、多村君」
「かっ飛ばせー、多村!!」
「(俺も広島を背負ってんじゃ。食らえ、クロスファイアーッ!!)」
ガァァァン!!
ボールは多村のバットに当たるものの、ボールは勢いよく真後ろへと飛んでいく。
右バッターボックスに体を入れた多村は、成瀬の初球、クロスファイア-をファウルであてたのだ。しかもコースさえ合えば、タイミングは合っていた。
「へぇ………」
「(次はアウトコースのストレートか、いや、あの様子だと、インコースにまた来るのか?)」
多村はマウンドで不敵な笑みを浮かべている成瀬の表情を見て、考える。
続く第二球、
パァァァン!!
「ボ、ボール!!」
審判すら危うく間違いそうになるほど際どい球。ストライクとコールされてもおかしくはない。実際、多村も手が出かかっていた。
「(スライド気味に、カット系と似たような軌道で切り込んでくるな。これは基本に忠実に打たないと、まずヒットには出来ない)」
このクロスファイア-に振りおくれないようにするのに対し、あの高速チェンジがある。故に、成瀬は両サイドの球種を揃えることで、それを防ぎに来ている。
第三球。
ストンッ
「!!!!」
そしてカウントを取りに来た球種、インコース、ボール球の高速チェンジにタイミングが合わず、バットは空を切る。
そして続く第四球は、遠くなったアウトコースにストレートを決められ、見逃し三振。
「おっしゃぁァァァ!!」
こちらも三者凡退に抑えた成瀬。意気揚々とベンチに帰る。
お互いに譲らないエース同士の投げ合い、結局両チームとも一巡目で互いにランナーを出せない状況。
大塚はコントロールの良い力のあるストレートを軸に、三振を奪い、成瀬はコースを丁寧につく、テンポのいい投球で横浜打線に的を絞らせない。
まさに対照的な両投手の立ち上がり。しかし、どちらも見事な投手だった。
二巡目、4回の表、ツーアウト。
二回目のバッターボックスに立った沖田。
同じように前に立つ沖田のバッターボックスの様子に、
――――初球はストレート、インコースのボール球。ボールでもいいから奴を踏み込ませるな。
内に構える黒羽。
「ボ、ボール!!」
この試合は際どいコースにボールが来ることが多く、審判のジャッジもやや遅れる。それほど両投手ともにコントロールに優れた投手であるという事だ。
「…………(外の球が狙い目か………一打席目でストレートでの嫌なイメージを植え付けたな)」
沖田は冷静に、大塚の表情を見る。グローブで口元が見えず、目はこちらを探るような目で視線を向けている。
「…………(動揺なしか。この程度で崩れるわけないか)」
―――次はアウトコース、パラシュートチェンジ。今のタイミングなら確実に振る
ブゥゥゥン!!!!
「!!!!」
第二球の外へ逃げるチェンジアップにバットが空を切る沖田。これが準決勝で見せたアラタのSFF、スライダー、サークルチェンジに次ぐ、四番目の球種。
「(予想以上に手元で沈むな。ストレートのタイミングで打つと、どうしてもプルヒッターの軌道になる………)」
成瀬と同じように緩急を自在に操るピッチング。さらに成瀬が会得していない、フォームのチェンジオブペース。膝の動きで、最後までバッターの動きを見て、タイミングをずらしている。
そして三球目、高めの威力のあるまっすぐが、沖田のバットを誘い出す。
「ボールツー!!」
危うく手を出すところではあったが、何とかバットを止めた沖田。しかし、この高めでも伸び上るような軌道に見える為、本当に脅威だ。
――――やっぱ、一筋縄ではいかないね。
――――どうする? ストレートにはタイミングがあってきている。ここはもう一球パラシュートチェンジか?
サインによる会話。大塚と黒羽は無言でコミュニケーションをとる。
「……………」
首を振る大塚。そしてその雰囲気だけで、球場のだれもが次の球種を予期した。
そしてそのオーラを一番肌で感じている一人でもある沖田も、強烈な威圧感を感じていた。
「(来るか、大塚のウイニングショット)」
この試合では、まだ一球も投げていない絶対的な大塚の決め球。
ワインドアップから振り被る大塚。構える沖田。
スパァァァァァン!!!!
「……………これほど、とは…………」
ストレートと同じ球速から鋭く曲がり落ちたボールはベース前でワンバウンド。大塚は敢えて変化を速くする投げた形で、前に立っている沖田の打ち気を誘ったのだ。
バレバレの雰囲気で、あえて変化球を投げることで。
この強烈な闘争心、そして冷静さを持ち合わせているこの投手は、強敵であると感じた沖田。
「ストライィィィクッ!!!! バッターアウトォォォ!!!」
――――世の中には、同年代にこんな投手がいるのか………
だが沖田は、歓喜に打ち震えていた。今までピンチに呑まれて自分のピッチングが出来ない、元々の地力が違う投手、ムラがあるので早い段階で勝負がつく投手とばかり対戦し、本当の怪物との対戦が少なかった。
――――だが、第3打席で絶対にヒットを打つ。ここで決め球を見れたのは大きい。
「すみません。何とか決め球を投げさせるのが限界でした」
「いや、これでSFFの軌道を俺達も見ることが出来た………相当な落差とスピードだな」
木村主将は、プロテクターとレガースを付けた状態で、沖田にフォローの言葉を入れる。
「第3打席で必ず強い打球を打ちます」
沖田には自信があった。確かに一流だ。だが、自分が全く対応できないほどの差は感じていなかった。
「ナイスピッチ、栄治!!」
同年代のショートの安田が大塚に声をかける。
「けど、やっぱり紙一重だよ、あのバッターとの対戦は。やっぱりあの打線の核は、あのショートとキャッチャーだね。」
大塚はやり難さを感じていた。あの三番と四番のプレッシャー。さらにその他のバッターはボールを当てに来ている。追い込まれるまで際どい球には手を出さず、ファウルもいとわない。チームとしてそれを徹底できている辺り、接戦を勝ち上がってきただけはある。
「それに、うちの打線も、あの左腕からヒットがわずか1本。後藤主将の長打があったけど、得点にはならない。情けないが、あの投手も本物だ」
マウンドで次々とテンポよく打者を料理していく成瀬を見て、大塚も頷く。
そして早くもツーアウトを取って、第一打席で長打を浴びた四番ファースト、右の強打者、後藤との勝負に臨む、尾道のエース成瀬達也。
ブゥゥゥゥン!!!
物凄い威圧感を感じるスイングだが、バットは空を切る。だが、当たれば成瀬の球威ではホームランにされかねない。
「…………チェンジアップか」
後藤はそれだけを言うと、目線を成瀬に向ける。
――――まるっきり動揺していないな。だが、こういう冷静なバッターは、
成瀬が頷く。とにかく低めにボールを投げる。パワーのあるバッターにはそれが必要。
ガァァァン!!!
続く高めのストレートに押し負けた後藤。打球は真後ろに飛び、バックネットに当たる。
「(キレが増している………尻上がりに調子が良くなるタイプか………)」
続く、第三球は外に外れるスクリューを冷静に見極めた後藤。カウントをワンボールツーストライクにする。
「ボールっ!!」
―――やっぱ、こいつは沖田クラスだな。こいつも相当だ。ここはワンバウンドの縦スライダー。絶対に止めてやる!
成瀬はそのサインに頷く。いい加減前の打席の借りを返したい。成瀬はリベンジに燃えていた。
グォォォォン!
キィィィィン!!
キレのあるスライダーが地面を抉り、砂埃を小規模に発生させる。対する後藤も最後まで食らいつき、ファウルで逃れる。
「………………(なんてキレだ。)」
素直に称賛する後藤。
―――こいつ、当てやがった…………
木村は動揺する。完全にうちとっているはずのコースと球のキレだった。だが、目の前の四番はそれを当てた。体勢を崩しながらファウルで逃れたのだ。
思わずマスクの下で顔をしかめる木村。
―――先輩、ここは腹を括りますよ?
――――ああ、正攻法ではもう通じない。なら、理の外に、活路を見出す!!
木村はミットを内に構える。それを見た成瀬は笑みを浮かべる。
――――インコース、クロスファイアー。お前の一番の球種で、こいつをねじ伏せろ!!
ノーワインドアップから振り被って第四球。
がァァァァん!!
打球は力なくセンターへと飛んでいき、
ぱしっ、
「アウトっ!! スリーアウト、チェンジっ!!」
「シャァァァァ!!!!」
審判のアウトコールを聞き、雄叫びを上げる成瀬。そして、完全に詰まらされた打球を見て、思わず苦笑いの後藤。
「かなりハートの強い投手だな。そして、手強い」
「俺達のエースは、まだまだこんなものではないぞ?」
「……………ふっ」
主将同士の短い会話。後藤はそれに無言ではあったが、口元を歪ませていた。そして木村もまた、食えない奴だと感じていた。
――――勝つのは俺達だ。
4回終わって両チーム未だ無得点。中学2年生のエース同士の戦いに相応しい、決戦の様相を呈してきた。
成瀬君は、イメージ的に山本昌投手ですね。スライダーとスクリューを操る技巧派もどきの本格派。違うのは、強烈なクロスファイアーと、球速ですね。
で、なんか見覚えのある人たちと、実在の人は関係ないです。
一部、大塚の球種の説明を改訂しました。