不定期ですが、今後ともよろしくお願いします。
2017年7月4日 2番青木を2番乙坂に変更しました
この8回の大ピンチを抑えた青道高校。9回の表、青道攻撃は三者凡退。だが、9回裏のマウンドに降谷が上がる。
『最後のイニングを任された降谷!! このまま逃げ切れるのか!!』
先頭打者の9番辻原の代打大道を抑え込む。横浦には和田と辻原以外に青道を抑える投手がいない。だが―――
1番高木―――――
「ボール!」
初球ストレートが浮いた降谷。球が上ずってきた。その一球を見た御幸は、低めにこいというジェスチャーをしていた。
マウンド上で汗をぬぐう姿多くなる降谷。炎天下の熱と、スタミナの無さが彼に襲い掛かる。
――――振り抜けば、まだチャンスはある。
横浦の切り込み隊長――――――彼は冷静に相手を見る余裕があった。何よりも、
――――大塚に何があったかは知らないが、アイツを引きずり出す前に終わるのだけは
球威の落ちてきた降谷のストレートを捉えるのは、それほど難しい事ではなかった。
『痛烈~~~!! センター前に落ちる!! 一死からランナーを出します、横浦高校!!』
――――嫌なんだよな、それだけは!!
一塁ベースで、小さくガッツポーズをして、ブルペンに入っている大塚を見つめる高木。
降谷のストレートが落ちてきたことで、青道ベンチが慌ただしくなる。
「――――降谷――――」
丹波は、降谷のストレートが捉えられていることに、危機感を覚える。
続く2番乙坂。ここで巧打の打者が続く。
『2番の乙坂君が出れば、主軸にランナーを置いた状態で回りますからね。ランナーがたまればわかりませんね』
―――――まだ、この試合何もしていない。
乙坂のバットを握る力が強くなる。
―――――ミートすれば、頭を越えればいい!
後アウト2つを取ればいい。だからこそ、御幸は低目をとにかく意識した。
――――この打者、今日は合っていない。だが、油断は禁物だ。
御幸が危惧するのは、この打者の地力もあるが、何よりも気がかりなのは―――
「――――――――――――」
マウンドで汗をぬぐう回数が多い降谷。熱さへの耐性がない彼にはこのピークに近い暑さが、体力を奪い続けている。
――――――ブルペンで、沢村を向かわせているが、アイツをリリーフで出すわけにはいかない。
沢村までつぎ込めば、決勝戦での先発できる投手が万全ではなくなる。丹波を連投させるのはあまりにも酷だ。
―――――持ち堪えろ、降谷!!
ズバアァァァァンッッ!!!
初球145キロのストレートが僅かに外れる。熱さが、剛球の実力を奪う。
――――あの時ほど、球威もない。当てれば内野の頭は――――
続く2球目の甘く入ったSFFを、
カキィィィンッッ!!
「!!」
降谷の頭上を越えるセンター前ヒット。何とかグラブを差し出したが、空振りする形でボールを掴むことが出来なかった。
『打った~~~!! ピッチャー捕れない!! 2番乙坂も続く!! これで、一死一塁二塁!!』
俄然、横浦は勢いづく。なぜなら次の打者は――――
『さぁ、ここで3番岡本!! 単打でも同点!! 長打が出れば逆転サヨナラの場面!! 青道先発丹波には手古摺りましたが、試合終盤に力を見せ始めています!!』
大塚は、言いようのない悪寒を感じ始めた。この局面でこの強打者との対決。パワーピッチャーの降谷には相性最悪の横浦の主軸。そして、
――――今になって分かる。彼の弱点は――――
甲子園の猛暑。それが、剛腕から力を奪っていることに気づいた大塚。予選準決勝での彼の降板に違和感を覚えていた彼は、合点が言った。
ズバァァァンッっ!!
初球ストレートが外れる。球速は147キロ。
――――8回裏よりも球威が落ちている。スタミナがないにもほどがあるな。
これが、この投手を先発で使えない理由だと悟った岡本。
「ボールツー!!」
SFFが外れ、ボールツー。ストライクが入らない、ストライクを入れられない。
『ストライクが入らない!!! この強打者を相手に、少しの隙も命とりです。』
『投球に変化がないですね。速い変化球に、速いフォーム、速い球。解らなくなりましたね。』
―――――体が、暑い――――
意識がもうろうとする降谷。あまりの暑さに、熱で頭をやられつつあるのだ。体全体に倦怠感が広がり、リリースがまたうまくいかない。
―――――ストライクが、課題は、スタミナロール――――
言葉が途切れ途切れになりつつある降谷。カウントを稼ぎたい、中途半端な気持ちが入り乱れていた。
そして、甲子園の舞台に力を奪われ、弱体化した彼のストレートが甘く入ってきたのだ。
ガキィィィィンッッッッ!!!!!
痛烈な打球がライトへと上がる。感触は完ぺきに近かった。
「!!!!!」
御幸がマスクを外し、打球を見やる。
『打ったァァァァァ!!!! ライト~~~~!!!! 切れるか、サヨナラか!! サヨナラか!?』
打球は勢いを失わない。ぐんぐんと伸びる岡本の打球。青道のフィールドプレーヤーがその打球を追う。
―――――やめろッ
伊佐敷が叫ぶ。
――――やめろッ!!!
結城が願う。
――――切れろォォォォ!!!!!
沖田の眼前で、
打球は、ライト線に切れた。
『ファウルっ!!! ファウルですッ!!! 命拾いした青道!! 捉え切れなかった岡本!!! しかし鋭い打球でしたね~~~』
『甘く入りましたね。振り切った分、打球が切れてしまいましたね。僅かにタイミングが早かったですね』
―――――っ
自分のストレートがまだ通じない。SFFを投げても動揺もしない。岡本が恐ろしいと感じてしまった降谷。
「ボールスリー!!!」
――――リベンジをする、なのに――――
―――――ダメだ、このカウントは悪すぎる。だが、歩かせても次は――――
ネクストバッターは、坂田。この打者とだけは勝負したくない。今の状態の降谷では、抑えるイメージが全く思い浮かばない。
―――――くっ、
「ボール、フォア!!!」
最後は完全に外れてしまったストレート。御幸も意識を決めかね、降谷も中途半端な球を投げてしまった。
『フォアボールっ!!! 迫る横浦!! まだ終わりません、まだ終わらせないッ!!! これが横浦です!! そして、次の打者は――――!!』
―――――――4番、ライト、坂田君。
打て!! 打て!! 打て!! 打て!!
久遠っ!!
かっ飛ばせ~~~久遠ッ!!!
お前が決めてくれ~~~久遠ッ!!
『久遠コールが鳴り響く甲子園球場!!! 横浦の主将が試合を決めるのか!! ここで、この人に回るからこそ、これが、今年の横浦です!!』
圧倒的アウェー。
大歓声が包み込む甲子園球場で、青道はついに追い込まれた。
――――リードしているのは俺達だ、なのに、これが―――
――――これが、甲子園の戦い――――
青道ナインは、呑まれていた。この横浦が醸し出す雰囲気に。
『外野は通常の守備陣形から動けません! それもそうでしょう、4番坂田、この試合で得点圏10割は途切れましたが、7割を超える得点圏打率!!7本のホームランを打っています!! さらにまだ甲子園で併殺打がありません!! この怪物打者を前に、凌ぎ切れるか、青道高校!!!』
『ここで今大会最強バッターを乗り越えるか乗り越えられないか。はっきりしていますね』
『この試合も2打席で連続となるホームランを打っている坂田!! 今日一人で4打点!! さぁ、決勝への夢を繋げられるか、青道高校!!』
青道高校の内野陣はマウンドに集まる。
『それとも決勝への道を掴みとれるか、横浦高校!!』
バッターボックスに向かう坂田。
ここがこの試合の山場。
「――――監督、2つのアウトを、俺に奪わせてください」
監督の前に立った大塚。登板を志願したのだ。
「お、大塚!? だが、けがをしたお前をこれ以上――――」
太田部長が大塚の志願に待ったをかける。怪我をしている選手を出すわけにはいかない。だからこそ、彼を制止する。
「2つだけ、2つだけです。俺は言いました。先輩たちの夏を終わらせたくないと。」
「――――大塚」
意志は固い。静かな闘志を燃やす、大塚の瞳が片岡を見据えていた。
「確かに、万全ではない俺が抑えられる保証なんてありません。仮に次があっても、夏の終わりは近いです」
もうあと2試合。どんなに頑張っても、それでこのチームの夏が終わる。
「本当は、秋まで大人しくするのが正解なのかもしれない。けど――――」
「怪我をしたお前に何が出来る? 今は―――――」
「けど、終わらせない。ここでは」
「!!」
静かな声で、大塚はそう宣言する。凛としたそして力強い言葉は、片岡監督でさえ沈黙させた。
「この打席で、この勝負を、この試合を、俺に背負わせてください」
ネクストバッターサークルで、黒羽はベンチの前に立つ大塚の姿を見ていた。
―――決勝に温存するつもりだったのか? だが、それにしては様子がおかしい。
投球練習を行っていた大塚が片岡監督の前にいた。投球練習をしていた彼が、この時になぜここに立っているのか、理由は言うまでもない。
大塚の姿を目にした時、今まで横浦の脅威の粘りに歓声を上げていた声が、
ざわめきに変わる。
『ここで、ここで来るのか!? 片岡監督がベンチを出ます!!! ここで投手交代です!!!』
「お前を止める言葉を見つけることが出来なかった。そんな情けない大人を許してほしいとは思わん」
「監督―――――」
「見せてみろ、お前の覚悟を。責任も勝負も、俺が一緒に背負ってやる。」
スタンドの青道応援席では、大塚がついに投げることになってしまう現実に、苦い顔をするのものしかいなかった。
彼だけは、彼にだけは投げてほしくなかった。
彼が来てから、青道は変わった。甲子園という大舞台にたてた。それはベンチにいる選手たちだけではない。
スタンドで応援を続ける彼らにとっても、大塚は希望だった。
「大塚っ」
だが、かける言葉が見つからない。誰もそれを見つけ出すことが、絞り出すことが出来ない。
みんなわかっているのだ。ここはもう彼に託すしかないと。沢村をここで出せば、決勝の希望もほぼ絶たれる。
満身創痍のまま戦うことになるのだ。
そして、降谷もマウンドから下がる今、青道側に降りかかる衝撃は大きい。
「大塚君ッ!!!!」
そんな中、吉川が彼に声をかけるのだ。
「――――――ごめん、それでも俺は―――――」
大塚も、彼女が何を言いたいのかは解る。けど、止まることは出来ない。
「帰ってきて!! 秋も!! 来年も、再来年も!!」
「!!!」
突然何を言い出すのかと、大塚は目を見開いた。
「ここが大塚君の終わりじゃないんだよ!!」
精一杯彼女は叫んだ。カメラが映そうが関係ない。今の彼女は大塚に声をかけることしかできないと自覚しているから。
「また笑顔で、野球をしてほしいの!!!!」
もはや彼を止めることは出来ないと吉川は解っていた。だからこそ、祈るしかない、彼に願うしかない。
それが彼の重荷になるとは分かっていても、言わずにはいられない。
また野球が出来なくなる。ここで彼のいるチームが負けることも。
認めたくない。受け入れたくない。
「ごめんね、無理を言って。無茶をして」
壮絶なマウンドに向かうというのに、彼は穏やかな顔をしていた。
「けど、ここで動かなければ、俺は”大塚栄治”でいられなくなる。エースを目指すという野望を、目指す資格を失うような気がする」
「俺にとって大切な何かが、消えてしまいそうな気がする」
スタンドにいる者達に、そして自分に言い聞かせるように、彼は言葉を紡いでいく。
「だから抑える。相手が誰であろうと」
「繋ぐんだ。ファイナルの舞台に」
スタンドにいる彼らは、そんな彼を見送ることしかできない。どうしようもなく遠い。
だが、彼らに出来ることは存在していた。
「いっけェェェェ!!! 大塚ぁぁぁ!!!!」
ひとりでに、誰かに言われたわけでもない。誰かが奮い立ち、声を張り上げる。
その小さな声援がやがて―――――
「坂田を抑えて決勝に行くぞ!!!!」
「青道の天才を舐めるなよ、横浦ァァァァ!!!!」
「俺達が絶対に勝つんだ!!!」
「頑張れェェェェ!!!!!」
大塚ッ!!! 大塚ッ!! 大塚っ!!
大きな声援へと変わっていく。
まだ審判は選手交代を知らされていない。だというのに、選手個人の名前を名指しで応援。こんなことは今まで有り得なかった。
だが、もはや観客も悟っている。
怪物に対抗できるのは、同等の力を持った存在だけだと。
横浦高校も、大塚コールによって雰囲気が変わることを恐れた。
久遠ッ!!! 久遠ッ!! かっ飛ばせェェェ、久遠ッ!!
お前が決めてくれェェェ!!!! 久遠ッ!!
「ここで四番が決めて光南にリベンジだ!!」
「ああ!!! そっちのルーキーも凄いが、俺達の4番を舐めるな!!!」
「サヨナラ決めろ、久遠ッ!!!」
両チームが誇る最高の選手の激突。一塁側、三塁側からそれぞれの選手の名前が名指しでコールされる異様なムード。
そんな雰囲気の中、仰木監督は腕を組んだまま、試合をじっと見ている。采配を振るう局面ではない。
片岡監督は、淡々と最後のカードを切る。
それぞれの指揮官は、それぞれの切り札に夢を託す。
『青道応援席から大塚コール!!! 横浦応援席からは、久遠コール!! 異様なムードと雰囲気が出始めている甲子園球場!! さぁ、この最終局面でついに実現するのでしょうか!!』
『こんな雰囲気の甲子園はみたことがないですね。ついに出てくるか――――』
審判に選手の交代を伝える片岡監督。横浦の選手たちに緊張が走る。
――――――来る。
誰もが解った。その瞬間、甲子園が静まり返る。片岡監督の口に、審判の仕草に、観客は固唾を呑んで見守る。
この土壇場、最後の最後に、この試合最大の山場が訪れたのだ。これほどの試合、これほどのクライマックスがあっただろうか。
誰かがいった。
この試合の最後は、伝説になると。
中々アナウンスがかからないことも、この徐々に高まっていく雰囲気を形作る材料となる。
「選手の交代をお知らせします。降谷君に変わりまして、大塚君。ピッチャー、大塚君」
世代を超えた頂上決戦。1年生の新星が、最後の夏を迎える怪物スラッガーに勝負を挑む。
空気だったけど、最後に見せ場がありましたよ、大塚君。
1年生でこの局面、志願登板とか
基地外以外の何物でもないね。
悲報 降谷、決勝戦アウトの模様。
大塚もアウトになったら青道が詰むね。