終わらせる気はないよby横浦一同
2017年7月4日 2番青木を2番乙坂に変更しました
8回表、結城から。
8回表、丹波の好投に応えた打線だが、まだ足りない。先頭打者の結城の所で、横浦は投手を交代する。
『ここでああぁ!! 投手の諸星君を変えますね!! 投手交代です。1年生の辻原がマウンドに上がります。1年生サウスポー。予選ではリリーバーとして抜群の安定感を見せています』
少し大柄な左腕投手が横浦から出てくる。目つきは若干鋭く、釣り目だが、
「金一がここまで手古摺るとはな。桐生戦とは違うようだ」
案外気さくな辻原。和田よりも通算防御率はよいのだが、スタミナに難があるサウスポー。黒羽が3年時の全中予選に見つけた逸材である。
「あの3年生投手の投球にやられた。なぜ今まで有名ではなかったんだ? データと若干違うからマジで困った」
そして、困り顔の黒羽。丹波の投球はある意味一番の予想外。ここまで追い詰められているのは彼の活躍が原因である。
「ところで、あの打者は雰囲気ヤバそうだな。歩かしてもいい?」
「大丈夫、初見は抑えられる。沖田程怪物ではないさ」
『さぁ、この辻原、東海大戦では見事な好リリーフを見せるなど、セットアッパー的な立ち位置で活躍。今大会も和田の後を受けることが多く、ストレートは143キロに達します。』
『あのオーソドックスな投球フォームから、伸びのあるストレートは、かなり体感速度にばらつきがあると思いますね。手元で伸びる、そういったストレートですね』
打席に立つ結城に対し、辻原の第一球。
オーバースローからの振りかぶる動作。ここまでは、基本的なオーソドックなフォームである。が、
――――腕が来ない? っ!?
ズバァァァァンッッッ!!!!
鞭のようにしなる左腕から繰り出されたボールに、結城は手が出なかった。
「ストライクっ!!」
そして第2球、
キィィンッ!!
「くっ!」
アウトコースのストレートに対して一転、インコースのクロスファイア-。両サイドを使った投球で追い込まれる結城。
『映像から解るように、かなり手元で伸びているんでしょうか。差し込まれている感じですね』
『そうですね。手足が長いので、リリースポイントがかなり前に来ていますからね。手足を活かした球持ちの良いフォームだと思います。リリースのタイミングを掴みにくいですしね』
ズバァァァンッっ!!!
「ボールっ!!」
厳しくインコースを攻めるバッテリー。この4番相手に強気のリード。そしてこれだけ、内を攻めたてたバッテリーの選択したボールは。
――――ここでドロップ行くぞ
――――ああ。
ククッ、ギュワワワンッッ!!
一瞬ボールゾーンへと浮き上がる高い軌道を描き、その高い軌道から一瞬浮いたかと思えば、急激に縦へと大きく曲がり落ちる変化。
「!!!」
球を呼び込む動作を失った結城は、体を開いてしまい、ボールに向かうようなスイングで三振。自分の打撃を崩された形となった。
「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」
『三振!! 最後は縦に割れるカーブ!! アレがドロップなんでしょうか?』
『はい、一瞬浮きあがり、鋭く縦へと沈むボール。あのストレートと、カーブはいいですね』
続く5番御幸もストレートに見逃し三振。6番伊佐敷は
カァァァァンッッ!!
「(なんてボールの圧力だっ)!!!!」
沢村よりもサイドから投げ込まれ、且つ角度もついた内角のボールは、とにかく圧迫感を感じさせる。
クロスファイアーに詰まらされ、内野ゴロに打ち取られる。インコースに強い筈の伊佐敷を打ち取るクロスファイアーの威力。もし継投が早ければ、点差が広がっていなかったかもしれない。
8回裏、青道も継投に入る。2番手には、
『青道もここで継投に入ります!! 2番手投手に2年生川上を送り出します、片岡監督!! 右の変則サイドスロー!! 予選でも主にクローザーを任され、安定した投球を披露。』
『強打の横浦相手にタイミングをいかにはずすかが大事ですね。』
ベンチでは、セットアッパーとしてコールされなかった降谷が
「……」
リベンジを狙っていたのか、やはり登板意志が強かった。通常通り降谷をマウンドに送る手もあったが、先頭打者が俊足。続いて3番4番と続くため、関東大会での成績を考えれば出しにくい。
「川上先輩……っ!!」
沢村は決勝の為に温存したいし、リリーフの沢村は危険である。なるべく決勝で彼には長い回を投げてもらわないと、準決勝で精根尽き果てることになる。
『さぁ、3点差で8回の裏に入ります!! 逃げ切れるか、青道高校!!』
先頭打者高木への入り、これが重要になってくる。
――――アウトコースのスライダー。初球からカウントを狙いにいくぞ、ノリ!
アウトコース際どい場所。カウントを狙う御幸。
ククッ、
「ストライクっ!!」
まず要求通りにアウトコースへと制球した川上。高木は手が出ない。続く2球目、
「ボールっ!!」
インコース低めに外れるシンカー。見せ球に使ったシンカー。右打者に対してもシンカーを投げてくるという事を意識させたのだ。
――――これで、二つの変化球を見せた。当然ストレートを意識してくるだろうが、ここは貫く。
「ストライクツーッ!!」
スライダーアウトコースに手が出ない高木。カウントを取ってくるボールは容赦なく続ける。
――――サイドスローのスライダーは見えづらいんだよな……
ここで、2球続けてのスライダーか、さらにはストレートか。迷いが生じる。
――――テンポよく投げてこい! 高め釣り玉のストレートで手を出させるぞ
スッと御幸の腰が上がる。
ズバァァァンッ!
「スイングっ!!」
バットが出た高木、御幸は鋭く審判にアピールをするが、
「!!」
一塁塁審の判定はスイングを取らない。だが、ここでストレートに反応してきた高木を見て、
――――後はボールに食らいつくだけ。ストライクはいらない。
守備陣形に少し引っ張りを意識させた御幸。
ククッ!!
そして真ん中低め、シンカーを投じ、上手く内野ゴロに打ち取るのだが、
パシッ、
サード沖田が難なく捕球し、ノーステップで、
ギュオォォォォォンッッッ!!!!
バシィィィッッッ!!!!
内野から矢のような送球が一塁結城に到達する。その高校生離れした送球に甲子園が湧く。
『矢のような送球!!! ノーステップであそこまで肩が強い選手はあまりいないでしょう!!』
『守備でいいリズムを作るにはいい守備が必要ですからね。投手を盛り立てますよ、あれは』
「いいぞ~~~!! 沖田!!」
「強肩強打の凄い奴~~~!!!」
「青道の怪童は健在~~~!!」
これで固さが抜けたのか、続く2番乙坂を内野ゴロに打ち取り、これでツーアウト。後アウト4つ。
しかし、立ち塞がるのは、
『今日ヒット1本の岡本。このままでは終われない!! 注目の第4打席!!』
――――ホント、この主軸は勝負を避けたいけど、ランナーなしで逃げてちゃ、話にならねぇ
御幸としては、何としてもこの打者を抑えたい。
――――とにかく、まずストレートを外に。ボールでいい。まともに勝負する必要はねぇ
「ボールっ!」
まずストレートをボールゾーンに要求する御幸。対する岡本は動かない。
――――右のサイドスローで、左の強打者に有効なのは外へ逃げるボール、ここでシンカーだ、ノリ!
外に構える御幸。川上もそのサインに頷き、
―――――この投手がシンカーを持っていることは解っていた。
カァァァァァンッッッ!!!
真芯で捉えた、流す当たり。岡本が狙い澄ましたかのような一撃を、青道バッテリーに炸裂させる。
――――少し単調になったな、二枚目
岡本が一塁へと走る中、御幸は岡本の打撃を見た瞬間に苦い顔をする。
――――くそっ、なんてリードしたんだ、俺は!!
「レフトっ!!」
レフト線に落ちる流し打ち。長打コースとなり、打った岡本は二塁へ。
『鮮やかな流し打ち~~~~!!! 岡本、ここでチャンスメイク!! 二死ながら二塁にランナーを進めました!!』
そして、次の打者は――――――
『さぁ、ここでおかわりなるか、横浦の4番、坂田久遠!!』
――――――――っ
川上の表情から余裕が消える。坂田が打席に入っただけで、青ざめた顔をしているのだ。
――――不味い、ノリの表情が硬い。岡本にシンカーを上手く打たれたのがさらに―――
「タイムお願いします!」
御幸はたまらずタイムをかける。この間のタイムならば、何度でもすることが出来る。
「ノリ、ボール自体は悪くなかった。あれは、俺のリードミスだ。俺が単調だった。」
「あ、ああ。」
御幸のリードに原因があると言うが、川上の表情がさえない。
「とにかく、外角を中心とした投球で、インコースも意識させる。両サイドを散らさないと、この打者は打ち取れない。しっかりミットめがけて投げ込んで来い!」
「ああ!!」
そう言って、御幸はマウンドから降りる。川上も、喝が少し入ったのか、表情に少し元気が戻る。
――――外のスライダー、外してもいい。慎重になるのが丁度いいんだ。
川上がセットポジションで投げる。そして―――――
――――なっ!! 少し内に入って――――っ
投げた川上、そして構えていた御幸が何かを思った時にはすでに――――
カキィィィィィィィンッッッッッ!!!!!
『打球伸びる!! 伸びていく~~~~!!!!』
痛烈な打球が、空を切り裂いていく。
――――っ
立ち上がり、目を大きく見開く御幸。どうすることも出来ない。
そのまま、レフトスタンド深いところに突き刺さる、坂田の一撃。
丹波がこれまで作ってきた流れを、
圧倒的な一撃によって粉砕する、坂田久遠の一撃。
これが4番、これが横浦史上最強のスラッガー。
『入ったァァっぁ!!!!! ここで4番の一発!!! 坂田のツーランホームランで1点差ァァァァ!!!!! 5対4!! その差僅かに1点!!』
『外の際どいコース、でもストライクなんですよね。狙い澄ましたかのような一撃。岡本君もそうですが、ここ一番での読みがいいですねぇ。ですが、』
『どうしましたか?』
『少し、投げ急いだかもしれませんね、青道バッテリーは』
「―――――――――――」
打たれた、そして消えていった打球の方向を見て、身動きが出来ない川上。
「―――――守りに入ったっていうのかよ―――っ」
初めての甲子園、初めての大舞台。御幸は自分がこの場所にのまれていることを自覚する。
続く5番黒羽にも
『初球打ち~~~~!!! スライダーを強引に掬い上げた強烈な当たりは、センターへ!!』
黒羽は川上の最も自信のある、この状況で投げる確率の高いボール球のスライダーを打ち返すことで、
川上の闘争心を叩き潰した。
「―――――――」
ボール球をあえて狙った黒羽、そして打たれた川上には焦燥感が襲い掛かる。
坂田にボール気味をスタンドインされたばかり、黒羽にもボール球、しかも得意球を打たれ、動揺を隠せない。
8回最後のアウトが取れない。
「投手交代!!」
ここで、満を持して降谷が登板。このままでは川上がつぶれかねない。少し怖いが、降谷をマウンドに送る。
『ここで青道3人目の投手交代。1年生降谷をマウンドに送ります。厳しい場面ですが、ここで自分の持ち味を見せられるか』
肩を落とし、マウンドを後にする川上。初めて見る先輩の後姿。そんな姿に衝撃を受けつつも、自分のやるべきことをすると決意する。
「悪い。今ここで大塚を投げさせるわけにはいかない。残り4つのアウト、お前が取るんだ」
「煩わせるつもりは、ありません」
だが、顔色は良くない。御幸は、降谷の顔から汗がすでに出始めていることに気づいた。
「降谷―――――」
二死、一塁。6番松井。まだノーヒットだが、
その初球を狙われた。
「!!」
まともに自分のストレートを痛打された彼は、衝撃を覚えずにはいられない。
主軸以外には勝負させる気などなかった。自慢のストレートが簡単に弾き返されたのだ。
打った松井は、
―――――マシン打撃でそれは見慣れている。簡単に入れてくれて助かったな
強豪校、名門となれば、スピードボール一つで抑えられるはずがないのだ。
初球に痛打を食らった降谷、自分のストレートに不安を覚えた彼は、動揺する。
この僅差の場面、猛暑。リリーフとして力まないわけがなかった。
続く7番後藤に対しても、
「ボール、フォア!!!」
痛恨のフォアボール。球が暴れすぎている。リリーフとはいえ、連投の影響なのか制球が乱れている。
そして、横浦の打者に恐れを抱いてしまっていることが一番の原因だった。
球威はある。だが、下半身の粘りが効いていない。だから球離れも悪い、見極められている。
――――このままじゃ、だがどうする?
ボールに力はある。だが、止められない。
予選ではある程度散っていたコースに投げても、弾き返されていく。こんなことは予選ではありえないことだった。
だが目の前の相手は甲子園最強の打線。たかが一年生、オールストレートで抑えられるはずもない。
だが、御幸が心配しているのは制球、球威だけではない。
―――――気温30度を優に超えるこの環境で、アイツがどこまでやれるのか
11時から始まった試合、すでに数時間が経過し、熱さはピークを迎えつつある。熱さへの耐性のない降谷がどこまで粘れるのか。
彼の目の前では、早くも汗を流し始めている降谷の姿。汗で手が滑っているのか、コンディションが最悪なのか、力が入っているのか。
御幸は知らないが、早い回からブルペンで待機していたことで、暑さに体をやられてしまっているのが原因なのだ。
大塚が水分補給を促してはいたが、それでも、暑さ自体に体をやられてしまっていた。
だが、余裕を無くした青道に、その原因に気づく者は、いなかった。
最上級生が試合を作り、7回まで投げ抜いたマウンド。
そのマウンドは、あまりに過酷で、下級生たちを容赦なく呑みこんでいく。
たかが1イニング、だが、其の1イニングを投げ切れない。
『ストライクが入らない降谷!! これで満塁!! 満塁です!!』
絶体絶命。一打出れば同点逆転の場面。8番多村は、東条が警戒する打者でもある。
『さぁ、ここで大ピンチを迎えた青道高校!! 凌げるか!?』
――――暑い……
汗が止まらない。頭がふらふらする。降谷は、ベンチに座る大塚を見る。
――――今まで何も言わずに、怪我を押して
彼は泣き言も、弱いところも見せなかった。負傷をしているにもかかわらず、彼はチームの為に、投げたのだ。
――――課題は、スタミナロール
――――力んでいるのなら、力をまず入れるな。リリースをまず大事にすること。
大塚の言葉だ。
――――このまま終わりたくない!!!!
ドゴォォォォォンッッッっ!!!!
「ストライィィィィクッッ!!!!」
8番多村のインコースをついた投球。バットを出せない多村。ここにきて厳しいコースに入らなかったストレートが決まりだしたのだ。
――――打たせないッ
キィィィンっ!
「ファウルッ!!」
かろうじてバットを出したが、降谷本来のこのストレートを打てる打者は少ない。ましてやあの時とは違い、変化球がある。
――――追い込まれた、ストレートか、それとも変化球?
降谷が立ち直る兆しを見せている頃、
ブルペンから降谷を見守る大塚。
「――――だが、投げるふりだけだ。お前を登板させるわけにはいかん」
片岡監督は、張りぼてでも大塚が投げているという準備を相手に見せる必要があると考えた。
「―――――はい。けれど、万が一の場合は―――」
「―――――すまない」
ブルペンで投げている大塚を眺める片岡監督は、
――――抑えてくれ、降谷。
ひたすらに、降谷の好リリーフを願っていた。リズムを取り戻しつつある彼に全てをかけるしかない。
やっとリズムを取り戻したのか、御幸は少し余裕が出来る。
――――これで何とか自分の投球をしてくれるようになった。リリースのタイミングがフォームにかみ合ってる。これなら―――
御幸が要求したコースは――――――
セットポジションからの第3球目。剛腕から放たれたストレート。それが高めに浮いたのだ。
――――高めの真直ぐ!!!
好球だと思ってバットを出す多村。この高めのコースを捉えた瞬間に、横浦の勝利が確定する。
―――――!? さらに浮き上がるだと!?
しかし多村の目測を上回る、浮き上がるような軌道。
――――どこまで浮き上がるんだ、この球はぁ!?
ドゴォォォォォォぉンッッッっ!!!
ミットに収まった降谷のボール。浮き上がるように高めに威力のあるストレート。リリースに意識を集中した、彼の持ち味がこの瞬間に出たのだ。
『空振り三振~~~~!!!! このピンチを切り抜けた降谷!! 絶体絶命のピンチ!! 無失点で踏ん張りました!!!』
『火の出るようなストレートでしたね。相当浮き上がっているんでしょう』
8回の裏、何とかピンチを脱するものの、すでに虫の息の降谷。多村を空振り三振に打ち取るが、9回の3つのアウトを取らなければならない。
9番から始まる横浦の最後の攻撃。ランナーが出れば、彼らに打席が回ってくるのだ。
終わらない神奈川の王者の猛攻。青道は最後まで凌ぎ切れるか。
さて、フラフラの降谷が9回を無事に終えられたらいいな
降谷の異変は、早い回からブルペン入りをしたことです。水分補給をしていましたが、熱さ自体に体をやられています。
スタミナがただでさえ少ない彼には致命的。