2017年7月4日 2番青木を2番乙坂に変更しました
盟友の活躍を、彼は甲子園――――その応援席で見ていた。
「光一郎―――――」
彼は公約通り甲子園までやってきた。彼が投げると聞いた時は驚いた。あの横浦と戦うのだ。
正直怖さもあった。だが、盟友は今を全力に、必死に投げ続けている。
―――――俺を超えるエースに、なったな
彼は自分を目標だと言っていた。だが、しかし、今の自分を彼は凌駕していると、男は悟った。
――――今度は、お前が俺の目標だ。
市大三高のエース、真中要は親友であり、幼馴染であり、ライバルである丹波の力投を見て、体の芯が熱くなった。
『凌ぎ切ったァァァァ!!! エース丹波!! 横浦クリーンナップ相手にピンチで勝負強さを見せつけた!! 耐えきった!! この4回裏、初めてのチャンスでしたが無得点!!』
青道スタンドは盛り上がる。あの横浦の主軸をピンチで迎えて無失点で切り抜けた。これは誇っていい。
いや、むしろ誇りだ。
「丹波先輩が抑えたぞ!!!」
「もうダメかと思ったぜェ!!」
「けど、これは現実だ!! よくやったぞ丹波ぁぁぁ!!!」
「別人じゃないだろうな!! 丹波か本当に!!」
そしてナインの間でも、
「ナイスピッチだ、丹波」
「正直、鳥肌が立ちました!」
「この回です!! この回にさらに追加点で、畳み掛けましょう!!」
主将からの檄、同じ外野手からの称賛の嵐。
「エースらしくなってきたじゃねぇか、丹波!! 頼りにしているぜ、エースッ!!」
「ああ。だが、あそこは勝負をするべきだと思った。だからこそ、力が入った。抑えられてよかった。」
「ホント、どうしちゃったの? 丹波らしくない凄い投球だよ。」
小湊も、丹波の成長ぶりがそのまま青道の勢いになっていることを自分のように嬉しいと感じていた。
「理由は、終わった後だな」
丹波は成長した理由を明かさなかった。ただ、今言うのは違う気がした。それを、最後まで笑って言えるまで、言いたくないと思ったのだ。
この痺れる投球を続ける丹波に対し、ついには―――
「大塚たちの影に隠れていたが、あの投手もいい投げっぷりだな。」
「なぜ、今までリストアップされていなかったんだ?」
「あの投手は一体なんなんだ? あの安定感は? 強打の横浦から、この投球は良いな」
スカウト陣からも、目を引かれていた。
なお、
「ストライィィクっ!! バッターアウトっ!!」
丹波は三球三振。
「気にすんなぁぁぁ!!! 俺達が取ってやるぞ!!!」
「力み過ぎた」
5回表、
勢いに乗りたい青道は先頭丹波が三球三振。ここで流れが切れるかと思われた矢先、
カキィィンッっ
『東条センター前!! ここで流れを失いません!!』
続く倉持が先程のお返しと言わんばかりに、
「スチールっ!!」
黒羽が叫ぶ。初球スチール。東条の単独ではなく、
「―――――!!」
カァァァンッッ!!
和田の当たりとは違い、スライダーを捉えた鋭い打球が一二塁間を抜けていく。スタートを切っていた東条が二塁を蹴る。
そして続く場面、
「俺だ」
「―――――(まあ、敬遠だな)」
黒羽は冷静にそう考え、立ち上がる。
「ボール、フォア!!」
「ホント、割り切っているよなぁ――――」
神妙な顔で沖田が一塁へと歩いていく。
そして満塁で―――――
『センター前!! 三塁ランナー東条ホームイン!! 二塁ランナーも俊足飛ばして三塁を蹴る!!』
『青道追加点!! 5-0!! 名門横浦を相手に中押し!! 横浦のエース和田を攻略!! 一塁ランナー沖田も3塁に陥れた!!』
ここで横浦は、投手を交代。
2番手の投手がやってきた。
『ここで、2人目に1年生諸星をだしてきました、横浦高校!! 右の速球派!! 予選でもリリーフを経験! 左の辻原とともに試合終盤を抑えてきました!』
「悪い、この流れを何とかしたい。頼むぞ」
「1年生に投げさす場面じゃないでしょ? ま、抑えてやんよ!!」
陽気な性格の諸星。黒羽が誘った投手の一人である。
初球―――――
『御幸打ち上げた!! しかし、これは犠牲フライになるか!?』
「―――――(レフトって、あの人だよな――――これは―――)」
スタートをしようとした沖田だが、レフトにいる人物を見て青い顔をする。
グオォォォォんっっ!!!!!
『沖田帰れず!! レフト後藤からの好返球!! これ以上の追加点は許しません!!』
続く伊佐敷が
「ストライク、バッターアウト!!」
『落ちる球ぁぁぁ!!! 空振り三振!! 最後は抜いたようなボール!! タイミングを崩されバットに当たりませんでした!!』
「ちっ!! (おいおい、アレは大塚のアレに似ていなかったか!?)」
ストレートは140キロ前後、そして今のラストボールに緩い落ちる球。
制球力こそ雲泥の差だが、あのキレは―――――
――――この世代はマジでどうなってやがる―――――
横浦の層の厚さを感じた伊佐敷。
5回裏、勢いに乗る丹波は、強気の投球で、6番松井、
「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」
カーブで見送り三振。5点差がついたのか、リードに幅が広がり、狙い球を整理し切れなくなりつつある横浦打線。
7番後藤には、4球目の―――
『打球鋭い!! センター前へ!! ここで、低めのストレートを強引に弾き返しました、後藤!! 』
空振りする形でグローブをかすめた当たりはセンター前へ。横浦の打撃陣は切れ目がないのが特徴。3番4番でやや力を使ったのか、一瞬の隙を突かれた丹波。
『掬い上げた~~~!! 8番多村もヒット!! 4回同様に5回もピンチを迎えます!! ここで9番ピッチャーの諸星!!』
一死、一塁二塁。連続ヒットでピンチを招いてしまう丹波。坂田、岡本だけではない。これが横浦の打線である。
次の相手は1年生。未知数の打者であるが、1年生であるという事、何よりもデータがないことで、御幸から判断力を奪う。
1ボール1ストライク。御幸としては主軸ではないので勝負を急いだ。
ダッ!
『ランナー動いた!!』
ここでダブルスチール。ストライクを取りに来た外角ストレートに当ててきた諸星。
「セカン――――っ!!」
ここで逆を突かれた春市が反応できない。打球はライトへと転がっていく。
『セカンド捕れない!!! 打球はライトへと転がる!!』
しかし鋭い当たりだったのが災いしたのか、二塁ランナー後藤は本塁へと突入せず。しかし一死満塁のピンチを迎える。
それでも―――――
「やはり、見逃してくれないな。そう簡単には」
最後まで冷静だった。いや、闘志を燃やし過ぎて、冷静になっていると言っているのが正しい。
『この満塁の場面で迎えるは切り込み隊長の高木!! さぁ、注目の初球!!』
―――――負ける気がしない。
ククッ、ストンッ!!
初球いきなりフォークボール。高木は空振り。
「!!!」
――――満塁で初球ボール!? 何平然と落としてきているんだよ、この人!!
続く二球目。
「ストライクツーっ!!!」
ここで、インコースのカーブ。右打者には向かってくる丹波の代名詞。
明らかにギアを入れ替えてきた。
―――――どうする、ここでフォーク、カーブ。初球フォークを見る限り、ここも落としてくるのか!?
ここまで強気に攻めてきている青道バッテリーの勝負球を整理し切れない。
『さぁ、あっさりとツーストライクと追い込んだ丹波!! 第3球!!』
だが、丹波は高木の都合など考えずにテンポよく投げ込んでくる。
一段とマウンドの丹波からは闘争心がめらめらと燃え上っていた。アドレナリンが出ているのか、いつもの弱気な態度もまるで姿を現さない。
投じた3球目。インコース厳しいストレート。
――――ストレートっ!?
ズバァァァァンッッ!!
高木としては手が出せなかったボール。コース、伸びともに素晴らしいストレート。
「ボ、ボール!!!」
しかし判定はボール。だが、このピンチでの開き直りは、横浦にさらにプレッシャーを与える。
あの岡本、坂田、黒羽の主軸であと一本が出なかったのだ。強硬策にきた5回、何としても得点を捥ぎ取らないと、流れが完全に青道へと渡ってしまう。
『インコース!! ボールです!! この満塁の局面でも強気の投球を崩さない丹波!! 失点が怖くないんでしょうか!?』
『自分に出来ることを何でもやろうという気持ちが強く出ていますね。あれぐらい開き直って、制球もよければ、そう簡単には打てませんよ。何よりも腕の振りもいいですからね。』
球速もここに来て142キロを計測。丹波の粘り強い投球の前に、逆に横浦が呑み込まれていた。
そして―――――
―――――もうストライクはいらない。このストレートにこんな反応、なら――――
同じところからボールゾーンへと落ちるフォーク。中盤から調子を上げてきた丹波の新しい決め球が、横浦のバットを幻惑する。
『打たされた!! ショートとって、二塁ベースを踏み、一塁へそのまま転送!』
倉持が軽い身のこなしでゴロをさばき、二塁ベースを踏みながら一塁へ送球。
「アウトォォォ!!!」
俊足高木の足をもってしても、中途半端にいい当たりだったゴロでは生き残る事は出来ない。
『凌ぎきったァァっぁ!!! この回もピンチでしたが、落ち着いていました、丹波光一郎!!! 満塁のピンチを併殺打に打ち取りました!!』
『いやぁ、お見事。見事というしかないですね。』
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
そしてこの瞬間、丹波が吠えた。そして渾身のガッツポーズ。
「っ!」
さらに蔭ながら御幸も小さくガッツポーズ。この瞬間の二人のガッツポーズのタイミングも息がぴったり合った。
「ここも抑えた!! 抑えた!!」
「すげぇぇぇ!! すげぇぇぇぇ!!!」
「これが俺達のエースだ、この野郎!!!」
「勝てるぞ!!! 押してけェェェェ!!!」
4回5回と苦しい状況が降りかかってきた。この打線相手にピンチを迎えない方がおかしい。求められるのは、勝負所で抑えること。
これが、これまで打ちこまれた投手に出来なくて、唯一丹波が出来た事。
この試合も、その例になってしまう分岐点はあった。
4回、坂田との勝負。無謀ともいえるこの選択だが、5番黒羽もタイミングは合っていた。消極的な選択を続けることで、投手のリズムを崩してしまう恐れもある中、丹波は敢えて真っ向勝負を挑んだ。
データが不十分の相手で、決め球のフォークもここに来て精度を上げてきた。坂田と言えども、打ち取られる可能性はあったのだ。
そして丹波と御幸は賭けに勝った。抑え込むことで、青道の主導権を確実なものとしたのだ。
二人を突き動かしたのは、実力ではない。
――――最後は、気持ちなのだ。
『いやはや、このスコアは予想していませんでしたね――――』
6回表終了時――――
青道がさらに得点を重ね、5-0とリードする一方的な展開。そして青道のマウンドを守るのは――――
5回を投げ、被安打5、四死球0の投球を続ける丹波。やはり、4回裏のチャンスで坂田を打ち取った自信から、テンポよく投げ込んでいる。
ランナーを出しながらも、チャンスの場面で横浦にあと一本を許さない粘り強い投球を展開。勝負所での制球力が光る。
しかし、青道は2番手諸星に大苦戦。5回以降チャンスを作れない。
6回裏。未だに得点をあげられない横浦高校。打順は2番乙坂から。だがストレートにつまり、あえなくセカンドゴロ。
岡本に対しては――――
――――テンポよく投げ込んできてください!
しかし、完全に詰まらされたあたりを、ポテンヒットで出塁される。
「くっ(完全に負けた気分だ――――)」
バットの芯で当たったはず。だが、勢いと球威で押し負けた。
ここで、一死一塁。何と横浦はここで、3回目となる坂田との対決。
勝負は一瞬だった。
ガキィィンッッッッっ!!!!
『痛烈!!!!! レフトに物凄い勢いの打球が突き刺さった!!! 初球ストレートを捉えた当たりは、あっという間に消えていきました!!!』
有無を言わさない坂田のツーランホームラン。この第3打席でついに捕まった。
「―――――――――ふっ」
丹波は、物凄い当たりを打たれたものの、笑顔だった。ただ、困ったような笑みを浮かべていた。
「丹波先輩!!」
慌てて駆け寄る御幸を制す丹波。強烈な当たりをされた直後、気持ちが切れてしまう恐れもあった。
だが、今のこの男にそれは杞憂だった。
「いや、3打席連続で抑えきれるとは、正直思っていなかったが。やはり、凄いバッターだな、坂田は」
横浦ベンチも、打たれた丹波があまり動揺していないことに、驚いていた。
「主将の一撃を平然としているなんて――――なんてメンタルだ」
「こいつらは、やっぱり何かが違う」
5番黒羽をインコースストレートで見逃し三振に抑え、
6番松井に対しては、
カァァァァンッッッ!!
『大きく打ち上げた!! 丹波、捕球体勢に入ります!! 取りましたァァ!! これでスリーアウトっ!! ホームランを打たれましたが、丹波。冷静な投球で横浦の後続を抑え込みました!!』
『失点こそしましたが、いい投球でした。横浦は、痛いですねぇ』
これで、6回被安打7、四死球0、2失点。奪三振は6つ。
そして7回のマウンドにも、
『おおっと、7回のマウンドにも丹波がいきます!! この強力打線相手に、どこまで投げ続けるのか。』
『恐らく、これが最後だと思いますね。後ろには降谷君と、川上君。さらには大塚君もいますからね。リリーフで調子の出ない沢村君はないでしょうが。』
「ストライィィク!! バッターアウトォォォ!!」
7番後藤をインコースストレートで見逃し三振に抑え、先程の意趣返しをする。高校生には酷な厳しいコースを連続する丹波。球威もさらに上がっていた。
8番多村もカーブで見逃し三振。9番の諸星もピッチャーゴロに抑え、丹波の7回が終わる。
「ナイスピッチ丹波ぁぁぁ!!!!」
「青道のエースッ!!!」
「よく頑張ったぞォォォォ!!!!」
「明日も頑張れよ!!!」
「ナイスピッチィィィィィ!!!!」
「―――――っ」
7回のマウンドが終わり、これで丹波の仕事は終わり。だが甲子園で、この強力打線を相手に2失点。多くの投手が打ち込まれる中、丹波は耐え抜いたのだ。
いや、彼はこの打線に投げ勝った。
「丹波先輩……」
ベンチでエースの投球を見守っていた大塚は、思わず目頭を押さえる。自分が不甲斐無い中、彼は結果を出してくれた、チームを救う力投をしてくれた。
それが嬉しくて仕方なかった。
「丹波先輩、あの打線に―――――くっ、負けてられねぇ―――――」
沢村がいよいよブルペンに乗り込もうとするが、
「君はベンチだよ、決勝で長く投げてもらわないと困る」
先にブルペンにいた降谷に追い出された。
そしてその1年生たちに刺激を与えた男。
エースのなんたるかを背中で語った彼は、
丹波の中で、何かこみ上げるものがあった。
「高校3年間で、一番の投球だった。決勝を目前に―――エースの投球だった」
エースらしいではなく、片岡監督はエースの投球と褒め称えた。それは、丹波が3年間目指してきた理想である。
坂田には打たれはしたが、エースとして真っ向勝負。第2打席までは抑え込んだのは快挙と言っていい。
「――――はい」
まだ投げ切る自信はあるかもしれない。だが、これで終わりではない。まだ、決勝が残っている。これが終わりではないのだ。
「後は任せろ、アイツらが抑えてくれる。」
結城がご苦労様と言う感じで、丹波の左肩を叩く。
「ああ。アイツらなら、任せられる」
この大舞台、準決勝で最高の投球を披露した。後は、仲間を信じるだけだ。
7回裏終了、5-2、青道リードで8回表に入る。丹波は、役目を全うした。後は、後続の投手がそれを繋ぐだけ。横浦の打線が目覚める前に、勝負をつけることが出来るか。
横浦は4,5点差の逆転に1イニングあれば事足りる。それだけの実力がある。
丹波さんは、HQSを達成。連打を喰らうも致命傷は許しませんでした。
世間的な構図だと、
松井クラス相手に真っ向勝負をした投手という認識です。