ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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宣言通り早いといえるよね

2017年7月4日 2番青木を2番乙坂に変更しました


第67話 魔境の聖地

準決勝第1試合。青道対横浦の関東対決。二死二塁で、バッターは5番御幸。

 

狙い撃ちの応援歌が流れる。御幸のヒッティングマーチ。ここぞという場面では、集中力の増す、彼らしいテーマである。

 

――――今まで、スライダー、カーブ、そして前の試合ではフォークを投げていた。他にも変化球とは言い難いが、シュート回転するストレート。

 

御幸に対して初球、綺麗な真直ぐではなく、シュート回転したボールが内角に食い込み、そしてストライクゾーンへと入り込んできた。

 

「ファウルっ!!」

 

――――沢村の癖球に比べ、お世辞にもいいとは言えない。けど、フォームが崩れた時に、シュート回転の確率が高くなるか。

 

 

第二球。

 

 

「ボールっ!」

 

シュート回転が酷い。外側一杯のボールが逃げるので、ボールになってしまうようだ。今のも、フォームが崩れていた。

 

 

――――中に入ると、落としてくるかもしれないが、この流れで振らずに追い込まれるのはまずい。

 

 

ククッ、ストンッ

 

「!!」

何とかバットを止めた御幸。やはりフォークを頭に入れてよかった。

 

「ボ、ボールっ!!」

 

――――ちっ、これで2ボール1ストライク。ストライクが欲しいな。それに、和田さんの悪い癖が出ている。

 

ナチュラルシュートすると、制球を崩す癖。

 

――――次の打者で打ち取ればいい。なるべく攻めた形でフォアボールに持ち込むか

 

しかし、ここでストレートがシュート回転し、中へと入る。

 

――――甘いコースっ!!

 

カァァァンッッ

 

「ファウルっ!!」

 

 

――――はは……何やってんだ、俺は

 

御幸は、今の球を打ち損じたことにまずさを感じた。開き直り、球威の増した和田のストレートを捉えきれなかった。

 

――――これで、流れは変わった。後はもう当てに来る打者―――

 

 

黒羽は、このファウルが勝敗を分けたと感じた。

 

 

ククッ、ストンッ!!

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

 

『空振り三振~~~~!!! 初回のピンチ、最少失点で切り抜けた和田! 青道は追加点ならず!!』

 

 

一球で流れが微妙に変わってきた甲子園。守備に移る青道。

 

 

 

『先発の丹波、この強力打線を前に、どんな投球を見せるのか』

 

 

――――気負わず、コースに丁寧に。ベルト付近は特に注意してください。

 

 

丹波の制球力も今日はいい。まず1番高木。

 

 

―――――高木先輩は第1打席、ボールを見る傾向にあります。目線をとにかく変えて、バッテリー主導でゾーン勝負が効果的です。

 

 

右打者には向かってくるカーブでいきなりカウントを稼ぐ丹波。この切り込み隊長を抑えるには強気に攻めて、打撃をさせないこと。

 

 

「!!(準決勝の舘もだが、こんなカーブがあるのか!!)」

右打者に向かってくる、ブラッシュボールにも似た恐怖心を与える丹波のカーブ。これをコースに自在に決められれば、踏み込む事すら出来ない。

 

―――――後、当てる技術があるので、クサイところを投げれば手を出してきますね

 

味方だったからこそ、その長所も短所も解る。大塚はそのチームの“頂点”だったからなおさらだ。

 

「ストラィィクッ!! バッターアウト!!」

 

『低め振らせた!! 落ちる球に三振!! 最後は腰砕け!!』

 

 

ゾーン勝負とボール勝負。それらを上手く使い分けることで、高木を難なく打ち取る。

 

最後は自分の打撃すら出来なかった高木、ベンチの大塚を見て――――

 

――――エイジの奴、容赦ねぇなぁ

 

苦笑い。とてもやりづらいが、接戦になりそうなので、楽しそうだった。

 

 

 

続く2番乙坂を外角低め、ボールのフォークボールでショートゴロに打ち取る。カーブを意識していたのか、センター方向のバッティングだったようで、内角ストレートを見せられた後のフォークに合わせただけだった。

 

 

――――よし、3番4番の前に、ランナーを置かずに済んだ。

 

 

コワイのは、この打者たちにチャンスで回る事。攻撃の起点である二人には、仕事をさせるわけにはいかない。

 

―――――初球はカーブ。まずはのけ反らせますよ!

 

ククッ、フワワワッッ!

 

 

大きく曲がる変化を描くカーブに、バットが出ない岡本。

 

「ストライクっ!」

判定ももちろんストライク。

 

――――ここでストレートか、フォーク。安全に丁寧にいけば、フォークで問題ない。

 

ここまで来ると、最早詰将棋のような物である。安全に行くか、リスク覚悟でストレートを要求するか。

 

――――緩急の後のストレート。内側から外へと決まるカーブが決まった以上、内角ストレートでスイング自体を壊しにいく!!!

 

 

甲子園で成長を感じる丹波先輩ならば、そして今日のストレートならばまだ抑えられる力はあると考えた御幸。

 

――――インコース高め。厳しく来てください。仮にボールでも、残像を見せられるのでリスクは少ないです。

 

 

丹波も、この状況、この打者相手に自分は格下だと考えている。だからこそ、余計に背負う者がない。

 

 

――――俺が求められているのは、最少失点でバトンを渡すこと。出来るだけイニングを稼ぐこと。

 

しかし丹波が考えていることはそれだけではない。

 

泣きそうな顔をした大塚の前で誓ったのだ。先発としての責任を果たせない彼の為にも。

 

 

最善を尽くすと誓った。

 

 

――――投げられないアイツの為にも

 

ベンチで戦況を見る大塚がいる。この試合に賭ける思いは、恐らく誰よりも――――

 

 

それは予選準々決勝の時の自分と同じような思い。勝ち上がったチームは違ったが、それでも、悔しかった。

 

 

 

――――逃げてたまるかっ!!!

 

目をカッ、と見開く丹波。ここまで来たら、もう自分を出すことしか出来ない。それだけを考えればいい。

 

キィィンッっ!!

 

 

「!!!」

岡本は、ここにきて自分相手に強気に攻めるこのバッテリーに違うモノを感じていた。今までは、エース格であっても捕手が保守的に攻めて、安全策を使って自分たちを打ち取ろうとしていた。

 

しかし、このバッテリーは違う。敢えて、正面から奇策をもって挑んできている。

 

――――やりづらいな、これで球種を絞れない。だが、このストレートのファウルに手ごたえを感じているか?

 

 

 

――――これでいい。次は、カーブでけりをつけますよ。明らかにストレート系、フォークを待つタイミング。なら、ここで徹底的にスイングをさせない!!

 

 

インコースカーブのキレが一段と増す。立ち上がりからカーブの制球、キレが抜群。

 

 

惜しくもコースを外れたが、岡本はスイングが出来なかった。だが、この青道の捕手が、臆することなく攻めてきていることが分かる。

 

「ボールっ!!」

 

 

――――いい感じです。先ほど、カーブの後のストレート、次はさすがに変えてくる、そう思っているはず。

 

御幸は、打者の仕草を見逃さない。どんな一挙一足、一球ごとの動きも見逃してはならない。

 

――――だが、そのやせ我慢がどこまで続く? 次はどっちだ?

 

対する岡本は、好きなだけ見ておけと、余裕な表情。来た球を打つ打法に変わりつつある彼に、配球は通用するのか。

 

 

――――けど、もうストライクは必要ない!!

 

 

 

ズバァァァァンッッッ!!!!

 

「!!!!(グッ、高めか!!)」

高めに手が出てしまった岡本。当然の如く、

 

「ストライクっ!!! バッターアウトっ!!!」

 

『三振~~~~!!!! 青道のエース丹波!! まず初回の攻撃を無得点に抑えました!! 最後岡本に対しては高め真直ぐ。』

 

 

『あくまで、貫きましたね。ストレートに。フォークも頭にはあったと思いますよ。ですが、まずここでこのスラッガーを打ち取ったのは大きいですね。』

 

 

そして2回の表、先頭打者の伊佐敷がまず外野フライに打ち取られる。

 

「ちっ、球威がまだあるか―――」

いい当たりだったが、野手の正面を突く不運な打球。だが、これは配球から考えられた確率の論理。

 

――――この事から解るように、黒羽はリードごとに守備位置を細かく変えてきます。しかし終盤に和田が打ち込まれたのは、その穴を大阪桐生が気づいたのが理由だと思われます。

 

 

御幸は、黒羽はあまりにも見せすぎていると感じていた。青道には広角に打てるバッターが揃っている。結城、沖田、東条ら長打を放てる面子もいる。

 

そして、伊佐敷に対しては通常の守備陣形。

 

――――とりあえず、内野の間を抜ける当たりが理想で、ポイントゲッターに如何にしてつなげるか

 

 

続く白洲は、まだ制球の定まらない和田を攻めたて、フォアボールを選ぶ。まだ本調子ではないエースを叩くことで、何とか有利な流れをつかみたい。

 

しかし――――

 

 

カッ!!

 

 

続く、小湊がショートライナー。いい当たりではあったが、野手の正面をついてしまう。

 

「っ」

自分の中では徐々に感覚が戻ってきている。だが、それでも結果が出ない。1年生野手の中で、自分だけが結果を出せていないことが、小湊を追い詰める。

 

「―――春市、良い打球が飛んでる。アイツの陣形は案外博打みたいなもんだし、すぐにヒットを出せる。」

肩を落とす春市に、沖田がそう言って励ます。沖田はスタンドに叩き込めば関係ないと言えるが、沖田が諭すのは―――

 

「相手の陣形を見て、球種を考えて、相手の裏の裏をついてやれ。ああいう捕手は、攻められると弱そうだしな」

 

続く丹波は三振。この回は無得点。そして問題の2回裏。

 

 

バッターボックスにこの男が立った瞬間に、甲子園の空気が軋んだ。

 

 

 

ワァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

久遠ッ!!! 久遠ッ!! かっ飛ばせェェェ!! 久遠ッ!!

 

 

横浦アルプススタンドだけではなく、一般観客席からも久遠コール。超高校級バッター、坂田久遠の準決勝第一打席。

 

 

 

「これが、今年ナンバーワンのスラッガーか――――っ」

丹波は、この完全アウェーの状況を、姿を現すだけで繰り出してきた男、久遠を前に気持ちを高ぶらせる。

 

 

――――ねじ伏せるッ

 

 

 

『ランナーなしでこの歓声!! 大会屈指のスラッガー、坂田久遠です! さぁ、初回は抑えた青道バッテリーが、この打者相手にどんな攻めをするのか』

 

 

――――まずはフォークから行きますよ、丹波先輩

 

「ボールっ!!!」

 

あっさりとフォークを見極め、手をださない坂田。初球の見送り方といい、3番岡本よりも実力が上であることは容易に分かった。

 

――――まだ荒い3番よりも、こういう打者の方が厄介だ。次はアウトコースのストレート。

 

「ストライクっ!!」

 

アウトコースのストレートには手を出さない。だが、動かないことが逆に不吉だった。

 

――――ストレートを続けます、丹波先輩。同じコースに。

 

 

カキィィィィンッッッ!!

 

「―――――!!!」

 

反応が遅れたかに見えた。御幸の目には、明らかにフォークを待っていたようにも思えた久遠のスイング。

 

 

―――――何だ、それは―――――っ

 

 

御幸は打球を見失った。だから指示を飛ばすことが出来ない。

 

 

 

 

 

 

――――打球が、何で伸びるんだ!? 反応が、タイミング、間の取り方は違うはずなのに!!

 

 

打球は、ライト方向へと伸びていく。

 

僅かにポールを逸れる、特大の一撃。だが、その打球が観客席へとライナーで突き刺さる。

 

 

「――――――っ」

丹波は、明らかに次元の違う打者であることを認識した。2球目のストレート。アウトローの良いボールではあったが、

 

――――スイングスピードで、反応の遅れを強引に取り戻したのかっ

 

 

規格外のフルスイング。右打ちで逆方向に痛烈な打球。

 

 

右打者であるにもかかわらず、右に引っ張るを体現した打球。

 

 

『痛烈な打球でしたねぇ!!! スイングも早かったですねぇ、合わせたような感じかなと思いましたが』

 

 

『彼のスイングは、フルスイングですが、逆方向へもフルスイングできるのが強みですからね。ボールとバットを点で結ぶことに関しては、高校歴代最高クラスですね』

 

 

『歴代ですか!?』

 

『ええ。パワーはありますが、選球眼、ミート力に賭ける選手もいた中、彼はアベレージタイプにして、ホームランバッターですからね。今年のドラフトが、投手の目玉が神木君なら、打の目玉は彼ですよ。数十年に一度の逸材ですよ、彼は』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしなんにせよ、坂田を追い込んだ。1ボール2ストライク。この有利なカウントを活かし、絶対に抑えたい。一方、坂田にしてみては、フォークの可能性を感じていたので反応が遅れた。

 

 

 

遅れていなければ、一振りで先制打を水泡に帰す一撃だった。

 

 

 

 

 

綱渡りなリード。だが、通常のリード、型にはまった、レベルに合わせたリードでは絶対に抑えきれないと御幸は感じていた。

 

だからこそ、投手である丹波よりも、捕手の御幸に壮絶なプレッシャーが押し寄せていた。

 

――――逃げるな、相手をねじ伏せろ。全ての責任を背負えてこそ、柱だ。

 

御幸は、ここまで恐怖を感じた打者に初めてであった。圧倒的な威圧感が、球場全体に影響を与えるその存在感。

 

 

 

沖田どころの話ではない。彼すら足元に及ばない器を誇る男。

 

 

それが坂田久遠だった。

 

 

 

 

 

ククッ、ストンッ!!

 

もうストレートは投げられない。アウトコースボールゾーンのフォーク。ストライクからボールになる素晴らしい球。

 

 

 

普通なら、空振り三振のウイングショット。

 

 

 

 

「むっ!」

 

カァァァァンッッ!!

 

膝を曲げて器用にフォークにバットを合わせた坂田。痛烈な打球がセンター方向に飛ぶ。

 

 

 

坂田久遠は、空振りになるはずのフォークボールを“大飛球”にしてしまう。

 

 

 

 

「正面だ、この野郎ッ!!!!」

 

野手の正面を突くセンターライナー。やはり、そう簡単に空振りは奪えない。コースに決まっていなければ、長打コースだった。

 

とはいえ、初見のフォークに瞬時に合わせることが出来る実力は、やはり彼がドラフト候補であることを証明している。

 

――――やはり若干シンカー気味か、次は捉える

 

 

 

 

『アウト~~~~!!! 4番坂田を打ち取りました、エース丹波!! 主軸相手に一歩も引きません!!』

 

『痛烈な当たりでしたが、正面でしたね』

 

「ふしっ!!」

そして自然と出たガッツポーズ。3番4番に対して、無安打に抑える丹波。勢いに乗り、その後も抑えたいが――――

 

 

―――――5番キャッチャー、黒羽君

 

 

アナウンスから聞こえる、要注意の5番打者。

 

――――この打者に対しては、打たれても仕方ない。ストライク中心で、追い込むまでは勝負です。

 

この打者にどんな形であれ、球数を投げるわけにはいかない

 

キィィィンッッ!!

 

「ファウルっ!!」

 

ファウルをされても臆さない丹波。黒羽は、この強気に攻めてくる投手の背後にいるモノをすぐに見つけた。

 

――――真っ向勝負。ランナーがいないから、ヒットでも構わない、か。

 

 

ストレートの連投、黒羽はこの球威のあるストレートに振り負けない。だが、まだ捉えきれない。

 

――――3球連続で、ストレート。あり得る。とにかく、振り負けないこと。

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

右に切れてファウル。だが、だんだん鋭さを増していく打球に、御幸は考える。

 

――――当然、相手はフォークを考えている。しかしこの捕手はカーブがあることを頭に入れている。

 

 

――――4球連続ストレートにはしたくないはず。だからこそ普通はフォーク。だが、この捕手ならカーブを攻めてくるはず。

 

 

 

―――――ボール球でいい。とにかくカーブで相手の出方を待つ。

 

 

ククッ、フワワワッッッ!!

 

「ボールっ!!」

バットが出かけた黒羽。しかし最期にスイングを止め、打ち取られない。

 

――――カーブまでは予想できていたが、このカウントでは無理をしなかったか。

 

平行カウント、次が勝負球。

 

――――今のスイング。明らかにカーブを読んでいた。こいつ、本当に1年生かよ。

 

1年生に見えないその読み打ちのセンス。御幸は舌を巻く。

 

 

――――カーブを見極めた、次は恐らくフォークかストレートのどちらか。ここまで反応したんだ、次は必ず―――

 

黒羽は、恐らく早い球で来ると予見した。

 

 

しかし最期にきたのは、丹波の代名詞であるカーブ。

 

 

「!?」

 

カァァァンッッ!!

 

反射的に手を出してしまった黒羽。打球はファウルゾーンではなく、前へと飛んでしまう。

 

 

「ライトっ!!」

 

力のない打球を捕球した東条。黒羽に当てられはしたが、タイミングを外して打ち取った。

 

これでツーアウト。続く6番松井を打ち取り、この回も三者凡退。御幸のリードがさえわたる。

 

メンタルの問題さえなければ、丹波はいい投手なのだ。不退転、格上との相手で開き直れば、彼に怖いものはない。

 

 

「丹波君、登板を追うごとによくなっているわ。」

3年間彼を見てきたマネージャーの貴子は、強力打線相手に臆することなく攻めていく彼の姿に驚きを隠せない。

 

「丹波先輩。このままイニングを投げて貰えたら――――」

ベンチに座り続けている大塚を見て、吉川は祈るような目で丹波を信じることしか出来ない。

 

「――――そうね――――彼が出ない展開であることを、祈るしかないわ」

 

 

 

そして、青道ベンチでは――――

 

 

「今日は特に暑いな。沢村、決勝の舞台は重要だから、今日はブルペン入るなよ」

 

「え!? で、でも相手は―――」

 

「川上先輩と降谷が投げる。それに丹波先輩を信じるしか、青道に勝利はない。」

 

「――――丹波先輩―――――」

 

 

大塚と沢村の前を降谷が過ぎていく。ブルペンにて肩を作りに行ったのだ。

 

「おい降谷。まだ早いぞ。」

大塚が怪訝そうな顔をする。

 

「あの打線の恐ろしさは僕がよく知ってる。だからいつでも準備をしておきたいんだ。」

 

 

「降谷―――――なら、水分補給はやっとけよ。この暑さだ。コンディションを整えて出るのも投手の約束事だ」

 

 

 

 

 

 

 

3回の表、いい投球を続ける丹波を援護したい青道は、打順返って1番東条がセンターフライに打ち取られる。

 

「いい当たりだったのに―――」

東条は低めのフォークを掬い上げたが、もうひと伸びなかった。

 

続く、2番倉持。

 

コンっ

 

 

初球セーフティで、自慢の俊足を生かし、出塁。足の速いランナーを塁に出すことに成功する青道。

 

「なんて足だ――――」

 

黒羽も、倉持の足に驚く。

 

ここで、先制タイムリーの沖田。要注意の打者。

 

――――このチャンスで横浦をさらに突き放す!

 

しかし―――

 

 

「ボールっ!」

 

 

際どい球、

 

「ボールツー!!」

 

また際どい球

 

「ボールスリー!!」

 

今度は大きく外れた。

 

黒羽は縦に頷き、最後は―――

 

「ボール、フォア!!」

 

最後はウエスト。一塁ランナーを意識したと、そう思う観客も多いだろう。だが、明らかに―――

 

『ポイントゲッターの沖田にスイングをさせませんでしたね。ランナーがいる時は歩かせる可能性が高くなりそうです』

 

『ランナーは足の速い倉持君で、高打率を残している沖田君です。とにかく、これで一死二塁一塁。追加点が欲しいですね』

 

 

ここで、四番結城哲也。

 

 

――――間違いなく、このチームは来年強くなる。

 

結城はそれを感じた。下級生たちが成長すれば、容易に自分たちを越えてくれる。

 

ネクストバッターサークルで、御幸が結城の背中を見ている。

 

――――甲子園で少しは4番らしいところを見せなければ。

 

 

「ストライク!」

 

まずストレートを要求した黒羽。投げ込んだ和田。和田にしてみれば、春の関東大会で打ち込んできた相手なだけに、力が入る。

 

―――春のようには―――っ!

 

 

横浦のエースを背負う意地がある。だからこそ、これ以上打たれるわけにはいかない。

 

 

黒羽としては、ここで明確な守備の陣形の指示が出来ない。広角に打ち分けることのできる打者であり、何よりも長打がある。

 

 

――――沖田を敬遠しても、次はこの人だからなぁ。あっ

 

 

黒羽は、この人を打ち取った時の記憶をたどる。あの時は散らして打ち気を逸らせたが、

 

キィィィィンッッ!

 

「ファウルっ!!」

 

甘いコースへと入ってきたボールに、冷や汗を流した黒羽。

 

――――危ねぇ。この局面でこの制球力はないでしょ、先輩――――

 

 

もっと丁寧に、やや激しいジェスチャーを出す黒羽。上級生だろうが関係ない。守備の要を任されている以上、妥協を許すわけにはいかない。

 

スライダーが甘く入ったが、真ん中外寄りのコース。右打者には逃げていくような変化。

 

――――後はボールゾーンでどうふらせるか。一球インコースのボールからボール。

 

 

 

 

――――追い込まれた。後はミートを意識したコンパクトな振りで、確実に内野の頭を超す。ボール球に手を出さないことが寛容。

 

 

「ボールっ!!」

低目、降らせる変化球には手を出さない結城。軽打でも構わないという姿勢が、結城の選球眼を底上げさせているのだ。

 

沖田の練習の成果であり、そのミートのポイントが合えば、ヒットを打てるという自信が彼にはあった。

 

だからこそ、失投を彼は見逃さない。

 

 

カキィィィィンッッッッ!!!!

 

 

「くっ!!!」

黒羽は、要求とは逆のコースに入ってしまった甘い球に歯噛みする。

 

 

「!!!」

そして打った結城はその打球に驚いていた。自分の感覚では軽く振ったつもりにもかかわらず――――

 

 

『抜けたァァァァ!!! 二塁ランナー三塁を蹴る!! 一塁ランナーもまわるッ!!』

 

 

打球は意外に伸び、右中間真っ二つの当たり。完全に長打コース。

 

「廻れ廻れ~~~~!!!」

 

「追加点来るぞ!!」

 

青道サイドからの声援が飛び交い、まず倉持が生還する。

 

「しゃっ」

 

小さくガッツポーズをして、まず本塁を踏む倉持。続いてもスピードで、

 

『一塁ランナー、三塁もけるっ!!』

 

 

「戻れ戻れ~~~!!! 沖田~~~!!!!」

 

しかし横浦も負けていない。

 

「これ以上やらせるか!!!」

ライト高木からの好返球。強肩を活かした送球が迫る。

 

 

「―――――っ!!!」

 

沖田はスピードを緩めない。そのまま突っ込む。送球がダイヤモンドの中に入ってきた。際どいタイミング。

 

―――――際どい、捕球してすぐに――――

 

 

だが、沖田はまだ勢いを止めない。むしろまだ早くなっている。

 

 

――――ここだッ!!!

 

沖田がスライディング体勢のまま、ホームベースに突っ込む。

 

すっ、

 

 

「何………だと………!!?」

 

背後を何か白い物体が通り過ぎたことが分かった。それが沖田だと解ったのは、審判のコールが響いてからだ。

 

「セーフっ!! セーフっ!!」

 

 

『ホームインっ!! 何というスライディング!! スピードを緩めず本塁突入の沖田。左手一本で鮮やかにキャッチャーのタッチを擦り抜けた~~~~!!』

 

――――いつ、いつホームにッ……!?

 

背後で起きた事であり、黒羽は理解が追い付かない。彼はそれを見ていないし、沖田が何をしたのか、セーフであったこと以外が解らない。

 

『よく反応したというか、審判もよく見ていましたね。あそこでピンポイントに手でベースに触れられるとは、大したものです』

 

カメラの映像でも、沖田がスライディングをしている最中、左手でベースを触っていることが分かる。ブロックを擦り抜けて触る光景は解るが、あのスピードでそれを両立した彼は、本当に素晴らしかった。

 

『青道高校、待望の追加点!! 3-0と、点差を広げます!!』

 

 

 

そして、それを眺める残り2校となった他のライバルたち。

 

 

「けど、西東京は白頭の左腕が消えたと思えば、それを上回る投手たちのオンパレード。やっぱり東京は層が厚いな」

 

春の覇者、光南のエース柿崎。この大会の2年生世代の中で、最も評価の高い男。選抜終了後からトルネード投法の動きを取り入れ、さらに球持ちがよくなったこの左腕。今大会の自責点は0。

 

「確かに、あれでまだ大塚が投げていないからな。逃げ切り体勢になれば、まず横浦に勝ち目はないかもな。まあ、大塚と和田の投げ合いなら大塚だろうけど」

捕手で、同い年の上杉は、大塚を先発させた方が勝率は高いと考えていた。

 

後半、横浦が蘇り始めた時に、大塚をリリーフさせ、名門校の息の根を止めるのだろう。しかし柿崎は不思議に思う。

 

「まあ、準決勝の次は、決勝で俺らか、光陵のどちらかだからな。温存したい気持ちもわかるけどさ」

2年生、ショートのレギュラーは、決勝を考えた投手起用の青道に、多少の理解を示すも、

 

「死力を尽くさないと、優勝は厳しいけどな。ま、うちらもカッキーを温存できているとは言えないし、あまり言えないが。」

 

――――あの打線は確かに恐ろしい。だが、大塚ならば、9イニングを投げても問題ないと思うが――――

 

 

そしてそれは、彼らだけが疑問に思う事ではなかった。

 

 

「ふむ、大塚がベンチ。これは―――」

 

「怪我、もしくは疲労か。決勝の温存にしては、片岡監督も手堅過ぎるが―――」

 

「だが、1年生であれほどの才能を持っており、あの球威と制球を維持できる。ポテンシャルは認めるが、やはりあの剛速球は、1年坊主の体には、かなり負担があるんじゃないか?」

 

スカウト陣は、大塚のやや細い体を気にしていた。そして、連投を許さない片岡監督の姿勢を見て、彼は故障体質なのではないかと。

 

一般観客の間でも、青道への不満が出始めた。

 

「あの1年生の子が投げないの~~~~」

 

「ここで投げなくて、何がスーパー1年生なのかしら。」

 

「大塚が見たいなぁ~~~~」

 

「あの投手を見るために、甲子園にきたんだけどなぁ」

 

「案外腰抜けなんじゃないかぁ? 西邦を抑えたぐらいで、もう満足しているとか」

 

「大塚を出せよ~~~」

 

 

ざわざわ、

 

 

青道ベンチや青道応援スタンドからすれば、大塚が怪我をしていることを言うわけにはいかない。だが、

 

「―――――ッ」

吉川がキッ、と一般応援席の方向を睨む。何も知らないのに、大塚の事を悪く言う。それが許せなかった。

 

「アイツらッ!」

それは金丸も同じで、

 

「大塚のことを何も知らないで―――ッ!!」

狩場も、憤りを隠せない。

 

 

「抑えんか、お前らッ!! ここで問題起こす方が、アイツらの迷惑になるのが解らんのか!!」

前園が怒気を孕んだ雰囲気の二人を抑える。

 

「けど、アイツらッ!! 何にも知らないくせにっ!!!」

 

「くそっ、大塚―――けど、このままじゃ―――」

 

「なんだよ、この空気。勝っているのは俺たちなのに―――ッ!」

青道の部員は気味が悪かった。勝っているのに、ムードが悪い。特に、一般応援席からの不平不満がこちらまで来ている。

 

 

――――これが、甲子園なのかよ。

 

 

誰もが思う。異様な雰囲気が出始めている甲子園。魔物がまた呼び起こされるのか。

 

 

 




力尽きたので、次はたぶん1週間後ぐらい。

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