7回の裏、先頭打者は御幸。
マウンド上の中田。
――――この選手訳が分からんけど、初っ端から飛ばしたる!
マウンドの中田の右腕から繰り出されたボール。御幸は、そのボールに何度目かわからないほどの衝撃を受けた。
「!!?」
スローボール、チェンジアップ系、そう思ったのもつかの間、あの新見に比べてより速い球速で進み、縦に落ちていくボール。
――――パームボールっ!? これは―――!?
空振りを奪われる御幸。この一振りでも、まだ球種の判別が出来ない御幸。
続く二球目はツーシーム。
「―――」
今度は内角をえぐる変化をしたこの速球系変化であっさりと追い込まれる御幸。初球の衝撃が目に焼き付く。
そして、未だ正体がわからぬまま、そのボールに強制的に立ち向かわされた御幸。彼の理解の範疇を超えたボール。
「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」
そして、訳も分からず問答無用で打ち取られた御幸。悔しさよりも、何を投げられたのかを知りたいと思うのは、無理もないだろう。
だが、御幸はこの謎のボールの正体をすぐに看破した。
――――今年は本当にどうなっているんだよ、ナックルの次は、
その現代最高の魔球の一つとされる。
――――高速ナックル―――
ここにきて、もう一つの魔球との遭遇。高速クイック付の変則ナックル投手を降ろしたと思えば、次は本格派の高速ナックル使い。
正直、沖田の一撃がなければ、継投でほぼ逃げ切られていた可能性が高い。
沖田の一撃がなければ、完封負けを食らっていた。それほどの投手力の充実さを見せる妙徳の力。御幸は戦慄を覚える。
続く9番沢村には代打、増子が送られるが三振。二死となったところで、倉持に回る。
――――ナックルって、今年はブームなのかよ。
青道の目の前で、3度。ナックル使いは現れた。オールナックルボーラー、変則ナックルボーラー、最後にやってきたのは、本格派の高速ナックル使い。
――――けど、ここで俺が出れば、少しでも情報を沖田、主将に渡せば―――
精神的な打の柱、沖田、結城に回せば何かが起こる。そう考えている青道ベンチ。
しかし――――
このボールを相手に、初見で打とうなど虫が良すぎる話だ。
「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」
高速ナックルの前に、6球粘った末に三振。この初見の魔球を相手に、よく頑張ったともいえるが、それでも本人には悔しさしか残らない。
何よりも、高速ナックルには掠りもしなかったのだ。
7回の裏が終了。試合はついに8回の表へと移る。
ここで青道ベンチは降谷を投入。
『選手の交代をお知らせします。沢村君に変わりまして、降谷君。ピッチャー降谷君』
ここで青道の剛腕降谷登場。立て直したとはいえ、今の沢村に3イニングを任せるのはリスキーである。
『ここで青道は3人目、降谷をマウンドに送ります! 最速153キロの剛腕!! この妙徳義塾はどういった攻撃を見せるか!?』
観客も、1年生で150キロを超えるストレートを誇る降谷に注目していた。素人目で見て、最も目立つ特徴のあるのがこの彼である。
完全試合寸前(詰めの甘い)の大塚も凄いが、彼はその球速を優に超える。
甲子園の大観衆が見守る中、注目の初球。
ドゴォォォォォンッッッ!!!!!!
妙徳の9番森久保は、バットを出すことが出来なかった。
「――――ストライィィィィクっ!!!!!」
そして球速は――――
150キロ。まず、1年生最速をあっさりと初球で並んだ降谷。甲子園にどよめきの声が上がる。
「はえぇぇぇぇ!!!」
「こいつは本物だ!!」
「何だあの球速は!!」
大観衆のざわめきとどよめき。この一球で、青道に流れを呼び込み始めている降谷。
続く二球目――――
ドゴォォォォンッッッ!!!
ひくめに146キロのボールが決まり、森久保にバットを出させない降谷。
――――投手陣が厚すぎるだろ――――
丹波から1得点、沢村から2得点、だが、青道にはこの目の前にいる降谷だけではなく、完全試合寸前の大塚がいる。妙徳に次の得点は許さないといった采配を繰り出す青道サイド。
――――これでいい。次もアウトコース低め。お前の二番目に好きなコース。
ドゴォォォォンッッッ!!!!
「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」
高めのコースと、低めのアウトロー。これは、予選から取り組んでいたコースでもある。
右左のアウトローへの球。これが出来れば、より安定した投手になれる。
続く打者も―――
ドゴォォォォンッッッ!!!
右肩を下げたフォームから繰り出されるワインドアップ投法が力を発揮する。
「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」
最後は147キロアウトローで見逃し三振。二者連続見逃し三振。
「降谷――――」
ベンチでライバルの投球を見つめる沢村。
「今日は抑え気味に投げているな。制球を重視しているのか、腕の振りもいい。」
そうなのだ。いつもの降谷なら、150キロ連発。だが、どういうわけか、彼の今の球速は150キロ前後。それでも、140キロオーバーを軽く出せる一年生が突出しているわけではあるが、彼を知る者は彼がどう言った意図で投げているのかを理解する。
140キロ中盤から後半を制球されれば、並の高校生が打ち崩せるものではない。
そして最後の打者、2番田井に対しては1ボール1ストライクからの3球目。
ククッ、ストンッっ!!
「!? (落ちる球ッ!! 縦変化の球種っ)」
ここでSFF。低めのストレートの制球がいい場面、ここで低めへとボールになるSFF。これは振ってしまう。
――――最後はここだ、お前の好きなコースで決めるぞ。
ドゴォォォォォンッッッ!!!!
「!!!」
「ストライクっ、バッターアウトっ!!!!」
最後は低目アウトローの147キロ。見事な投球で三者連続見逃し三振にとって斬る降谷。
『三者連続~~~~!!!! 降谷、この局面で見事な投球!! 妙徳打線を完全に黙らせました!!!』
『あれほどのスピードボールを制球されると、そう簡単には打てないですよ。低めのストレートとSFF。これは一巡では苦労しますよ』
8回の裏、流れに乗りたい青道は2番白洲からの打順。後輩ばかりが目立つ中、何とか塁に出たい白洲。
――――まともにあの決め球を打てるとは思えない。
「ストライクっ!!」
ここで135キロの真直ぐ。ナックルをちらつかせることで、他の球種も打ちにくい。
――――まだ、まだだ―――
「ボールっ!!」
縦スライダーを見切って1ボール1ストライク。当然妙徳も、白洲が何かを仕掛けるかもしれないという予感はあった。
コンっ
「!?」
ここで三塁方向へのバント。とっさのセーフティ気味のバントではあったので、勢いがやや強い。
「うぉぉぉ!!」
一塁キャンバスへと激走する白洲。口を堅く横に結び、必死の形相で走る。
妙徳の三塁手、高梨がその打球を捕球、そのまま一塁へと転送するが―――
『あぁぁぁぁ!!!!! 送球高いッ!!! 白洲は二塁へ!!!』
バックネット裏に飛んで行ってしまった送球により、白洲が自動的に二塁へ。ここで無死二塁という大チャンス。
そしてここで打席には、今日はホームランとフォアボールを選んでいる沖田。
妙徳サイド、ここで当然ながら沖田を敬遠。
「――――――――――(くっ、やはり目立ち過ぎると碌なことにならんな)」
神妙な顔で、打席に立ち続ける沖田。構えだけはとかないが、中田のボールはストライクゾーンには来ない。
「くっそぉぉ。この場面の沖田は怖いけどさ―――」
「沖田にビビるのは仕方ねぇよ!! 頼みます主将!!!」
「哲~~~~!!!」
「絶対に打ち崩せ~~~!!!」
青道サイドとしても、この場面で沖田が敵で出てきた場合、迷わず敬遠だ。妙徳がチャンスで彼を警戒するのは仕方ない。
さらに、今日は当たっていない4番の結城。この采配は当然といえる。
『ここは歩かせるようです、敬遠です!』
『この局面では勝負は出来ませんね。4番の結城君はこれで相当力が入ると思いますよ』
「――――――」
そしてこの局面で燃えないわけがない。敬遠されることはあっても、敬遠で回されるという経験は久しぶりの結城。俄然あの投手を打ち崩したい気持ちが強まった。
ルパンの曲が流れる。ここで打ってこそ4番。ここで打てば、恐らくはプロの道も見えてくる。
高速ナックル使い。それを打ち崩し、勝利を導くことこそがこの場面でもとめられる。
『無死一塁二塁!! 打席には4番の結城!! これ以上ない展開!! さぁ第一球!!』
キィィンッっ!!
ナックルが繰り出される。かろうじてバットに当てた結城。だが、初見でこのナックルに当てることが出来たのは大きい。
―――― 一振りで当てやがった!? ナックルにはタイミングが合ってなかったのに!?
――――どういうことや、ナックルが苦手じゃないんか、この打者は
今の今まで、高速ナックルに掠る事すら出来なかった青道バッター陣の中で、いきなり掠ってきた結城。新見に良い様に蹴散らされた打者であるにもかかわらず。
結城はナックルの変化に苦労したのもあるが、何よりもフォームチェンジに相当苦労していた。彼にとってそれは天敵と言っていい。
さらに、ナックルとストレートの緩急にも苦労し、彼にとって新見は楊舜臣に次ぐ天敵。
だが、中田のナックルは余計に早い。早くてランダム変化する球種は、やはり打ちづらい球種ではあるが、タイミングは通常のナックルよりもストレートに近い。球速差が縮まったことにより、結城のタイミングをとれる領域に入っているのだ。
よく速いフォークにタイミングを合わせることが出来た、余計に早いからバットに当てられやすいとはよく言うモノだ。
かのパ・リーグで二度の沢村賞を受賞した投手は、そのようなことを語る。
二球目―――
「ボールっ!!」
それだけではない、このナックルはランダム変化の球種。ということは、制球力は他の変化球に比べて格段に落ちる。捕手泣かせの球を逸らす可能性すらあるのだ。
捕手の萩生も、体で止めるケースが多くなる。
1ボール1ストライク。次の球も当然―――
「ボールっ!!!」
打席でナックルを見た結城。2球続けてナックルが外れ、これで2ボール。
――――ストライクが欲しい。無死満塁はヤバい。
――――ここで、ストレート、インコース。詰まらせてゲッツー。
対する結城は―――
――――何が来ても打つ。集中しろ。
そして運命の4球目―――――
「!!!」
結城はここに来ての強気のインコースのストレートに目を見開いた。だが、体は反応している。
カキィィィンッッッ!!!!
――――このコースを打ち返すんかっ!?
捕手の萩生はマスクを外し、打球が投手前へと飛ぶのを見た。
――――中田っ!!!
そして、その打球をとろうと、グラブを上に差し出す中田。
パシッ!!
入った、グローブに入ったかに見えた打球―――――
「――――っ!!!!」
中田のグローブは、結城の打球の勢いに負け、彼のグローブごと弾き飛ばした。
宙を舞うグローブ、まだ勢いを失わない打球。
それを見た二塁ランナー白洲は二塁を蹴る。センター前へと落ちる。そうだと信じ、
「させるかぁぁぁぁぁ!!!!!」
しかしここで、先制ホームランの二塁手の福原が飛び込んできた。そして――――
「!?」
誰もがそう思うだろう。この局面で痛烈な打球がセンター前へ。ここで勝負がつくものだと。
妙徳がその運命を阻む。
身を投げ出しての大捕球。福原はグラブごとボールをキャッチしたのだ。
「なっ!?」
「!?」
打った結城、そしてスタートした白洲を絶望に突き落す、セカンドライナー。センター前へと抜けると思われた打球に、福原が追い付いたのだ。
二塁ベース付近に倒れ込む福原。その打球を見て必死に戻る白洲。必死に手を伸ばし、二塁ベースへと迫る。
「ッ!!」
ダンッ!
「アウトォォォォォォ!!!!!!!」
二塁ベースにグローブを叩きつけた福原。白洲は戻りきれなかった。
崩れ落ちる結城、二塁ベース上、ヘッドスライディングも間に合わなかった白洲がグラウンドに伏せる。動けない。
『アウトォォォ!!!! アウトォォォォ!!! 守ります妙徳義塾!!! セカンド福原が大きな仕事を成し遂げました!! 』
「――――――そんなバカな――――」
誰かがつぶやく、青道応援席が瞬く間に沈黙した。当たりは痛烈、抜けてもおかしくない打球。
「ウソ、だろ――――」
ここまで来て、ここにきて。このチャンスで相手のファインプレー。青道の攻撃の流れを止めたプレー。
だが、そんな青道の立場など関係なく―――――
甲子園球場に何度目かわからないほどの歓声とどよめきが沸き起こる。
「あのセカンド凄い!! 凄すぎるよ!!」
「妙徳が防いだぞ!!!」
「ビッグプレーだ!! これで流れが変わるぞ!!」
中立の立場、一般客はこのプレーに沸き返る。当然だろう、良いプレーにはそれなりの評価が得られる。それはどのスポーツでも変わらない。
『ここに来てなんという!!!! 何というビッグプレー!!! セカンド福原のナイスプレー!!! いや、大ファインプレー!! これで一瞬にしてツーアウトっ!!! 大きいですね、これは!!』
『中田君のグローブを弾き飛ばしたときは抜けた、と思ったんですがねぇ。いやぁ、高校野球ですねぇ。打ちも打ったり、守りも守ったり。この3回戦は目が離せませんね』
「まだだ!! まだ終わりじゃねぇ!!!」
吼えるように打席に向かう伊佐敷。だが、その彼は、結城に声をかけることが出来なかった。
――――口数がすくねぇが、それでもこれは―――これはッ!!!
結城のあんな顔は、初めて見た。悔しさに表情を歪め、何も言わない。
そしてそのファインプレーの福原は、
「ナイスプレー、じゃねぇよ!!! ビッグプレーだよ、福原!!」
「カズッ!! マジで凄いッ!!! お前がいてよかった!!!」
「うっわ、抜けるかと思った。けど、頼りにしてまっせ、先輩方!!」
「無我夢中だった―――マジでおれがやったの、これ?」
ノーアウト満塁になりかけたピンチを見事に防いだ妙徳。
そして二死一塁の場面―――
カァァァンッッ!
「くっそぉぉぉぉ!!!!」
悔しさをあらわにしながら、高速ナックルの後のストレートに詰まらされ、一塁へと激走を見せる伊佐敷。
だが、結果はセカンドゴロ。先ほどのヒーロー福原に無難に捌かれた。
「しゃぁぁぁ!!!!!」
マウンドの中田は、吼える。この大ピンチを抑え、俄然勝利も見えてきた。
あの大会屈指の投手陣を誇る青道を自分たちが追いつめている。完全にムードを変えたプレー。流れを引き寄せる妙徳の守り。
観客はすでに大正義投手陣の青道ではなく、大物食いを狙う妙徳に傾いていた。タレントが揃う西東京の覇者を相手に互角の勝負を繰り広げる。
だがそれでも、それでもといい続ける者が青道にいないわけではない。
「――――――ドンマイドンマイっ!!! 9回の守り!! 抑えて裏で勝ち越しだ、こら――!! 絶対俺らが勝~~~~~つッ」
その時、ベンチの沢村が吠える。もう彼は再びこの試合でマウンドに立つことはない。だからこそ、意気消沈しているベンチに声を響かせる。
「沢村――――」
暗い顔の伊佐敷が、沢村の方を見る。よく見ると、沢村の目元も若干赤い。
――――まだ、グラウンドにいる選手が、気持ち折れてどうすんだ、この野郎ッ!!
バチンッッ!!!
思わず、伊佐敷は自分の頬を両手で叩いた。
「しゃぁぁあ!!! まだ同点!! ここでさらに守備でプレッシャーかけて、サヨナラ食らわしてやろうぜ!!!」
「伊佐敷――――俺は―――」
凡退した結城が、伊佐敷に声をかけようとする。が、彼はそれを手で制する。
「あんな守備をされちゃ、誰だって凡退してた―――悔しいが、奴らの執念も半端ねぇ―――それに気圧されちまったんだ、俺らはッ」
あの時の自分をぶん殴りたいほどに、憤りを感じている伊佐敷。
「すいません、戻りきれませんでした―――」
白洲も若干青い顔をしながら、伊佐敷に謝ると、
「しゃぁあねぇ。切り替えだ。まずは相手に負けねぇ守備の流れを作るぞ。」
「とにかく、あのナックルは制球が悪いし、相当握力を消耗しているはず。新見投手が特定の打者にナックルの多投をしていることから、連投は厳しい。ファーストストライク、コースに来た球を打ち返す。そういう方針でいきましょう」
沖田が具体的に、あのナックルを打ち止めにするよりは、ファーストストライクから他の球種を狙うべきだという。
「ああ。ナックルは相当握力がいります。だから、絶対裏の攻撃にチャンスはあります!!」
大塚も盛り立てる。まだマウンドに上がっていない彼も。
「結城先輩が打ち取られたなら仕方ない。あれは逆に切り替えられる、かな」
川上も、あんな守備だと逆にあきらめがついて、切り替えられると言う。
「自分のバットでけりをつけます。9回裏まで回してください、御幸先輩。」
そして投手の降谷。9回裏に回してほしいと、御幸にせがむ。
「って、俺!? 俺ヒットを打っているよ、今日!!」
「―――大丈夫そうだな、」
そしてここで、片岡監督の言葉。
「監督っ、すいませんでした」
「甲子園では日常茶飯事だ。気にするな。」
「え、えぇぇ!?」
珍しく結城が変な声を上げる。あまりに珍しい光景なので、一同は笑う。
「この大舞台は、お前たちだけではなく、相手にも力を発揮させる。だからこそ、より一層相手のワンプレーに呑まれるな。自分たちの野球を貫け。お前たちの3年間は、こんなところでは終わらん!」
はいっ!!!
「ファーストストライクを打ちに行くのではなく、自分のコースに来た球を確実に撃て。ナックルは多投できない。そこにつけ込むぞ」
はいっ!!!!
そしてグラウンドへと散って行く青道ナイン。マウンドに向かう1年生投手は、気持ちを切り替えたとは言っても、あのビッグプレーの影響が完全に抜けきっていないことを容易に理解していた。
あれほどの守備をされて、何も思わないわけがない。彼は悔しかった。自分が何かをされたわけではない。だが、仲間の悔しがる姿を見て、
彼はいつも以上に燃えていた。
――――それでも、アレは大きかった。だから――――
ドゴォォォォォンッッッ!!!!!
「ストライクっ!!!!」
マウンドの降谷は、心が燃え盛っていた。むしろあのプレーを見せつけられて、彼の闘志はさらに熱くなったのだ。
――――僕の投球で、このチームを勝利に導く!!! 青道の柱になる為にッ!!
ドゴォォォォォンッッッ!!!
『空振り~~~!!! 147キロっ!! この降谷の剛速球に掠りません、妙徳義塾!!』
『コースを突くだけではなく、ボールの下を振っているのを見る限り、相当伸びてきているようですね』
そして、ストレート2球で追い込んだ降谷。チームに勢いをつけるならストレート。
――――行きますッ!!
カンッ
完全に詰まらされた打球は、降谷の前に転がり、冷静に一塁へと送球。難なくアウトにしてみせる。
――――いいコースにいい球来てるぞ、降谷!!
最後の球も、インコースの厳しい場所に決まった。あのコースのストレートは、中々打てない。
『剛腕未だ衰えず!!! 最後は147キロっ!! 青道の剛腕が燃えています!!』
『コントロールもさほど悪くありませんね。長い回を投げられないそうですが、それでも凄い投球です。』
その後、続く打者もピッチャーゴロに打ち取り、二死。
妙徳が素晴らしい守備をするのなら、その勢いを倍にして返そう。
投球でしっかりと見せつけよう。
自分たちの夏は、彼らを越えてまだ続くのだと。
鬼のような形相で、マウンドに君臨する降谷。妙徳にヒットの匂いすら掻き消す制圧力。
ドゴォォォォンッッッ!!!!
「ストライクっ!!! バッターアウトっ!!!!」
「あの剛腕、どうやったら打てるんだよ―――」
「マジで速い―――あんな一年がいるなんて―――」
妙徳サイドは降谷の投球に畏怖を抱く。1年生にしてこのスケール、一球の影響力。エースに必要な素養を十分に満たし、次のステージでの活躍を確約するその器。
そして今この瞬間も、彼は高みに上っている。
『三振ッ!!! これで4つ目!! この難攻不落の剛腕から得点を奪えない!! 8,9回と三者凡退の降谷。圧巻の投球です!!! 青道の剛腕、降谷暁!! ここにあり!!』
そして運命の9回裏、打順は6番東条から。
「僕まで回してね、秀明」
「まあ、一人出ればいいんだけどな、この場合。」
「んじゃ、延長阻止でもしてくるよ。」
バットを片手に、東条が踏み出す。
延長か、それとも決着か。
『さぁ、ついに9回の裏まで来ました!! ここで先頭バッターは今日2安打の東条。中田、踏ん張れるか!?』
6番東条は、今日はマルチヒットを打つなど当たっている。ここで先頭打者をだし、何とかサヨナラのチャンスメイクをしたい。
――――高速ナックル。けど、打たないとサヨナラにはならない。
だが、この強烈な変化をする高速ナックルは、如何に東条と言えども打てるものではない。
「ストライィィクッッ!!!」
「!!」
空振り。低めのコースであるにもかかわらず、バットで捉えることが出来ない。
ランダム変化するこの球種にタイミングというよりポイントを定めきれない。さすがの東条も、この変化球には苦労した。
――――主将は初球からよく当てられた―――。なんて変化だ
中田は開き直ってコースを狙っていない。ど真ん中だろうとなんだろうと、ストライクボールならそれでいいと考えていた。
「――――ッ」
東条は典型的なローボールヒッター。このように―――
――――スライドした!? シュート変化しながら、カット気味に落ちる!?
手が出ない。インハイからそのままアウトローへと行くとみられたボールが、アウトコースからさらに変化した。
そして妙徳バッテリーが選択したこのボールに―――
―――ストレートっ!?
この高めの真直ぐに手が出てしまった。
「ストライクっ!! バッターアウトっ!」
「っ!!」
誘い出された。東条は歯噛みする。高めのストレート。このイニングで高めのボールはまさにリスキーなボール。だが、それすら逆手に取り、東条を抑え込んだ。
続く小湊春市――――
――――どこで俺は打つんだ!? ここで打たなきゃ、俺は何のためにここに――
まだこの試合で何もしていない。何も貢献できていない。
「ストライクっ!!」
縦スライダーボール球に空振り。ナックルをちらつかせることで、選球眼が悪くなっている青道打線。小湊は特にその打撃を崩されていた。
繊細で精密な打撃は、ちょっとしたことで崩れやすい。だが、微妙な誤差に対しても対応できるだけの力はあった。
カァァンっ!!
『打ち上げた~~~!!! ショート手を上げるッ!! 取りました!! これで二死!!』
最後は内野フライ。小湊亮介の代わりに抜擢された春市、4打数ノーヒット。そのセンスを見せつけることが出来ない。
――――ここまで来られたのは、アイツらのおかげだ
ランナーなし、二死の場面で打席に向かう御幸は、それを痛いほど痛感していた。
――――沢村は確かに撃たれた。けど、アイツの起用法を理解し切れなかった俺達が悪い。
それまで彼がどれだけ青道に貢献したのかは、言うまでもない。
――――ナックル、この球種はまるで甲子園の様だ。
何が起きるかわからない。何が起きてもおかしくない。
「ストライクっ!!!」
初球ナックルに空振り。御幸はそれでも表情を崩さない。落胆した表情も見せない。
――――この打者は、打ち気を逸らせ、ナックルで仕留める。次はストレート、ボール球。
妙徳も、この打者の威圧感ではなく、奇妙な感覚を感じていた。打てる気配はないのに、油断できない気配がする。
――――匂いがない。
「ボール!!」
ストレートが外れる。御幸はボールゾーンに反応しない。
その眼鏡の奥の瞳にある、真意を決して読み取らせない。
――――シンプルに、来た球を打つ。
自分のリズムで、自分の感覚に、自分らしくない打撃で。そんな打撃をするのは、野球をやり始めた頃に戻った気がした。
――――ここで縦スライダー。ボールでいい。振らせれば十分!
――――サヨナラなんかさせへん、まだ続けるんや―――俺達の――――
何が起きるかわからない。それは今、この瞬間を指しているのだろう。
御幸の目の前には浮いた変化球。明らかにコースを間違えたたった一球。
アウトコースのやや甘いボール。
――――ッ
萩生の表情がこわばる。マウンドの中田の顔も驚愕に染まる。
――――ホント、何が起きるか、わかんねェな
ガキィィィィィンッッッっ!!
御幸は躊躇うことなく、そのボールに自分のスイングの全てをぶつけた。
その一振りの行方は――――
気になる終わり方で申し訳ない。
1年生が目立っていた中、上級生たちが次第に頼もしくなるかな?