ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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文字通り異次元。西邦は泣いていい。


第53話 異次元

そして2回戦。青道高校対西邦高校。先発は1年生大塚と3年生木下。威信をかけた戦いが始まる。

 

 

 

『全国高等学校野球選手権大会5日目。2回戦第1試合、球場には既に満員の観客が入っております。優勝候補としてあげられている名門校同士の対決。青道高校対西邦高校の試合。』

 

 

『強力投手陣のまさに頂点。稲実をねじ伏せた大会屈指の右腕、大塚栄治がマウンドに上がります。予選では4試合に登板。圧巻は3回戦の完封、決勝で見せた稲実を8回零封に抑える投球。水野さん、やはり彼はモノが違いますか?』

 

『1年生にしては、あまりにも完成度が高く、まだ伸び代を感じさせます。球速ももっと上がるでしょう。今日は彼の多彩な変化球の制球力に注目したいですね』

 

 

『一方の西邦高校。4番佐野修造を中心とした強打が売りのチーム。この青道きっての超高校級右腕を攻略できるか?』

 

 

1回戦の巨摩大対大阪桐生のような超満員の甲子園。ベンチで見ていた沢村は、この大観衆に少し気圧されていた。

 

「大塚………………」

こんな大観衆を意識してしまえば、やはり沢村とて落ち着かない。だが、彼はあまりにも、

 

「いつもと変わらないね」

降谷も、大塚の様子が変わらないことに少し驚いている。

 

伊佐敷がクリーンナップに復帰。大塚が打順を上げ、3番沖田は変わらず。東条、白洲など、堅実な打者が下位打線を担うことになる。

 

1番倉持 (遊)

2番小湊 (二)

3番沖田 (三)

4番結城 (一)

5番伊佐敷(中)

6番大塚 (投)

7番御幸 (捕)

8番東条 (左)

9番白洲 (右)

 

円陣を組み、結城はナインに檄を飛ばす。

 

「俺達は観光気分でここに来てはいない。俺達が目指すのはどこだ!?」

 

頂点っ!!

 

「俺達は誰だ!?」

結城の掛け声に、ナインだけではなく、応援団からも声が重なる。

 

王者青道ッ!!!

 

「誰よりも汗を流したのは?」

 

青道ッ!!

 

応援団すら取り込んだ、青道の試合前の掛け声。まさに異様な雰囲気を醸し出し、

 

「誰よりも涙を流したのは?」

結城の肩も、だんだんと軽くなっていく。

 

青道ッ!!

 

「誰よりも野球を愛しているのは―――」

 

青道ッ!!

 

この強豪との試合。ナインだけではない。青道全体が気合を入れ、応援団はその声で力を送っているのだ。

 

「戦う準備はできているか?」

 

 

おぉォォォォォォォッッッ!!

 

最後は青道再度の大観衆を味方につけ、ナインはベンチ前から飛び出していく。

 

 

『凄い気迫です!! これが勝利に飢えた強豪の姿なのかぁぁ!!!』

 

 

まずは先攻めの西邦。先発は大塚。

 

「プレイボールっ!!」

審判の手が上がり、けたたましいサイレンが鳴り響く。

 

 

――――行けッ!! お前の力を見せてやれ!!

 

 

まず注目の初球―――――

 

 

ズバァァァァァンッッ!!!!

 

ノーワインドから投げた球は気持ちいいくらいの音を立てながら、アウトコースへと決まる。

 

144キロ。打者は手が出ない。

 

 

続く二球目は外側のスライダー。スロースライダーにバット出てしまった右打者。苦い顔をする。

 

――― 一球際どいところか?

 

打者としては、ここで遊び球があると考えていた。だが―――

 

――― 一気に決めるぞ、エイジ

 

 

――――了解です

 

阿吽の呼吸のあったバッテリー。投じた三球目。

 

 

ズバァァァァンッッッ!!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

インコース見逃し三振。ストレートに手が出なかった。最後は142キロ。思わず一転して内側の厳しいコースにのけ反ってしまった。当然バットも出せない。

 

『先頭打者を見逃し三振!! 幸先のいいアウトを取った大塚!!』

 

『糸を引くストレートとはこういうことですね。アレは手が出ませんね』

 

 

続く打者は動く球で打ち取りあっさりツーアウト。

 

最後の打者も、

 

ククッ、フワッ!!

 

「あっ!!」

 

パラシュートチェンジの前に空振り三振。まさに難攻不落の印象を与えて、マウンドを去っていく大塚。大舞台慣れしている彼は、気負いなど一切なかった。

 

一方の先発の木下。その独特の蛇直球と評されるストレートに倉持がまず挑む。

 

 

「ぐっ!?」

予想以上に手元で食い込んでくるストレートに、4球目を詰まらされてしまう倉持。自慢の足で何とか内野安打を狙うも、判定はアウト。

 

「ちっ…………」

悔しそうにベンチへと帰る倉持。

 

続く小湊も、

 

「くっ!!」

 

スライダーにバットが回り、ストライクからボールになる切れ味鋭いボールにバットが出てしまった。やはりヒットゾーンが広い彼には、やや荒れている木下のボールは、初見では分が悪い。

 

そして3番沖田。

 

――――倉持先輩が言うには、アレはもうストレートではないらしい。スライダーはコース的にストライクになる事があまりない。外のスライダーはほぼボールへとはずれる。となると…………

 

「ボールっ!!」

 

初球スライダーが外れる。やはりスライダーの制球に苦労しているようで、木下も苦い顔をしている。

 

――――投手がそう簡単に表情を出すな。丸わかりだぞ

 

「ボールツー!!」

内側の蛇直球。シュート気味に変化するストレートは、やはり内側のストライクゾーンからボールへとはずれる。

 

「………………(まさか、こいつら………)」

沖田は最悪が脳裏をよぎる。

 

「ボールスリーっ!!」

 

一球もストライクが入らない。際どいボールにも手を出さない沖田。そして最後は―――

 

「ボールフォア!!!」

 

最後はウエストして歩かせた西邦バッテリー。やや不満げな顔をする沖田だが、何をすることも出来ず、一塁へと向かう。

 

――――けど、俺の次は先輩だという事を忘れるな

 

 

初球、シュート気味のストレートを結城は迷わず振り抜いた。

 

 

音が遅れてやってくるほどに、鋭いスイング、早い打球。西邦の投手木下は、その打球を目で追う事が出来なかった。

 

「へ?」

 

バットを振った瞬間に、ボールがその場から消えていたのだ。彼にはボールが消えたように見えたのだろう。

 

打球は、ライナーでレフトスタンドへと消えていった。

 

 

 

『入ったァァァァァ!!!! 4番結城の先制ツーランホームラン!!!! 今大会3本目!! 3番沖田を歩かせても、この4番がいるのが青道高校!!! 大塚に援護点が入ります!!』

 

そして注目の2回表。

 

『さぁ、今大会楽しみな対決である、大塚対佐野!! ゴールデンルーキーは、この怪物打者に対し、どのような投球を見せるのでしょうか!!』

 

 

ドゴォォォォンッッッッ!!!!

 

148キロ。その瞬間、会場がどよめいた。インコースにいきなりストライクコースギリギリのストレート。

 

佐野のバットは出なかった。

 

――――な、何だ、こいつの球……………

 

佐野はいきなりインコースに躊躇いもなく投げてきた大塚に戦慄を覚える。そして、その球速と球威。

 

続く二球目。

 

ククッ、ストンッ!!

 

バットに当たらない。スプリットが猛威を振るう。佐野のバットは止まらず、かすりもせず、あっさりと追い込まれた。

 

「ナイスボールっ!!」

御幸は強打者相手にエンジンをかけた大塚に声をかける。佐野はマウンドの大塚を見た。

 

「……………………」

明らかに見下されている。たかが1年生投手に、この佐野修造が見下されているのだ。

 

――――舐めるな、このガキぃぃぃ!!!!

 

 

ズバァァァァァンッッッ!!!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

最後は打ち気を利用した、高めボール球のストレート。バットが出てしまった佐野。明らかに状況でも実力でも完敗だった。

 

 

佐野が相手にならない投手。続く打者にもそのプレッシャーは容赦なくやってきており、続く打者は力みが生まれたのか、大塚の術中にはまり、動く球でいずれも初球アウト。

 

大塚を止めることが出来ない。しかし相手先発木下も粘りの投球。沖田と結城には手古摺ったが、四球で出た大塚の後の御幸を併殺打に打ち取り、東条をレフトライナーに打ち取る。

 

 

3回表。大塚は打たせて取る投球で7,8,9番をゴロアウト三つで料理する。カットボールとシンキングファストがさえわたり、球数を節約する投球。

 

しかし粘る西邦。だが――――

 

カキィィィィンッッッ!!!!

 

『レフト動けない~~~~!!!!! 沖田のツーランホームランで、さらに得点を重ねます、青道高校!!!!』

 

真ん中に浮いたスライダーを見逃さなかった沖田の渾身の一振り。スライダーは高々とレフトスタンドへと吸い込まれていった。

 

マウンドの木下は、動くがことが出来ない。4失点。ツーアウトから沖田との勝負を選んだ結果。だが、沖田はその失投を見逃さなかった。

 

 

続く第二打席では結城をサードゴロに打ち取るものの、大塚を未だ打ち崩せないどころか、ヒットも死四球も出すことが出来ない。

 

 

4回の表。打順は帰って1番打者との対決。

 

――――ここで出すぞ、新球

 

―――あれですか?

 

 

大塚が御幸のサインに戸惑う。もっと上で見せるべき球だと感じていたが、御幸にはこれ以上の狙いがあるという。

 

―――そうだ、アレだ。

 

そして大塚の投じた初球。

 

「なっ!?」

 

高めへと抜けたと感じたボールが、そのまま縦へと大きく曲がりながらミットへとおさまったのだ。

 

「マジで投げやがったよ、あの野郎」

御幸は微笑みとともに、大塚へとボールを投げる。

 

 

「アレは………ドロップカーブ!?」

沢村がベンチから身を乗り出して叫ぶ。あの変化はカーブの軌道に近いことを即座に見抜き、さらには縦へと落ちながら割れる変化。アレは間違いなく縦カーブ。

 

「沢村は知っていたのか!?」

クリスは、沢村がドロップカーブを知っていることに驚いている。

 

「俺もチェンジアップ以外の緩い球が欲しくて、覚えようとしていたんすよ!! くっそぉぉぉ!!! 先を越されたぁぁぁ!!!!!」

悔しがる沢村。しかし、ベンチメンバーは、沢村の貪欲な一面を改めて見せつけられた。

 

――――まだまだ進化したいと言わんばかりだな、今年のルーキーは。

 

片岡監督は、大塚の投じた一球、そして沢村の発言を聞き、頼もしさを感じていた。

 

互いに切磋琢磨し、力を高め合う。これが求めていたチームの在り方だった。

 

ドロップカーブを見せられた西邦はさらにストレートへの反応が出来なくなり、この回は二つの三振を奪われるなど、打線の勢いが死んでいく。

 

『ここにきてあれほどのカーブ。ボールの切れも抜群でしたね。水野さんはあのカーブをどう思いますか?』

 

『決め球にも、カウントを取るのにも使えますよ………縦横の変化に緩急、間合いすら操るんです。さらには目線すら操ってしまう。ちょっと高校野球では考えられないですね』

 

 

変幻自在。七色の変化球を持つ大塚。このカーブの登場により、西邦はランナーを出すことが出来ない。

 

「おいおい!! 打球全部死んでるじゃねェか!!!」

伊佐敷が暇そうに外野から声を出す。先ほどから力のない打球しか飛んでこないのだ。

 

圧倒的なゴロアウト率、そして2ストライクからは高確率の三振。

 

「ナイスピッチ、大塚」

 

「球走ってるよ、栄治君!!!」

 

「ひゃっは!!! いいぞ、大塚ァァ!!!」

 

「どんどん投げていけ、エイジ!!!」

 

内野陣からも声が出てくる。それらを背に受けながら、大塚はさらに躍動する。

 

5回表、先頭打者は佐野。ノーヒットはおろか、完全ペースで抑えられている現状。彼の表情に焦りが見え隠れしていた。

 

 

そしてそんな彼の打撃を壊すかのように、初球パラシュートチェンジ。バットはストレートに合わせていたらしく、タイミングが合わない。

 

続く2球目は外のドロップカーブ。今度もバットすら出ない。簡単に追い込まれた佐野。

 

ククッ、ストンッ!!

 

「ストライクっ!! バッターアウト!!」

 

最後はスプリット。ストレートに近い球速。緩い球2球の後の早い変化球。ストレートだと思いたくなっても仕方ない。

 

続く打者も、

 

「ぐっ!!」

5番打者はカットボールに詰まらされ、ピッチャーゴロ。

 

初球のパラシュートチェンジが猛威を振るったのだ。途中まではストレートの球速。だが、急激にスピードダウンするこの球に、バットは空を切り続けるのだ。

 

これがパラシュートチェンジの力。ストレートの球速があればあるほど、それはそのままこの球種をウイニングショットに昇華させるのだ。

 

普通なら、この球種だけでも打者を抑えられる。だが大塚の場合は――――

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」

 

最後の打者は、アウトコース低めのドロップカーブに見逃し三振。インコースを厳しく攻められた後の外の緩い球。頭にはなかっただろう。

 

 

大塚には、複数の変化球がある。それも決め球になりうる変化球がいくつも存在する。

 

 

だからこそ、打席に入っても、打席に入るときも、頭の整理が追い付かない。絶対の切り札スプリットは佐野以外にはほとんど投げないことだけが救い。

 

しかし、その他の変化球を使い分けることのできる力。

 

未だに西邦はヒットゼロ。観客はざわめきを抑えられない。

 

「いいぞ!!! 大塚ァァっ!!」

 

「このまま決めてしまえェェェェ!!!」

金丸と狩場の声援が聞こえた大塚。その声に気づいた彼は、ふっと笑みを浮かべる。

 

「なら、その期待に応えられるまで、頑張ってみようかな?」

 

 

 

内野陣も、大塚の圧巻の投球に気分が高揚していた。

 

――――凄い、こんなすごい人の後ろで、俺は守っているんだ。

 

――――やはり、お前は凄い奴だ、エイジ。

 

1年生内野手たちは、彼とともにこれから3年間を戦う事が出来ると感じ、頼もしさを感じていた。

 

 

―――――本当に夢を見させてくれる、お前なら届くだろう、父の背中に。

 

――――ははっ、これは想定外だぜ。

 

上級生たちは、この大塚の背中を目に焼き付けようと、全力で守備をすることに徹する。

 

 

大塚ッ!! 大塚ッ!! 大塚ッ!!!

 

いつしか大観衆すら味方に付けた大塚。彼らはその歴史的記録を待ち望んでいる。

 

 

その声援に後押しされ、大塚の快投は止まらない。

 

 

 

 

『とんでもないことが起ころうとしています!!! 高校に入ったばかりのこの1年生投手は、名門西邦相手に完全投球を継続!! 7回までヒットはおろか、四死球、エラーすら許していません!!! マウンドの大塚!!』

 

 

『とりあえず、西邦の打線は的を絞ることが出来ていませんね。両サイドに全ての変化球を投げ込んでくる大塚君は、明らかに高校レベルではありません。ちょっと西邦側からすれば、苦しい展開ですね』

 

解説の水野は、苦しい展開と評していたが、余程の事がない限り、西邦は最後までランナーを出せないで終わると考えていた。

 

この投手相手に、ヒットをどう打てばいいのかが、彼にもわからないからだ。

 

『さぁ、ここで三度目の対決となるであろう、大塚対佐野!!! 今日は2三振と全く良いところを見せていない佐野!! ここで初ヒットを生むことが出来るか!!』

 

 

そして初球――――

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!

 

147キロ。やはり佐野相手になると、エンジンがかかる大塚。球数も78球。しかし息一つ乱れない大塚。対する佐野は、そのストレートにかすりもしない。

 

「(何がどうなっているんだ!? 確かにコースを振っているのに!)」

打席で衝撃を受けている佐野。それを見ていた御幸は、心の中でほくそ笑む。

 

――――普通のストレートだと思っているから、バットに当たらないなんだよ。

 

今の大塚のフォームは、明らかに縦のフォーム。通常のストレートではない。

 

――――ボールの下を振っていたら、どちらにしてもあたるわけがないんだから。

 

続く高めのストレートも空振り。146キロ。

 

「くっそっ!!!」

 

ヘルメットにこんこんと、バットを当てる佐野。ボールの下を振っている感覚はある。だが、彼を相手に、ストレートだけを相手に出来るほど、余裕ではない。

 

――――追い込まれれば、スプリット、チェンジアップ、カーブ、スライダー。どれを待てばいいんだ!?

 

そしてインコースのストレートがやってきたのだ。

 

――――きたっ!! ストレートっ!!!

 

ガァァァンっ!

 

 

バットがボールに当たった瞬間、かなりの球威を感じた佐野。インコースのストレート。確かに大塚のストレートは球威があるが、それでも外野に運べる自信はあった。

 

――――カット、ボール…………ッ!!!

 

力のない打球がファーストへと転がり、先頭打者を打ち取った大塚。

 

 

大塚は、佐野を相手に完璧な投球を続けた。そしてその戦いを振り返り、

 

 

―――――金一よりも歯応えがないな

 

 

ドラフト候補と騒がれているスラッガーすら眼中にない。粗さが目立ち、スイングも沖田に比べれば確実性もない。

 

 

 

そんな原石に過ぎない打者では、大塚は打てない。

 

 

 

 

 

『3度目の対決で軍配が上がったのは大塚だァァァ!!!! 佐野との直接対決で完全に抑え込みます、大塚ッ!! 大変なことがもうすぐ起ころうとしています!! ここで私たちは歴史の証人になるかもしれません!!』

 

 

止まらない大塚の快投。5点差。青道を阻む者はなかった。その大塚の投球は、甲子園の魔物すら屈服させるほどの力を見せ、西邦にチャンスすら与えない。

 

 

 

そして9回ツーアウト。

 

 

『ここまで奪った三振は15個。打たれたヒットはゼロ、四死球もゼロ!! さぁ、ここで決めるか、大塚!!!』

 

ベンチでは、沢村が最後の打者を手玉に取る大塚の姿を凝視していた。

 

「俺のライバルだ!! だったら、そんくらい決めて見せろ!!!」

 

「………………………」

 

「すげぇな、大塚は」

 

「それでこそ、大塚だ」

 

1年生投手陣は刺激を受け、川上は感嘆の言葉しか出ない。丹波に至っては、大塚の力を完全に認めているのか、笑みすら浮かべている。

 

9回二死。

 

3球で追い込んだ大塚。3球目はアウトコースのストレート。バッターはインコースを意識しており、手が出ない。

 

『さぁ、次が最後のボールになるか!! マウンドの大塚。1年生で完全試合という、史上初の快挙を達成することが出来るか!?』

 

 

大塚が投球モーションに入る。9番ラストバッターには代打。だが、その代打も大塚の前に追い込まれ、最後の一球を待つ状態。

 

――――やっぱ、お前は父親似だな、エイジ

 

御幸はそのラストボールに、笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「―――――――――っ」

 

 

 

ククッ、フワッ!!

 

 

 

ここで、決め球のパラシュートチェンジ。だが――――

 

カァァァンッッ!!

 

「!!!」

大塚の真上へと打球は飛び――――

 

『落ちたァァっぁ!!! 9回二死で!! 何と大塚!! ここでヒットを許します!! 完全試合まであとアウト一つ!! しかし、西邦がその大記録を阻止しました!!』

 

『やはり、最後は球が少し浮きましたね。この大記録の中、流石の大塚君も、人の子でしたね』

 

 

「大塚君――――」

吉川は、最後の球がやけに高かったことを気にしていた。いつも通り、いつも通りの彼ならば、コースに落ちたチェンジアップのはず。それに、あの球は大塚が最も自信を持っている球種の一つ。

 

それをコントロールミスするのは、吉川から見て不自然だった。

 

――――御幸先輩は外角の低めにミットを動かしていました。けど、ボールは真ん中やや低め、やっぱりおかしい。おかしいよ――――

 

吉川は、大塚に異変が起きているのだとまた考えてしまう。

 

 

しかし後続を抑え、大塚は無四球完封勝利を挙げる。

 

『試合終了~~~~!!!!!! 大塚、初の甲子園の舞台で、見事な投球!! 無四球完封勝利!!! 最後にヒットを許しましたが、堂々たる内容! 新たな時代を切り開く主役になれるか!?』

 

『5-0!! 強豪校同士の対決は、若き才能の産声を上げる一戦となりました! 新たな怪物!! 誕生の瞬間です!!!!』

 

大塚は若干苦笑いの表情、御幸には小突かれており、先輩たちには「完全逃してんじゃねェよ!!」と囃し立てられている。

 

当の本人は―――

 

「最後に甘い球―――まだ父さんには追いつかないなぁ―――」

彼にとってメジャーで見た完全試合の時と同じ決め球は、あの時のようにコースには決まらなかった。だが、そう簡単につかめるものではない、そう割り切った大塚であった。

 

ベンチの投手陣も、その大記録が打ちたてられる寸前まで来たことに驚いていた。だが、沢村を筆頭に、

 

 

 

「…………ホント、これだからこそ、越えたくなる………栄治!! 俺も負けねェからな!!!」

 

沢村は、それでも闘志を剥き出しにしていた。だからこそ、超えたい。だからこそ、自分もあの次元に立ちたい。その為にこの高校にやってきたのだ。

 

「―――――――」

 

降谷は、沢村の言葉に衝撃を受けていた。あんな投球をされても、ぜんぜん堪えていない。むしろ彼は燃えていた。

 

「…………僕も、負けるつもりはないよ」

 

少しだけの感謝。降谷は、沢村の言葉に救われたのだった。

 

 

5-0

 

試合総評

試合は大塚の躍動に尽きる。初回に結城の先制ツーラン、その後も沖田のツーランホームラン、東条のタイムリーも飛び出し、西邦のエース木下を引きずりおろす。その後は得点が途絶えるものの、最後までリードを守った青道が3回戦へと駒を進めた。大塚は1安打無四球の投球で完封勝利、16奪三振で衝撃的な甲子園デビューを果たした。

 

 




万全なら記録達成確実。

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