ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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狂いだしたと言っているが、すでにくるっているという。


第52話 狂いだした歯車

危なげなく初戦を突破した青道高校。

 

最後のマウンドにはこの男がいた。

 

「これが、甲子園のマウンドか……」

人生で初めて立つこの場所に、思いを馳せる。ここまで来られたのは、自分以外の仲間が、あの西東京を勝ち抜いてきたから。

 

「ナイスピッチ、丹波!」

小湊が丹波の横でポンポンと左肩を叩く。やはり、元祖エースの復活登板。この登板と勝ちは、やはり大きい。

 

丹波が無事な姿で登板すること。それは3年生の懸案事項でもあった。

 

「3者凡退。悪くない投球で安心した」

結城も、丹波が夏直前と変わらぬ調子を取り戻していることに、安堵している。

 

『試合終了~~~!!! 猛攻を見せた青道が11-0で作間西高校を撃破!! 1年生投手沢村の好投が光ります!! さらに、1年生沖田は初打席でホームランを含む3安打猛打賞!! 8回、9回は川上、丹波が締めくくり、盤石の発進!! 作間西高校は初戦敗退!! がばい旋風は吹かなかった!!』

 

終わってみれば、青道高校の大勝。つけ入る隙など見せず、投打で相手高校を圧倒。エース太田原は、ベンチで終戦を見る羽目になる。

 

敗れた作間西高校は、甲子園の土を袋に入れている。この甲子園の土を土産に、敗退したチームはこの場所を去らなければならない。

 

「……すげぇな、甲子園……」

 

沢村は、作間西のその光景を見て、何か形容しがたい感情を抱いていた。あんな姿を、上級生にさせるわけにはいかない。自分たちがいい投球をして、先輩が打つ。この夏を少しでも長く過ごしたい。

 

「全国の舞台はどうだった?」

ベンチから大塚が沢村に尋ねる。初の全国の舞台。その開幕戦を任された沢村に、その心境はどうなのかと。

 

「なんだか、いつも以上の力が出たような気がする。やってやるって気持ちが、ここまで来たら、俺の全てをぶつけるんだって……うえ、後になったら、吐きそう……」

そして遅れて緊張で気持ち悪くなった沢村。今頃緊張をしてどうするのだと、大塚は苦笑いをする。

 

「おいおい。7回無失点のルーキーがどうしたんだよ? しっかりしてくれ」

 

「……投げたい。次は投げる」

そして、甲子園を後にする際に、降谷がマウンドに立つことなく初戦を終えたことに不満を口にするが、1年生その他、青道の間では日常茶飯事なので、大して気にしていない。

 

「まあまあ。次は投げられるって」

御幸がそしていつものようにフォローするのは様式美。

 

 

その後、宿舎へと戻る青道ナインだが、応援団とともに甲子園入りをしたマネージャー陣と合流する。

 

「盤石な試合だったわね。お疲れ様」

貴子先輩らマネージャーらがナインとのしばらくぶりの再会。甲子園初戦、しかも開幕戦で大勝。大塚と降谷を温存することが出来たのは大きい。

 

「ああ。大塚と降谷にはもっと先で頑張ってもらわないとな。俺達が打てば、それだけ勝利が近づく。」

 

強打の上級生と、守りの下級生。恐らく、新チームは投手力主体のチームになるだろう。だが、今はまだここに自分たちがいる。

 

上級生たちは予選を戦い抜いたうえで、皆こう考えている。

 

 

―――ここまで1年生投手陣が奮闘したからこそ、この場所に立っている。

 

――――自分たちの夢は勿論、彼らにも栄冠を捧げたい。

 

 

甲子園では、今大会も魔物と呼ばずにはいられないほどの試合が多数見受けられた。

 

「巨摩大が負けたのか? あの打線に巨摩大投手陣が――――」

 

 

トーナメントによるドラマ。相手は横浦。15点の猛攻で巨摩大投手陣はノックアウト。坂田がなんと満塁ホームランを打ち、そのまま勢いに乗る横浦打線。

 

巨摩大は期待の1年生投手を登板させるも、坂田に2打席連発となるスリーランを喰らい、リズムを作れず滅多打ち。

 

得点を積み重ね、巨摩大投手陣を悉く打ち崩し、試合を有利に進める。投げては先発和田、6回からは1年生リリーバー二人がリードを守りきり、初戦で7安打完封リレーと鮮烈な活躍を見せた。

 

巨摩大を粉砕。優勝候補の力を見せつけた。

 

 

続く試合では大阪の横綱が本領を発揮。舘が5安打完封で白星発進。

 

 

大阪桐生第一の1年生内野手が、相手の投手に引導を渡しているのが気になった大塚。

 

――――彼とはこの大会の後、3年間戦うかもしれない。

 

 

「けど、光南は強いな。エースがリリーフに出せるだけの2番手3番手がいる。」

 

投打ともにバランスの良い沖縄は、8-0で快勝。エース柿崎は、7回から登板。リードを守りきり、こちらも圧勝。

 

なかでも目を引いたのは、初戦から打線が爆発した横浦だろう。優勝候補北海道の巨摩大が15失点と炎上。自慢の攻撃力を見せつける。

 

 

「前橋はやはり神木のチームか」

 

8回零封。リードが広がった瞬間にライトへと守備位置を移動。二番手が崩れかけたが、何とか勝利。6-3と最終イニングに1点を奪われるなど、2番手投手に課題を残す。

 

だが、神木の制球力にむらがあることを御幸は気にしていた。

 

 

しかし、予想通り――――

 

 

『西邦!! 2回戦進出!! 高校通算67本塁打目を打った佐野!! 今大会は高校級スラッガーたちが暴れに暴れます!!』

 

 

テレビの前には、佐野修造その人が映っており、彼のホームラン映像が飛び出している。

 

いずれも内角、外角のストレートを引っ張り、パワーで外野まで運んでいる。

 

 

『次に当たるのは西東京予選、驚異の防御率の青道高校!! 大会屈指の投手陣を擁します!!』

 

『最高峰の西邦の怪物打者対青道投手陣。次の試合も中々に楽しみですね』

 

 

この瞬間、次の相手は西邦に決まった。

 

「とんでもないパワーだな。」

結城は、外の140キロのストレートをあそこまで引っ張ることのできる左の強打者、佐野を意識した。

 

「沢村だと、甘い球に投げたら間違いなくスタンドインだな」

倉持が沢村を煽るが、

 

「甘いとこに投げなきゃ、三振ッすよ!!」

コースに投げれば三振に打ち取れる自信が彼にはあった。それは虚勢でもなんでもない。

 

 

この程度の才能の強打者もどきより、凄いのが同じ地区にいたのだから

 

 

沢村にとってみれば、轟よりも彼は脅威ではない。あの肌を突き刺すような雰囲気を感じ取れない。

 

「今回、沢村は先発ではない。」

 

「え?」

 

監督からの次戦は投げないという指令。沢村は2戦連続の先発は予選でもあったが丹波が復活した今、そこまで追い詰められてはいないのだ。

 

「先発は、大塚だ。リリーフに降谷、川上。横浦戦には、丹波を先発に、リリーフ陣、沢村にも頑張ってもらう必要がある。」

 

 

「はい!」

そして甲子園のファンも、青道の応援団も、そして彼自身も待ち望んだ初陣。

 

大塚栄治が来る。

 

 

 

試合は2日後。先発を言い渡された大塚は、興奮していた。

 

「やっと投げられる。全国の舞台。相手は大会を代表する強打者」

 

佐野修造。典型的なプルヒッター。外のボールすらそのパワーで運ぼうとする打者である。しかし―――

 

「けど、彼を抑えなければ、西邦を止められない。」

 

大塚は投手として佐野を全打席抑えるつもりだった。他は動く球で料理をして、佐野は確実に抑える。

 

試合前のミーティングでは、

 

「佐野のスイングはアッパー気味のスイングで、打球方向から見ると完全な左のプルヒッター。外の変化球で空振りを奪えるでしょう」

 

クリスが大塚とともに西邦の戦力分析を行う。

 

「エースの木下は、サイドスローの投手。130キロを超えてきており、ストレートがナチュラルにシュートします。右打者へは食い込むボール、左はフロントドアに気を付けるべきでしょう。まずストレートですが、右は引っ張り気味に、左は流し気味に行くべきでしょう。」

 

「球種はスライダーとチェンジアップ、スローカーブ。止まったと錯覚させるような緩い球には注意が必要です。スライダーはサイドスロー特有のスライダーの変化が大きく、外の見極めが大事になるでしょう」

 

映像でも見る限り、やはりストレートはかなりシュート回転をしたような軌道。蛇直球というべきボールで、回転が汚い。

 

「やはり佐野の前にランナーを溜めることに重きを置いているようですね。彼の得点圏打率は4割を超えています。如何にランナーを出さず、彼と対戦する回数を増やすかがこの試合のポイントであり、西邦の得点力を弱めることが出来るでしょう」

 

如何に彼の前にランナーを出さないか。これは、かつて薬師高校と戦った時と同じ作戦である。

 

「大塚の後には降谷、川上を登板させるかもしれん。リリーフ陣はいつでも行けるように、心の準備をしておいてくれ」

 

 

ミーティングから1日が過ぎ、試合前のもうすぐ夕方になる頃。

 

「どうだ、調子は?」

御幸から調子を聞かれる大塚。ミーティング後に佐野を意識した実戦投球を確認し、早々とブルペンを後にした大塚。

 

「悪くはないですね。フォームが崩れてもいませんし、監督の起用で体力は有り余っていますよ」

肩の消耗を抑える起用法。片岡は、大塚と沢村、降谷は間違いなくプロに行けると考えていた。だからこそ、この3人をいかにうまく使い、彼らの体を守るかを考えている。

 

だからこそ、川上、降谷を待機させているのだ。それは球数が増えれば代えるという事。

 

「ノーワインドにしてから、制球も球威も安定しているな……」

御幸はその御言葉が途切れる。眼鏡が一瞬光ったようにも見えた。

 

「??? どうしたんですか、御幸先輩?」

大塚としては、こうもしんみりした御幸を初めてみるので、少し戸惑っている。

 

「なんでもねぇや。ただ、お前が全国で投げて、そのピッチングを俺が受ける。そう考えると興奮して眠れねぇんだよ」

 

何でもないと言いつつ、色々と喋ってしまっている御幸。明らかに気負っているような雰囲気。

 

「ていっ」

大塚は御幸の左肩を叩く。

 

「なっ!? 何すんだよ??」

いきなりの大塚の行動に、戸惑う御幸。

 

「全国の舞台は初めてなんですよね。なんだかこういう先輩を見るのも意外です」

 

「わ、悪いかよ。俺も全国なんて舞台、遠かったからな」

 

中学時代はクリス、そして去年までは成宮が立ちふさがっていた。

 

「見せてやろうぜ、俺達の強さを。」

 

「当然!」

 

西邦戦を前に、奮起を誓い合う事実上の1年生エースと正捕手。

 

 

だが、初の全国、強豪との試合で燃えているのは二人だけではない。

 

「明日の試合。後悔のないスイングをする。」

 

「当たり前だ、俺らの夏はここで終わらねぇ!」

 

「うん。俺達の夏休みを短くするために」

 

「後輩たちが宿題で泣きそうだけどね」

結城、伊佐敷、益子、小湊は闘志を燃やす。だが――――

 

ズキッ「!!」

 

突然、小湊が足辺りを抑えたのだ。やや顰めっ面を見せる小湊に、一同の顔に緊張が走る。

 

「小湊っ!?」

伊佐敷が慌てて、小湊に駆け寄る。

 

「……最初は違和感だったんだ。けど、今日辺りから痛みに変わった」

小湊の独白。

 

「……まさかっ……」

結城は思い出した。稲実との試合。4点目を取りに行った際のクロスプレー。あの時の痛みが、ここに来て―――

 

「ヤバいね。少し痛み止めを塗って――――」

 

 

そして、少し歩いた数秒後に小湊が崩れ落ちた。

 

 

「小湊っ!!!」

 

「小湊っ!!!!」

 

 

膝をついた小湊の体からは、いやな汗が流れていた。

 

 

夕方であることが幸いし、小湊はすぐに病院へと搬送された。やはり足を痛めていたらしく、彼の足には、赤くはれ上がった個所があった。

 

 

故に、片岡監督は小湊の戦線離脱を受け止める必要があった。

 

 

「……」

片岡はこの時期での怪我の発覚。そして小湊の自覚症状が遅れた事。クリスから続く呪いのような物でもあるのではないかと考えた。が、そんな戯言は一瞬で切り捨てる。

 

「か、監督。小湊の怪我の具合は……」

太田部長も、これまで鉄壁の二遊間を守ってきた彼の離脱は相当の痛手だと痛感している。恐らくこの大会は微妙。

 

「ここで、二塁手を任せられるのは、一人しかいません」

高島副部長は、そう断言する。

 

「そうだな。チームにはそう伝えておこう。」

その彼が誰なのかを、彼もまた名前を言われなくても解っていた。

 

そして片岡監督から伝えられた小湊亮介の離脱は、やはりショックが大きい。

 

「そんな、亮介が…」

丹波は怪我から復帰した。だが、入れ違いに近い形で亮介が消えた。動揺を隠せない。

 

「だからこそ、即興ではあるが、二遊間を任せられる選手、小湊春市。お前に頼みたい」

 

「!!!!!」

監督からの指名。代わりに出ることが出来なくなった兄のポジション。

 

「そのポジション、絶対に守ります」

本当は、ポジション争いをして、兄に勝ちたかった。尊敬する彼に勝ってこそ、二塁手のレギュラーであると。

 

――――兄貴……

 

唐突な兄の離脱。めぐってきたチャンス。彼は複雑な心境だった。だがそれでも、このチャンスをものにする必要があるのだ。

 

 

「倉持。お前にかかる負担は大きくなるが、大丈夫か?」

 

「大丈夫っす。亮さんの分まで、頑張りますよ」

倉持も何も感じていないわけではない。だが、ここでは表情を出さない。ここで嘆くことが彼のやるべき事ではない。

 

この夏メンバーのスタメンに、1年生が4人連なることになるであろう夏2回戦。東条、小湊、沖田、大塚は苦い顔をする。

 

「小湊先輩の分まで、俺達がこの夏の一番だって、証明するために」

沖田は内野手として短い間だが、彼に教わることは多かった。だからと何としても彼を頂点に連れて行きたい。

 

「俺達がラッキーボーイになれば、それだけ青道の勝ちにつながる」

兄の代わりに、ついに甲子園デビューを果たす弟。このバットで絶対に貢献して見せると意気込む。

 

「先輩たちの夢を、夢で終わらせない」

東条も、結城や沖田に学んだところは大きい。だからこそ、最後の恩返しをする機会になるであろう主将に、上級生たちの力になりたい。

 

「俺は予選のように、相手を抑えて見せるさ」

そして一同熱くなっている中、大塚は冷たい闘志をあらわにしていた。

 

 

 

予選の時から何度も逆境と下馬評を跳ね除けてきた青道高校。丹波が離脱しても、クリスがいなくても、そして小湊がいなくても、

 

彼らは頂へと突き進む。

 

 

 

しかし、すでに青道の歯車は狂いだしていたのだ。

 

 

 

 




原作の因果か小湊が無事、足を負傷。原因は予選決勝のスライディングです。




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