薬師の誤算は、沢村の実力を測り間違えたことだろう。積極的に触れと指示をされていたにもかかわらず、先頭打者はバットを出すことが出来なかった。あの程度のスピードであるにも拘らず。
「おいおい!! なんだよ!! うち頃のスピードだぞ!!」
「バット出していこうぜ!!」
「雷市の前にランナーをためようぜ!!」
――――馬鹿野郎ッ!! そんなんじゃねェぞ。こいつの球、相当手元で伸びてくるというか、
沢村と初対戦特有の反応。まさに、彼のフォームは異質だろう。それに、反応して振りに行くはいいが、内角のコースへと切り込まれたボールに手を出す事すら出来なかった。
カウントを作ると、
ククッ!!
「ちっ!」
――――違うんだよ!! こいつの腕が隠れて、いきなり――――
高速パームでタイミングを外し、空振りを奪い、2球で追い込む。
―――今日は高速パームがよく落ちるな。序盤の決め球にするべきか?
御幸は高速パームの落ち具合がいいので、ゴロ用ではなく、ウイニングショットにしてもいいかと考える。しかし二球続けてこの球はまだ投げられない。
――――これで追い込んだ。ここは、強気で行くぞ。
フワッ!!
「なっ!…………チェンジアップ………ッ」ブゥゥゥンッ!!
外へのチェンジアップにタイミングを外され、空振りを奪われた一番打者。沢村、まずは先頭から三振を奪う。
続く打者にはムービングを多用し、最後は―――
―――インコースのフォーシーム。球威で詰まらせるッ!
かぁんっ!!
「あっ(またタイミングがずれた!! どんな腕の関節をしているんだ、あの投手!!)!!」
球威に押され、まともなスイングが出来なかった二番打者は内野フライに打ち取る。
「…………(この打者……今までと違う……この感じ………)」
沢村はオーラで分かった。このタイプの打者は、あの時の前橋の主軸と同じ匂いがした。
―――まずはアウトローストレート。厳しく攻めるぞ。
ズバァァンッ!
「ストライクっ!」
小気味いいテンポから次はムービングでインコースを詰まらせる。
―――凄い暴れてるぞ、この球………タイミングも取りづらい………
3番打者の秋葉は、この沢村のムービングに気づく。彼はフォームだけではない。その癖球も、相当な武器であることが分かる。
そして、御幸はインコースへと構える。
―――― 一球、ボールでもいい。内角でスイングをさせるな!
「ボールっ!!」
思わず仰け反らされたような、フォームのタイミングの取りづらさからくる恐怖感。鞭のように左腕がしなり、突如として現れるフォームに、秋葉はバットが出ない。
――――最後はインコース、高速パームでタイミングを外すぞ。
「っ! (来た、甘い球ッ………なっ!?)」
絶好球と思っていたボールが縦に手元で沈んだのだ。軌道を修正することも出来ず、
カァァンっ
力のない打球が、ファースト方面へと転がり、結城がそれを捕球。そのままベースへと足を入れ、初回の立ち上がりを無難に終わらせる沢村。
「あの投手、相当球持ちがいいです。それでいて、ムービングボール、カッターを意図的に曲げられるようです。」
「その上あのチェンジアップが相当打ちづらい。カッターがあるから、右打者は踏み込みがなかなか出来ない」
「そうか、だがそれだけ序盤に解れば上出来だ。ストライクとボール、しっかり見極めていけ!!」
轟は、沢村の球質にある程度予想はついていたが、ここまで出来るとは考えていなかった。
―――青道さんも、この投手で打撃戦を考えていないってことかよ
そして、相手の先発はクリス曰く、スライダーを持っているが、大したことはないという。
先頭打者の小湊はヒットで出塁し、白洲は送りバント。これがあっさりと決まり、
一死二塁。
ここで3番ショート沖田。
「………………」
無表情でバッターボックスへと立ち、沖田はバットを構える。やはりスラッガー特有の威圧感というモノが、薬師の先発に襲い掛かる。
「いきなりのピンチかよ。敬遠しても、次の打者は要注意人物だし………」
雷蔵は、この沖田を敬遠しても、一番怖い打者である結城哲也に回ることを気にしていた。というより、この沖田が1年生にしては化け物過ぎる。
――――初回高確率で4番まで回るのは嫌だなぁ、おい
そんな青道の強打者を前に、
まずは外角で様子を見るバッテリー。
「ボールっ!!」
外側に外れるストレート。あまり球速を感じず、打ち頃の球。だが、沖田は真剣な目で投手の球を見ていた。
そして続く二球目もスライダーが外れ、2ボールと苦しい状況。最後に甘く入った3球目のスライダーを、
カキィィィンッッッッ!!!!
「――――おいおい。」
薬師の柱でもある真田は、滞空時間の長い打球に、冷や汗をかく。
「うっはぁぁぁ!! すげぇぇぞ、あの打者!!」
雷市は、自分と同じような飛距離をたたき出した沖田を前に騒ぐ。
レフトスタンドへと突き刺さる先制ツーランホームラン。腕を掲げ、ダイヤモンドを一周する沖田。
「ちっ。とんでもねぇな、アイツ…………(うちの雷市程じゃねェが、あの体格と頭の良さ、それに守備の技術は全部負けてる。打撃だけは負けるな、雷市)」
そして、三塁ベースを回る沖田に対し、
「お前凄い奴だなぁ!! あんなに飛ばすなんてな!!」
「――――いいのか、早く打たないとコールド食らわすぞ(何考えているんだ、こいつは)」
沖田は、彼の思考が理解できなかった。味方の投手が打たれてへらへらしていることが何か気に食わない。
―――へらへらしているのは、自分の集中を保つためなのか、それとも単に俺をほめているだけなのか。
考えれば考えるほど、解らない。沖田は彼に対して思考することは諦めた。
――――だめだな、こういうタイプは理解できない。
同じ強打者タイプだが、理論派の沖田と感覚で打つようなタイプの轟は、全くタイプが違う。相いれないのは当然だった。
そして続く結城は強烈なサードライナーになり、二死。続く増子はソロホームランでさらに追加点を上げる。
ガァァァァンッッ!!!
「だらっしゃぁぁぁ!!!!」
伊佐敷の叫び声に反比例するような打球はライトへのフライ。
この回の青道は、3点を先制。しかし、続く2回の表が本当の勝負の始まりである。
―――4番サード、轟雷市
「ぶちかませ~~~~!! 雷市~~~!!!」
「お前のバットで、流れを変えてくれ~~~!!」
「1年生投手を引きずり出せ~~~!!」
市大三高戦の勢いそのままに、彼に期待する観客は多い。一年生で万人を魅了するライナー性のホームランを叩きこんだのだ。そのインパクトは、まさにスターの可能性を感じさせる。
御幸はこの打者を見る。背はそれほど大きくなく、小柄な体格のくせして、スイングスピードは怪物並。このアンバランスな打者をどう打ち取るかを考えていた。
――――甘く入ったら持ってかれるぞ、沢村。まずはアウトコースのカットボールで、球質を見せるぞ
「ボールっ!」
外側へとわずかに逃げるカットボールを見て、轟はピクリとも動かない。
――――スライドしながら、外へ逃げた!! やっぱ秋葉の言う通り、ただのストレートじゃない!!
轟も、秋葉からの情報で、沢村の球質を教えられていた。だが、この鋭さは予想外だった。
―――ちっ、こいつ、選球眼もいいのか? 次は、ムービングボール。インコース、厳しく行け…………
カァァァンッッ!!!
フォーシームよりも球速は落ちるものの、基礎球速がある程度速い沢村の速球。そして沈みながらシュート系の変化をしたその球を、
轟は打ち損じた。
「ファウルっ!!」
――――今度はシュート気味に変化した!! やべぇ、やべぇよこいつ!!
「カハハハハ!! スゲェェェ、スゲェェェゾォォォ!!!!!!」
厳しいコースを投げ込まれているにもかかわらず、轟は笑い声を上げる。
――――ポテンシャルがタケェェェェ!!!!
勝負を楽しんでいる轟、そして―――
後ろへと転がっていくボールを見て、御幸は確信した。
―――こいつ、インコースは何でも振ってくるな………あの真中のインローのスライダー。アレはボールだった。そして今のムービングも、ボール1個分ほど外れている。
内角打ちが上手い。初見であのムービングに合わせてきたことを考えると、内角は相当厳しくいかなければならない。
―――とにかく、これでムービングの軌道を見せた。今の奴は、同じようなムービングを、同じように反応するだろう。だからこいつだ、
沢村は御幸のサインに頷く。
ククッ、
「ハハハハっ!!!」
カァァァン
アウトコースの高速パーム。それを合わせてきたのだ。しかし、バットの先、しかも掠った程度。体勢をかなり崩されており、高速パームの為に、フォームを崩した。
「ファウルッッ!!」
ーーーー今度はナックル変化!? ヤベェよ、まじで!!
興奮が押さえきれない雷市。
――――二巡目もこのボールは有効だな。速球と織り交ぜれば、この打者を抑えられる。
今の打撃を見て、御幸は確信した。
―――だがこれで、ムービングの癖球を見せた。ここで、インコース懐、一番手の出にくい場所だ!
一段と沢村のフォームが鈍くなる事に気付いた轟。
―――ボールが来ない!? フォームがより遅く―――ッ!!
いつまでたってもボールが来ないと思わせるほど、腕がかなり遅れてやってきた。その通常の投手ではありえないフォーム、タイミング。
彼の打撃に僅かだが狂いが生じる。
放たれるキレのいいフォーシーム。未だフォームが完全に安定しない沢村のフォーム。だが、よりリリースポイントを遅く設定したそれは、
通常のストレートよりもはるかな球威と伸びを生み出すっ!!
ガァァァンっ!!
「なっ!? (差し込まれた………ッ!)」
打った轟も、そして薬師ベンチも、彼がこの程度の球速のストレートに詰まらせるという現象に驚いていた。
「雷市が詰まらされた!?」
チームメイトが信じられない目で、その光景を見る。
そして力のない打球は沢村の頭上へとやってきて、彼のグローブの中へと納まる。
「しゃぁぁぁ!!!」
吠える沢村。この初対決で闘志を見せた。
見事、初対決で轟を打ち取った沢村。これで気持ちが乗ったのか、続く右打者には決め球のサークルチェンジがはまり、三振を奪う。強く振ってくることは、それだけプルヒッター特有の外角へと逃げるボールが有効となる。
――――黙っていたのは、轟を抑えるまで奴も不安だったんだな
今まで叫び声を出さなかった沢村。あれは、奴のサインだったという事。
――――いい集中をしていたんじゃない。もっとアイツをケアするべきだったな。
だが、と御幸はこう思う。
―――お前の実力を見せた。後は圧倒するだけだぞ、沢村!!
カットボールとサークルチェンジの両サイドを使った、広いストライクゾーンでの勝負は、一打席で攻略できるものではない。
2回を3奪三振。素晴らしい立ち上がりの沢村。
その後、青道打線も2回はランナーのいない御幸が簡単に打ち取られ、坂井もサードライナーに倒れ、
「おいっしょぉぉぉぉ!!!」
ズバンッ、
「ストライクっ、バッターアウトっ!!」
沢村は三球三振。ボールの見極めは出来ていたが、最後スライダーにタイミングが合わなかった。
しかし3回は沢村の独壇場。右打者へのサークルチェンジを意識したのか、アウトローの速球についてこられず、三者凡退。三振も早くも4つ目を奪う。
そして3回の裏。小湊がインローのスライダーを捉えるも、ライナーに打ち取られ、白洲が四球で出塁。11球粘り、粘り勝ち。
そして沖田は―――
ガァァッァンッ!!
外へと逃げる外角スライダーを広角に捉え、右中間へのタイムリースリーベース。
「おっしゃぁぁ!! 沖田のバットはナイスバットォォォォ!!!」
「いいぞ、沖田!!」
三塁ベース上で、腕を掲げる沖田。この回ですでに5-0とリードしている場面。
「投手交代だ!」
轟雷蔵が動く。ここで薬師は先発の三野を諦め、背番号18、真田がマウンドに上がる。
迎えるのは、青道の主砲、結城哲也。
――ここまでこの投手に抑え込まれるとは予想外だ。大塚を引きずり出す前に手遅れになる。
薬師打線は、未だに沢村からヒットを打てていない。彼の癖球が予想以上に変化していること。そして彼は意図してそれを投げ込んでいることが分かった今、
―――早い回だが、ここでの失点は致命的。頼むぜ、真田ぁ!!
「一死三塁。相手チームの主砲・・・」
―――ここを抑えたら、マジで激熱だろ!!
薬師のリリーフエースがついに姿を現す。そして、青道ベンチも彼が出てきたことで薬師の雰囲気が変わったことを感じ取る。
「出てきましたね。」
クリスが監督にいうと、
「小細工はなしだ。結城のバットで得点を期待する。ここは動く場面ではないからな。」
大塚はクリスの情報に疑いはないと信じている。だが、どうにもあの投手はそれだけではないように思える。
「140キロを超えるストレートに、シュートボールを持つ投手。投手としての意見ですが―――」
「どうした、大塚」
「彼がインコースへの攻めの投球をするのなら、シュートだけではない気がしてならないですね。自分なら迷わずカッターを覚えます。」
インコースを攻める攻めの投球。だが、コントロールミスの許されない場面。彼がどういう投球をするのかは投手として気になるところ。
「シュートって、肘を痛めやすいって・・・大塚?」
沢村が大塚に質問する。シュートだけは自分に覚えさせなかった大塚は知っているのだろうかと。
「投げ方が合わなかった時はね。けど大抵、変化やスピードを求めてフォームを崩すのが故障の原因になるね。芯を外すボールなんだから、少しずれれば合格なんだけどね」
「彼のシュートが何なのか。それを見て、判断するしかないね」
前半戦最後の山場が訪れる。
沢村はまだ力を蓄えている……
大塚らに出番はあるのか?